傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

自分ひとりの皿

 仕事やめたんだあ。
 友人が言う。皆が一斉に失業保険について質問する。もうやったか。自己都合退職でももらえる。手続きはこう、必要な書類はこう。
 その場にいる全員が失業保険の申請をしたことがある、または申請方法を調べたことがあるのだから、就職氷河期世代とはせつないものである。資格職外資大学院入りなおし中途採用公務員、そんなのばかりである。
 しかし、五十近くともなると職が落ち着き、転職がぐっと減った。だから仲間うちで仕事を辞めたという話が出るのは久しぶりなのである。
 退職したという友人は、失業保険ねえ、とつぶやく。めんどくさい。
 皆がいっせいに、もったいない、と言う。もらえもらえと言う。

 しかし、よく考えればこの女には昔からそういうところがあるのだ。
 彼女はふだんはパワフルだ。早くにできた子どもが二人いて、若くして配偶者を亡くし、親類や友人や、もちろん自分の能力と時間も含め、手持ちのリソースをフル活用して子育てしながら労働する、丈夫な働き者だった。子どもたちの教育費も自分の稼ぎでまかない、下の子が高校生のころまでは毎日のお弁当も作っていた。そうしておしゃれで、おしゃべりで、たいへんな料理上手で、外食も好きで、友だちが多く、地域のバレーボールサークルの主力でもあった。エネルギーの総量がとても高い。
 でもこの人は突然何もかも面倒くさくなることがある。何年か前、上の子が独立し、下の子が修学旅行に出ていて一人だというから、自宅に遊びに行った。すると彼女は午後三時にカップ麺の素うどんを食べていた。素うどんが悪いとは言わない。わたしも家でよく素そばを食べます。でも午後三時がその日最初の、おそらく最後の食事なのは健康的とはいえない。
 めんどくさいんだよう、と彼女は言った。あなたの言う素そばって、乾麺をゆでるんだよね。えらいなあ。

 めんどくさくなるときって。考えながらわたしは言う。自分だけのときだよね。
 彼女はしばらく視線を斜め上にやる。それから、そう、と言う。受け答えの速度までいつもより遅い。
 それからつぶやく。下の子も大学を出て独立したし、もう、いいよねえ。

 それからわたしたちに「これ要る?」と何枚かの写真を見せる。いくぶん高価そうなかばんがいくつか、ゴールドやプラチナのアクセサリー。これよくつけてたじゃない、と誰かが言う。うん、と彼女は言う。なんか、もう、めんどくさくて。
 装いをこらし、美味しいものを作り、友人たちに、たとえば「上海蟹の季節だから食べに行こう」と呼びかけてツアーをやる気力はもう出てこないのだというようなことを、彼女は言うのだった。そうして、幸いみんな元気だしねえ、とつけ加えた。
 そういえばこの人がイベントを企画するのは、誰かに何かあって少し元気がなかったり、気分転換を必要としているときだった。わたしの知らない他のコミュニティの友だちに対しても、そうだったのかもしれなかった。子どもたちに対しても、教育やケアが必要な時期だったから、あんなに細やかだったのかもしれなかった。

 これからは自分を楽しませたら、いいのではないの。誰かが尋ねる。彼女はそれに直接回答しない。うーん、しばらく無職やって、あとは自分の食い扶持だけ稼げばいいかなーって思う。食事? 大丈夫。カップうどんを箱買いしてる。
 カップうどん、好きすぎだろ。わたしがそう突っ込むと、だって、と彼女は言うのだった。美味しいものって、疲れるじゃん。情報量が多いっていうか。ひとりでそんなの食べてもしょうがないじゃん。

 わたしは衝撃を受けた。わたしはひとりで凝った料理を作って食べるのがとても好きである。一人旅も好きだし、読みたい本も無限にある。もちろん人に何かを振る舞ったり一緒に楽しむのも好きだが、基本的に自分のために何かしている。
 この人はそうではないのだった。
 それは才能だよ、と彼女は言う。わたし、ひとりで何がしたいかって訊かれたら、寝てたい。おなかがすくのもめんどくさいからできるだけ空かないでほしい。

