坂本真綾 「シンガーソングライター」

シンガーソングライター【初回限定盤】

シンガーソングライター【初回限定盤】


「職業:シンガーソングライター」 ってかっこいい!


初めて自作曲のみとなった今作は言わば第2のデビュー作。自らが本当に、素朴にやりたいことをやる、という意味で等身大の自分が映し出されているのでしょう。思えばかつての 「DIVE」 では10代特有のナイーブな心の揺れが表れていたし、 「少年アリス」 では様々な経験を経た上での力強さが漲っていました。彼女は常にその時その時のリアルな自分を表現し続けていたわけです。それは今作でも同じ、むしろ自分らしさの純度は今作が最も高いかもしれません。


実際の内容は淑やかで軽やか、純朴であっさりした正統派ポップスが揃っています。彼女なりの聴き心地良いキャッチーさを目指した結果でしょうか。日常に何気なく馴染む淡い色合いは30代の落ち着きゆえでしょうか。でも30代に入って感情表現が一層生々しくなることだってあるしなあ (鈴木祥子とか) 。30代の女性とは一筋縄ではいかない不可思議な魅力があることですよ。俺はというと30を目前にして相変わらず子供のままですが。俺の話は別にいいですね。


まー自作自演が必ずしも偉いかというとそういうわけではなくて、楽曲自体は今はまだ凡庸の域ではあると思います。やはり地味でこれといったフックに欠ける。マーヤ様のヴォーカルは相変わらず瑞々しい透明感を持って心に響いてきますが、 SSW として本領を発揮するのは今後作品を重ねてからでしょう。これからどんな存在になるのかが相変わらず楽しみではあります。


2年2ヶ月ぶりとなるオリジナルフルレンス8作目。


Rating: 6.5/10


飛蘭 「PRISM」

PRISM

PRISM


ヒロインの数だけヒロイズムは存在する。


例えば水樹奈々茅原実里喜多村英梨川田まみMELL といった戦闘態勢のアニソンシンガーが持つアグレッションを彼女も持ち合わせています。彼女の場合はヒットチャート系 R&B へ目配せしながらロックナンバーも兼備し、ギラついた高揚感で聴き手をノックアウトしてきます。艶とハリ、流麗さの中に力強さを宿し、歌詞中の人物が憑依したような情感を見せるあたり、タイプ的には MELLMay’n の中間あたり、かなー。しかし代替可能というわけではなく、しっかりと芯を持って歌声を響かせるパワーを持っています。


インダストリアルなヘヴィネスが深く突き刺さる 「Blood teller」 、ライトなトラックが歌声の魅力を別側面から引き立てる 「crime of love」 、タイトルからして正義に満ちたドラマチックな疾走ナンバー 「創世のタナトス」 など13曲。前作に比べると少々アクが薄まった気がしますが、そのアクとなる部分って大体は畑亜貴が担ってる部分だったりするので、今回はたまたま出番が少なかったということでしょうか。前作で言えば 「亡霊達よ野望の果てに眠れ」 みたいに正論畳み掛けでフルボッコされるような強烈な曲がもっとあっても良かった。もっと傷つけてよ!


しかしチャートアクションを見るとそれほど奮ってるわけではないのだな彼女。音楽的には決して他と見劣りすることはないのに。こういうのって何処で差が出てくるんでしょうか。タイアップ?


1年半ぶりとなる3作目。


Rating: 7.1/10


Kalafina 「Consolation」

Consolation(初回生産限定盤A)(DVD付)

Consolation(初回生産限定盤A)(DVD付)


慰め、とは。


「Red Moon」 では比較的アグレッシブ、 「After Eden」 では比較的柔らかな印象といった風に全体のカラーを微妙に移ろわせていましたが、今作は5周年を経てのリスタートということもあってか、改めて彼女らの魅力の軸となる部分を真っ当な形で打ち出した原点回帰的な内容。要するに概ねいつも通りのカラフィナではありますが、いつも通りがすでに崇高。鉄壁のハーモニーを武器に異国のファンタジックな世界観を表現する、彼女らならではの正義的 J-POP は今作でも揺るぎない強さを発揮しています。


荘厳なクワイアとバンドサウンドが戦火の如く滾る表題曲 「Consolation」 、エキゾチックなポルカから開放への展開が鮮やかな 「moonfesta 〜ムーンフェスタ〜」 、高速サイケデリックトランス路線の 「signal」 、今作中最も濃密な深みの底を行く 「obbligato」 など13曲。楽曲のヴァラエティとしては以前にもあったネタだったり、正直なところ目新しさはありません。むしろメロディは手クセかと思える部分もチラホラあるのですが、それでも本来の力量のみで十分横綱相撲が取れるというのは凄いことだなと。


