「水」


教会で。60億人に。

神の言葉
「あきらめなさい。」












2書斎で。一人で。



ワレオモウユエニワレアリと言う言葉を僕が最初に目にしたのはそれを最初に言った人のいた国からはとても遠い場所であって、そして時間的にも離れていたわけで、だからこの言葉が生死をかけた滑稽な真剣勝負のボーリング場でやる伝言ゲームのように、まるで出鱈目な意味になって伝わってきた可能性は否定できそうもない。未だに僕はその原文を理解しないので、僕が最初にこの言葉を目にしたときと同じように、おおなにか意味ありげだ、というだけでその言葉を雰囲気だけでとらえていた。こうしてみせられてみるといかにもそれは語呂がよく聞こえて、気取っているふうにみえて僕はこの言葉のたたずまいはそ好きだ。ただそれは雰囲気の問題で、そうすると意味にはあまり意味はない。



デカルトはこれをみてなにか文句を言いたがるだろうか?それとも案外それを肯定したりするのだろうか。予想もつかないがしかし彼がなにかを僕にいったとしてもこちらにはこうとしか聞こえない。つまりワレオモウユエニワレアリ。としか。僕の鼓膜の網は意味をこしとり、鼓膜のあちら側に残してしまう。先日姉が彼女の勤める卸売りの会社で安く手に入れた「高性能耳かき」は実際とても性能が良くて不思議なくらいゴミが良くとれる。つまり毎日ぼくはそれで耳の中に残った意味を憎憎しげに書き出してティッシュにくるみ捨てる。焼却炉にもっていくと、どうしようもなく強い炎でもってそれは焼かれて煙になる。僕はそれを見送ってから家に帰って冷蔵庫をあけ無意味を取り出してプルを引き、腰に手を当ててのみ、全部忘れる。オゾンホールに穴が開いたらそこから毎晩宇宙の夢をみる人類をどうか賛美してください。呪うとしても。



3玄関先で二人で。


男はテーブルの向こう側ですこしだけ表情をかえた。強い口調で言いすぎたかもしれない。しかしもうこちらも少し腹が立った。不条理だ。論理は一体どこでなにをやってるんだろう?僕はもう大分諦めかけていた。話がわからないほど僕だってバカじゃあない。でも少しこちらが腹をたてた分、多少あちらも腹をたてたってよい。案の定、男はすこしいらだったようで、それは口調で分かった。やや少し丁寧さにかけていたからだ。彼はこういった。
「あなたのいうことはわからなくもないが、しかしこちらにも言い分はあるのは分かっていらっしゃるでしょう。こうは言いたくないが私達は認可をもらっているんだ。」
「でもですね、おかしいと思います。この家はずいぶん昔からうちの持ち物だったし、この家を買い取る、とあなた方はおっしゃるけれどそれはなにかこう提案のようなもので、話をもちかけたということではあっても、我々はそれを売り払うつもりがないといったらそれでおしまいであるはずでしょう?それについてだけは、そうでしょう?」
「それはわかりますが、しかしこれに関しては国の認可を得ているのです。」
「それがよくわからないです。国は土地みたいなものをたとえば国有の土地として保有していて、それは僕らがもっているこの私有の土地と同じで、金額によって取引されて、その所有者の意志でもってのみ左右されるものでしょう?国がどうこうできるものじゃあないはずだ。それに金額の問題だけじゃあありませんようちは御存じかしりませんがまぁ金銭的にそんなにこまってるわけじゃあないし、お金をどんなにつまれてもここから動きたくはないんだ。これは人情の問題です。お分かりになります?」
「そのことについてはよくわかっています。しかしですね、多くの方がこの場所を受け渡してくださることを望んでいます。この場所は非常に有意義に色々な人が使用する歩道部分になる予定ですし、ですから国が認可をおろしているわけです。ですから・・・」
「ああ、ああ、ああ、分かりましたよ。もう、結構です。受け渡しますよ。一体どのくらい多くの人たちがこういう風にして長らく慣れ親しんだ思い出の土地を手放して入ったんでしょうね。ああ、失礼なことだな、本当に。沢山の人が。それはわかりますけれどもね。いや、わかりましたよ。受け渡しましょう。・・・でもね、これだけはあなたがたもしっておいたほうがよいと思う。こういうことを言った人がいます。こういうことがあるときにいつも思い出すんだ。いつだってね。わかりますか、つまり」
間を少しとってから僕はトーンをすこし落ち着けて、そして言う。やや左の肩を引いてから。目線をはずし、それから相手の目線をもう一度捉えてから、
デカルトは言いました。ワレオモウユエニワレアリ。と」





4書斎で。一人で。
みんなが方法論について語り合うのが左耳から聞こえる。右にそのまま抜けていけば良いのだがそれほど器用にはできていないのでそれを聞き取ることになる。僕が思うのは、我々は人前で方法論を語るべきじゃあない。感動はもちろん一つの処理だ。僕はさて感動しようと思ってから、感動錠剤を後ろの棚からだして水で飲む。そして感動する。ああ感動した。そしてそういうのをちょうど数えられるだけ繰り返してから死ぬ。たしかにそれはそうだけれどもそれを言うのはあまりにデリカシーがない。そういうのが耐えられる人は方法論を語ればよい。デリカシーがない人だけがいえば良い。「ああ、あれは断章形式で、文章に殺伐とした雰囲気を与えつつ・・」






5昼も夜も明るさの変わらないようは部屋で一人で。


こういう男がいる彼は常々、ああなにも、なにも考えないでいることができたならば、と思っている。知れば知るほど知ることはつらくなる。自分がなにもしらないことを知る。あの本の山に火をつけてしまいたい。それでそこにある知識がすべて消えてなくなるならば。でもそれはできない。そんなことをしても無駄だというだけでそれができないんじゃあない。自分に正直になれば、それが彼には怖いのだ。知識を失うということも、ものを知るということと同じに怖い。もちろんいつもいつでもそういう風な陰鬱な気持ちでいるわけではくて、知識を素晴らしくおもい、清々した気持ちで難解な文章を読了する日もある。そういう日には彼は、夜電気を消すまでは愉快な気持ちでいる。でも夜電気を消してしばらくすると、始まる。自分の理解と理解しないことの間には一体なにが潜んでいるのだろう。「自分」が、いったりきたりしていて、そうしているうちにそのどちらもが揺らいできてしまう。結局そういった得体の知れないものはいつまでも闇のなか、距離感のつかめない近さに、巨大に存在する。ああミミズのように無知になれたらどんなにいいだろう。彼は考える。それを、考える。そして、考える。ということを考える。だから、存在する。ということを、考える。ということを、考える。ああ体が糸をヒイいてただただのたうちまわっていたならば・・・。


彼はそんなある日に倒錯する。


彼の思考は一層混乱をキタして、ジレンマのなかでどちらに進むこともできないが、意識はその両方を望んでいて、分離がおこる。彼は倒錯する。そして彼は混濁した意識のなかで、ミミズになり醜く糸を引き地面にのたうつ自分を体験する。イヒヒヒヒヒヒ。それは願望を写した夢かもしれないし、むしろ神様の皮肉な冗談なのかもしれない。夢の中ミミズはただ粘りついているだけだ。どこまでいってもミミズだ。ミミズには死のようなものがない。死を知っているのは人間だけで、ミミズがしっているのは死のような形をした、目の前の土だ。たまに異性の生殖器が目に入ると体をそのまま投げつける。土を食らう。さてあとのことは知らない。ただただミミズだ。そしてこの瞬間彼は幸福せだった。 ihihihihihihiiiiiiiiiii
 しかしもう一方の彼はその姿を見て驚く。そのミミズが彼そのものであることをこの「別の彼」は知っているのだ。ミミズが粘りつきながら地面をのたうつのを見、驚愕する。驚愕したのはそれが異形のもので、あまりにも醜かったからだけではない。
種をあかそう。ミミズは、土の上に糸を引きその粘液は痕をつけていた。線を引いていたのだ。彼は絶句する。一瞬おかしさがこみ上げてきて、彼の顔は恐ろしく痛快な笑顔に満たされる。ほんの笑いの発作に教われて、天を仰ぐようにして笑うが、次の瞬間全く冷徹な表情になり、そのあと、激しい怒りの発作に襲われる。いつまでも、自分からは逃れることはできないのだ。この言葉の意味が、やっと、わかったよ。それがこの言葉の意味なのだろうか。種をあかす。カメラは地面のミミズからだんだん引いていく。次第にその全容が見えていく。無意識にのた打つミミズの体液が地面に線となって刻まれている。それはこう読めた。「ワレオモウユエニワレアリ」と。


そうして彼はミミズを踏み潰した。






6あなたの耳元で。
その誰が書いたのかわからない遺書の書き出しにはこうある。
「誰も死については今までにひとりとしてきちんとした説明をすることができてこなかったのだと思ったことがある。自分が死ぬということについて考える瞬間、その苦悩の時間、人間はペンをもつことなどには興味を示したりしないから。君がサルとセックスすることに興味をもたないのと一緒だ。僕らのペンが僕らをその時間から引っ張りだすのではなくて、時間の経過が僕らをその時間から引っ張り出す。なにもしないでいることが僕らにとって一つの苦痛だ。そうじゃなければぼくらは自分たちをリハビリしていくこともできただろうに。僕らにはそれ、つまり死に対処するためになに一つすることはできない。あるものを壊すことはできても、ないものを壊すことはできないから。


その苦痛の時間の最中にないときには死とはなにかを理解したくなるけれども、しかし理解はできない。なにもわかりはしない。その中にいるときにだけそれを知る・・・というよりはその中にいるときのみ説明が必要ない。体験しているから。そしてその体験はなによりも無言だ。死ぬことよりも無言だ。芸術やほかの全ての喜びがこれによって無意味のレッテルをはられることになるくらいそれは無言だ。



