『耳をすませば』

耳をすませば [Blu-ray]

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自分が十代の頃にはこの作品にそれなりに魅力を感じつつも、一方で強烈なくすぐったさを感てて、『リア充氏ね』だの『天沢誠司はストーカー』だの言って距離をとってたんだけど、改めて観ると中々良い映画でしたね。これは反省せねば…。

要するにこの作品では、子供達の原石の可能性を優しく肯定したかったんだな。
舞台の街が異様な程に瑞々しく、端的に言って素敵に描かれているのもそこを支えるためだったんだ。
その視点で見たら、恋物語としての食い足らなさも、あのムズムズするかゆさも大分軽減されて大変好ましく観られました。

まず、この映画、音の使い方にセンスを感じます。
最後に流れるカントリー・ロードが映画のテーマとハマっているのはもちろん、沈黙の無音にセミの亡き声をかぶせたり…etc。
アナクロなバランスに行きそうになるキャラクターやお話をギリつなぎ止めるのに大きな役割を果たしていると思う。

実質のクライマックスはお爺さんに小説を読んでもらう所なのだが、その次に来るラストはあまりの豊かさに昇天しかけた。背中に頭を置く、自転車を降りて押す、そして最後に見る光景。これは良いです。

台詞での言及があるにせよ、ヒロインの雫さんに独り言が多すぎるのは説明的だし不要に気恥ずしくさせて良くないなと思ったりしたが、そこはまあいいかな…。

自分が初見の頃は『お父さんがタバコを吸おうとしてしまう』なんて仕草から感情を読み取る事は知らなかったので、当時と今じゃ感想が全然違うなあ。中々良い映画だと思います

『ザ・マスター』

素・晴・ら・し・い!
ポール・トーマス・アンダーソンは世界で最も尊敬する映画監督で、彼の映画はほぼ全て僕にとってオールタイムベスト級に好きなのだが、本作もまた忘れられない映画になりそうです。
本年度の暫定ベスト1である。

この映画については一旦色々ゴチャゴチャ書いたが消した。
元々良い映画を観ると感想はロクに書かずに胸の中にしまってしまいがちなのだが、本作は特にそう。
あと100回でも観たい。

『ル・アーヴルの靴みがき』

中々面白かった。
他愛の無い話が非常に面白く感じ、何気ない台詞が名台詞のように聞こえるのはひとえに作り手の手腕によるものでしょう。
アキ・カウリスマキ監督作品は初めて見たけど、生々しさを演出するという目的を遥かにオーバーした妙な会話の間の取り方なんか面白いなー。
ラストはやや甘い方向に流れすぎと受け取る余地が無くもないが、そこも含めて好ましく見られた。

『ジョン・カーター』

特にアンドリュー・スタントン監督の前作『ウォーリー』の鉄壁のウェルメイドを期待すると肩透かしをくらう面は確かに否定できない。
だが、作り手の中にある偽らざる本当がスクリーンに焼き付けられた映画である事も確かだ。
僕はここに非常に感動したので一点買いさせていただい。
これはアンドリュー・スタントンのノーガード戦法で作られた映画なんだ!
映画は感動させたもの勝ちであり、感動させられ映画に負けた僕は積極的に評価し、好きにならざるを得ない。

この映画の素晴らしい所は
『自分が今いる世界は戦うに足る場所ではない』
『ここでは自由には生きられない』
という本音を赤裸々に叫び通していいる所だと思った。
その諦念を一切包み隠さず描いた上で、異星での活劇に主人公と、作り手と、そしてオレは、のめり込んで行く。

だから、主人公の戦いに地球での悲惨な記憶がフラッシュバックするシーンが泣けて泣けて仕方が無かった。
このジョン・カーターにとって、打算やお仕着せの大義でなく心から命を張れるような、生きるよすがを見つけられる場所がよりにもよって元居た地球でなく、砂漠のように何もなさそうな火星なのだ。


普通、こういう映画だとラストでは最後の敵である管理者を倒すのは当然にしても、火星でのお話が終わったらヒロインと切なげなやり取りをして地球へ帰るだろう。ましてや子供も観るディズニー映画。
ところが、この映画はその正しい嘘を拒絶する。
地球へ帰って、火星で学んだ事を活かして生きる、これは正論だが本音ではないんだ。
この後ろ向きな、しかし偽らざる本当をあくまでハッピーエンドとして描いて終わる。
絵ヅラとして『墓場で眠る』というものになっているのも、メッセージの本質的な後ろ向きさ加減をぼかさない誠実さとして受け取った。ついでに言うと号泣した。

他にも犬がかわいい等々良い所はたくさんあり、決して駄作ではないし、観る人によっては相当胸を打つ映画だと思う。
『史上最もコケた映画』といっても所詮は金の話であり、数字の話じゃないか。
数字では拾えないものがこの映画にはあると思います。

『希望の国』(ネタバレあり)

希望の国 [DVD]

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上の予告編でひたすらに悪い意味での嫌悪感を抱いた僕のような人にはあまりオススメできない作品。

