【ポーランド大統領選挙】アメリカとユダヤとハーメルンの笛吹き男と

先週日曜の大統領選挙、この日は、連日、鉄砲水のような雨が降るポーランドの6月らしからぬ日々にあって久方ぶりの晴天に恵まれた。

投票率も64.3%に達し、国民の大きな関心を集めた今回の選挙だったが、選挙の隠れた争点は、アメリカとユダヤだった。

 

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筆者が住むワルシャワ市プラガ南区の高校兼専門学校の建物に設けられた投票所。外まで行列となっている。この日は列に並んでいる間、熱中症で倒れる老人もポーランド全土で何人かいたという

ここに一冊の本がある。『実写1955年体制』、東京新聞中日新聞論説委員を長年務め、政界通として知られた宇治敏彦氏の遺著となった作品だ。これを読むと、戦後、日本の首相たちが、いかに米国大統領と対等な関係を築く事に腐心してきたかが痛いほど伝わってくる。

岸信介は、日米安全保障条約の改定交渉のための訪米で、アイゼンハウアーとのゴルフに臨み、日本の恥とならないよう、第一打を那須与一の故事にあやかり、「八百万の神ご照覧あれ」と心で祈りながら打ったという。鈴木善幸は、レーガンとの会談を前にして、先輩格に当たる池田隼人が訪米(ケネディとの会談)前に言い聞かせていたとされる、「山よりでかいイノシシは出ない」という言葉を何度も心の中で反復し、その緊張の場に臨んだと伝えられる(同書262ページ)。

筆者がふと、この一節を思い出したのは、現職大統領のドゥダが選挙4日目の先月24日、トランプの招聘に応じて、コロナ騒ぎが始まって以来、初の国賓としてワシントンを訪問した時だった。ワシントンでドゥダは、米国との軍事同盟の強化、米国製の原子炉の輸入について協議した。いわば、選挙前に次期大統領として、アメリカの「お墨付き」を貰いに行った旅だったと言える。これに対して、野党候補のトシャスコフスキは、直ちに、「ドゥダが米国で核兵器ポーランド持ち込みについて話をしたのなら、その事実を明らかにすべきだ」とツイートした。このあたりの感覚も、かつて、日本社会党日本共産党が、核兵器反対、核の持ち込み反対を声高に叫んでいた80年代までの日本の姿とダブって見える。

 日本が、曲がりなりにも米国と肩を並べられるようになったのは、「ロン・ヤス関係」と言われた中曽根康弘の出現を待たねばならなかった。中曽根政権が退陣したのは1987年、まさに日本資本主義が世界を席巻するかに見えた時だった。先日、トランプはメルケルと事前交渉なく、ドイツに駐留する米国軍人の数を1万人削減すると発表した。これから、米国の駐欧州軍の主力は徐々にポーランドをはじめとする中欧に移ってくる。ポーランドの対米国外交における地位も徐々に向上していくだろう。いつの日か、ポーランドが十分な国力を付け、米国と対等に並べるようになる日は来るのだろうか。

 

ワルシャワで一番大きなショッピングモールとして知られるアルカディアの近くに忘れられたかのように佇むワルシャワ・グダンスク駅。この駅から1968年、多数のユダヤポーランド市民が「米国・イスラエルの協力者」の汚名を着せられて片道パスポートで強制出国させられた。そのグダンスク駅からさらに街の中心の方に向かっていくと、ワルシャワ蜂起博物館がある。いま、博物館の周りには高級コンドミアムが次々と建ち始めている。このあたりの土地は戦中、ゲットーがあった場所で、もともとユダヤ人の所有が多かった。それが、ユダヤポーランド人が親類縁者まで悉く殺され、戦争が終わってみると、街の中心の一等地に主の無い土地が多く残されることとなった。こうして、主なき土地は、市が接収し、今に至る。社会主義体制が崩壊し、戦前の所有者に返された土地や不動産もあるが、旧ユダヤ不動産の多くは、いくら探してもかつての所有者に繋がる縁者が出てこない。

以前、本ブログでも書いたが、米下院は2018年、「今日まで補償を受けていない生存者の正義の法律」(Justice for Uncompensated Survivors Today – JUST法)を制定し、戦前、ユダヤ人の手にあった資産から得た収益は、ユダヤ団体を通じて、ホロコーストの生存者の補償、ホロコーストを記憶するための教育目的に充てられるべきだとする法律を全世界をそのカバー範囲として可決した。この法律ができたことにより、旧ユダヤ資産の上に建つ高級コンドミニアムやオフィス物件については、米国がポーランドでその司法権を行使できる可能性は極めてゼロに近いものの、微妙な立場に置かれることとなった。

6月16日、政権与党のプロパガンダ放送局となったポーランド国営テレビは、「トシャスコフスキ候補が大統領になった場合、毎月子供一人につき500ズロチ払われている子供手当を全廃し、ユダヤ団体への補償に回す可能性がある。こうしてポーランドが失う金額は2兆ズロチ(約60兆円)に達する」と述べた。

これに対し、英語、ロシア語など数か国語に堪能な、トシャスコフスキは英語で記者の質問に応じ、「このようなデリケートな問題を選挙戦と絡めて話題に出すこと自体が、現政権の問題を示している」と発言した。彼がその発言の場に選んだのは、旧ゲットーで焼け残ったレンガ倉庫街の前だった。いま、ここには洒落た飲食店やショップが多く入っている。

 先日、知人と会った帰り、車でたまたまグダンスク駅の隣を通りかかった。1968年のユダヤ人追放(「3月事件」と呼ばれる)は、確かに当時の共産党内での政争に端を発した、許しがたい人権蹂躙ではあった。しかし、「いや待てよ、でも、事実として彼らの多くは当時、社会主義陣営と敵対していた資本主義陣営にあった米国やイスラエルに親戚が居り、いわば、英語圏ともつながっていたわけで、共産党が主張していたように、本当はその中にはスパイもいたのではないか。。。」という考えが脳裏をかすめた。ポーランドに住むと、ユダヤ問題から離れることは出来ない。否、ユダヤが「問題」として「反復される」こと自体が問題だと思うのだが、そのたびに、自分自身もこの問題と向き合わざるをえない。この堂々巡りの思考の中に、砂利砂利した嫌な感覚だけが残った。

