夜から頭痛がひどかった、頭の右半分がズキンズキンと響く、僕はリモコンに手を伸ばす事も出来ずに居間のソファに深く座り、ぼぉっとTVを見ていた。
さっき飲んだ薬が効き出すまで、あと少し、あと少しだ。


TVが今日のニュースを伝える、それを薄目を開けてぼんやりとみていると、テーブルの携帯電話が鳴り出した、着メロのイントロ分は我慢したが、体を起こす頭痛よりも、今は耳障りな電子音とバイブの振動音が引き起こす頭痛が勝った。出来る限り体を動かさず、目も開けずに電話に出た。

「もしもし?」
「あ、健一?寝てた?」
「いや、ぼんやりしてた」

少しぶっきらぼうに出た電話の向こうからは明るい声、恋人の唯奈だ。しばし頭痛を忘れる。

「大丈夫?頭が痛いっていってたじゃない?」
「ああ、さっき薬飲んだよ、眠くならない奴を」
「掛けた私が言うのも何だけど、寝た方が良いんじゃないの?明日も仕事でしょう?」

電話の向こうから心配の声、純粋に心配されて、安心する。

「うん、大丈夫だよ、頭痛が落ち着いたらちょっと仕事して、すぐに寝るよ」
「約束だよ?せっかく今日すぐに私、家に帰ったんだから、明日はつきあってもらうんだから」
「うん、大丈夫、唯奈の声で痛み安らいできたよ」
「私の声ならいくらでも聞かせてあげるから、なんならいつもどおり寝るまで横で子守歌を歌ってあげても良いのよ?」
「はは、それはいいな」

唯奈は子守歌が上手い、冗談半分で歌ってもらったら、一度で気に入ってしまった。今では彼女と寝る時はお願いして歌ってもらう。

最初は双方恥ずかしかったが、そういったお願いをする行為は、関係を特別にするという事をすぐに憶えた。
僕は求め、彼女は与える。これが僕らの特別な関係。

彼女の子守歌で眠る時、世界で僕だけがこの歌を聴けるのだと思う時、僕は幸せのただ中にいる。
もし彼女と結婚し、子供ができたら、子守歌を聴く子供に嫉妬するかも知れない。ただ、それは想像も出来ない先の話。


でも今日は頭痛の所為で彼女の子守歌が聴けない、頭痛で弱っているからこそ僕は子守歌が聴きたいのに。


「そうだな…子守歌…聞きたいな」
「ホント?」

僕がポロリと言った一言に気を良くしたのか、彼女はここに来る事になってしまった。
夜中だから危ないとか断ったものの、頭痛もするし、反論も出来なかった。
電話を切り、時計を見ると11時、本心とはいえ適当な一言で迷惑を掛けてしまったと少し後悔する。


僕はテレビを消し、片づいていない仕事に取りかかる。
まだ頭痛は完全に消えていないが、彼女の子守歌を早く聞きたいから。


彼女がドアをノックするまで後45分。



机に向かっていると、ドアが鳴った。
彼女だ、僕はまだ終わらなかった事を悔やみながらドアを開ける


ふれっしゅみーと


そう言って彼女は出刃包丁を持ち、僕に突進してくる。
僕は赤ポーションを必死にクリックしたが、間に合わない、どんどん減るHP。
あきらめて背を向けて逃げるも、彼女の足は僕より断然はやかった。
不意をつかれた僕は1分もせずに無惨に殺され、解体され、耳だけがその場に置き去りにされたのでした。