"Batman"(1989) / Prince

Amazon.co.jp: Batman: Danny Elfman: 音楽

今となっては、音源だけでは読み取れないコンテキスト、と言うか、この時代('87〜'89)の背景を書いておくと、こんな感じです。

  • "Sign 'O' the Times"*1が商業的にも大ヒット、クオリティ的にも大絶賛('87年)
  • その勢いで、"The Black Album"*2を作るが、ボツに('87年)
  • 急遽"LOVESEXY"*3を製作、しかしヒットに結びつかず('88年)
  • ツアーやレーベル経営は火の車、破産説まで流れる始末。

そんな時に、殿下にかねてからシンパシーを持っていた、Tim Burtonが、映画のサントラを依頼してきた、しかも主人公は、有名なダークヒーロー"Batman"ですから、さぞかし力が入ったことでしょう。 殿下ならではの、「明快でパワフルなロック」と「底意地の悪いひねくれぶり」が、絶妙のバランスで混ざり、最高のクオリティを持った一枚が誕生したのです。 実際、このアルバムの大ヒットで、財政的にも持ち直しましたしね…。

手癖とも言うべき、「四つ打ちダンスナンバー」である#1.'The Future'や#4.'Partyman'、#6.'Trust'は、当時の流行だったエレクトロ/初期ハウスの手法を取り入れ、(それなりに)アップデートされ、ファンキーさもアップしていますし、メガミックス/ブレイクビーツの手法と、JB流儀のファンクを、(殿下なりに)融合した#9."Batdance"は、このアルバムのハイライトでしょうね。
勿論、それ以外にも、ばりばり弾きまくるギターと、ねちっこいファンクを融合させた、#2.'Electric Chair'や、静寂な美しいバラード、#3.'The Arms Of Orion' / #8.'Scandalous'などは聴き逃し厳禁ですよ。

…と言うか、まぁ、全曲、捨て曲無しの極上アルバムなのです。 「考え過ぎずに、単なるポップを作った」それ以上でも以下でもない、アルバムなのですが、どうしようもなく殿下のマジックが降りかかっている一枚。 これ以降の彼の考える「ポップ」の水準は、まずこれを聴いてから、と言うべきでしょうか。

"The Black Album"(1994) / Prince

Amazon.co.jp: The Black Album: Prince: 音楽

これが出た'94年当時は、Prince名義としては最後と銘打った"Come"*1、3枚組のベスト盤"The Hits & The B-Sides"*2、インディからのシングル'The Most Beautiful Girl in The World’を出したりした*3時で、「とにかくWarner Bros.と契約切りたくて仕方ないんだろうなぁ」と言う焦りっぷりがモロに伝わってくる頃で。 真相としては、一旦ボツにした作品を、契約枚数消化のために嫌々ながらマスター提出したんだろうな、と言うところなんでしょうが、やっぱり絶頂期の殿下の作品なので、聴き所満載なのです。

このアルバムが制作された'87年前後、既に殿下の作り出す“リズムマシンシンセサイザーを中心にしたファンクをベースに、ロックのイデオムを取り込んだ”スタイルは、時代と合わなくなりつつあった、と言うのは殿下自身よく分かっていたと思うのです。前年の'86年、“ロックとラップの融合”である"Raising Hell" / Run-DMCや、"Licensed to Ill" / Beastie Boysが大ヒットし、殿下がThe TimeをクビにしたJam&Lewisは、Janet Jacksonの"Control"をプロデュースし、ポップフィールドに食い込みつつあった、と言う事実を目の当たりにして、世間で思われる「黒くてファンキーな音」「ポップでキャッチーな音」の境界線が変わりつつあった、と言うことを認識した殿下は、「俺がファンキーでハードエッジでカッコ良いと思う音を世に問うてやる!」と意気込んで作ったと思うのです。 後、当時の前作であった"Sign 'O' The Times"*4が、愛を内省的に歌ったアルバムだったので、その反動で“怒りと攻撃”モードだったのかもしれません。

殿下は、インタビュー等を滅多にしない人なので、以上は全くの推測なのですが、出てくる音が全てを物語る、と言うか。普通だったらリハーサルやレコーディングの最中に気付くだろう!と言うようなバランスの偏りも、含めて“らしさ”かなと思うのです。特に、ラップでラップ批判を展開する#3.'Dead on It'とか、 "motherf*cker" や "b*tch" を連発しながら、女性を監禁して殺すサイコキラーを演じる#5.'Bob George'は、それ以前にもそれ以降にも聴けない壊れた曲だし、音数を絞ってタイトさ&鋭さを増したファンクジャム#1.'Le Grind' / #2.'Cindy C.'も、テンション高い演奏なのに、妙に空しさが漂うのです。切々と歌われるバラード#4.'When 2 R in Love'、メロウな#8.'Rockhard in a Funky Place'などは、普遍的な黒人音楽のスタイルを踏襲しているせいか、今聴いても納得できるのですが、面白さと言う点では最初に述べた曲の方かな、と(勝手に)思うのです。