死ぬかい?
「」。
生きるかい?
「」。
死ぬの?
「」。
答えないのかい?
「」。



喩えるならば誰もいない世界に引かれたカーテン。



だからそれを知ると人間はデリカシーを持つようになる。僕らは自慰行為をするために、お互い方法論のこととか、処理のことを知っての上で、しめしあわせたようにまにあわせの芸術を方法論の辞書から引っ張り出してみせあう。お互いにその引用の先を承知していながらそれを指摘することはない。でもいつかそれにもつかれる。人はそれから逃れることはできない。死ぬしかない。デリカシーか死かだ。


たとえば死んでみせる。という芸術作品が今までどれほどあったか。それはある意味0回である意味人間の数だけあったことになる。誰かこのこと以上になにかである芸術作品などをなし得たか?たしかに、「死って…いやだよね!」とよく女子高生がプリクラにグラフィカルに書き殴るように、死とはそれなりに面白いテーマであるようすだけれども、それはしかし決定的な意味での死ではない。所詮死について語ることのできる状況の人間からみれば死はひとつの比較的高尚な香り高い何かにはなりうるけれども、しかし「決定的な方の死」については誰も何も語り得ない。だから私たちが方法論のようなものを超えているものを作りたければ次のような方法があると思う。死んでみると良い。」




7ふたたび教会で


「神の言葉」
まず、あきらめなさい。
そして、もがき苦しみなさい。
しかし、苦しみながらもすべての隣人を愛しなさい。
さすれば、苦しみに耐えんとする時に握り込むための手だけは与えたもう。





7書斎で。一人で。


しかし悲劇的なのは、人間は生への誕生へ期待し、夜眠れなくなるほど胸をわくわくさせることもできないのに、死の方は恐怖する、ということだ。ここで問題になってくるのはセックスという行為に死と同等の逆のものとして特別扱いするか、それともほかのコミュニケーションと同等におくかだ。セックスが死と同等の逆のものならば、人生は悲劇ではないといえる。でも本当だろうか。例えば死の恐怖のなかでセックスを思うことはできるか?もしもセックスが単なるコミュニケーションの一種ならば、命は悲劇だ。あきらめなさい、ということになる。そういう時、マスターベーションがあなたの見方だ。




9みな寝静まった教会で一人で。


「神の言葉」
まず、あきらめなさい。
そして、もがき苦しみなさい。
しかし、苦しみながらもすべての隣人を愛しなさい。
さするなら、苦しみに耐えんとする時にペニスを握り込むための手だけは与えたもう。
あ、あ、あ、あ。 イヒヒヒヒヒヒヒ。







10二人で、砂漠のような場所で。


砂漠のような場所で話込んでいた。火星に似た場所だ。文明が終わったあとの砂漠だと思ってもらえば良い。そこには協会の廃墟がほんの少し形を残し、ミミズはその周りを徘徊し、人々は苦悩し、のちのちは砂漠になったその土地の所有権について問答した痕跡が、冗談という形で残ってる。
そこで会話は淡々と続いていた。彼らは水について話していた。唾液や、涙のような水のことではない。ヴァギナを濡らすようなやつや、血液や、リンパ液でもない。あの基準のことについて話していた。それを失った時に彼らが困ることや、水のスラリとしたことについて話していた。彼らはまず水が象徴しているものについて延々話あった。これは最後に二人による、最後のお話だった。水の温度のことを考えていると、水というのは、冷たいが、もちろん同時にあつい。あるときはあつくてあるときはつめたくて、あるときは普通で、あるときは体温と同じくらいだということになった。僕らの温度に水の温度が揃っていることを奇跡と呼ばなくては、僕たちが消えていく理由がない。と彼らは思った。それと、水は粘着しない。それに水はずるい感じもいやらしい感じもしない。ただ、水がなにかとどうにかするときだけ、たとえば僕らがセックスをするときにだけ、たまたま水はそういう風になる。だからそうしているのは我々だ、我々の仕業でそれはそうなっているのだ、という結論を得た。
どちらかがいった。70%が水だ。彼らのうちのそれくらいが水だった。話す水たちが次に感じたのは、では僕らのうちのその30%はなんなのだろうということだった。 僕たちは器なのかな?と彼らは言い出した。水を運ぶ器。色々なところに水の塊が移動しているのだ。という不思議な光景が頭に浮かんだ。水がまとまってひとつの組織になって、移動している。そして会話をし、空をあおぎ、星が美しいなどとぬかしやがる。大切なものを大切といい、にごった水を大地に排泄する。空気をすい、吐くときに水を少し空に戻す。僕たちは不思議な器なのだ。と。
水は生きているのかというと、生きていないとあなたもいいはる。奇遇だけれども僕もそう言い張る。水は哀しまないし、ましてや水が涙をながすなんて!あなたはではなんで涙を流すのだろう?炎におちていく一粒の涙。そういえば、木が、枯れている。木は枯れるときにこういう風に叫ぶ。もっと水を!そしてあなたはそれがそれを言えなくなるある決定的瞬間を目にした後に決定的なものを感じ取り、目をみはるだろう。水のなくなったそのかたまり。
それがわかったときに、彼らは水ではないことについて語り始めることができるようになった。そしてまた彼らは一口水を飲んで話し始めた。 彼らは最後の二人だった。人類は失敗したのだ。自分を語り尽くすことにも失敗したし、世界を美しく保つことにも失敗した、世界は汚されて、人類も急速な絶滅を体験した。最後は水だった。色々なものはまだ残っていたが、タダのむに堪える水がなくなった。
遠くに夕日が落ちた。最後の瞬間に、それはゆらいだようだった。その瞬間、彼らのうちの一人がさけんだ!このときばかりは彼らは感傷的であることを自分たちに許したかったのだ。ああ、美しい!それはそしてもちろん、水によってなし得ていることも彼らはたちまち了解して、それにしても、しかしそれは太陽の仕業でもありえるのも今となっては了解できた。陽がおちる。それは西だった。でもそれは東でもあった。それはどこでもあった。命はどこにでもある。あれほど遠くにもあるのに、同時にあなたの一番近くあなた自身もだ。水は場合によってはかなり、熱い。






11食卓で。恋をしている二人で。


熱い。その濁ったスープに彼は舌をならした。彼はちぇっという感じの声をだす。そうしたのが、それをみている彼女の心をすこし幸せに揺らす。彼は猫舌なのだ。子供みたい。彼女は一言二言からかいの言葉をいって、涌き出てきた幸せな気持ちを自分でごまかしながら、なんでこの気分をすっかり楽しめないんだろう。とすこしがっかりしながら、そして心から良く冷えた水を、彼に差し出す。不思議と似たような気持ちでどうもありがとうと彼は答えて、どういたしましてと彼女は答えた。それは彼にとってレトリックの保護の必要もないほどの幸福なできごとに違いないはずだった。でも人間にはその幸福を全部は感じ取れない理由がどこか誰も知らないところにあって、たとえば沢山の日常の傷はそれぞれの心にはっきりとあって見え隠れしていて、誰の目にもはっきりとは見えない。太陽が強くはっきりと照りつけているような場所ではかき消されてしまってみえない。夕方くらいになると太陽がまるきり落ちて見えなくなるまでの間、木漏れ日はいつも窓辺の彼らをゆらして、なにかの象徴のように、その傷を本当にすこしだけすこしだけ照らし出し、そして哀しみが熱をおびて、水を吸って現れる。目から。突然彼女は涙を流して、彼は無言でたちあがり彼女のとなりにまた座り、肩を抱いてしばらく言葉を失う。しばらくしてから少し彼女は少し体を離して、涙を流した後の息遣いを落ち着かせるためにため息をつく。そうしてから少しだけ笑顔ににた表情をつくって言う「スープさめちゃったね。」「猫舌だから兆度いいよ。」といって彼はそれをすする。それから彼らはまたゆっくりと語り出す。「僕らは考えてそして泣くのだ」ということをね。




12どこかで


しかしそれでも、ある朝に誰かが一人で死んでいるのだった。誰かが一人で死んでいるのだった。一人で誰かが死んでいるのだった。ある朝に一人で、だった。そしてそれを片付ける職業があってそのための業務報告があって、一つのチェックマークがアナタの手でつけられて、そして全部が終わる。それに関与したすべての人間が水をのみ、その登場人物の主要なもののうちな一人だけは水を飲まなくなる。誰だっけ?いや、どの水だっけ?しかしそれでも水はとても熱い。涙はただの水ではない。命というものはただのある方法ではない。それはふとした拍子に苦悩して死んでしまったりする。推論して、その結果自分は死ぬべきであるという結論にいたり、よし、死ねといって死ぬわけではないはずだ。首をくくるまえに彼は思わず大きくひとつ息を吸いこんでしまって、そうしてそれが彼を混乱させる。これから窒息するのに、なんの準備をしたんだい、と彼は自分の目前の死とそれに備える生を愉快に思う。ここには答えが用意されていないのではないだろうか。しかし答えがどうであろうと彼は死んだ。もちろんそれはそうだ。誰も彼のために涙を流しはしなかった。彼が流した涙は蒸発してしまった。でも彼の涙や彼のため息は、空気にとけて世界中へ拡散した。それを今僕ら一人一人が吸い込むのだ。それはそして生きているから。そして一体誰がなにをおもって、それゆえに彼が死ぬのか?僕はただ答える。ワレオモウユエニワレアリと。



































