14歳の食品検査


100年に1度の不況の中、就職活動をしている若人の皆様に捧げるエントリ。


うちの職場も地味に募集をしていたりするのですが、たぶんこの業種は結構理想と現実にギャップがあるので、マインド(笑)のマッチング(笑)でwin-winな関係(笑)のために僭越ながら業務の説明を。
「食品検査 求人」とか「財団法人 食品 求人」とか「分析 食品 求人」とかググる前に見てくれたらいいな。

食品検査の仕事って?

食品、農水産物、器具容器包装、おもちゃ(子供が口に入れる可能性があるので食品衛生法の対象)に対して検査を行います。医薬品や医薬部外品は検査対象に含まれませんが、健康食品までは検査します。

輸入食品検査

残留農薬、残留動物用医薬品、食品添加物、自然毒、微生物、器具容器包装、おもちゃ等について、残留基準や使用基準に照らし合わせて行うもの。商品の付加価値を高めるものではありません。

    • 指導検査:厚生労働省が輸入業者に検査を指導することで、業者が自主的に行う検査。
    • モニタリング検査:厚生労働省が統計的に年間計画を立て、輸入食品の安全性をモニターしているもの。
    • 命令検査:厚生労働大臣が検査命令を出したものについて行うもの。輸入するたびごとに毎回検査を行わなければならず、合格しないと税関を通れない。

検査結果は生産国:種別:検査項目の組み合わせで、同じ組み合わせのものが指導検査やモニタリング検査で違反を連発すると検査命令が出て、さらに違反を連発すると輸入を停止される。(中国産冷凍ほうれん草みたいなかんじ)

依頼検査

なんでもありの検査。輸入品も国産品も果ては海水や土壌も依頼があれば検査します。輸入食品検査でやっているような項目に加え、栄養成分などの機能性成分も検査します。

食品検査業界の内訳

食品の検査をしたい、うなぎと戯れ餃子に埋もれながらガスクロ*1とか液クロ *2いじりたい!とか、ひたすら小さすぎるお友達を殖やしたい!と思っている方には、主に下記の選択肢があります。

食品衛生監視員

検疫所、地方自治体の保健所等で働く人。
公務員。地方自治体だとお店に収去(お店に並んでいる商品をサンプルとして無償で受け取る)しての検査もする。そのため外勤でたまに怖い目にあう(らしい)。
×のものを見つけるのが仕事。

登録検査機関の試験職員

厚生労働省食品衛生法に基づき登録した検査機関。輸入食品の水際検査(命令検査・指導検査)ができる。○団法人が多かったけど、最近株式会社も多くなってきた。
水際検査において、×のものを見つけて役所に通報するのが仕事。
ちなみに「みなし公務員」という「ナントカモドキ」みたいな生き物になれます。
お店や工場の衛生コンサルティングをしていたり、異物の検査なんかもするところも多い。

その他検査機関の職員(臨床検査系、環境検査系など)

登録検査機関になっていないが、国内の食品事業者(製造・流通)と契約して食品の検査を行うところ。
臨床検査や、科学分析、環境分析をしている企業が並行してやっていることが多いため、口に入る前のものから、消化されて出たものとか、それがさらに処理されたものの分析まで手広く携わる会社も多い。
お店や工場の衛生コンサルt(ry

食品製造事業者の品質管理部門

大企業であれば微生物検査はもちろん、抗菌剤や農薬の自社分析もできる。中小については分析機器が高いため、殆ど微生物検査専門。
しかも中小企業であればクレーム窓口とかになってるところもある。


このうち、食品衛生監視員は定められた条件を、登録検査機関の試験職員(のうち、命令検査を行える製品検査員)については、食品衛生法33条の別表において定められた条件(医師、歯科医師、獣医師、薬剤師のうちのどれか、または畜産学・水産学・農芸化学等の課程に相当する課程を修めている)をクリアすることが必要になります。(個人的にはこの条件設定ってどーよ、と思っている)
そのため、実験手技がいくら超絶技巧な人でも学歴(どこで学んだかではなく、何を学んだか)によって正式な製品検査員となれない場合もあり、その場合は依頼分析の専門家になるか、衛生コンサルティングなどの仕事をするか、食品衛生法上の登録検査機関以外の機関、または企業の品質管理部門に就職するかの選択肢しかありません。
最近は応用△学科とか先端□学科とかバイオ○○学科とかが増えていて、資格要件を判断する厚生労働省の中の人も困っていることでしょう。


