「この先5年」になってみて

ニュージーランド

2008年5月に京都から東京へ移りました。
この5月に、東京からニュージーランドへ移ることになりました。

自宅の退去手続きをしていて、ふと、2008年の年明けに「この先5年」と副題したエントリを残していたことを思い出した。のでBig Dinasour化したここに、わざわざいま書いていますw
「2008年がはじまりました! - この先5年。」- SustainableArt_lynxeyed


5年という月日が経過した現在、(結果的に)こういう流れになっていることには、言った本人が一番驚いているし、ニュージーランドって!となっています。まさに「夢にも思わなかった」ことが現実している。

ニュージーランドには2012年3月から1年間滞在していました。
目的は、フリーランスのデザイナーとして英語圏でも仕事ができるようになることでした。クライアントとワークメイトに許される限り、日本の仕事も継続しながら。

今振り返っても相当な「ぽっと出」な挑戦で、英語力も現地の知人友人もニュージーランドに関する知識も皆無に等しいところからのスタートだったのだけど、たくさんの幸運に恵まれ、大きな収穫を得た1年になりました。
お仕事では2つのクライアントワークと1つのプロジェクトに携わらせてもらうことができました。そしてNZ滞在9ヶ月目くらいに、1年間ではとても「英語で仕事ができる」と言えるレベルには及ばないことを思い知った。それで、この挑戦を継続していこうと決め、日本帰国の段階から現在に至るまで、どうやってNZの長期就労ビザを取るか、今後日本の仕事はどうしていくのか、難解なパズルを解くようにひとつずつ取り組んできました。

ほとんどのことは、「実際やってみないと分からない」段階からしかスタートを切れないことはよく分かりました。そして、「やってみないと分からないけどなんかやれる気がする」という自分への信頼が揺らがないことは、この5年間で得ることができた一番尊いものだと思っています。

ニュージーランドで暮らしてみて、何を一番学んだと思う?

NZからの飛行機で、映画を観ました。長く滞在したWanakaという美しい町で出会ったEnglishの友だち一押しの”Rust and Bone”(原題は"De rouille et d'o")。フランス映画というのは彼から聞かされていたけど、わたしはそれをiPadに入れる時に英語吹き替えあるいはsubtitleを英語に指定しなきゃいけないことをすっかり忘れていたものだから、終始フランス語で観るはめにw まあ意味わからなくて疲れたらそこでやめればいいやと観始めたのですが、120分間集中が途切れることは無かったし、しっかり感動し、涙もしました。

NZにいる間、フランス語はたくさん耳に入ってきたけど、笑って「ボナペティ」って言っとけばいいかくらいなレベルです。文法も単語も、知識としては何も無いのに、映画1本を楽しめた。
わたしはこの時、「分からない」ことはほとんど、まず自分で「分からない」と決めていることなんだなと改めて思いました。NZでの生活で、ネイティブの幼い子どもたちと触れ合うことがあり、彼らには「分からない」という概念が無いんだなと常々感心したものですが、裏を返せば同じことなんだろうと思う。

「分からない」ことは不快です。できるだけ避けたいです。でも、乾いたスポンジのように日々新しいことを吸い込んで成長してゆく子どもたちみたいに、「分からない」かどうかはさておきやってみることができたら。

NZへ向かう飛行機で、もしちんぷんかんぷんなフランス語の映画が始まったら、おそらくわたしはそれを観なかっただろうと思います。フランス語は「分からない」ことだったから。1年後の同じ路線で、それはもはや観ない理由にはならなかった。
1年間日本を離れ、ニュージーランドで暮らしてみて、何を一番学んだと思う?という種類の問いかけに対する答えとして、これは相応しいエピソードになりました。

つぎの3年

年齢も年齢なので、少なからず老いを感じる瞬間がでてきたりしてちょっと切ないです。しかし、ニュージーランドの1年間といったら、それはもう途方もなく長いものでした。ネイティブには「4〜5歳児の一日と、30歳の一日って長さ違うでしょ、わたしはここでは4〜5歳児と同じだから、とっても長いよ!」と冗談まじりに言っていたんだけど、本当にそう。
これからは、日本での時間とニュージーランドでの時間が混ざり合っていきます。困ることがたくさん起こるんでしょうが、とてもワクワクしています。

