いわせんの仕事部屋

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学校で遊ぶということ

映画「ゆめパの時間」。

yumepa-no-jikan.com

 

できるだけ早く見たい。ホームページをみているうちに2年前に川崎子ども夢パークを訪問したことを思い出し、その時の文章を発掘。ここに載せておきます。

開校してもうすぐ3年経つが、「子どもと遊び」にアクセスできていない。昼休み、来年度こそ小さくアプローチを始めるぞ! という決意を込めて転載。

大人からの積極的な仕掛けが大切だな。仕込みを少しずつ始めよう。

今こそ身体を介した遊びが大事。

 

         *  *  * 

2020年3月の記録。

 

川崎子ども夢パークを訪問してきた。
http://www.yumepark.net/
軽井沢風越学園がはじまって半年。一番課題に感じていることは、子どもたちが意外と遊ばないこと。広い森があり、たっぷりとした時間(昼休みは1時間半)があっても、自由な遊びはたくさんは生まれないということを痛感している。


休み時間や放課後、Chromebookで時間を潰している子が多かった。楽しくないわけではないが没頭しているわけでもない、でもなんとなくいじって楽しむ、そんな感じ。
きっかけがあれば遊びが広がる。遊びの楽しさは遊んでみないとわからない。楽しさは事後にわかるのだ。つまり、今はきっかけが少ない。これは大人側の問題でもある。

 

学校づくりのプロセスで描いた情景では、そこかしこで異年齢で遊び浸っているイメージを持っていた。森の幼稚園の子たちが、夏休みのキャンプに参加している子どもたちが、自然の中でたっぷり遊んでいる姿が、風越での日常になるといい。そんなふうに描いていた。たっぷり遊び、たっぷり学ぶ。この2つはつながっている。
遊びの中に「〜したい」の種が転がっている。遊びの中に子ども時代の大切な原体験がつまっている。ぼくはそう確信している。

 

秋シーズン(いわゆる2学期)になって、幼稚園は大きく環境を変えた。それによって日に日に子どもたちの遊びはダイナミックになり、「きのうのつづき」が増え、遊びひたるようになってきた。環境が変われば、大人の側のかかわりが変われば、遊びは生まれていく。

 

そのときに浮かんだのが「冒険遊び場」(プレーパーク)だった。
学生時代から「羽根木プレーパーク」に関心があり、冒険遊び場にはずっと関心を持ち続けていた。校庭が冒険遊び場だったらどうなるだろう?朝来ても、昼休みも、放課後も、もしかしたら休みの日も、遊びたい人はそこで自由に遊ぶ。それが日常になったらどうなるだろう?そんな妄想からスタートした。冒険遊び場と学校教育はこれまでほとんど交わらないできた。でもそこが重なると新しいことが生まれるのではないか?そもそも「まざる」って遊びの中でこそ自然に生まれるのではないか?
カリキュラムとは「子どもの経験の総体」のことだ。となると、ぼくらはもっと積極的に「遊び」に向き合いたいし、休み時間や放課後も積極的に考えていきたい。「子どもの自由な時間だからね」と放置しているのは無責任なのではないか、ぐらいに思い始めている。
つい遊びたくなる環境づくりをしたい。

 

校庭に冒険遊び場を。
というわけで、金曜日に嶋村さん、所長の西野さんの案内で子ども夢パークに行ってきた。


終わった後、西野さん、嶋村さんと1時間ほどお話しする時間をいただいた。その中で印象的だったことをいくつか。
「17年間、何を一番大切にしてきたのですか?」とおききすると、「子どもの最善の利益は何か、をいつも問い続けて行動してきたこと」と西野さん。
「プレーパークは学校教育とは独立した社会資源、サードプレイス。学校の文化から自由になれるところなのに、学校の中にあると大切な機能が失われてしまうのではないか」ということ。
ある意味、学校文化を笑い、やりたいことを真ん中に置き続けられる場がプレーパークなのだ。そこに学校文化が持ち込まれたり、学校にいる大人がプレーパークにも同じようにいると、子どもが自由でい続けられるのかどうか、居場所になりうるのか、というのはあまりにも大きな問いだ。学校文化から自由であるからこそ価値がある、子どもの居場所になりうる可能性が広がる。「やってはいけないことをやらかしていい場所がプレーパーク」と嶋村さん。

 