13世界を閉じる


彼は蛇口に口を当て、気のくるったようにがぶがぶと水を飲む少年の弾むようにして動くのどの動きにハッとして、足を止める。驚くほど長い間少年は水を飲みつづける。ずっと息をつがないで。ああして水を飲まなくなってからどのくらいがたつかしら。そしてその間僕は僕はずっと眠っていたのでないという証拠は?
「どうしたの?」
「いや、、、水が飲みたいなぁ。」と彼がなんとなく言うと、恋人はくすくすとわらいだし、彼らたちどまった。
「驚くわ。もの欲しそうな顔してたよ。あの子が水飲んでいるのを見てうらやましいの?ずいぶん可愛いのね。今の表情ったらないよね。」と恋人はしのび笑いを続けながら言い、子供みたいと言った。
「ちょっと違うよ。でもそうだ。」
少年は始めたときと同じように、僕らの忘れてしまった突然のタイミングで飛び去るようにして口を離し蛇口を締め、世界をおきざりするようにシーンの中から駆け出ていった。するとコントラストで世界は静まりかえる。彼が走らなければ世界はゼロにどんどんと近づいてく。





彼は水を飲まななかった代わりに、自販機でコーラをかった。公園のベンチに座る。夕日は必ず一日一度どこかで見えるはずなのに、そのたびに毎回奇跡的な風景をつくる。ずいぶん丁寧に、分け隔てなくいろんな人たちのほほを真っ赤にそめて、この時間のその世界の、希望の平均値をあげて、夢を語ることも、嘘でなくした。笑いも通じないほど、隣を見ると恋人は美しくて、大切なことを、考えてもいいような気がした。偶然でもなく、彼女は誠実に深く考え込んでいた。
「どうして人は水飲むのかしら。水には何か価値があるの?」
彼女の母は、死ぬ数日前に、水を飲まなくなった。寿命といってよい静かな死にさいして、差し出がましく誰かが告げることもなく、彼女の母は死を正しいものとして受け入れていたようだった。死ぬ数日前に、食事を断った。意識は朦朧とし始めていたが、この言葉ははっきりと聞こえていた。「ごちそうさまでした。もう食べる気がしないの。そういえば、いっぱいたべたなあ。もう満足しました。」そういってお茶をすすり、昏睡したように眠り込んでしまった。娘は母が寝てしまってから、たまらなく悲しくなった。真夜中に病室で、空に星がでているのを眺めながらそれが突然にじんだのにも気づかなかった。嗚咽をこらえることはできなかったが、彼女の母は反応をしなかった。
翌朝に彼女の母はすこしの間目をさまし、お茶を出すと、水がのみたいといった。彼女は水を出した。母はおいしい、と小さくいった。娘の目はぬれていたが母は気づかなかった。母の口元から少し水がこぼれ、娘はそれを拭いてやった。以後水も一口も飲まなかった。何度か目を覚まし、一度ははっきりと少しの会話を娘と楽しんだが、水を進めても首をふった。その二日後に母は死んだ。

公園で彼は答えずに彼女の肩を抱いて世界を少し閉じた。少し考えてからいった。自分にモット知恵があれば、と思った。でも少しのあきらめと、勇気でもってこういった。「人にとって水に価値があって、宇宙にとってそうでないのは、宇宙の秩序と人の秩序が違うから。だから僕らは水を飲むんだ。」。彼がコーラに一口をつけると彼女は手を伸ばして一口を飲んだ。
「先生ロマンチックな夕暮れに宇宙の話をするのも人間だけだからですか?」思いのほか彼女は明るく一息にこれをいった。そうです。それで、「体を構成しているもをどんどん細かくしていくと、それは、ぐるぐると回る銀河系や回転する宇宙の秩序を作るのと一緒の物なのね。科学でやったでしょ、同じものが、人間や動物のようなものを、形作るでしょ。同じモノが、別の秩序をもって、別のものになる。宇宙秩序と僕等のそれは別のもの。死んだ木は、」彼は言い直してしまった。彼女も思わず言葉にならない声をもらした。ん・・。「死んだ木は、形こそ保っているけど死んだ木だ。いずれゆっくりとくずれていって、バクテリアに分解される。生きてる木は、枝がおれても、同じ形態に戻るよね。」
彼は彼女の母の死についての彼女の心が小さく一生懸命に動くのに敬意を感じずにいられなかった。人類はあまりにも膨大な時間をかけてこの敬意の念を作り上げたのだ。しかし時間をかけすぎた。まにあわなかったのだ。

死は彼女の近頃の静かな時間の友達だった。彼女の体が次第にゆっくりと大きく震え始めるのを力ずくでも抑えようとするかのように、硬く硬く抱いた。誰かがいぶかしげこちらを眺めつつ通り過ぎた。「死んだ木は、硬くて自分の形を保っているけれども、自分を成長させたり、次の夏には、自分を生かそうとはしない。生きている木は自分を組織しつづけようとする。例えばいらない葉を落とすのも、秩序を保つための準備。」
僕はなにもいっていない。と彼はおもった。僕はなにも解決することはできないや。と彼は思った。僕はこの子を抱いているけれども、なにも分かっちゃいないて、大事なものは誰にもなにもわかりゃしないんだ。と彼は遠くに絶望を感じた。宇宙は永遠の間抜け面だ。それでも彼は抱くのをやめなかった。それでいいのかな。僕はそれで物語を閉じてしまっていいのかな。

「死んだ木と、生きている木の両方が、ほとんど同じような形を保っている。同じように風にたなびく。折れてしまった木や葉も、しばらくの間呼吸したりする。でも、死んでしまった木は、もう、永遠にその呼吸を続けることができるように自分の秩序を整えるようには、自分からはしないんだね。」
彼女は嗚咽を漏らしながら小さく強く方を震わして、彼は彼女の方を抱いてまた世界を閉じた。たった一つの瞬きをする力で僕達はそうするのだ。たった何万回かの間だけ。

「水」


教会で。60億人に。

神の言葉
「あきらめなさい。」












2書斎で。一人で。



ワレオモウユエニワレアリと言う言葉を僕が最初に目にしたのはそれを最初に言った人のいた国からはとても遠い場所であって、そして時間的にも離れていたわけで、だからこの言葉が生死をかけた滑稽な真剣勝負のボーリング場でやる伝言ゲームのように、まるで出鱈目な意味になって伝わってきた可能性は否定できそうもない。未だに僕はその原文を理解しないので、僕が最初にこの言葉を目にしたときと同じように、おおなにか意味ありげだ、というだけでその言葉を雰囲気だけでとらえていた。こうしてみせられてみるといかにもそれは語呂がよく聞こえて、気取っているふうにみえて僕はこの言葉のたたずまいはそ好きだ。ただそれは雰囲気の問題で、そうすると意味にはあまり意味はない。



デカルトはこれをみてなにか文句を言いたがるだろうか?それとも案外それを肯定したりするのだろうか。予想もつかないがしかし彼がなにかを僕にいったとしてもこちらにはこうとしか聞こえない。つまりワレオモウユエニワレアリ。としか。僕の鼓膜の網は意味をこしとり、鼓膜のあちら側に残してしまう。先日姉が彼女の勤める卸売りの会社で安く手に入れた「高性能耳かき」は実際とても性能が良くて不思議なくらいゴミが良くとれる。つまり毎日ぼくはそれで耳の中に残った意味を憎憎しげに書き出してティッシュにくるみ捨てる。焼却炉にもっていくと、どうしようもなく強い炎でもってそれは焼かれて煙になる。僕はそれを見送ってから家に帰って冷蔵庫をあけ無意味を取り出してプルを引き、腰に手を当ててのみ、全部忘れる。オゾンホールに穴が開いたらそこから毎晩宇宙の夢をみる人類をどうか賛美してください。呪うとしても。



3玄関先で二人で。


男はテーブルの向こう側ですこしだけ表情をかえた。強い口調で言いすぎたかもしれない。しかしもうこちらも少し腹が立った。不条理だ。論理は一体どこでなにをやってるんだろう?僕はもう大分諦めかけていた。話がわからないほど僕だってバカじゃあない。でも少しこちらが腹をたてた分、多少あちらも腹をたてたってよい。案の定、男はすこしいらだったようで、それは口調で分かった。やや少し丁寧さにかけていたからだ。彼はこういった。
「あなたのいうことはわからなくもないが、しかしこちらにも言い分はあるのは分かっていらっしゃるでしょう。こうは言いたくないが私達は認可をもらっているんだ。」
「でもですね、おかしいと思います。この家はずいぶん昔からうちの持ち物だったし、この家を買い取る、とあなた方はおっしゃるけれどそれはなにかこう提案のようなもので、話をもちかけたということではあっても、我々はそれを売り払うつもりがないといったらそれでおしまいであるはずでしょう?それについてだけは、そうでしょう?」
「それはわかりますが、しかしこれに関しては国の認可を得ているのです。」
「それがよくわからないです。国は土地みたいなものをたとえば国有の土地として保有していて、それは僕らがもっているこの私有の土地と同じで、金額によって取引されて、その所有者の意志でもってのみ左右されるものでしょう?国がどうこうできるものじゃあないはずだ。それに金額の問題だけじゃあありませんようちは御存じかしりませんがまぁ金銭的にそんなにこまってるわけじゃあないし、お金をどんなにつまれてもここから動きたくはないんだ。これは人情の問題です。お分かりになります?」
「そのことについてはよくわかっています。しかしですね、多くの方がこの場所を受け渡してくださることを望んでいます。この場所は非常に有意義に色々な人が使用する歩道部分になる予定ですし、ですから国が認可をおろしているわけです。ですから・・・」
「ああ、ああ、ああ、分かりましたよ。もう、結構です。受け渡しますよ。一体どのくらい多くの人たちがこういう風にして長らく慣れ親しんだ思い出の土地を手放して入ったんでしょうね。ああ、失礼なことだな、本当に。沢山の人が。それはわかりますけれどもね。いや、わかりましたよ。受け渡しましょう。・・・でもね、これだけはあなたがたもしっておいたほうがよいと思う。こういうことを言った人がいます。こういうことがあるときにいつも思い出すんだ。いつだってね。わかりますか、つまり」
間を少しとってから僕はトーンをすこし落ち着けて、そして言う。やや左の肩を引いてから。目線をはずし、それから相手の目線をもう一度捉えてから、
デカルトは言いました。ワレオモウユエニワレアリ。と」





