プロローグ〜私が医者をやめたわけ
私「いよいよ、なんだね。ものすごく胃が痛いけど、がんばるよ」
彼「もう忘れ物、ない?」
私「とりあえず、当座暮らせるだけのものがあれば…。あなたからもらったぬいぐるみも、持っていくね」
彼「よし、じゃ行こう」
私は彼氏のインプレッサに乗せられるだけの持ち物を詰め込んで、親には黙って下宿先のアパートから出奔した。人生初の、家出。引越し車のようにたっぷりと荷物を積んで、彼の運転するクルマは走り出した。私は助手席で、彼がプレゼントしてくれたぬいぐるみを抱きしめていた。せめぎあう希望と不安に、私は胸ふさがれていた。
人もうらやむK大医学部卒、K大病院研修医だった私は1年目にして夜逃げをした。同僚や上司が病院に出勤してきたら、前日ひっそり医局に置いてきた私の退職届を見つけるだろう。
彼のクルマは新宿の狭い路地を走り出した。
それは自由への旅路、かけおち旅行の始まりだった……。
彼氏とかけおちするから、大学病院を辞める。退職の形としては寿退職なわけだけれど、できちゃった婚などのさしせまった事情(妊娠や出産)もないのに、私は研修医を辞めた。
「私辞めるよ」とうちあけたら同僚の人々には驚かれた。
「なんで辞めるの、もったいない!特権階級なのよ!」
とも言われた。
「K大に足で砂をかけて辞める以上、もう医者としてはどこも雇ってくれないよ?」
とも諭された。
だが、私は自分の人生を自分らしく生きるために、医者を辞めることを選んだ。なぜ私は医者を目指し……そして辞めることになったのか、こっそりと打ち明けてみたい。