小豆(こまめ)なコーヒーの話

前回、大きい豆の話をしたので、今回は小さな豆の話をしよう。


豆の大きさはさまざまな要因で変化することはすでに述べた。「(ずばぬけて)大きな豆」が出来る要因もいくつかあったが、小さな豆が出来る要因も同様に複数ある。というより、大きな豆が出来る頻度よりも、小さな豆が出来る頻度の方が高い。どんなに栽培環境がよくても、豆が生長できる大きさには上限があるのに対して、栽培する場所や樹の中で実った場所、日照など、発育条件が悪くて果実の発育が悪くなれば、それだけで生豆が小振りになるからだ。


ただ、こういった「小さな豆」の中でも特筆すべきものが二つある。一つはピーベリーと呼ばれているものだ。もう一つは、小さな豆が付くようになった品種である。

ピーベリー:一つを殺して一つを救う

コーヒー豆は通常、一個の実の中に二個の種子ができる。しかし、本来二個できるはずの種子が一個しかできない場合があり、この場合は通常より小さめで丸い豆になる。このような豆のことを、ピーベリー(peaberry、丸豆)と呼び、これに対して通常の「コーヒー豆型」の豆のことをフラットビーンflat bean、平豆)と呼ぶことがある。


(左がフラットビーン、右がピーベリー

(協力:カフェバッハ)


ピーベリーは、どの産地のどの品種の豆でも、ある程度の割合で見られる普遍的なものの一つだ。一つのコーヒーノキから取れる生豆は、その大半がフラットビーンだが、ほぼ間違いなく、一定の割合でピーベリーが混じっている。一般に、フラットビーンよりも小振りになるため、産地で生豆をサイズごとに篩い分けする過程で選別・除去されている。かなりの程度は取り除かれるのだが、一部、取りきれなかったものが市販の焙煎豆でもしばしば見られるので、実物を目にしたことのある人も多いだろう。


ピーベリーは俗に「枝の先端に付く」と言われるが、より正確に言うなら、樹の中でも果実の発育が悪い部分に生じることが多い。発育初期の過程で、十分な栄養がコーヒーの実に届かないと、種子の生育が止まって死んでしまうことがある。二個ある種子のうち、片方が死んで片方だけが生き残ると、その一つが果実の中心で生長していく。

一般にコーヒー豆の形は、それを覆っている果実の形に大きく影響される。通常通り、一つの実の中に二つの種子ができた場合、それぞれの種子がお互いに生長を遮り合いながら生長することで、楕円形のボールを縦半分に割ったような「いわゆるコーヒー豆の形」になる。しかしピーベリーの場合、種子が一つしかないために生長を遮られることなく、果実と同じようなに丸い形に生長する。


(断面の模式図)


同じ体積の物体では球体に近くなるほど、その大きさ(最大径)が小さくなる。このため、篩いで分けるとピーベリーは同じ嵩のフラットビーンよりも、小さなスクリーンに入ることになる。

もともとピーベリーが出来る部分は栄養が届きにくい場所ではあるが、二個分の栄養が一個の種子に集中するため、成熟の度合いや品質の面で、ピーベリーとフラットビーンにそれほど大きな差は認められない(=誤差の範囲に収まる)ようだ。フラットビーンへのピーベリーの混入は特に大きな問題にはならず、通常は欠点豆扱いはされない。場合によっては、ピーベリーの方が割合が少ないことから、希少価値を付加して取引している場合もあるようだ。


ただし「ピーベリー」という名で取引されていても、わざわざ丸い豆だけを一つ一つ選別して「100%ピーベリー」にしているのではない。そんなことをしたら、どれだけの手間賃が発生するか判ったもんじゃないので、当然と言えば当然である。

通常のサイズよりもスクリーンが小さく、ピーベリーの割合が高いロットのものを、規格の上で「ピーベリー」と呼んでいる場合が多い。産地にもよるだろうが、概ね、スクリーン14未満10以上のもの(直径10/64〜14/64インチ*1)が用いられているようだ。


単なる希少価値だけでなく、「丸くて転がりやすいので、煎りムラが少なくなる」とか「フラットビーンより味が柔らかい」とか、いろいろなことが言われているが、このあたりの評価については、真偽のほどはよく判らない、というのが正直なところだ*2


なお、このような「発育不良」以外の原因で、ピーベリーになるコーヒーノキも存在している。モノスペルマ(monosperma)と呼ばれる変異種で、以前はC. arabica var. monosperma Ottol. & Cramer. (1913) というアラビカの変種として扱われていた。後の研究で、染色体の数が半分(2n=22)になったハプロイド(半数体)であることが判明している。結局のところ、モノスペルマには商業的価値が見いだされなかったことから、農地での栽培もされておらず、その後の研究もほとんど行われてはいない。

*1:約3.97〜5.56mm

*2:穿った見方をするなら、通常の規格に入らないような小さな豆に「ピーベリー」の名を冠することで高付加価値の商品に仕立て上げよう、というしてるような印象を受けないわけじゃない。とは言え、上述のように、ピーベリーはスクリーンの数値では小さくなっても、品質的には平豆に劣らないだろうから、きちんと香味を評価し、その希少価値を加味した上で、適正な価格で売られる分には何の問題もない。

