知らないところを少しずつ

知らないところを少しずつ
歩いて回って
忘れないように一つずつ
書いて残して

ドラマの話や音楽は
そのまま何度も楽しめるので
いつも見ているその空と
冷えた空気を吸い込んで

恥ずかしい話を
寂しい言葉を
いつも通りの別れを
嵌めた指輪が抜けるまで

「気温の差が大きい土地に住んだらいいかもね」
大変だろうけど
そう言われたことが
嬉しくてしょうがない

luck

再会には蠱惑的な悪魔が潜んでいる。
禁煙三日目の彼は二本目に火をつけつつ、そう思った。
ここ数日、運に恵まれないことが多かった。それはどれも些細なことで、どのような出来事かも思い出せない。けれど、そういう空気が漂っていることは解っていた。
彼は運というものを信じていた。タロットを携帯し、毎朝の星占いを気にして、時折手相を眺めていた。
しかし、彼は現状を知るのみでそれを変えることには一切の興味を示さなかった。風水を学んでも家具の配置はそのままで、占い師のアドバイスは聞き流すのが常であった。余談であるが、その占い師は彼の知り合いでもあったため、躍起になって彼の未来を危うげなものとして扱い、ついには寿命があと三年だとデタラメを言うまでになった。
占いは、彼にとって賭け事のようなものであった。その内容がどんなものであれ、当たれば嬉しく、外れれば悔しがった。その趣味を誰かに話すことはせず、一人でこっそりと楽しんだ。それが広く理解されるほど立派なものではないという分別くらいはつく人間である。
彼は自分の未来を良いものにしようとはしなかったが、占いの結果を現実に沿わせるために様々な理屈をこねた。
今朝の蟹座は「久しぶりの友人と再会して大盛り上がり!?」であった。


1と2(後)

「あなたはいい人だから、きっと幸せになれるよ」
耳慣れない二人称のせいか、その意味を理解するのに時間がかかってしまった。手を止めて、彼女に向かって言葉を返す。
「何、忘れさせたいの?今日のこと」
「ううん。それから先のことは興味ない。あなたのことでも、考えたことなかったから」
冷たく言い放つ癖は、僕の前ではただの強がりだった。そもそも強がる必要すらないのだ。彼女の中で境界が曖昧になってしまわぬよう、僕の前でも偽物であり続けてきた。
「寂しいとか、思う?」
「いや、これで、今日で終わりだから。」
お互い意地になってる。何せ初めてのことだ。慎重にもなるだろう。一つでも掛け違えてしまったら……。いいや、最初からすべてが間違っていたのだ。

「今日で、終わり」
穴の縁に立って僕を見下ろしている彼女の顔は、きっと暗くてよく見えないのだろう。しかし、その声は――。
「ねえ、無理だったよ。全部、全部怖いままだった」
聞きたくない。いや、聞く必要がない。僕は作業を止めなかった。いつの間にか、口の中も泥だらけだった。
「バレてもよかった!隠し通せなくなって、責められてもよかった!一日の終わりには、絶対あなたがいる。それだけで」
スコップの先が曲がってしまっている。手首を右に反して突き立てれば、まだ使い物になるようだった。
「あの子だってきっと私たちを」
急がなくては。平らにならす作業にどれだけかかるか、四肢を埋めるにはどれほどの量が必要か。それくらいは事前にシミュレートしておくべきだったのだ。
「どこに行ったっていつかは」
幼い少女の声。一晩中泣き叫んでも、まだ足りない。満たされない。
「方法なんて一つも」
体中痣だらけになって帰ってきた、あの日の声。
「最初から、望みなんて」
あの日以来、彼女は気丈に、聡明に生きてきた。
「結局全部、駄目だった」

姉は僕を愛していた。
ごく幼いころから彼女はそれを事実として認めていたし、僕もそう思った。初めてそのことを告げられた時も、好意や嫌悪といった感情は一切なく、ただそれをそれとして受け容れた。いや、あらかじめ受け容れていたのであろう。姉の感情を、僕は「知っていた」。そしてそれが世界に歓迎されないということも。
自分たちの関係の危うさを知識として認識したのは、姉がクラスメイトから暴行を受けたあの日以来だろう。からかわれて、殴られた。どこにでもある話だが、姉はそれをひた隠しにしていた。まもなく両親に見破られ、関係が露見したあと、姉は変わった。
それから、臆病な姉は現実からの逃避を願い、聡明な姉は現実的に逃避の手段を企てることに専念した。

僕はと言えば、機械的にその手筈を整えていった。
2012年12月21日、人類は滅亡する。
「最後の日、私見てみるよ。私たちだけじゃない、みんなが受け容れられなくなる瞬間を」
嘘でも本当でもない、事実だった。そうとしか思えなかった。
彼女にその光景を見せたいと望んだときに初めて、彼女に対しての感情が生まれた。それは僕にとっての原風景でもあり、使命でもあった。報われるだとか、復讐だとか、そんな人間らしい動機はなかった。理由づけすることすら放棄した僕は、彼女の気持ちに向き合うことさえ怠っていたのだ。
僕たちはまだ幼すぎた。

頭上で嗚咽が聞こえた。彼女に駆け寄り、用意してきた毛布を被せ、背中をなでる。
すべてが意味のないことのように思えて、地面に溜まった酸っぱい臭気とともに、一切を埋めてしまおうと、目に涙を浮かべる彼女を抱きかかえ、車に乗せた。
何かが終わって、誰かが死んだ。

エンジンをかけたところで、強い雨が降ってきた。
僕が手を下すまでもなく世界は進み、彼女には明日のことを考えさせられた。
確かに、人類は滅亡したのだ。

1と2(前)