冷たい熱帯魚』は例外として、特に『恋の罪』以降の園子温作品には激しさに意味や中身というものが特にないように思えてきて、薄っぺらいという印象の方が優っている。
普通をはみ出す事が自己目的化した「力み」が結果として作品の切れ味を削いでしまっているし、その力みの反射としての「普通」に対するしたり顔の皮肉や悪意は単純な不快感としてしか伝わってこない。
作品に殺意を込めようとする姿勢は全く正しいと思うのだが、その一方でそこに作り手が酔っ払って冷静さを欠いている節があり、シラフで観る身としては申し訳ないが『おー怖』というしらけた反応しかできない。

希望の国』は前作『ヒミズ』に比べれば確かに腰を落ち着けて撮った印象はあるのだが、それはあくまで前作との比較の話。根っこは全く変わっていない。
胸に迫らないドラマ、弱弱しいアイロニー、ひたすらに浮き足立った映画だと思った。

この映画で唯一良いと思った所があって、そこは夏八木勲大谷直子をおぶって更地になった被災地を歩く所。
ここは二人が若かった馴れ初めの頃のようにすら見えて、二人の歴史のようなものさえ感じさせられた。
後の二人が死を選ばなければならないという展開に対する下地としては中々良いシーンだったと思う。
(その前の大谷直子が盆踊りを踊る所に実際に曲が流すといういただけない音楽演出もあるにはあったが…)

しかし、ラストに老夫婦を死へ向かわせる理不尽や絶望が酷く安っぽく見える。

老夫婦は住んでいる家を退去する事を頑なに拒み続ける。
当然その根にあるものを映画は示す。
庭先に植えられた親、祖父の代からある木々を写した上で『皆生きてるんだぞ、ここで』と言う。
ずっとそこに住むはずの平穏が突然に奪われる理不尽、という事なのだろうか。
その辛さは安全圏にいる我々に推し量れるものではないのかもしれない。
しかし、それがフィクションの中で被災者の老夫婦を『死なせる』手つきとしてはいささか雑に過ぎる。
本作は安易な抽象に走るばかりで、そもそもその土地に根付いた幸せもそれが壊される不幸も描ききれてはいないじゃないか。
夏八木勲の演技と雰囲気で持っていこうとする点に関してはそこらへんのTV局映画と何ら変わらぬ安易さと不快を感じた。

この映画を貫くヒステリックさにもウンザリさせられる。一応被災地を取材を経て作られた映画なので、こう言って捨てるのは心苦しい部分はあるのだが、そう思ったのだから言わざるを得ない。
『当然に○○してるだけなのに、どうして○○されなきゃいけないのですか!?』という類の台詞を登場人物の口を借りて何度も何度も言わせるのだが、これは登場人物の身体から放たれる台詞でなく、作り手のカッコ付きのイデオロギーから来るものだろう。
この映画は安全圏のぼーっとした人達や政府も東電も討てていないので、悪い意味での迷いや揺れの無さ、自己完結の臭み以外は何も伝わってこない。残るのは『何言っても無駄だな』という虚しさだけだ。

この映画は『普通』の『われわれ』に対する無理解とそれに対する反発で支えられている。
『普通』に対する描き方のしたり顔は勇み足ばかりが先走って何一つ脅かせてはいない。
バスで口論になったり、面と向かって『あっち行ってよ、被爆したくないからさ』と嫌味ったらしく言ったり、すぐ聞こえる距離で陰口叩いたり…、どうだろう、上っ面ですらないんじゃないだろうか。
作り手は安全圏の人々の無理解を描いているが、無理解なのはあなた達とて同じ事だろう。
取っ組み合い含めた作品とのコミュニケーションが全く成り立たない気がして虚しさが深まった。

大谷直子演じる妻が作り手の意思から一歩もはみ出さない都合の良い描き方しかされてないとか、その妻に向かって迷いながらとはいえ後ろから銃を向ける夏八木勲とか、色々不快だったり反発を感じる点はあるのだが、先述の通り、ぼくはもう虚しさしかないしこれ以上書くのもかったるい。

強いて評価できる点を挙げるなら、先述した老夫婦が歩くシーンと、決して楽ではなかった映画を作ったガッツと勇気。
もっとも、その勇気も苛烈さも手段であって目的ではないはず。
それらが芸術的価値に昇華される事のない、ただ単に精神衛生上良くない映画だった。
不快や気持ちの揺らぎは感動には不可欠の要素だとは思うが、不快ならば何でも良いというものではない。
まあ、作り手がそれで良いと思うならそれで良いのかもしれない。

『テイク・ディス・ワルツ』

テイク・ディス・ワルツ [DVD]

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オープニングの丁寧さを観て一発でこの作品を信頼して身を預ける気になれた。
本来、不倫に葛藤する人妻の気持ちなどは僕からかなり遠い所にあるのだが、この映画を通してある程度分かったような気になったのは、作り手が相当な切実さを持って真摯に作り込んだからだろう。
ブルーと暖色の色彩の設計はうるさくなく効果をあげているし、窓ガラスを用いた演出もベタながらも中々に切ないものがある。

確かに話的には小さな話だし、終盤に作品のテーマそのものを台詞で言ってしまうのだが、下手に撮れば単にバカな女の話で終わってしまいそうなモノをきっちり上質な『映画』に仕上げて届けた作り手の手腕は積極的に評価したい。
終盤のややブラックな展開(特にシャワーのくだりあたり…)は本当にゴフっとくらいました。傑作。