浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



浅草田原町・焼鳥・鳥なお

4549号

4月20日(土)夜

さて。
今日は、ちょっと久しぶり。
浅草田原町の、焼鳥[鳥なお]。
/p>

やはり、なかなか予約が取れない。

今日も17時から。

この時刻が、開店だが、同時に我々より先に2組、3組が
待っていたよう。

カウンターの中央付近に掛ける。

ここはコースのみ。5,500円也。

まずは、ビール中瓶。
サッポロラガー。

最初はこれ。

ふたものの陶器の器。

ここは最初にこういうものをよく出すが、
今日は冷たいもの。
すり流し。

まあ、和のポタージュ。
つまり、つゆもの。冷製。
これは新玉ねぎ、新じゃがのすり流し。

今日の最高気温は26.1℃(13時56分)。
またまた、夏日。

こういう冷たいものを最初に出すのは
和食でもセオリーなのであろう。
よいものである。

上にのった、ちょっと黄緑に近いねぎも美しい。

次から焼き物。

焼き物、野菜で、

グリーンアスパラ。

初夏のもの。旬、か。
北海道と言っていたか。

であれば、ハウスものかもしれぬ。

焦げ目がよい感じ。

次から、焼鳥。

ささ身。

塩で、上にのっているのは、山わさび

ささ身の焼き具合が絶妙。
もちろん、自分で焼けば、ささ身など間違いなく、
パサパサになる。
かといって、中も生でも、半生ですらない。
なのに、しっとりと焼けているのである。
まさに、極上の焼き上がり。
これが、ここの真骨頂であろう。

次は、ハツ。

心臓である。

甘辛のタレが薄っすら。
軽くおろした柚子がまぶされている。
先と根本が切ってあり、先のささ身同様、
絶妙な焼き上がり。

次は、野菜。

銀杏(ぎんなん)。

銀杏はうまいのだが、やはり殻を割るのが手間
なので、自分ではあまり調理はしない。
ここではよく出るのでありがたい。

次は、また焼鳥。
いいリズムである。

これは、肝。

レバーで、ある。
ハツ同様、薄いたれ焼きだが、まぶしてあるのは
青山椒粉。
これも、同様にしっとり。
流石の焼き上がり。
血の味などは皆無。

青山椒粉はとても香りが新鮮で強い。
さわやか。

また、野菜。

箸休め。
この小鉢は、おかひじき。
おひたしであるが、出汁感が強く、酸味もあるか、
上品。
シャキシャキとした食感がおもしろい。

次はこれ。

“先”が切ってあるのでわかりにくいが、手羽
皮のパリパリが、うまい。

次は、もも。

塩。ねぎと、しし唐。細かいところだが、ねぎは
丸のままではなく、縦に切ってある。この方が食感が
よいということか。細かい技。

野菜だが、蕪。
/p>

たまに出るが、こんがり焦げ目付き。なのだが、
独特の仕上がり。水分が抜けているといったらよいか。
ゆでたり、蒸したりしたものとも違う。

焼鳥最後は、いつものこれ。

きんかんとつくね。
つくねは、青紫蘇入りでちょいとさわやか。
きんかんは、生ぐささなどはまったくない。
ほぼほんのり温めているだけではなかろうか。
ということは、管理の鮮度、か。

お新香が出て。


最後は、これ。

焼きおに入りの、鶏スープ。

以上。

会計は二人で、15,300円也。

いつもながら、うまかった。ご馳走様でした。


公式食べログ

050-5593-4854
台東区雷門1-5-9 いさよビル 1

 

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。

 

 

 

立ち喰い鮨・浅草まぐろ人・雷門出張所

4548号

4月19日(金)第一食

さて。
今日も天気はよい。

最高気温は、23.6℃(15時10分)。
夏日には届かないが、十分暑い。

今日は鮨だ。
まぐろ人に行こうか。

相変らず、浅草は観光客でごった返しているが、
入れるであろうか。

14時。

暖簾を分けて覗くと、だいじょぶそう。

入って一人と言って、カウンターの中央へ。

先客は、アラブ系?ラテン系?、インド系?、
髭の男性と、ちょっと色の黒い女性のカップル一組のみ。

ビール(生)をもらって、いつも通り
白身とすみいか。

が、平目は切れており、鯛、それからかんぱち。

が写真を撮り忘れて、食べ始めてしまった。

かんぱち。

ん?。

また、観光客一組が入ってきた。
今度はアジア系、短髪の30代とみられるお父さんに
小学生3~4年生くらいの男の子と、4~5歳の
赤いレンタル着物を着た女の子。
顔は中国系に見えるが言葉は北京語にも広東語にも
聞こえない。タイ?、マレーシア?あたりの中華系
かもしれない。板さんに話す言葉は、英語。

