平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

J・C・ポロック『樹海戦線』(ハヤカワ文庫NV)

 CIA内部に潜むソ連の大物スパイ――――その正体を暴く情報を持つために、元グリーンベレー隊員のスレイターは暗殺者に命を狙われ始めた。激闘の末、からくも生き延びたスレイターと戦友のパーキンズは、武器を集めてカナダの森林地帯に入り、敵を迎え撃つ作戦に出る。だが、そこに送り込まれてきたのは、ソ連が誇る特殊部隊の精鋭だった! 大自然を舞台に展開するプロ対プロの激烈な戦い。迫力溢れる冒険アクションの傑作。(粗筋紹介より引用)
 1984年、発表。作者の第三長編。1986年2月、邦訳刊行。

 ポロックを読むのは初めて。とにかく男臭いというか、プロとプロとの戦いに徹しているというか。なぜ狙われるのかもわからないまま、暗殺者の襲撃から逃げ続け、さらに戦友とカナダの森林地帯で最後の対決。そして最後に明らかになるこの闘いの真実。
 武器を手にとっての闘いは激しく迫力溢れるものであるが、よくあるヒーローものにありがちな異次元の動きなどはなく、リアルすぎるもの。そして何もわからず闘うところは、国と組織の残酷さと汚らわしさ、そして無常さを漂わせている。国の勝手な都合で戦うしかないマイク・スレイターやライル・パーキンズの姿、そして戦いの中でボロボロになってしまったアル・マルヴァヒルの姿は、戦いの虚しさしか見られない。だからこそ、平和に生きていたわずかな時間のスレイターたちの姿が尊い
 派手さこそないものの、冒険アクション小説の傑作という言葉に偽りはない。ただ、ちょっとぐらい救いは欲しかったかな。まあ、この方がよりリアルなんだけど。

白井智之『東京結合人間』(角川文庫)

 生殖のために男女が身体を結合させ「結合人間」となる世界。結合の過程で一切嘘が吐けない「オネストマン」となった圷は、高額な報酬に惹かれ、オネストマン7人が孤島で共同生活を送るドキュメンタリー映画に参加する。しかし、道中で撮影クルーは姿を消し、孤島の住人父娘は翌朝死体で発見された。容疑者となった7人は正直者(オネストマン)のはずだが、なぜか全員が犯行を否定し……!? 特殊設定ミステリの鬼才が放つ、狂気の推理合戦開幕!(粗筋紹介より引用)
 2015年9月、KADOKAWAより書下ろし刊行。作者の第二長編。加筆修正に加え、単行本刊行時にときわ書房本店限定で配布された「船橋結合人間」を収録し、2018年7月、角川文庫化。

 「結合人間」とはいったい何だろうと思ったら、男女が生殖器を使って交尾するのではなく、子孫を残すために互いの体を結合させることである。顔には四つの目が横一列に並び、蛙に似た大きな口があり、肩から四本の腕が伸び、ドラム缶のような巨大な胴体を四本の脚で支えている。精巣と卵巣がくっつくことで生殖器ができ、子供を自ら生むことができる。一般的に感情をつかさどる部位は女の細胞がもととなり、身体機能や動作をつかさどる部位は男の細胞がもとになる。ところが数千組に一度の割合で、脳機能が逆転した結合人間が生まれてしまう。すると一切嘘が吐けない「オネストマン」となってしまう。よくぞまあ、こんな設定を考え出したものだ。
 第一部ともいえる「少女を売る」は、「寺田ハウス」を名乗って安アパートで共同生活を送るネズミ、オナコ、ビデオという若者が主人公。この三人は少女売春斡旋やビデオ販売などで生き延びているのだが、この章は読んでいて気持ちが悪くなる。よくもまあここまで残酷に、そして気持ち悪くなるぐらいの描写で書けるものだ。エログロ、ここに極まれり。読むのを止めようと思ったぐらいだが、なんとか我慢して第二部ともいえる「正直者の島」に入る。
 最後は怒涛の推理合戦になるのはこの作者ならではなのだが、そこまで読むのに気持ち悪くなったところに、些細な描写の伏線を拾いまくる推理のオンパレードには疲れてしまったというのが正直なところ。感心はするが、ごちゃごちゃしていて頭のなかで整理がつかない。おまけにあのエピローグには呆然とするしかない。
 設定そのものには感心するが、面白いとは思えなかった。今まで食わず嫌いだったことは事実だが、読まなくてもよかったかな、と思っている自分がいる。そもそもよっぽどうまく料理してくれないと、こういう多重推理物を楽しめる度量が自分にはないようだ。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
「求刑無期懲役、判決有期懲役 2024年度」に1件追加。「各地裁別最新死刑・無期懲役判決」を更新。

 ちょっと意外な判決でした。こういうとき、被害者の反撃行為を被告人は予想していたものと判断されることが多いというのが、私のイメージです。もちろん、過去の裁判例を調べ直したわけではありませんので、勝手なイメージですが。

 なんとなくですが、過去の例を探してみました。裁判員裁判で一審無期懲役判決が、二審で有期懲役に減軽された被告人は(見落としがなければ)以下です。

  • K・H:無期懲役→懲役15年。別事件で懲役23年が確定している。合計約1,211万円を被害弁償していることから「被害弁償をしていない実行役と同じ無期懲役にするのは躊躇せざるを得ない」
  • N・T:無期懲役→懲役30年。「一審判決は死亡の原因となった火災の責任を重く判断し過ぎており、酌量減軽すべきだ」
  • A・R:無期懲役→懲役25年。求刑懲役25年。「常習傷害と殺人は別個の罪であり、評価も個別に行われるべきだ」「殺人に計画性までは認められず、殺害方法が殊更に残虐性の高いものとはいえない」
  • S・K:無期懲役→懲役28年。「共犯者の暴行が被害者の死因となった可能性が否定できない。遺族に3000万円の賠償金を支払った」
  • I・Y:無期懲役→懲役25年。心神耗弱の状態や被害者の父親が厳罰を望んでいない点などを考慮。
  • A・T:無期懲役→懲役20年。「精神障害が与えた影響は相当大きい」と判断し、心神耗弱状態であったと認定。