4書斎で。一人で。
みんなが方法論について語り合うのが左耳から聞こえる。右にそのまま抜けていけば良いのだがそれほど器用にはできていないのでそれを聞き取ることになる。僕が思うのは、我々は人前で方法論を語るべきじゃあない。感動はもちろん一つの処理だ。僕はさて感動しようと思ってから、感動錠剤を後ろの棚からだして水で飲む。そして感動する。ああ感動した。そしてそういうのをちょうど数えられるだけ繰り返してから死ぬ。たしかにそれはそうだけれどもそれを言うのはあまりにデリカシーがない。そういうのが耐えられる人は方法論を語ればよい。デリカシーがない人だけがいえば良い。「ああ、あれは断章形式で、文章に殺伐とした雰囲気を与えつつ・・」






5昼も夜も明るさの変わらないようは部屋で一人で。


こういう男がいる彼は常々、ああなにも、なにも考えないでいることができたならば、と思っている。知れば知るほど知ることはつらくなる。自分がなにもしらないことを知る。あの本の山に火をつけてしまいたい。それでそこにある知識がすべて消えてなくなるならば。でもそれはできない。そんなことをしても無駄だというだけでそれができないんじゃあない。自分に正直になれば、それが彼には怖いのだ。知識を失うということも、ものを知るということと同じに怖い。もちろんいつもいつでもそういう風な陰鬱な気持ちでいるわけではくて、知識を素晴らしくおもい、清々した気持ちで難解な文章を読了する日もある。そういう日には彼は、夜電気を消すまでは愉快な気持ちでいる。でも夜電気を消してしばらくすると、始まる。自分の理解と理解しないことの間には一体なにが潜んでいるのだろう。「自分」が、いったりきたりしていて、そうしているうちにそのどちらもが揺らいできてしまう。結局そういった得体の知れないものはいつまでも闇のなか、距離感のつかめない近さに、巨大に存在する。ああミミズのように無知になれたらどんなにいいだろう。彼は考える。それを、考える。そして、考える。ということを考える。だから、存在する。ということを、考える。ということを、考える。ああ体が糸をヒイいてただただのたうちまわっていたならば・・・。


彼はそんなある日に倒錯する。


彼の思考は一層混乱をキタして、ジレンマのなかでどちらに進むこともできないが、意識はその両方を望んでいて、分離がおこる。彼は倒錯する。そして彼は混濁した意識のなかで、ミミズになり醜く糸を引き地面にのたうつ自分を体験する。イヒヒヒヒヒヒ。それは願望を写した夢かもしれないし、むしろ神様の皮肉な冗談なのかもしれない。夢の中ミミズはただ粘りついているだけだ。どこまでいってもミミズだ。ミミズには死のようなものがない。死を知っているのは人間だけで、ミミズがしっているのは死のような形をした、目の前の土だ。たまに異性の生殖器が目に入ると体をそのまま投げつける。土を食らう。さてあとのことは知らない。ただただミミズだ。そしてこの瞬間彼は幸福せだった。 ihihihihihihiiiiiiiiiii
 しかしもう一方の彼はその姿を見て驚く。そのミミズが彼そのものであることをこの「別の彼」は知っているのだ。ミミズが粘りつきながら地面をのたうつのを見、驚愕する。驚愕したのはそれが異形のもので、あまりにも醜かったからだけではない。
種をあかそう。ミミズは、土の上に糸を引きその粘液は痕をつけていた。線を引いていたのだ。彼は絶句する。一瞬おかしさがこみ上げてきて、彼の顔は恐ろしく痛快な笑顔に満たされる。ほんの笑いの発作に教われて、天を仰ぐようにして笑うが、次の瞬間全く冷徹な表情になり、そのあと、激しい怒りの発作に襲われる。いつまでも、自分からは逃れることはできないのだ。この言葉の意味が、やっと、わかったよ。それがこの言葉の意味なのだろうか。種をあかす。カメラは地面のミミズからだんだん引いていく。次第にその全容が見えていく。無意識にのた打つミミズの体液が地面に線となって刻まれている。それはこう読めた。「ワレオモウユエニワレアリ」と。


そうして彼はミミズを踏み潰した。






6あなたの耳元で。
その誰が書いたのかわからない遺書の書き出しにはこうある。
「誰も死については今までにひとりとしてきちんとした説明をすることができてこなかったのだと思ったことがある。自分が死ぬということについて考える瞬間、その苦悩の時間、人間はペンをもつことなどには興味を示したりしないから。君がサルとセックスすることに興味をもたないのと一緒だ。僕らのペンが僕らをその時間から引っ張りだすのではなくて、時間の経過が僕らをその時間から引っ張り出す。なにもしないでいることが僕らにとって一つの苦痛だ。そうじゃなければぼくらは自分たちをリハビリしていくこともできただろうに。僕らにはそれ、つまり死に対処するためになに一つすることはできない。あるものを壊すことはできても、ないものを壊すことはできないから。


その苦痛の時間の最中にないときには死とはなにかを理解したくなるけれども、しかし理解はできない。なにもわかりはしない。その中にいるときにだけそれを知る・・・というよりはその中にいるときのみ説明が必要ない。体験しているから。そしてその体験はなによりも無言だ。死ぬことよりも無言だ。芸術やほかの全ての喜びがこれによって無意味のレッテルをはられることになるくらいそれは無言だ。



死ぬかい?
「」。
生きるかい?
「」。
死ぬの?
「」。
答えないのかい?
「」。



喩えるならば誰もいない世界に引かれたカーテン。



だからそれを知ると人間はデリカシーを持つようになる。僕らは自慰行為をするために、お互い方法論のこととか、処理のことを知っての上で、しめしあわせたようにまにあわせの芸術を方法論の辞書から引っ張り出してみせあう。お互いにその引用の先を承知していながらそれを指摘することはない。でもいつかそれにもつかれる。人はそれから逃れることはできない。死ぬしかない。デリカシーか死かだ。


たとえば死んでみせる。という芸術作品が今までどれほどあったか。それはある意味0回である意味人間の数だけあったことになる。誰かこのこと以上になにかである芸術作品などをなし得たか?たしかに、「死って…いやだよね!」とよく女子高生がプリクラにグラフィカルに書き殴るように、死とはそれなりに面白いテーマであるようすだけれども、それはしかし決定的な意味での死ではない。所詮死について語ることのできる状況の人間からみれば死はひとつの比較的高尚な香り高い何かにはなりうるけれども、しかし「決定的な方の死」については誰も何も語り得ない。だから私たちが方法論のようなものを超えているものを作りたければ次のような方法があると思う。死んでみると良い。」




7ふたたび教会で


「神の言葉」
まず、あきらめなさい。
そして、もがき苦しみなさい。
しかし、苦しみながらもすべての隣人を愛しなさい。
さすれば、苦しみに耐えんとする時に握り込むための手だけは与えたもう。





7書斎で。一人で。


しかし悲劇的なのは、人間は生への誕生へ期待し、夜眠れなくなるほど胸をわくわくさせることもできないのに、死の方は恐怖する、ということだ。ここで問題になってくるのはセックスという行為に死と同等の逆のものとして特別扱いするか、それともほかのコミュニケーションと同等におくかだ。セックスが死と同等の逆のものならば、人生は悲劇ではないといえる。でも本当だろうか。例えば死の恐怖のなかでセックスを思うことはできるか?もしもセックスが単なるコミュニケーションの一種ならば、命は悲劇だ。あきらめなさい、ということになる。そういう時、マスターベーションがあなたの見方だ。




9みな寝静まった教会で一人で。


「神の言葉」
まず、あきらめなさい。
そして、もがき苦しみなさい。
しかし、苦しみながらもすべての隣人を愛しなさい。
さするなら、苦しみに耐えんとする時にペニスを握り込むための手だけは与えたもう。
あ、あ、あ、あ。 イヒヒヒヒヒヒヒ。







