平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

信国遥『あなたに聞いて貰いたい七つの殺人』(光文社)

 若い女性ばかりを惨い手口で殺害し、その様子をインターネットラジオで実況するラジオマーダー・ヴェノム。その正体を突きとめてほしいと、しがない探偵・鶴舞(つるま)に依頼してきたジャーナリストのライラは、ヴェノムに対抗してラジオディテクティブを始めることを提案する。ささいな音やヴェノムの語り口を頼りに、少しずつ真相に近づきはじめる鶴舞とライラ。しかしあと一歩まで追い詰めたとき、最悪の事態がふたりを襲う――(粗筋紹介より引用)
 光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」の第三期として、選考会で指摘を受けた個所を改稿し、2024年4月、光文社より単行本刊行。


 一回ごとに1人の女性を殺すところを実況する配信「ラジオマーダー」。パーソナリティのヴェノムは、全七回配信すると宣言している。既に第三回が終わっていたが、死体はまだ発見されていない。オッドアイの美女でフリージャーナリスト・桜通(さくらどおり)来良(らいら)は、脱サラして1年前に事務所を開いたばかりの私立探偵・鶴舞(なお)に事件の解決を依頼するとともに、犯人迫るための手段として「ラジオディテクティブ」を配信することを提案した。そして鶴舞は、第四回の配信を基に、殺人現場と死体を発見する。A県警T警察署刑事課強行犯二係の名城は先輩の東山に、いつか捜査一課に行きたいと話していたが、死体の発見場所が管轄内であったことから、事件の捜査に加わることとなり、捜査一課のベテラン・飯田とともに行動する。
 不特定の若い女性に対する連続殺人事件を配信するという劇場型犯罪。それに対抗する劇場型探偵。さらに負けじと動き出す捜査本部。物語は鶴間の一人称による探偵パートと、東山の一人称による警察パートの交互で進む。
 かなり改稿したものと思われるが、主要登場人物が少ないこともあり、犯人像はある程度簡単に浮かび上がる。多分改稿前はもっと露骨だったのだろう。犯行や探偵の配信はそれほど目新しいものではないので、作者が描きたかったのは、連続殺人のミッシング・リンクは何かという謎と事件の構図と思われる。そして、その狙いは成功した。この作品が面白くなるのは、後半から。この畳み込みは新人の筆としては悪くないし、一気に読める。
 ただ、あまりにも都合がよすぎる展開には疑問を抱く向きも多いだろう。他人や警察が、ここまでシナリオ通りに動くはずがない。読者によっては興醒めするかも。それも多くの読者が。
 アイディア頼りの作品で終わっているので、もう少し肉付けが欲しい。ブラフのかけ方を覚えてほしいものだ。

駄犬『死霊魔術の容疑者』(マイクロマガジン社 GCノベルズ)

 巨大な版図を誇るラーマ国。しかし、一代で大国を築き上げた「武王」が病を得たことで各地で反乱が勃発し、王国に滅亡の危機が訪れる。だが突如、アンデッドの軍団が反乱軍を襲い次々と鎮圧。禁忌とされる死霊魔術を一体誰が使ったのか。謎の死霊魔術師の行方を追う王国の騎士・コンラートは、ある村で怪しげな屋敷に出入りする一人の少女・ルナに出会う。赤い瞳、白い肌、金色の髪――少女は一体何者なのか? 屋敷の主は死霊魔術師なのか? デビュー作が驚異的売上を記録した最注目の新人作家が贈る、読む者に命の価値を問う珠玉のファンタジック・サスペンス。(粗筋紹介より引用)
 2024年4月、書下ろし刊行。

 ストーリーは、王国の騎士・コンラートから問いかけられたルナの一人語りで進む。ルナは1000年以上も前に魔法で世界を支配していた、滅亡した少数民族アスラの民の血を濃く引く者。小さいころに人攫いにあい、人買いに買われ、家事や勉強やマナーなどを学び、そして死霊魔術師カーンに買われ、弟子となる。途中、他の人物視点によるエピソードを挟むものの、そのほとんどはルナのいままでの人生が語られる。
 淡々と話が進むので、盛り上がりに欠けるところがあるのは事実。別れのシーンとか、もっと感情をこめた文章にしてもいいんじゃないかと思うのだが。とはいえ、ルナはあっという間に成長するし、目が離せない内容になっているので、退屈することはない。
 エンディングに進むにつれ、各エピソードが意外なところで結びつく展開はさすがと言える。作者、絶対ミステリを読んでいるよね、この構成。そして最後に美しいエピソードを持ってくるところはうまい。それと、後日談の使い方が優れている。
 ミステリではないけれど、ミステリでよく使われる構成をうまく味付けにして、感動のエピソードを仕上げるのが作者の持ち味だろう。そんな持ち味が十分に生かされた作品。さて、あなたは「命の価値」にどう答えるか。

