指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

花粉症がひどい。

 今年は花粉症がひどい。小五からずっと花粉症なんだけど四十代のある年を境に急激に症状が軽くなった。目薬とか点鼻薬とかまったく使わなくてもそこそこ乗り切れる。理由を考えるとたぶん花粉への抵抗力が弱くなったからなんじゃないかと思われた。素人考えなのであてにならないかも知れないけど花粉症というのは異物に対する過剰反応ということになると思う。だからその過剰反応する力が衰えれば花粉症自体は軽くなる道理だ。つまり自分の中の衰えが花粉への本来の抵抗力を弱め結果として花粉症の症状を軽減してるということのような気がする。だとしたら今年の花粉症がひどいのは体が本来の機能を取り戻したからと考えられるかも知れない。どうやって取り戻したかと言えばこれはもう泳ぐことによってとしか考えられない。他にも泳ぎ始めて変わったことというのはある。たとえばおなかを壊さなくなった。以前は割に頻繁におなかを壊してたんだけどそれがなくなった。あと吐き気がしなくなった。前にも書いた通り夕飯の前に入浴を済ませるようになったのは夕飯を食べてから入浴すると吐き気がひどくて場合によっては本当に吐いてしまうこともあったからだ。今は吐き気などまったく感じずその代わりによく空腹を感じる。そう言えば食後に毎回悩まされていた胸焼けも最近少なくなったみたいだ。内蔵の機能が改善されてる証かも知れない。最後に二の腕に力こぶが現れた。これは一週間ほど前に気づいて自分でも本当にびっくりした。腕を曲げるとテニスボールよりは小さいけど鶏卵よりはちょっと大きい力こぶが右の二の腕に現れる。そんなのついぞ見たことがない。左腕にもあるけど右腕より小さい。これは主に右腕の力を使って泳いでることを示してるんじゃないかと思う。その点を意識して泳いでみると確かに右腕より左腕の方が力が入りづらい気がする。今後は左腕への力の入れ方により集中するとバランスがよくなりひいては楽に泳げるようになるかも知れない。
 今日のスイムは32分45秒で千メートルと最悪だった昨日よりは四分強縮められた。昨日に負けず劣らず疲れていた朝だったのにタイムを縮めることができた理由はよくわからない。泳ぎ終えてからまだ時間があったので例によって潜水とかして遊ぶ。その後割に新人さんのふたり態勢で仕事が始まることがわかって詰め所のホワイトボードに段取りを事細かに書き口頭でも説明してから帰宅。うまく行ってたらいいんだけど。明日はバイト仲間のうっちゃんが産後初めてシフトに入る。彼女が束の間であれ復帰することになって僕としては心からうれしい。

疲労困憊。(しばしば?)