 思い返せば彼女はいつも、誰かのために何かをしていた。そうして今、子どもたちは立派な大人になり、両親は感じの良い老人ホームに入っている。友人たちも元気で安定している。経済的にも困っていない。
 それはとても、いいことだ。彼女の人生の果実だ。
 でもわたしたちの寿命はきっと長い。この人はその年月に飽いてはしまわないだろうか。そう思って、少し怖くなった。彼女抜きで友人たちと会議をしようと思う。彼女には何かが必要だ。食べたいものを選んで皿の上に盛りたくなるような、何かが。

愛していないと言ってくれ

 友人が、わたしのことをうらやましいと言う。
 わたしにとってここには二重の、いずれも非常に大きな驚きが含まれている。第一にわたしには友だちがいなかった。だいぶ大人になってから、何人かの友だちができた。本当に嬉しいことだし、何度でも驚く。第二に、わたしは友人からうらやましいと言われるような人間ではない。まったくない。謙遜だとか、そういう水準の話ではない。わたしは愛されずに育った。今でも、愛しやすい人間ではない。
 仕事をして自分を食べさせているのは、働けない事情のある人にはうらやましいかもわからない。しかし友人たちはみんな働いている。わたしをうらやましいという要素は、だからない。

 あなたは大人気になるタイプではない、と友人が言う。でもわたしは、あなたがとてもうらやましい。人生の早い段階で明確な方針を立て、逆境の中で的確な努力をしてきた。今でもしている。そして、十代のうちに親をきっぱり諦めている。これが何よりうらやましい。親に恵まれなかった人間はそれぞれの困難を味わうものだけど、その中でもものすごく予後がいいんだよ、早々に諦める能力があった人は。
 予後、とわたしは言う。予後、と友人も言う。病気でないのに、とわたしは言う。友人は少し笑う。

 わたしの主たる養育者は母親だったが、薄ぼんやりした自我が芽生えた時点で、わたしはその人を、「保護してくれる存在」として見てはいなかった。わたしの中には幼いころから母親に対する軽蔑の念があった。だからこそ彼女はわたしを愛さなかったのかもしれないが、それ以外にも彼女がわたしを愛さない理由はたくさんあった。中でも容姿は大きな要因だった。幼心にもわかるほど明確に、母はわたしが醜いから、わたしを好きになれなかった。
 わたしが特段に軽蔑したのはその愚かさと卑しさである。
 母はその容姿の美しさと、父親の機嫌を取ることだけで生きていた。子どもはその道具だった。わたしという道具の出来がよくないから自分は不幸だと思っていた。そんなのは本人の行動を見ていればわかることである。
 わたしは図書館に行って本を読んでものを考えてそのように結論づけた。この人は、ものを考えていない。強い存在、カネを持って帰ってくる存在に媚びて生きることしかしていない。自分が強くなろうとは思わない。一般的な正しさーー子どもは分けへだてなく愛するものだーーに沿った演技をするための労力すら払わない(そうしているふりをすると有利な場ではそうする)。
 わたしはそう思って、彼女を軽蔑した。それが間違っていたと思わない。

 それができない人間が多いんだよ。友人が言う。わたしもそうだった。うちは過干渉だったんだけど、三十過ぎまで「でも母は母なりにわたしを愛していたのだから」と思っていた。でも過干渉は愛ではないの。あなたのおうちと同じように、子どもを道具にしていたの。わたしはいい年になるまで、そんなこともわからなかった。母を諦められなかった。母に愛されている自分でいたかった。問題は愛し方や相性なんだって、そう思っていたかった。そこで停止していた。だからわたしの問題はこじれにこじれてちっとも解決しなかった。
 それは、とわたしは思った。わたしの家とは違って、そのひどさが明確でなかったという、それだけの話じゃないのだろうか。友人の母親は、話を聞くかぎりわたしの母親ほどあからさまにひどくはなく、友人は少なくともわたしのようにわかりやすい欠点を抱えてはいない。
 それは違うと思う。友人は言う。あなた自身に関するあなたの認識の正誤や是非はさておいて、世の中には殺される直前まで養育者を諦めない人もいるんだよ。「愛してほしかった、しかし愛されなかった」と認めるのは、誰にでもできることではない。あなたはやってのけた。冷静に、ひとりで、やってのけた。本当にすごいことだよ。

