ミステリを読む 専門書を語るブログ

「ほしいつ」です。専門書ときどき一般書の編集者で年間4~6冊出版しています。しかしここは海外ミステリが中心のブログです。

『象牙色の嘲笑〔新訳版〕』ロス・マクドナルド、小鷹信光、松下祥子(訳)、ハヤカワ・ミステリ文庫、1952、2016ーー後半の怒涛の展開は一気読み

 私立探偵リュウ・アーチャー・シリーズの第4作目の作品。あまり初期と思っていなったけど、比較的初期作でした。前に『悪い男』をロス・マク的と書いたけど、本当にそうだったかなと確かめたくて手に取りました。本作は、昔、読んでいると思いますが、新訳されたようで、絶版が多いロス・マクのなかでも数少ない書店で手に入る作品です。

 情景描写や物語の進め方、キャラクターの書き方など、往年のロス・マクらしさがすでに出ていますが、最初驚いたのが、物語がサクサク進むことです。金持ちの婦人が自分のメイドの若い黒人女性を探し出してほしいという依頼シーンから始まるのですが、その若い女性の写真を受け取らず、目の大きさやスタイルなどだけで、働いているというカフェにすぐに行って、そんな簡単に確定できないだろうと思うのですが、すぐに店で見つけ出してしまうのです。

 それから、彼女を追っていくと、首を刃物で切られて殺されたメイドを見つけ出してしまう。殺人容疑かかかることを恐れたアーチャーは真犯人を捜し出す。なんといったらよいのか、物語にとって都合がよすぎて、リアリティを失っているのではと心配するほどです。とにかくアーチャーが向かうところに死体を発見するなど強い偶然のエピソードが出てくるのです。

 それでも、後半から最後にかけて、前半に仕掛けた設定が異なるものであることが炸裂するというロス・マクのお馴染みの展開ですが、それがセリフで全部説明してしまって、急ぎすぎているんじゃないかと感じます。

 というわけで☆☆☆★というところですが、やはり後半の展開は面白く、もう一度確かめておきたいなというところで☆☆☆☆です。ちょっと甘い数字ですが、この個性はやはり捨てがたい。今の作家にはないものですので。

『「少年ジャンプ」黄金のキセキ』後藤広喜、ホーム社、2018

 著者は『少年ジャンプ』の創刊号から編集者としてかかわり元編集長の回顧録。後藤氏といえば、平松伸二氏の自伝漫画『そしてボクは外道マンになる』で主人公の初代担当で登場されています。『ジャンプ』の編集者の回顧録はおそらく3冊目で多いですね。それだけニーズがあったということでしょう。私のように読む人もいるわけですし。

 本書は後藤氏が『ジャンプ』創刊号からのヒット漫画を分析し評したもので、あくまで制作側の一編集者からみたマンガ評で目新しい情報は少ないが、そういう意味で資料的価値はある。しかし、「『ジャンプ』は本宮ひろ志の雑誌であった」のような分析はない。私としては、80年代までは本宮ひろ志、その後を継いだのが鳥山明ととらえているのですが。

『悪い男 ―エーレンデュル捜査官シリーズ』アーナルデュル・インドリダソン, 柳沢由実子(訳)、東京創元社、2008、2024ーーストーリーはシンプルで、複雑なテーマをもち、謎解き要素もある職業物

 新作が出たら読む作家は幾人しかいませんが、アーナルデュルはそういう作家のひとり。過去作の感想にも書いているかもしれませんが、筆致に悲劇を描くロス・マクの残り香があるので、それだけでも価値があるシリーズです。読んでいると、主役が替わるとこととかマクベインを思わせるクラシックは感じがプンプンする。そんなアーナルデュルの新作は、原著が2008年発行であり、それを差し引いた評価をしなくてはならないでしょう。

 Amazonでは「エーレンデュル捜査官シリーズ」と書かれていますが、本作は同僚の女性捜査官のエリンボルグがレイプ魔が殺された事件を単独で現場検証と関係者への地道な捜査、職業人らしいひらめきで犯人を追い詰めます。

 アパートで殺された男は、のどを鋭い刃物で切り裂かれ、部屋の中は血の海だった。男は射精したばかりであり、女性もののTシャツを着て、女と一緒のときに殺されたのではないか。その女性が犯人ではないかという線で捜査を始めると、男は薬を用いてレイプをしていると分かった。事件の夜に足に装具を付けた者がいたという目撃証言、男はインターネット配線などを部屋でつなぐ仕事をしていることから、一つ一つ犯人を絞っていくのだが…。