 二日連続でバイトをラストまで入れて二日目の昨日は乗り切れるか不安だったけどなんとか乗り切った。そこから帰宅し入浴して寝酒を飲みながら間に夕食を挟むと十二時までにベッドに入るのは難しい。昨夜も就寝は一時近くになってしまった。しかもあまりよく眠れなかったみたいでアップルウォッチによると四時間ちょっとしか寝ていないことになってる。その目覚めを迎えた今日日曜日はバイトは夜だけだったので朝泳ぎに行けばいつもより三十分くらい長く泳ぐことができる。だからきつくても多少無理して泳いでおきたかった。結果的には千メートル泳ぐのに三十七分ぴったりかかりベストだった一昨日より五分以上オーバーした。もちろん満足の行く結果ではない。でも以前ならたぶん泳ぐのを諦めてたような疲労の度合いでそれでも泳ぎに行こうと決心し心を折られるような成り行きでも諦めずに千泳いだことは自分としてはひとつの達成なのかなと感じている。お前は自分に甘いなと人は言うかも知れない。でも自分であれ他人であれあまり追い詰めすぎてはいけないというのを基本的なスタンスとしていつからか生きてきたのでまあこんなもんだろと思うべきときには思うようにしている。午前中出勤のバイト仲間に挨拶して着替えて帰宅しもう一度シャワーを浴びてから家人と出かける。先週も行った池袋のカフェ・ヴェローチェで朝食。紅茶がおいしい。食後に家人が今度ソフトクリーム食べたいと言うので今度じゃなくて今食べればいいじゃんとちょっと強めに勧めるとじゃあ買って来ると言って買ってきて食べていた。そんなの僕に遠慮することなんかないじゃんね。食べたければ食べればいい。今日の目的はサンシャインシティーの無印良品で何か買いたいものがあるようだったけど見つからなかったか売り切れだったかで別のものをいくつか買っておしまい。僕は体を洗うスポンジみたいなものがあれば欲しいなと思って探したらなんかメッシュのかたまりに持ち手のためのひもをつけたようなもの(正確な呼称を忘れた)があったのでそれを買った。これはあとで使ったらなかなか快適だった。西武百貨店まで戻って各々好きなお弁当を買い最寄りの駅まで戻ってスーパーなんかで細々買い物をして帰宅。あとはいつもの通り。まいばすにあるサッポロのビールで水色の期間限定缶おいしい。個人的にはすごく気に入っている。この前のビヤホール缶といいサッポロの期間限定ものは文句なくおいしい気がする。是非レギュラー化して欲しい。昼寝のあと保護者の方の相談に応じ時間ぎりぎりでバイトに入る。そしてくたくたに疲れる。でも明日もいつもより長時間泳げる日なので休まず死ぬ気で泳ぎに行きたい。こんなにモチベーションが高いのは明らかにアップルウォッチのおかげだという気がする。

ショボかった。

 バイト仲間のシマオさんの最後の出勤日でこれまでの成り行きから言って心のこもったお別れの言葉が交わせるものと期待してたのに蓋を開けてみたらものすごくショボかったのでそのことには触れない。
 プールのお客さんで割に感じのいい人がいて(つか世の中には感じのいい人というのが僕が思ってるよりはるかに高い確率で存在するような気もする。)何度か話をしたことがある。三十代半ばの男性で主にバタフライと背泳ぎで泳ぐ。これまで必ずひとりで来てたんだけど今日は小学三、四年生くらいの男の子を連れていた。お久しぶりですと声をかけたあとお子さんですかと尋ねるとにっこり笑ってそうだと言う。ごゆっくりと言って仕事に戻ったんだけど見るともなしに見てると(なにしろお客さんの様子を見てるのがプール監視人の仕事なので)とても仲よさそうに遊んでいる。泳ぎのうまい人の中には子供連れで泳ぎに来てもあわよくば子供をほっといて自分だけ別のコースで泳ぎたがる人が散見される。それについては日をあらためて触れるかも知れない。でもそういうのと全然違ってお父さんもお子さんもすごく楽しそうだった。見てて本当に心が温まる。このお父さんならきっといい子が育つんじゃないかという気がする。
 今日のスイムは33分19秒で千メートルで昨日より二分近く遅い。でもひどい疲れを引きずっての結果なので自分としては自分を許してやりたい。明日は午前中バイトがないけどいつも通りの時間に出かけて泳ぐつもりでいる。

スイムのことだけ。

 ラストまでのバイトが終わってお風呂に入って一杯飲み始めてもう十一時半を過ぎてしまった。時間もないしなにしろ疲れ切ってるので今日はスイムのことだけ。アップルウォッチによると31分33秒で千メートル泳いだということであと一分半ちょっと縮めれば目標の三十分で千メートルに到達する。どうすればそれが可能かと言えばこれはもう休んでる時間を減らす他ない。息が苦しくてそれを整えるために休むんだけど苦しいまま泳ぎ始めても存外泳げちゃったりするのでそこは楽をしないでできるだけ休む時間を削りながら泳げばいいんだと思う。今日は入塾を考えてる人の学習相談なんかもあって現時点でかなり消耗してるから明日どうなるかもちょっとわからない。でもがんばって泳ぎに行き三十分の壁に挑めたらいいと思っている。・・・ええとこんなもんでいいですかね。まあこんなもんでもいいでしょう。

あれはどれくらい前のことだったんだろう?

