音楽は稼いだ!!

音楽エッセイ

神曲プロデューサー楽曲解説

文庫版、発売中です。

 

単行本発売時(なんともう十年以上も前!)に、紹介記事を真面目なやつと不真面目なやつ、二つも書いたが、そういえば楽曲解説はしていなかったな……と思い出し、せっかくなので今回書くことにする。

 

1. 超越数トッカータ

音楽における「パクリ」を題材にした一篇。

着想の元になったいわゆる「パクリ疑惑」事件は二つあり、ひとつはジョー・サトリアーニの"If I Could Fly"とコールドプレイの"Viva la Vida"。


 後者のパクリ疑惑をかけられた方が世界的な大ヒット曲であるだけに当時けっこうな騒ぎになった。

 

二つ目は「記念樹事件」。

楽曲の同一性が裁判で認定されたという画期的な一件で、今でも著作権関連の判例研究では教材として取り上げられることが多い。この裁判の原告論述・被告論述・判決文はクソ長いがめちゃくちゃ面白いので時間があったらご一読をおすすめする。両曲がどのような根拠から同一のものであるか(被告側は、同一ではないか)について、法律のプロフェッショナルがロジカルの極みの超硬質な文章で説明する様はなんかもう前衛芸術的ですらある。文書としての規定のためだろう、楽譜表記すればわかりやすいところを文字のみで記しているため「ドレミーミレーレドドー」のようなメロディ表記が頻出し、笑わずに通読するのは絶対に無理。

短編全体としては「メロディなんて偶然似ることはいくらでもある」という主張だが、現実に存在する個々の案件についてはノーコメント。なお、事実だけを述べれば、サトリアーニとコールドプレイの間には和解が成立し、サトリアーニは盗作だという訴えを取り下げている。

 

2. 両極端クォドリベット

まずは「世界一長い曲」。


これは執筆当時の調査では世界一長い曲だったのだが、その後あらためて調べてみたら二番目であることが判明してしまった(実際にその長さで演奏されている、という条件つきである。もちろん)。

世界一はこちら。

しかしジョン・ケイジであることが大事なので訂正のしようもない。今後の数百年の間に起きるなにがしかの事故に耐え抜いて演奏を続けるという生存競争において、ケイジの方が勝ってくれることを祈るばかりだ。

作中での日時は2011年5月8日を想定している。D音が終わり、C音とCis音が鳴り始める。

 

一方で世界一短い曲に関しては、短いだけならいくらでも簡単に作れるため認定が難しく、ここではギネスブックの基準を採用した。


そのベースの4音は「D-D-D-C#」で、ジョン・ケイジの曲の方の2011年5月8日に起きる音変更にちゃんと対応している。

……というのは楽譜上だけの話で、僕は執筆時、ナパーム・デスグラインドコアバンドであることを完全に失念していた。この手のひたすらヘヴィなバンドといえば当然ながらチューニングは半音下げである!!!

気づかなかったことにしたい。

 

3. 恋愛論パッサカリア

登場するアイドルグループに蒔田が提供した曲の着想元は特にないのだが、ミュージックビデオのイメージにはいくつかネタ元がある。

一つはマイケルの"Black or White"。


 この最後(5:28あたり)のモーフィングで次々に顔が変わっていく部分がまず念頭にあった。

あとはQUEENの"THE MIRACLE"のアルバムジャケットも頭に浮かんでいたと思う。

きもいよね、このジャケット……。

はじめて見たのは中学生のときで、怖すぎたのでこの一枚だけQUEENなのに買わないようにしていた。

 

4. 形而上モヴィメント

前にも書いたが窪井拓斗の音楽面でのイメージは完全にベックなので、この一篇で扱われる曲もベックを想定している。


 この曲のメロディアスなコーラスが存在しない感じが窪井拓斗の作ってきた原曲で、そこにJ-POPばりのメロディの強いコーラスを付け加えてしまったのが蒔田、というイメージで書いた。

二人がついに到達できなかった完成品がベックのこの曲――という意味ではないのだが。現実は現実、小説は小説だ。

 

5. 不可分カノン

音楽をやめてしまう話なので音楽は登場しない。

ラストは『スプートニクの恋人』をやってみようという意図で書いた一篇なのだが、十年たった今になって読み返してみると想像していたよりも百倍くらいそのまんま『スプートニクの恋人』なので我ながら驚いた。今ならこうは書かないだろう。

十年越しの文庫収録、貴重な体験でした。

楽園ノイズ6楽曲解説

発売中です。

いつもの楽曲解説。

 

Enter Sandman(Metallica


真琴の「人生はじめての曲」、メタリカ最大のヒット曲。

こんな歌で寝かしつけられたら悪夢確定だろう。MVでも子供が寝苦しそうに悶えている。小さなお子様をお持ちの方、真似しないように。

 

人形の夢と目覚め(オースティン)


僕が生涯はじめて人前で披露した曲。今ちょっと試しに弾いてみたが第二部と第三部はまだ指が憶えていた。

我が家は洗濯機のお報せメロディもモーツァルトピアノソナタ第11番第1楽章でこれまた僕が弾いたことのある曲なので、毎日の生活で僕に甘苦い記憶を反芻させてくれる。

 

白日(King Gnu


新学年一発目のエピソード。同じ高校に軽音部もあるわけで、そちらの話を一本書いてみよう――と思い立ったところで、毎度のように選曲にとても悩んだ。真琴たちは高校生としては音楽の趣味がだいぶ偏屈なわけだが、今の時代の普通の高校生はどんな音楽を愛好するものだろうか?