学校に冒険遊び場をつくるにはどうすればよいか、と設定した問いがどうやら違っていたようだ。
例えば、「冒険遊び場の発想や考え方を大切にした、自分の『〜したい』に没頭できる風越らしい遊び場はどんな場か?」という問いに変換すると、見えてくることが違いそうだ。
学校教育から眺めると「異世界」である冒険遊び場的な場が学校の身近にあることで、学校自体が刺激されて変化していく、問い直されていく、みたいな可能性もあるのではないか。
サードプレイスである冒険遊び場と、学校内にある冒険遊び場的場の、ちょうど間、微妙に重なり合うところを探ってみたい気持ちもあります。そんな漠然とした思いを持ちながら帰ってきた。いやー外から眺めてみるって大事だ。
子どもを真ん中において、問いから設定し直しです。
GIGAスクールの流れは止まらないし、そのメリットもある。だからこそ、同時にリアルな遊び、かかわりも真ん中におくことを探究したい。
子ども、保護者、スタッフでワークショップしながら、学校という枠を超えたなにかになるとおもろいと妄想したり。

仮説実験授業から学んだこと。

ぼくは初任から5年間、どっぷり仮説実験授業を学び、実践した。著書やガリ本(なんてわからない人いるだろうなあ)もほとんど入手できるものは読み、研究会に行き、資料を書き、全授業記録を書いた。

仮説実験授業の課題が見えてきて緩やかに離れたけれど、改めて振り返るとあの5年間は実はぼくの今を支える大きな経験になっているようだ。

仮説実験授業は科学の授業理論であり、授業書という形まとめられた汎用性のある(ティーチャープルーフの)プログラムだ。典型的な一斉授業のプログラムともいえる。
では何を学んだのか?

 

①討論のファシリテーター

仮説実験授業では子どもの討論が重要である。ここでの教師の役割は淡々と司会進行することになっていて、決して誘導しない、意見がなければ速やかに実験に移行となる。小学生はそれこそ1時間でも討論し続けるわけで、授業のほとんどは子どもの討論(子どもはトーロンの授業と呼んでいた)。誘導せず司会役に徹する体験、というのはファシリテーターのトレーニングになっていた。
なにより「子どもの討論をおもしろがって聞いている」というぼくのあり方の根っこになっている気もする。
多くの子どもも「自分たちで授業をつくっている感覚」を持っていたと思う。

 

②学習者の授業評価

毎回、感想と授業評価を5段階で書いてもらう。このことで「発言しなかった人にも意見や考えがある」「聴いているだけでも思考を深めている人がいる」という当たり前の事実に気づいたし、授業評価が低ければそれは授業書のクオリティの問題だと言っていた板倉の主張は、授業の善し悪しを子どもに還元せず徹底的に授業そのものに向ける姿勢を身につけさせてくれた。

「子どものことを子どもに聞く」という原則だ。討論を続けるかやめるかも子どもに聞く。ときには2時間討論が続いたこともあった。

 

③コンテンツの重要性

授業書はかなりよくできている。授業における【問題】の質が授業の明暗をわける。この体験が、のちにファシリテーションに興味を持ち実践するようになっても、「プロセス」だけに意識を向けがちになることを助けてくれた。逆を言えばコンテンツが貧弱ならどんなにファシリテーションを「効かせても」、貧弱な学びにしかならない。コンテンツはやはり重要なのだ。

 

④授業記録

基本的には子どもの討論で進んでいくので、いい意味で先生は「暇」だ。そこで子どもたちの討論を記録するようになった。

テープ(懐かしい)に録音し、授業記録をつくり、毎回印刷して次時に子どもたちに配った。これは子どもたちにとっての学習記録になり、ぼくにとっては授業を分析する習慣を身につけさせてくれた。

いい場面だけを切り取るのではなく「単元全部を記録」する体験は、のちにライティング・ワークショップを実践しはじめたときに、導入からの20時間の授業記録を書くことにつながった。

 

⑤子どもの観察
討論の司会、授業記録、毎時の授業感想は、一人一人の子どもを観察・理解するトレーニングになっていたと思う。

一人ひとりの個の変容を、授業の発言や授業評価の記述の積み重ねから丁寧に見とるトレーニング。一人一人の学びのプロセスを追う練習になっていた。

当たり前のように「同じ授業でも一人一人考えたり感じたり学んだりすることは違う」ということも。「学習者に聞く」という構えも身につけさせてくれた。

 