 あれはどれくらい前のことだったんだろう?村上春樹さんの小説を長編も短編集も含めて全作読み返したことがある。そう遠い昔の話ではないしこのブログにもそのことは書いた気がするから検索をかければいつのことかすぐにわかる。でも今はそんなことはいいや。とにかくこの「中国行きのスロウ・ボート」もそのときに全編読み返してるはずだ。でもそれで何を感じ何を思ったかはまるで覚えてない。若い頃に好きな箇所をぱらぱらと数え切れないほど読み返した本を久しぶりに頭からおしまいまで読んだという感慨だけで充分だったのかも知れない。今回は折角の復刻版だし受け身なだけでなくちょっと積極的に読もうかと思うともなく思って読んでみた。それでたとえば「土の中の彼女の小さな犬」の「彼女」が預金通帳を掘り出してるときに鳴っていた電話は実は別れることになりそうなガールフレンドに語り手がかけてた電話が時空を越えて届いてたんじゃないかとかそういう変なことを考えたりした。だとしたらそのガールフレンドはその電話の響きを何をしながらどんな思いで聴いていたんだろう?でもこういうのってよく調べるとすでにどなたかがもっと精密な形で指摘なさってるんだろうな。思いつきというのは結局思いつき以上の価値を持たないのかも知れない。でもまあだとしてもこの短編集はまだ何度も読み返されることだろう。そうなることを願っている。今日のスイムは32分13秒で千メートルと割に好調な方。維持できるといいんだけど。千字書くのは無理だな。という訳で今日も二冠に終わる。

まとまらない。

 ラストまでバイトやったのでもう時間もないしアルコールも結構入ってるので書くことがまとまらない。いちばん書きたいのはバイト先のとても感じのいい女の子シマオさんにお菓子をもらったということ。彼女はこの春大学を卒業し郷里に帰るそうだ。プールの受付にいた僕に気づいた彼女は小走りに近寄ってきて箱を差し出してこれまでのお礼ですお好きなのをどうぞと言った。それは「Tokyo Turip Rose」のチョコレート菓子の入った箱でチューリップだかバラだかを模したお菓子が並んでいた。ひとつとってお礼を言うと○○さん(僕のこと)土曜日はご出勤ですかと尋ねる。たぶん出勤だったと思ったのでそうだったと思いますと答える。その土曜日が最後の出勤ということだった。じゃあできればその日に最後の挨拶をしたい。帰り際更衣室で一緒になったときにシマオさん土曜日のご出勤は午前ですか午後ですかと尋ねると午前ですと答える。じゃあ僕もシフトに入ってますと言うと笑ってさっき確認しときましたと言う。最後の日に僕と一緒かどうかシフト表で確認してくれたらしい。そういうのって結構うれしい。結構うれしくてそこそこ切ない。
 今日のスイムは「小さな神さま」によると34分40秒で1025メートル。まあいいや。ラップを見ると千メートルまではクロールで最後の25メートルは平泳ぎで泳いだことがきちんと記録されていた。すごいね。千メートル泳ぎ百ページ読むの今日は二冠。ここから千字書くのは無理だわ。