 すごいのだろうか。すごいかもしれないが、それは「すごく冷酷だ」とか「すごく常識知らずだ」とか、そういうすごさではないだろうか。
 そう思う。でも、言わないことにする。口にすれば、わたしはこの友人を、「そうでない」と言われたい自分の道具として扱うことになる。そのように思う。わたしはただこの友人の好意を受け取り、「そう考える人もいるのだ」「ありがたいことだ」と感じるままにしていればいいのだ。そう思う。
 このように考える自分を、時間をかけて、わたしは育てた。
 愛していない人がみな、愛していないと言ってくれればいいのにね。わたしはそう言う。友人はうつむいて少し笑い、ほんとうにね、とつぶやく。

自由意志と家の中に落ちている靴下

 同僚ふたりが目の前で次々に話題を繰りだす。わたしたちはいずれも四十代の女で、ひとりは娘が小学六年生、もう一人は子どもなしの二人暮らしである。彼女たちはふだんから早口なのだが、退勤後に食事やお茶に行くとさらに早口になる。言いたいことがたくさんあるのだ。
 彼女たちの話題はめまぐるしく入れ替わる。職場の人事異動について、担当したプロジェクトについて、今後の組織改編について、それから私生活について。彼女たちは何に関しても明瞭な意見と長期的な方針を持っているように見える。ふたりがふとわたしを見て、「この人なんで黙ってるんだろう」という顔をする。仕事の話や趣味の話や食べ物の話をしている間は、わたしもよく話すからだろう。わたしはいくらか目をふせて、しょうことなしに少し笑う。

 家庭の話になるとわたしはあまり話すことがない。子どもはひとり、もう大人で、家を出ている。夫とふたりの生活には変化というものがない。家事は昔に比べてたいへんではない。全自動洗濯機もロボット掃除機もある。食器洗い洗浄機は必要ない。家族の数が少ないと、皿洗いは手を洗うほどの手間でしかないようにわたしには思われる。
 立派だなー、とひとりが言う。ロボット掃除機だから掃除の手間がないなんてことないでしょ。ロボット掃除機を掃除する必要がある。夫はそこのところをぜんぜんわかってないの。それでこの前おこっちゃった。あの人、ようやく自分の洗濯物を自分でまとめて自分でたたむようになったんだけど、なにしろ独身のころから買ってきたものを食べて掃除もろくにしない人でね。わたしはまあ、わかってて結婚したからいいんだけど、でも今はわたしだけの問題じゃなくて、娘の教育によくない。同じように働いてるのに男のぶんまで家事するのが当然だなんて、娘には思ってほしくない。だからこの人の家に娘を連れて行ったりしてるの。料理してる男性を見せたくて。
 そう言われたほうの同僚は、ことのほかつんとした顔をつくってみせる。彼女のパートナーは家のことを何でもする人なのだそうである。助け合わない人間と一緒に生活する理由はない、と彼女は言う。わたしは、障害があるのでもないのに自分の身のまわりの面倒も見ない大人は、生理的に無理。でもあなたはとにかく相手の顔が好きで結婚したのだから、いいじゃない。その信念の強固さについては、わたし尊敬してるんだ。面食いもそこまでいけば立派なものだよ。
 ふたりはパートナーシップのあり方について侃々諤々と話す。それからまたわたしを見る。わたしは今度は目を伏せずに笑う。そして言う。ふたりとも立派だね、ちゃんと考えて人生を決めていて。