 

最後に、今回の第一回大統領選挙で7%弱の票を獲得したのは、その夫人ともに急進的なカトリック右派の民族主義者として名をはせるボサクだった。ボサクという人は、1982年生まれの38歳で、十代から民族主義政党に属し、複数の一流大学の複数の学部を転々とし、そのいずれも卒業しなかった。こう見ると、その経歴は2017年の総選挙で極右政党と連立を組む事を厭わなかったオーストリアのクルツ現首相のそれとも重なる(現在では、クルツ首相の率いる「国民党」は、極右との連立を解消し、「緑の党」との連立を選択している)。そのオーストリアの首都ウィーンの北には、ヒトラー一揆をおこしたミュンヘンが控えている。

さて、ボサクが台頭してきた背景の一つとして、カトリック右派の現政権党「法と正義」の影響を排除することは出来ないだろう。「法と正義」が政権に就いたことにより、自分たちよりもさらに過激な右派政党という「鬼っ子」が育まれる事となった。ミュンヘンのさらに北のワルシャワには、将来、極右政権が誕生するのだろうか。

池田隼人は、ワシントンには山より大きなイノシシはいないと思ったようだが、ワルシャワでは、山より大きなイノシシが出るのだろうか。。。

【ヒットチャート検閲と催涙ガスと】ポーランドは再び過去の暗い時代に戻っている。小生が聞き語りや映像、本でしか知らない社会主義時代の人権抑圧が行われている。

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ワルシャワ王宮前、2020年5月17日(日)、午後12時30分頃撮影。土曜のデモが行われタ王宮前も一見すると平静を取り戻している

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王宮から約1キロ離れた国家保安局 (BBN) 前、その周辺の道路では本日(17日)も行われる可能性があるデモに備えて鎮圧部隊が待機している(5月17日午後12時40分頃撮影)

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5月16日土曜、ワルシャワの王宮前広場では、長く続くコロナ対策により経営が悪化している中小事業者のデモが行われた。

そこに警察が介入し、催涙ガス(ペッパーガス)が使用され、十数人が負傷、上院議員のヤツェク・ブリィ(Jacek Bury)も警察に拘束された。ポーランドでは民衆の激しい反体制運動により、社会主義政権が倒れ、1989年の東欧市民革命の嚆矢となる同年6月の半自由選挙が行われた。同国では、民主化後、合法的に組織されたデモに対しては、警察は介入しないことが国是とされてきた。これにより、警察への信頼も回復し、治安維持と社会の安定に大きな効果をもたらしてきた。

国会議員の不逮捕特権はどこの国にもあるが、それも昨日破られた。「上下院議員の任期遂行に関する法律」10条には、「下院議員及び上院議員は下院または上院の承認なくして、拘束または逮捕されることはない」との条文があり、警察も政治家に対しては、酒気帯び運転時の取り扱いなど含め、ずいぶんと手を焼いてきたものだ。

Money.pl(金融系のサイトだが時事問題も扱う)のインタビューに答え、ポーランド南東部の農村・山岳地帯、ポトカルパツキェ県からやってきたある旅行ガイドの話を掲載している:

「私の顔は全面、ガスで焼かれた。1時間の間、目を開けることが出来ませんでした。中小事業者に対して、警察がこんな振る舞いをするなんて考えも及びませんでした。私は、この場にポーランドで今起こっている事態に突き動かされてやってきました。私の子供たちは一杯のコメ粥のために働くことになるでしょう。私は旅行ガイドですが、旅行業そのものが消滅しました。私は一銭も稼いでいません。ただ、労働がしたく、自分の子供を養いたく、税金を払いたいのです。それを警察がこんなに私を扱うなんて。。。」

多くのポーランド国民、とりわけ昨日の事件が起こったワルシャワの市民の間には大きなショックと波紋が広がっている。

同様に昨日、ポーランド国営ラジオ(Polskie Radio)第三放送局(Trojka:トルイカ)では、政権批判の歌を歌った大物歌手Kazik(カズィク)の歌がヒットチャートの最上位から削除される事件が起こった。歌のタイトルは、「あなたの痛みは私の痛みより上等だ」(Twoj bol jest lepszy niz moj:トフイ・ブウ・イェスト・レプシィ・ニシュ・ムイ)といい、4月10日、故カチンスキ大統領の墓参にその双子に当たるヤロスワフ・カチンスキ現与党党首が特別に墓地を訪れた事件を指している。コロナにより一般市民の墓参は禁止されていた時期の出来事だった。

ヒットチャートへの検閲が最後に行われたのは社会主義末期の1984年。ポーランド人で小生と同年代(40歳代)の者の多くは悲しみに包まれた。さすがにこの一件については、エミレヴィチ産業経済大臣がツイッターで「最後に検閲が行われたとき、私は11歳だった。あの削除された曲、悲しげな「これはタンゴだけ:To tylko tangp」の旋律を覚えている」とツイッターに投稿し、この種の検閲は行われるべきではないと強くけん制した。

小生自身、東欧の民主化に興味を持ち、そこから逆に、あれだけ多くの人々を支配した社会主義とは何だったのかという問いに行き当たった。政治の針が逆戻りを始め、あの暗い時代がやってきた。今後も、一人のエトランジェとして、自由が失われていくポーランドの様子を刻々と綴って行きたい。