予習が楽しい。

 小六の生徒さんには中一の数学を予習する授業を中一の生徒さんには中二の数学を予習する授業をしている。これがなんだかとても楽しい。個人的には数学より英語の方が得意だ。でも予習に限って言えば数学の方が楽しい。ぜいたくを言えば英語は高校生に教える方がいい。要するに中学の数学くらいが僕のレベルにはちょうどよくて中学の英語となるとちょっと物足りないということのような気がする。授業というのはやっぱりわかってもらってなんぼなので教える側からする授業の楽しさというのは生徒さんが確実に理解してることを実感するときの充実感から来ているように思われる。実際小六の算数より中一の数学の方がおもしろいんだけどとか生徒さんに言われる以上のこの仕事のやりがいはない。それはもう受験に合格したと聞くよりずっとうれしい。合格するのは本人の努力によるところがより多く授業がおもしろいのは講師の努力によるところがより多いと思われるからだ。なるべくおもしろい授業ができるよう僕も楽しんで教えて行きたい。
 スイムは33分16秒で千メートルと「小さな神さま」が記録してくれている。平均心拍数は122拍/分。ストロークは535。ストロークというのはクロールの腕を何回かいたかということだと思う。千メートルで535はさすがに少なすぎるのでアップルウォッチをつけてる左腕だけのデータと考えると右腕までを含めて倍か倍よりちょっと多くなるんじゃないかという気がする。仮に倍として1070回腕をかいてるなら二十五メートル泳ぐのに平均で26.75回腕をかいてることになりこれは実感に照らすと若干多すぎるようにも感じられる。ただ最後の方は疲労でフォーム(仮にそんなものが僕にあればの話だが)なんかめちゃくちゃで泳いでる可能性もあるのでまあ妥当な値と見るべきなのかも知れない。この辺は「小さな神さま」の仕事ぶりをこれからどう評価するのかもう少し探って行かねばならない点だ。使い方もまだ曖昧なところが多々あるし。ちなみに今日驚いたのはすべてのラップにそれぞれ何秒かかったかが記録されてることだった。二十五メートルプールで千メートルということは二十五メートルを四十本(つまり四十ラップ)泳いでるということでその四十本それぞれに何秒かかったかを確認することができる。すごい。そんなのまで記録しててiPhone記憶媒体は容量の面で今後大丈夫なんだろうかとも思うけどまあ大丈夫なんだろうな。容量のことを気にしてるなんて古いパソコンユーザーだけなのかも知れない。でも無限の容量は原理的にあり得ない。
 たぶん今日は三冠王を獲れたと思う。スイム千メートル読書百ページブログ千字。

泳ぐのがちょっと楽しくなる。

 初めてアップルウォッチをつけて泳いでみた。モードを選択して開始ボタンをタップすると三秒間の秒読みの後百分の一秒まで計れるデジタル時計がスタートする。泳ぐと泳いだ距離と消費カロリーそれに二十五メートルを何回折り返したかが表示される。ということは自分の泳いだ距離を自分で数えなくていいということでこれは野良スイマーの方ならおわかりいただけると思うけどかなりの手間を軽減してくれる機能だ。まわりのスイマーが口を揃えて言うことのひとつにに泳いでるうちに自分が何メートル泳いだかがわからなくなってしまうというのがある。あれ?これで三百メートルだっけ三百五十メートルだっけというのは僕にも割にしょっちゅうある。スピードが安定してる熟練スイマーならプールサイドの時計を見るだけで何分経ったから何メートル泳いでるはずとか推測がつくのかも知れない。でも駆け出しの野良スイマーにはそういった目安もなくて根がまじめなせいか迷ったときは少ない方の値をとるようにしてるので自分的にはこれで千メートルなんだけどあと五十泳いどこうとかあと百泳いどこうとかとにかく誤差まで含めて確実に千メートルに達したことにしたくてがんばらなければならない。時間があるときはいいとして時間が限られてるときはこれが結構つらい。でもアップルウォッチはそうした「距離を数える」というくびきからスイマーを解放してくれる。これは大げさに言うと神を味方につけたということと同じな気がする。人知の及ばないことをすべて知ってるのが神だとすれば自分が泳いだ距離を自分で数えなくとも知っててくれるアップルウォッチはある意味で限定的な神ということになる。これはすごくありがたい。もうひとつアップルウォッチの効用を言えばひとりで泳いでるのになんか見守られてるように感じられることだ。あるいは伴走者が付き添ってくれてるみたいな。もちろん泳ぐというのはひとりきりの孤独な営みなんだけどそれを見守ってくれる誰かがいるかのように錯覚することができる。これは心理的に意外と大きい気がする。端的に言ってなんだか心強い。自分はひとりじゃないと思うことができる。何度も言うけどそれは錯覚なんだけど錯覚だろうとなんだろうと泳ぎ続けることに力を貸してくれるなら大歓迎だ。ということで今までふにゃふにゃ泳いでいたものに輪郭を与えてくれたと言うか秩序を与えてくれたと言うかそういうものとしてアップルウォッチの役割はとても大きいと感じた初日。これで四万円なら安いもんだ。ただし以前からのユーザーに尋ねると意外に壊れやすいということで壊れると修理代って馬鹿高いので壊さないように長く使って行きたいと思っている貧乏な野良スイマー。今日のスイムはアップルウォッチによるとちょうど千メートル。