「この先5年」と言って、気がついたら ↑ いまここ なわけですが、言ってみるものだな。
結果と呼べるものがあるとすれば、いくつかの大きな山も谷も越え、動き回った結果、英語圏でデザイナーをやる切符を得たということでしょうか。(今日現在、ワークビザの申請が難航しており、もしかしたらビザ無しで一旦ニュージーランドに戻ることになるかもしれないですが、それもまあ、なんとかできるでしょう。)

さすがにこのブログが息を吹き返すことはもうないと思うのですが、ニュージーランドのことや、英語で暮らすことや、日本の外から思う日本のことなどを別で書いています。
日本語だったり英語だったりするかもしれないですが、まあ、気楽にいきます。
またつぎの3年後くらいに「これやった」となるよう。

さて。

気分はワンダフル。

運は自分でつくる

久々のエントリです。生きてます笑。
東京でのファーストインパクトは、生易しいものではありませんでした。
けど、生きてます笑。
ストレスからくる歯痛や、軽い言語障害(?)や、駅のホームの扉と電車の扉の隙間に閉じ込められたりとか(!)、3ヶ月後にはいいネタになりそうなことがてんこ盛りな3週間でした。
東京に来て、何もかも新しくて慣れなくて人と人の距離が遠くて淋しくて、
自分の能力に対する信用を全くなくし、自分を採ってくれた人への信頼も傾きかけ、喋りたいこともうまく口から出ないーーーーもごもごもご、わお!っていう日々は、久々の長い長いトンネルでした。
でも、この前会社からの帰り道に、家の前を流れる隅田川に対岸のマンションの人々の暮らしのあかりがとてもきれいに映っているのを見て、純粋に「きれい」と思いました。
ぼーっと、風が凪いでいるのを感じて、その時東京に来てはじめて自分の心の凪いだ瞬間も感じ。なんか、その時、声に出して言ってしまった。「気分は、ワンダフル。」
だいぶ気持ち悪い人ですけど、なんかぴったりで。ワンダフルが。

きっと、楽しい、気持ちい、かわいい、きれい、そんないいことだけじゃ感じ得ないだろう、ワンダフルな気持ちを味わいました。


会社の会議室からはこんな東京タワーが見えています。
お天気がいい日は特に、とっても元気になれる景色です。

これからくる新しい時代を楽しくサバイブしたい!と言って、自分に5年間という期限を設けた2008年の始まり。動きはじめてすぐに、デジパという場所を見つけることができたこと、ほとんど経験値がないにもかかわらず気合いだけで採用にトライしたこと、そしてその場所に迎え入れてもらえたこと、全部「運」です。わたしはとにかく、めっちゃついてる笑!
だけど、その運も、自分でつくってるものなんだよって言葉をこの間ボスにいただきました。とても、嬉しかった。


時間を大切にすること。
ひらすら自分らしくいること。
心から思ったことをいつでも言葉にして表せること。
いいことをする、というベクトルでチームで全力になれること。
自立し、自律していること。

容赦なくそれを要求され続けています。
こりゃぁ、ワンダフルです。!

でもいま、なんちゅうか、まわりの人達への感謝の気持ちであふれているです。アリガトウ。心配かけてすみません、だけど、わたしはもうひとつ駒を進められたようです。!

猫町でお食事会


北白川の「グリル&カフェ 猫町*1で、はてなスタッフのみなさん(id:jkondoid:nmyid:nagayamaid:tikeda)と京都造形芸術大学やその周辺のみなさん(id:gintacatid:Ashizawaid:yukararamid:nomad420id:haiji505)とお食事しました。
ていうかそのために転居先の契約を早々に済ませ、東京から日帰りしてきました ;-)
はてなとその仲間たち」の場の感じは「HUG Kyoto 20080314」から2度目なので、チキンなわたしとしてはまだ探りつつな部分があるものの、なにしろとってもパワーを貰えるのです。今も壊死状態のこのブログちゃんに風を通してあげられているのも、きっとそのおかげです。
これまで、もっと転職活動四方山話を紡げたらよかったのですが、、それは追々書くかもとして、ひとまず次の場所のご報告ができたので、今日のお食事会で話に出た言葉たちをメモメモ。

