俳句的日常
NHK俳句の7月号発売中。
7月と8月の「俳句的日常」の著者は言語学者の金田一秀穂さんです。
昔、NHKのラジオ深夜便で金田一さんが電話出演されて、現代の言葉の説明をしているのを時々聴いていた。金田一さんはいつもなんだか笑ったような声で話していて、相手の女性アナウンサーは物言いがきつかったような印象だった。そんなきつい言い方しなくてもいいのに。と、ボンヤリ思ったのは、夜中だったからだろうか。
私はテレビを何年も持たない生活が周期的にあって、その間金田一さんはテレビに出ていたのかもしれないけれど、私にはそのラジオが一番印象深いものだった。
今回のエッセイを読むと、当時のラジオとは異なり、笑ったような声が聞こえてこない。暗く低い声の人が語っているような印象だった。ひとつひとつの気持ちや動きが、短く区切って書かれているけれど、それは箇条書きのように途切れていなくて、流れいくような文章。
文末に加藤郁乎の句が紹介されている。
殉教者
俳句的日常の3月号は山折哲雄さんのエッセイです。山折さんが長崎に旅をした時に出会った西坂公園の舟越保武作の日本二十六聖人のブロンズ像について書かれている。
引きこもり生活の私は長崎を訪れたこともなく写真で見るのみだったが、挿絵にそのまま描いても仕方ない。最初は二十六聖人が見ているだろう長崎湾を描こうかとも思った。それはおそらく、紹介されている句碑に刻まれた水原秋櫻子の俳句にも詠まれているものであり、山折さんも見ている風景だろう。
長崎湾を見てきたつもりで何枚かエスキースしてみたけれど、しっくりと来ず。
エッセイの中で、山折さんは二十六聖人に想いを馳せている。句碑に刻まれているもう1人の下村ひろしの句ももちろんそうだ。
それで私も俄に調べてみた。26人の中には子供もいて、皆殉教を喜びとして処刑されたという。ハライソを信じて。
傷ついた鳥が荒れた地から天に昇っていく様子を描いた。喜びに満ちた顔には出来なかったが。遠くに夕陽と波。
インフルエンザらしきものになった。
前回の更新が風邪で、今回がインフルエンザでは、なんだかなと思うけれど、これまで何度も高熱の風邪はひいていたが、これがインフルエンザか!とよくわかった。
今回の熱はいつもよりも低く最高でも8度7分だったのだけれど、体中痛くて熱も1週間あまり下がらないのが、なかなか辛かった。
かかりつけといっても2,3回目の病院の先生は、あまりよけいな薬を出さない主義のようで、土曜に発熱して日にちが経っていたので、出されたのは麻黄湯。そしてあまりに絶えられなかった時のための解熱剤。あとは寝て治すしかなかった。
最初の1日は解熱剤をつい飲んでしまった。体は一瞬ラクになるが、すぐにまた熱が上がり麻黄湯の効き目が得られず。仕方ないので肝を据えて、高熱で水分をとってしのいだ。友人達は、別の病院に行った方がいいのではと言ってくれたが、医師の診察から遅れること1日。汗をかいたわけでもなく、急に熱が下がった。
他人に迷惑をかけるので、熱が下がって3日目からは外に出てよろしいとのこと。今日が3日目。しかし今日は雪という天気予報。様子を心配してくれた友人がドアノブに引っかけていったお見舞のオレンジを食べながらぐずぐずとまだ家にいる。