これで、私以外、お客は、皆、外人になってしまった。

ともあれ。

ここから、光物。
ん!、今日もさよりがある。

右から、しまあじ、さより、鯵。

さよりは、前回もそうであったが、やはり
小さなものであろう。獲れていないのか。
春、秋だけだが、うまいものである。
端正で、限りなく白身に近い光物。
もう少し大きいともう少し脂があるか。

光物、次はこれ。

右から、〆鯖、小肌、いわし。

小肌は、もはや小肌とは言えない大きさでは
なかろうか。半身のさらに半分。この時期ならば
致し方ないか。
〆鯖も小肌も、ここの〆具合、私は好きである。
ちゃんと酢は入っているのだが、水分は抜けすぎて
いない。
いわしもうまい。いつも行く[美家古寿司]では
置かないので、やはり食べたい。

ここで、味噌汁とお茶に。

味噌汁は、いつも通り浅利。
濃いめの出汁がうまい。

光物最後の、小鯛と、貝。

春子だが、昆布〆。
そして、好物の平貝。

平貝は最近いつもあるが、やはり多少獲れているのか。

このあたり、また、撮り忘れているような、、。
ふぐを食べた記憶がある、のである。
すると、ふぐと、あと一つ、食べている、か。
なんか、外人さんばかりで、なにか血迷っていた、か?。

ともあれ、軍艦二種。

白子はなかった。
右、生しらすと、左、白魚。

どちらも、昔は生では食べていなかったもの。
特に、生しらすは最近であろう。
やっぱり、うまい。
冷蔵設備と、管理のお蔭。
時代とともに、うまいものが増えているのは、
有難いことである。

そろそろ終盤。

まぐろ、だ。

ここは、まぐろの店でもある。
目の前のショーケースにまぐろほほ肉を
見つけた。
あ、その隣に、鰹もあった。

もらおう。

左が鰹、右がまぐろほほにく。

まさに、初鰹。
きれい、で、ある。
やっぱり、鰹はプロの腕に掛かるものでなければ
いけなかろう。
瑞々しい。

まぐろほほ肉。
いつもあるとは限らぬが、流石、まぐろ仲卸経営。
脂もあるが、コリっとした食感。
うまいもんである。

最後もまぐろ。
鉄火、細巻。

鮨やでの最後に頼むのは、巻物、あるいは玉子。
玉子は甘いものなので、最後。
巻物を最後にするのは、腹を一杯にするため。

やっぱり、ここでは最後の巻物は鉄火であろう。

うまかった。

ご馳走様。

勘定は、今日は4000円台。
やっと、いつもに戻った。

 

浅草まぐろ人

台東区雷門2-18-12
03-3847-7139

 

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。

 

 

 