参考:

https://www.money.pl/gospodarka/protest-przedsiebiorcow-w-warszawie-przepychanki-gaz-i-lzy-6511216090929281a.html

https://wiadomosci.onet.pl/kraj/kazik-o-cenzurze-w-trojce-pogadamy-o-tym-przy-okazji-wywiadu-o-plycie/em053q3

【トルコリラとポーランドズロチ】トルコの通貨リラ安が止まらず、1ドル7リラを切っている。ブラジル、南ア、ロシアなど新興国通貨はどれも弱含んでいる。ポーランドズロチ (PLN) も例外ではなく、今年1月の1ドル3.7ズロチから直近では4.2ズロチにまで10%以上も落ちている。

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ワルシャワ南東150キロにあるヴィスワ川沿いの観光地、カジミェシュ・ドル二ィ (Kazimierz Dolny)。5月10日撮影(本文とは関係ありません)


トルコリラ (TRL) に関しては歴史的な落ち幅が尋常ではなく、2011年から現在までにその価値は1/5となった。この間、ポーランドズロチの対ドル相場は40%ほど動いたが、数分の一になるなどと言う事態ではなかった。

ポーランドとトルコとは、大欧州圏を代表するミドルクラスの新興国として比較されることが多い。ビジネスインサイダー・ポーランド版では、ポーランドを代表する銀行であるPekao銀のエコノミスト数名にトルコ経済の特徴についてインタビューしている:

 

  1. インフレ率が恒常的に高く、常に高いインフレ期待がある。通貨安は、国際競争力を保つ唯一の手段であり、インフレ高進の理由にもなっている。そもそも、政府も中銀もインフレスパイラルが収束する事を望んでいない
  2. トルコは資源に豊富な新興国では無いが、その代わり、ある程度の工業化をしており、国際的な最低限度の競争力はあり、国際的なサプライチェーンにも組み込まれている
  3. 中銀がほとんど外貨を保有しておらず、国内の銀行セクターに外貨供給を頼っている。政府の外貨建て債務も少なく、自国通貨切り下げを行いやすい
  4. 短期の経済刺激策として与信供与がよく行われており、その財源となっているのは、国内資本による短期貸し、外貨建てでの貸し出しとなっている。その後、スワップ取引により外貨建て債務が内貨建て債務に転換されている

上記の内、もっとも問題が多いと指摘されているのは、4.の外貨建てでの与信供与である。

このままリラ安が進行すれば、国内経済が縮小し、急激な利上げが行われる。そうすると、高利回りに惹きつけられた一部の外国人投資家がトルコに戻り、徐々に外貨供給が正常化し、また経済成長軌道に乗るという循環を繰り返すのではないかと指摘している。

ただし、Pekao銀のエコノミストが指摘するように、外貨不足に陥った段階で米国や国際金融機関がトルコに手を差し伸べるかは今回は分からない。それだけ、中近東情勢はレバノンの不安定化など新たな火種を抱え複雑化している。

少々見えにくくなってしまったが、添付のスライドはIMFの「国別レポート」を参考にポーランドとトルコの対外債務危機リスクを比較したものである。

実は、ポーランドの対外債務残高の対GDP比はトルコのそれより高い。しかしながら、ポーランド国債とトルコ国債の利回りをドイツ国債のそれと比較すると、前者のドイツ国債に対する利幅は小さい。

一番の問題であるのは、External Financing Requirement(短期の外貨建てローンの借り換え需要)の対GDP比を示す指標である。この数値はポーランドでは20%、トルコでは27%であり、ポーランドの方が少し余裕がある(ただし、両国とも「早期警戒の上限ライン」とされる15%は越えてしまっている)。

IMFは、ポーランドに関して、外貨から外貨への借り換えの多くが、外資ポーランド子会社と外資親会社との間の親子ローンである事を指摘し、その安定性を評価している。

さて、今週日曜(5月10日)に行われるはずであった大統領選挙が直前になり延期され、いつ行われるかもまだ決まっていない。コロナ禍による政治の混乱であるとはいえ、政治の空白が生じるとポーランドの国際信用問題にも繋がりかねない。

ポーランドズロチの相場観に政治が悪影響を及ぼさないことを願うばかりである。

 

 【ポーランドとトルコの比較】

 

参考:

IMF Country Report No. 19/395 on Dec. 2019 (Turkey)

IMF Country Report No. 19/37 on Feb. 2019 (Poland)

https://businessinsider.com.pl/finanse/waluty/turecka-lira-najtansza-w-historii-turcja-przykuwa-uwage/n8sc3yz

https://www.dailysabah.com/finance/2019/07/08/turkish-banking-sectors-robust-financial-ratios-disprove-moodys-report

【バルチックパイプ】4月30日、ノルウェーの多陸棚で産出する天然ガスをデンマークの海底を伝いポーランドまで届けるバルチックパイプ(Baltic Pipe)の建設契約の調印式が行われた。パイプラインを建設するのは、イタリアの半国営ガス石油会社のEni社(F1レースのアジップオイル供給元として知られている)傘下のエンジニアリング大手Saipem社 (Società Anonima Italiana Perforazioni e Montaggi) であり、パイプライン総工費は2.8億ユーロ(320億円強)。

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ワルシャワ北部ジェラニィ地区にあるPGNiG社(ポーランド石油ガス採掘会社)が所有する発熱・発電所。1952-1956年にかけて当時のソ連の技術で建設された。瀝青炭を主燃料としているが、2020年末までに天然ガス発電棟が建設される予定で、発電量は1.7テラワット時から4テラワット時まで増強される予定である

