義務年限終了に当たって

あと1日と14時間ほどで自治医科大学卒業生としての義務年限を終了します.僻地勤務は昨年度までで終了していましたが,本当の意味での義務年限終了,つまりは公務員としての身分を自らの意思で辞することができること,そして6年間の3460万円にのぼる学費の返還免除があと1日と数時間で成されます.

9年間は大変に辛いものでした.現場における肉体的・精神的な過酷さは言うまでもありませんが,どんなに努力しても埋められない,同期研修医や一緒に働いた学年の近いドクターとの本質的な知識,技術,経験の差,そして医者としてのキャリアの遅れから来る脅迫観念は常に重くのしかかりました.

「そんな物は気にするようなことではないしすぐに追いつく」と言ってくれる人もいました.ある同級生は「自治医大卒業生が他大学卒業生に比べて劣っているとは思わない,むしろ焦りがある分努力をするので遜色がない」と言う人もいました.

しかし,どんなに劣っていようとも「追いつくのは厳しい」,「並々ならぬ努力を要する」と言ってくれる人はいなかろうと思うし,そして,後者に至っては,一部の臨床経験や一般診療において優れている点はあっても,正直なところ,医療の枝葉の知識以外の思考回路,検索能力,研究的思考など,専門家として最も根幹とすべき思考においては9年の時間で大きな差をつけられているように感じています.「遜色がない,優れている」などとは戯言であって,自分を客観的に見ることが出ていない良い証拠なのではないかといつも思っていました.確かに過去に素晴らしい能力を身につけ業績を残している偉大な先輩がいます.しかし,9年間という自由への足枷がひとつの障壁となっていることはたしかであろうと思います.

こうは書いた物の,無駄なことは何もないと今でも信じています.大きな差をつけられていることは確かだと考えていますが,逆を言うと,彼らが9年間で身につけたこと以外のことを私(達)は沢山身につけたし経験もしました.そしてその経験は現在の病理診断医,病理学者としての仕事に大変に役に立っています.矛盾しているようですがそれも真実だと思うのです.

考え方が贅沢なのかもしれません.視野が狭いのかもしれません.ただの適応障害なのかもしれません.隣の芝が青く見えるだけかもしれません.彼らから見ると私達が経験したこと,地域で0から100まで,最初から最後まで一人の患者を見続けるという経験や,患者の全体を見るという能力が光って見えるのかもしれません.

私はお金がなくて自治医科大学に入学しました.医師になると言う気持ちは人並み以上に強かったと思うし,地域医療への覚悟もあった方だと思います.

後輩に伝えたいことは「覚悟」です.並々ならぬ覚悟が必要です.自治医科大学に入学する後輩達が高い能力を持っていることは確信しています.医師として十分に活躍できる潜在能力を持っているともまた確信しています.

これから入学する新入生,在学中の後輩達には覚悟をして欲しいと思います.待つであろう過酷な未来を乗り切るには皆さんの持つ高い能力に加えて強い覚悟が必要です.

もし,自治医科大学を検索し,このページへたどり着いた受験生がいたならば自治医科大学の受験をする前に深く考えて欲しい.そこに人生を左右するような重大な理由がない限り,自由を捨てないで欲しい.自治医科大学に入学できる能力があるのであれば,国公立大学に合格することは十分可能です.他大学でも地域医療をすることは可能です.

自治医科大学は素晴らしい大学です.あれほどまでの教育を行っている大学,素晴らしい環境,そして素晴らしい仲間に会える大学は他にはないのではないかと思います.心からそう思っています.しかし.

これを言うと批判されると思いますし,貴様の能力に問題があるからだと批判されると思います.しかし,批判をされてもかまいません.

私は自治医科大学への入学は勧めません.