いくつか候補はあったが最終的にはKing Gnuに落ち着いた。決め手となった理由はなんといってもこの曲がめちゃくちゃ難しいことだ。はじめて聴いたときにはリズム構成をまったく理解できなかった。Aメロがハーフタイムフィールで12/8拍子なのだが、同じメロディをリピートしておきながらAメロ後半でリズム隊がシャッフルビートで入ってくるので一時的にすさまじい酩酊感が生まれ、Bメロでノリが統一されたときに目の醒めるようなフックが入る。アマチュアがこれを再現するのは相当ハードルが高いだろう。難しければそれだけでドラマが生まれ、真琴が介入する余地も出てくる。

 

パガニーニの主題による変奏曲(ブラームス


パガニーニの遺した最も有名な旋律である《24のカプリース》終曲を主題にした派生曲というのは、名の通っている作曲家のものだけを数えても百曲近くある。

ピアノ独奏で抜きん出て完成度が高いのがブラームスのもの。これはまた「難しさがわかりづらい渋い難曲」が多いブラームスピアノ曲にしては珍しく「わかりやすく難しい曲」でもある。さすが音楽史上最も変奏曲が上手い作曲家ブラームス、これだけの大曲なのにまったく飽きさせない。

 

パガニーニによる大練習曲第3番《ラ・カンパネラ》(リスト)


みんながよく知っている方の《ラ・カンパネラ》。

パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番の終楽章《鐘のロンド》の主題をもとにリストが書き上げた流麗な小品。元になった曲がロンドなのでこちらもロンドだと紹介されることが多いが、AB二つの主題が装飾を変えながら繰り返されるだけなのでこれは明らかに変奏曲だろう。最後がA主題で終わるのでロンドに見えなくもないが。

超絶技巧が迸りすぎる傾向のあるリスト作品としては、非常にバランス良く整っていて演奏効果が高い希有な曲。リスト入門にも当然最適でしょう。動画を観ると素人目にはとんでもないパッセージの連続なのだがリスト弾きに言わせると「リストの中では易しい部類」なのだそうです。これで??????

 

パガニーニによる超絶技巧練習曲第3番《ラ・カンパネラ》(リスト)


みんなが知らない方の《ラ・カンパネラ》。

みんなが知っている方の《ラ・カンパネラ》も「超絶技巧練習曲」だと誤解されていることが多く(なにしろ名前がかっこいいからね!)、この曲集名で検索してもみんなが知っている方しかヒットしなかったりする。"S.140"と作品番号で検索しましょう。

最初は同じ旋律を用いているけれどアレンジがまるっきり違い、後半は長調に転じて全然違う素材が出てくるのがおわかりになるだろうか。こちらはパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番からとられている。こっちも良い曲なのだが、なにもキメラにしなくても、と思ってしまう。

なお、この曲よりもさらに前に「大幻想曲」というバージョンの《ラ・カンパネラ》も書かれていて、輪を掛けて演奏機会が無い。僕も一度も聴いたことがない。

 

Calling Occupants of Interplanetary Craft(Klaatu / The Carpenters


6巻のテーマソング。

原曲はカナダのクラートゥというスーパーバンドの曲(こちら)。しかしやはりカーペンターズ版の方がずっと良い。リチャード・カーペンターのアレンジャーとしての能力が冴え渡っている。

めっちゃ長いタイトルは、「星間船の乗組員に告ぐ」という意味で、そのまんまエイリアンに交信を呼びかける歌詞だ。実はこの曲には6月24日なんかよりずっとふさわしい日付がある。3月15日、「ワールド・コンタクト・デイ」のために書かれた曲なのである。世界中のUFO愛好家が夜空に向かってチャネリングするという、なかなかアレな日だったりする。

でもそんなんだれも知らないだろうし、電撃文庫の読者にとっては6月24日の方が何万倍も大切な日付でしょう。

この曲を最後に出そう、というのは執筆のかなり早い段階から決めていて、だから6巻は全体を通して「宇宙」がテーマとなった。これで『楽園の泉』から引いたエピグラフを6巻に持ってきていれば完璧だったのに! ……と悔やんでも後の祭り。

楽園ノイズ5楽曲解説

 

発売中です。

いつもの楽曲解説――といきたいところだが、実は今巻、「少し音楽を休んでみる」がテーマなので、なんと最後に一曲しか出てこない。

 

Raining (Cocco


 

一曲しか出せないが非常に重要なシーンなので、選曲にはとても迷った。

何曲もの候補の中から絞り込み、結局、個人的にも人生で最も大切な一曲であるこの歌を選んだ。書き上がったシーンを読み返してみると、やはりこの歌しかないだろう、という感慨がある。

なお、youtubeのものは最後の下降進行のリフレインがフェイドアウトで終わってしまっていて根岸孝旨の歌心あふれるベースラインを堪能しきれない。ぜひアルバムver.で聴いていただきたい。

この曲については本ブログのはるか昔の記事でも書いたことだし、今さら語るべき言葉もない。ただ聴いて小説を読んでくれればよい。

 

……しかしこれで終わると楽曲解説としては物足りないので、QRコードから飛べるおまけページの各キャラクターおすすめ曲を贅沢に全曲紹介&解説いたしましょう。

それぞれのキャラの特徴を完璧につかんだ選曲になっていると自画自賛。書いていてとても楽しかった。

 

○凛子

舟歌 / フレデリック・フランソワ・ショパン

ショパンの最高傑作を問われたら、僕ならこの曲を挙げる。

普通は舟歌バルカローレ)というと6/8拍子、つまり2拍子系のリズムでのんびりと水に揺られる様を表現する曲なのだが、ショパン舟歌は12/8拍子で息の長い哀切な旋律がほとんど切れ間無くずっと歌われ続ける。ゴンドラののどかさなど微塵も感じられない。

 

・ヴァイオリン、ピアノと弦楽のための協奏曲 / フェリックス・メンデルスゾーン


 天才少年メンデルスゾーンの二重協奏曲。とんでもない大傑作なのだが長きにわたって完全に無視され、忘れられてきた。知名度の低さに加えてソリストが二人必要なので今でも演奏機会は非常に少ない。もっと有名になれ!!