10二人で、砂漠のような場所で。


砂漠のような場所で話込んでいた。火星に似た場所だ。文明が終わったあとの砂漠だと思ってもらえば良い。そこには協会の廃墟がほんの少し形を残し、ミミズはその周りを徘徊し、人々は苦悩し、のちのちは砂漠になったその土地の所有権について問答した痕跡が、冗談という形で残ってる。
そこで会話は淡々と続いていた。彼らは水について話していた。唾液や、涙のような水のことではない。ヴァギナを濡らすようなやつや、血液や、リンパ液でもない。あの基準のことについて話していた。それを失った時に彼らが困ることや、水のスラリとしたことについて話していた。彼らはまず水が象徴しているものについて延々話あった。これは最後に二人による、最後のお話だった。水の温度のことを考えていると、水というのは、冷たいが、もちろん同時にあつい。あるときはあつくてあるときはつめたくて、あるときは普通で、あるときは体温と同じくらいだということになった。僕らの温度に水の温度が揃っていることを奇跡と呼ばなくては、僕たちが消えていく理由がない。と彼らは思った。それと、水は粘着しない。それに水はずるい感じもいやらしい感じもしない。ただ、水がなにかとどうにかするときだけ、たとえば僕らがセックスをするときにだけ、たまたま水はそういう風になる。だからそうしているのは我々だ、我々の仕業でそれはそうなっているのだ、という結論を得た。
どちらかがいった。70%が水だ。彼らのうちのそれくらいが水だった。話す水たちが次に感じたのは、では僕らのうちのその30%はなんなのだろうということだった。 僕たちは器なのかな?と彼らは言い出した。水を運ぶ器。色々なところに水の塊が移動しているのだ。という不思議な光景が頭に浮かんだ。水がまとまってひとつの組織になって、移動している。そして会話をし、空をあおぎ、星が美しいなどとぬかしやがる。大切なものを大切といい、にごった水を大地に排泄する。空気をすい、吐くときに水を少し空に戻す。僕たちは不思議な器なのだ。と。
水は生きているのかというと、生きていないとあなたもいいはる。奇遇だけれども僕もそう言い張る。水は哀しまないし、ましてや水が涙をながすなんて!あなたはではなんで涙を流すのだろう?炎におちていく一粒の涙。そういえば、木が、枯れている。木は枯れるときにこういう風に叫ぶ。もっと水を!そしてあなたはそれがそれを言えなくなるある決定的瞬間を目にした後に決定的なものを感じ取り、目をみはるだろう。水のなくなったそのかたまり。
それがわかったときに、彼らは水ではないことについて語り始めることができるようになった。そしてまた彼らは一口水を飲んで話し始めた。 彼らは最後の二人だった。人類は失敗したのだ。自分を語り尽くすことにも失敗したし、世界を美しく保つことにも失敗した、世界は汚されて、人類も急速な絶滅を体験した。最後は水だった。色々なものはまだ残っていたが、タダのむに堪える水がなくなった。
遠くに夕日が落ちた。最後の瞬間に、それはゆらいだようだった。その瞬間、彼らのうちの一人がさけんだ!このときばかりは彼らは感傷的であることを自分たちに許したかったのだ。ああ、美しい!それはそしてもちろん、水によってなし得ていることも彼らはたちまち了解して、それにしても、しかしそれは太陽の仕業でもありえるのも今となっては了解できた。陽がおちる。それは西だった。でもそれは東でもあった。それはどこでもあった。命はどこにでもある。あれほど遠くにもあるのに、同時にあなたの一番近くあなた自身もだ。水は場合によってはかなり、熱い。






11食卓で。恋をしている二人で。


熱い。その濁ったスープに彼は舌をならした。彼はちぇっという感じの声をだす。そうしたのが、それをみている彼女の心をすこし幸せに揺らす。彼は猫舌なのだ。子供みたい。彼女は一言二言からかいの言葉をいって、涌き出てきた幸せな気持ちを自分でごまかしながら、なんでこの気分をすっかり楽しめないんだろう。とすこしがっかりしながら、そして心から良く冷えた水を、彼に差し出す。不思議と似たような気持ちでどうもありがとうと彼は答えて、どういたしましてと彼女は答えた。それは彼にとってレトリックの保護の必要もないほどの幸福なできごとに違いないはずだった。でも人間にはその幸福を全部は感じ取れない理由がどこか誰も知らないところにあって、たとえば沢山の日常の傷はそれぞれの心にはっきりとあって見え隠れしていて、誰の目にもはっきりとは見えない。太陽が強くはっきりと照りつけているような場所ではかき消されてしまってみえない。夕方くらいになると太陽がまるきり落ちて見えなくなるまでの間、木漏れ日はいつも窓辺の彼らをゆらして、なにかの象徴のように、その傷を本当にすこしだけすこしだけ照らし出し、そして哀しみが熱をおびて、水を吸って現れる。目から。突然彼女は涙を流して、彼は無言でたちあがり彼女のとなりにまた座り、肩を抱いてしばらく言葉を失う。しばらくしてから少し彼女は少し体を離して、涙を流した後の息遣いを落ち着かせるためにため息をつく。そうしてから少しだけ笑顔ににた表情をつくって言う「スープさめちゃったね。」「猫舌だから兆度いいよ。」といって彼はそれをすする。それから彼らはまたゆっくりと語り出す。「僕らは考えてそして泣くのだ」ということをね。




12どこかで


しかしそれでも、ある朝に誰かが一人で死んでいるのだった。誰かが一人で死んでいるのだった。一人で誰かが死んでいるのだった。ある朝に一人で、だった。そしてそれを片付ける職業があってそのための業務報告があって、一つのチェックマークがアナタの手でつけられて、そして全部が終わる。それに関与したすべての人間が水をのみ、その登場人物の主要なもののうちな一人だけは水を飲まなくなる。誰だっけ?いや、どの水だっけ?しかしそれでも水はとても熱い。涙はただの水ではない。命というものはただのある方法ではない。それはふとした拍子に苦悩して死んでしまったりする。推論して、その結果自分は死ぬべきであるという結論にいたり、よし、死ねといって死ぬわけではないはずだ。首をくくるまえに彼は思わず大きくひとつ息を吸いこんでしまって、そうしてそれが彼を混乱させる。これから窒息するのに、なんの準備をしたんだい、と彼は自分の目前の死とそれに備える生を愉快に思う。ここには答えが用意されていないのではないだろうか。しかし答えがどうであろうと彼は死んだ。もちろんそれはそうだ。誰も彼のために涙を流しはしなかった。彼が流した涙は蒸発してしまった。でも彼の涙や彼のため息は、空気にとけて世界中へ拡散した。それを今僕ら一人一人が吸い込むのだ。それはそして生きているから。そして一体誰がなにをおもって、それゆえに彼が死ぬのか?僕はただ答える。ワレオモウユエニワレアリと。



































13世界を閉じる


彼は蛇口に口を当て、気のくるったようにがぶがぶと水を飲む少年の弾むようにして動くのどの動きにハッとして、足を止める。驚くほど長い間少年は水を飲みつづける。ずっと息をつがないで。ああして水を飲まなくなってからどのくらいがたつかしら。そしてその間僕は僕はずっと眠っていたのでないという証拠は?
「どうしたの?」
「いや、、、水が飲みたいなぁ。」と彼がなんとなく言うと、恋人はくすくすとわらいだし、彼らたちどまった。
「驚くわ。もの欲しそうな顔してたよ。あの子が水飲んでいるのを見てうらやましいの?ずいぶん可愛いのね。今の表情ったらないよね。」と恋人はしのび笑いを続けながら言い、子供みたいと言った。
「ちょっと違うよ。でもそうだ。」
少年は始めたときと同じように、僕らの忘れてしまった突然のタイミングで飛び去るようにして口を離し蛇口を締め、世界をおきざりするようにシーンの中から駆け出ていった。するとコントラストで世界は静まりかえる。彼が走らなければ世界はゼロにどんどんと近づいてく。





彼は水を飲まななかった代わりに、自販機でコーラをかった。公園のベンチに座る。夕日は必ず一日一度どこかで見えるはずなのに、そのたびに毎回奇跡的な風景をつくる。ずいぶん丁寧に、分け隔てなくいろんな人たちのほほを真っ赤にそめて、この時間のその世界の、希望の平均値をあげて、夢を語ることも、嘘でなくした。笑いも通じないほど、隣を見ると恋人は美しくて、大切なことを、考えてもいいような気がした。偶然でもなく、彼女は誠実に深く考え込んでいた。
「どうして人は水飲むのかしら。水には何か価値があるの?」
彼女の母は、死ぬ数日前に、水を飲まなくなった。寿命といってよい静かな死にさいして、差し出がましく誰かが告げることもなく、彼女の母は死を正しいものとして受け入れていたようだった。死ぬ数日前に、食事を断った。意識は朦朧とし始めていたが、この言葉ははっきりと聞こえていた。「ごちそうさまでした。もう食べる気がしないの。そういえば、いっぱいたべたなあ。もう満足しました。」そういってお茶をすすり、昏睡したように眠り込んでしまった。娘は母が寝てしまってから、たまらなく悲しくなった。真夜中に病室で、空に星がでているのを眺めながらそれが突然にじんだのにも気づかなかった。嗚咽をこらえることはできなかったが、彼女の母は反応をしなかった。
翌朝に彼女の母はすこしの間目をさまし、お茶を出すと、水がのみたいといった。彼女は水を出した。母はおいしい、と小さくいった。娘の目はぬれていたが母は気づかなかった。母の口元から少し水がこぼれ、娘はそれを拭いてやった。以後水も一口も飲まなかった。何度か目を覚まし、一度ははっきりと少しの会話を娘と楽しんだが、水を進めても首をふった。その二日後に母は死んだ。

公園で彼は答えずに彼女の肩を抱いて世界を少し閉じた。少し考えてからいった。自分にモット知恵があれば、と思った。でも少しのあきらめと、勇気でもってこういった。「人にとって水に価値があって、宇宙にとってそうでないのは、宇宙の秩序と人の秩序が違うから。だから僕らは水を飲むんだ。」。彼がコーラに一口をつけると彼女は手を伸ばして一口を飲んだ。
「先生ロマンチックな夕暮れに宇宙の話をするのも人間だけだからですか?」思いのほか彼女は明るく一息にこれをいった。そうです。それで、「体を構成しているもをどんどん細かくしていくと、それは、ぐるぐると回る銀河系や回転する宇宙の秩序を作るのと一緒の物なのね。科学でやったでしょ、同じものが、人間や動物のようなものを、形作るでしょ。同じモノが、別の秩序をもって、別のものになる。宇宙秩序と僕等のそれは別のもの。死んだ木は、」彼は言い直してしまった。彼女も思わず言葉にならない声をもらした。ん・・。「死んだ木は、形こそ保っているけど死んだ木だ。いずれゆっくりとくずれていって、バクテリアに分解される。生きてる木は、枝がおれても、同じ形態に戻るよね。」
彼は彼女の母の死についての彼女の心が小さく一生懸命に動くのに敬意を感じずにいられなかった。人類はあまりにも膨大な時間をかけてこの敬意の念を作り上げたのだ。しかし時間をかけすぎた。まにあわなかったのだ。