本郷三丁目・ラーメン・にし乃

4547号

4月17日(水)第一食~

さて。
続くのだが、次はここ。

ご存知であろうか。
前回から続いている。
正真正銘、ミシュラン・ビブグルマン2024掲載。
[らぁめん小池]グループ。

本郷三丁目の[にし乃]。

やはり、いってみねばなるまい。

距離的には遠くはないのだが、やっぱり本郷三丁目
大きな壁がある。いや、坂だ。

春日通り天神下から、切通し坂。
坂を登らねば[にし乃]には行けぬ。

この坂、以前はもっと急であったと思われる。

緩くなったのは、正確な年代はわからぬが、明治以降。
人力車も市電も通るので緩くする必要があったのであろう。

自転車で登れる人もいるだろうが、私は降りて押す。

[にし乃]は本郷三丁目交差点に近い。
交差点から南東側の裏通り。

この日もよい天気。
最高気温25.5℃(13時43分)。夏日。

14時すぎ、到着。

外に列はなし。中も待ちはいないよう。

調べてきたのだが、ここは、塩でわんたんが看板。

券売機で、中華そば海老二個、肉二個の
わんたん付き1320円を購入。
やはり、気持ち強気の価格設定であろう。

ここもカウンターのみ。
あいている席に掛ける。

やはり接客も丁寧。

このグループの特徴か、明るくきれいで多少お洒落めの店内。
席の間もゆったり。

さて。ここ[にし乃]の店名。やはりユニーク。
店主やらの名前かと思いきや、グループ代表水原氏の
「心の恋人とするアイドルの名字」とのこと。

はー。
最近、イケメン俳優と結婚を発表した今、女優のあの人。
店内に流れているのは、その坂道グループの曲。

おしぼりもある。紙エプロンを用意して、待つ。

きた、きた。

わんたんが別皿。

ラーメンに入れてもよいが、酢をかけて、そのままでも
食べて下さいとのこ。

まあ、やはり入れて食べよう。

細麺、澄んだ塩スープ。

中央になると(「の」?)、小松菜、低温調理らしいチャーシュー。

スープは、魚介系?だけではないとは思うが、
複雑だがバランスの取れた旨味。やはり、流石であろう。
ミシュラン掲載は伊達ではない。

細麺、塩、わんたんといえば、ずばり拙亭近所の[大和]を
思い出すが、ここまでくれば、優劣ではなく、個性の違い
ということになろう。どちらも、うまい。

さて、翌日、またきた。

ここは、もう一品、山椒そば、というのがある。
これも食べてから、書かねば。

今日も14時頃。
やはりこの時刻ならば、空席はある。

わんたんのない、ノーマルな山椒そば960円を買って
カウンターに掛ける。
今日は、白人の観光客風男性三人組もいる。

ん?!。

今、掛かっている曲は「つづく」だ!。

実は、このところ、私、いい年齢をして、坂道にはまっている。
この「つづく」は、かの人の卒業ソロ曲。
もちろん、大ヒット曲ではない。
ここは、もしかして、この人の曲だけ掛けているのか?。
(厨房との境の壁の一番いい位置にご本人のサインも見つけた。)

私が、ちょいと耳に入っただけで、わかってしまうのは、
たまたま、この前日に勉強のため、彼女の卒コンのDVDを
買って聞いていたから。
はまったきっかけは、先日、4月5日に卒業したとある人の
深夜番組からだが、そこから、坂道全体へ、さらに、
順にさかのぼって、聞いているのだが、なかなかおもしろい。
坂道について、また機会があれば、書いてみてもよいか?。

閑話休題

きた、山椒そば。

見た目は、ここの中華そばと同じ?。

アップ。

よく見ると、青い葉のかけらのようなもの。
これが、山椒か。

食べると、なんであろうか、不思議と山椒らしい感じ
ではない。だが、そこはかとないエスニック感。
強くはないが。
おもしろみは、あるとは思うのだが、なぜこういうものを
作ろうとしたのか、もう一つ、ピンとこないのが、
正直のところ。

ともあれ。
先に書いたが、ある程度以上になると差はあまりない。
ここがミシュランで、そうでないところの違いは
接客だったり、店の雰囲気だったり、遠くから
例えば外国人が食べにきてもその価値があるのか、か。
そう思うと、納得かもしれぬ。

坂道を登って[にし乃]。

 


食べログ公式

文京区本郷3-30-7 熊野ビル B101


小池グループinstagram

 

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。

 

 

 