 

・The Entertainer / Billy Joel

ビリー・ジョエルの超絶技巧が冴え渡るロックナンバー。ライヴ映像を観るとこの複雑な伴奏をこともなげに弾きながら(ちゃんとシンセリードとかにも手を伸ばしつつ)歌いこなしているのがわかる。憧れる。

 

○詩月

・Red River Revel / Brian Blade

今世紀のジャズドラムに革新を巻き起こしたブライアン・ブレイドの、オリジナルバンドの記念すべき一曲目。独特の浮遊感あるグルーヴがたまらない。

 

・Wonderland / 上原ひろみ

もはやジャズというくくりをも超えてジャンル:Hiromiとしか言い様のない領域に達してしまった上原ひろみの、比較的聴きやすいトリオプロジェクトの曲。のれるかのれないかぎりぎりの境界面に展開していく幾何学的なサウンドに酔え!

 

・Fool in the Rain / Led Zeppelin

あらゆるロックドラマーがシャッフルビートのお手本にした怪物ナンバー。シンプルながらも執拗に繰り返されるヘミオラのリズム(12/8拍子の小節前半部分を、ドラムス以外は3/4拍子で弾いている)が麻薬的な不安定さを感じさせる。普通にビートにのろうとすると毎回2拍目に肋骨をぐりっとこすられるような違和感があるのがわかるだろうか。

 

○朱音

・陽炎 / フジファブリック

フジファブリックの四季を題材にした初期四部作、"夏"編。焼き付くような情景描写力。この曲はまたキーボーディストにとってイントロからエンディングまでぎっしり美味しい部分しかなく、僕が作家バンドでコピーした中では一番楽しかった曲だ。

 

・You! / LANY

LAのインディーポップバンド、LANYの出世作となる3rdのオープニングナンバー。最初から最後まで気持ちよいところしかない恐ろしい曲で、さらに恐ろしいことにアルバム一枚通しても気持ちよいところしかない。今後大注目のバンド。

 

・Guys / THE 1975

2020年、つまり『楽園ノイズ』最初の巻を出した年、いちばん聴いていちばん泣いた曲がたぶんこれだ。

ありがたいことにThe 1975は解散せず、もうすぐ5thアルバムを出す。

 

伽耶

・Sweet Emotion / Aerosmith

ハードロックの狭い枠組みにはとても収めきれない広い音楽性を有するエアロスミスの、ひときわ異質な初期ヒットナンバー。ヴィブラスラップの喘ぎを伴ってつま弾かれるイントロのベースソロはあまりにもエロティック。

 

・Hysteria / Muse

さる音楽誌のランキング企画で史上最高のベースリフに選ばれた歪みまくりのイントロは、一度聴いたら忘れられないほど鮮烈。ただ、ライヴだとせっかくのメロディアスなフレーズが全然聴き取れず、ベースを歪ませる難しさが如実に出てしまう。

 

・One Thing / One Direction

1Dのセカンドシングル。最初期の「清潔感あふれる美少年5人組で売っていこう」というコンセプトが最もよく現れたMVで、特にリアム・ペイン(最初にヴォーカルをとっているメンバー)の正統派ブリティッシュアイドル然とした麗しさは震えがくる。いや、今のリアムもかっこいいですけどね?

 

○華園

・YOU ARE THE ONE / 安室奈美恵

小室哲哉の渾身の作。サビの良さは当然だがAメロBメロともにまったく隙が無く、絶対にミリオンヒットさせるという気概がひしひしと感じられる。いつか、小室ファミリーという枠を取っ払ったオールスターで"日本のWE ARE THE WORLD"として聴いてみたい……。

 

my graduation / SPEED

ど直球の卒業ソング――に見せかけた「前向きな失恋の歌」なのだが、当時SPEEDに熱狂していた中高生たちはそんなこと気にせず卒業シーズンにカラオケBOXに繰り出してこの歌を大合唱していたものである。

一応この曲も本編ラストに演る曲の候補にのぼったが、明らかにテイストがあわないので秒で却下された。

 

・Happy Ending / Cocco

復活第一弾アルバム「ザンサイアン」のラストナンバー。魔法の塊みたいな歌である。Coccoのミュージックシーン復帰はちょうど僕の作家デビューと同時期で、これを聴いてなにがなんだかわからないくらい泣いた記憶がある。

 

○黒川

・TONIGHT / LUNA SEA

LUNA SEAの最高傑作。ほんとにオクターヴパワーコードだけでできている曲なのにこれ以上ないほどのV系の粋を集めたようなサウンド。アレンジとはかくありたい。

 

・Part That's Holding On / Red 

クリスチャンロックの代表格REDの壮大なパワーバラード。哀愁ストリングスの使い方がとにかく悶絶もの。

 

・In the End / Black Veil Brides

感動的なまでにコテコテのメタルコアのガワをかぶりつつ、ポップで親しみやすく濁りゼロのサウンドにミディアムテンポ四つ打ちビート。まさに「売れるデスメタル」。コアなメタラーからは似非バンドとしてむちゃくちゃ嫌われているらしい。良いバンドの証明みたいなもんである。

 

○小森

交響曲第8番ヘ長調 / ベートーヴェン

第7番とセットで作曲、初演された不遇曲。ベートーヴェンとしてもかなりの自信作だったらしい。わかる……。

 

交響曲第3番ニ長調 / チャイコフスキー 

 チャイコフスキー唯一の五楽章交響曲。また唯一の長調交響曲でもある。賑やかで舞曲楽章が多くてメロディアスで良いところしかない曲なのに、全然人気がない……。

五楽章だから長いと思われがちだけれど4番とか6番と大して変わらんからね!

