[読書]ヴィクトル・ペレーヴィン『チャパーエフと空虚』

チャパーエフと空虚

チャパーエフと空虚

日本に帰って来て初めて書店に行ってこの本を見つけた時はとても嬉しかったです。
何せ大好きな作家ですし、出版されてる本も少ないし、新訳が出てるなんて思ってもいませんでしたから。
前に訳出された『恐怖の兜』は面白くはあったがスタイルの面で先鋭的すぎてついていけない部分もありましたが、この作品は1995年刊行ということもあり比較的落ち着いて読めました。
主人公は重度の精神病患者で、幻覚の世界に埋没してしまうのですが、現実の世界に戻ることは決してなく、幻覚と幻覚の間を行ったり来たりしているように読めます。
その幻覚世界はとても悪夢的なものではありますが、読んでいる間は妙に明るく、むしろ楽しい世界に思えてしまいます。
その悪夢の中で、「自分は存在するのか」「存在するとしたらどこにあるのか」「その場所はどこにあるのか」みたいな哲学議論を延々と繰り広げますが、タイトルにもある主人公の名前が示すとおり、結局は「空虚」っていう感じですかね。
しかし、結末はとても清々しい穏やかなハッピーエンドにすら思えてしまう不思議な読後感を与えてくれるので、「ああ、なんか良い本読んだな」っていう気になれるとってもお得な本でした。

[読書]クリストファー・プリースト『双生児』

双生児 (プラチナ・ファンタジイ)

双生児 (プラチナ・ファンタジイ)

タイトルからして、もうこれは双子なんですね、手記なんでしょ?入れ替わるんでしょ?
みたいな気持ちで読み始めました、第一部を読んだ時点で構成が『奇術師』とおんなじ、ワンパターンだな、なんて思ったりもしました。
甘い、甘い。全然、そんな単純な話じゃありませんでした。
結末は割りと早い段階で予想がつきます。
ですが、そこに至るまでの過程と全体のはっきりとした時間の流れや構造は曖昧なまま読み切れません。
物語の核心は3つくらいのポイントに絞れるが、果たしてそこで何が起こったのか、それが問題。
それにしても面白い作品でした。
非常に長いが、無駄が無く、いくら読んでても飽きが来ないので結局一日で読んでしまいました。

[読書]パトリック・マグラア『失われた探険家』

失われた探険家 (奇想コレクション)

失われた探険家 (奇想コレクション)

とりあえず、無難なところで奇想コレクションから読み始めてみたが、あんまり無難じゃない短編集でした。
ポストモダン・ゴシック」というらしい、ゴシックホラー風のモダンな怪奇小説です。
扱うテーマとしては精神異常とか血、腐敗なんかが多いです。
とっても不健全。
どの短編も良かったですが、一番怖いのは「監視」でした。
妄想症を扱ったこの作品の怖さは無限大。細かい描写の中にいくらでも怖さを増幅するとっかかりみたいなのがあります。
それと、腐敗の描写力が秀逸。ほんと臭そう。
しかし、蝿が主人公の短編「コ惑の聖餐」ではその腐敗が美しいもののように描かれ、実際そう感じてしまうから不思議。
腐敗を美しく描くって凄いなあ。

[日常]本を買う

日曜に久しぶりに本屋に行きました。
実に4ヶ月ぶりだったのですが、まあ、新しい本がいっぱい出ていました、それも面白そうなのが。
こっちに帰ってきてからまだ日本語の本は何にも読んでいなかったのですが、これを見て一気に読書欲に駆られました。
ついでに物欲にも。
「こうしちゃいられない!」って気分にさせられましたね。
邪聖剣ネクロマンサーなんかやってる場合じゃない、読書しなければ。
というわけで、今日10冊ほど購入してきました。
重かった。
これからバンバン読んでいこうと思います。

[読書]Michael Moorcock  Von bekとかElric Saga新3部作とか。

Von Bek (The Tale of the Eternal Champion)

Von Bek (The Tale of the Eternal Champion)

The Dreamthief's Daughter

The Dreamthief's Daughter

The Skrayling Tree (Aspect Fantasy)

The Skrayling Tree (Aspect Fantasy)

The White Wolf's Son

The White Wolf's Son

『The Warhound And The World's Pain』は『堕ちた天使』の原題です。
主人公Ulrich von Bekの聖杯探索の物語です。
序盤のUlrichとLuciferの取引から、聖杯探索まで緊張感があってとてもスリリングな展開が楽しめます。
この作品と続編『The City In The Autumn Stars』に登場するカソリック教徒Klosterheimは新3部作にも登場し、多元宇宙一気の毒な人Gaynor The Damnedと手を組んで悪巧み三昧です。
さて新3部作は、それぞれ独立してスタートし『タネローンを求めて』以降、徐々に接点を持ち始めていた『Eternal Champion』シリーズと『Von Bek』シリーズを完全に融合、その上で「多元宇宙」や「天秤」「Fate」といった作品の主題に新たな解釈を加えつつ全体を包括、といったところでしょうか。

