富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

Bob Marley "One Love"

辰年四月十一日。気温摂氏12.4/25.6度。晴。

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朝、お寺の墓地に寄るとミヤギノハギが隣のナンテンの背に届くほど伸びてゐてあばらかべっそん。母に画像を送ると「萩は成長が早いので剪定を勉強してください」とコメントあり。確かに。陋宅バルコニーの網戸を全部外して洗ひ流してアルミサッシのレールの溝をきれいに掃除してゐたら昼近くになる。慌てゝ出しっぱなしだつたアラヂンの灯油ストーブもきれいに掃除して冬眠ならぬ夏眠に。

昼から家人とひたちなか市にある商業施設(ニューポートひたちなか)へ。こちらは常磐自動車道まで渋滞となる国営ひたち海浜公園に隣接なのでネモフィラの季節は過ぎたはずだが用心して少し早めに参り珍しくファミレスのCOCO'Sで昼食。最近このテの店でお運びはロボットで人間が食後のテーブル片付けしてゐる。東宝系の映画館でボブマーリーを主人公にした映画“One Love”を見る(昨日より公開)。

ピーターバラカンもラヂオで、この映画の制作にボブマーリーの遺族も随分と関はつてゐてボブマーレーを些か偉人化してるきらひがあるかも、と言つてゐたが確かに。主演のKingsley Ben-Adirはこのボブの役にあたりボイストレーニングから精進したさうだが実際に見た目よりも声がボブマーリーらしさ。妻のリサ役のLashana Rasheda Lynchが好演。今にして思へばアタシがBob Marleyを初めて聴いたのは昭和54年の春。アルバム“Exodus”のリリース(1977年)からは2年近くが過ぎてBob Marleyにとつては結果的に「後期」。来日公演の前でPRが盛んになつたのかもしれない。水戸の三光社といふ主にクラシックが流れるレコード店で突然このアルバムがかゝり店員が常連客に「最近これが評判らしい」と話してゐてすぐにこれと、前作の“Rastaman Vibration”の2枚のアルバムをLPを買ひ求めたのだつた。そりゃ当時のパンクなど主流の倫敦でもジャズの盛んな巴里でも、このレゲエサウンドはあまりに衝撃的だつたのはよくわかる。家でこれをかけたら冒頭のパーカッションの音に祖母が何が起きた?と慌てゝアタシの部屋に馳せてきたのも懐かしい思ひ出。昭和の終はり頃まで今に比べると日本もずいぶんとマリファナとかに寛容だつた気がする。この映画では倫敦からジャマイカに戻つたボブマーリーが自宅の庭で焚き火のまわりに子どもたちが囲むなか“Redemption Song”を歌ふ場面が最も印象的。

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三三独演会@イイノホール

辰年四月初十。気温摂氏12.8/27.2度。晴。午後神田淡路町。散髪(The Gollum)は刈上げの単発でふだん40分くらゐで済むのだが本日はストレートパーマかけることに。こどもの頃からそれなりにクセのある頭髪なのだがパーマは人生初で興味津々。2時間ほどで終了。丸の内線で銀座。空也。注文してをいた最中を受領。

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銀座サンボアでちょいとひっかけてから電車通り渡つて老舗の蕎麦屋へ。「本日満席」とあり。まだ客のゐる気配もなく一応、覗いてみる。夜の予約が多いので面倒な客は入れぬ手配のやう。相変はらず無愛想なご亭主がこちらピンなので「どうぞ」と入れてくれて入り口に近い席に。


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酒で天種は穴子。もりそば。お運びのお姉さんが蕎麦湯の入つた湯桶を運んできたが湯桶には取つ手があるのに注ぎ口を取つ手かはりに持つてたのにはあばらかべっそん。老舗の暖簾で商売に一寸胡座をかいてゐる感あり。夜の落語までもう少し時間があつたので数寄屋橋サンボアでハイボールを飲む。

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日比谷の市政会館昭和4年竣工から今年でもう95年。日比谷の図書館も美しい。


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内幸町のイイノホールへ。こちらも建替へからもう12年なのだつた。

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かつて東京のホール落語といへば東横名人会かイイノホールだつた。前者は何といつても黒門町の師匠。後者は矢野誠一さんの主宰で昭和37年から。終ぞ来たことがなかつたまゝ。贔屓の三三師匠の独演会。最前列のかなり良い席がとれた。

毎月定例の独演会で今月のネタ下しは〈両泥〉。二人の泥棒が遭遇の滑稽話だが本当に初演なのかと恐れ入谷の鬼子母神。まことに結構な話っぷり。続いて圓朝の怪談話で〈乳房榎ちぶさえのき〉。絵師として活躍せし菱川重信の妻おきせに惚れた浪人・磯貝浪江は重信の弟子となつておきせに近づいた挙句に師を惨殺して……の話を休憩挟んでたつぷり。だがまだ圓朝のこの怪談はそれでもまだ半分のやう。