小豆な品種

一方で、種子そのものが小さくなるタイプの品種も知られている。これらはいずれも、種子や生豆「だけ」が小型化するのではなく、樹そのものや葉なども小さくなるし、節間も短くなる、いわゆる「矮性種」に分類される変異体だ。

コーヒーの場合は、一般に小さなコーヒー豆は商品としての価値が低いので、このような品種は商業栽培で敬遠されがちである。しかし、いくつかの品種は豆は小さいながら、過去に非常にすぐれた品質だと評価された経緯から注目されている。

ローリナ

そのうちの一つは以前(http://d.hatena.ne.jp/coffee_tambe/20100518#1274176923)触れたローリナ(Laurina,別名ブルボン・ポワントゥ)である。「ポワントゥ (pointu)」という言葉はフランス語であり、英語では"pointed"「先の尖った」という意味である。詳しくは、川島氏の『コーヒーハンター:幻のブルボン・ポワントゥ復活』(http://www.amazon.co.jp/dp/4582833888)を参照されたい。

その名の通り、ローリナの生豆は先端が尖った細長い形状をしていて、その元になったブルボンよりもやや小型である。ただし、この尖った形状自体がそもそも独特なので、「小型の豆」というイメージからは少しずれるかもしれない。

この他、ローリナには樹形がクリスマスツリーのような円錐形になることや、葉が細長くなるなどの特徴も見られる。また、生豆でのカフェイン含量が通常よりも低くなることも、ローリナの興味深い特徴の一つである。

モカ

もう一つは、ブラジルで「モカ」(Mokka, Moka)という品種名が名付けられた矮性の品種である。


モカ」という名称は、歴史的に見てもコーヒーにまつわる言葉の中で、もっとも紛らわしいものの一つである。ご存知のようにイエメンのモカ港のコーヒーを指すのが原義だが、ブラジルでは上述のピーベリーも「モカ」と呼ばれるなど、きわめて多義的な言葉になっている。今回の解説では、これらの意味とはことなり、ブラジルで「モカ」という品種名が名付けられたものについてのみ言及する。


この品種は、樹そのものも葉も、果実も種子も、全体的に小型化した矮性種である。生豆はこれまで知られている品種の中では最も小さくて、その形状はブルボンと同様に(あるいはそれ以上に)丸い。

これと同じ特徴を示す植物は、Cramerによって1913年に報告され、C. arabica var. mokkaと名付けられている*1。これもローリナと同じく、レユニオン島に移入されたブルボンがそこで新たに変異して生じたものだと考えられている。


(いちばん左がモカ:中央がティピカ(ブルーマウンテン)、右がマラゴジッペ)

(協力:カフェバッハ)


モカもローリナと同様、高品質のコーヒーとして評価されていた歴史を持つ。また、カフェイン含量もローリナと同じように低いことも明らかになった。このことから、ブラジルのモカについても研究者の関心が向けられた。古典遺伝学的解析の結果、Lr遺伝子が劣性ホモ(lrlr)であることに加えて、Moと名付けられた遺伝子が劣性ホモ(momo)のときに、全体が矮性化した「モカ」の形態になることが判明した。

  • ローリナ:lrlrMoMo:小型で細長く尖った豆、円錐型の樹形、低カフェイン
  • モカ:lrlrmomo:非常に小さく丸い豆、樹全体が小さい、低カフェイン

その後さらに、モカとレッド・ブルボンの交配実験が行われた結果、LrLrmomoやLrlrmomoでは、生豆はモカと同じ形態になるが、樹のサイズやカフェインの含量は通常のレッド・ブルボンと同じになった。つまり、モカに見られる豆の小型化は、Mo遺伝子によって支配されていることが明らかになっている。


現在、ブラジルでは商業レベルでの栽培は行われていないようだが、1950年代の半ばにハワイに移植されており、マウイ島の一部の農園(カアナパリ農園 http://www.kaanapalicoffeefarms.com/coffee/coffeeinkaanapali.html)で栽培されてきた*2。小規模ながら、高品質の品種として、実際に商業栽培を行っているようだ。またハワイ農業研究センター(HARC http://www.harc-hspa.com/)では、このモカを元に新しい品種の育種に取り組んでいる。

*1:なお「モカ」という学名は、C. moka Heynh. (1846)にも見られるが、矮性種としての記載はCramerの方が明確にしている。どちらも現在は、C. arabica L.のシノニム。

*2:ハワイの研究所ではこれをモカ・ハイブリッド(Mokka hybrid)と呼んでいる。ブラジルのモカはカフェイン含量がローリナ同様低いが、マウイのモカ・ハイブリッドではティピカと同程度のようであり、性質は若干異なるようだ。研究所で保存しているサンプルのみの特徴かもしれないが、農園での栽培の途中で何らかの品種との交雑があったのかもしれない。