個人的には 「未来」 が好き。徐々に視界が開けて心地良い風が騒ぐような、この爽快感と優しさはタイトル通り未来へと自分の背中を押してくれる気がして、えらくグッとくる。中盤の曲なのにすでにクライマックス感漂ってるし、今回は曲順があまり好みじゃなかったかも。とはいえ彼女らの歌声はやはり自分にとって癒しであり、刺激であり、それはもしかしたら許しや慰めなのかもしれませんね、などと考えたりしたのでした。


1年半ぶりとなる4作目。


Rating: 7.4/10


KEN mode 「Entrench」

Entrench

Entrench


いつ殺るか?今でしょ!


不可解なこのバンド名、 KEN = Kill Everyone Now の略だそうで、中身もやはり殺気にと悪意に満ち満ちたハードコアサウンド。メタル由来の肉々しい厚みとテクニックがありつつ、泥臭く垢抜けないサウンドとやけっぱちの突進力で砂塵噴き上げながら爆走する様はカオティックハードコアのソレ。メタルコアと言われると自分の中では Killswitch EngageBullet for My Valentine なんかで、もっと大仰で洗練されたイメージがあるので微妙に違うのですよね。彼らはもっとノイジーでスラッジ的なキナ臭さで、地下室の中で反響し合う混沌とした空間を作り出しています。


切迫感に満ちたスピードで獰猛に噛み付いてくる 「Counter Culture Complex」 に始まり、敵意剥き出しの音塊を矢継ぎ早に畳み掛ける 「Your Heartwarming Story Makes Me Sick」 「The Promises of God」 といったアッパー曲の破壊力もさることながら、生々しく毛羽立った爆音で身をギリギリと裂くようなスロウ曲 「The Terror Pulse」 、暗黒ムードをさらに色濃くする 「Romeo Must Never Know」 の辛辣さもなかなかのもの。苛烈なヘヴィネスが全編を支配しながら、要所要所でギターリフにナイーブな青さが見え隠れするのがミソですね。それが切迫感を助長してる。


スポーティな熱さとローファイで野暮ったいアグレッション、そのバランスが絶妙だと思うんですが演奏してる本人達はそんなことお構いなしっぽい。我流で音を鍛えぬいて、自分の感情をどれだけブーストさせられるか、その一点にのみ向かって突っ走る。何せいつの時も KEN モードだものな。リアリティを優先させた結果この音とこのテーマに行きついたって感じがして、何だか頼もしかったりします。


カナダ出身の3人組による、2年ぶり5作目。


Rating: 7.6/10


How to destroy angels_ 「Welcome Oblivion」

WELCOME OBLIVION

WELCOME OBLIVION


しかし格好良いバンド名だなあとしみじみ思う。


何故かと言いますと Kill ではなくて Destroy だから。そこには血の通った生身を荒々しくぶった切るのではなく、外科手術で分解/解体して修復不可能にしてしまう感じの理知的な悪意が感じられて、それが中身のサウンドにもマッチしてるなと思って。あーはい中二中二。音的にはやはり Nine Inch Nails と大きな差異はないインダストリアルサウンドですが、繊細な女性ヴォーカルに合わせてか音の方もあからさまなアグレッションは少なく、内向きのダークネスが肥大化して聴き手を取り込んでしまう感じ。トリップホップにも通じる陰鬱なムードに、もう少し肉体性が注入された微妙なバランス。


また前作の EP ではトレント御大の趣味の延長線上のようなこじんまりしたイメージがあったのですが、今回は正式な一発目ということで全体に強い緊張感が張り詰めており、空気の密度が増した印象を受けます。研ぎ澄まされたエレクトロニクスは硬質な弾丸のように一打一打が確実にヒットしてくる。 「Keep it Together」 や表題曲 「Welcome Oblivion」 などはその引き締まったヘヴィネスが醸し出す殺気で窒息しそうになるほど。その一方で 「Ice Age」 や 「How Long?」 では何処かミステリアスで異国的な、風通しの良さをいくらか感じることが出来て、アルバムの中で面白いアクセントになってると思います。


しかし最近また NIN の方も復活したとかで、こちらとの差別化は…出来てるような出来てないような。もはやヴォーカルの違いによる雰囲気、色味が唯一の差異という気もします。どうせ本隊が復活するならこっちではもっと冒険しても良いんじゃないかと。良くも悪くも従来のトレント御大の個性が変わらないままであることを再確認できるアルバムではあります。