ちなみに組織単位ですが実技試験のようなものもあって、登録検査機関や地方衛生研究所、検疫所については食品薬品安全センターの 外部精度管理というのを受けなくてはなりません。何も入れていないサンプル(陰性対照)と特定の農薬なり添加物なり微生物を添加したサンプルが送られてきて、分析結果を送ると、他の組織の数値とあわせて統計処理されて、中心値からどれくらい外れているかを出してくれるのですが、これを外してしまうと原因特定のために同じ実験を何度も繰り返し、大量の報告書を書くはめになります。
ちなみにイギリスのCSLというところがやっているFAPAS(理化学試験)とかFEPAS(微生物試験)とかGEMMA(GMOの検出)というのもあります。

仮想FAQ(検査機関職員版)

餃子事件みたいな食の事件に腹が立つ!食の安全安心に携わりたい!

検査機関の場合、依頼された項目以外の検査は行いません。例えサンプルの餃子にメタミドホスが10000ppm入っていようと、検査依頼項目が生菌数であれば生菌数を検査してその数値を結果として返すだけです。(一斉分析などで、「明らかにこれは…」とわかる場合はそれなりに連絡しますが、あくまで非公式なものです)
車の駐車違反はチェックするけど車内に麻薬が隠されてるかの検査はしない(できない)みたいなもんですかね。
そういう意識の高い人は検査業界ではなくて食品事業者のマネージャになってください。

偽装する業者が許せない!暴いてやりたい!

残念ながら、一部の元素分析(育った地域の判別)と遺伝子分析(品種の判別)を除いて、検査では偽装かどうか殆どわかりません。それもナマの素材であればともかく、加工食品になるとほぼお手上げです。内部通報が頼みの綱なので、警察官か食品Gメンになることを勧めます。

輸入食品の危険からみんなを守りたい!

レイシストなあなたは輸入食品の違反率が低くてがっかりすることを覚悟して下さい。

余ったサンプル食べられるんでしょ?

無理。
どうしても気になったら業者さんの名前と商品名でググって買ってください。

MOTTAINAI!賞味期限切れ食品の廃棄とか許せない!(追記)

検査はサンプリング検査のため、母集団が大きいに越したことはないので、検査機関には毎日大量のサンプルが運び込まれ、大量に廃棄されています。
検査業界に来るとショックを受けてしまうのでお勧めしません。
メーカーかNPOみたいなところをお勧めします。

財団法人とか安泰なんでしょ?(追記)

この業界も過当競争ぎみになってきたので、安泰なところもないと思います。
そろそろ(潰れるまでいかなくても)撤退するところも出てくるんじゃないかと個人的には思っています。

研究が好き!

実は研究職(分析方法の開発とかする人)は想像されてるほどは居ません。既知の方法に沿って仕事をする技術職になることを覚悟しておいて下さい。
ただし、医薬品や化工品の品管とは違って相手が文字通りナマモノなので、見方によっては毎日が未知との遭遇でもあります。
異物の同定なんかは、最新機器を使ってもわからないけど実は小中学校くらいの理科の実験でやったことを応用すればわかるものがあったりするので、個人的には楽しかった。

どんな勉強したらいい?