 

交響曲第7番ニ短調 / ドヴォルザーク

これは上二つとは比べるのも申し訳ないくらいのけっこうな人気曲。でも9番が人気すぎるんだよな……。全体的なまとまりは9番より上だと思うのでもっと演奏機会増えろ。

 

○真琴

Hollow Years / Dream Theater

ジョン・ペトルーシ曰く、詞と旋律とアレンジがすべて同時に浮かんできたという、なにもかもが完璧な曲。実はこの曲も本編ラストの候補曲のひとつだった。真琴がメインヴォーカルをとれるし、「重荷が取り除かれ、聞こえてくるのは虚ろな日々の崩れ落ちていく音」という詞は卒業の歌に使えなくもない。でもやっぱりやめました。

 

・All At Once / Whitney Houston

ほんとにこの曲は最初どこで聴いたのか記憶にない。調べてみると連ドラの主題歌に使われていたらしいのだが時期的にも内容的にも観ていたはずがない。謎は謎のまま、歌だけがずっと心の中に残っている。

 

・デイジー / さだまさし

最後は、ちょっと意外性を出したいという下心も込めて、さだまさし

さだまさしは詩人として強すぎるため小説ではまず使えない。おまけSSのトリを飾るというのがなかなかふさわしい使い方なのではないかと思う。

 

 

本編ラストの使用曲を決めるにあたって、Rainingと最後までどちらにしようか迷っていたのも、実はさだまさしだった。

・つゆのあとさき / さだまさし

今日は君の卒業式、という歌詞で始まる、一見ベストマッチの歌だ。

しかしリクエストでこれが出てくるか……? と考えたとき、やはりちがうよな、となった。代わりに最終章の章題に使わせていただきました。

あと、これ、「つゆのあとさき」という題名からわかるように実は卒業式の歌ではない。SPEEDのmy graduationと同様、恋人から卒業するという体の別れの歌なのだ。本編ではどうしても桜のイメージが欲しかったので、初夏の情景がくっきり浮かぶこの歌はちょっと難しかった。

 

「聴いてはいけない」から始めるクラシック入門

「クラシックってなにから聴けばいいの?」

……という質問を、これまでにたくさんぶつけられた。

 

さよならピアノソナタ』を書いて以降、なんかクラシック音楽に詳しい人間だと思われてしまったらしく、作家同士の飲み会などでことあるごとに訊かれる。

これほど返答に困る質問もない。範囲が広すぎる。

たとえば日本に一度も来たことがない外国人に「今度日本行くんだけどおすすめはどこ?」と訊かれたら、まあなんとか答えようもあるだろう。とりあえず京都行っとけ、とか。

しかし地球に一度も来たことがない異星人に「今度地球行くんだけどおすすめはどこ?」と訊かれたらさすがに答えに詰まるでしょう? そういうことです。

 

で、最近、考え方を変えた。

範囲が広すぎて案内のしようがないなら、「最初に聴くべき曲」を案内するのではなく、むしろ「最初に聴いちゃだめな曲」の範囲を示して、選択肢を大幅に省いてやる方がいいのではないだろうか?

このアイディアをもとに、『楽園ノイズ4』の第4章を書いた。

最初はこの「聴いちゃいけない、から始めるクラシック入門」のネタだけで1章分まるまる稼いでやろうともくろんでいたのだが、さすがに話が進まなすぎるので断念。用意していたネタがほとんど無駄になってしまった。

 

もったいないのでブログで再利用する。

 

聴いてはいけない(1):歌曲

クラシック音楽は電力の発明が人間社会に大改革を引き起こす前の時代のもの。その頃はまだ、「拡声」という技術が存在しない。人間の声を他の楽器に埋もれないように目立たせるために、人間離れした訓練による超絶発声法を用いていた。必然的に、歌声は話し声とはかけ離れる。クラシック初心者にとっては、人間の声といういちばんなじみ深い音がすさまじく異質な使い方をされているので、聴いていてとても疲れる。

ということで歌が入っている曲はすべて聴いてはいけない

クラシックでも歌はやはり音楽の中心分野なので、声楽を省くだけでぐっと範囲が狭まって選択が楽になる。

 

聴いてはいけない(2):ウィーン古典派

クラシック音楽ときいて一般人がぱっと思い浮かべるのがモーツァルトとかベートーヴェン、いわゆるウィーン古典派だろう(クラシック音楽の作曲家を挙げろと言われてバッハ・モーツァルトベートーヴェン以外の名前がすぐ出てくる人は、クラシック初心者ではないか、あるいはなんかのスマホゲーで出てきたから憶えているだけだ)。

ウィーン古典派はクラシック音楽の基礎を手探りで少しずつ固めていた段階なので、歴史に残る大傑作も多い一方で駄作も多い。なにも知らない初心者が聴くにはあまりにも打率が低い。したがってモーツァルトベートーヴェン聴いてはいけない

 

聴いてはいけない(3):バロック音楽

楽器もまだ発展途上だったバロックの時代は、調性音楽も確立されたばかり。音楽界は未踏の処女地ばかりだったので、みんな実に無邪気に「聴いていて心地よい音」をひたすら並べて曲を作った。これを現代人の我々が聴くとどういう印象を受けるかというと全部同じに聞こえる。だからバロック以前の音楽はすべて聴いてはいけない

(バッハやヘンデルがなぜ現代まで弾き継がれているかというと、時代の最後発でそれまでの技術のいいところを総取りできた――というアドバンテージはあるかもしれないけれど、本質的には、彼らが卓越したメロディメイカーで、心に残るフックのある旋律を作れたからだ)

 

聴いてはいけない(4):ドイツ系ロマン派

ヴァーグナーブラームスを筆頭に、シューベルトシューマンブルックナー、Rシュトラウスマーラーなどは、長くて仰々しくて暗くて聴くのが疲れる。それから総じてベートーヴェンに崇拝とか劣等感とか幻想とかを持ちすぎている。聴いてはいけない