「さよならアイルトン・セナ」と彼女は言った。

 ひざが痛くて今日もスイムはお休み。家人のリクエストで池袋のジュンク堂の並びにあるカフェ・ヴェローチェで朝食。チーズとツナのホットサンドと家人はアイスの僕はホットの紅茶。チーズがおいしかった。紅茶も身に沁みておいしい。以前はティーバッグの紅茶は一切受け付けなかったけど技術が上がったのかこちらが衰えたのか今はとてもおいしく感じられる。セットでひとり四百八十円。食べ終えると午前十時を過ぎていたのでヤマダ電機にアップルウォッチを見に行く。プールでスマートウォッチを使うお客さんがちらほら見受けられる。どんな機能があるのか皆目わからない。ただ便利なのなら使ってみたい。ウェブでちょっと調べたところ運動のデータをとるならグーグルピクセルウォッチよりアップルウォッチの方が適してるとあった(嘘だったらすいません。)のでちょっと説明とか聞いてみようかなと思った次第だ。(このあたりで今日のタイトルの意味の察しがつかれた方は間違いなく本ブログのザ・ロング・アンド・ワインディング・ユーザーです。ロングだけじゃなくたぶんワインディングです。)それでヤマダ電機にはアップルの小綺麗で結構大きなブースが一階にあるのでそこへ入って行き販売員さんとは違う制服を着たアップル専門みたいなお店の人に話を聞いた。するとアップルウォッチにはプールスイミングというモードが用意されていて心拍数どころか泳いだ距離までカウントしてくれるとのこと。気軽に説明を聞きに行っただけなのにこれでぐらりと心が傾く。しかも一番下の価格帯(四万円弱)のものでもそのモードがサポートされてるということで傾きがますます角度を増して行く。すぐに買うのはどうかと思って検討しますと伝えてから二階に他のスマートウォッチを見に行く。でもスイムに特化したモードを持つものが見つからずここに至って傾きは限界を超えどしんと音たてて地面に倒れた。倒れた先にはアップルウォッチが指し示されている。冬期講習の講習代がまるっと手つかずに残ってて金額としてはそれで買える。家人に相談するとそんなに買いたいものがあって買うお金があるなら買ったらということでじゃあすいませんけど買いますということで買った。僕としては後に退けない環境をつくりたかったということもある。主に水泳のためにアップルウォッチを買った以上水泳やめる訳に行きませんよねということです。これで泳ぐのにまた一興が添えられることになると思う。
 何度も書いてるように愛用の腕時計はタグ・ホイヤーのものでもう三十年近く前に買った。故障したときはスイスまで修理に出したりして今に至っている。そこまでして愛用してるのはアイルトン・セナ自身も使ってたモデルだからだ。亡くなったあと出版された写真集でセナが同じモデルを身につけてるのを見つけたときは死ぬほどうれしかった。アップルウォッチを購入したので僕がそのタグ・ホイヤーの腕時計をつけなくなるんだろうと家人は考えたのかも知れない。あるいは古いおなじみのおもちゃと新しいおもちゃのどちらをより大切にするのというからかい半分の気持ちがあるのかも知れない。それで「さよならアイルトン・セナと彼女は言った」んだけど悪いけどセナとさよならする気はない。役割を分けてこれからもセナの小さな形見を使い続けて行く。