⑥楽しければ人は学ぶ。

ここで言う楽しいは「おもしろおかしい」ではない。板倉は「たのしさそのものが目的」と『科学と教育のために』の中で喝破し、当時は「楽しいだけでいいのか!」と批判もされてきたが、
板倉の言う楽しさは、

”科学者とは利己的ではなく「自分の働きで他人をたのしくさせたい」という社会的な動機付けに促されながら「問題ー予想ー討論ー実験」という「楽しい科学の仕方」を駆使する存在であり、科学者が研究しているように教えればたのしくなるはずであり「たのしくやらなきゃ科学に対して罰当たり」。”

つまり「たのしさ」とは科学的概念や法則に裏打ちされた「知的関心」のことで、そのたのしさには知的緊張も努力も当然伴う。このことの価値は離れてずいぶん経って(わりと最近)、ようやく実感できた。

 

⑦・・・・

とまあ、あげればきりがないがこれらがぼくの土台を形作っているようだ。今思い返すと、初任からの5年間は、豊かなコンテンツの土壌の上でファシリテータートレーニングをしていた毎日だったのだと思う。

ではなぜ離れたか?それは後にファシリテーションを軸としていく自分の変化にも繋がっている。そういえばかつての同僚の渡辺貴裕さんに、
「もし仮説実験授業に出会っていなかったら、今の岩瀬さんはありませんか?」
と聞かれたことがある。

どうだろう。けっこう本質的な問いでまだ答えられずにいる。おそらく今のぼくはないんだと思う。

それにしても子どもたちの討論から仮説が立ちあがっていくやりとりには聞き惚れたなあ。ここに来て社会構成主義に関心をもっているんだけれど、実はあのときの聞き惚れた討論に原点があったりする。

 

ではなぜ仮説実験授業から離れていったのか?

端的に言えば以下。

 

①仮説絶対主義的な側面がある。他教科への安易な展開や、仮説さえやっていればいいというような言説。つまりは方法の絶対化。

 

②教師と子どもの授業書への過度な依存。授業書の質が高いだけに、授業書そのものへの疑いを持たない。このような姿勢は、巧妙な「授業書もどき」を作れば思考や価値観を操作できる危険性をはらんでいる。これは仮説に留まらない大きなリテラシーの問題。

 

③問いはいつも「降ってくる」ことへの違和。カリキュラム上の自由度の低さ。

 

④教材研究できない教師をつくりかねない。

とはいえ、今なお仮説実験授業の価値は高いと考えている。

仮説実験授業の豊かな蓄積をぼくたちはどのように継承していけばよいのか。
仮説における「楽しさ」の価値とは?

改めて検討したい。なんせ5年間、脇目もふらずに学び尽くしたことが大きかった。
5年やり続けると強みになる。

自分の日記がわりに。

すっかり放置していたブログ。自分の日記がわりに再開してみようと思う。書き残しておくことで、未来の自分が読んだときに何らか意味があるかと思って。

 

夏休み。お盆になってようやくお休み。

仕事モードからノーミソの距離を置きたいので1日1冊1映画を始めている。

最近読んでいる本や見ている映画。今は小説モード。

少し距離を置いた方が見えてくることがある、気がする。

 

夜に星を放つ

夜に星を放つ | 窪 美澄 |本 | 通販 | Amazon

★★★

やや淡白だったかな。嫌いではない。

 

 

★★★★★

瀬戸内寂聴という人を初めて詳しく知った。井上荒野の筆致も恐るべし。

 

★★★★

認知症の女性の一人称の語り。成功していると思う。

 

★★★★

中学娘が読んでいてよかったというので、読んでみた。

軽いタッチだなあと思っていたがエピローグがなかなか。

 

 

コ・デザイン

コ・デザイン

Amazon

今日読み始めた。

名著の予感。風越のライブラリーには本当にいい本があるなあ。

 

★★★★

久々の金原ひとみ。これ読んでから 窪 美澄を読んだので浅く感じてしまった。

ただ好みは分かれますね。

 

今日読み始め。今の僕には哲学が必要。

 

★★★★

「ことばとは、過去現在未来の記憶をひっかける、釣り針みたいなものです。何もないと思っていたのに、じつはこんなにいっぱい沈んでいたのか、と、あることばを自分の中にひたすだけで、ふわっと内側からわかってきます」。

 

★★★★★

再読候補。

 