 

聴いてはいけない(5):短い曲

前項と矛盾しているようだが、短ければいいというものでもない。というか、1曲3分~5分くらいが当たり前の現代からすると、クラシックの曲はどれもむちゃくちゃ長いでしょう。ちゃんと理由がある。

クラシック音楽の時代には、録音技術がなかった。楽譜の売り上げだって微々たるもの(というか出版社が一曲いくらで買い上げる形式が多かった)。音楽家が儲けるには演奏会で一発当ててヨーロッパ各地で再演しまくるしかなかった。一晩の楽しみを提供するからには曲にそれなりの長さが必要なので、短い曲に全力を傾ける作曲家なんてほとんどいなかったのだ。

クラシック入門と称して短い有名曲ばっかり寄せ集めた曲集がよくあるが、全然だめ。短い曲ばかり聴いてはいけない

 

聴いてはいけない(6):20世紀以降のもの

クラシック音楽は時代を経るにつれてそれまでの形式を破壊して難解な方へと進化し、ついには悪名高い現代音楽という深海に沈んでしまうのだが、厄介なことに、同じ作曲家でも最初はわかりやすい音楽をやっていたのに晩年わけわかんなくなるという例が数多い。作曲家で分けるよりは年代で分けた方が実情にそぐいやすい。ということでざっくりと、20世紀以降のクラシック音楽はわけわからんので聴いてはいけない

 

さあ、これで絶望的なまでに広かった地図もだいぶ塗りつぶされて行き先を選びやすくなったはずだ。

ここで記事を終えてもいいのだが、このままだと大人気作曲家をdisりまくって方々に喧嘩を売っただけに終わってしまうので、上記を踏まえて僕が本気で考えたクラシック初心者への最適入門ルートを挙げていきたいと思う。

おすすめは、ドイツ系から影響を受けつつも中心地からやや離れた中欧・東欧の、19世紀に活躍した作曲家。具体的にいえばショパンチャイコフスキードヴォルザークラフマニノフの四人だ。

 

おすすめ(1):ショパン

ショパンの特長はなんといってもピアノ曲しか書かなかったところ。完全に自分の得意分野の中だけで活動したという点に加えて、書いた曲のうち自分で出版した曲の割合が非常に少ない。自作への審査基準がたいへん厳しかったのだと思われる。つまり駄作率がめちゃくちゃ低い(おそらくクラシック音楽史上、最も駄作率が低いのではないかと思われる)。さらにはほとんどが単楽章の曲なので長さもほどよく、クラシック音楽初心者に自信を持っておすすめできる。

ポロネーズ第6番変イ長調"英雄"

ショパンの魅力全部入りのこの曲からどうぞ。すごいことをやっていてちゃんとすごく聞こえるのにまったく嫌みがない希有な曲だ。出てくるメロディすべてが美しく、シンプルな三部形式ながらも主部にポロネーズが挟み込まれていたりと巧妙な深みが加えられていて7分間まったく飽きさせない。

 

おすすめ(2):チャイコフスキー

ロシア音楽がなんとか独自性を獲得しようともがいていた時代に、あまり民族音楽に引っ張られず、西欧のイケてる流行をしっかり吸収して自分のものにしたのがチャイコフスキー。ドイツ系音楽の良いところだけ選んで受け継いだのでまったくの理想的なメジャー感を手に入れ、その後のロシア音楽の本流となった。

だから初心者にもおすすめしたいが、チャイコフスキーにはひとつ大きな罠がある。超有名でおすすめされやすいピアノ協奏曲第1番が、実は全然初心者向きではないのだ。これは聴いてはいけない。聴くならこれだ。

弦楽のためのセレナーデ

弦五部のみの編成に、均整のとれた四楽章。一音符の無駄もない、という表現がまさにふさわしい。弦だけなので、オーケストラ曲はちょっと重たい、と感じてしまう初心者のステップアップとしても最適。
超有名な旋律も合計三回も出てきてお得です。

 

おすすめ(3):ドヴォルザーク

チャイコフスキーと同年代、チェコでも同じように自国の音楽を確立しようという動きがあり、その中でやはり西欧のメジャーシーンをしっかり意識したのがドヴォルザークヴァーグナーにかぶれたりブラームスに心酔したりチャイコフスキーと仲良くなったりアメリカに渡って現地の黒人音楽を学んだりと多彩な音楽遍歴を持つが、ぶれなかったのはその卓越したメロディメイカーぶりのおかげだろう。

スラヴ舞曲のような短めの単楽章の名曲も数多く残しているが、ショパンチャイコフスキーを通過してクラシックに少し慣れてきたならやはりこれを聴いていただきたい。

チェロ協奏曲ロ短調

交響曲オールタイムベストは? とか、ピアノ協奏曲オールタイムベストは? とか、ヴァイオリン協奏曲は、ピアノ独奏曲は、オペラは、とか、クラシック音楽ファンはとかく「オールタイムベスト」の話題が大好きで、そしてどの分野でもだいたい結論は出ずに終わるのだけれど、こと「チェロ協奏曲オールタイムベスト」に関してはほぼ異論も出ずこの曲で決まるだろう。ぐうの音も出ないマスターピース。協奏曲だけれどオーケストラがチェロの引き立て役に終わらず、特に金管のドラマティックな使い方が光る。終楽章のコーダはほんとうに何度聴いても魂が震える。

というかこの音源、youtubeでてきとうに検索して見つけてきたんだけどすごくいいですね。ブリュノ・フィリップという新鋭チェリストのコンクールでの演奏らしい。

 

