kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「減税の結果社会保障が後退しました」ではまったく意味がない(社民党衆院福岡1区候補予定者・村田峻一氏のX)

 衆院補選の選挙活動は今日が最終日だが、東京15区と長崎3区については終盤戦の情勢調査報道はないらしい。

 

 

 謀略記事ならいろんな人が書いている。昨日も、東京15区が無風選挙区だったかのような嘘八百を垂れ流したことを弊ブログが批判したばかりの安積明子がAERAに何やら書いていた。

 

 

 「書いたで!」か。ああ、そういやこの人関西出身だったなと思い出した。兵庫県出身らしいので同郷ではないが、私は大阪府生まれだが兵庫県育ちなので同郷みたいなものだ。それで安積は維新びいきなのかもしれない。上記Xからリンクされた下記記事で安積は乙武陣営(小池百合子)をこき下ろしていた。まあ小池をこき下ろす分にはこちらには害がないからいくら書いても構わない。安積は少し前の現代ビジネスの記事では、2位候補に票を集中させる云々とか書いていたが、その頃には金沢結衣が不動の2位だったと思われてたからあんな記事を書いたのかもしれない。終盤では2位(考えたくはないがもしかしたら1位?)が金沢か乙武洋匡かはわからなくなっている。だから乙武や小池をこき下ろしたのかどうかはまでは知らないが。

 

dot.asahi.com

 

 こちらとしては「表層的メンツ」に終わってくれればそれで良いだけの話なので、今回は安積の記事を引用したりはしない。

 ネットでは、都ファ・民民系の乙武応援団だろうが維新系の金沢応援団だろうがトンデモ超極右系の飯山陣営だろうが、みな酒井菜摘候補を貶めようと必死になっているようだから、12年前の二十代半ばの一般人だった頃の酒井氏のツイート(現X)が発掘されて「減税真理教」信者たちからバッシングされたようだ。

 

 

 2012年12月3日というと安倍晋三自民党が政権を奪回した衆院選の直前だ。

 このツイート(現ポスト)を社民党の村田峻一(しゅんいち)衆院福岡1区候補予定者が擁護した。

 

 

 

 社民党、こんなことを言われてしまうようでは本当にどうしようもない。

 この件ではむろん村田衆院選福岡1区予定候補者が正しく、これまで「減税真理教」側に与しているかのような印象を人々に与えてきた社民党執行部、というより福島瑞穂の責任に帰する話だろうが、そちらに問題があった。

 もう現状まで零細政党に落ちぶれてしまったのだから、何も「減税真理教」側なんかに与しているかのような印象を世間に与える必要なんか全くないんじゃないか? 社民主義者の本分も忘れて金魚の糞みたいに俗論に迎合する方がおかしい。消費税減税論に理がないわけではないが、それにはあくまでトータルの税制に関する位置づけが行われた上での議論であることが必要条件になる。それを欠く消費税減税論は有害無益でしかない。

 社民党で思い出したが、そういえばまことん氏はそろそろXをポストしただろうかと思って久しぶりに見に行ったら、昨日1件だけポストされていた。

 

 

「天皇制を批判する奴らは文句言ってるだけで、共和制を積極的に構想して人々をまとめて国家を運営する気概はない」みたいな意見があるが、そんな大それた話ではなく、単に限界集落とか因習村の将来の人口を予測しながら見てるくらいの気分では (堀新氏のX)

 またまた天皇制に関するXより。今度は堀新氏のポスト。

 

 

 そうそう、その通りだ。「言えてるよなあ」と共感した。

 

 

 上記Xにもとても共感できる。

 天皇制は自然な流れで消滅へと向かうんだよ。残念ながらこの予測が当たるかどうかを生きているうちに確認することはできそうにもないけど。さすがにそんな短いタイムスケールでは現実になりそうにはない。今の若者にならチャンスがあるかもしれないけど。

東京15区はずっと自民党が勝ってきた無風の選挙区と解説するフリーの記者には呆れましたが、補選を除くと自民5勝、非自民4勝なんですけど (グリグリ氏のXより)/ここでいう「フリーの記者」とは安積明子のことだろう(呆)