無冠。

 ラストまでバイトを入れると帰ってすぐお風呂に入っても出て来るのが十一時を過ぎるのはいつものパターン。とりあえず一杯やりながらこれを書いている。今日もいろいろあった。新しい生徒さんが来た。それから学習相談希望のお母さんとやっと連絡が取れた。メールしてもショートメール送ってもなんの返事もなくて電話するとつながる前に切れてしまう。よほど電波環境が悪いところに住んでるかよく知らないけど格安のプランでケータイを使ってるかそういうことなんだろうか。いずれにせよストレスが多そうで他人ごとながらどうにかした方がいいんじゃないかと思う。向こうから電話がかかって来てとって話し始めると声が遠のいたり近づいたりする。おいおい頼むよ切れないでくれよと祈りながら来週の金曜日に相談に来ることに決まる。ひとまずはよかった。バイトは午前中一時間半午後一時間受付の仕事で割に楽だった。ただ気圧の関係だかなんだか夜になって急にひざが痛んでしかたない。明日も結構長時間仕事が入ってるので悪化しないことを祈るのみ。出勤時に忘れ物をして取りに帰ったので泳げる時間が短くて十五分ちょっとで五百。仕事で泳いだ分を入れても五百五十しか泳げなかった。ただオールオアナッシング的に物事を考えがちのところ半分の五百メートルでも全然泳がないよりはいいかと思えるようになったあたりは少しは大人になったのかもと思う還暦。千メートル泳ぎ百ページ読み千字書くという目標に照らし合わせると昨日の三冠王から今日は無冠に転落。ひたすらひざが痛い。
 鳥山明さんのご冥福をお祈りいたします。

それほどおもしろくなかった。

 うーんとブックオフで少しだけ立ち読みしたときにはすごくおもしろく感じられたんだけど通しで読むとそれほどでもなかった。これはやっぱサイトで読んだ方がずっとおもしろい。覚え違いとその正解案が列挙されてるだけの方がリズムがいいというのもあるしこの本の場合はその収録数が少ないのですごくおもしろい覚え違いとのエンカンター数も少ないというのもある気がする。サイトには「リボルバー」の覚え違いが「リバルボー」とか超強力なものもあって爆笑を禁じ得ない。いや僕だけかも知れないけど。ブックオフだから安かったとは言え買わなくてよかった。第二弾とか出てもたぶん買わない。
 今朝はバイト前に泳ぐのに充分間に合う時間に目が覚めた。でも昨日の夜の疲れを思いっきり引きずっててとりあえず朝泳ぐのはやめにした。朝食を済ませて出勤。普通に仕事をする。希望より一時間短いシフトだったので勤務が終わってから泳ぐことにした。お客さんの間を縫って泳ぐのでひとりきりで泳ぐよりも随分ペースは落ちる。でも無理だったら千まで泳がなくてもいいや行けるところまででいいやと思いながら結局一時間弱で千メートル泳げた。疲れていても千メートル泳げたということは自分の中では割に自信になる。疲れてるイコール泳ぐのをやめるという等式を多少疲れてても泳げるという物語に置き換えることができるからだ。まあそれでつらさが軽減されるかと言えばもちろんそういう訳じゃないんだけど。
 都合が悪くなったので八日金曜日のシフトについて午後七時からラストまで代わってくれる人を募集しているというコメントが昨日バイトのグループラインに上がった。結構何度も一緒に仕事してる学生さんで気の毒に思ったしたまたま時間が空いてたので直にラインして入れる旨伝えた。それで明日その時間帯シフトに入ることになった。のはまあいいとしてそうすると中抜けの時間があるにせよ明日明後日と朝イチからラストまでバイトすることになる。もちろん土日合わせて二十時間バイトしてた去年の今頃よりはずっとマシだけどそれでも体が保つか不安だ。なんかギリギリでいつも生きていたい訳じゃ全然ないのに結果的にいつもギリギリで生きてるような気がする。そう言えば左足のかかとに一センチくらいのあかぎれができてこれがまー痛い。プールサイドは基本裸足なので(何かあったらすぐにプールに飛び込めるようにしとくため)油分も奪われるし素肌に受ける刺激も大きいということだと思う。だましだまし体を使って切り抜けたい。ただ明日は二時間半受付の仕事なのでそれがちょっとだけ救い。
 今日は千メートル泳ぎ百ページ読み千文字書く初めての三冠王になれるかも知れない。もっとも読んだ百ページがすかすかだったので若干ずるした感は否めない。