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  • バルチックパイプは100億m3の天然ガスを輸送する能力があり、ポーランド天然ガス需要(年間190億m3)は、2021年に75億m3の受入れ能力に達するバルト海に面したLNG基地、自国で産出する天然ガス(38億m3)と合わせ、今後、完全にロシア依存から離れて行く。
  • ポーランドは、ガスハブ(Gas Hub)と呼ばれる天然ガスの備蓄拠点として中東欧地域での地政学上のプレゼンスを高めるだろう。
  • 2020年中にロシア産ガスを大容量で直接ドイツへと運ぶノルドストリームII (Nordstream II) が完成予定である。反対に、ウクライナポーランド等の中東欧の反ロシア国は、ノルウェー産、米国産、カタール産などに天然ガスの供給元を変えて行く。これら一連の動きにより、欧州のガス供給体制には、より選択肢が増えるだろう。

 

さて、旧ソ連時代も2020年の現在も、ロシア産ガスの西欧市場への供給経路としては、ウクライナ経由が重要である。ノルドストリームIIが完成すれば、ウクライナ経由の一部は、海底を通って直接ドイツへ運ばれることとなるが、ウクライナ経由がゼロとなる訳ではない。

2019年12月30日、ロシアとウクライナとの間で2020年1月1日以降、5年間有効な天然ガス輸送(トランジット)協定が結ばれ、最初の年は650億m3の、翌年以降は400億m3の天然ガスウクライナ経由で西欧へと輸出する事が決まった。

コジミンスキ大学(Kozminski University )のアレクサンドラ・ヴォイタシェフスカ(Aleksandra Wojtaszewska)氏によれば、「ロシアの本音としては、反ロ国であるウクライナポーランド経由でのガス輸出をいっさい止め、ノルドルトリーム海底パイプランを利用して直接西欧にガスを運びたい意向だ。しかし、ロシア産ガスに依存せざるを得ない西欧としては、ロシアとの間で複数の供給経路を確保しておきたい思惑がある。その意味で、反ロシアにして親EUウクライナを供給経路から外すことに強く抵抗しているのだ」と言う。

上記の長期に渡ったロシア・ウクライナ両国政府の交渉に、EUが仲裁役として最初から強く関与していた所以である。ウクライナはロシア産ガスの通過に当たり、トランジット料を徴収し儲けることができる。延いては、ウクライナの安定とロシアへのけん制が実現できる訳である。

 

ポーランドでは今後、クリーンコール技術の大々的な採用により、低品位炭として価値が低かった褐炭を利用した石炭火力発電所の建設が計画されている。この手法では、発生する二酸化炭素を閉じ込め、貯留する事が可能となり、環境に優しい火力発電所が実現できる上、今後エネルギー源として注目される水素も得られる。

天然ガスに含まれるメタンも水と反応させることにより水素を製造できる(水蒸気改質)。ポーランドでクリーンコールによる石炭火力が国策により強力に推進され、さらに、バルチックパイプや北部のLNG基地を通じて潤沢な天然ガスが入るようになれば、ポーランドは、水素製造拠点としても将来、重要な国となろう。

 

参考:

https://ecpp.org.pl/publikacje-analizy/bezpieczenstwo-energetyczne-polski-i-regionu-w-kontekscie-budowy-baltic-pipe/?fbclid=IwAR3Igwbyt5hSjVbT0izdrYex04WYIyfesGav6SAm16b4GloJLh_jeeNg0Hw

https://businessinsider.com.pl/polityka/prezydent-andrzej-duda-rozpoczyna-sie-budowa-baltic-pipe/rp2kw6w

https://www.rp.pl/Polityka/200509847-Andrzej-Duda-Rozpoczyna-sie-budowa-Baltic-Pipe.html

 



 

【コロナ禍とポーランドの有給休暇】ポーランドでは勤務期間に応じて年間20日間ないし26日間の有給を取得する事が労働法典で義務付けらている。コロナにより在宅勤務(praca zdalna: プラーツァ・ズダルナ)が導入されてから、在宅なのに有給を消化する事が推奨されている。

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ポーランドでは5月1日は「労働節」の休日で、社会主義時代に制定され、なぜか現在まで残っているほぼ唯一の休日となっている。一度に二人までか、社会的距離を保っている場合には、観光も可能であるが、飲食店は軒並み閉まり(テークアウトのみ)、ホテルもまだ閉まっている。写真は、ワルシャワから車で2時間弱のウォムジャ市近郊を流れるナレフ(Narew)川。見ての通りの泥色をしているが、この川の流域に多い泥炭地(トルフォヴィスカと呼ばれる)のためであると言う。それだけ、ポーランドの石炭資源は豊富である。

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ワルシャワはプラガ南区のスカリシェフスキ(Skaryszewski)公園の夕刻の様子。公園への立ち入りは再び許可されるようになった。しかし、外出時は、マスク着用(鼻と口を布等で覆っても可)が義務付けられている



筆者が異変に気が付いたのは今週の月曜、車もまだらなワルシャワ市街の目抜き通りをドライブしている時だった。人気ラジオ局のRMF FM局では「コロナのさなか、どういう風に過ごしているか」リスナーから電話を受け付けていた。リスナーの一人が、「在宅勤務なのに有給を2週間も取っている」と語った。

 

その時にピンと来たのが、「未消化有給引当金」(rezerwa na niewykorzystane urlopy: レゼルヴァ・ナ・ニェヴィコジスターネ・ウルロープィ)の存在だ。ポーランドでは、労働者の権利として、毎年、既定の20日間ないし26日間の有給を得る権利があり(労働法典152条)、未消化の有給がある場合、その次の年の930日までに「雇い主が労働者に未消化分の有休を与えなければならない」事とされている。

最高裁の判決でも、「雇い主は未消化有給の利用時期については労働者と同意を形成する必要はない」(200392日付および2005125日付判決)、「雇い主は、労働者が合意しない場合でも、未消化有給の取得へと労働者を送り出すことができる」(2006124日付判決)などがある。

 

雇い主が有休を与えられない場合、会計帳簿上には、未消化有給引当金という項目が現れ、会社が使えない現金が増えてしまう。そればかりか、「労働者に有給を与えなかった場合、労働者の有給期間を不法に減らした場合、雇い主には1000ズロチ(2.7万円)から3万ズロチ(81万円)までの罰金が科せられる。