 前作も同じだったと思うのですが、ストーリーはシンプルで、複雑なテーマをもち、謎解き要素もあり、職業物のいった感じが好ましい。捜査官は捜査の基本を守っている感じがする。謎解きと犯人のバランスがあまりよくないのですが、それでもフェアプレイが守られているので☆☆☆☆ですね。結構、満足しました。

 ただ尋問方法は2008年発行とはいえ古いなあと感じました。

『QJKJQ』佐藤究、講談社文庫、2016、2018ーー信頼できない語りだけど面白い

 『テスカトリポカ』の作者の江戸川乱歩賞受賞でデビュー作。『テスカトリポカ』『爆発物処理班の遭遇したスピン』が素晴らしかった。本書の評判は設定がライトノベル的というところまでしか知らず手に取っていませんでした。

 最初はライトノベル的かなと思いつつ、昔の近所で私的な物語が起こる村上春樹的な語り口に変化し、最後は現実と意識が紛れ込む信頼できない語りに収れんしていき、真相が語られるものの、本当にそれが真相なのかという感じで頁を閉じる。そういう意味で、かなりオリジナリティのある作品だと思います。

 読後、Amazonのレビューと江戸川乱歩賞の選評を読んで、自分の読後感と比較しましたが、どの評も一理ありという感じで、まあこれは好みだよな、というところに落ち着きます。

 というわけで、☆☆☆☆というところです。これはライトノベルの世界で行われていることであり新しくないのだというのもわかりますが、やはり夢野久作的であり、諸星大二郎的でもあり、古くて新しいというのが正しいと思う。すでに発表から6年たっていますが古さと新しさをもっていますからね。

『猫の舌に釘をうて』都筑道夫、徳間文庫、1961、2022ーー二重・三重の設定の謎解きミステリ

 都筑道夫の長編ミステリ第2作目の作品。『やぶにらみの時計』と同様に短かったので、連続して読んだ。本作は昔読んだのだけど、まったく記憶にありません。初読とまったく同じです。発表はジャプリゾの『シンデレラの罠』の前年であり、オリジナリティがバリバリの作品である。作家・都筑道夫が主人公の作家・淡路瑛一の作品を書いたミステリという設定で、さらに淡路が自分を主人公としたミステリで非常に手が込んでいます。気をつけて読まないとその設定を忘れてしまい、☆☆☆★というところです。

 しかし都筑道夫って、元祖オタクだったのだなあと感じる。

 

『やぶにらみの時計』 都筑道夫、徳間文庫、1961、2021ーートリッキーな二人称小説

 分厚い小説が続いたので、短期間で読み終えられる小説ということで、また都筑道夫の初期長編が徳間文庫で再刊されていたので手に取りました。

 二人称の小説で、ストーリーとは言うと、朝起きてみると、妻や友人が自分のことを別人の名前で呼ぶという謎から始まって、主人公の男が知っている東京の地域をかけずりまわるというもの。トリックはあるんだかないんだかというもので、面白さとしては普通で、☆☆☆★といったところです。

 そういえば、最近のとある古本市で都筑さんの「キリオンスレイ」シリーズや一人雑誌シリーズの単行本(文庫ではなくて)が多く売られていました。地が小さくて買いませんでしたけど。

『グレイラットの殺人』 M・W・クレイヴン 、東野さやか訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2021、2023ーースリラーと謎解きの融合

 クレイヴンの4作目の作品。ワシントン・ポーのシリーズ最新作です。前作までは謎解きミステリ一直線でストーリーに二転三転ありましたが、本作ではスリラー的要素も含んだものとなっています。しかし、事件を盛り込みすぎている感じがして、本筋になかなか入っていかなかったという印象です。もうちょっと謎解きミステリとしてではなく、スリラーとして読んだほうが楽しめたのかなと失敗しました。

 殺人事件が起きて、事件解決を政府から受けたポーですが、被害者の経歴を調べていくうちに、軍人時代の人間関係と事件がからんでいくというもので、おそらくはイギリスでは有名な事件が元となっているようで、まったく知らなったので本筋に入るまで大変でした。

 確か『パイナップルアーミー』でフォークランド紛争において、イギリスの軍同士が打ち合いになったというエピソードが紹介されていましたが、本作で同じエピソードが紹介されていました。これはイギリスでは戦争の悲劇として象徴的なエピソードなんでしょう。

 というわけで、謎解き要素と意外な犯人要素が少し弱いなと感じたところで、☆☆☆★というところです。ちょっと長すぎたなあ。この作家の作品を読むたびに、文章が上手くないなあ(決して下手ではないけれど)と感じるのはなんでだろう?