 わたしは親同士が仲の良い近所の子どもだった人と、今でも一緒に生活している。好きだったのかと言われれば、もちろん嫌いではなかった。しかし絶対にこの人がいいと思っていたのでもなかった。まして、この人が好きだからこの人のぶんまで家事をやろうと思ってしてきたのではない。ただ大きな波が来て交際して結婚して二人分ないし三人分の食事をつくって皿を洗って脱ぎ捨てられた靴下を拾って生きている。子どもだって作ろうと思って作ったのではなくて、できたから学生結婚と休学と出産をした。そうしてずっと、生まれた町の、自分と夫の両親の家の近くに住んでいる。
 それだけである。

 意思がない、とわたしは言う。わたしの意思で結婚して子どもを持ったのではない。誰かと戦って何かを勝ち取ったことがない。ただ許された環境にいて運良く食い扶持を稼ぐことができて、それなりにキャリアを築くことができた。それがわたしの意思だったのかと言われると、そうじゃないと思う。わたしは勉強しろと言われて勉強して、職場で求められることをして、家事も育児もわたしがするものだと思ってた、ううん、思ってさえいなかった。ただしていた。そのための努力はしてきた。でも、努力しようと意思してしたのではない。わたしはただ、たまたま睡眠時間が少なくても平気で、体力があって、それで。

 そうだろうか。
 ひとりがつぶやく。
 あなただけ意思がないなんてことはない。わたしだって、職場でできることをしているだけの人間だよ。家族だって、なんだかよく家に来て、長く居て、居ると気分が良くてラクで、だから一緒にいて、今もそうしているだけだよ。子どもがいないのも子どもがやってこなかったからで、いたらいたで育てていたと思う。わたしは、こんなに主張の強い声のでかい人間だけど、でも、ほんとうは環境の変数の合計にすぎないんだと思う。
 わたしはもう一度目を伏せる。そんなことはない、と思う。

乞食の顔をしている

 人からよくものをもらうたちである。
 若いころはもらうに相応の理由があった。貧しく、かつ身よりがなかったのである。そういう人間が知り合いにいて、たとえばまだ使える冷蔵庫があるけれど新しい冷蔵庫が欲くなったとき、「あの人にあげようかしら」と思う、そういう心の動きは想像しやすいものである。
 しかし、今は貧しくはない。具体的にいえば、わたしに冷蔵庫をくれる同僚との給与の差はあまりないと推測される(わたしたちの待遇は同一の給与テーブルに基づいていて、職位が同じだから)。
 まさかこの年でもう一人子どもができるとは思わなくてねえ。同僚はあっけらかんと言う。冷蔵庫を買い替えてまもなく二人目の子どもができ、冷凍技を駆使して小学生と乳児と大人ふたりの食生活をおぎなっていたら、大容量の冷蔵庫が欲しくなったのだそうである。
 そのようにしてわたしは、たとえば冷蔵庫をもらう。いくぶん高価な鞄をもらう。少し欲しいなと思っていた鋳物の鍋をもらう。SIMカードを入れ替えれば使えるスマートフォンをもらう。小さいものもあれこれもらっている。「スーパーで詰め放題をやっていて、つい詰め過ぎたから」とか、「チケットが余ったから」とか。
 わたしはずっとそんなふうだったから、ちょっとしたお礼を選ぶのがやけに得意になった。とはいえ、雨の日の道端で知らない人から傘をもらったときなどには、ことば以外にお礼も何もないのだけれど。
 わたしのこのような性質について、わたし自身は「かわいいからくれるんだよねえ」と思っている。この場合の「かわいい」というのは外見や発話や仕草に対する形容ではない。「何かしてやりたいと思わせるトリガーがある」という程度の意味である。
 しかし、ほんとうはもっと適切な語がある。学生時代に、面と向かってこう言われた。
 乞食の顔をしているからだよ。