 そういえば私が住んでいる地で国政選挙の補欠選挙が行われる経験は生まれて初めてなのだった。

 しかも、今世紀に入って住んだ中国地方のK市や四国のT市とは違って東京都の江東区は狭い。しかも私は補選に立候補している何人かの候補の選挙事務所から徒歩で5分とか20分とかの距離のところに住んでいるから、見慣れている街角にしょっちゅうXその他の動画でお目にかかる。そんな選挙戦も今日と明日で終わり、明後日はもう投開票日だ。私は2021年の都議選で、いざ蓋を開けてみたら惨敗を予想されていた都ファの候補がこぞって大量得票していた時のショックが忘れられないし、なんといっても日曜日に小池百合子の声が録音された怪電話がかかってきたのには背筋が寒くなったから、選挙戦前半で維新・金沢結衣をもっぱら警戒していた頃とは打って変わって、乙武陣営からかかってきた怪電話をきっかけに乙武を第一に警戒するようになった。私が蛇蝎のごとく嫌い続けている人間である小池百合子の執念がこもった音声を聞くのが精神衛生上最悪であることはわかり切っていたが、小池は一体何を言うのだろうかと思って最後まで聞いてしまったのだった。

 ところで昨日、22日の月曜日に発信されたフリー記者・安積明子が現代ビジネスに書いた政局記事を3日遅れで読み、衆院東京15区に関するでたらめ極まりない安積の文章に行き当たってびっくり仰天した。

 

gendai.media

 

 以下に当該部分を引用する。

 

そもそも東京15区は自民党系の牙城で、小選挙区制度が導入されて以来「反自民」の候補が当選したことはなかった。

 

URL: https://gendai.media/articles/-/128348?page=3

 

 上記引用文は、色で示した通り真っ赤な嘘である。

 これを読んだ時には目が点になった。

 なぜって、私が当区に越して来た時の当区選出衆院議員は、民主党(のち国民の生活が第一を経て日本未来の党)の東祥三であり、その後二度の衆院選に当選したのは初めがみんなの党、二度目が維新の党の公認を受けた柿沢未途だったからだ。ようやく自民党議席を奪回したのは、2017年衆院選での秋元司(2019年末に逮捕)だった。東にせよ柿沢にせよリベラルではなく右派の人だが、少なくとも選挙当時及び任期中には明確に「反自民」の立場に立つ政治家だった。その後、東は政界引退後に安倍晋三支持者と化し、柿沢は自民党に寝返ったけれども。

 要するに安積は、少し調べる手間さえ惜しまなければ簡単にわかる事実を確認することすらせずに記事を書き飛ばしたわけだ。

 少し前に大濱崎卓真が当区の立民の候補者選定についていい加減な出鱈目を書き散らしていたことを批判したが、あれはまだ調べるのに多少の手間がかかる事項に関することだった。しかし今回の安積の例は、調べる手間などほとんどかからないはずだ。しかし安積とは、そんな基本的な事実の確認さえ行わない人らしい。

 安積にせよ大濱崎にせよ、彼らの武器は(主に保守系の)政治家たちとの人脈であるに過ぎない。彼らの記事を読めばわかる通り、彼らは政治家たちとのパイプを持っている。しかし当該の政治家たちが自分自身以外の選挙区の事情に詳しいわけでは全くない。それどころか何も知らないと言って良いのではないか。そのあたりを十分認識して、記事を書く前にまず事実を正確に把握しようとする行為が、事実を伝える使命を持っているはずの記者には求められるはずだが、彼らはそれを怠っている。

 いやはや、実にひどいものである。

 下記Xは、上記安積の記事が発信されたのと同じ日の夜のタイムスタンプがついていることから推測して、明らかに安積の記事を指していると思われる。

 

 

 安積たちがやっているのは「報道」または「評論」ではなく、一種の「謀略」であろう。少なくともジャーナリズムの要件は全く満たしていない。

 同じ安積の記事にある下記の文章など、その典型例であろう。

 

立憲が勝つのは困る……

 

要するに衆院補選については、自民党と維新は相反する立場にないことになる。そこで立憲民主党の躍進を阻止したい自民党は、思わぬ「禁じ手」を講じるかもしれない。ある自民党関係者は次のように打ち明けた。

 

「東京15区は立憲民主党の公認候補が優勢だが、彼女が当選して立憲民主党が勢い付いてしまっては、我々が困る。そこで15区内の自民票を“2位の候補”に集中させることで、なんとか挽回をはかりたいところだが、都連上層部からの具体的な指示はまだ来ていない」

 

URL: https://gendai.media/articles/-/128348?page=3

 

 こういうことを言った「自民党関係者」がいたのは事実だろう。しかし自民党関係者と言ってもさまざまで、純粋に地元の自民党員を国会に送り込みたい江東総支部の人たちもいれば、小池百合子に助けてもらおうと考える、党執行部だの萩生田光一だのに近い人もいる。あるいは維新に近い菅義偉のような人間もいる。

