ギリシャ正教
今までキリスト教の神様って何がいいのか解らなかった。「神様とか本当にいるの?」とか「全知全能の存在だとどうしてそれを信仰するの?」という感じ。ちょっと前に遠藤周作とかも読んでたんだけどそこでも疑問がありました。でもこれを読んだらちょっと納得ができた感じ。この本に書かれてた神様ならもうちょっとちゃんと考えられそう。神は人間が道をはずれたのを助けるために人間になる。自身で人生を体験した。そして本来の人間の姿を具体化して示したらしい。こういう神様なら信仰する気持ちも少しわかる気がする。正教の儀礼とかは神が示した生活を実践するということなのだそうだ。
- 作者: 高橋保行
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1980/07/08
- メディア: 文庫
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パッド
パソコンが壊れたので新しくノートパソコンを買いました。id:pmoky:20041120:p2さんが警鐘している15インチでSXGA+のノートです。確かに表示された文字が小さすぎて使いづらい。「これはやめとけばよかったかなー」と思いました。でもいいわけするならネットだらだら見ないでプログラムとか組む時間増えていいかもしれません(今まではゼロですが)。テキストエディタ類は文字を大きくすればいいからです。そしてブラウザは文字を大きくしづらいからです。
ところでノートパソコンといえばタッチパッドです。むかしむかしに触った記憶の中のタッチパッドはとてもショボイものでした。キーを打つときに親指があたるので「こんなもの無いほうがマシ」と思った記憶があります。ところが最近はとてもよくなっています。お店でいろいろ触ったところどの会社もカーソルが思ったとおりに動きました。ビックリします。こうなってくるとマウスよりも便利なくらい。そもそもマウスってよく見ると場所を取るし場所を選ぶし気持ち悪い形をしてるんですよね。私の考えだとタッチパッドが苦手なのはいわゆるドラッグです。けれどドラッグってそんなにつかいません。思いつく十分に変わりになる機能がないのはウィンドウ移動にサイズ変更とスライダ類の大きなやつぐらいでした。ブラウザ上の文字選択はドラッグの今も使いづらいからテキストエディタみたいにカーソルがでるようになってればいいに違いないです。範囲選択が微妙なところでした。それとゲームなんかであるかもしれません。それにすべて元々がタッチパッド前提ならうまくやれそうです。きっとやれます。マイクロソフトとかの人に頑張っていただきたい。
会話
いんきな仕事をしているので人と話すことがとても少ないです。今日たまたま帰りの地下鉄で同じ会社の人に会いました。その人は私の知らない友達といました。いつもなら声をかけないところです。でもそのときは「それも相当わざとらしいな」と思ったので肩をたたいて話しかけました。すぐに来たので3人ともそれに乗ります。乗りこんでからは2人が話すのを眺めていました。ところで知り合いの人は一駅で降りてしまいました。そのあと私はその知らない人とすこし話をしました。こういうとき奇跡的に話がはずむこともあります。話がはずんでずっと続くということありません。はずむと言わないほどかもしれません。数回の会話がうまくいったのです。でもそれは慣れないことなのですぐにあわててしまいました。
3連休はうれしい
3連休であることよりも3連休のあとは4日仕事行けばまた休みなことの方がうれしい。
ボードゲーム
今日は会社の人に誘ってもらってボードゲームというかカードゲームをしてきました。前から興味があったのですがこういうのに参加したのは初めてです。
- あやつり人形
- モダンアート
- ボーナンザ
- ハゲタカの餌食
印象的だったのはモダンアートです。競りのゲームです。初めてなので値段の感覚が解らないのに成立するのかなと思いました。でも始めてみるとちゃんと(恐らくあるていど)適切な値段が決まって不思議です。絵画に価値がついたときの上限値が解るのがポイントなのでしょうか。
ボーナンザはルールの把握ができなかったので説明(インストール?)の延長のような形でやっていました。そのためプレイヤー同士が協力的すぎる感じでした。相手の利益をおさえたりするような真剣勝負をしだすと面白そうです。そんな中ですが私が勝たせてもらえました。
この集まりで一番人気らしいのがあやつり人形です。今日は私ともう一人初心者の人がいました。ですがすぐに勝ちを目指す白熱した勝負になっていました。確かに面白かったです。