この罰金は、国家労働監督局(PIP)により、人事部長や取締役など「会社の中で金がありそうな個人」に科せられ、個人の口座から国に納めなければならない。実際に罰金を支払った経験のある経営層も相当の数に上る。

 

今年1月にはポーランド二大労組の一つである「全ポーランド合意労組」(OPZZ)が、有給を35日間に延長することを提唱し、経営者団体が強く反発する場面がみられた。

これに対し、労組側は、「日本や北欧諸国の例が示すところでは、よく休息をとった労働者はしばしば生産性の向上をもたらすので、(経営者団体が言うほどには)コスト増とはならない」と主張し、「日本ではある情報系の巨大企業が期間限定で週4日労働制を試行したところ、生産性が40%も上がった」と、おそらく日本マイクロソフト社と思われる事例までが紹介されていた(120日付TVNニュース)。

その後、有給35日制の議論はコロナの影響もあってか鳴りを潜めているが、いずれにせよ、ポーランドでは、ある程度以上の規模の企業になれば、年間有給を取得しない場合には、労働者側が「会社に迷惑をかけている」として責められることになる。

35日有休を提唱しているOPZZの幹部とは、友人の誕生日パーティでたまたま知り合い、話し込んだことがあった。彼曰く、「ポーランド経済の問題は中小企業が多すぎることだ。大企業が経済に占める比率をもっと高めていかなければ、労働者の権利は強化されない」という。

本人は組合専従の弁護士で、特に社会主義イデオロギーに傾いているというようにも見えなかった。しかし、大企業であれば、足腰がしっかりしているので、労働者の権利が守られやすいに違いないという発想には、どことなく、社会主義時代の「親方国営企業」体質を思い起こさせるものがあった。彼にとっては、会社は外国資本であっても国内資本であっても本質的な違いはなく、会社のサイズが重要という事だった。

ポーランドで一体全体、本当の意味で中小企業の振興という発想が生じる事は今後あるのだろうか。

 

参考:

https://strefabiznesu.pl/koronawirus-a-przymusowy-urlop-9042020-r-czy-pracodawca-moze-zmusic-pracownika-do-wziecia-wolnego/ar/c10-14863889

https://www.rp.pl/Rachunkowosc/306219986-Kiedy-tworzyc-rezerwy-na-niewykorzystane-urlopy.html

https://tvn24.pl/biznes/z-kraju/35-dni-platnego-urlopu-propozycja-opzz-ra1000768-4495113

https://gigazine.net/news/20191208-economics-of-four-day-work/

【ポーランド大統領選挙】ポーランドで5月10日に行われる予定の大統領選挙では与党「法と正義」の現職ドゥダ大統領が優勢であるが、コロナ危機のさなかに封書による投票という奇異な方法で選挙を強硬に実現しようとしている与党への市民の反発が高まっている。

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ワルシャワ市のモコトゥフ区は緑豊かな住宅地で都心にも近い

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そんな住宅地(社会主義時代に建設された大型マンション)の一部にいきなり、検察局(左側)と区役所の一部庁舎(右側)がある。検察局に用があって初めて行くと、大概ビックリするだろう



 

 

 

4月27日現在、ポーランドのコロナ患者は1.2万、死者は500名強、人口3800万(出稼ぎ移民を入れると4000万オーダーと言われる)の中型サイズの国としては、割とコロナを抑え込んでいるほうであろう。PCR検査も30万件ほどとまだ少ないが、確実に実施数は増えている。

しかしながら、ワルシャワの街は、外出時にマスク着用が義務付けられ、飲食、映画館、劇場、博物館などすべて閉鎖中で、市民は感染の危機の中でひっそりと息を詰めている。

 

そんな最中、5月10日日曜に大統領選挙が強行されようとしている。先にレフ・カチンスキ大統領が飛行機事故で亡くなった際には、当時下院議長であったコモロフスキが選挙まで大統領職を引き継いだ(2010年7月から8月にかけて)。今回の大統領選挙でも、なぜ同じ措置がとれないのか。

選挙人には投票のための特別な封書が郵送されることになっているが、ポーランドでは、住所、子供の生年月日、結婚離婚歴、子供の生年月日、税務情報など多くのセンシティブな個人情報が「PESEL番号」という個人に割り当てられた11桁の番号で管理されている(4月8日付本ブログ参照)。

今年4月18日施行の「コロナウイルス特別法」99条によれば、「ポーランド郵政」から申請があった場合、2日以内にデジタル化担当大臣は全国民のPESEL情報をポーランド郵政に引き渡すこととされている。選挙目的に使用後、郵政は個人情報をすべて消去する義務を負う。

一方で、ポーランド郵政は、各地方自治体に対して、選挙人名簿を渡すよう要請していたが、クラクフ市、オポーレ市などの首長はその要求を退けていた。

選挙人名簿には個人の実際の居住所が記載され、PESEL情報には戸籍上の住所が記載されている。例えば、ワルシャワで生まれ戸籍登録している人が、仕事の関係で長年クラクフに住んでいるのであれば、選挙人名簿にある住所に封書が届かなければ投票に行くことができない。

報道によれば、すでにポーランド郵政は4月22日時点で全国民のPESEL情報を得ており、このまま一部の自治体から選挙人名簿が届かない状態で大統領選挙に突入する可能性が高い。

そもそも、多くの個人情報が集められているPESELの情報ソースにアクセスできるのは、内務省保安局(ABW)、中央汚職対策局(CBA)、警察、検察庁、裁判所、税務署などの公的機関に限られており、ポーランド郵政は日常業務に必要がある場合のみ閲覧が許されている。

このような事態を受け、ワルシャワ市モコトゥフ区検察局の検察官エヴァ・ヴジョセク(Ewa Wrzeosek)は、大統領選挙がコロナ感染リスクを増大させないか職権で捜査を開始したが、捜査は開始から3時間で打ち切られた。