このアルバムをボツにした後、殿下の思う音と世間の流行はどんどん乖離して行くことを考えると、これが最後の“らしい”アルバムなのかなー、などと(勝手に)思ったりするのです。その後もレーベルとゴタゴタもめ続けている間にも、D'AngeloやMaxwellのように“殿下の音楽と精神を(勝手に)引き継ぐ”面々が現れたり、“タメの効いたビートが作れないことを逆手に取って独自に作り出したビート感”を(勝手に)引き継ぐNeptunes のような面々が現われたりするのですが、もう、こんな“ミュージシャンがネガな感情も押さえることなく、激情のおもむくままに作った”アルバムなんて、もう商業化が行き着く所まで行ってしまったR&B / Hip-Hopでは絶対、世に出すことは不可能だろうな、と考えるにつけ、「やはりワン・アンド・オンリーの存在なのかなー」とか思ったりするのです。とりあえず、これより先に聴いて欲しいアルバムは"Purple Rain"*5とか、"Parade"*6とか色々あるんですが、個人的に一番好きなアルバムはやっぱりこれでしょうね。*7

"Sign 'O' the Times"(1987) / Prince

Amazon.co.jp: Sign 'O' the Times: Prince: 音楽

世間で言われる「殿下の最高傑作」「80年代ロックの金字塔」な2枚組み'87年作。 映画も併せて、凝りに凝った構成の前作*1が、セールス的にイマイチぱっとせず、映画も大コケ、ツアーも赤字だった、と言う傷心の殿下は、バックバンドThe Revolutionを解散させ、一人多重録音+少々のサポートで、この2枚組みの大作を作り上げるのです。
思うがままにつくったため、殿下の持っていたロックンロール、ファンク、ブルース、フォークな資質が整然と発揮され、どの曲もシンプルで判り易く、キャッチー。 …とは言え、全体的にカラっと明るい曲調が多いのですが、殿下の別人格'Camille'の、ダークな曲調を担わせた(結局はボツになってしまった)アルバムからの流用曲'Strange Relationship'や'If I Was Your Girlfriend'が間に挟まることによって、このアルバムが陰影に富んだ特別な存在になりえたと思うのです。
個人的には、そんなに好きなアルバムじゃないのですが、大盛り上がりのダンスジャムな'It's Gonna Be a Beautiful Night'、しみじみしたフォーキー曲'Starfish and Coffee'や'Forever in My Life'、'Slow Love'や'Adore'のような甘茶大全開の楽曲には、抗えない魅力もあるのも事実で。 天才肌のミュージシャンがとりとめも無く作り、とりあえず詰め込んだ楽曲集、と言う意味では、Stevie Wonderの"Songs in the Key of Life"*2と同じ空気が感じられる、と言えますね。

"Parade"(1986) / Prince & the Revolution

Amazon.co.jp: Prince And The Revolution/Parade: Music From The Motion Picture Under The Cherry Moon: Prince & the Revolution: 音楽
多分、殿下の最高傑作。 「多分」と書いたのは、これに比肩するアルバムは何枚かあるし、いまだに1〜2年に1枚の間隔で、これに近い水準のアルバムを出し続けている殿下だから、いつか越えてしまうアルバムを出してしまうんじゃないか、と言う気もしてるので。 でも、とりあえず1枚最高傑作を、と言う条件なら、自分はこれを選ぶでしょうね…。

前作"Around the World in a Day"*1で大全開になった、「各楽器パートが有機的に結びつかない密室的な音作り」「短い間隔でめまぐるしくコラージュ的に変わる楽曲構成」「刹那的/享楽的な楽曲の裏に潜む切実なメッセージ」は、ここで究極的に研ぎ澄まされるのです。

#1.'Christopher Tracy's Parade'で快活なマーチに乗せて始まったかと思うと、不安感を残したようなエンディングから、#2.'New Position'のおもちゃのドラムに始まり、スチールパンの音色が軽快なリズムで盛り上がったかと思うと、けだるいファンク#3.'I Wonder U'に、その後、妖しさ溢れるバラード#4.'Under the Cherry Moon'へ、と、切れ目無く曲をつないで、いきなりガッチリ聞き手を取り込んでしまい、それ以降もアップダウンの激しい楽曲構成で、全く聞き手を飽きさせないのです。 妖しい極彩色のパレードを、(ジャケのイメージである)モノクロでみているような、この「全く終わらない楽しい悪夢」な感覚こそ、'80sの殿下のアルバムの醍醐味でしょうね。 今となっては、ミュージシャンの一挙一動、音楽のワンフレーズ、歌詞の裏側にあるメッセージに、聴衆が幻想を抱いていた、そんな時代の幸せなスナップを眺める、と言った風情ではありますが…。