おすすめ(4):ラフマニノフ

「聴いてはいけない(6)」で20世紀以降のものは聴いてはいけないと書いてしまったが、すみません、ラフマニノフの活躍時期はほぼ20世紀です。

しかし言い訳するわけではないが、このラフマニノフという人は、実質的に19世紀の作曲家といって差し支えない。チャイコフスキーの正統後継者で、20世紀のヨーロッパに吹き荒れまくった前衛音楽には目もくれずに昔ながらの調性音楽を書き続けた。聴衆には大人気な一方で、評論家からは古くさくて保守的だと叩かれまくった。もうこの点だけでもおすすめできる。大衆には支持されて評論家には嫌われるなんて、そんなのどこの分野でも最高の才能に決まってるでしょう。

ピアノ協奏曲第2番ハ短調

そんなラフマニノフの大出世作。自身が不世出のピアニストであったこともあってピアノの超絶技巧がこれでもかというくらいに詰め込まれているのに、それだけでは終わらずオーケストラの充実ぶりも素晴らしく、その証拠に第一楽章も第二楽章もピアノを伴奏に弦や木管がメロディを奏でるという異例の始まり方をする。出てくる旋律すべてがやり過ぎなくらい美しく叙情的で、当然というかなんというか映画音楽に使われまくっている。

この曲はまた、ほとんど同じ雰囲気でより深遠にパワーアップしたピアノ協奏曲第3番というネクストステップがあるため、聴き慣れてきて気に入ったら次に進むべき曲がはっきりしているという点でも実に初心者にすすめやすい。

 

聴いちゃえ!

ということで、ここまで読んで、聴いて、慣れてきたあなたは、さんざんdisってきたバロックもドイツ楽派もオペラもどんどん聴いてOK。disってごめんなさい。あくまで「初心者は」聴いてはいけない、ですからね?

良き音楽ライフを送られますように。

楽園ノイズ4楽曲解説

 

発売中です。

いつもの楽曲解説。

 

といっても第一編のV系の話には実在曲は出てこない。

『黒死蝶』というバンド名はもちろん黒川と蝶野という名字からとっているのだが、オリジナルメンバーのあと二人が志村(Bs)と島田(Dr)でありメンバー全員の最初の文字をとって造ったバンド名である――という裏設定がある。

死村さんと死ま田さんかわいそう!と真琴がツッコむネタを考えていたのだが黒川・蝶野の対話が予想外にシリアスになってこれ以上ギャグを挟む余地がなかった。ここに供養しておく。

 

 

交響曲第41番ハ長調"ジュピター"(ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト

けものみち』との試奏曲。僕はモーツァルトを基本的には過大評価されている作曲家だと思っているのだが、しかし、たまにあるこういう曲を聴くと「すみませんでした天才です」とひれ伏したくなる。この終楽章のフゲッタは音符の一つ一つに至るまでまったく無駄がなく完璧に輪をかけて完璧であり、なんだかもう数学のエレガントな証明を見せられている気分になってくる。

あと、この楽章なんといっても楽譜がめちゃくちゃ美しいのです! 小編成で段数も少ないので全体をぱっと見て把握できるし。

 

管弦楽組曲ヨハン・セバスティアン・バッハ

第3番ニ長調

第2番ロ短調

第4番ニ長調

バレンタインコンサートの演目。

クラシックを題材にするときにはいつもそうだが、この一篇もまず選曲で難航した。曲が決まらないとプロットも組みようがない。せっかくやるからにはPNOのメンバーがオーケストラに参加しないと面白くないが、かといってどの楽器で参加するんだ? という話からになる。

朱音は、もう目をつぶって、こいつ天才だからな! 楽器はなんでも弾けるってことで! ……とヴァイオリンを割り当てた。詩月はドラマーだしティンパニならぎりぎり納得の範疇だろう。凛子は? 鍵盤楽器しかできない。ピアノは作中でも書いた通り管弦楽に入れると曲を支配するか壊してしまうかのどちらかになる。じゃあチェンバロか。自動的にバロック以前となる。でもバロックティンパニってそんな使わないよな、なにかあったっけ?

こうしたほとんど選択肢のない暗中模索の末にたどり着いたのがバッハの管弦楽組曲だった。ありがとう大バッハ。こんな曲まで書き残してくれていて。

第3番ニ長調の第2曲が有名なアリア。日本における音楽用語ではヴァイオリン属の「弦」のことを「線」と呼ぶ習わしがあり、ヴァイオリンの弦は高い方からE線、A線、D線、G線。これが「G線上のアリア」という、音楽に詳しくない人間からは一見なんのことかよくわからないがインパクト抜群の曲名の由来となった。もしこれが「G弦上のアリア」だったらここまであちこちでパロディにされることもなかっただろう。

 

心と口と行いと生活で(ヨハン・セバスティアン・バッハ

何度でも再掲。

しかしこのオランダバッハ協会というYouTubeチャンネル、質量ともにすばらしい。チャンネル登録しておくだけで充実したバッハ生活が送れること請け合い。

 

中期ルネサンスの主題による26の変奏曲(イゴール・メドヴェージェフ)

……という曲は存在しないのだが、イメージするにあたってモデルとした曲は三つある。一つ目はベートーヴェン第7番の第2楽章。テーマと最初の三変奏はこの曲をイメージしている。アレグレット(やや活発に)の葬送行進曲、という一見矛盾しているような楽想がなんといってもこの楽章の肝なのだが、暗い水の底のような美しいメロディに引きずられて重たく演奏してしまう指揮者がほとんどで、僕好みのちゃんとしたアレグレットで演ってくれているのは知っている限りではカラヤンしかいない。

二つ目はブラームスハイドン変奏曲。このブログのはるか昔にも一度記事にしたが僕の最愛の変奏曲で、明に暗にと移ろいながら最後に巨大な構造に展開するという全体的な構成はこの曲をイメージした。