急に暇になる。

 午前中は三十分ちょっとで千メートル泳いでそのままバイト。今日の授業は中三の授業がなくなったので夕方の約一時間半のみ。行ったことのないイタリアンのお店にパスタを食べに行きたいと家人と子供が言うのでとりあえず図書館に本を借りに行った後そうすることにする。ところがその片道十分弱の図書館への行き来がつらくて仕方ない。頭の芯がぼんやりして体中にうまく力が入らない気がする。帰ると家人も子供も食事に行くのをやめた方がいいんじゃないかと言う。でもまあ約束したことだしと思って少し休めば大丈夫と言って吉と出るか凶と出るか割に賭けだったんだけど家人に切ってもらったトマトをアテに酎ハイのロング缶を一本飲む。すると少し元気になった気がしたので仕度をして出かける。三人で二十分ほど歩いてお店へ。カウンターの他に小さいテーブルが三つ四つあるだけのこぢんまりとしたお店。一見したところ雰囲気はバーみたいだ。照明もそんなに明るくない。ピザを一枚頼んで三人で分けてからそれぞれ好きなパスタを注文する。これがとてもおいしかった。僕はたらこのクリームパスタを頼んだんだけどソースがやさしい味で麺もアルデンテより少し柔らかくてちょうどいい感じ。ピザも薄めの生地でチーズがまたおいしくて家人も子供も大満足。また来ようと言いながら帰って来た。でも暇になると疲れがどっと出る。気がゆるむんだろうね。まあたまには気がゆるんだ方がいい気もする。
 そう言えばこの前の体験授業の生徒さんは今日メールが来てめでたくご成約となった。それもきっと気がゆるんだ理由だと思う。明日のバイトはいつもより一時間短い。忙しいのが当たり前だったのがなんか急に暇になった。そうなると待ち構えていたように体が悲鳴を上げる。

大体終わった気がする。

 確定申告は家人の分も自分の分も済ませた。新年度の時間割に関するアンケート用紙もつくり終えて配布を始めた。春期講習の申込書についても同様だ。さしあたって三月前半にやらなければならないことはすべて終えられた気がする。アンケートの回収を待って新年度の時間割をつくらなければならないけどそれは三月後半のお話だ。春期講習も三月の下旬だ。少しの間通常のルーティーンに戻っていいみたいだ。あれだけ気の重かったいろいろも終わってしまえばどうということはない。まあたいていの物事というのはそんな風にできてるのかも知れない。だから手をつけないまま気が重い時間を引き延ばすのは損と言うかもったいない。さっさと片付けてなるべく早くさっぱりするにしくはない。わかっててできない。来年もまた同じ轍を踏むことだろう。でもとにかく今年の分は終わった。
 今日は泳ぐのはお休み。前日までは明日も泳ぐぞと割に意気込んでいる。でも朝起きるとちょっと今日は休もうかなと思う。体もあちこち痛い。時計に急かされて泳ぐのもきついと言えばきつい。それで休むと必ずと言っていいほど後悔する。やっぱ泳ぐんだったなとか塾が終わった後でも泳ごうと思えば泳げなくもないなとか考える。こういうところの気持ちの整理のつけ方は本当にいつまで経ってもうまくならない。不惑の年を二十年も超過してるんだけど二十年間ずっと惑ってばかりだ。
 昨日の体験授業のおうちからはこれまで連絡がない。経験から言って体験授業から二十四時間以内に連絡がない場合入ってもらえるケースはほとんどないので今回も駄目だったんじゃないかという気がする。以前は体験授業即入塾が多かったんだけどいつ頃からかそうも行かなくなった。うーん。毎年春先は本当に大変だなあ。まあ仕事の性質から言ってそれも仕方ないんだけど。もう一件体験授業の申し込みが来ていてこちらは先方が希望の日時を考慮中。近く連絡が来ることになってる。来ないこともあるからなあ。来るといいなあ。明日は多少無理してでも泳ぎに行くつもり。

