琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】流出する日本人―海外移住の光と影 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

日本人の海外移住が注目を集めている。ワーキングホリデーの若者、子育て世代、富裕層、技術者や研究者、リタイア世代。日本をなぜ離れるのか。海外移住にはどんなリスクがあるのか。移住研究の第一人者が、日本人移住者へのインタビューやデータをもとに実態に迫る。自由な環境で実力を発揮する人々から、悪徳業者に騙される若者、帰国したくてもできない離婚者まで、海外で暮らす人々の明暗と日本への影響。


 僕がまだ子どもだった1970年代から80年代前半くらいは、「海外旅行」は人生の一大イベントで、「ハワイ旅行」がクイズ番組の豪華賞品になっていました。

 1980年代後半から、バブル経済の影響もあって、「海外旅行」へのハードルはかなり下がり、大学の卒業旅行は海外へ、という人が多かった記憶があります。

 僕がまだ学生、あるいは卒業後に研究室で学んでいたとき、「海外留学」には憧れと同時に、日本でもコミュニケーション能力に難がある僕には向いていないだろうな、とも思っていました。
 そして、海外で研究者として名を上げて(箔をつけて)くる、みたいな理由以外に、僕には海外で生活する理由が思いつかなかったのです。

 ちなみに著者は、海外4か国で23年間を過ごしてきたそうです。
 

 多くの日本人が海外に移住している背景にある要因は何なのか。移住者たちは何をめざし、どのように移住先・就労先の国や地域を決めているのか、また移住後にはどのような壁に直面しているのか。永住権や国籍を取得することでどのように生活が変わるのか。そして、日本人永住者が増えているという事実は、日本におけるどのような変化を意味しているのか。回答が求められている問いは、多岐にわたる。

 議論の土台となる資料については、日本および海外で公刊されている既存の研究やデータに加え、筆者が2016年から2023年にかけて行った海外移住者、日本への帰国者、移住コンサルタント(海外キャリア・アドバイザーなどを含む)、研究者、日本政府関係者ら123名へのインタビュー調査や、ダートマス大学教授の堀内勇作氏と共同で行った日本在住の大卒日本人2415名の海外移住志向に関するオンライン調査にもとづく計量データをベースにしている。海外移住者のインタビュー調査に関しては、豪州を中心としつつ、米国、カナダ、英国、ドイツ、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、フィリピン、台湾、中国、香港、ケニアアラブ首長国連邦UAE)への移住者および移住経験者を対象とした。各国の政策や為替レートは原則として2024年1月1日時点のものであり、ご関心のある国の最新の状況については各国政府や大使館の公式情報をご参照いただきたい。


 この本の中では、日本人の海外移住の歴史についても、予備知識レベルでさらっと触れられているのですが、メインは「いまの日本人の海外移住事情」なのです。

 日本国内では「人口減への対策として、海外から日本への移民を増やしていこう」という政策に不安を感じている人が多いのですが(僕も正直、ちょっと不安です)、この本を読んでいくと、今の世界においては、日本はそんなに魅力的な移住先ではないし、心配しなくても、そんなに移民が押し寄せてきそうにはありません。

 少し前には、老後の移住先として、物価が安くて暮らしやすい東南アジア諸国をすすめる人やメディアがけっこういました。
 でも、最近はそういう「移住のすすめ」はあまり見かけなくなりました。
 ワーキングホリデーで海外で働く日本人は多いのですが、うまくいっているいる人がいる一方で、飲食業で現地基準より安い賃金でこき使われたり、差別や物価の高さに辟易したり、という厳しい現実もあるようです。
 日本での海外からの「技能実習生」への過酷な待遇が問題視されていた(いる)のですが、「ワーキングホリデー」で、海外で同じような目に遭っている日本人も少なくないのです。

 太平洋戦争前から戦後の日本人の海外移住には、経済的な要因が大きかったのです。
 「貧困から脱出するために、新天地を目指す」移住が多数派でした。
 しかしながら、高度成長を経て、日本が先進国・経済大国になった、1990年代くらいからは、「日本で『世間の目」を気にしながら生活する息苦しさから逃れたい」「自由な空気」「生き方の多様性」を求めて、海外へ移住する人が増えたのです。
 

 また、欧米で国際人口移動に関する研究が進むにつれ、人々が先進国から先進国へ移住する場合、経済的要因よりも「ライフスタイル要因」を重視する傾向があることが明らかになってきた。特に、カナダから米国、そして欧州域内で見られる定年退職者の移動は「ライフスタイル移住」が主要因とされた。豪州においても大規模な調査データがこれを裏づけた。
 途上国からの移民たちが「より良い経済機会の追求」を移住の理由に挙げたこととは対照的に、日本人からの移民たちの圧倒的多数が「より良いライフスタイル」を挙げたのだ。


 この傾向は、現在、2020年代まで続いているようです。
 日本は長年の経済的な停滞が指摘され、「世界でも賃金も物価もサービスも安い国」になっているのですが、それでも、「生活が苦しいから海外に移住する」という人のことはあまり耳にしません。

 日本から海外への移住者には全体として女性が多いことも紹介されています。

 1998年まではほとんどの年で男性の方が多かったが、1999年以降は女性が男性を上回るようになり、2023年10月1日時点で全体の53.7%が女性であった。長期滞在者に関しては、企業の駐在者における男性の比率が高いことを反映してか、男性のほうが多い(53.2%)が、永住者に関しては女性が多い傾向が続いており、62.3が女性である。この理由としては、後述するように、留学やワーキングホリデーなどで滞在中に、現地でパートナーを得て国際結婚をする女性、また永住を視野に海外で職を得て働く女性たちが多いことが指摘されている。