先述の資格要件を踏まえて、食品衛生学とか公衆衛生学は必修。後は実技が得意であれば。でも食品製造学とか加工学みたいなのを知ってる方が仕事が面白いと思う。
あと、大学とかであまり勉強しないことで必須なのが「数値の丸め方」と「不確かさの推定」。


直接の業務で参考になるサイトは下記。
厚生労働省:輸入食品の安全を守るために
輸入食品の検査についての説明から、過去の違反事例の一覧まで掲載されています。自分が担当したものが違反品一覧に初めて出たときは身が引き締まる思いでした。


財団法人 日本食品化学研究振興財団
食品の規格について網羅されているサイト。ころころ変わる規格基準を網羅しているので非常に重宝。


関西空港検疫所
検査命令などは厚生労働省より通知という形で出されるのですが、本省はなぜかいつまでたっても更新してくれない中、関空の検疫所だけこまめに公開してくれます。


以上、勘違いしている点もありそうですが、ご参考になれば幸いです。

余談。

津村さんのところで技術系サラリーマンの交差点: 分析の仕事は4Kというエントリがありますのでそちらもどうぞ。
個人的には、

キツイ

確かに水商売なのでシーズン変動とかはかなりある。でも管理者や職場に負うところが多いんじゃないかなあ。

汚い

ホモジナイズ(ミキサーなどで混和して均質化すること)したおでん、見た目が吐瀉物そっくりなんだよな…
クレーム品検査は虫も腐敗物もくるし。

危険

確かに。最近はMS分析が主流だけど、かつて保存料のソルビン酸の確認試験は、ジアゾメタンという薬品を使ったメチル化という誘導体化作業が必要でした。
塩より安全といわれるソルビン酸の分析のために、発がん性で爆発性で急性毒性も強いジアゾメタンを使う罠。
それは極端な例ですが、分析作業は食品中に入っている目的成分の量を、純粋な目的成分(標準品)と機器を使って比較するという作業になるので、アフラトキシンなんかはどうしても危険になってしまいます。


と思います。
他に

くさい

もあるかな。
有機溶媒はもちろん、腐敗臭もあるし。でも侮れないのがサンプルそのものの匂い。ハーブとかスパイスとか魚醤油とか佃煮とかうなぎ蒲焼とか健康食品の何かわからないものを濃縮したやつとかがkg単位であるので…
そんなところに完全に「まわった」油がやってきたりするんだこれが。


でも津村さんの言われてる「怖い」を含んで、一番大事なのは

覚悟

なんじゃないかなあと思うのです。バンド1本、ピーク1個、コロニー1個の重さを受け止める覚悟。

*1:ガスクロマトグラフ:揮発性の成分(特に農薬など)を分離定量する装置

*2:高速液体クロマトグラフ:揮発しにくい成分(抗菌剤とか添加物とか)を分離t(ry

壁と卵

村上春樹のスピーチは素敵だと思うけどちょっと別の小話。


http://anond.hatelabo.jp/20090218005155

ええ、どんなに壁が正しくてどんなに卵がまちがっていても、私は卵の側に立ちます。何が正しく、何がまちがっているのかを決める必要がある人もいるのでしょうが、決めるのは時間か歴史ではないでしょうか。いかなる理由にせよ、壁の側に立って作品を書く小説家がいたとしたら、そんな仕事に何の価値があるのでしょう?

http://anond.hatelabo.jp/20090218005155

私が小説を書く理由はひとつだけです。個人的存在の尊厳をおもてに引き上げ、光をあてる事です。物語の目的とは、私たちの存在がシステムの網に絡みとられ貶められるのを防ぐために、警報を鳴らしながらシステムに向けられた光を保ち続ける事です。


このあたりの話って、半ば字義通り取るとまんま「安全工学」だよなあ、と今日出勤してるときに思ったらわくわくした。


「どんなに壁(=システム)が正しくて、どんなに卵(=ユーザ)がfoolで間違っていても、私は卵の側に立ちます」
「クレーンとロボットと高エネルギー装置は高い壁です。卵とは、押しつぶされ焼かれ撃たれる非防護の労働者です」
「いかなる理由にせよ、壁の側に立って設計をするエンジニアがいたとしたら、そんな仕事に何の価値があるのでしょう?」