御徒町・ラーメン・あいだや

4546号

4月15日(月)第一食~

さて、ここ、ご存知であろうか。

昨年、10月開店していた。

私は知らなかった。

ミシュラン・ピブグルマンに複数軒掲載されている
[らぁめん小池]グループの新店。

御徒町の行列店なのだが、ビルの中で
まったく気づかなかった。

ビルとしては[寿限無担々麺]と同じなのだが、
中に貫通する通路があり、格安床屋なんぞもあって、
その床屋の前。
つまり、この店は外からはまったく見えない。

店名の[あいだや]というのもビルの通路の“あいだ”に
あるかららしい。

昼は、15時までの営業のようなので、14時すぎに
行ってみる。

ここは、ラーメンはあるが、つけ麺が看板。
さらに黒毛和牛サーロインご飯というのが
売りのよう。

月曜、この時刻でも列。3~4人。

順番がくると、お兄さんが登場し、食券を買って
また列に戻るようにいわれる。

つゆが四種類あるようで、一種950円と二種1250円が
ある。
せっかくなので、二種に。
サーロインご飯850円はとりあえず今日はやめておく。

価格設定はなかなか強気。

順番になり、店内へ。

カウンターのみ。
ただ、一席はかなり広めに取られている。

指定された席に掛けると、四つのつゆのうちの
どれにするか聞かれる。

四つというのは、豚骨魚介、海老、にんにく醤油、担担。

一番ノーマルそうな、豚骨魚介と、にんにく醤油というのに
してみる。

麺は冷か温かい釜揚げから選べる。
冷で。

ゆで時間がかかるのか、そこそこ待って、きた。

なりほど、麺は太目。

まず、豚骨魚介から。

ん?、ちょっと、おとなしめの豚骨魚介?。

今、豚骨魚介系はつけ麺では定番になっていると
思うが、もっとガツンと、濃いところが多いように思う。

まあ、逆にいえば、バランスの取れたもの、といえようか。

にんにく醤油。
これは、なるほど、にんにくで、クセが強いが、
正直、もう一つ、ピンとこないか。

と、いうことで、翌日、またきた。

やはり、サーロインご飯を食べるべきかと。

サーロインご飯は、券売機には単品であるのだが、
こで、実際に出してみると、お兄さんに戸惑われた。
つけ麺を頼んでほしい、と。申し訳なさそうにいう。
丁寧で腰が低い。
なるほど、やはり、そういうことね。

と、いうことで、麺少なめのつけ麺、つゆ一種
2000円に。

目の前で、お嬢さんが焼いてくれる。

もの凄い、霜降り。
これもパフォーマンス。

まあ、すき焼き。

玉子を溶いて、お待ちください、と。

焼けたのを玉子へ入れてくれる。

一枚。

つけ麺もできた。

今日のつゆは、坦坦。

坦坦麺系のつけ麺というのは、食べたことが
あったろうか。
あまり記憶にない。

これ、なかなかなもの。
うまい。
辛みはべら棒に強い、ということはないが、
こってり胡麻で、バランスが取れている。

牛肉。
まあ、これだけの肉が、まずいわけがない。
力技。

やはり、ご飯にのせて。

玉子も全部。

この玉子も色が濃く、よいもの、
なのではなかろうか。

かなりの腹一杯。

ご馳走様でした。

なるほど、こういうことであったか。

なかなかの、やり手、で、あろう。

 

食べログ公式

台東区上野6-1-6 御徒町グリーンハイツ


小池グループinstagram

 

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。

 

 

 

鰻・炭焼・ひつまぶし・美濃金・神田本店 その2


4545号

引き続き、末広町のひつまぶし[美濃金]。

待っている間に、うなぎ蒲焼の歴史を振り返っていたが、
頼んだ、肝入りのひつまぶしが出来上がったので、
考察は、後に回して、食べよう。

お櫃を開ける。

ひつまぶし、というのは基本、こんな感じ。

これだけ並ぶと、かなり、ゴージャスな感じであろう。
名古屋文化圏の婚礼など特別な時の大盤振る舞い、といった
ようにも見える。見るだけで、大満足。

お櫃に入ったご飯にたれが染み、その上に
短冊に切った、蒲焼。

青紫蘇の葉の天ぷらの上に、肝。

手前に、細かく切った青ねぎ、わさび、茶漬け用のあられ。

右の小皿が昆布の佃煮と奈良漬け。

反時計回りに、肝吸い。これはノーマルな吸い物から
チェンジした別オーダー。
その上の白い土瓶が、茶漬け用の出汁。
次が、うざく。蒲焼の入ったきゅうりの酢の物。
隣が、う巻き。蒲焼入り玉子焼き。
その隣が、きざみ海苔。
そして、空の飯茶碗、しゃ文字と、匙。

お櫃のアップ。

肝は煮たものではなく、やはり焼いたもののよう。

ひつまぶしでも、やっぱり、山椒を振る。

お!、この山椒。

かなりの香り。
青山椒のよう。
フレッシュで強い。

一膳めは、そのまま飯茶碗へよそう。

蒲焼の味付けは濃い、のだが、やはり、
東京の蒲焼よりも甘い。
そして、先にも書いたが、このパリパリの食感。
これが東京の蒲焼にない、うまさ。
身上。

どちらが上でどちらが下、ということではない。
東京うな丼だと、飯とともに蒲焼は、ほぐれる。
これもまた、身上。
うまいことは、もちろんのこと。

肝も蒲焼と一緒に飯とともに食べることになる。
これも、ちょっとアクセントになっておもしろい。

二膳目は海苔、ねぎをまぶす。

三膳目は、出汁をかけて、海苔、ねぎ、わさび、あられ。

うな茶。もちろん、お茶ではないのだが。
これが、ひつまぶしの最大の愉しみでは、なかろうか。

出汁に負けない蒲焼の味付け。
東京の蒲焼でこれをやってみてほしい。
蒲焼の味が薄くなってしまうのである。
名古屋圏の蒲焼でなければ、これができない、
のである。
私は、こちらの蒲焼の味付けはたまりしょうゆでは
ないかと思っているのだが。