 もうひとつあった。昨日だったかブックオフへ行って福井県立図書館の「100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集」を見つけてちょっとだけ読んで結構笑った。「ねじ曲がったクロマニョン」みたいな名前の村上春樹の本ってすごいよね。しかも知ってさえいれば不思議と正しいタイトルがわかっちゃうところもすごい。三百円くらいだったので買おうとしたら家人が図書館で借りれば?と言うので買わないでうちに帰って図書館のサイトを検索した。何年か前に出た本だけどこんなおもしろそうな本なら何人か待ちだろうと覚悟してたらあに図らんや在庫ありだったので近くの図書館まで取り寄せを依頼。もう届いてるんだけど今日は取りに行ってる暇がなかった。明日は行けるので行こう。それとは別に福井県立図書館のサイトでも最新の覚え違いまでを見ることができる。こちらも結構強力で生徒さんが問題解いてる間声を出さずに笑った。今更ながらかも知れないけどお勧めです。「福井県立図書館」で検索を。スマホにも対応。

Anytime Anywhere。

 miletさんが歌う「葬送のフリーレン」のエンディングテーマ。何度か聴いてるうちにだんだんすごくいい曲に思えてきてmoraでダウンロード購入。決済にアマゾンのアカウントが使えるので新たにサインアップする必要がなくて便利。パソコンにヘッドフォンを挿して何か他の作業をしながらエンドレスで聴いている。歌詞がよくわからないのでウェブで調べて一読したところそれでも意味がはっきりしない。とても不思議な歌詞みたいな気がする。自分の世界観とは何ひとつ一致しないみたいな。それがいいことなのか悪いことなのかは今のところよくわからない。歌詞にすごい惹かれる曲ってあるから。でもこの曲はmiletさんの声やコーラスや伴奏のアレンジなんかにものすごく惹かれる。逆に言うと歌詞はあまり関係ないのかも知れない。ただ不思議な歌詞だなくらいでいいのかも知れない。もしかしたらこの曲は「葬送のフリーレン」という作品の世界観と軌を一にしてるのかも知れない。だとしたらフリーレンの世界観も正直つかみかねてる自分には理解できなくて当然なのかも知れない。仮定推定仮定推定。
 体験授業は自分なりには手応えがあった。でもその種の手応えほどあてにならないものはなくて今までもこりゃ楽勝で入ってもらえるでしょと思った件で何度もフラれている。だからわからない。今日のタイトルは「わからない」にすべきだったかな。でもそれじゃあ毎日同じタイトルになっちゃう気もする。考えてみれば毎日何かがわからないから。いくつになってもいろんなことがわからない。今日わからなかったものを正直に吐露するだけでもそれなりに意味のあるブログになるのかも知れない。「わからない」と「かも知れない」と「そんな気がする」という末尾の文だけで書かれたブログ。誰も読みそうにないな。酔いが回ってきたみたいだ。あ。「みたい」も文末に使うといいかも。
 今日はバイトお休みだったので朝のスイムはゆっくり四十分近くかけて千。その後ウォーキングしたりして水の中で遊ぶ。午前中のシフトにはほとんど入らないバイト最年長のおじさん(デタさんと名前をつけておく。還暦の僕より十歳以上年上。)が珍しく午前のシフトに入っていたので段取りを割に事細かに詰め所のホワイトボードに書く。僕は仕事をきちんとするという理由でこの人に評価されていて逆に僕もこの人のことが嫌いではない。認知症の始まりかもと最近誰彼となく言うようになってて確かにそういう兆候はあるような気がする。だからこそ彼を困らせないようにできるだけの準備はしておきたい。お客さんの入館前に帰って来ちゃったのでわからないけどデタさんが心安らかに過ごせる午前中だったとしたらとてもうれしい。それを自分がサポートできてたとすればね。明日はバイト。火曜日はグレートマザーまーさんが来るのですごく安心だ。(画像にある商品は僕が購入したものとは全然異なります。ごめんなさい。)