双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

見えない敵と戦って居る

|戯言| |雑記|


連休と云うのは魔物である。
ちょっとばかり多めに客が入って、ちょっとばかり多めに売り上げて、
ひょっとすると、このままこの良い感じが続くかも…などと
僅かでも浮足立とうものなら、翌日には掌をひらりと返すが如く、
途端に絶望の奈落へ突き落される。そうかと思うと今度は
傍若無人の一見客、と云う恐ろしい刺客を息つく暇も無く
次々と送り込んでは、我々を忙殺の業火に苦しめるのである。
そう。彼らには我々の考えなどいつもお見通しで、
我々がこうして彼らの思惑通りに一喜一憂右往左往する様を、
滑稽滑稽と高みから見下ろして、せせら笑って居るのだ。


「ホビダー、一体何が在ったって云うのよ?」
「なあスカリー、聞いてくれ。君だって本当は分かって居る筈だ。
大衆は連中の徹底した管理下に置かれ、その体内へ埋め込まれた
特殊なチップにより行動も思考も、完全にコントロールされて居る。
現に僕らの元へこうして送り込まれては、自らの意思とは関係なく
同じ時間に来店し、同じものを注文し、会計で小額紙幣を求められても
一切応じず『一万円札しかない』と皆一様に同じ台詞を口にするんだよ!」


希望的観測も期待も捨てろ。自分以外の何も信じるな。
そうして今日も我々は見えない敵と戦って居る。

四月逍遥

|雑記|


◆しばらく途絶えてしまって居た音信が気にかかり、思い立って旧長屋時代のご近所さんだった方へ数年ぶりに便りを出した。もしかしたらご迷惑だったかな…と半分諦めて居たのだけれど、二・三週間程が経った頃だろか。郵便受けに絵葉書が届いて居た。余白いっぱいに特徴の在る懐かしい筆跡が躍り、彼女らしいお茶目なイラストが添えられて。近況報告に愛猫の病のこと。いつもより少し寂しい春、と綴りつつも最後に「元気です!」と在って、ほっと安堵した。しみじみと嬉しかった。お便り、出して良かったな。


◆先週、お外っ子のお嬢が急に膀胱炎となり、一先ずは常備の猪苓湯で様子見したものの、閉院までは薬だけ出して頂けるとのことで、赤ひげ先生の所へ電話。翌日に先生不在の赤ひげ医院を訪ねると、丁度奥さんと娘さんが入院先から戻ったばかりのところであった。お話によれば先生は脳梗塞で倒れられたとのこと。現在は意識も戻って容態も安定し、徐々に会話や食事ができるよになって居ると云う。嗚呼、良かった。ご家族の皆さん、くれぐれもご無理なさいませんように、と気持ちばかりの差し入れを渡し、お嬢の薬を受け取って外へ出ると、同じく薬を取りに来たのであろう飼い主さん方が、やはり手に差し入れの袋を持って待って居た。皆其々に思いが在るのだな。先生や奥さんの人徳と姿勢。


◆その数日後。知人の話で爺ちゃん先生が四月に入ってすぐに亡くなられたと知った。倒れる直前まで仕事して居て、倒れてひと月余りで逝かれた訳で、何と云うか、すぱっとして潔い様が本当に先生らしいなと思った。死に様って、人となりが出るものなのかも知れない。


◆新緑の季節の足音と共に、Tさんから嬉しいお知らせが届いた。旧長屋時代からの長いお付き合いのご近所さん。久しぶりに訪ねに行くよ、って。コロナ禍の僅か数年間の空白が、それ以前に在った筈の時間を、事柄を、もうずっとずっと前の遠い日のことのよに感じさせてしまう。何倍も長く感じさせてしまう。近頃ふと湧き上がるその感覚が、ひどく切なく思えることが在る。でもきっと実際に合って互いの顔を見てお話したら、空白で歪んだ時間感覚はすぐに元へ戻る気がするのだ。たのしみでそわそわでわくわく。


◆連休中、隣県の美術館へ遠出しませんか?とのお誘いを受けるも、聞いたら印象派展とのことで、むむぅ食指動かず…(笑)。丁重に遠慮申し上げる。否、決してモネとか印象派がいけないのじゃないんです。単に私個人の偏った趣味の問題なんです。

爺ちゃん先生と赤ひげ先生

|雑記|


先月、かかりつけの医院へ目薬の追加を貰いに行こうとしたら、
先生が突然倒れて二月の末に閉院した、と聞き呆然。えーっ!
その少し後には、お外っ子お嬢でお世話になって居る赤ひげ先生が、
やはり突然倒れたとのこと、今月いっぱいで閉院すると聞いた。
えーっ!思いつく言葉が見当たらず、文字通り言葉を失う。

爺ちゃん先生の所では、お年頃に伴う不調やら季節のアレルギー等々。
こちらの云うなり…もとい、希望に沿って漢方薬を処方して下さり、
大変に助かって居た訳で、それ故ここと同じよな融通の利くお医者が
他に在ろう筈も無く、今後のあてが見付からず本当に心底困って居る。
嗚呼どうしよう。因みに、爺ちゃん先生の病状が如何様かと云うと、
二月の中頃に診て貰った時は、いつも通りの毒舌とつっけんどんで
相変わらずだったし、特に具合の悪いよには見えなかったのが、
既にステージ4の膵臓癌と聞いた。医者の不養生とは云うけれど、
まさしくそれを地でいった格好なのだった。或る意味先生らしいか。

一方の赤ひげ先生はと云うと、少し前から満身創痍が滲み出る感じで、
無理がたたらねば良いがなぁ…と不安に思うところが在った。
いつも忙しくひっきりなし。幾ら看護師さんの手際が良いとは云え、
先生の年齢を考えれば、相当にハードなのではなかったかと思う。
特に多頭飼いさんや個人ボラさんらにとっては、赤ひげ先生が
唯一の頼みの綱であったから、皆路頭に迷ってしまうだろなぁ。
お金は二の次、犬猫第一主義。野良っ子も区別なく診察してくれる。
こんな志の獣医はここいらには先生以外、誰も居ないものなぁ。
今月いっぱいは、知り合いの先生にお願いして週に一度、
ワクチン接種と既に予約の在った不妊手術のみ行うとのことだが、
閉院すると云うことは、先生の満身創痍ももう限界なのだろうし、
跡を継ぐ者が誰も居ないとすれば、やはり仕方のないことか。
しかし何より、赤ひげ先生の病状が心配である。


ここ数か月の間に、突然に、立て続けに、ふたつの灯が消えた。
小さい灯かも知れないが、決しておもねらぬ灯、良心の灯であったよ。
患者や飼い主がおかしなことを云えば厳しく叱り、
自らの評判だとか、人からどう思われるとか、一切気にしない。

外見は立派できれいで新しくて、耳ざわりの良いばかり、
どれも似たよな、薄っぺらなのばかりが残る。
嗚呼、こうして段々につまらなくなっていっちゃうなぁ。

爺ちゃん先生も赤ひげ先生も、長い間お疲れ様でした…。

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