 上記「自民党関係者」のいう「2位の候補」にしても、それが金沢結衣であるか乙武洋匡であるかで意味が変わってくる(三春充希氏の一覧表を見る限り、これまでに情勢調査の2位に記載されたのは、この2人しかいない)。しかも、地元の自民党(江東総支部)にとっては、自分たちと支持層が被る「2位の候補」なんかに票を集中されたら、遠くない将来に控えている衆院選の本選で、自分たちが本当に選びたい候補にチャンスがなくなる。とんでもない話なのである。

 このように、同じ自民党の関係者でも一枚岩どころでは全くなく、立場によって思惑はさまざまなのだ。しかし安積の記事は、そのうちの誰か1人の立場を代弁したものになっている。

 だから安積の記事は、事実を伝えるジャーナリズム精神とは全く無縁の「謀略情報」に過ぎないと弊ブログは断じる次第。

 今回の補選で地元が舞台になって、政治について書く「フリー記者」だの「政治アナリスト」だのと名乗る人たちが、本当にろくでもないことがよく理解できた。

弊ブログにいただいたコメント「いきなり政権交代はせずに、自民党と公明党を合わせて過半数割れに追い込み、野党に妥協さざるを得ない状況を作った上で、当面は比較第一党の自民党に後始末をさせるのが最善ではないかと思っています。」に対する返答

 今日は、いただいたコメントに対する返答をします。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 雷のクレア

私も野党支持者として、政権交代としてほしいのですが、その一方不安があります。

それは与党に逆転した野党が、今までの自民党政権(特に第2次安倍政権以降)の負の遺産を押し付けられることです。
下野した自民党が、マスコミや官僚や財界などと結託して責任転嫁し、新政権に対し、卑劣な攻撃することは目に見えていますね。
実際に2009年の旧民主党政権時代、それが行なわれ、民主党は分裂した挙げ句、短期間で崩壊しました。

いきなり政権交代はせずに、自民党公明党を合わせて過半数割れに追い込み、野党に妥協さざるを得ない状況を作った上で、当面は比較第一党の自民党に後始末をさせるのが最善ではないかと思っています。

無論新政権で下野した自民党を解党させるほどの徹底的な洗浄が理想ですが、残念ながら日本人はマスコミの情報に流されやすく、過去と同じく新政権を見限り、自民党を復活させてしまう恐れがあるので、政権交代に後ろ向きな気持ちが芽生えてしまいます。

kojitakenさんはどのような見解をお持ちか、教えてほしいです。

 

 コメントどうもありがとうございます。

 ご質問に対する答えですが、まず次の衆院選政権交代を目指さなければお話になりません。私の立場がこれに尽きます。これまでも、「5年後の政権交代を目指す。ホップ、ステップ」(これまでの記事では「ジャンプ」を続けて書いてきましたが、発言の主は「ジャンプ」とは言わなかったようです)と言った立民の泉健太代表を批判してきたわけですから、そうでなければ主張が一貫しません。

 自民党に引き続き政権を担当させたら、これまでに彼らがなした悪事の隠蔽に走るのを許すだけですから、彼らを政権に止まらせてはなりません。彼らが「後始末」をしてくれると期待するのは、権力(者)の本性を甘く見過ぎていると思います。人間誰しもエゴイズムで動きますから、こちらの都合の良いようには決して動いてくれません。ましてや彼らは権力を持っているのですから、その権力を悪用してくると考えなければなりません。

 従って、野党第一党である立民が目指すべきは、あくまで政権交代です。

 2009年の政権交代が頓挫したのは、自民党のせいというより民主党内の権力闘争のせいでしょう。民主党政権時代には2つの大きな出来事があって、最初は2010年春の鳩山由紀夫の政権投げ出しに伴う政局で、二度目は翌2011年春の東日本大震災と東電原発事故後の菅直人小沢一郎との政争でした。

 私は最初の2010年の政局は菅と小沢とが同罪、2011年の権力抗争は小沢と鳩山がどうしようもなく極悪だったと考えています。

 2010年春は、鳩山の投げ出し劇自体ではむしろ反鳩山側として動いた形跡があった小沢*1が、菅直人政権でも引き続き幹事長をやらせてほしいと菅に申し入れたものの菅が断ったために小沢が鳩山側について党内抗争の構図が固まったと考えています。本来民主党政権は、菅と小沢という体質的に合わない二人が鼻を摘み合いながら協力しなければ機能しない性質を持っていましたが、その二人が正面衝突した時点で民主党政権が長続きしないことを予感させました。