と、いうことで、最後もうな茶。

うまかった、うまかった。かなりの腹一杯。

さて、考察の続き。
東京、関東のうなぎ蒲焼と名古屋を含めた蒸さない、
焼くだけの西日本のものの境目は、浜松と豊橋の間。

江戸のうなぎ蒲焼のことは、だいたいわかったのだが、
問題はこの西日本の蒸さないうなぎ蒲焼の歴史、で、ある。

色々調べたのだが、やはり意外に解明されているとは
いえないようなのである。
わかったのは、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」には
多数出てくるということ。
東海道を旅しているので、いくつかの宿場で
名物になっているのが紹介されている。
三島、柏原(吉原と原の間)、新居(荒井)、、など。
宮は今の名古屋市熱田。

東海道中膝栗毛」は享和2年(1802年)から文化11年
(1814年)にかけて出版されている。昨日見たように江戸で
開いた蒲焼が生まれたという、天明、寛政より少し後。

この差、数年から10年ちょっとだが、どうであろうか、
気持ち後とみるか、誤差とみるか。
ただ、この頃、江戸以西、東海、尾張などでも既に
うなぎ蒲焼は食べられていたのはどうも史実のよう。

さて、うなぎの蒲焼は、江戸起源で西に広まったのか。

江戸のうなぎ蒲焼は濃口しょうゆと浅からぬ縁が
あるというのだが、西のもの、特に名古屋圏のものは、
うな茶で書いたが、おそらく濃口しょうゆよりは、
たまりしょうゆがキーになっていると思われる。
名古屋を含む西日本では江戸期には濃口しょうゆは
ほぼ作られていなかろう。

また、西と東の違いは、西は腹開き、東は背開き
というのは知られているが、実はさばく包丁の形も
違っていると聞く。もちろん、蒸さない。

これだけ違うと、どうなのであろうか。
見た目は似ているが、もはや起源が同じとは
到底思えないのでは、なかろうか。

例えば、江戸で生まれたが、どこかはわからぬが、
名古屋以西の料理人が、開いて甘辛に焼いた蒲焼を
再現しようと独自に工夫をして、生まれた?。

いや、そもそも、江戸が始めかどうかすら、確たる
エビデンスはないではないか。
逆の可能性すらある。
名古屋以西で、生まれ、たまりじょうゆで焼いていた
ものを再現するために、江戸では濃口しょうゆを
使ったのかもしれぬ。

残念ながら、わからない、のである。

隠れた研究があるのかもしれぬが。
ともあれ、宿題。

勘定は一人で、7960円也。
以上、ご馳走様でした。

 

美濃金

千代田区外神田6丁目14-3 VORT末広町II1階
03-6806-0328

 

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。

 

 

 

鰻・炭焼・ひつまぶし・美濃金・神田本店 その1

4544号

4月14日(木)第一食

さて、うなぎ。

それも、関東風の蒲焼ではなく、西の蒸さないもの。
さらに、名古屋周辺のひつまぶし。

昨年一度書いた、末広町のカレー店[モチヅキカレー

の前。

以前から気になっていた[美濃金]というところ。

行ってみようか、と、考えた。

私自身は30代の前半、名古屋に数年転勤で住んでいた
ことがあるので、好きでよく食べていたし、その後も
名古屋に行くと味噌煮込みうどんか、ひつまぶしは
必ず食べていた。
名古屋名物というのはいくつかあるが、この二つは
大好きになった。

今、調べると、ここだけでなく、東京で、あちらの
ひつまぶしを食べさせるところはなん軒かあるよう。

うなぎ蒲焼というのは、東京者の私には蒸したものが
子供の頃から慣れ親しんだ故郷の味なのだが、
蒸さない焼くだけの蒲焼も、十分にうまいと思っている。

蒸す理由は柔らかくする、脂を落とす、などあるのだろうが、
あちらのプロの手に掛かれば、焼いただけのものでも
脂っこくて食べられないなんてことはもちろんないし
別段、カタイと思わせることもない。
むしろ、香ばしく、関東のものにないパリパリした食感には
別のうまさがある。