夫の死のショックで乳の出なくなったおきせの元に、死んだ重信の亡霊が現れ、乳を出す不思議な榎が松月院にあると教え、やがてその榎の乳で育った子・真与太郎は父を殺した浪江を討ち仇を取る。

といふ後半もあり。毎月この三三師匠の独演会を通して聞きたい。やはり落語会でいま最も落語の上手い噺家だらう。

今ではイイノホールから地下の飲食店街を抜け地下鉄(霞ヶ関駅)直結。丸の内線なら東京駅まで行けるが霞ヶ関駅構内を抜けるとイイノホールに近い改札から千代田線、日比谷線を越えて随分と歩く。それなら日比谷公園の傍を歩いた方が丸の内線に近いが千代田線で二重橋駅へ。二重橋駅から東京駅までの無機質な核戦争時のシェルターのやうな地下道を歩いてみたくなつた。常磐線最終の特急に乗り損ね土浦でホームレスしたのが一週間前の金曜晩。本晩は下りの特急がまだあと2本ある余裕で帰宅できた。

(寄稿)李琴峰「隣に暮らす外国人」朝日新聞

政府は今、税金や社会保険料の未納や滞納を理由に、永住資格を取り消せるようにする法改正を検討している。外国人労働者を増やそうとする中で、外国人を「選別」しようという思惑が透けて見える。それを知った時、私は国からこう言われた気がした。「確かにお前を住まわせているが、日本人と同じ生活者だと認めたわけではない。お前はいつまでも日本人より格下だし、国が守るべき対象ではない」と。(略)政府は今、税金や社会保険料の未納や滞納を理由に、永住資格を取り消せるようにする法改正を検討している。外国人労働者を増やそうとする中で、外国人を「選別」しようという思惑が透けて見える。それを知った時、私は国からこう言われた気がした。「確かにお前を住まわせているが、日本人と同じ生活者だと認めたわけではない。お前はいつまでも日本人より格下だし、国が守るべき対象ではない」と。

甲辰年四月初八

15.1/24.2度。昨晩からの雨(7mm)で本日は午後晴れる。

radiko”で今週月曜の高田文夫ビバリー〉を聴く。ゲストは伊東四朗(86)。てんぷくトリオはリアルタイムで笑つてゐたが石井圴一座の当時の話がまことに面白い。ラヂオといへば数日前のNHK〈ラヂオ深夜便〉で五木寛之(91)が随筆(エッセイ)について。まことに声も若々しい。日本の随筆と西欧のエッセイについての違ひ。確かに日常の些細なことでも随筆になる日本と、ふと思ひ浮かんだのはモームだとかオーウェルだが西欧のエッセイは世界が違ふ。日本の随筆では泣菫は西欧的なエッセイの世界かもしれない。アタシが随筆で好きなのはやはり百鬼園吉田健一である。昨晩の〈ラヂオ深夜便〉では佐山聡のマスクを作り続ける職人の方の話。これもなか/\面白いものだつた。


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香港の李嘉誠財閥で李嘉誠長男の李澤鉅とベトナムのドクちゃん(Nguyễn Đức)は似てゐるとかね/\思つてゐたがかうして最近の写真を並べてみると本当に瓜二つなのだつた。李嘉誠財閥(長江)始め香港の地産系財閥ももうこれから大変な時代でせうね。

J'aime le moment du crépuscule

辰年四月初八。佛誕。気温摂氏11.2/24.2度。晴。せめて午後5時までは酒を飲まないやうにしてゐるがこの時期日が長くなると午後5時もまだかなり明るく何だか昼酒のやう。それでも気分は黄昏。黄昏どきが好き。


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久々にシェイクのドライマティーニを飲んだがシェイクだとジンの香りも飛んでしまふ気がしてやはりステアに限ると思ふ。意地汚くマティーニのグラスでベルモットだけシェイクして二杯目。


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出かけた帰りに近所の花店で買ひ求めたアルストロメリアを眺めて、これは花見酒か。花は家人の好きさうな色(画像右)を選んだら「もう盛りを過ぎてしまつた」といふので紫色を選んだら、盛りをすぎたのも一枝サービスしてくれた。まだ仕舞つてゐないアラヂンのストーブもオブジェとして眺めてゐて飽きない。

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水戸肯定感とは

辰年四月初七。15.8/20.6度。曇りのち晴。大相撲五月場所は昨日、大ノ里を負かした高安がまさかの休場。今朝の稽古で腰を痛めたのださう。

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水戸市のLINEに驚いた。水戸肯定感。「自己肯定感」といふ発想はある。いかにもいまの無力な日本で注目されさうな感覚。

ありのままの自分を肯定する感覚のこと。他人と比べることなく、自分をかけがえのない存在として肯定する、誰かに好意的に受け止められることで生まれる自己肯定感。それは自分が前に進むための原動力となり、仕事を進める上でも重要な感覚です。

それで、それでもなぜこども対象のイベントにこれなのか?