 日本は、とくに女性にとっては息苦しさを感じる国なのかもしれません。
 僕の周囲でも、女性のほうが「海外志向」が強いというか、日本へのこだわりが少ない印象があるのです。

 ある移住コンサルタントは、自身が抱える日本人のクライアントのうち、4分の3が女性であり、その理由は日本における女性のキャリアの可能性が限られていることだと語った。別のコンサルタントも、「女性が昇進できない。あるいは活用してもらえないといった理由で移住するという例は非常に多い」と述べた。「日本も変わってきているが、他の国と比べると変化が遅い」というコメントもあった。


 日本の経済的な停滞が要因で、海外留学にかかる費用を負担できる家庭が少なくなってきているという事情もあるようです。
 アメリカ人の若者も、自国の「学資ローンの負担」や「家賃や物価の高騰」で苦しんでいるくらいなので。

 ワーキングホリデーも、海外で働きながらのんびり異文化体験、というイメージがあったのですが、現実はそんなに甘くはないのです。
 2019年の調査では、オーストラリアにサーキングホリデーで渡航した人の76%は飲食業、とくに日本食レストラン・居酒屋・カラオケ店などで働き、これらの飲食産業では現地での最低賃金が払われていない事例が常態化していたそうです。
 ワーキングホリデーで来た日本人相手に食事と住居を提供する代わりに無償で働かせる「貧困ビジネス」的な業者もいるのです。

 全然「ホリデー」じゃないだろ!と読みながら嘆息してしまいました。

 僕が子供だった30〜40年くらい前までは「日本は物価が高い」と、海外のブランドショップで「爆買い」する日本人が報じられていたのです。前述した「老後は物価の安い東南アジアの国で優雅に暮らす」ことを勧める人たちもいたのです。

 最近では物価も移住先を検討する際のポイントになりつつある。世界的に物価や家賃の高騰が著しいこともあり、仕事のオファーをもらっても、給与と現地の物価との兼ね合いを考慮に入れる必要があるからだ。
 例えば、シンガポールは2022年に世界で最も物価の高い都市であった。メディアの報道では2023年6月の平均家賃は5200シンガポールドル(約56万円)で、シンガポール中心部で3000シンガポールドル(約32万円)以下の賃貸物件を見つけるのは不可能に近く、見つけられるにしても1LDKの物件だという。都市再開発庁(URA)の民間住宅賃貸指数は2021年初から2022年末までに43%上昇している。
 2000年代から日本人の退職者や中間層の間で人気の高い移住先であるタイやマレーシアでも、物価は高騰している。米マーサー社の2023年「世界生計費調査・都市ランキング」ではバンコクが105位で、名古屋(113位)より生活コストが高かった。日本人の需要が高いバンコクではコールセンターのオペレーターの給与が5万バーツ(約21万円)程度であることを考えると、家族がいる場合には、経済的に楽ではないかもしれない、また、クアラルンプールは180位だが、マレーシアのインフレ率は日本を上回っているため、円安の進行も重なり、日本との物価の差は縮小しつつある。


 シンガポールは別格としても、その他の東南アジアの国々と日本との物価の格差は急激に縮小してきているのです。
 もはや、よほど不便な田舎で暮らすのでなければ、東南アジアに移住して退職金で悠々自適、なんて夢物語になってしまいました。

 移住希望者が多い国では、多額の資産や技能が移住のために求められるなど、どんどんハードルも上がってきています。


 著者は、海外と比較しての日本の現状について、このように述べています。

 日本は、現在でも経済大国である。先進国の中で相対的に賃金が低くなったとはいえ、引き続き生活の質は高い。生活の質や経済、文化などの指標にもとづいて米国大手メディアが発表した「世界のベスト国」ランキングによると、日本は87ヵ国中、第6位だ。日本は世界的に見て、まだまだ住みやすい国であり、海外に出た日本人の多くが日本の良さを再認識する。日本の未来が暗いと断定することには慎重であるべきだろう。

 海外への移住や就労への関心は今後も継続していくだろう。ただし、これまで概観してきたように、永住に関しては、要件のハードルが高くなってきたこともあり、どれだけ急激に増えていくかについては未知数だ。また、インフレによる物価や家賃の高騰、医療問題などで、これまでと比べて生活がしにくくなった海外の国が増えており、日本で暮らすことのメリットが再評価されていくかもしれない。むしろ、こうした理由から、今後、海外に移住した人々の帰国が増えていく可能性もある。


 もちろん、日本以外の「世界」を知る、ということには、いつの時代にも大きな魅力もメリットもあります。
 異文化・英語に慣れることができ、世界で闘える。
 富裕層にとっては、節税になることも多い。

 その一方で、「経済的に停滞している、デフレの国」で、いつでも医療機関にアクセスできる、という日本は、「そこそこ美味しいものを食べて、便利に低コストで暮らしたい」という人には、理想の居住先なんですよね。
 日本語ができる、日本人にとっては、なおさら、そうなっていくのではないかと思います。

 世界が「グローバル化」していくことで、かえって、日本の居心地の良さを実感する日本人は、増えていくのかもしれませんね。

 とはいえ、僕自身も、一度くらいは海外で暮らしてみたかったな、という気持ちはあるのですけど。


fujipon.hatenablog.com
fujipon.hatenadiary.com

アクセスカウンター