N・K・ジェミシン『輝石の空』

輝石の空 〈破壊された地球〉三部作 (創元SF文庫)季節変動を克服するために社会的対応としてカーストが制度化され、物理的対応としてサイキック人類が創造された。季節変動の終息がサイキックであるヒロインの課題だが、カースト社会の是正が物語の真の目的である。季節変動は社会問題を設定する手段にすぎない。


解決すべき諸弊害は互いに絡み合っている。サイキックは核兵器級の力ゆえに迫害の対象となり、ジェノサイドの恐怖にさらされている。サイキックはつらいが社会全体にとってもジェノサイドは困る。サイキックなしには冬を越せない。


ヒロインが身を寄せるコミューンは問題の縮図となる。コミューンの晶洞は侵略を受ける。ヒロインは晶洞ごと敵を焼き払う。出エジプトを強いられたコミューン住民はヒロインを恨む。


社会は人々の無意識の産物である。把握や操作は困難だ。もともと晶洞は持続不能で侵略の有無にかかわらず放棄の運命にあった。しかし人心は納得できない。ヒロインの恋人、吉岡秀隆はいう。自分も理解できたのだから彼らもわかるはずだ。読者の分身たる吉岡に社会を捕捉させ知的優位を発揮させる。読者の鼻腔を刺戟しながら作品の構造と課題を説明する。


コミューン住民とヒロインの関係は社会全体とサイキックの関係に拡大できる。人々はサイキックの力を畏怖しジェノサイドの衝動に駆られている。サイキックがいなければ社会は崩壊する。


技術職である吉岡には社会的無意識は認識の対象にしかならない。無意識を社会工学の対象とするのは管理職であるコミューンの女長の役割である。彼女の啓蒙思想は物語の課題を言語化する。女長はヒロインを信用しない。しかし分業には互いの好意は要らないという。女長はコミューンを非カースト社会の実験場とする。他部族の捕虜をコミューンに参画させる。捕虜の中には偏見を越えて分業できる人物もいれば、部族の壁を越えられない者も出る。


砂漠を渡る住民たちから食糧が尽き始める。余剰人員の整理を迫られるヒロインは管理職のストレスをモーセばりに訴える。


前作に続きヒロインの娘の逃避行が並走している。娘は常にサイキック迫害の恐怖におびえ、カースト問題を具体化する。


キャラ立ちの強度において、コミューンの女長にヒロインは遠く及ばないだろう。当事者は女長でありヒロインは女長の生き様の観測者に過ぎない。作者は吉岡や女長を使って課題を捕捉し矯正しようとする。これを観測するヒロインの価値観は女長の啓蒙思想に準拠しない。この距離感は1巻から変わらない。女長は地縁・血縁の原理から社会を解放したい。ヒロインはコミューンを見捨てて娘探しに出たい。ヒロインを動かしているのは血縁原理である。


この課題設定には欠陥がある。ヒロインには当初のところ3つの課題がある。月の軌道を戻し季節変動を終息させる。女長に助力して社会をカーストから解放する。娘と再会する。このうち、月捕獲と啓蒙は課題として並び立たない。


カーストは気候変動の産物である。月を捕獲すればカーストは必要なくなる。カースト解消を目指す女長の社会工学は徒労になる。しかしフィクションの題材として価値があるのは魔法話よりも社会工学である。


筋の上でもこれらの課題はトレードオフとして扱われる。コミューンにとどまれば啓蒙運動に資する。月を捕獲する装置は遠方にある。ここに娘の逃避行が絡み整理がつかなくなれば、風呂敷の畳み方に興味が惹かれてくる。


結果はどうか。


娘は月捕獲マシンに到達して娘探しと月捕獲の課題が合流する。


コミューンの方は砂漠を越えるとマナが降ってきて食糧問題が解消する。カーストを含む社会構造は気候変動による食糧問題に対応して生まれた。コミューンから危機が去ればカースト問題はうやむやになり、ヒロインは堂々と娘=月捕獲問題に取り組める。


砂漠放浪中に吉岡の子を孕んだヒロインは血縁原理と啓蒙思想を両立させる理屈を発見し、コミューンを捨てる正当性が思想面からバックアップされる。吉岡を好きすぎるヒロインは何としてもその子を残したいと決意して月捕獲の意欲をいよいよ高める。


最愛のプロデューサーさんを失った娘はバーサーカーとなる。プロデューサーさんを不幸な境遇に追い込んだ人類全体に癇癪を起す。血縁原理がヒロインから私情で人類を滅ぼそうとする娘へと移動して娘をヒール化する。月を捕獲したいヒロインとそれを阻止して人類を全滅させたい娘が激突する。


社会工学路線は放棄されているのだが娘暴走の風呂敷をどう畳むのか、これはこれで興味をそそる。オチは、娘の攻撃に耐えつつ月を捕獲して石化した母を見て娘が正気に返り、完である。


作者はあとがき冒頭で一声を放つ。


「フーッ! なかなか手強かったでしょう?」