ひどい雨が止んだのは、あれから数時間後のことだった。

この国で嘘みたいなニュースを信じきっていたのは、分別のつかない子どもと、何でも知っている狡い大人、そしてそれを待ち望んでいた彼女だけだった。彼女は終末論者でもなければ、心をバランスを崩していた訳じゃない。
彼女はそれを最後まで楽しみきった。今となってはそう言えるだろう。

彼女はそれを誰よりも早く知っていたように思う。世間で1999だとか2000だとか騒がれている間も冷静だった。「本当の」日付を知っていたからだ。そして小学生のころ、僕は彼女に計画を打ち明けられた。それは僕にとって、疑いようのない秘密として心の奥底に残り、昨日の晩、真実になった。

夕方、仕事を終えた彼女から電話がかかってきた。「タダ飯を食わせてやるから車を出せ」と、至って普通の調子だった。(彼女はいつもこんな調子だ。)一体どんな企てがあるのか、考えるだけ無駄だということを何度も肌で思い知らされている僕は、言われるがままに職場まで車を走らせた。道は空いてるでも混んでるでもなく、予想していた時間通りに到着した。

「遅い」
はいはい。といつものやり取りを交わしたつつ、彼女は車に乗り混んだ。Uターンしてビルの前を通り過ぎるときに、車を見送ろうとしていた同量らしき人たちに会釈したが、彼らは一様に怪訝な顔を浮かべ、僕の隣の席ばかり見ていた。
「何かしたの?」
僕の問いかけをまるっきり無視して、うーん、とか、あー、とか言いながら狭い空間で身を捩らせ、コートのポケットをごそごそ漁っている。答えなどしていなかったため、ハンドルに意識を集中させようとした僕の胸に、突然封筒が突きつけられた。危うくアクセルを踏み込みそうになり、体制を整える。
「何それ」
「見れば分かるよ」
「運転中だから」
何となく不機嫌を感じて、隣にちらっと目をやると、茶封筒にボールペンで雑な字が書かれていた。
「退職金!?」
そっ。彼女は誇らしげに胸を張る。
「今日で辞めたの。部長が『いきなりそんな事を言われても』なんておどおどしてるもんだから、机にあったこいつを貰ってきた」
「いくら最後だからってそんな無茶な……」
「いいの!今日の今日までしっかりやってきて、気づかれることなく完璧な引き継ぎまで用意してきたんだから。これっぽっちじゃ全っ然足りないし、会社にしたら逆に儲けてるくらいで」
豪快に言い放とうとしつつ、尻窄みに声が小さくなる。
「あとでこっちに迷惑かかったりしないだろうな?」
「知った事じゃありませんー」
威勢を取り戻そうと悪態を吐くものの、うつむき加減のままだ。
「別に、最後くらい……」
真面目と臆病が手を握り合って震えているような性格だ。職場でも決断力が一番に評価される彼女が大見得を切ったときはたいそう様になっていたであろうが、その立ち振る舞いとは裏腹に、後々のことや、同僚への配慮にばかり頭が回ってしまうのだろう。
「もっと楽しみなよ。大丈夫、あんたなら卒なくやれてる。そんなことより、その調子じゃ最後の最後で転けるぞ?」
そう言い放つやいなや、容赦なく運転中の腕が抓られた。
「どうしてそう不吉なことばっかり出てくるかなー?もうご飯抜きね。寒空の下、朝まノーカロリーで過ごしなさい!」
それは流石にマズい。二つの理由で横は向けないが、おそらく本気の目をしていることだろう。
「悪かったって。ほら、高速乗る前に好きなところ連れてってあげるから」
「最初からそのくらい要求するつもりでした!まあいいや。んー、手始めに海!!」
「これから山に向かうのに海ですか。」
しかも寒い。
「海だけじゃないよ?凡そ思いつく限りのデートコース全部回るから!あ、しおり作ってきたんだった!ええっと……」
そこまでやりますか。呆気に取られた僕は、予定時刻からの逆算に、ちょっとばかり頭を使うハメになった。

アンケート

Q.5人に聞きました。回答は、5人それぞれに話し合ってもらって、一つにまとめてもらいます(どうしてもまとまらない場合は複数)。

Q.1冬を迎えるに当たっての気持ち
A1.毎年違う気がする。「今年はこれでいこう」みたいなのが終わったころに出来上がってる。

Q.2文章を い てき こ最  じる   、或いは  の
A2.ある意味ではお手軽だった。あと、無責任にできていたというところが大きい。

Q.3か
A3-い.時間が経ってしまったので思い出せない。
A3-ろ.恥ずかしいので言えない。(変わっていくからね。あれもこれも違ったって否定できちゃうんだよ)

Q.4
A4.楽しいし、素敵な予感すらする。そうでなければやっていけないし。

A5.近いうちに、ほぼ確実に。(全員一致)

Q.ありがとうございました!

肌寒い決意

船は繋がれなくてはならない。
馬は繋がれなくてはならない。
旅人は新しい街を見る度に安堵することだろう。
生きるためには身を一所に置くということが不可欠なのだ。
居場所を求めてしまうのは人間の本能なのだろうか。
愛を語るのはただ一人で、母に代わる者などいない。
そんなことは百も承知なのに、私は玉虫色の輝きに魅せられてばかりで、自らをそれに染め上げてしまう。
あるべき姿とそうありたい姿が一致したのにもかかわらず、世界は息をするように価値観と哲学を蹂躙していく。
精密に組み上げられた日常は脆く、無様であっても走らされた習慣の頑丈さには遠く及ばない。
自らを理屈で固めて、自らで怠り、自らが悔やむ。
あとに残るのは、ひとつひとつまめやかに飾りつけられた言い訳が食い散らかされた様だけだ。
駄目だな、と独りごちた上を明日が覆っていく。