 わたしはひどく感心した。きっとそうなのだ、と思った。「かわいいからあげる」という語のある側面を過不足なく切り取った、みごとな言い回しである。わたしのその性質をさす語として、「かわいい」などというマジックワードよりはるかにシャープに意味をなしている。もちろん好意から来る表現ではないだろうが(なにしろ放送禁止用語である)、わたしは、自分にとって重要でない対象の発したせりふなら、いや、もしかすると重要な対象が発したせりふであっても、好意より正確さや的確さに価値を感じる。
 そんなだから、ただ悪意で言われたとしても、わたしは感心したのだろうが、そこには悪意や嫌悪以外にも何かがあるのだろうなと、ぼんやり思った。
 そのせりふを発したのは学生時代に近隣のゼミにいた、いつもきっちりお化粧して髪を巻いている、真面目な学生だった。帰りが遅くなると、彼女はわたしの研究室をのぞき、わたしがいると声をかけ、車に乗せて送ってくれた。最初に送ってくれたときにわたしの住んでいる建物を見て絶句し、以降そのことを、たぶんずっと気にしていた。そうして時おり、わたしのあれこれについて、「女の子なのに」と小さくつぶやくのだった。裕福な両親が購入した自家用車が象徴する何かを、おそらくは彼女なりに感じる不公平のようなものを、いくらかは世界に還元しなければならないと、どこかで思っていて、それでわたしを送り届けているように見えた。
 ありがとうとわたしは言う。別に、と彼女は言う。常にはたおやかな言葉づかいなのに、運転している時だけ、ぶっきらぼうな声を出す。そうして作りものみたいにきれいな果物や贈答品をばらしたのであろう個包装のお菓子をさして、「それ、持ってって」と言う。機嫌の悪い、どこかふてぶてしいようすで、フロントガラスだけを見て、言う。こんな顔、みんなにはしないのな、とわたしは思う。
 昔の話である。

 台所に据えられた新しい冷蔵庫を眺める。冷蔵庫は小さくうなっている。表面はガラスなのだそうで、わたしがぼんやりとうつっている。何も考えていない顔だ、と思う。いらないものを差し出されたら遠慮なく「いらない」と言い、必要なものを差し出されたら喜んで受け取り、あげたりもらったりする両者の釣り合いを考えて気を揉むような社会性がなく、何かを差し出して「失礼にあたる」ことの金輪際なさそうな、ぼけっとした顔である。
 格好のいい冷蔵庫だわねえ。わたしはそのように言う。冷蔵庫はぶん、とうなる。表面にぼんやりと、人の姿をうつしている。きっと、乞食の顔をしている。

永遠から少し離れて

 かつて希望は永遠だった。だから無根拠に何でもできる気がしていた。絶望すればそれもまた永遠で、だからそれは地獄なのだった。愛は永遠だった。憎しみは永遠だった。

 しかしそんなのはもちろん、永遠ではないのだった。わたしの希望は今や具体の水準まで縮み、わたしの絶望はわたしが寝れば一緒に寝つくほど弱く、愛は「お互いがお互いを思いやってうまいこと暮らしていけるなら、その間は続くかもね、そうじゃないかもわからないけど」という程度の重さしかもたず、憎しみに至ってはときどき夜明けの夢に影を落とす残滓にすぎないのだった。
 それはわたしが年をとったからである。
 若いときにだって、人生が永遠でないことはわかっていた。いつか死ぬのだと思っていたし、それがとても怖かった。同時に「いつか」と今のあいだは、永遠と見まごうほどに長かった。わたしの希望はそこを目指して飛んでいった。小さい点になって見えなくなって、見えなくなってもずっと飛んでいることだけがわかった。だからそれは永遠でしかないのだった。
 今はそうではない。