三つ目はラフマニノフパガニーニ狂詩曲。モスクワ楽派の管弦楽変奏曲というとずばりチャイコフスキーの書いているロココ調変奏曲もあるのだが、あちらは明るすぎる。短調で暗い情念が欲しかったのでラフマニノフに登場願った。

なおイゴール・メドヴェージェフという作曲家自体もおおむねラフマニノフをパクった感じを想定しており、1巻で真琴が持ち出してきた「前奏曲イ短調」は有名な「前奏曲嬰ハ短調」をイメージしている。

 

       * * *

 

今巻は「コントラバス」が隠れたテーマだった。ありがたいことにカバーイラストにも使っていただいた。

コントラバスといえば、クラシック音楽界においてはヴィオラと並んで「虐げられている」楽器である。コントラバスを虚仮にする「コントラバス・ジョーク」というのが本一冊書けるくらいある(これは比喩表現ではなくほんとうにそういう本を僕は一冊持っている)。コントラバス出身の指揮者・作曲家というのが存外多いそうなのだが、その理由はよく言えば「オーケストラを最後方から俯瞰できて総合的な耳が養われるから」悪く言えば「音を外してもだれも気にしないくらい暇で、陽の当たる世界に出たくなるから」なのだそうである。ジョークとはいえひどい。

さて、そんな虐げられた脇役であるコントラバスだが、一応は独奏曲もある。

これはジェイコブ・ドラックマンというアメリカの現代音楽の作曲家が書いたコントラバス独奏曲で、見ての通りマレットでボディを叩いたり謎のささやき声を発したりと訳のわからないやりたい放題のいかにもな現代音楽なのだが、曲名がなんと"VALENTINE"!!

これは使うしかあるまい。バッハの見事な余韻も覚めやらぬバレンタインコンサートのアンコールで小此木さんが悠々とひとりステージに歩み出てきてこの曲を堂々と演奏しクラシック初心者のカップル客たちをどん引きさせる――

……という展開を考えていたのだが、どこにも入れる余地がなかった。悔しいのでここで供養する。

楽園ノイズ3楽曲解説

 

発売中です。

いつもの楽曲解説。

 

Arms of Another (ヘレン・シャピロ)


ヘレン・シャピロは若い頃に英国でヒットを連発したポップス/ジャズ/ゴスペル歌手だが、年を重ねてからの活動は落ち着いており、日本向けに日本の有名曲を英語詞でカヴァーしたアルバムなんかを出したりしている。その中にひっそり収録されていたのがこの曲。「あなた」と"another"をかけた詞の付け方が密かに巧い。

原曲は――

 

あの鐘を鳴らすのはあなた和田アキ子


言わずと知れたこの曲。「紅白で鐘ばっか鳴らしてる」などと揶揄されたこともあったが、こんな稀代の名曲が持ち歌にあったらしかたない。発売当時ぜんぜん売れなかったそうだが、レコ大を獲り、数え切れないほどカヴァーされて歌い継がれている。曲そのもののパワーの証だろう。あと、詞の面でも阿久悠の最高傑作ではないだろうか。

カヴァーは数多いが実はアレンジが非常に難しい。特にBメロが「どすこいどすこい」という感じなので、昭和歌謡のダサいホーンセクション以上にマッチするバッキングがなかなかないのだ。デーモン小暮閣下などがロックアレンジで歌っているけれど、ロックになっているとは言いがたい。PNOは果たしてどんなアレンジをしたのだろうか。

あまり関係ないが若い頃の和田アキ子が美しすぎて息をのむ。麗人、という言葉がいかにもふさわしい。

 

Eleanor Rigby(ビートルズ


作中には名前しか出てこないが言及しておきたかったのでご紹介。真琴が読んだ小説というのはアンソニーホロヴィッツの『メインテーマは殺人』である。実際にこの3巻の執筆中に読んでいたので書き出しのとっかかりに使わせてもらったのだが、執筆段階では半分も読んでいなかったので、くだんの老婦人がなぜこの曲を自分の葬式のBGMに選んだのかわかっていなかった。
脱稿後に読了し、ああ、うん、なるほど……。となった(ホロヴィッツ読者ならば理解していただけることと思う)。

 

Where It's At(ベック)


窪井拓斗というキャラクターは「外見は栗原類、音楽はベック」と、珍しく明確なモデルを設定して創ったので、カヴァーする曲も当然ベック。米国文化には詳しくないのだが、スクールヒエラルキー上位層のウェイウェイ文化圏の音楽であるヒップホップを下位のナード・ギーク文化圏に融合させた立役者がベックであるらしく、どこか知的すぎて弾けきれないもどかしさが心地よいこの曲を聴いていると、なるほど、と思わされてしまう。

 

心と口と行いと生活で(ヨハン・セバスティアン・バッハ

バッハが大量に書いた教会カンタータのうちの一曲に過ぎないのだが、終曲のコラールの伴奏があまりにも素晴らしいため、マイラ・ヘスというピアニストがこれをピアノ独奏にアレンジし、大ヒット。一気に有名になってしまった。コラール自体はヨハン・ショップという17世紀の作曲家の歌曲を引用したものだが、伴奏はバッハの独創だ。カンタータの一部だということも、コラールの方が主旋律であり有名な三連符の連続は対旋律なのだということも知らない人がほとんどではないだろうか。
見過ごされがちだが合唱曲としては第1曲のフーガの方が見事。

 

クリスマス・オラトリオ(ヨハン・セバスティアン・バッハ

詳しい解説もほとんど作中でやってしまったので、ここでは真琴が言及している第2部冒頭のシンフォニアをご紹介。たしかにト長調で三連符系の曲という点は『主よ、人の望みの喜びよ』と同じだが、12/8拍子と9/8拍子の曲なのでそのままではマッシュアップできない。なにかしらうまくやったのだろう。

 

Last Christmasワム!