今日みなさんにお知らせしたかった事はただひとつだけです。私たちは誰もが人間であり、国籍・人種・宗教を超えた個人です。私たちはシステムと呼ばれる堅固な壁の前にいる壊れやすい卵です。どうみても勝算はなさそうです。壁は高く、強く、あまりにも冷たい。もし勝ち目があるのなら、自分自身と他者の生が唯一無二であり、かけがえのないものであることを信じ、存在をつなぎ合わせる事によって得られた暖かみによってもたらされなければなりません。
ちょっと考えてみて下さい。私たちはそれぞれ、実体ある生きる存在です。システムにはそんなものはありません。システムが私たちを食い物にするのを許してはいけません。システムがひとり歩きするのを許してはいけません。システムが私たちを作ったのではないです。私たちがシステムを作ったのです。


皆様どうぞご安全に。


(訳者の元増田と、先日安全工学を教えてくれたお茶大社会人向け講座&産業医大の皆様に感謝)

色々放置したままですが中国産あんこについて一言言っておくか

たまには時事ネタにとびついてみる。

先月名古屋市中川区のスーパーで袋詰めのつぶあんを買って食べた男性がめまいを起こし、気分が悪くなったという件について。
毎日新聞の識者インタビューですが

吉田武美昭和大教授(毒物学)の話 トルエンも酢酸エチルも検出された量では、口から入った場合には普通は健康に影響はない。大量に摂取すれば頭がふらふらする症状が出ることはある。両方とも水に溶けにくいものを溶かすために使う薬剤で、農薬や工業用に使われることが多く、食品に含まれていることはない。

http://mainichi.jp/select/today/news/20081007k0000e040069000c.html


酢酸エチルについては<指定添加物リスト-財団法人 日本食品化学研究振興財団>にある通り、香料として食品への使用が許可されています。


今回検出された量は「トルエン0.008〜0.010ppm、酢酸エチル0.11ppm〜0.28ppm」ということで。

管理基準とかのデータを見ると、酢酸エチルについては不慣者の場合200ppmで不快臭を判別できるそうですが*1、今回のようなサブppmレベル(トルエンに至ってはppbオーダー)の濃度って実際のところ健康被害を出すとは考えにくいですね。


ちなみに今巷で大人気のバナナ、もし同様の検査をしたら酢酸エチルはもっと多量が検出されると思います(当然天然由来で)
メロンなんかでは、熟しすぎた場合に異臭クレームになるほど酢酸エチルが産生されますし。*2



中国を疑うなら、他の物質を疑うべきでは。

*1:石油化学工業会のMSDS:http://www.jpca.or.jp/61msds/j7cb26.htm

*2:追記:福岡市保健環境研究所の調査では、微生物由来で惣菜類から460〜980ppmの酢酸エチル(今回のあんこの実に1640倍以上の濃度)を検出したことがあるようです。微生物つええ!⇒http://www.fch.chuo.fukuoka.jp/dna/message/04t.html

いつのまにか

異動で現場を離れました。サラリーマン分析屋がただのリーマンに(笑)


業界は
中国餃子事件

中国食品不信

中国からの輸入見合わせ

第三国から食品輸入

聞いたこともないローカル農薬がちまちま検出

検出したやつはポジティブリストの基準にひっかかって廃棄 ←今このへん


遠回りしてコストかかっとるなあというかなんというか。


「安心」はpricelessですね、わかります。

ちょっと落ち着き。


先週は農薬担当者がパニックになっている別の分析所に出稼ぎに行ったり(といっても餃子というよりあらゆる加工食品が来てるそうですが)、自分にも異動内示が下ったりで慌しかったのですが、業界的には落ち着きつつあるというか、対応ができつつあるようです。
公益法人はあんまりできませんが、農薬分析してる営利の検査機関も色々売り込みに余念がないようですし。


あと、「http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080217-00000058-san-soci」ということで、同業者の汚染の疑いもないということになったようで、ちょっと安堵。
というか試薬使えるような人間が意図的に混入するとしたら詳細分析で不純物分析されることくらい折り込みそうな気するけど 出た不純物ってどんなのかなあと興味があったり。