死は彼女の近頃の静かな時間の友達だった。彼女の体が次第にゆっくりと大きく震え始めるのを力ずくでも抑えようとするかのように、硬く硬く抱いた。誰かがいぶかしげこちらを眺めつつ通り過ぎた。「死んだ木は、硬くて自分の形を保っているけれども、自分を成長させたり、次の夏には、自分を生かそうとはしない。生きている木は自分を組織しつづけようとする。例えばいらない葉を落とすのも、秩序を保つための準備。」
僕はなにもいっていない。と彼はおもった。僕はなにも解決することはできないや。と彼は思った。僕はこの子を抱いているけれども、なにも分かっちゃいないて、大事なものは誰にもなにもわかりゃしないんだ。と彼は遠くに絶望を感じた。宇宙は永遠の間抜け面だ。それでも彼は抱くのをやめなかった。それでいいのかな。僕はそれで物語を閉じてしまっていいのかな。

「死んだ木と、生きている木の両方が、ほとんど同じような形を保っている。同じように風にたなびく。折れてしまった木や葉も、しばらくの間呼吸したりする。でも、死んでしまった木は、もう、永遠にその呼吸を続けることができるように自分の秩序を整えるようには、自分からはしないんだね。」
彼女は嗚咽を漏らしながら小さく強く方を震わして、彼は彼女の方を抱いてまた世界を閉じた。たった一つの瞬きをする力で僕達はそうするのだ。たった何万回かの間だけ。

花を焼く少年のつづき

いえもちろん本当はもっと複雑で、便宜的に省略はいたしましたけれどもね。で、そして一度進入してしまうと、、、そうです、彼らは、少しずつずらしていくんです。なにをかって?聞いてください。なにをか知りたいですか?これっきゃないってやつをずらすんですよ。いえもったいつけてるなんて滅相もない。ええ、実は地軸をなんです。地軸を少しずつずらすんです。本当に少しだけね。これでどういう影響があるかご存知ありますか?驚かないでくださいね。これは別の星のやつらから聞いた話です。わが社の情シス部はこの点においてのみはプロですからね。われわれの科学でもまだ気づいていないのですが、地軸がほんの少しずれますと、一番影響にあるのは、人の脳なんです。つまり、少しずつ気が狂うんですよ。凄い話でしょう。さらにこっからがもっと凄いです、彼らのずらしかたは、ほんのちょっとだけ、本当に驚くほど小さくなんです。人間は本来のバランスを崩します。ほんの少しだけ。どうしてほんの少しなのか。まるっきりずらしてしまわないのか。それはですね、本人たちが、その変化に気づかないようにです。本人たちが、自分たちの変化に「あ、俺は少し気が狂ってるんじゃないか?」とか想わないようにです。○○さん、悪魔についてゲーテファウストの中でこんなことを書いてます。悪魔の最大の罠は、自分を悪魔だと思わせないこと、だそうです。いいですか、こうなると人間の挙動は、まるっきり悪いことばかりするでもなく、でもちょっとだけずるをするようになるんです。いいところがないわけでもない、でも実は、ちょっとだけずるいんです。こうなると世の中は大変ですよ。誰も気づかないうちに、人が人を平気で殺したりしてるんです。ある意味では人が人を殺すのは当然なことだ、とかいいながら、やっちまうわけです。おかしいですね。あーっはっは。」
とここまで彼が考えたところで、驚いたことにちょうど彼の妄想に合わせてスーツ姿の男は突如笑ったので、彼は少し驚きながらも、つられて笑いがこみ上げてき、こらえきれなくなったところに、恋人がきた。

「どうしたの。馬鹿みたいね。」
「いや。僕は一人ぼっちじゃない。分ったんだ。」と彼は声をひくつかせながらいった。
「なに?オカシクなったわね。」
「いや、僕は限りなく透明だ。」彼は声を弾くつかせながらいった。「どこかにいってキスでもしよう。今なら箸が転げたって可笑しいよ。」
「いやよ。しないわ。」
「いやかい。何か違うことを考えないと可笑しくてね。」となりのサラリーマンはとうに笑い収めていて彼は一人ぼっちだった。するととたん笑いは収まった。彼は少し悲しくなっていた。スーツ姿の男は電話をしたまま積をたった。よくみると彼は日本人ではないようだった。
「なんでもないよ。」
恋人は諦めてため息さえはさまずに切り替わり(なれているのだ)、星を見ようと言い出した。
「今週末になんとか流星群が来るらしいよ。」
「なんとかってなんでもいいの?そんな。」
「なんでもいいのはあなたでしょう?」
「確かに。」
「私と星が見たいですか。YesかNoで答えてみてください。」
「これご覧よ。」といって彼はスーツ姿の男が灰皿に丸めて捨て残していった紙を手に取った。
「汚いということは分かる。」
「灰は汚いものじゃないよ。無菌だよ。僕らの体のがよほど汚い。」
といって彼は紙のしわを伸ばしながらテーブルに広げてよく見えるようにした。誰かの描いた意味のある絵というものは、誰かが書いた意味のない絵よりはるかに奇怪で、本来カオス的なものなのだけれど、そこにはでたらめに小さく点のようなまとまりが書いてあって、花を焼かない少年から見て上、恋人からみて下、(宇宙からみて最果て、太陽からみて恐ろしくなじみのある程度に遠く、メクラからみて薬指のさき絶望のかなた)、にそれらは散らばっていて、逆のところには、いくつかの線の束があり、横には「花」と書いてある。絵には渓谷があり、そこには端がかかっているようだが、その橋はタバコによって焼かれている。地上は明るいようだが上は黒く斜線で暗がりとして描かれており、そこには星とともにいくつかの数字がなにかの啓示のように数秘的な雰囲気を保ちながら書き込まれている。金額だろうか。彼は案外して彼の妄想は正しかったのではないかと考えてみた。星と花と人と数の絵。この花ってのはなんだろうな。
彼が黙り込んでそれをみていると恋人はさすがに少々いぶかっていった。
「どうしたの。」
「わからない?」
「なにが。なにか分るの?」
「わからない。なにか分る気がする。僕に記号が集まってきてしまったことは分かっている。それ以上はわかんないな。」


花を焼く少年の話。

久々に大学に行ったはいいが、そこはアルコールとカビとクソと生物の死骸の腐ったニオイ、焦げたニオイがした。そして人が一人もいなかった。どうしたんだ大学は授業みたいなものはあきちまったのかな。と自分に小さく嘯く前に、嘘をつく少年がキャンパスの真っ只中で絵を書いているのを見つけた。
「どうしたの、世界は終わってしまったのだろうか。」
「相変わらず君は馬鹿だな。馬鹿だ。」と彼はこちらをちらとも見ずにおどけた声でいった。
「もの凄い久々に着たんだ。いやに静かで少しキミガ悪いね。」
「知らないのかい。人が死んだんだ。ずいぶん沢山。新聞は見ない?僕も見ないが。とにかく概念的な理由で、人が死んだんだよ。」
「どんな?」
「それはしらない。とにかく概念的な理由。思想的な。誰かしら捕まえて聞いてみてくれ。むしろ分かったら俺に教えてくれ。別にいいけど。」
「自殺?」
「似たようなもんらしい。」
「死の前では男も女も似たようなものだしね。でも、余計薄気味悪いね。そんなキャンパスを描くなんて君こそ馬鹿げてるじゃないか。」
「色がね、変なんだ。なんか色が抜けてしまったように見えない?」
彼はそういわれて少し驚いた。記号が呼んだのだ。
「本当だ。少し抜けてる気がする。きみが悪いな。」
「メディアにでちゃってるくらいだからね、完全に入り口とか閉じていて、授業もないし、学事なんかも全部しまってるし、というか気味悪かったり、胸糞悪かったりして、事務員なんかもこないんだろうな。無意識的にせよ意識的にせよ。いいかい、これは妙案なんだ。いいかい、彼らはどういう理由かは知らないが、というかせいぜいが、近くにあった材料で、ってことだろうが、油絵の絵の具で書かれた絵を、正確にはそのキャンパスに火をつけて自分を焼いたんだ。油絵ってのは火薬みたいなもんだからね実は。」
彼の口調は次第に興奮の色を増してきた。彼らは絵を描く大学に通っていて、美について頭を悩ます青年たちは皆「どうにかしてる」のだった。かれはつづけていった。
「そして、色が抜けてってるんだ。」
「なるほどね。よくできた話だ。・・・僕も心辺りがある。」彼は自分でいって息を呑んだ。これはたいしたことだ。
「火と色の関係かい。」と彼は言った。
「そう、そう。そうだよ。よくわかったな。俺が言いたいことはそういうことだよ。だからこの絵を書いてるんだ。正解?」
「正解」
次第に日が暮れてきて、最初の星が見えた。花を焼く少年は星を眺めるのが好きだった。奇妙なほど落ち着くのだ。彼の目は星を見るときひどく済んで見えた。
「事件がおきたのはいつ頃なの?」
「先月の初めころ。正確にはわからない。生まれてからまだ三日しかたたない気がしている僕に、君は日付を聞くべきじゃない。」
「へえ。ずっと僕はきてなかったわけだ。」彼はそういって気づいた。いやはや。たいした記号だ。まさにあの花を摘んだころだ。
「かえるよ。さようなら。」花を焼く少年は星をみながらいった。
「なあいまの全部嘘だよ。」嘘をつかない少年はにやけながら言った。いつもそうするのだ。そしてそれはときどき「本当にうそ」だし、時々「本当に本当」だった。
花を焼く少年はくすりとしてから、背中越しに「さようなら。」といった。