 若いころに身の裡の何かが永遠のように見えるのは、事実と異なるという意味では愚かだが、主観的にはいいことだと、わたしは思う。永遠のような何かを見なければ抜けることのできないどこかを通り過ぎなければたどり着けない小さな場所が今ここなのだと、そんなふうに思う。
 でもあなたは永遠の愛なんて誓ったことはないじゃない。若かったときにだって。
 彼が言い、わたしはこたえる。ないよ。だって愛は永遠じゃないからね。何を言っているんだろう、そんなの当たり前のことじゃないか。十代のころから知っていたよ。それに、永遠の愛みたいなものを誓わせる連中のやり口が、わたしは昔からすごく嫌いなんだ。だからたとえ愛が永遠に見えるときにだって、そんなことはやらないんだ。わたしのまぼろしの永遠はわたしだけのものだったし、今はもうない。
 そしてそれはいいことだと思っているよ。愛をやりましょう、永遠じゃないほうの愛を。地味で小さくて、てのひらに載せれば重さのあるほうの、あなたの手の中で潰すこともできるような、個別具体的な愛を。

 永遠から離れて、わたしはつまらない有限の生活をやる。あと一万回か一万五千回かの夕食を食べ、そのうちのいくらかを同じ人とともにし、いくらかを別の人とともにし、またいくらかを一人で片づける。春になればシャツを買って百回着て百回洗ってそれから捨て、新しいシャツを買って百回着て百回洗い、それを百回繰りかえす。
 もちろん、それらはもっと少ないかもしれない。でもたいした違いではない。万とか千とか、それくらいの数しか、わたしには残されていない。
 年をとるというのはそういうことである。
 そしてその数の中にはまだ少し、永遠の気配がある。だってそれは一ではないからだ。十でもないからだ。一万回の夕食を、ありありと思い浮かべることができないからだ。
 わたしの想像力がとぼしくてよかった。あるいは頭脳がすぐれていなくてよかった。そんなふうに思う。一万回の夕食のパターンを何通りでも思い浮かべてその味を脳裏で再生することができたなら、さぞかし食欲が失せるだろう。

 わたしは愚かだから、この先の自分が有限であることの実感が、まだ完全でない。まだいくらかは、「いつか」と今のあいだに見えない部分がある。だから永遠が見えなくても、手を伸ばすことはできる。わたしの希望はもう、まっすぐ進んで小さな点になって消えることはないけれど、薄ぼんやりした霧の中に入ることは可能なのだ。
 先のことなんかわからないんだから、とわたしは言う。もう一回仕事を変えるのもいいな。今の仕事なんか、勤務先どころか業界ごとなくなっちゃうかもわからないんだからね。そしたらもう一回進路を考えて、悩みながら勉強したりして、生き延びようと必死に努力して、ねえ、そんなの青春じゃないか。恋もしようかしら。こういう糠くさいのじゃなくって、身も世もない恋に落ちるやつを。そしてなんやかんやあって外国で知らないことばを話して知らないものを食べて知らない人たちにかこまれて暮らすの。いいと思わない?
 いいと思う、と彼は言う。雑な返事である。そして言う。長生きしますよ、あなたは。
 わたしもそう思う。頭の片方で死ぬまでの夕食のカウントダウンをしながら、もう片方で永遠の気配をはらむ霧をながめている。

そういう係

 今年は給料を上げることができたのでちょっと安心している。
 わたしは勤め人だが、「給料が上がった」とは言わない。報酬は職位や役職を得ることによって、あるいは労働組合を経由しての交渉によって「上げる」ものである(わたしの職場には労組があり、わたしは労組委員である)。
 給与は実績を作れば順調に上がっていくものではない。同じ職場にあって、何も言わなくても「上がる」あるいは「上げてもらえる」人もいれば、肩書きだけついて待遇を据え置かれている人もいる。
 給与だけではない。この数年で職場の慣例をいくつか変えた。仕事をしているとさまざまな雑務が発生するが、調べてみるとどういうわけか女性と一部の若手が「慣例として」それを引き受けているのである。そして彼女たちは「大変そうだから」小規模で評価につながりにくい仕事に配置されやすく、その結果「正当に」賃金が上がらない。
 わたしはちまちまと雑務をリストアップし、あれやこれや根回しして、会議で明文化し、担当案を出し、そうしてだいぶ、平準化したように思う。まだまだたくさん気づいていないこともあるだろうけれど。