いま、ヴジョセク検察官は問責手続きにかけられているが、本人は、「検察庁のホームページで自分に対して問責手続きが開始されたことを知った。今のところ、公式な決定はなく、問責内容も発表されていない。どんな罪の申し立てに対して自分が防衛しなければいいかさえ分からない」と本日(4月27日)ラジオで語っている。

コロナ禍のさなかに強行されるポーランドの大統領選挙をめぐっては、すでに欧州評議会が国際スタンダードを満たした選挙でない可能性があると表明し、欧州議会でも前首相(ポーランドでは野党所属)のトゥスク前EU大統領らが所属する欧州人民党(中道左派)がポーランド政府に大統領選挙の延期を申し入れている。

そんな中、本日(4月27日)、ドゥダ大統領は、「次の私の任期中には公立病院の民営化は決して行わない」と発言するなど、大統領選挙後の展望を語りだしている。強権化が進むポーランドの今後を追っていきたい。

 

参考:

https://oko.press/obwe-do-polskich-wladz-wybory-w-czasie-epidemii-moga-nie-spelnic-standardow-miedzynarodowych/

https://wiadomosci.onet.pl/tylko-w-onecie/ewa-wrzosek-nie-wiem-nawet-przed-czym-mam-sie-bronic/hnsvyjh

https://www.wp.pl/?s=https%3A%2F%2Fwiadomosci.wp.pl%2Fwybory-prezydenckie-2020-europejska-partia-ludowa-wzywa-rzad-do-przesuniecia-terminu-6504412591109761a&src01=f1e45

https://wiadomosci.onet.pl/kraj/wybory-prezydenckie-2020-poczta-polska-otrzymala-dane-z-rejestru-pesel/3fxnwew

https://www.rp.pl/Wybory-prezydenckie-2020/200429300-Poczta-Polska-juz-ma-nasze-dane.html

https://wpolityce.pl/polityka/497198-powieksza-sie-grupa-zbuntowanych-samorzadowcow

【ヤマル・ガスパイプライン】今回のコロナ騒ぎの直前、今年2月にワルシャワの和風ケーキが注文できる喫茶店 Matcha Tea House で会った知人のエネルギー専門家は「ヤマルはもう終わりだよ」とつぶやくように言った。彼は、長く、ポーランドを代表する経済シンクタンクでエネルギー問題を担当していた人物だった。ヤマル・ガスパイプラインは延長4196キロ、遠い西シベリアのヤマル半島からベラルーシ、ポーランドを通り、ドイツまで過去25年にわたり、天然ガスを供給してきた。

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    ロシアにとってシベリア開発は帝政時代から続く超長期プロジェクトである。ポーランドで発行されているポーランド人向けのロシア語教科書にも、シベリア鉄道の話題が誇らしげに掲載されている

    現在、ロシアの天然ガス輸出全体の15%弱を担っていると考えられるポーランド経由のパイプライン輸出は、今後数年間でゼロとなる可能性がある。
  • ポーランドは、米国、カタールノルウェーなどからLNG液化天然ガス)またはパイプラインによるガス輸入に移行してきており、ロシアからのガス輸入は今後数年間でゼロとなるだろう。
  • EUではエネルギーをめぐってロシアとドイツが結び、ポーランドなど東欧諸国がこれをけん制する構図が出来つつある。

 

世界は原油マイナス価格のニュースに揺れている。不思議なことに、石油メジャーの株価は原油先物がマイナスを示していることにほとんど反応せず、安定しているようだ。その背景としては、石油メジャーにはまだ高値で過去に契約した石油の販売収入が入っている事、石油メジャー自身が天然ガス再生可能エネルギー開発へと経営を多角化させており、そもそも石油収入だけで企業価値が測れなくなっている事が指摘できるという。

 

一例を挙げれば、西シベリアの北極海に面したヤマル半島では、フランスの石油メジャーであるトタル社が液化天然ガスLNG)の開発に乗り出している。本プロジェクトについては、北極海の薄くなった氷を逆手にとって砕氷船で極寒の地のガス、石油を日本、中国を含む世界に輸出しようという壮大な試みであり、日本からも大手商社、国際協力銀行などが資金、技術面で提携をしている。

しかしながら、もともと、ヤマル半島の天然ガス輸出は1970年代、当時の西独とソ連との間で締結された協定により、東西冷戦の緊張緩和(デタント)の一環として、パイプライン経由での輸出が開始された事に端を発している。当時から東の大国、ソ連(ロシア)を懐柔しておいて、脅威が増えないようにと考えていた西独(ドイツ)の対ロシア政策は概ね、現在にも受け継がれている。

1970年代の当時も2020年代の現在もロシア産(ヤマル半島産)の天然ガスの多くはパイプラインを伝い、ロシア、ウクライナスロバキア等を通り、ドイツなど西欧まで供給されている。近年ではこれに、バルト海の海底パイプラインである「ノルドストリーム」も強力な輸送手段して加わっている。しかし、ポーランド経由でロシアの天然ガスを運んでいる、その名も「ヤマル・ガスパイプライン」に関する日本語での情報は少ないようだ。

 

そこで、今回は「知られざる」ヤマル・ガスパイプラインについて、最近の動向をまとめてみようと思う。

そもそも、今現在(2017年)でロシアの天然ガス輸出はどのくらいあるかと言えば、2,309億立方メートル(以下、m3)であり、世界の天然ガス輸出(1兆1,341億m3)の20%を占めている(ジェトロ調べ)。