 しかも2010年6月の民主党代表選が最悪でした。菅の応援団は前原誠司野田佳彦という、2005年の前原代表時代に大失敗をやらかした右派新自由主義系の政治家が中心となり、一方の小沢は口では「社民党にも理解される人を」と言いながら、実際に担ぎ出したのは「頑張った人が報われる社会を」をスローガンとする過激な新自由主義者である樽床伸二でした。これは菅・小沢双方の大罪でした。

 2011年5月の菅内閣不信任案提出劇は、2010年の政局以上に大問題で、何しろ東日本大震災と東電原発事故そっちのけで、小沢と鳩山が自公を焚き付けていました。民主党政権に対する現在も続くネガティブな印象に一番影響したのは、この時の権力闘争でしょう。2010年の政局を、菅、小沢がそれぞれマイナス5ポイント、政権を投げ出した鳩山がマイナス3ポイントだったとするなら、2011年の党内構想では小沢と鳩山がそれぞれマイナス10ポイントずつだったといったところでしょうか。トータルでは菅がマイナス5ポイント、鳩山がマイナス13ポイント、小沢がマイナス15ポイントで、小沢にはそのあと2012年の党分裂のマイナス10ポイントも加えてマイナス25ポイント相当だと思います。つまり民主党政権失敗の主な原因は自民党よりもむしろ当時の民主党トロイカと呼ばれた3人の政治家、その中でも特に小沢一郎にあったというのが私の見解です。もちろん鳩山にも菅にも相応の責任がありました。

 とにかく自民党から政権を奪わなければお話になりません。泉健太にはたいして期待できないと私は思いますが、立民支持層が彼を支えているのですから仕方ありません。泉は調整型の指導者とのことで、その割には政治や社会の流れが全然読めない人みたいだから困ったものだなあとはいつも思っています。しかし、今回の補選もそうですが、まず勝たないことにはお話になりません。負けからは何もうまれてきません。2009年の政権交代は「勝ったけどそのあとがダメだった」例ですが、勝たなければそのあともへったくれもないわけです。

 以下は付録。三春充希氏のXより。まず三春氏が反応したXから。

 

 

 

 

 「目の前の現実を変えるためにこそ人は頭を働かせます」という部分に特に注目したが、知識よりも経験、そして現実を変えるための協力が必要、というのがそれ以上のポイントなのだろう。泉健太の場合、その協力の相手として民民や維新や(都)ファあたりしか考えそうにないから困ったものだが、それでも自民党が崩れつつある状態の現在だから、泉に対してもプレッシャーをかけつつ前進していくほかはない。

*1:当時、鳩山が「小沢さんに政局にされてしまう」と言っていたことが報じられたという記憶があります。

萩生田 − 小池で創価学会票も動きはじめました。(有田芳生氏のX)

 有田芳生氏のXより。

 

 

 選挙ドットコムの情勢調査では、酒井菜摘候補が「リード」なのだけれど、2位に乙武がつけてるんだよね。だから創価学会票が動き始めた可能性は実際にある。私も日曜日に小池百合子の録音テープが流された怪電話を受けた時に背筋が凍った。

 この動きに、実は江東区内の自民党員が神経質になっている。URLをコピーしておかなかったのでリンクできないけれども、萩生田と小池の関係はどうなっているのか、山崎一輝さんはどう思っているのか、自民党員ならユリコなどあり得ない、などと書いて激怒していた。この人(ほぼ間違いなく自民党員)にとっては一番当選してほしくないのは酒井菜摘ではなく「ユリコ」の息のかかった乙武洋匡であることは疑う余地がない。理由は簡単で、もし乙武が当選すれば衆院本選でも乙武が出てきて地元の自民党が推したい候補は入り込めないからだ。問題は、党員ではない自民党支持者がこの動きをどう思うかということだろう。

 それと、創価学会票が動き始めたといっても、歩留まりがどの程度になるかはわからない。

 そんなわけで、ますます選挙の不確定要因が増したといえるだろう。

保守派こそ歴史と伝統を重んじない元号案を否定すべきだし、左側は元号案ではなく元号制度そのものを批判すべきだろう。(「副主席」氏のX)

 今日はさっきの更新で打ち止めにするつもりだったが、堀新氏のXのリポストに注目したので紹介する。

 

 