『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/star.html
お笑いスター誕生!!」新規情報を追加。シティボーイズの納豆病のコントです。

 ヒロ吉田さんのXによると、元Wコミックの亮王(井出りょう)さんが2024年3月に亡くなられたとのことです。ご冥福をお祈りします。

邦光史郎『社外極秘』(集英社文庫)

 電機業界の機密攻防戦のさなか、経営悪化の産業調査研究所を営む日沼らは有力メーカー・エコーの新製品の機密を握る。時を同じくして、経営不振を見透かしたかのようにエコーから大きな仕事がまいこむ……。そして“電業新聞”の磯村社長の突然の失踪──その意味するものは、いったい何か? 各メーカー入り乱れての熾烈な裏工作、スパイ活動を迫真のタッチで描く産業推理小説
 1962年、三一新書より刊行。同年、第48回直木賞候補。1985年4月、集英社文庫化。

 1962年にデビューした邦光史郎の長編二作目。作者が初期のころに書いていた産業推理小説の代表作。解説には、作者自ら「産業スパイ小説」というネーミングを出版社に申し入れたとのこと。
 東芝松下電器ソニーを思い起こさせるような東邦電気、山中電器産業、エコーなどの電器メーカーが入り乱れる産業スパイ小説。この分野でいえば、代表作なんだろうとは思う。実際、タイトルだけは知っていたし。
 ただ今読むと、とんでもなくきつい。リアルすぎる書き方のため、あまりにも考え方も行動も古い。女性を道具扱いするような社会の描き方は、戦前くらいまでのド田舎だったらファンタジー扱いして読めるのだが、普通の企業を舞台として読むのはとんでもなくしんどい。それに行動パターンも古臭い。産業スパイが仁義なき戦いであることはわかっているのだが、攻める方も守る方もここまでやりたい放題というのは読んでいてしんどい。
 この時代のミステリが読まれなくなった理由が、今さらながら身に沁みてわかるような一冊だった。ただ、ただ、しんどいだけ。昔の社会派推理小説だと、ここまでしんどくならないんだけどなあ。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
無期懲役判決リスト 2024年度」に1件追加。「各地裁別最新死刑・無期懲役判決」を更新。「求刑死刑・判決無期懲役」を更新。

 色々と追い付いていません。

ヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』(創元推理文庫)

 人気作家エイモス・コットルを主賓に迎えたパーティーが、雪深きコネチカット州にある出版社社長ケインの邸宅で開かれた。腹に一物あるらしき人々が集まるなか、余興として催されたゲーム“幽霊の2/3"の最中に、当のエイモスが毒物を飲んで絶命してしまう。招待客の一人、精神科医のベイジル・ウィリング博士は、警察に協力して関係者から事情を聞いてまわるが、そこで次々に意外な事実が明らかになる。作家を取りまく錯綜した人間関係にひそむ稀代の謎と、毒殺事件の真相は? マクロイの傑作として、名のみ語り継がれてきた作品が新訳で登場。(粗筋紹介より引用)
 1956年、ランダムハウス社より刊行。マクロイの第15長編。1962年、創元推理文庫より邦訳刊行。

 1962年に創元推理文庫から出版されて以来、長く絶版状態だった一冊。東京創元社の「文庫創刊50周年記念復刊リクエスト」で第1位となり、新訳が刊行された。
 昔の創元推理文庫の巻末にあった出版リストに載っていた(はずだが、別の場所で見たのかもしれない)ので名前は知っていたので、復刊時に購入したが結局そのままになっていた一冊。
 「幽霊の2/3」というゲームだが、「親になった者が各プレイヤーに順番にクイズを出題する。それに答えられなければ、一回目は幽霊の三分の一、二回目は幽霊の三分の二になる。三回答えられないと、幽霊の三分の三、つまり完全な幽霊になる。要するに死ぬわけで────ゲームから脱落する。最後まで生き残った者が勝者となり、次の親になる」というものである。人気作家エイモス・コットルがこのゲーム中に青酸化合物を飲まされて殺されるのだが、毒物が検出されたのは彼のウイスキーのグラスだけで、他の飲み物には入っていなかった。しかも即効性であるのに、死亡する前の数分間は彼の周りに誰もいなかった。そしてパーティーに出席していた彼の妻やエージェント、出版社社長たちは、金の卵を産む彼を殺害する動機がなかった。
 毒殺トリックについては、タイトルこそ思い出せないが過去の別作品でも使われているもので、の引用だったと思う。しかしこの作品の主眼は殺されたエイモス・コットルという人物。彼自身や彼を取りまく人物の描写と謎が素晴らしく、出版界の裏事情と合わせて絶妙な物語を生み出している。特にタイトルが物語と密接につながっていく展開は見事である。
 ただ、結末に向けての展開は駆け足過ぎて、今一つ。特に事件の動機を聞かされてもスッキリしないのは残念。完成度という点で、他のマクロイ作品よりは落ちると思う。だから、いままで復刊されていなかったという気がしなくもない。
 どうでもいいが、ベイジル・ウィリング博士がもう少し魅力的な人物だったら、面白さがもう少しアップしているような気もする。