いえに変える途中彼はずっと理由もなく興奮していた。家に帰ると花を焼く少年は、腹が減ったけれど金がないのでタバコを吸おうと思った。タバコは一本だけくしゃくしゃになってポケットに入っていた。がライターは見当たらなかった。

それをやっと見つけたときに物語は始まった。花瓶の横に、絵の具が置きざりのままで、その横にはあの娘から借りたままのライターが置いてあったのだった。あの子からもらったライターだ。なんて丁寧に配置されているんだろうと彼は思った。僕の部屋で集まった三つの記号。そして先ほどのひとつの物語。色と火。参ったな。

そして彼は初めての花焼きを執り行った。

ライターは残りわずかだった。花焼きに使ってしまうとタバコは吸えそうになかった。彼は右手に焼けどをした。驚くほど花は燃えたのだった。誰が花を焼くなんて思いついただろう。普通人は花なんて焼かない。参ったな。色が落ちた花はこれほどよく燃える。逆に色のある植物はよく燃えないのだ。参ったな。
彼はそれを花焼きと名づけた。


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花を焼かない少年の話を少し。

彼は物語を書いた。しかし物語はいっこうに現れなかった。彼は言葉から初めてみた。綺麗な言葉を選び出して並べるのだ。でもこの方法では、言葉はそれそのもの美しいけれど死んでいた。気に入ってくれる人もいたけれど、二度読んでくれる人は少なかった。死人かなんかにはウケるかもしれないと彼は思った。彼は書きつづけたがいっこうに生きた物語は生まれてこなかった。書く度、ある時点までいって、ふと思い立ち、いらない言葉を一行ずつ消していった。そうすると一行も残らず全部が消えてしまうのだった。彼はこれを葬式といって友人に向かって笑った。なにかが足りないのだと思った。それはなんらかの方法かもしれないし、僕自身へのなにか特殊な記号。経験かもしれないし、それか新しい恋人かな。と彼は思った。楽天的なのだ。だけれど彼は本質的には、いらだっていた。かけているものがあるという思い彼の人格を少しずつ犯しているかもしれないと思った。めまいもそのせいだ。



めまいの内側でビジネスマンの唇はそれ自体が気の触れた生き物みたいに大仰に動いていた。笑いは浮かばなかった。気分が悪くなった。ビジネス的な問題を把握すべく描かれたはずの抽象絵画は彼のポケットに入っていた。これは本当に宇宙の言葉なのだ。地軸は本当にずれてしまったのだ。彼はもう一度それを取り出して眺めたが、キュビズムの正統的な模倣たるこの不世出の芸術は、呆れる程邪悪で無邪気だった。たった今悪魔を二百匹殺してきたとでも言わんばかりに無邪気だった。そして神秘的だった。次第にめまいがすっと消えた。彼は少し驚いて、もう一度眺めた。
そのとき、星が一つ消えた、と彼は思った。この隅には点があった絶対だ。やれやれ病院に行こうかしら?それとも新しい恋人でも作ろうかしら?
彼は楽天的なのだ。



花を焼かない少年は、恋をしない少年と会った。彼は花を焼かない少年のことを、「君」と読んだ。文学を好む人はよく相手を君と呼ぶ。君は与えられたんじゃないの?よかったじゃない。記号だよ。そうそうあることじゃないよ。と彼はいった。

『サラリーマンと思しきこの男は人類を絶滅させる宇宙人から星を守るべき妙案を上司に告げるその長電話を済ますと指折り数を数えながらその星で初めて描かれた絵画にいくつかの数値を書き足した。この芸術はその数秘性によっていっそうの呪力を増していった。これは世界をそこにあらわし、物語を存在させるためのキーなのだ。世界には物語りが必要だった。そして最初にそれは、花と星から生まれたのだ。この星でかかれているあらゆる物語にそれが含まれている。』

どう?割といいのかもしれないね、というよりなんとなく変わったかい書き方が。分らない変わったかも、でも物語のようだね、物語のようであるだけでずっとよい、美しい言葉を並べたとて物語にはならないからなあ、自己言及的だけれど僕の割には言葉が生きているみたいだ。そうね君にしては言葉にとらわれていないよよくもわるくもね。そうだね。そうそう。僕の物語はこうして始まるんだ。でも、と恋をしない少年は言った。

「なにか足りないかもしれない?」
「そう?そうかもしれない。」
「なにか記号が足りないよ。」


比喩を辞め、本当に理解しようとしても、僕の手にしたこの奇妙な絵とその記述がどう結びつくのかを把握するのは本当に無理だと花を焼かないく少年は思った。こりゃあだめだ。世界は本当にいかれているのかな。まあ、もう少しまとう。いらない言葉はいらない。どうせまた消してしまうだけだ。





数えることの出来ない時間だけ世界を待機させてから、


「絵を勉強してるんです。突拍子もないお願いで申し訳ないのですが。」


物語を閉じるため物語に登場する、


星を見るといった言葉が出ると世界は驚くほどその表情を変える。まるで会話形式の物語がカギカッコを奪われるようにだ。恋人達は会話する。悲しいほどの真理だ。パンティーは陰部を隠す。人が死んだら燃やして埋める。海を拒む川はない。恋人たちは、以下のように会話する。海かな。そうだね。案外寒いよ。寒いほうが人の距離は近づくでしょう。反比例。そんな簡単な方程式の項にすっぽり収まりたくないな。と花を焼く少年が口を滑らせると、恋人は予想外しばらく黙り、彼はごめんなさいといった。上手くいかないものだなと思った。この星の人は本当に良く分らないところがある。



花を焼く少年は世界が、まるきり変わってしまったのを知った。彼は花が気になって仕方がなかった。それがいたるところにあるのに気が付くと、それとなく見過ごそうとしたがそれは難しかった。そしてとうとう花焼きの常習犯になったのだった。花焼きは難しかった。まず心のけじめが必要だ。火を扱い、さらに花も扱うのだから!それに、花を選ばなくてはならない。これも難しい。彼が最初に焼いた花は特殊な状況で枯れていたようだった。そうした条件がないと上手く花は焼けない。また彼は、こんな思いを抱いてしまっていいのか分らなかったけれども、花焼きという行為を美しい、芸術的な行為だとも思うようになっていて、その理由からも彼が選ぶことのできる花は減っていった。
もう一つ彼に訪れた明らかな変化は、女の趣味だった。なにがどうかわったのかは分らない。説明は必要なかった。こうした物事には説明が必要ない。我々は好ましいトイレでクソをする。なぜかはわからないけれどそれはそうだった。そういうわけで彼は女性の好みが変わったのだ。・・・あの乎だ。と彼は思った。こんなことってあるかしら。この星は訳がわからない。と彼は思った。





誕生日。星の声を聞く。めまいの少年を中心に聞く。事件。物語のために物語が始まること。絵画の象徴と線。芸術についての講釈。恋をする。

花を焼く少年


僕は花を焼かない少年であなたもそうだと思う。みんなは普通花を焼かない。なにせこの地球では僕らは普通花を焼かない。

人間はみんな、たったひと時の暖をとるために木を焼き、思い出を思い出にするために恋人との写真を焼き、肉親の死体を焼き、腹を膨らませるために沢山のものを生きたまま焼き、要するに何もかもを思うがままに焼く。ごうごうと。炎に恐怖しないのは人間だけだが引き換えに、人は下卑たあの作り笑いをもしなくてはいけなくなった。そういう訳で人は本当に沢山のものを焼くけれども、だれも花を焼かない。ただの一輪たりとも。

ナにこれ?小説?わけわかんない。変なの。意味わかんない。私今本をさかさまにして読んでるのかしら。

そう思った人がいらっしゃるとして、その人は、自分が今まで読んできた本を、正しい方向から読んできた、という自信があるんだと思う。でも考えてみていただきたいのは、ある別の星に住んでいる男の子がいて(なんなら美青年であるとしてもいい)、彼の星の星の人たちが皆、僕らがするのとはさかさまにして本を読んでいるとしたらどうだろう。
そこでは文字は下から上に流れる。そのほうが真実を読み取れるからという理由でこの星がそれを採用していたら、あるいは、本なんて読まないほうがよいのだという教訓の元に「読むことへの反省として本を読む、とか、そういった先人の知恵だとしたら、あなたはなぜこの星でのうのうと正しい本の読み方をし、これから僕の話す物語の不義を言えるのか。考えてほしい。そして比喩ではなく、この本の主人公は、「違う星」という星からきた二人の男の子が、それと知らず地球人に混じって生活をし、成長し、この星の慣習を覚えこませられながらも、なんらかの違和感を感じながら生きる物語です。だからこの本をさかさまに読んでみるのも良いし、なにかが読み取れなくなったらあなたには真実はまだ早いのかもしれない。

次の話。

目の前に一つ花束がある。つまり色々な可能性がある。言葉のあやではなくて、花束がもつ沢山の可能性がある。男の子が愛する人に花束を(すっげーテレながら)差し出すシーン。交通事故現場の跡に老人が道路に花束を事務的に備えつけるワンシーン。あるいは花屋の前の路地に、おそらく自分ではそこが世界の中心だと思っている踏まれたたんぽぽ。
いかに僕ら自信に可能性がなかったかが分る。僕だって花束なしにこの物語を書けなかった。ただの一行たりとも。花束を添えなくては窓の外も覗きこむことのできない僕らのゼロ。

段を改めて、僕らはゼロ。でも僕はそれをしばらく放りだしてみる。ほうりだしてしまって、テレビでも覗き込む。ご存知の通りテレビには僕らに必要なあらゆる全てがある。暫く眺めて全てをoffにして、戻ってきてみるとゼロも悪くない。テレビの上には相変わらず花束が掲げてあるけれども悪くない。

花の可能性は、文芸的な意味とは本当に違う。交差点に備えられた花束は一つの可能性を。友人の家のお手洗いの花束は一つの少し滑稽な可能性を。窓辺の花束は一つの展望と可能性を。言葉で言う「花束」は一つの象徴と可能性を。それぞれ持ってる。

次の話。いよいよ花焼き。目の前に一つ花束がある。つまり色々な可能性がある。そして、その横にライターがある。あなたは顔を素敵にシカめて、僕をいなしてくれる。そんなことをするな。花の横にライターなど置くもんじゃないよ。といなしてくれる。花を焼く少年が現れる。そんなスクリーンを前にして僕とあなたはそわそわしている。ねえ彼は今からもしかして。と君は僕をちらと見る。僕はこの物語の作者だからだ。君は僕が彼にそれをさせようとしてるのでは?と予感している。果たして花を焼く少年が花を焼く。彼は花を焼く少年だからだ。

そんな可能性が果たしてあったか?