#5.'Girls & Boys' / #6.'Life Can Be So Nice' / #8.'Mountains' / #10.'Kiss' / #11.'Anotherloverholenyohead' にJB流儀のリズム/ホーン・アレンジが多用されているので、ロック色強かった"Purple Rain"*2や"Around ..."の反動と見られていた(らしい)1枚なのですが、今となっては、ファンクなアレンジをやったところで、殿下の音楽でしかない、を確認すると同時に、後々の楽曲からも明らかなように、殿下のファンクは、ここで展開されていたようなアレンジから大きく逸脱できないのです。 まぁ、そういう複雑な感情も含めて、私は大好きなのですけれど。

*1:id:halflite:20080502:prince

*2:id:halflite:20080425:prince

"Around the World in a Day"(1985) / Prince & The Revolution

アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ: プリンス&ザ・レヴォリューション: Amazon.co.jp: 音楽

前作*1で大スターの地位を手にした殿下が、その独自のクリエイティヴティと、底意地の悪さを大全開にした、'85年作。
今聴くと、これ以降「プリンスっぽい」と形容される、音作りやメロディは、ここで完成されたような気がします。 バンドが最もまとまっていた時期なのに、ミュージシャン同士の呼吸によるアンサンブル/グルーヴが希薄で、全部殿下の一人多重録音に聴こえてしまう、と言う。 隙間の多い打ち込みの揺らがないドラムのレベルが大きく、ベースが薄く、さらに各楽器の分離が不自然で、有機的に絡まない。 故に、ギターのワンストローク、ピアノの一音、ドラムのバックビート一発、全て「殿下の音」なのです。
「世界一周を一日で」と言うタイトル通り、フォーク/ファンク/ゴスペル/ブルースその他諸々が一枚のアルバムに収まり、殆どが3分半の曲で構成されているせいか(長いのは朗々と歌い上げるバラード#3.'Condition Of The Heart'、クワイアを従えたゴスペル#8.'The Ladder'位)、めまぐるしく展開し、ジャケのように、「美しいような、歪んだような、原色の世界を猛スピードで飛行、天国のようでもあり、しかも終わりが見えない、醒めない悪夢ようでもある」と言う、病み付きになる聴後感を残します。 それは、それまでの殿下のどのアルバムにも無かった感じ、と言えるでしょう。 これがポップのど真ん中だったのですから、80年代の殿下が発する引力とはハンパじゃ無かった訳です。

*1:"Purple Rain"(1984) / Prince & The Revolution id:halflite:20080425:prince

"Purple Rain"(1984) / Prince & The Revolution

Amazon.co.jp: パープル・レイン: プリンス&ザ・レヴォリューション: 音楽
前作*1で、ファンク/ディスコの先鋭として、ポップチャートを制覇したPrince(殿下)が、ブラックとロックの聴衆が分かれてしまった'80sの音楽事情を逆手に取り、「スタジアム・ロック」時代の到来を迎えた年(前年Bruce Springsteen*2とJourney*3が大ヒットし、この年Bon Jovi*4がデビューする)に、ロック的意匠で武装し、「先鋭的なロックシンガー」としてポップチャートを再び制覇した盤、と言えるでしょう。
とは言え、ギターを掻き鳴らしながらも、随所にキャッチーなフックがあり、そして8ビート主体ながらも、やはり「ファンキー」なタメを忘れない、だからこそ以前からのファンを逃さず、新しい層も取り込めたのでしょうね。 特にクールなリズムに、激しくギターを弾き倒す#4.'Computer Blue'、#6.'When Doves Cry'は、このアルバムのハイライトだと思うし、ディスコ調のビートを上手くロックの中に溶け込ませた#7.'I Would Die 4 U' / #8.'Baby I'm a Star'を経て、大団円を迎える#9.'Purple Rain'*5、流石の構成です。
一応、殿下主演の映画のサントラなのですが、映画を観ていなくても、「'80s初期のロック」のサントラとして聴くことも可能なこの盤、やはり必聴でしょうね。

*1:"1999"(1982) / Prince - bitter*smooth @ hatena

*2:Born In The U.S.A. - Bruce Springsteen '83年

*3:Separate Ways (Worlds Apart) - Journey '83年

*4:YouTube - Bon Jovi - Runaway '84年

*5:この1曲の中に、殿下が影響を受けたDavid Bowie、さらに遡ってBob Dylan、Elvis Presly、そしてJimi Hendrix、Santanaというギター・ヒーローの要素までも無理なく溶け込ませ、「殿下の音楽」としか言えない音楽にしてしまう、しかもチャートを独占、と言う唯一無二の芸当、今から思うと脅威です。