上記にはパイプラインによる輸出も液化天然ガスLNG)による輸出も含まれているが、欧州への輸出で重要なパイプライン輸出だけを取ってみると、

  • ウクライナ経由:1,420億m3(2014年)
  • ポーランド経由:330億m3(ヤマル・ガスパイプライン)
  • トルコ経由:315億m3(うち、半分はトルコ向け。別名、トルコストリーム)
  • ノルドストリームⅠ:550億m3
  • ノルドストリームⅡ:550億m3(計画、2020年開通予定)

出所:East European Gas Analysis ( https://eegas.com/fsu.htm)、EuRoPol Gaz社(https://www.europolgaz.com.pl/)、ジェトロ資料など参考

などとなっており(いずれも輸送能力であり、実際の輸出量とは異なる)、ウクライナ経由が最大の経路となっている。今年、予定通り、ノルドストリームⅡが開通すれば、反ロ国であるウクライナ経由やポーランド経由の対西欧向け天然ガス輸出は相応に減る事が想定され、とくに、ポーランド経由でのロシアの天然ガス輸出はゼロとなる可能性もある。

 

それを裏付けるニュースが3月末にポーランドで複数配信された。結論を先取りすると、

  • 今後、ポーランドはロシア産の天然ガス輸入を徐々にゼロに近づける。
  • ただし、ヤマル・ガスパイプラインは残るので、西欧の需要家(ドイツ等)にロシアの天然ガスを売るビジネスは数年間の間は続く。
  • ポーランドは、その間、託送権(第三者がパイプラインを借りてガスを消費者まで送る権利)を国際オークションにかけて儲ける。
  • ただし、それもノルドストリームⅡの操業が安定するまでの間の話であり、その後は、ヤマルは使用停止となる、というストーリーが現実味を帯びてきた。

さて、ポーランド天然ガス需要は2019年時点で、187億m3あり、

  • ロシアからの輸入:89.5億m3
  • 国内産出:38億m3
  • LNG液化天然ガス)輸入:34.3億m3
  • その他諸国からのパイプラインでの輸入:24.8億m3

となっていた(PGNiG社:ポーランド石油ガス採掘会社の調べ)。

2015年にポーランドは全ガス輸入の87%をロシアに依存(ヤマル・ガスパイプライン)していたが、この比率は2019年には60%まで下がってきている。一方で、米国、カタールノルウェーからのタンカーによるLNG輸入を急増している。これは、同国北部のバルト海に面したシフィノウイシチェ市に大規模なLNGターミナルが完成した事によっている(その名も、反ロシアで知られた故レフ・カチンスキ大統領の名を冠している)。

そこで、2018、19年にポーランドは米国との間で長期のLNG購入契約を結び、カタールからのLNG供給も合わせると、2024年には120億m3相当の天然ガスが入ってくる予定だ。さらに、2022年からはノルウェーの大陸棚で出る天然ガスデンマーク経由でポーランドまで運ぶ「バルチック・パイプライン」も開通予定で、100億m3相当の天然ガスの確保ができるようになる。そうなると、ロシアからの天然ガス輸入は完全にその必要がなくなる。

 

今後、ヤマル・ガスパイプラインはどうなっていくのか。パイプラインには、その経由国に対して支払う通過料(トランジット料)があり、輸出国(例えばロシア)としては、なるべく通過料が安い国のパイプラインを使用するに越したことはない。ガズプロム(ロシアのガス会社)はポーランド経由には1,000m3当たり8.9ドルを、ウクライナ経由には31.7ドルを支払っていると言われ、断然、ポーランド経由(ヤマル)での輸出が有利だ。

この背景には、2010年、当時のポーランドのパヴラク副首相とロシアのセーチン副首相との間に結ばれた協定があり、ヤマル・ガスパイプラインのポーランド側運営会社の年間利益(大部分は通過料)を500万ドル(2,100万ポーランドズロチ)に制限するとの条項があった事実がある。この協定は2022年末まで有効であり、ポーランドは、2022年まで、ロシア産の天然ガスを年間87億m3購入する義務を課せられている。

ポーランドの新聞(ガゼタ・ヴィボルチャ紙)はこの事態をして、「このようなロシア産ガスの通過料の極端な引き下げは、社会主義時代の習慣を思い起こさせる。あの頃は、ソ連軍のポーランド領内での輸送費を下げたものだった」と皮肉っている。

 

さらに、ヤマル開通前の1995年に結ばれた協定により、ガスプロムが25年間(2020年まで)にわたり、ヤマルの配送能力の大部分、とりわけ、ドイツ向けの天然ガス配送権を独占する事となっている。長年にわたり、ロシアはポーランド経由の安い通過料で大量のガスを大口需要家であるドイツに独占的に配送できたのである。

ところが、日本でも最近行われているように、全世界で、インフラを作った者がその所有権を盾に公共財(電気やガスなど)の供給を独占する事は競争原理(法)に違反するという考え方が主流となりつつある。EUでも1998年から2009年にかけて出された三次にわたる「EUガス政策パッケージ」により、ガスの配送や供給に第三者アクセスを認め、ガス生産者が直接ガスパイプラインを支配する事を禁止している。

EUがヤマルに対して下した決断は、1995年のロシア・ポーランド間の協定はEUの政策ができる前のものであり、2020年まではその効力を認めるというものだった。このような紆余曲折を経て、ヤマル・ガスパイプラインの運営を行うGAZ-SYSTEM社という国有会社がワルシャワに設立され、今年7月1日からはパイプラインへのアクセス権を国際オークションで売却する事になった(すでに国際オークションは去年から開始されていたが、ガス供給の余力部分の売買にとどまっていた)。

 

ロシアのタス通信は、Vygon Consulting社の専門家の意見を引く形で、「ロシアにとって有利なシナリオは、今後、3-5年間はヤマルの配送能力の半分ほどを(オークションで)抑え、必要があれば、オークションで追加輸送能力を買う」事であると述べている。報道では、その後は、ロシアとドイツを海底でつなぐノルドストリームⅡの配送能力がフルに達するので、ヤマル・ガスパイプラインは用無しとなる可能性が出てきたと指摘されている。