 でもその作業のぶんの報酬は出ませんよね。
 後輩が言う。もちろん出ない。それどころか煙たがられ、評価を下げられる可能性もある。あれやこれやと手を回したり記録を取ったり権力のある人と仲良くしたり立場や考え方が違う人の便宜もはかったりしているのだけれど、そしてそういう小ずるい立ち回りはわりと得意なのだけれど、それでもまあ、得はしちゃいない。ハラスメント対策の役職も兼務していて、こちらにはわずかな手当がつくのだが、雑用の明文化と振り分けは完璧な無給で、わたしの「わがまま」である。
 そして嫌われるという大損。
 後輩はそのように言う。そうさねえとわたしは言う。雑用をやらずに済んでいたほうの社員からは嫌われている自信がある。だって仕事増やしたもん。しかもつまんねー仕事を。雑用をやらずに済むようになったほうの社員からも別に好かれはしない。余計なことを、くらいに思っている人だってもちろんいるでしょうよ。だって変化はすべてストレスだからね。外圧もないのに何かを変えるなんて悪いことだと思っている人はたくさんいるよ。そういう人にとってわたしはほんとうに気持ち悪い人間だと思うよ。

 じゃあなんでやるんすか。
 後輩はそのように尋ねる。わたしはこたえる。あのねえ、わたしは、たぶん傾いた天秤の、下がっているほうをつつく係なんだよ。

 わたしのフェアネスへの欲望は職場でだけ発揮されるのではない。結婚のオファーがあれば条件を詰めて契約書を作り(こんな変な女がゴリゴリに詰めてくる条件をのんでまで結婚したいという男がいるのはたいへんな驚きだった。楽しく恋愛だけしてるほうがぜったい得だと思うんだけど)、国会で受け入れがたい法案が通過しそうになればデモに参加し、手取りの2%を寄附に回している。
 わたしが寄附をするのは善良だからではない。この世に割を食っている人がいっぱいいることがどうしても不快だから、自分の不快感をわずかなりとも減らすためにやるのである。この世の不公平のあれこれが、生理的にイヤでしょうがないのだ。
 こういう人間になった要因にはもちろん心あたりがある。あるが、わたしと同じくらい不公平な環境で育って割を食ってきた人が長じて皆わたしのようになるわけではない。反対に長いものに巻かれる戦略を採用する人だってたくさんいる。割を食ってきたからこそ、これ以上損をしたくない、そのために、たとえば従順さや「可愛げ」を駆使して、割を食わされる中ではいくらか得をする側に回る、そういう戦略だ。それはそれで理屈に合っていると思う。皆が個人としての幸福を最大化すればいいので、長いものに巻かれたい人はばんばん巻かれたらよろしい。わたしはそうしてもぜんぜん幸福じゃないことがわかりきっているから、やらない。
 そんな人間であるのは善良だからとも高潔だからでもない。わたしはただ自分の不快感がもっとも少ないように動いているだけなのだ。虫とかと同じである。蛍光灯に向かっていくタイプの虫。

 それで「係」ですか。
 後輩が言う。わたしはうなずく。たまたまそういう係だったんだと思う。生物多様性っていうか、いろんな個体が発生するようにできてるんだと思う、そんでわたしはたまたまこういう個体で、あちこちでやいやい言って嫌われる係をやっている。