★★★★

教員必読。教室マルトリートメントとは「教室で行われる子どもの心を傷つけるような不適切な指導を示す造語」。いかに正義の名のものに子どもたちを痛めつけているか。

心当たりがない、と思う人こそ。

 

★★★★★

再再読。

映画も見たよ。船の舳先。

 

 

★★★

探究とは、を考えるために。必読書。

 

★★★

 

 

 

映画

きみに読む物語(字幕版)

きみに読む物語(字幕版)

  • ライアン・ゴズリング
Amazon

★★★★

こういう純愛の映画、きらいじゃない。

 

Search/サーチ (字幕版)

Search/サーチ (字幕版)

  • ジョン・チョー
Amazon

★★★

なるほどの設定。★4つか迷った。

 

filmarks.com

★★★★

明日は8月15日。

 

★★★★★

 

★★★

原作、好き。ラスト40分なう、です。

 

罪の声

罪の声

  • 小栗旬
Amazon

★★★

ていねいなつくり。この時間はリアルタイムで体験した。

 

 

さて今日は何をみようかな。

今日はうちの犬が読書につきあってくれました。

あと数日は、仕事以外の本を読もう。じわじわ読んだり考えたりしちゃってるんだけどね。

学校をおもろい場所に。

 

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小学校の教員を22年やった。いろんなことはあったけど、ぼくにとっては学校はいつも楽しかった。

 

子どもとつくる日々はおもろい。「〜したい」という好奇心にあふれた人々が集まり、いっしょにつくる場所がおもろくないわけがない。そうなっていないとしたら、それを阻害する特別な力が働いていると考えた方がよい。

 

 

もちろん学校には残念なことが山のようにある。話題のブラックの校則もそう。問題だらけであることは重々承知。とはいえ「だから学校はダメなんだ」は飛躍している。「学校教育はダメだ!悪だ!」とばかりに学校を悪の象徴にしても何も生まれない。

 

公立の学校で可能性を奪われていく子のために、オルタナティブな場をつくる。放課後や休日の活動の場をつくる。それで救われてい人はたくさんいる。そこには素晴らしい人々がコミットしてくれていて素晴らしい活動が広がっている。だからこそぼくは違うアプローチをしたい。せっかくたくさんの子が来る学校時代を「おもろい場所に」。そう思うのだ。だってほとんどの子がくるのだから。

 

学校を「変わらないどうしようもない場所」と置くのではなく、「学校自体がおもろくなったらいいのじゃないか」、そう思って学校づくりに関わっている。

 

その可能性にかけられる根っこには、ぼくの教員経験がある。教員になって2校目のT小学校。破天荒な学校だった。学校のお祭りは地域の保護者が食べ物の出店をだしてくれ、駄菓子のお店もある。子どもも思い思いにお店を主店。特設の舞台では出演したい人が自由に演じる。そんなお祭りが日常の行事だった。

6年生は学校でお泊まり会。校庭で小グループごとの「食べ物屋」を出し、そのイベント限定の通貨でお買い物。保護者も当然お店を出す。わるい大人はその横で夜の会のために三浦直送の巨大マグロの釜焼きをじんわり焼く。夜はキャンプファイヤー。終わると全校を使った肝試し。放送室からはこわい音楽。

大人も子供もキャーキャー喜んだあとは、教室で就寝。「日本の夜明けを見るんじゃ」と徹夜しようとする人たちも頼もしい。「大人にあまり迷惑かけるなよ」と言葉をかけて放っておき、大人は音楽室でマグロの釜焼きを摘みながら飲み会。楽しかったなあ。「地域の子を育てよう」と熱く語りながら。おおらかな時代だった。おおらかは大事。おおらかでないとよいものは育っていかない。

運動会は地域と共催。ほとんど練習もなく出たい競技にでる。徒競走に出るだけで参加賞がもらえるので、出たくなかった人もうっかり参加する。お祭りだった。

教員も仲良かった。職員旅行でオーストラリアに行ってた。5、6年の先生で沖縄に行ったり。「いい職員室をつくれないやつにいいクラスは作れない」と言ったSさんが中心でつくった職員室。放課後の教育談義は日常茶飯事だった。

飛び跳ねていた若者であったぼくにも「岩瀬さん面白いことやってるねー!」なんて言ってくれる職場だった。ぼくは少しずつ、一緒につくること、シェアすることの喜びを知った。
学級通信を全ての先生に配り合う文化だった。「低い公平性」ではなく、よいものを学び合う「高い公平性」を目指していた。
Sさんは本気で「学校は変わる」と確信していた。ぼくはそのバトンを受け取った。