水戸肯定感とは水戸に住み暮らす私たちが水戸の魅力を知り、今以上に水戸を好きになることです。水戸を好きになった私たちはきっと、色々な人に水戸のことを自慢したくなると思います‼︎

こんなI❤️MITO感覚は思想信条の自由で、それはそれであれこれいはないが何故に「ちびっ子広場」のイベントで水戸肯定感を打ち出すのか。この主催は水戸青年会議所。そこがこのキャッチフレーズが好きなのだらう。セカンドフレーズの「このまちをもっと好きになろう」で十分な気がする。そも/\子どもに地元愛なんて意識して培はせる必要があるのか。楽しければそこが好きになる。それだけ。その結果「水戸も悪くないんぢゃないのけ?」で地元への肯定感が生まれる人もゐるのかもしれない。青年会議所って地元のそれなりの会社や商家の倅が家業を継いで、それでメンバーになる組織であるから地元で商売を続けていく方たちが「水戸肯定感」といふのが大切に思はれるのは納得できるところ。だけどなぜ「ちびっ子広場」で水戸肯定感なのかしら。

三井康壽『筑波研究学園都市論』

辰年四月初六。気温摂氏13.1/21.9度。終日大雨(47.5mm)。大相撲五月場所二日目。横綱照ノ富士大関高景勝本日より休場。昨日横綱に土をつけた小結大の里を高安が見事に負かす。実に立派な相撲。だがまだ二日目で高安は後半崩れるのが心配。

三井康壽『筑波研究学園都市論』(2015年、鹿島出版会)一読。茨城県民とはいへ突然この本を読んだのは、この著者のお名前が今月末に開催される水戸芸術館での小澤征爾さんお別れの会で「発起人」にあつたから。発起人は筆頭がマルタ アルゲリッチ刀自で、続いて芸術館運営に功績のあつた方々の名前が並ぶなか三井康壽といふ名前だけピンと来ずネットで調べたら、この著作に行き当たつた次第。昭和38年建設省入省で都市計画に携はられ国土事務次官を最後に退任。茨城県には昭和55年に県庁の企画部長職に出向歴あり。この著作のタイトルからして研究学園都市建設の建設省の総設計師、プランナーなのか、と思つたが筑波研究学園都市建設の閣議了解が昭和38年9月なので三井の入省年であるから計画当初ではまだ若手すぎ。当時は第二次池田内閣で建設大臣河野一郎。聞かずとも明らかなことは三井の建設省時代の上司が後の茨城県知事の竹内藤男。竹内の建設省都市局長就任が昭和40年。参院議員を経て竹内の茨城県知事就任が昭和50年。竹内知事二期目の昭和55年に三井は茨城県庁に招かれ研究学園都市担当に。当時の筑波研究学園都市は国などの研究機関の移設はされてゐたが研究社の定住が進まず人口計画は20万人だつたが「都市」としてのインフラも整備されず。商業施設や文化施設、都心とを結ぶ公共交通機関(鉄道)の整備、また起爆剤となる科学万博の開催(1985年)などが計画実現されてゆく時代。1897年に「つくば市」が誕生し鉄道(TX)開通が2005年で今では人口も26万人規模(近々県庁所在地の水戸を抜くはず)。この都市計画は成功といへるだらう。それでも三井さんと水戸芸術館とどういふ関係なのでマエストロオザワのお別れ会の発起人なのかは私にはわからない。水戸芸術館の有力な賛助者のお一人なのかしら。いずれにせよ、この『筑波研究学園都市論』は計画立案から50年が減るなかで当時(2015年)関係者の物故、資料の散逸など懸念されるなか、この国家プロジェクトの都市建設を一冊の本にまとめた貴重な記録。

筑波研究学園都市論

(読書メモ、付足)それまでも多摩ニュータウン千里ニュータウンなど建設されていたが東京や大阪といふ大都市のベッドタウンであつて都市建設も容易だし「自立した都市づくり」といふわけではなかつた、と前置きした上で筑波研究学園都市が当時の日本としては画期的な国家プロジェクトであつた理由は「東京から70キロ離れ、通勤がかなわない立地特性から単なるベッドタウンでなく新しい自立都市を造る、しかもこれからの日本の発展を支える研究機関を中心とした都市を造る、という錦の御旗を掲げたから」であつた。田園都市であつて道路や公園が最初から織り込まれ、その街並みを整備するため独自の区画整理が最初からされてゐるといふ都市計画。