米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)

 小市民を志す小鳩君はある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。目を覚ました彼は、朦朧としながら自分が右足の骨を折っていることを聞かされ、それにより大学受験が困難になったことを知る。翌日、警察から聴取を受け、ふたたび昏々と眠る小鳩君の枕元には、同じく小市民を志す小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。迫る車に気づいた小鳩君が小山内さんを間一髪のところで突き飛ばしたため、小山内さんは無傷で済んだのだ。小佐内さんは、どうやら犯人捜しをしているらしい……。小鳩君最大の事件を描き四季四部作の掉尾を飾る冬の巻、ついに刊行。(粗筋紹介より引用)
 2024年4月、書下ろし刊行。

 恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある小鳩常悟朗と小佐内ゆきが、二人で清く慎ましい小市民を目指す『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋季限定栗きんとん事件』と続いた小市民シリーズ完結編。番外編『巴里マカロンの謎』を除くと、前作から15年ぶりの新刊となる。
 高校三年生の冬、小鳩君は轢き逃げにあい、病院に搬送される。思い出すのは、三年前、中学三年生の時に同じ場所で起きた轢き逃げ事件。事件は解決していたが、当時轢かれた小鳩君の同級生が自殺したらしいと聞き、当時の謎を思い出す。一方小鳩君に助けられた小山内さんは、犯人探しを始めていた。
 高校三年生の小鳩君のひき逃げ事件と、中学三年生の小鳩君と小山内さんが遭遇した轢き逃げ事件が交互に語られる。中学三年の轢き逃げ事件は、小鳩君と小山内さんが初めて遭遇した事件であり、二人が小市民を目指すきっかけとなったもの。シリーズの始まりと終わりがほぼ似たような事件を通して対比して描かれるというのは、作者の技の見せ所である。
 三年前の愚かな、青臭い小生意気な子供だった二人と、成長した二人。その違いを見るのが非常に楽しい。三年前に堤防道路で焼失した車の謎ははっきり言って大したものではないし、轢き逃げ事件の犯人もわかりやすいもの。だけど、そこは大した問題ではない。本書は、青春時代の苦い思いと成長を書いた作品なのだ。
 単品として、そして本格ミステリとして読むと弱いかもしれない。しかし、青春小説として、そしてシリーズの掉尾を飾る作品として読むと、傑作と言っていいだろう。過去三作は正直物足りなかったが、本作のためにあったのか、と思ってしまうぐらい、見事なシリーズのまとめ方でした。

ジェフリー・ディーヴァー『スティール・キス』上下(文春文庫)

 NYのショッピングセンターでエスカレーターが誤作動を起こし、通行人の男性を巻き込んだ! 刑事アメリアは必死に救助するが男は痛ましい死を遂げ、あげくに捜査中の犯人を取り逃がしてしまう。リンカーン・ライムに助けを借りたいが、彼は市警を辞めてしまっていた。一方のライムは、民事訴訟でこの事故を調査し始める―――。(上巻粗筋紹介より引用)
 エスカレーターの不具合は故意に仕掛けられたものと判明、事故は機械を凶器に変えた殺人だった。連続殺人犯の動機は謎に包まれたまま、見習い捜査官をチームに加えライムは真相を追求する。アメリアを狙う狂気の目…真犯人は一体誰なのか?日常に潜む危険をあぶり出すリンカーン・ライム・シリーズ第12弾!(下巻粗筋紹介より引用)
 2016年、刊行。2017年10月、文藝春秋より邦訳単行本刊行。2020年11月、文庫化。

 リンカーン・ライムシリーズ第12弾。なぜかライムは市警を辞めているし、アメリアとの関係もちょっと隙間風が吹いている。ライムのラボでインターンとして働くジュリエット・アーチャーという元疫学研究者は登場するし、アメリアの元恋人である元刑事のニック・カレッリが登場する。
 いつの間にか舞台はデジタル社会になっており、作者も最新のものに敏感なのだなとは思ってしまう。上に書いたように気になる人物も登場してくる。とはいえ、今さらアメリアの前の恋人が出てきてもなあ、という思いは強い。何とか新味を出そうと、作者も必死なのだろうか。
 とまあ、そんなことを思ってしまうぐらい、物語の展開に既視感が強いことも確か。読んでいて退屈はしないが、過去の作品と比べると面白さは落ちる。惰性で読み終わってしまった。