厚生労働省からも高濃度汚染用の分析メソッドが発表されたりしまして、まあ検出限界が上がっているので通常の残留農薬の確認には使えないのですが、「お上の指示に従って分析しました」といえるのでとりあえず今後混入事例が出ても分析屋がとばっちり食らう可能性は減ってきたんじゃないでしょうか。
ほんと貧乏くじですからね…家庭の雨漏りを降水確率で出せって言われてるようなもので。


食品行政の方も色々動きがあったようです。
賞味期限・消費期限を消費期限に一本化するとか、原産地表示を徹底するとか、輸入加工食品の農薬検査をしていくとか。
もうぐだぐだだなぁ、というのが個人的感想。
全体的に交通事故を防ぐために人間ドック受けましょうみたいな事態になっている気がするんだけど…
狼少年になったもん勝ちみたいな「村人みんな狼少年」社会を目指してるんでしょうか。


さて前のエントリ週が明けて/分析屋のセカイ - *graphid:CrowClaw氏より頂いたブクマコメで

「安心を買いたい」欲望は分るが、「不安を買いたい」欲望はよくわからない。

という一言がありましたけれど、全く持ってそうなんですよね。一応食品安全の前線で働いている自分でも不安なものをわざわざ買わない。いわゆる健康食品とかね。
当然不安なものを手にしたくないというのは誰しも持っているけれど、しかし今の状況は安心/不安がとーーーっても消費者サイドの"空気"によって決められているという現実があるのです。本来問題とされるべき安全か危険かを無視してね。「わからないことはとりあえず怖い、理解できたような気がするものはとりあえず安心、知り合いが薦めるものは安心」という認知バイアスって頑なだなあと他人事のように思っていたりもします。*1


もちろん、衛生状態に問題があって改善しないような企業は淘汰された方が良いんですが、その淘汰とかの感度設定を適切にして「ある程度のリスクを見込む」ことをしないと、いずれはコストに跳ね返ってくるし、喫食者の歯の詰め物がとれただけの異物クレーム*2で会社が潰れたりしかねないんじゃないかと危惧。


それにそんな世の中だと食品テロの費用対効果が良すぎるんじゃないかと…。

*1:安全か危険かだけで判断されるようなら真っ先に市場からタバコと酒が無くなっちゃいますが(笑) 

*2:実際結構あるみたいです

今度は

ジクロルボス来たー…orz
http://www3.nhk.or.jp/news/2008/02/05/d20080205000167.html
ジクロルボスは揮発性が高いから、ちゃんと調理した餃子なら実際問題としてそこまで健康被害出ないかもしれないのですけど…


しかしもう無理っす。何このデスマのヨカン。


てかまだ他のも入ってんじゃないのか…個別試験法のものとかだったらカバーしきれない。

週が明けて/分析屋のセカイ


出勤いたしましたら職場は思った以上にフィーバーしておりました…
通常我々現場の分析技術屋は直接問い合わせに出ることはあまりないので、「まー問い合わせは当然結構きてるだろうな」程度の感覚だったのですが、目の前にモノが押し寄せてくるとやっぱり実感として違うものが。


上の方からも「サンプルの容器包装に破損はないか、異臭はしないか、付着物はないか確認すること」とか通達がきたりする割に、通達のどこにも「皆さんも十分気をつけて下さい」の一言もないところに、やっぱわしら鉄砲玉じゃけんの、とやさぐれてみたりする朝。
でまあ、とりあえずホンモノはこんな匂い、ということで何人か集まってメタミドホスの標準品を回し嗅ぎ。
(専門家の指導のもとで行っていますので、良い子も悪い子も普通の子も絶対に真似しないでね)
テレビではニラの腐ったような匂いと表現していましたが、個人的にはおばあちゃんちみたいな匂いでした<わからへん
まあそこからは粛々とお仕事。といっても担当は農薬じゃなくて抗菌剤分析だけど。


そうそう、お昼ごはんを買いに作業着のままコンビニに行った帰り*1、近所の会社のおっちゃん(初対面)に「おっ、分析やってる人?今大騒ぎだねー。ま頑張ってね!」って言われました(´ω`) うん、死なない程度に頑張るよ。ありがと。