名古屋周辺では、ひつまぶしだけでなく、普通のうな丼を
食べることも多いと思うが、やはり、ひつまぶしが
最高峰(?)といってよいだろう。

ひつまぶしというのは、四等分して、最初はそのまま、
次は薬味をかけて、その次は出汁をかけてうな茶に、
そして最後は、自分の好きな食べ方でなんといわれる。
だが、お櫃に入った飯に短冊に切ったうなぎ蒲焼を
のせているということと、出汁を掛けて食べるうな茶が
食べられる、この二つが、まあ、ひつまぶし、ということ
であろう。うな茶というのは、関東の蒲焼では味が薄く、
出汁やお茶を掛けると、負けてしまってだめ。名古屋の
蒲焼のたれでなければうな茶はできない。

ともあれ、ひつまぶし、うまいもんである。

[美濃金]の昼営業は15時まで。
13時40分頃到着。

もう完全に春、、いや、もう初夏か。
桜はほぼ終わり、歩道のつつじはもちろん、御徒町公園の
藤が気が付いたら咲き始めている。
もちろんコートはなし、日が出ていれば半袖でも
よいくらい。

特に予約もなくきた。
入ると、ほぼ満席。
奥にカウンターもあるようで、そこへ。

外もかしこまった感じだが、
店内もダークでお洒落な新和風。

ここも外国人観光客もご多聞にもれず見かける。

掛けると、QRコードを読んでアプリから
注文してください、とのこと。
まあ、よいのだが、どこもこれである。

ここのひつまぶしは、肝が入るものと、入らない
ものがある。
値段も一番上が11,950円。

肝入りのものは食べたことがない。

肝入りのノーマルひつまぶし、上6,950円也、に、
してみようか。
肝入りはこの上に特上9,050円也がある。

ビールも。

プレミアムモルツの中瓶。

プレミアムモルツは久しぶりかもしれぬ。

お通しの骨せんべい、それから、キャベツと
キュウリの浅漬けのようなもの。
多少時間が掛かるのであろう。
注文が入ってから焼き始めるのか?。

さて。

待っている間に、呑みながら、ちょっと
考えてみよう、か。

なにかというと、うなぎ蒲焼の歴史。
特に、名古屋食文化圏のうなぎ蒲焼、ひつまぶしの。

うなぎ蒲焼というのは、江戸中期に今のものができた、
と、言われている。

今の開いて甘辛く焼いたもの。
これには、関東で濃口しょうゆが生まれたから、
とよく言われる。

江戸中期というのは、1790年代あたり。
年号でいうと、天明、寛政、享和。
田沼時代の終わりから松平定信寛政の改革のあった頃、
そしてその少し後まで。この後は、文化になる。
この頃に今の蒲焼ができたのは文献にも出てくるようだし、
現存する東京のうなぎやで最古と思われる浅草田原町
[やっこ]の創業は、寛政年間といい、まあ、裏付けて
いるのだろう。

この時代だと、狂歌蜀山人太田南畝先生が代表的な
有名文化人。また化政文化を代表する、戯作者山東京伝
歌舞伎だと作者の鶴屋南北(四世)の頃。
江戸人が、それ以前は上方に対して引け目があったが、
江戸人として誇りを持つようになり始めた頃。

こんな頃である。

開いた蒲焼になる前は、どうだったかというと、
ぶつぶつと切って、串に刺して焼き、山椒味噌を
塗って食べていた、という。
主に屋台である。
これは、池波作品「剣客商売」などにも出てくる。
脂が多く、肉体労働者の食べるもので、決して
品のいいものではなかったよう。
その形が植物の蒲(がま)の穂のようだったので、
蒲焼と呼ばれた。開いて焼いても同じ名前が踏襲された
ということのよう。

また、もう一つ。うなぎというのは専用の包丁を使い、
目打ちといって、目にくぎを刺してさばく。濃口しょうゆの
出現だけでなく、それ以前の形からもわかるよう、
こうしたうなぎを開いてさばく技術ができたから、と
いうのも大きな要因であったよう。

と、ここまでが、まだ、江戸でのこと。
書いている通り、名古屋以西のうなぎ蒲焼の調理法は
東のものと大きく違っている。

あ、きた。

 