 

「学校は変わる」。強烈な原体験がぼくを支えている。学校を諦めたら子どもに失礼じゃないか。どんな環境にいる人も来る学校。そこをおもろくしたい。好奇心に満ち溢れたひとが集まる場所なんだから、なんとかなるはず。大人はそこに知恵を絞ろう。大人こそ面白がろう。学校を責めても何も変わらんよ。

 

学校以外のところで子どもを救う活動、子どもの可能性を広げる活動はたくさんある。その数はどんどん増え、その質はどんどん上がっている。次は学校の番だ。

 

22年のサンプル数1の実践だけれど、その可能性を実感できた。ぼくが「おれがなんとかしなくちゃ」を手放すたびに、子どもたちはその先に軽々と進んでいった。変わるべきは大人だ。そう思えば問題は手元に引き寄せられる。子どもはいつの時代も、思う存分力を発揮できる場を待っている。

繰り返しになるけれど、ほとんどの子が来る公立の学校。その可能性を諦めるアプローチではなく、その変化可能性を追求したい。ぼくはぼくでできるアプローチを。その道は簡単じゃないけれど、これまで出会ってきた子どもを思い浮かべるたびに「それってなんとでもなるじゃん」って思うのだ。一緒につくればいい。子どもを侮っていてはいけない。

 

「常識を疑えば学校はもっとおもろしろくなる」。これはぼくが10年前に『食農教育』で初めて連載したときのタイトル。今もそう思う。自分が経験したこと学校でそれは変わらない、という思い込みを手放そう。「幸せな子ども時代を過ごせる学校って?」から再設計しよう。

自分にできることをあと10年あれこれやってみます。そんな簡単じゃないこともよくよくわかってます。夢を見ているわけではない。日々現場で疲弊している方々がいるのは、現場にいたぼくはよくよくわかっているつもり(その感覚は鈍ってきている自覚もあるけれど)。

でも可能性を手放すのは子どもに失礼だと思う。


大人が「でもなんとかなるんじゃん?」をおもしろがる。本当に子ども時代が大事だとおもうのならば、共にあれこれ試行錯誤したい。
ぼくは、あえてポジティブにその可能性を追求する役割を果たしたい。

 

2月22日に行われた、日野市立平山小学校の研究発表会。3年間にわたる学校づくりの過程の発表でした。公教育の可能性に満ちた素晴らしい場だったなぁ。

 

個別最適化と無能化と。

愛車が160000キロを超え、とうとう乗り換えです。我が家のインプレッサ。自動運転アシスト機能がついています。


前の車に一定の車間距離でついて行ってくれたり、線からはみ出すと「はみ出し注意!」という文字とともに警告音が鳴ったり、前に近づきすぎると「前方注意!」という文字とともに警告音が鳴り、自動ブレーキもついてる。運転者はハンドル操作だけしてればいいというわけです。安全安全。特に高速道路は本当に楽で、ちょっとした渋滞でも、前の車にゆるゆるついて行ってくれる。

 

2019年の1年間、軽井沢に車通勤していたわけですが、距離ほど負担を感じなくなりました。運転アシスト機能万歳!この車にして本当によかった。

 

で。時々妻の車を運転するのですが、家族でちょっと遠くのイオンまで高速に乗って買い物に出かけたときのこと。
「あー、運転感覚随分違うなー。ふんふん♩」
なんて運転していたら助手席の妻から一言。

「あなた、車の運転下手になったんじゃない?」

曰く、ブレーキを踏むのが遅くなったし、なんかフラフラしている感じがすると。やたらよそ見をするようになったと。
むむむ。自覚は全くなかったのですが、しばらく運転していると「やっぱり下手になってる。乗ってて怖い!注意が散漫!」
どうやらこの1年で本当に下手になったようだ。
「自動運転に慣れすぎてるんじゃない?」。

言われて見るとそうかも。車が注意してくれているから、そこへの信頼(という名の依存)が生まれて、ぼーっと運転しているのかも。言われてみれば以前ほど気をつけて運転していないなあ。時速も調整してくれるのでアクセル気にしないし、はみ出しそうになると教えてくれるし。やたら景色を見る余裕が出た気もする。

 