で、疲れて帰ってきたら報道ステーションで0.04ppmだか検出したバッチを食べた妊婦さんを紹介してて、頭抱えてしばらく唸ってた訳なんですが。メタミドホス直接匂うよりよっぽど頭いたくなったのですが頑張って解説を試みてみる。

"検出"とは何か

メタミドホスに関しては農畜産物に残留基準が作物ごとに設定されていて、例えばセロリや茶で5ppmまで残留が認められています。*2
ざっと100倍。餃子の100倍のメタミドホスが残留していても誰も気持ち悪いとは言わない。お茶を飲んで「苦くて吐き出した」というニュースもないのに、餃子だけ0.01ppm切っていてもピークさえあれば叩かれている*3事態、正直もう異常ですよ。


分析屋の常識で世間の非常識かもしれませんが、通常の成分分析というのは必ず「検出限界」が存在します。こちらの証明書写しにも記載してあります。↓
http://www.jiji.com/jc/p_archives?id=20080201224042-5899811&g=pho

この証明書ですと0.05ppmと書いてあるトコロ。つまり、0.05ppmに満たないピークが見つかってもそれは無視します、ということです。原理的には(つまり、純水にメタミドホスのみを溶かしただけとか)もっと低い濃度でも「検知」はできるのですが*4、機械の通常運転時の性能であるとか、試薬の純度であるとか、試料由来の成分の種類と量なんかの様々な条件で「ここからは検出として数値とする」一線が決められています。通常の残留農薬試験において、農作物であれば0.01ppmとかだったりしますが、餃子で0.05ppmなのは試料が複雑で検証(バリデーション)も限定的にしかできてないからだと思います。



で、130ppmの餃子で言うと、130ppm/0.05ppm=2600なので、130*20ピクセルの画像を想像してもらうとわかりやすいと思うんですが
(2600px)
これが130ppmとすると


ニラの基準(0.3ppm)は(6px)、同様にキャベツの基準(1.0ppm)は(20px)、


検出限界の0.05ppmというのは当然(1px)になります。


検出限界に満たない場合というのは、例えば1pxの色の濃度を半分くらいにした

といった状態でわかっていただけるかなあ。
うちのモニタは古いし埃がついているので正直よく見えないんですが、俺っちのNANAOならビンビンに見えるぜ!っていう人もいるでしょう、というのが検出限界以下の争いということであるかと思います。


あ、そうそう、微量成分の話ばっかりで母集団の話がないですね。
今回の場合は餃子そのものが100%、つまり1,000,000ppmなので、ざっとこの写真*5のブラウザ縮小を外した生データの状態ですね。こっちは餃子じゃなくてチンジャオロースーですけどw


濃度の話ばかりですので、NOAELとかADIとかについて。上の例でいうと「体重○kgの人はこの色のものを一日□ピクセルまで見ても平気」ということになりましょうか。
もっとわかりやすい例えができればいいんですけどね。



で、今各メディアで「他の製品からも検出!」って騒いでいるのは、この写真で1ピクセルがあるかないかの話な訳であります。そのちっこい世界こそが私ら分析屋をはじめとするレギュラトリーサイエンティスト(笑)のフィールドです。
その微妙なラインを守ることが基準の意味ですし、もちろん薬物の種類によっては2000万分の1程度の濃度でも有害なものもあるでしょう。しかし、メタミドホス検出!と見出しに書く前に、せめて今実際に施行されている規制を参照してはくれんやろかと。
今回検出限界ギリギリとも言える数値を持って、あえて検出と会見したJTフーズを僕は断固評価したいと思います。発表しても(隠してもだけど)盛大に叩かれると判っている中で、あくまで正しい方の判断をして、そして予想通りの不理解と誤解をもって盛大に叩かれたことを。
今検出と騒いでいる皆さんは、その吹いている笛の音が誰の心にも温かみも安らぎも残さず、ただいらいらや憎しみやらを増幅するだけのものだということにそろそろ気付いて下さいよと。