作中での 登場順は 前後するが、ここからAdvent#1~#4のクリスマスソングを続けてご紹介。まずAdvent #1はワム!の世界的大ヒット曲。実質的にはジョージ・マイケルのソロ曲だという。

ジョージが亡くなったのは奇しくも12月25日で、Last Christmasについての誤解が誤解でなくなってしまったことはまだ記憶に新しい。

 

クリスマス・イブ(山下達郎


Advent #2はシティポップの帝王、山下達郎会心作。メロディも歌詞もアレンジもすべてが完璧すぎて震えてくる。およそ日本で制作されたレコードの中で、完成度という点でこれに比肩する作品はないのではないだろうか。五十年後、百年後もきっと十二月がくればこの曲がどこかしらで流れることになるだろう。

 

Happy Xmas(ジョン・レノン

Advent #3はジョン・レノンの平和祈念クリスマス・ソング。『さよならピアノソナタ』でも使った曲なのでもはや書くことがないが、二つの素朴な旋律が掛け合うこの曲はトイピアノの狭い音域でも再現できればかなり華のある演奏になるのではないかと思われる。

 

Wish(露崎春女

Advent #4は、作劇上マイナーな曲である必要があったため、個人的な思い入れの深いこの曲を選んだ。僕が高校を卒業してすぐ、ローソンでアルバイトをしていた頃に、クリスマスが近づくと店内放送でヘヴィローテーションされていたのがこの曲だ。ローソン時代のほとんどの出来事は忘れてしまったけれど、この曲だけは今も心に残っているしCDも買った。今でもクリスマスの時期には必ず聴いている。僕の原風景のひとつを構成している歌だ。

クリスマスのエピソードを書いていたのはちょうど梅雨が終わって蒸し暑くなってきた頃で、この曲をエンドレスで流し、「今はクリスマス、今はクリスマス……」と必死で念じながら描写に冬の雰囲気が出るように努めた。つらかった。

 

       * * *

 

アルバムの最後に長大な組曲が収録されている、というのが僕は大好きだった。EXTREMEの3rdとか、MUSEのあれとあれとか。GREEN DAYもやってたっけ。全部名盤だ。自分でも当然やりたい。

今回もその少年期の気恥ずかしい欲望の続きを本の中で叶えてやることにした。横文字の章題もなかなか気に入っているのだが、縦書きになるとちょっと締まりが悪くなるのが唯一の難点であった。あくまでも目次ページで一覧として並んでいるところを見て(作者が)にやにやするための組曲形式である。あしからず。

ポップすぎると叩かれたら必ず名作である説について

もうだいぶ前になるが、本ブログでこんな記事を書いた。

メタラーがポップすぎてメタルじゃないと評したらそれはもう絶対に傑作だろう

 この記述、半分は記事を面白くするための盛りだが、もう半分は真実だと自分でも思っている。つい最近、この説を見事に補強する例と出逢ったのだ。

ONE OK ROCKである。

 

       * * *

 

ワンオクはもう何年も前にちらっと聴いたことがあって、そのときの感想はたしか「ヴォーカルはすげーが曲は性に合わないかな……」というあたりで、ちゃんと聴き込まずに放置していた。

ところがサブスクリプションによって出逢いの機会は一気に増え、ニューリリースの項目で僕は彼らの最新シングル"Renegades"を耳にした。

地の果てまで吹っ飛び、土下座し、現時点での最新アルバムもすぐさま聴いた。

 

Eye of the Storm

Eye of the Storm

昼も夜も聴きまくり、2021年に入ってからいちばん多くリピートしているアルバムになった。

ところでこの最新アルバム、調べてみると評価が真っ二つで、特に古参のワンオクファンからの評判がすこぶる悪い。Amazonレビューには「アメリカでの売れ線狙いに迎合するな」「昔のハードだったワンオクを返してくれ」といった★1や★2がずらりと並んでいる。

わかる。わかるぞ。その感想にはまったく同意できないというかむしろ正反対だが、正反対だからこそ言いたいことがよくわかる。僕はここから"Ambitions"、"35xxxv"と時系列を遡って聴いていったが、どんどん自分の好みから外れていくので結局"Eye of the Storm"しかローテーションしていない。

これらのレビューを目にしてふと思い出した一枚がある。

LINKIN PARKチェスター・ベニントン生前最後のアルバム"One More Light"だ。

One More Light

One More Light

 これまたヘヴィなラップロックを愛好する古参のリンキンパーカーたちからはぼろくそに叩かれたアルバムで、悪評の内容も"Eye of the Storm"が浴びせられたものとそっくりだ。売れ線狙いのポップソングばっかり。ハードでヘヴィな頃に戻ってくれ……。

もうお察しかと思うが僕はもちろんこの"One More Light"も大好きである。

 

       * * *

 

ここからは完全に僕の推測だが、"Eye of the Storm"はほんとうに"One More Light"を目指したアルバムではないだろうか。世間の反応が似通っているという点だけではない。なんといってもどちらの盤にも同じくKiiaraと共演した美しいバラードが含まれているのだ。

それでいて、"Eye of the Storm"には"One More Light"に漂っている閉塞感が微塵もない。これからもバンドの未来は洋洋と開けていて傑作をいくらでも生み出してやる、という気概に満ちているし、実際に"Renegades"が出た。これこそが、チェスターが求め続けてけっきょく手の届かなかった"もうひとつの光"ではないだろうか。

きっとONE OK ROCKLINKIN PARKの果たせなかった道を征き、まったく知らない世界を僕らに見せてくれるだろう。次のアルバムが待ち遠しい。

 

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ということで、「ヘヴィさを売りにしているアーティストがポップすぎると叩かれたら必ず名作である」は非常に心強い実例をまたひとつ獲得した。これはもう完全に定説になったといっていいのではないか。

同じように叩かれている作品があったらぜひ教えてください。喜び勇んで聴きます。