川上未映子、2007年芥川賞受賞作「乳と卵」
をその年は紀伊国屋の店頭で手に取って
冒頭を読み頁をめくることなく元の棚に戻したのだった。
それが五年後の今、ふと再会し開いてみるとみるみる読み進む面白さ、
眠る赤子を隣に置いて夜中、暗めに調整した枕元灯の下で、目を痛くしながら、
鋭い表現にため息をつき鼓動を高めながら読通した。
2007年大学院生、いったんそれに背を向けて会社勤めを始めた頃で
大阪弁の混ざった口語体の、長めの一文、
言葉を使って表現することへの執着、愛が明らかに溢れている様子、
ミュージシャンと兼業というプロフィール、美しい容姿、そういった魅力の全部が、
インターネット上のキャッチコピーをつけるやの
社内ではクイックレスポンス必須やの言動の生産効率やの
今改めて思うとすごいいい訓練をさせていただいたとはいえ
あまりに振り回されてしゅんとなった自分と並べて直視したくなかったのだった。
言葉というものはこんなにも、こちらの都合によって拒絶されたり侵入してきたり、
いえばモノの善し悪しなんて手前勝手なものよと感心している、今。
川上さんの文体を真似てみると、正直に語る、という姿勢を少し思い出したよう。
自分の本気に近づこうとすればするほど、
言葉は複雑になったりあっけなく単純にしかならなかったり、
その間のよきバランスを求めて往来していると何かものすごく大事なことに気づきそうになる。
「バルテュスのタブローが置かれる美術史の文脈に焦点を当て
前後のヨーロッパの思想状況と結びつけて論ずー」
なーんて格好つけてから語りだすのもまた愉しいけれども、
それがほんとうに愉しいのは川上さんのエッセイのとおり、
ある種の言葉で語るとき初めてそこに現れる、ほかにない芳醇な世界、
おそらく日常では忘れられているものすごく素敵な時間、を
読み手と書き手がその言葉たちを介することで共有すること。
受賞のことばから抜粋しておこう、あんまり素敵だったので。
こういう心持ちで自分も音楽や文章を作っていこうと思う。
「言葉にできるものとできないもので満ちたこの巨大な空のした、いろんな気持ちで泣きそうである。この震えのようなもの、覚悟のようなもの、それらはすべて文章と読んでくれる人のためにある。なんとか、なんとか、読んでくれた人の空のような部分に、燦然と輝いてときにはその人を少しでも勇気づけるようなそんな言葉を投げることができたら、見あげれば明日も生きていけるような、そんなものを作れたら。一生をかけてやってみたい。」
以下メモ
・ことばの食卓 武田百合子
・いちばん美しいクモの巣 アーシュラ・K・ル・グウィン
・溶ける街 透ける路 多和田葉子
・おともだち 高野文子
・みみお 鴻池朋子
・穴が開いちゃったりして 隅田川乱一
・転校生とブラックジャック 永井均
・銀の鬼 目覚め 茶木ひろみ
・国のない男 カート・ヴォネガット
・短歌という爆弾 穂村弘