忘却された街

剥がれかけたポスターが風に揺れている。
錆びた噴水には油が浮いていて、それが太陽の光を七色に染めている。
カタカタと鳴る古びた車の窓には、のっぺりと貼りついた雲だけが正しく時刻を刻んでいる。

すべてが終わってしまった街には誰一人いない。
それでもなお、街は住む人を求めて時間を回す。

すべてがまた秩序を取り戻すと信じて、歪んだネジを動かし続ける。

海岸沿い

誰もいない海岸沿いのベンチで煙草に火をつけ、僕は殆ど意味を成していない街灯の明かりを頼りに真新しい本の一ページ目を開く。

物語は僕の知らないところで始まる。僕の知らない人の未来のように、確実に、そして決して交わることなく。僕は殆どの文字を認識もできずに本を閉じた。本の中では、物語の登場人物が話を始める。巻かれたオルゴールのように、静かに動き始めている。しかしそれは、僕に向けられたものではない。

僕はほとほと嫌気が差して、海岸にそれを置くとライターで燃やす。本の中の言葉はパチパチと音を立てて、風に乗ってはどこか遠くへ飛んでいく。

言葉はただ、夜空を照らすには余りにもか弱く、僕は真暗な海岸で二本目の煙草に火をつける。

相対的な愛

土の匂いのするアコースティックギターで彼女は歌う、

「どんな愛も恒久的でないのなら私は何をするのが正しいの?」

狭い部屋で爪を噛みながら、彼はぼんやりと思う。

「すぐに尽きるような命なら、何を重ねれば良いの?」


君達は綺麗で、僕はただ目を伏せて笑うしかなかった。

左眼

ぼうっと浮かぶ太陽をぼんやり眺めている。外で洗濯物がカタカタと揺れて、ソーダの入ったグラスは表面にびっしりと水滴をつけている。

無菌室のように生きている感覚の無いこの部屋には空調の無機質な風が良く似合っていて、僕はきちんとこの部屋で君の帰りを待っているのです。

生きていないものとして。

ブルーにこんがらがって

窓の外の観覧車を眺めながらいつまでも羊の数を数える。

時折、観覧車に乗っている人達が僕に手を振ってくる。


僕は目をそらすと、もう眠ってしまった君の頭を三回だけ撫でて目を閉じる。

窓の外で回る観覧車を瞼の裏で綿密に描いて、悪い夢を遠ざけている。


休むことなく観覧車は回る。瞼の裏で、こうやって。

羽化

パンの焼ける匂い、
朝焼けが酷く眩しく部屋に差し込む。

僕は眠い目を擦って、キッチンに目をやる。


誰もいないキッチンでは、まだ微かに残された夜が小さく鳴動している。

淋しげにカタカタと青い灯を灯している。

爪を切る

少年は切りそろえた爪を月の光のもとで丁寧に調べると、カーテンを閉めて熱い珈琲を飲んだ。

ベッドサイドの机の上には真新しい葉書と綺麗に削られた鉛筆が置かれていた。


少年は朝を迎えるための幾つかの個人的な儀式を終えると、物語を終わらせるために眠った。