 

縛られる日本人

辰年四月初五。気温摂氏15.6/24.9度。曇。

本日の競馬(G1)はヴィクトリアマイル。3番人気のウンブライル(川田)を軸に馬券を組んだが6着と振るはず優勝は15頭だて14番人気のテンハッピーローズ(津村)。1-1/4差で2着にファラスプライド(ルメール、4番人気)、首差3着がマスクトディーヴァ(モレイラ、1番人気)。払戻金は単勝20,860円でこのレースレコードでG1歴代4位(1位は1989年エリザメス女王杯のサンドピアリスの43,060円)。津村騎手もGRAのG1初勝利。本日、武豊騎手がヴィクトリアマイルでは2番人気のナミュールは8着だつたが2RでJRAで通算4,500勝。ちなみにJRA重賞は360勝で同G1では81勝でいずれも歴代最多記録で自身で記録更新中なのださう。競馬も大波乱なら大相撲もまさかの横綱、4大関の総崩れ。まさかこんなことにならうとは。

Marry C. Brinton『縛られる日本人 人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか』(中公新書、2022年)通読。読む前からわかりきつたことだが日本は人口減少もたらす「規範」打ち破ることなどできないことは明白。著者はハーバード大学ライシャワー日本研究所所長の社会学教授。まことに社会学の教科書のやうな日本社会の分析。だが、いくら分析したところで日本の社会的病理の解決はできない。

日本は治安がいいし、住宅は閑静で、道路は清潔。人々は親切で礼儀正しい。鉄道やバスも時間通りに運行し、もし遅れることがあれば車掌や運転手が丁寧にお詫びの言葉を述べる。多くの住宅地では、日曜でも郵便ポストの郵便物が回収される。宅急便も利用しやすく、配達も早い。外国に行くとき、重たいスーツケースを引きずって空港まで行かなくても、近所のコンビニから宅配便で空港まで送ってくれる国なんて、ほかにあるだろうか。日本はとても便利で秩序立っていて、暮らしやすい国と言っていい。(序章より)

日本人が大好きなこの日本への好印象である。確かにこんな素敵な国なんて他にないだらう、と。しかし少子高齢化といふ問題にも何ら解決策が見出せない。この著作でも「問題を解決するために、一人一人の日本人が、カップルが、企業や政府がどのような行動を取るべきかを論じたい」としてゐて細かい提案はいくつも述べられてゐる。だがさうした問題を総じて解決できないのは日本といふ国家のもつ、解決できてゐない病理そのもの。近代革命を経ることなく近代化した(ことになつてゐる)社会の、これまで誤魔化してきたものぢたいの問題。

縛られる日本人 人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか (中公新書)

人権、個人主義天皇のお世継ぎ……何一つとつてもきちんとしたポリシーを見出すこともできないのだから、この「子ども社会」で自分たちが少子高齢化の問題の解決などできるはずもない。

齋藤誠「一経済学徒として常木淳『国民国家とは何か』を読む」(東大出版会『UP』2023年7月号」もさうした点への考察として興味深かつた。戦前の政体について。伊藤博文を中心とする明治国家立ち上げの大立者たちが大衆向けの「顕教」として「無限の権威と権力を備えた絶対君主」としての天皇を国民に対して提示する。それに対して「密教」として生み出された現実の統治手法で「天皇憲法に基づく制限君主として、自分たちの政治目的を効果的に実現する操作対象(ロボット)としてきた。後者には美濃部達吉も相乗して天皇機関説が認識され陸軍統制派、革新官僚民政党がこれに加担したのに対して前者(顕教)が政友会的なもの、陸軍皇道派や右翼となる。政友会の大敗、226事件など政治クーデターの失敗、陸軍皇道派の失脚で政治が密教的となる。しかし、その勝利した側も立憲民主主義体制は棄却して政党内閣制も形骸化させてゐて、そこで「寡頭制による立法手続きを通じて経済社会を統制していく合法的ファシズムが確立した」。「日本のファシズム天皇ファシズムと規定することがいかにミスリーディグであるのか」。戦後は戦前の顕教的な体制が戦後は「平和と民主主義」に置き換はり、密教の方はアメリカとの軍事的協調により軽武装下で経済復興を優先する現実主義(吉田ドクトリン)となる。「日本の国家が直面している現況は、クーデターで政権を奪取した独裁者の政策ではなく、立憲民主主義の正当な手続きに従った政策の帰結であった」。戦前は政治体制の行き詰まりの結果「合法的ファシズム」の体制を立ち上げ、戦後は革命すらないまゝに平和と民主主義を希求できる。この曖昧さこそ上述の『縛られる日本人』で悲しき現実と捉へられる日本の病理の根本的に同じものなのでせう。