もちろん心配で心配で生協に健康影響はないか問い合わせた妊婦さんや、その他にもまだまだおられるであろう健康不安を持った人たちが不安なのはすごくわかるし、たぶん吐いた/下痢したというのも事実でそれは辛いことなんだけど、見る限りその不安そのものの方がよっぽどカラダに悪いのが見てて切ない。そして、目の前の食べ物が旨いと思えないんだろうな、と想像すると悲しすぎるのです。


ああいう人たちには何つったらいいのかな。これだけ不安にさせる報道が連日されてるし、事実今回の中毒事例に関しては何を持ってしても防ぎようがない、検査というシステムではとてもカバーできないものでした。ただそれでもリスク論として言うなら、今日本で普通に手に入る食品は人類が過去に一度も為し得なかった水準の安全な食べ物たちです。*6生産・製造ではないけど一応食べ物関係を生業にしている人間として、今とても言いにくいから声を小にして言いたいのです。せめておいしく頂いてあげて欲しいなーって。


でも異味・異臭がするようなものは食べないで下さい。万一食べてしまった場合、特に体調を崩した場合は残りは食べずに冷凍保管して通報してください。
昔読んだ話で、毒蛇に咬まれた人が咬んだ蛇の頭を切って遠くに投げ捨てたために、お医者さんで抗血清の種類が判断できなくなって死亡したとかそういうのがありましたが。



さて、TB頂いていたTsumuRiさんのSpherical-moss.net - 餃子事件雑感でバリデーションについて説明されていますので、興味ある方はご一緒にどうぞ。

バリデーションだけでも、1日や2日で終わるようなものではないし、分析条件の検討からになると、終わりの見えない作業になりますねー…(’A`)

これが食品を始め、生体試料の分析になると、夾雑物が多いので、検討はより困難を極めるかと思います。ちらっと本を見たことがあるんだけど、「前処理だけでどれだけあるんや……と軽く憂鬱になれました。化成品と違って、生体試料だと前処理の検討も入ってくるだろうし、すごく大変だと思います。


分析というのは、空港のX線検査機みたいなのに餃子をツィーって通してピンポーンって数字が出るようなもんじゃないのですのよね。残念ながら。
おかげさまで今は前処理カートリッジとかいいのが出てきてますからまだ楽な方なんですが…


個人的には

製造物に関する不祥事が連続している最近の状況を鑑みるに、一歩間違えば、製造業界においても、医療業界における「お医者さまは神様」「神様にあらずんば悪魔」という両極端的な認識が広がり、そのうち「絶対に安全な製品しか出荷を認めません!」という無理難題を要請する空気が発生しそうで、非常に怖かったりもしています。


に激しく同意する次第。最悪なのが、今メタミドを分析して検出しなかった検体が他の原因(同製品別パックのメタミド汚染でもヒスタミンでも病原性大腸菌でもノロでも賞味期限切れでも)で食中毒を起こしたとき。「安全と安心」とか腑抜けたジャーゴンに振り回されて表に出てきた分析機関が真正面からとばっちりを食うだろうことが容易に予想できてかなり鬱。


川端裕人の「エピデミック」で作中人物のフィールド疫学者が言う台詞で「評価されないのは我らの誇り」というのがあってすごく心に響いたのですが、あまり今のように分析で評価されるようになってくるといつか「神様にあらずんば悪魔」になるんじゃないでしょうか。
一介の技術屋にはどうしようもないんですけどね。しょんぼり。


さ、寝よ。

*1:実験は白衣で行ってますので作業着で外部汚染はしません

*2:財団法人 日本食品化学研究振興財団の残留基準データベースのメタミドホスの項参照 http://m5.ws001.squarestart.ne.jp/zaidan/agrdtl.php?a_inq=74900

*3:どっかの記事で0.01ppm以下を検出みたいな書き方をしていたんだけど、今見つけきらんかった

*4:学会発表や論文などでは必要に応じてtr(trace=痕跡)と表現されます

*5:welcome wedding All rights reserved → http://www.flickr.com/photos/welcomewedding/1411307913/

*6:心配して電話してきたおかんにそう言ったら「危ないものは危ないのよ!何でわからないの!」って怒られて喧嘩になったけどな…orz