さて、先に述べたように、2022年まではポーランドが87億m3のロシア産天然ガスを購入する義務があり、その購入価格は3年に一度見直すことができるとされていた。ポーランド側(PGNiG社:ポーランド石油ガス採掘会社)は2014年に同権利を行使しようとしたが、折り合いがつかず、ストックホルムの国際仲裁裁判所に調停を依頼していた。

今年3月末日、仲裁結果が発表され、ガスプロムポーランド側に15億ドルの差額分(国際価格よりも高い価格で14-20年までの間にポーランドにガスを売った分)を支払う事、との決定が出ている。

 

その歴史的な役割を終えつつあるヤマル・ガスパイプラインだが、必ずしもロシアから西欧へのガス輸出のメインルートではない同パイプラインになぜ、ロシアの主要ガス産出地である「ヤマル」の名が冠せられたのか。

実は、ヤマルが提唱された1993年、欧州経済は非常に厳しい局面を迎えていた。1990年になし崩し的に実現したドイツ統一は、旧東独地域の復興が進まずに早くも失敗と見なされ、1989年に東欧革命で自由を手にしたポーランドをはじめとする旧東側諸国の幸先も明るいとは言い難かった。

当時のポーランドの輸出を見てみると、石炭、木材などの一次産品の比率が高く、頼みの綱とされた外資導入もなかなか進んでいなかった。そこで、社会主義に特有な重厚長大産業のうち、ほんの一握りの技術力があった国営企業がまず民営化され、そのうちのいくつかは外資への売却が成功した。パイプラインの命である鉄鋼の圧延工程を担ったのは、スイス・スウェーデン合弁のABB(アセア・ブラウン・ボヴェリ)社に買収されたザメフ・エルブロング(Zamech Elbląg)社だった。同様に、フランス資本のアルストムポーランド(Alstom Polska)社は、パイプラインの制御・情報処理システムを一手に受注した。当時、ヤマル・ガスパイプラインは、西側の資本とロシアの膨大な天然ガスとを結びつける事ができる、それなりに夢もあり、現実性も高い優良プロジェクトであったのだ。当初の計画では、ヤマル・ガスパイプラインは口径1400ミリのパイプラインを二本建設し、ガス配送能力は670億m3(年間)に達する予定であった。まさに、ヤマル半島のガスを大々的に西側に輸出すための大動脈としてのグランドプロジェクトだったと言ってよいだろう。

 

しかしそれだけに、ポーランドは、ロシア側の無理な要求を多く呑まされた面もあった。もちろん、先に見たようにポーランドストックホルム国際仲裁裁判所を利用し、ガス購入価格の公正化を図るなど、攻めに回る局面もあった。ポーランドとしての最大の防御策は、目下、強力に進められている天然ガスのロシア依存ゼロ化政策であろう。

さらに、ポーランドリトアニアなどと組んで、2016年、ノルドストリームのドイツ国内でのガス配送パイプラインである「オパル(OPAL)」についても、ガスプロムに独占的に認められているパイプライン使用権がEU法違反であるとしてEU司法裁判所に提訴している。同裁判所はポーランドの訴えを認める判決を出しており、すでにノルドストリームで輸送されるロシア産天然ガスの供給量が減っているとの情報もある。

 

天然資源をめぐっては、ポーランドがロシアをけん制しようとする一方で、伝統的な「友好関係」(切りたくても切れない関係?)にあるロシアとドイツが結束を強めるという構図が定着化している。このパワーバランスの中で今後、ポーランドのプレゼンスが高まってくれば、興味深い国際関係が出現してくる可能性がある。

もっとも、それと同時並行して、徐々に欧州が脱化石燃料化していき、ガス・石炭・石油から水素など他のエネルギー源に移行していく事態も十分想定されるだろう。

最後に、冒頭の石油メジャーが経営多角化しているが故に、原油価格の低落にもかかわらず株価を維持しているという説に戻ろう。トタル社の天然ガス戦略など今回は調べる時間がなかったが、エネルギー専門家の木村眞澄氏は、「ロシアのノヴァク(Novak)エネルギー相は、北極海での石油・ガス生産は、油価が$70-100のレンジにあれば採算が取れると発言している」と指摘している。

これが真実であるとすれば、今の価格水準ではヤマル半島産のガスや石油は、どう頑張っても採算が取れないという事になってしまう。本当のところ、何が真実であるのか、エネルギーをめぐる話題は興味が尽きない。

 

参考文献:

木村眞澄(2017)「ロシア北極海の石油・ガス開発の現状」

小山堅(2019)「欧州から見た天然ガスLNG市場の課題」

木村誠(2020)「欧州天然ガス市場を狙う米国の課題」

野村総合研究所経産省「海外のガス事業の状況」

Eastern Europe East European Gas Analysis ( https://eegas.com/fsu.htm)

EuRoPol Gaz(https://www.europolgaz.com.pl/

https://biznesalert.pl/pgnig-wygral-z-gazpromem-rosjanie-beda-musieli-zwrocic-ok-15-mld-dolarow/

http://pgnig.pl/aktualnosci/-/news-list/id/pgnig-mniej-gazu-z-rosji-rosnie-import-lng/newsGroupId/10184?changeYear=2020&currentPage=1

https://biznesalert.pl/raport-spor-opal-polska-gazprom-pgnig-gaz-energetyka/

https://tvn24.pl/biznes/surowce,78/gazociag-opal-gazprom-zmniejszyl-przesyl-gazu,969463.html

https://wyborcza.pl/7,155287,25861999,gazprom-szykuje-sie-do-rozgrywki-o-gazociag-jamalski-w-polsce.html?disableRedirects=true

https://wyborcza.pl/7,155287,24866419,tranzytowe-ulgi-dla-gazpromu-rosyjski-koncern-oszczedza-w-polsce.html