その機能がない車に乗ったときに、つまり自分の能力で運転しなくてはならなくなったときに、使わずに退化した能力を突きつけられたわけです。そういえばナビを使うようになってから、色々な場所での地理感覚や方向感覚もかなり鈍ってるな。

 

そういえば似たような心当たりはまだあるぞ。
我が家は共働きで、子育て3人をしながらのバタバタ生活を長らくしていたので、晩御飯は食材宅配サービスの「ヨシ◯イ」を愛用していました。仕事場を飛び出し、学童にお迎えに行って家に帰ると、今日の夕食分の食材が届いている。食材によってはもうすでに切ってある。

あとは付いてくるレシピ通りに作れば、30分〜40分で夕食が出来上がり。そこそこ美味しくて、栄養バランスにも配慮が行き届いている。

我が家はこのヨシ◯イのサービスにどれだけ助けられたか。買い物の時間も調理の時間も短縮できてほんとうに助けられました。ありがとうヨシ◯イ。
妻と交代交代しながら、10年近く晩御飯作りに勤しんできました。家に帰ってテキパキ料理してました。それを続けたらさぞかし料理上手になったと思われることでしょう。
それが全然できるようになってないのだ!!悲しいことに。

 

毎日ひたすらレシピに書いている通りに作っているだけで、何故ここでこの調味料を使うのかよくわからない。書いてある分量通りに「大さじ1と3分の1か」と機械的に入れるだけ。「味付けは大体これくらいだな」とか、「ちょっと味が薄い気がするから調整しよう」とか全然応用が利かないのです。なぜ今日、この調味料を使うのか、なんて考えないので、味付け力が身につかない。

「食材も測られて、必要な分だけ送られてくる」ので、どの料理に何が必要なのかが全然学ばれていかない。時々一念発起して、今日は買い物してご飯を作ろう!と思っても、「八宝菜に必要な材料は◯◯だから、買い物してこよう」という知恵が身についていない。レシピが必要なのです、レシピが。
なんで中火なのかわからない。強火じゃだめなの?なんて疑う事もなく、書かれている通り中火にするだけ。でも美味しいのができるのです。だから10年間困ったことはありませんでした。

そして今、はたと気付くのです。10年も料理を続けてきて、何もできるようになっていない、と。手際だけはよくなってるけど。
でもレシピがないとだめなのです。食材を選んでもらわないとだめなのです。10年も時間を割いてきたのに、自分のノーミソを使ってこなかったばかりに・・・・・・・応用できない。そのサービスを手放した今、つまり自分の能力で料理しなくてはならなくなったときに、使わずに伸びなかった能力を突きつけられたわけです。
もっと積極的にこのサービスを活用していればこうはならなかったはず。美味しい料理を作れるようになったはず。意識して自分の「料理力」につなげる方法はあったはずです。勿体無いことしたが後の祭り。


個別最適化してくれるサービス、痒いところに手が届き、自動でやってくれるサービスが、人の力を無能化する。
これって気をつけないと、これからの学校教育にも起きかねない。例えば個別最適化された学習。
「個別最適な問題を自動で選んでくれてその問題を解いていったらできるようになっていく、という学び方」にも同じことが起きる可能性がありそう。自分で自分の学びをデザインしたり、振り返って改善したり、と自己調整ができなくなる危険性がありそう。口を開けて最適を待つ人を育てかねない。

かといって遠ざけるのも無意味。使い方によっては個に寄り添う優れたツールと言えます。さてそのために大切なことは?
そんなことをカリキュラムを考えながら向き合っております。

 

今更,運転アシスト機能は手放せないわけで。これがあったおかげでなんとか1年通えた。ありがとうスバル。

乗り換えがちょっと寂しい。

 

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現場が変わる仕事を。

視野を広げることと、視座を上げることと、視点を磨くことと。

ある程度経験を積んだ現場の教員の中には視野を広げることの優先順位をあげてしまいがちな人が多いけど、視座を上げるために理論を学ぶといいと思うなぁ。その意味に限っては大学院は意味のある場所だと思う。課題も山積だけどね。

広げるは行き詰まる。問い直しが起きないから。
見に行くより腹を据えて学び直そう。

その逆もまた真なりで、理論を学び続けた人は視野を広げるためにどんどん現場へ。慣れた場ばかりではなく、行ったことのない場へ。
自身の研究の射程の狭さを自覚したほうがいい。視野の狭さは、現場の縮小再生産となる。学校教育の変革に貢献しているのか、所与の強化、縮小再生産に寄与しているのか。
はっきりいうと、教育学部の研究者には後者の人が多い。

