重松清「エイジ」(​新潮文庫)

 中学2年生のエイジ。​団地に住む普通の中学生。​

 頭はいいが最近成績は落ち気味。ババスケットボール部で期待されたが、怪我で休部している。両親に対する反発もあるが、反抗するほど嫌いではない。
 そんな普通の中学生の主人公の周りで、不穏な事件が起こった。女性ばかりが暗闇で襲われる事件が多発し、その犯人は同じクラスの仲間だった…。

 事件やいじめ、親子関係、初恋を通して、等身大の中学生たちの成長を描いた作品。主人公のエイジだけではなく、ツカちゃん、相沢志穂ら同級生たちの成長も見事に描く。

「怖いけど…負けてらんねーよ」 (396p)

 この相沢の言葉に、重松清の子供たちへの応援メッセージが込められている。山本周五郎賞受賞作。

池井戸潤「ロスジェネの逆襲」(​文春文庫)

​ 数年前に一世を風靡したドラマ「半沢直樹」。
 だけどドラマも見てないし、半沢直樹シリーズの本を読んだのも初めて。
 流行りのものは遠ざける質なので。

 しかし本書は面白く、一気に読んだ。

 銀行員の主人公・半沢直樹は、系列子会社の証券会社に左遷させられた。そこで、親会社の銀行の横暴を目の当たりにし、出身行との対決を決意する。
 系列親会社と子会社の有無を言わせない上下関係。銀行と融資先の企業との上下関係。いや、好調な企業には平伏低頭し、落ち目の企業は徹底的に見下す銀行のしたたかさとおごり。「カネこそ権力の源泉」と言わんばかりに。

​ なぜ組織は腐敗するのか。​
​ 「みんな自分のために仕事をしている。そういう仕事は、内向きで卑屈で、身勝手な都合で醜く歪んでいく。」​

 どういう姿勢で仕事に臨むべきなのか。
 「正しいことを正しいと言えること。世の中の常識と組織の常識を一致させること。ただそれだけ」

 働くサラリーマンを応援する不屈の書といえる。

東野圭吾「麒麟の翼」(講談社文庫)

​ ​東京の日本橋​。橋に設置された2体の​麒麟像​の下で、死体が発見された。​​​すぐに捕まった無職の若者​は交通事故で意識不明の重体​。恋人は被疑者の無罪を主張する。​警察やマスコミは、被害者=会社の管理職、被疑者=元従業員という雇用問題にその原因を求めるが…。​

​ 東野圭吾の代名詞の一つである刑事・加賀恭一郎が登場する「​加賀シリーズ」の一つ。加賀は、簡単な事件という楽観論が広がる中で、現場周辺の徹底した聞き込みと鋭い洞察力によって真実に近づいていく。被疑者の恋人に寄り添い、弱い立場の人たちを守ろうする、加賀の人間的な優しさも本書の魅力の一つ。

「あんたは何が悪いか分かっていない」

​ 加賀のこの一言は、加害者サイドの心を打ち砕く力を持った言葉だ。​

​ ​東野のもう一つの​代名詞である「​ガリレオ・シリーズ​」​の​主人公​・湯川学が​、​帝都大学の物理学の先生で、科学​理論​によって犯罪に迫っていくのに対して、加賀シリーズ の加賀は、​出先に在籍する現場の刑事。​徹底した現場調査によって 真理に近づいていく​手法を得意としている。

 理論と現場。

 対照的な2つの個性を、事件に応じて巧みに操って物語を作り上げていく、東野圭吾の才能には脱帽するばかり。

東野圭吾「変身」(講談社文庫)

 平凡な青年・成瀬純一はある日不慮の事故に会い、運命を狂わされていく。

 彼は世界初の脳移植手術を受け奇跡的に助かったが、脳提供者の人格が徐々に彼を蝕んでいく。大人しかった彼の性格は怒りっぽくなり、次第に抑えが効かなくなり、ついに殺人まで犯してしまう。

 破滅に向かって突き進む主人公と、それを必至に食い止めようとする本人と、そして昔の恋人。
 主人公の生身の感情と、主治医の科学者としての冷静な観察。愛は人を救うのか? 衝撃のラストシーン。

重松清「ビタミンF」(新潮文庫)

 重松作品を初めて読みましたが、正直、これだけの書き手だとは知りませんでした。良い書き手と出会えた、この出会いに感謝。

 30代後半から40代前半までの、子育て世代の父親の視点から物語は描かれている。その父親の描き方は、時にはいたたまれなくて読み進むのをためらってしまうほど、切なくて、もの悲しいストーリー。
 かっこ悪くても、最後は前向きに頑張ろうとする主人公たちの姿に、思わずエールを送りたくなる。そんな七つの短編による作品。直木賞受賞作。

 重松清の名前は当然知っていましたが、これほどリアルに現実の葛藤を描くことのできる書き手だとは思ってもみませんでした。

東野圭吾「さまよう刃」 (角川文庫)

 娘を持つ親にとっては身につまされるストーリー。

 大切にしている一人娘が、花火大会の日に少年グループに拉致され、蹂躙され酷い殺され方で死んでしまう。復讐に燃える父親:長峰は加害者少年の1人を殺し、さらに主犯格の少年を追う。少年法の被害者側視点のなさをあぶり出し、罪はどう償われるべきか、誰が裁くのか。あまりにも悲痛な父親の想いに、身悶えしながら一気に読んだ。

 強姦事件の発生件数が年間1万件以上と言われる日本では、決して他人事ではない。
 自分が主人公の立場だったら…。
 東野圭吾の小説はいつも、鋭い「刃(やいば)」で当事者意識を迫ってくる。そこが魅力だ。

東野圭吾「宿命」 (講談社文庫)

 主人公の小学校時代、ライバルだった男。常に主人公より優れ、劣等感を感じ続ける存在だった。そして物語はすぐに動き出す。
 警察官になった主人公は、ある殺人事件の現場で再びそのライバルと遭遇するという“宿命”。その背後には、元恋人を巻き込んだもう一つの“宿命”。そして最後には想像を超える“宿命”が…。

 松本清張のミステリー小説の雰囲気が漂う、東野圭吾異色の作品。