つづく

 

美濃金

千代田区外神田6丁目14-3 VORT末広町II1階
03-6806-0328

 

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。

 

 

 

南稲荷町・そば・小倉庵

4543号

4月11日(木)第一食

さて。

またまた、そばシリーズ。

いつもよく行っているところではなく、
新規開拓。初めて行くところ。

先日の[志づや]にも近い。
東上野3丁目。
旧町では、やはり同じ南稲荷町


[小倉庵]。

ここも場所を文字で説明しずらい。
永寿病院の一本北の細い通り、永寿の
ワンブロック東。

やはり、ご近所なので前はなん回も通り、
存在は知っていた。
和風だが、きれいな外観なので“趣味そば”系
かと思って、あまり興味を持たなかったのが
正直なところ。

が、今回調べてわかった。
[小倉庵]というのは、数も藪や砂場ほど多くないが
どこかおおもとの店があって、私の分類では老舗暖簾
分け系といってよさそう。
昭和44年(1969年)創業。現ご主人は二代目。
平成22年(2010年)店舗改装を機に、手打ちに
切り替えたとこと。今、さらに石臼挽き。

だが、ご飯ものもあるようなので、町のそばやの顔も
しっかりあるか。

また、昼夜通しでやっているよう。
これも私にはありがたい。

13時半頃到着。

昼の客がまだあり、なかなかにぎわっている。

このあたりも、半分オフィス街。
近所のサラリーマンの支持が強そう。

外観同様、店内も小ぎれいな和風。

あいていたテーブル席に掛ける。

見渡すと、仕事中ではない少し年嵩の女性二人、
ビールなど呑んでいる。

一杯呑んでもよいか、な。

そばは、どうしようか。

ここ、意外に安い。

鴨せいろ、1050円也。

これでいこう。

お酒、ぬる燗。

金婚正宗、ガラスの一合瓶。

金婚正宗というのは、豊島屋酒造というところの酒。
数少ない東京の酒蔵である。

ご存知の方はおられようか。
豊島屋は慶長元年(1596年)神田鎌倉河岸で「酒舗兼立飲み
居酒屋を始めた」とのこと。今年で創業なんと、428年。
鎌倉河岸というのは、今の首都高神田橋ランプあたりの
濠端北側。

余談だが、慶長元年(1596年)創業は凄かろう。
上方から移転してきた店であれば、もっと古いところも
いくつかあるが、江戸で開業し現代まで続いている暖簾
としては、最古ではなかろうか。

ご存知の通り家康が征夷大将軍になるのが慶長8年(1603年)、
関ヶ原の戦いが慶長5年(1600年)で、そのさらに4年前。
つまり江戸開府以前の江戸で店を開いていることになる。
そんなことがあるのか?。

家康が秀吉により関東へ国替えになったのが小田原征伐後。
江戸に入ったのが、天正18年(1590年)のよう。
ここから、江戸の街造りが始まっていると言えようが、
その頃に店を開いているということになる。

槌音が響く、石を運び木を削り、人々が汗をして働いている。
そんな人々に酒を出していたのであろう。
まさに、江戸の酒やとすれば、草分け中の草分けといって
よろしかろう。

味は、ノーマルな辛口。

鴨せいろもきた。

鶏ではなくもちろんちゃんと鴨肉と脂身、ねぎ。
つゆは、やっぱり、しょうゆの勝ったもの。
このあたりの味。

そばは流石にうまい。
ちょっと太めであろうか。

しっかりした、のどごし。

うまかった。
これで、1050円は安かろう。

翌日、今度はご飯ものも、と思ってまたきた。

玉子丼と冷たいそばのセットというのがあった。
800円也。これも、安い。

きた。

そばは、ざるではなく、丼に無造作に。
つゆと薬味。
お新香に、小皿は天かすのよう。
この天かす、つゆに入れるのか?。
とりあえず、つゆはそのままがよいのでそのまま、
手繰る。

やっぱり、そばがうまい。
これだけで、値打ちがあろう。

余った天かすは玉子丼へぶっかけてみたが、
もう一つ、意味が分からないか。

腹一杯。

ご馳走様でした。

昼ならば、いつもの元浅草[砂場]だが、
通し営業というのもよい。重宝するかもしれぬ。

 

小倉庵

台東区東上野3-6-6
03-3832-7743

 

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。