Trent Reznor を中心とする4人組の初フルレンス。


Rating: 6.9/10


ART-SCHOOL 「The Alchemist」

The Alchemist

The Alchemist


あなたは90年代を知っていますか。


俺にとって90年代と言えば口を酸っぱくして言うようにヴィジュアル系しかありませんでしたが、メロコア/パンクが中高生をコピーに駆り立てた時期もあり、渋谷系が最もヒップでクールだった時期もあり、洋楽リスナーにとってはグランジブリットポップ、ポストロックなど色々あったでしょう。もはや20年前になってしまう時の流れの速さに愕然としそうになりますが、頭の中ではほとんど古びることなく根強く残る音楽。そんなノスタルジーの輝きを活力に生きていくのは、脆いけれど幸せだなあって。


ビッグビート+マッドチェスターという解釈で良いのだろうか、混沌とした音像の中でグルーヴの渦が立ち昇る 「Helpless」 、一転して清々しく疾走するドリームポップ 「フローズン ガール」 、翳りや憂いを感じさせるネオアコ 「The Night is Young」 「光の無い部屋」 、彼らには珍しくファストなオルタナティブ・パンクチューン 「Dead 1970」 、そして 「Heart Beat」 は4つ打ちキックを踏んでるためか唯一今の時代っぽい。ラスト曲以外は本当に、想い出迷子族の称号も甘んじて受けますと言わんばかりの90年代スキーっぷり。前作 「BABY ACID BABY」 がザラついたシリアスなラウド・サウンドを軸にした作品でしたが、その流れを汲みつつもう少し自然体で、バンド結成時から常備しているインプットを吐き出した感じ。


仕事か趣味かで言えば限りなく趣味に近い内容。目新しい発見とか何もない、とても木下理樹らしい音楽です。あまりにもらしさ全開で思わず微笑ましくなってしまうほど。さらに枯れた声で相変わらず不安定な歌だし、自堕落な歌詞も変わらないけど、一部の人間にとってはスケープゴート的ヒーローとして在り続けるでしょう。この人はこれからもずっとこんな感じなんだろうな、と割り切ってしまうと面白くなってくるのが不思議。


現体制では初となるミニアルバム。


Rating: 7.2/10


サカナクション 「sakanaction」

sakanaction (初回生産限定盤CD+DVD)

sakanaction (初回生産限定盤CD+DVD)


セルフタイトルが代表作なのは普通だけど、逆にセルフタイトルが異色作ってのあったかな。


前作では各曲が粒立ち、ロック的に波のあるダイナミズムがアルバム全体から感じられましたが、今作はもっとテクノ寄りで、一定のパルスを繰り返すように曲が組み合わされています。作品を重ねるごとにシャープに洗練されてきている4つ打ちビートはまるで心音のように穏やかで緻密、しかし確実に身体にヒットするスタイリッシュなダンスグルーヴを展開しています。全体の音像もそれに伴うように低熱、クールに統制されたムードで、無闇に盛り上げたりはせずにスルスルと進行し、サビでごく自然にパッと視界が開けるイメージ。それは正しくバンド名が体現するように、水流に身を任せる鮮やかな魚の泳ぎのようで、とうとうこの境地まで達したかというしみじみ唸ってしまうほど。


「Intro」 から繋がる 「Inori」 がいきなりインストゥルメンタルという挑戦的なオープナーを経て、これでもかのサカナクション節オンパレード。相変わらずメロディのパターンにあんまりヴァラエティが無いのは、もうこちらがだんだん慣れてきて気にならなくなったな。エレクトロニクスとバンドサウンドに境目がなく、そのトラックと歌にも境目がないあたり、ますます完成度を高めてきてるということではありますが。 「なんてったって春」 の語感の良さにはちょっと感動を覚えたし、強くライブを意識したであろう 「Aoi」 や環境音をリズムに組み込んだ 「映画」 など、ポップと実験性のバランスを一層高い場所で釣り合わせた楽曲が揃っています。


決して大胆な変化や驚きがあるわけではありませんが、己の個性をさらに深化/純化させ、サカナクションとしか言いようのないポップソングを作り上げている、その手腕にはもはや貫禄めいたものすら感じます。非常に手堅く、地に足がついていて、しかし裏側にはある種の野心のようなものも見え隠れする。これから時代と並行しながらさらに音を深くしていくのかも、と先のことを想像してみると面白いですね。下手に EDM などには手を出さないとは思うのですが、ますます4つ打ち職人と化していきそうで。


1年半ぶりとなる6作目。


Rating: 7.8/10