黒木あるじ 春のたましい 神祓いの記

日本全国で進む地方の過疎化に重ね、感染症が大流行し「祭り」が滞ってきた。これまで鎮められてきた神々が怒り、暴れだす。対応するのは「祭祀保安協会」の九重十一とアシスタントの八多岬。

怪談作家である著者による、東北を舞台にした怪異連作ミステリー。私も同じく80、90年台に伝奇マンガを好きだった人は読んでほしい。なぜ暴れだしたのか。どうして人を惑わすのか。民族的な怪異と個性的なキャラクターで、新鮮な面白さに昇華している。瞬殺怪談で出会い、好きになった作家の活躍は嬉しい。続きが出るほど傑作が生まれそうなので期待している。

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國友公司 ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活

筑波大学を卒業後、就職もままならなかった著者は、大阪西成区・あいりん地区で生活しようと決めた。手配師から解体仕事を紹介され怒鳴られる。宿には生活保護者が長期滞在し、掃除をすれば注射器が転がり出てくる。

マンガ化された原作と知り読んでみた。2018年4月1日からの78日間のルポタージュ。 5年以上前の記録といえど、今とて変わっているわけではないだろう。話しに聞きながら知り得なかった世界はとても小さい。しっかり生きたいのであれば、清潔で落ち着いて寝るためのプライベート空間がある・歯が残っている・違法(とくに薬)をしない、と逆説的に教えてくれる。

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川上浩司 不便益のススメ 新しいデザインを求めて

メモリが素数しかない定規、足を使う車椅子、通った道が消えていくナビ。不便だけど、そこに利益が生まれる「不便益」。便利が求められる中、どうして「不便益」は生まれたのかをデザイン工学の観点から紹介する。

著者の連載が面白かったので、岩波ジュニア新書で読んでみた。便利にできるけど、不便だからこそいい要素が生まれる「不便益」。その軸は関係性と多様性を復活させることだと読み取れる。人間中心設計であるエモーショナルデザインの項目で「パーソナライズ」という観点にハッとさせられた。使い込むことで「私だけのもの」という価値観を生む。だから僕は、ブックカバーを愛用し、ボールペンを手に馴染むほど使うのかと気づいた。

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