キックボードの子ども

 犬を飼っているので、近所の小学生に何人か顔見知りがいる。犬を飼っている家の子どもが何人かと、その友だちである。子どもたちは犬をわしゃわしゃ撫で、ボールを投げてやるなどし、ぱっと子ども同士の遊びに戻る。
 そんなだから、知っている子どもの後ろに知らない子どもがいて、犬を撫でる列に加わっても、とくに変には思わない。
 その子はそのようにして何度か子どもの集団の後ろのほうにいたのだと思う。小学校三年生くらいの女の子で、髪がとても長く、いつも薄むらさきのキックボードを使っていた。
 あるとき、その子どもが単独でわたしの犬の名を呼んで駆けよってきた。わたしは強い違和感をおぼえ、きびすを返した。すると子どもは無視して去るわたしについてきた。
 わたしははっきりと「ついてこないでください」と言った。するとその子どもはきれいにわたしのことばを無視し、「目の前にはなにもありません」という顔で、そばにあった水飲み場にからだを向け、蛇口をひねった。わたしは急いで公園をあとにした。
 その子どものようすはもとより他の子どもとは違っていた。かわいいかわいいと騒ぐものの、犬に興味があるようには見えなかったのだ。それから、何というか、話しかたがベタっとしていた。敬語を使わないのは、小学校中学年ならそんなものだろうとは思うのだが、幼児的な甘えた感じで、しかも相手が話を途切れさせにくいような、妙なねばつきのある話し方をした。
 そしておそらく、集団で犬に群がる顔見知りの子どもたちの誰の友だちでもないのだった。

 わたしはその子どもと遭遇する公園を散歩コースから外した。大人にも子どもにも、距離感がおかしい人はいる。その気配があったら、相手が自分に声をかけられる圏内に入らないことである。
 ある日、ふだんは行かない公園で、犬のふんの始末をしていた。うなじと背中を何かがかすめ、わたしは反射的にそれをよけた。そうしてとっさに犬を抱えて振り返り、警戒音のような声を発した。
 そこにはあの子どもがいた。とてもとても近いところにいた。黙ってわたしの背後から近づき、しゃがんでいるわたしの背中に手を伸ばしたのだ。
 わたしは大きな声を出しそうになり、ぐっと飲み込んだ。それから言った。触らないでください。近づかないでください。
 子どもはまた、あの独特の無視をした。わたしは急いでその場を去った。

 ああ、あの子ねえ。
 犬友だちが言う。うちね、週末はだいたいA公園に行くのね、そうそう、犬が集まる時間帯があって、あのキックボードの子、そこに来るようになったの。最初は誰かの親戚かと思ってた。「おやつあげたくなっちゃったあ」って言うから、誰かが犬のおやつをわけてあげてたこともあったと思う。
 でも確認したら誰の親戚でも知り合いでもなかったし、おやつをあげるふりをして引っ込めて犬をからかったりするのよ。注意すると、すーっと別の人のところに行くの。おかしいでしょう。だからみんなだんだん無視するようになったのね。
 でね、A公園て、たまにイベントやってるでしょ。屋台やキッチンカーが出たりして。そのときに、犬連れの大人の間に立って、大きい声で言うの。あっちのお店、行きたくなっちゃったあ、って。
 連れて行ってくれと言われたら、図々しい子どもだなとは思うけど、それより、その、なんだか持って回った、でもやけに強い圧のある言い方が、ちょっとこう、びっくりしちゃう感じでさ。
 誰のどういうツテかわかんないけど、まあ近所のことだから、どうにかして保護者を特定して、つきまといをやめてほしいって、申し入れしたみたいよ。
 そしたらその子、今度は一人で犬の散歩してる人を見つけては寄って行くようになったの。うちもねえ、見かけると逃げるんだけど、一回キックボードで追いかけ回されて、びっくりしちゃった。なんだか気の毒ではあるんだけどねえ。

 あの子どもは、何らかの問題を抱えていて、おそらく支援を必要としているのだと思う。思うが、わたしももう嫌悪感が先立ってしまって、「どうにかして保護者を特定した」人を探す気力が、どうにも湧いてこないのだった。
 どうにかして誰かの注意を引こうとする。「○○したくなっちゃったあ」と言って要求を通そうとし、都合の悪いことを言われると相手が存在しないかのように振る舞う。そういう種類のコミュニケーションを学習した子どもをどうすればいいのか考えるエネルギーが湧いてこない。知らない大人にべたべたとまとわりつくことの危険性も。