 上記Xでいう「保守派」とは故安倍晋三や、今回の衆院東京15区補選でいえば日本保守党(百田尚樹、有本香、飯山陽)のような人たち及びその支持者たちのことで、「新極右」という言葉が一番ふさわしいように思う。ラ行で始まる発音という、おそらくは外来語起源であって日本の歴史では比較的新しいと思われる二字漢語による現在の元号が「伝統を重んじていない」としか言いようがないとは弊ブログもしばしば指摘してきた。

 しかし、弊ブログはそもそも元号制度そのものを否定している。だから新極右の安倍晋三が事実上選んだ現元号を、引用文等以外では原則として使用を自らに禁止する「NGワード」とした。NGの対象には平仮名表記を含むので、弊ブログは某政党を「元号新選組」、略称としては「新選組」「組」などと表記している。

 

 

 

 元号(制度)廃止や天皇制廃止なんて、「いっそのこと堂々と」というほど仰々しいものなのだろうか。現に安倍晋三でさえ法案や予算の絡まない案件だと主に西暦で年数を言っていたし、安倍昭恵に至っては西暦しか使わないと指摘されている。また「新極右」たちは明らかに天皇よりも安倍晋三を上位において物事を考えている。

 むしろ、最近になって人々に迎合したつもりかどうか、機関紙の一面の年数表記に元号を併記するようになった共産党などの方が時流を読めていないと思うがどうか。

 天皇制があらゆる差別の根源であるのはあまりにも明白なのだから廃止が当然だし、そのうち自然に廃止に向かって世の中は動いていくと私は確信している。ただ残念なのは、私が生きているうちには天皇制が終わる可能性はほとんどないことと思われることだ。

立民・五十嵐衣里都議がXでまたまた痛烈に都ファを批判。「権力者である政治家から、国民の自由を制約する罰則強化を声高らかに、自党アピールのために宣言すること自体、こういう人たちに権力を持たせるのは恐ろしいなとつくづく思います。」

 政治おじいちゃん氏のXを見ていたら、下記Xがリポストされていた。

 

 

 発信者のプロフィールを見ると、立民と共産を支持していると書かれている。

 一方、乙武洋匡の「選挙妨害を無くす『公職選挙法の改正』」は、乙武を推薦する都民ファ◻︎ストの会が言っていることでもある。背景にはむろん、今回の衆院東京15区補選で黒川敦彦一派がやらかしている乱暴狼藉への対応がある。

 だがこの件で「立民と共産を支持する」若年層の方が、都ファ乙武の公約を「素直に評価する」姿勢で良いのだろうか。大いに疑問だ。

 泉健太支持者のnaoko氏のTwilogを見ると、本件に関する立民・五十嵐衣里都議のXがいくつかリポストされている。このところ何度も弊ブログからリンクして紹介している五十嵐都議のXには非常に良いものが多い。naoko氏がまずピックアップしたのは下記Xだ。

 

 

 上記Xは、米山隆一衆院議員の下記Xを受けて発信されたものだ。

 

 

 

 米山議員は批判の焦点を維新に当てているが、五十嵐都議は「都ファも維新と同じ」と断じ、「施政者なら現行法で対応できるか検討するのが先ではないか」という。私はこちらに説得力を感じる一方、何かというとすぐに「罰則強化」を言い出す維新だの都ファだのには強い反感を持つ。しかし今時の30代の立民・共産両党の支持者を自認する方が都ファ乙武)の「公職選挙法改正」との公約を「素直に評価できる」と仰るのだから頭が痛くなる。支持政党は立民や共産であっても、思考は都ファや維新に近いのではないかと疑われる。そんなことで良いのだろうか。もっとも最近は立民や共産もその支持層の組織防衛志向の強さに閉口させられることが多いが。

 naoko氏がリポストした五十嵐都議のXを続ける。

 

 

 上記Xは、同じ五十嵐都議の下記Xを受けたものだ。下記Xにはとりわけ印象に残る、素晴らしい文章が書かれている。

 

 

 都ファや維新に対しては、上記Xに含まれる下記の批判が強く刺さる。

 

権力者である政治家から、国民の自由を制約する罰則強化を声高らかに、自党アピールのために宣言すること自体、こういう人たちに権力を持たせるのは恐ろしいなとつくづく思います。議会での「知事批判の発言削除の動議」しかり、自分たちは王様か何かと勘違いしているのでしょうか。

 