現場で実践していくには、視点を磨くこと。
子どもの何を見るのか。何が見えるのか。
それなくして実践者にはなれない。
徹底して現場にいつづけること。
自分のかけているメガネを自覚し、問い直し、解像度を上げること。そのためには他者との対話、他者からのフィードバックが必要だ。自分にばかり関心を向けるナイーブな人ではいられない。

現場が変わる仕事をしよう。
そのために自分に必要なことは、視野を広げることなのか、視座を上げることなのか、視点を磨くことなのか、考えたい。

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日常の小さな積み重ねが文化をつくる

Facebookの「過去のこの日」が7年前の今日の様子を教えてくれた。

 

日々のたった20分の朝のサークル。

小さな時間の積み重ねではあるけれど、ミルフィーユのように重なり合って、大切にし合う関係が生まれていく。

 

積み重ねは、日常でしかできない。

 

ただ、時には非日常も大切で、日常から離れたところから日々を見つめてみることができる。

その行ったり来たりが手元を自覚的にする。

その上で日々の小さなことをどれだけ大切にするか、だ。

 

朝のサークルも、毎日ぼくらがどれくらいその場を大切にして、どれくらい一人一人を大切にしているかが、文化をつくる起点。

 

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毎日、朝のサークルからスタート。
ぼくは離れたところで聞いている。

「おはようございます。近くの2,3人で健康観察してください-」
「具合わるい人いる?」
「○○がのどが痛いそうです」
「○○が小指が痛いって」「なかなか直らないね-」
「○○が休みだ」
「昨日から,明日は都合で休むっていってたもんね」

次に、ホワイトボードの議題に入っていきます。

「連絡報告いきます。返してない本を返してください,図書委員より。というと?」
「もうすぐ夏休みなので、借りっぱなしの本は早く返してください。あと夏休みの貸し出しは3冊までです」

はーい。借りに行こうぜ-。イワセン、時間とってくれるんじゃない?

「他に連絡ある人いる?」

「<いいクラスにしたい,相談したい>にいきます。『算数テストいつごろにする?』。というと?」

「算数、だいぶ進んできていて、10時間全部使わなくてもテストできちゃうと思うんだよね。後どれくらい必要?
近くの人と話し合ってみてー」
ファシリテーターの子が進めはじめた。

今日が算数7/10時間目。
「もうカンペキという人もいるし、ハイクラスとか活用問題やっている人もいるけど、まだ不安という人もいるよね。」
「じゃあ、指で後何時間ほしいか出してみて、せーの」
だいたいの子が指1本。中にはOKサインで「0」の人もいる。
「あと1時間ぐらいなら、今日勉強して,月曜テストでいいんじゃない?」
「あ、でも今日3,4時間目は雨でプールに入れないだろうから、2時間目に最後の確認して3時間目にテストしちゃえば?」
「いいねえ。」
「でも、復習したい人もいると思う。だから今日2時間目やって、土日に復習したい人は復習して,月曜にテストの方がいいと思う。私は復習したい。」
「ああ、そっかー」
「今決めちゃわないで、2時間目最後の勉強して、その時にみんなに今日やっちゃうか,月曜の方がいいか聞いたらどう?」

ああ。それがいいね。そうしよう。そうだね。

「じゃあ、それでいいですか? 2時間目終わるときに聞きます−。
 いわせーん、それでいい?」

「了解でーす」

「では次行きます。今月の生活目標は「身の回りの整理整頓をしよう」でクラスの目標きめなくちゃならないので、みんなアイデアだしてください。」

「机の中からプシュっとものが出るようにする」 
「プシュ!は絶対入れてほしい」
「英語で訳そう。HPDSでどう? 必要なものをプシュっと出せるように」 笑
「いらないものはゴミ箱へ捨てる」
「忘れ物をしない」
「WSだね」
「それって整理整頓なの?」
  :
  :
  :
『これで決まりでいい?」

と、ここまでで10分。

「最後にイワセンの話です」
「あらためておはよー。
今日は特にないので絵本読みます。
『ソメコとオニ』です。昔国語の教科書に載っていたんだよ」
「モチモチの木の人じゃない?」
「そうそう!じゃ、よみます。はじまりはじまりー」

 

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