水切り、葉枯らし、花焼き、接木、花にまつわる言葉との間にそっと僕の作った言葉を紛れ込ませてみる。どうだい大したものじゃない?

可能性を制限できたら、小さくなった可能性の小ささは、凝縮だと気づくべきだ。爆発するのをまってくれ。それは火薬だ。言葉も短いほうがよい。僕は三文字にイメージをつめた。花焼き。


この物語には、花を焼かない少年、花を焼く少年、首を吊らない少年、恋をしない少年、恋をする少女、なんてことのない人、なんてことのある人、がなどが登場する。この物語はフィクションです。

物語の断片や付属する音楽作品を見せると、花を焼く少年という男の子に対する抱くイメージには一貫性があると気付いた。それは僕の抱くイメージにもさほど遠くない。誰もが同じイメージを描けるのに誰もがしない行為としての花焼きだから、類似する行為があるだろう。僕のイメージではそれは葬式と薪でした。そしてこの二つに共通要素があるならそれは沈黙だと思う。あるいは小さく吐き出される言葉。文章の構造の作るに至らなかったような言葉の粒。段落を作るに至らなかったような構文を埋めるだけの存在。頭で違うと思いながら口を突く悲しみの言葉。そういったもの。強い悲しみを誰かが空に叫び立てることなく過ぎ去る葬式は多い。そういう場合体の知る沈黙がその人を美しく(と僕は思うのですが)表現する。1でも2でも3でもなく0だからだ。




人通りのまばらな幹線道路のそばは、トラックのような大きな車ばかりで、巨大な音が空間を奪っている。横断歩道には交通事故で死んだ人の霊にささげられた花束が飾ってある。
花を焼く少年は、横断歩道脇に添えられた枯れた花束を、手にもっていたカメラで風景に収めてから、一輪二輪、盗んで持ち帰った。冬が近いので、ドライフラワーのように色を抜かれている。いやはや、これは大事な記号を手に入れたものだと彼は思った。

物語を始めるにふさわしく、一人の女の子がそれを見てた。花を焼く少年は見られていることに気づかなかった。目立たないようにやったつもりだったのだ。女の子は、あれで目立たないつもりかしら。と思った。いずれにしても彼女は記号を共有し、隠しとってしまったわけだ。なんとなくな太陽と、花にやさしくない季節とに向けて、記号は拡散していった。



花を焼く少年は家に帰ると花を水に挿してみた。次の日になってもそれは交通事故という安全な死の象徴のように、まるで物語を始めるつもりがないようにしていた。そのまま、といった感じだった。これはこれは大した記号だ。と彼は思った。造花でもないくせに、色のない花なんてね。と彼はおもった。
数日後、再び花の前に向き合った彼は、少し枝をすいてやった。すると一応の形が整い、花らしい美しさが見えてきた。だんだん美しさを取り戻してくると、この枯れることすらあきらめてしまった花は、他の咲きたがり、同時に枯れたがっている普通の花とは違い、ずっと咲いていられるのかもしれない、とおもった。ただし色を失ったまま。

花は色を失えば普通の花とは違い、文学的な意味で永遠に(本当には永遠ではないにせよずっと長く)咲いていられるのだと想うと彼は小さく感動した。彼はこの感覚はなにににてるんだっけと想った。あ、葬式だ。彼は不謹慎とも想わなかった。彼は葬式で少し感動をしていたのだ、とこのとき気がついた。小さくおじいちゃんのことを思い出した。


彼は部屋の隅に山積みのキャンパスから、一本だけ直線を引いただけのものを取り出して前に立てた。新しいのを買うかねもなかったし、(なにせ来月の仕送りまでメシもろくにくえないのだ。)他に使えそうなものもなかった。窓を引いて光を調節して、絵の具を広げた。


しばらくして、自分にはこれだけの記号を上手く取り扱うような経験がないんだな。と花を焼く少年は思った。その絵を描くのは難しかった。僕は直線でも引いてればいいんだ。そしてキャンパスを放りだしてしまった。そして暫くの間花のことは忘れてしまった。




(コンパ。少女と会う。さほどおどろいたりさわりダリは双方しない。二人になったときに少女から会話開始。基本無愛想。少しきがかり。気持ち悪い人ね的に。アートへの疑念。タバコのためにライター貸す。皆の和からエスケープ。そのまま渡す。他いくつかの記号を伏線化。お開きになって別れてから。私のお気に入りのライター返してもらわなくては。男女関係の発端記号は常に漂わせること。)



☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆




花を焼かない少年は道の途中でガードレールに手を添えて、持病のめまいが放電されるのを待っていた。鉄に触れるとめまいは放電されるみたいにすっとなくなることが多いのだ。彼が妄想するに、ガードレールに乗り移っためまいは暫くして誰かに乗り移る。可愛い女の子ならいいんだけど。まったくクソじじいじゃあるまいしめまいなんてね。今回ガードレールは愛想なかった。彼にはかわいそうだけれど彼がめまいの内側で最初に思い出したのは、駅前の喫茶店で隣に座ったサラリーマンのことだった。上半身を口調に合わせゆすり電話口でまくし立てていた。内容が聞き取れなかったので彼は妄想をして、宇宙人が攻めて来る旨を上司に報告しているという設定にして、会話を考えていた。
「○○さん、信じてください。彼らは着陸地点に間違いなくこの日本を選んでいます。いえ、もうすでにしのんでいるかもしれません。彼らのやり口はかなり狡猾です。まずほとんどのケースにおいては、彼らはわれわれを擬態します。どうやるかですって?簡単です。遺伝子をコピーするんです。この星丸ごとの情報をコピーして、その中から平均的な遺伝子を計算し、それをコピーします。こうした計算の際彼らは、惑星ごとに処理系を分け、それらを同時に駆動させ、演算させ、それをワープによって合算するといった手法を使います。いえもちろん本当はもっと複雑で、便宜的に省略はいたしましたけれどもね。で、そして一度進入してしまうと、、、そうです、彼らは、少しずつずらしていくんです。なにをかって?聞いてください。なにをか知りたいですか?これっきゃないってやつをずらすんですよ。いえも

天才科学者

不老不死の研究をしていた男の人がいて、この人はたまたま天才だったので大体その研究に成功した。おめでとう人類!不老不死だ。しかし彼自身はすでにすっかり年老い、彼は彼の天才を費やしてしまってた。彼はこの発見の成果を発表する直前、大きな会場の待合室で、突然思う。年老いた自分は不老不死になってこの醜い体のままこの世界にありつづけるのだろうか。実験で、薬物による右手の甲にできた醜いしみをにらみつける。若者達は美しいまま自由だった。彼らはなにも考えない。この醜い世界を醜くしているのは美しい彼らだった。むしろそれを彼は羨ましいと思った。彼らは彼のおかげで永遠に美しいままになるだろうし、彼自身は彼のおかげで永遠に醜いことを保障された。酷く強い嫉妬の思いが彼を襲った。長い間の孤独な苦痛の作業の成果はただなにも考えない人間と、彼の手にのこる染み、彼の顔に刻まれた皺のためにあった。こんなことは理不尽だね。と彼は思った。彼はこの世界から不老不死と一緒に消え去ってしまおうかと思った。でもできない。だってそれならば一体彼とはなんのためにあったのだろうか?彼の人生とは一体なんのためにあったんだろうか?彼は声を上げずに泣いた。

ハンカチを持っていたことが、彼の不幸だ。彼はハンカチで目の辺りの涙をきれいにふきとり、待合室に彼を呼びに人がはいってくるとあわててあくびをして、寝不足を訴えてみせた。目がはれているのを隠すためだ。目がはれていますね。眠いですか。うん。ちょっと緊張して眠れなかったよ。もう、若くないから寝ないとだめだね。誰も疑わなかった。最後の嘘だ。4日後に彼は死ぬので。人が大勢待合室に入り乱れて、彼を見守った。彼はたちあがり誰かが彼のために開けて押さえているドアから出ていった。彼はそのドアが閉じるが閉じかけるのをふと後ろに感じて思わず振り返った。まさに閉じる瞬間彼は無意識的に思った。せめてそれが大きな音をたてて派手にばたんとしまってくれたらなにか彼は救われたような気持ちになれたかもしれない、と。しかしドアはゆっくりとエレガントにしまった。



 

メメントモリつづき

空腹に負けないような芸術を作る芸術家になりたい
僕は空腹に負けないような芸術を作るような芸術家になりたい。あるいは葬式の日取りを忘れてしまって聞き入ってしまうような音楽を作りたいのだ。考えれば考えるほど絶対無理だけど、でも考えに考えてそこに行き着いたのだ。今にみてろというわけだ。