 引用文の後半の「知事批判の発言削除の動議」とは、3月に都議会で都ファと自公とが一体になって立民と共産の都議の発言に対して発したものだ。五十嵐都議はこれを強く批判するXを持続的に発信してきた。これぞリベラル政治家の鑑であり、こういう人が都議選で武蔵野市から立候補して当選するんだなあと、リベラル不毛の地である東京15区に住む私は感心する。私は同都議が東京18区の候補者になれば良いのにと思っていたが、小池百合子一派が独裁し、立民衆院議員・手塚仁雄の秘書だった伊藤悠なる人物がパシリとして目黒区長になろうとしていたというこのとんでもない東京都においては、五十嵐都議のような人が都議会には欠かせないのではないかと思うようになった。同都議には、極悪独裁者・小池百合子が都政から去ったあとには国政に進出してもらいたいと強く思う。

 それにしても、「普通は権力者の自覚があれば、権力の行使は謙抑的であるべきということを理解しているはず」という「普通」の権力者が、今の日本にはなんと少ないことだろうか。

 「謙抑的」というのは、字面を見れば明らかな通り「謙(へりくだ)って控えめにすること」という意味だが、法律家がよく使う言葉なのだろうか。このあたりは宮武嶺さんにお伺いしたいと思う。一般には「権力者は権力の行使に抑制的であるべき」などという。

 この言葉から思い出される近年(といってももう30年以上前だが)の首相としては宮沢喜一がいる。一方、真っ向からこれに反する首相として思い出されるのはいうまでもなく安倍晋三であり、またもしかしたら安倍以上だったかもしれない菅義偉である。菅は、安倍政権を内閣官房長官として支えた人だった。たとえば「権力行使 抑制的」という検索語でネット検索をかけると、4年前の下記毎日新聞記事が上位でヒットする。

 

mainichi.jp

 

 現首相の岸田文雄はどうかというと、昨年、日経に下記のように書かれていた。

 

www.nikkei.com

 

 日経は

宮沢氏が唱えた「権力の抑制的な行使」と安倍氏の決断する姿勢をともに継承する。

と書いているが私は同意しない。岸田が継承しているのは安倍(や菅の)「決断する姿勢」だけである。だから安倍の国葬も、軍事費のドラスティックな増額も、国会のぎろんもほとんど経ずに、ほぼ岸田の独断で決まった。また安倍を国葬して安倍派にすり寄りながら、裏金問題が起きると中途半端な権力闘争を安倍派と展開している。それも、森喜朗萩生田光一のような敵の本丸はむしろ庇い立てながら、塩谷立(しおのや・りゅう)のような小物を狙い撃ちする卑屈さだ*1

 五十嵐衣里都議のXの紹介に戻る。

 

 

 

 

 上記Xには他の方とのやりとりがある。

 

 

 

 「候補者本人はともかく、周りも助言してあげなかったのが残念ですね」というのには笑ってしまった。候補者とはたぶん乙武洋匡のことなんだろうけれども、乙武都ファが「公職選挙法改正」と言い出したから慌ててお題目だけ追随したものなのだろう。問題はそんな候補のXを見て「立民・共産」支持を言明する人が「素直に評価できる」と思ってしまうことだ。いくらなんでも権力に対する懐疑が弱すぎる。

 昨日は、目黒区議選に惜敗したばかりの西崎翔前都議が衆院東京15区補選の酒井菜摘候補の応援に駆けつけたものの、黒川敦彦一派(と思われる)の妨害に遭って演説会中止に追い込まれたらしい。五十嵐都議が西崎氏の下記Xをリポストしていた。

 

 

 しかし、現行法で対処可能と思われるこれらの暴挙に乗じて、公職選挙法改正(厳罰化)を掲げて「やってる感」をアピールするだけの(都)ファの候補に立民・共産支持者が迎合してどうする、と思った。

*1:思い出したが、自民党静岡県連の会長はあの城内実なんだってな。城内はなぜか安倍派には属さず無派閥だが、選挙ではスズキ元会長の鈴木修のバックアップを受けて常に楽勝らしい。この人を選挙で落とせるくらいにならなければ日本に本当の民主主義はやってこないと私は思う。かつてはこの人を「『右』も『左』もない。オレは『下』や」なるスローガンを掲げた某ネット軍師の旗の下で、ネットの反自公政権のブロガーたちに熱烈に応援された時期があった。私はその連中からパージされたのだった。あ、そうそう城内は2006年の正月には「世に倦む」なんとやらのブログに麗々しく登場したこともあったな。20年近くも前の話だからもう誰も覚えていない(知らない)だろうけれども。