第一部『The Dreamthief's Daughter: A Tale of the Albino』では、第二次大戦中のドイツを舞台に主人公Ulric Von BekとナチスのSS将校Gaynor Von Minct(とKlosterheim)のBek家の秘宝である魔剣Raven Blandと聖杯をめぐる戦いが展開され、そこに法の神と戦うElricと彼の実の娘であるOona The Dreamthief's Daughterも加わって、戦いの舞台はドイツのBekから『The City In The Autumn Stars』の舞台でもある地底都市Off-Moo、Mu-Ooriaへと場を移し、徐々に剣と聖杯の秘密に迫っていきます。
他の作品もですが、終盤はかなりテンション高く、物語の盛り上げ方は本当に上手いですね、完璧に引き込まれます。

第二部『The Skrayling Tree: The Albino in America』では、誘拐された夫Ulricを追って
Oona Von Bekがアメリカ原住民のへと旅立ち、やがて宇宙樹The Skrayling Treeを見出し天秤を再生させるまでの物語が描かれます。
もちろん、Elricも登場しますが、Elricが彼の世界にいながら(時間的には初期Elric Sagaのラスト付近にあたります)20世紀のアメリカに出現できる理由として、彼の最大魔術が登場しますが、これは若干無理があるというか都合が良すぎるような気がしないでもないです。
やっぱりラストは壮観です。

そして最後の『The White Wolf's Son』では、これまで存在がほのめかされていたOonaの双子の兄弟Elricの息子が登場します。ホームレスなんですけどね。
主人公のOonagh Von BekはUlricとOonaの孫娘にあたりますが、第一部にあるとおり血の繋がりは無く、要はなんでもないただの人です。しかも、12歳の女の子です。
物語は、OonaghがひたすらGaynorとKlosterheimに追い掛け回されて、しまいにはHawkmoonの世界である暗黒帝国にまで行ってしまいます。
この作品はこれまでの締めくくりにふさわしく、今までのほとんどの登場人物に加えてST.OdhranらVon Bekの登場人物、暗黒帝国の面々など懐かしい人達も登場して錚々たる顔ぶれです。また、初期の作品で重要な役割を果たしたストームブリンガーやルーンの杖なども新しく解釈されています。
しかし、小説全体の7割は12歳の少女を追いかけまわすGaynorとKlosterheimです。
読んでて若干きつくなりますね。
ラストはかなりきれいにまとまっています、がいつでも次が出せそうな感じでもあります。

久しぶりにムアコックを読みましたが、やはり凄い作家ですね。
まだ読んでいない作品もかなり多いので、しばらくはムアコック三昧になりそうです。
しかし、英語で本を読むのは疲れる。

[読書]カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

わたしを離さないで

わたしを離さないで

これは凄いよ。
内容には触れないでおくが、これは本当に良い本だよ。
マジで、こんな本あるんだなぁ〜。
ぜひ読んでね!

[読書]アルベール・サンチョス・ピニョル『冷たい肌』

冷たい肌

冷たい肌

スペインはカタルーニャ出身の人類学者による長編デビュー作。
カタルーニャはスペインの中でも独特の歴史や文化を持つ場所だそうで、そこの独自の言語であるカタルーニャ語で書かれた小説群はカタルーニャ文学として独自の地位を確立してるらしい。
カタルーニャカタルーニャ語は長年に渡って弾圧され、それに対する抵抗として描かれるカタルーニャ文学はそういった弾圧と抵抗の歴史が色濃く出たものらしいが、この小説はそれに対する知識が無くても十分楽しむことができる。
物語の主人公はアイルランドの解放運動に参加していたが、理想に破れ、孤独と自由を求めて絶海の孤島に気象観測士として赴く。
しかし、そこは夜になると海から半漁人の怪物がやってきては人間を食い殺そうと襲ってくる。
主人公は、灯台に住むこの島の唯一の住人である前任の気象観測士バティス・カフォーと共に怪物との戦いを始めるのだが・・・。
半漁人が出てくる辺り、ラヴクラフトの「インスマスを覆う影」を思い出したりしてしまうが、似てるのは半漁人だけ。
この物語の要の部分は、1集団としての人類(この場合は主人公とバティスだけだが)とまた別の人類の集団(この場合は半漁人になるが、人種の違い程度のものだと思う)との関係性における、1集団としてのあり方。
と、その中における個人としてのあり方、と思う。
同じ側に属していながら、主人公とバティスはろくにコミュニケーションが取れず、両者とも衝動に駆られては獣じみた行動に走る。
一方、怪物の方も(あくまで主人公の視点からだが)決して感情的には見えない。だが時折、彼らの方が人間らしく映る、何より彼らはコミュニケーションが取れている。
ただし、人間らしいという言葉はそぐわない。
少なくともこの世界の中で、人間らしいという言葉は意味を失ってしまう。
人間の方が人間に見えない、というのもおかしな言い方になる。
これが人間の本性とも取れるし、あくまでもこの二人だけに限定された話とも考えられる。
とはいえ、この小説の中では既存の価値観は壊され、それは最後の最後まで回復することはない。
ラストはなんとも言えない。
切ないような、哀しいような、とても空虚なような、胸をかきむしられるような感じだ。
ただ、まぁ、ダイナマイトで大量爆殺した後、一転して和平しようとする主人公はどうかと思うよ。
そりゃ、無理だろ。