  • 無関心というマナー

関東の、人のつながりの希薄さやどこかつめたい感じは、「無関心というマナー」らしい。あまりに人が多く、物理的距離が近すぎるために人々が身につけた一種の処世術のようなもの。らしい。
「おばちゃんたこ焼きちょうだい〜」「おばちゃんなんかおれへんで〜」「おねぇちゃんたこ焼きちょうだい〜」「はい、さんびゃくまんえん〜」ベタ過ぎるように聞こえるけれど、実際に大阪ではまぁありえるこんなアツクルしいやりとり、東京という場所で遭遇する想像は確かにできないなぁ。

  • 左京区」という個性
    • 左京区独特のスローな時間の流れ方
    • 吉田寮やハイライト(みたいな食堂)が普通に存続している
    • 卒業式では仮装が正装やろ?という認識

もっとたくさんあると思うけれど、9年間暮らして、至極あたりまえのこととして気にも留めなかったようなことが、よそではいかにあたりまえじゃないか、わたしは全然知らない。話題にあがった、卒業式に仮装するのはあたりまえという認識が全国的に見てもどうやら京大と京造だけらしいというのは、未だに信じられない。要調査&報告!
個性っていうものは、差別化する対象があって初めてその「個」具合を認識できるんじゃないだろうか。左京区のことにしても、例えば就職活動中の自己分析にしても、当事者にとっての「あたりまえ」なことは、なかなか特別な「個」として認識しにくい。
けれど、日頃からその「個」について意識することができて、それをあらためて愛せるようなしかけをいつも自分に施せたら、日々をとても楽しく、ワクワク過ごせる気がします。最近とくにそんな気がします。何かいいしかけ、ないかなぁと。
なんしか、左京区は、本当に大好き。愛しています。意識したことはなかったけど、京都がいかに好きか、具体的にどう好きか、どこが他と違うのか、京都を離れることでもっともっと思い知りたい、という気持ちが確かにあります。
というわけで、東京へは、ちょっと行ってきます〜という感じで、長期滞在者のつもりで行ってきます :-)
あ、左京区で、早朝にモーターパラグライダーやってる人を見たことがある人は、もしくは今飛んでる!ってのを目撃した人は、ぜひid:jkondoにできるだけ早く教えてあげてください。弟子入りを希望したはるそうです。ちょうど、ゴールデンエッグスに出てくるフライングダニー(「ポールにカミナリーおちろーーー」)みたいな感じだと思います。
あ、それから、数日前に川端東一条付近の鴨川をシカが走っているのを目撃した人はid:yukararamに情報を寄せてください笑
まだメモしたいことがあるけれど、うっかり長々と書いてしまったので続きは次回。いやぁ、とっても長くて濃い一日でした :-)

*1:私の知る中で、自身を持って一番だと言えるお店です。写真は以前お昼間に撮った、猫町のエントランス。

次の場所

とても久々に書きます。あらためて、こんにちは、世界 :-)
全然「持続可能な」になってないじゃないかとか、言わないでください笑

1月4日のエントリで、大文字山のてっぺんからお年賀のご挨拶とともに「この先5年」宣言をし、これまでいろいろ動き回ってきましたが、本日、転居先の契約も済ませることができ、ようやくそのスタートラインに立てました。
5月から東京の企業に就職します。
デジパ株式会社というところで、ディレクターとしてものづくりに携り、掲げてきた「ウェブコミュニケーションデザインのプロフェッショナル」を更に目指します。
住まいは東京都北区で、麻布十番のオフィスまで南北線でひとっとびです。
うん。

「イーハトーブのかご展」

@ design shop

日々、身の回りに置いて共に生活するのにとても心地よい生活雑貨や電化製品を扱うdesign shopというお店があります。これまでネットでは買い物をしたことがありました。いつかリアルショップにも行ってみたいと思っていましたが、いま開催中の「イーハトーブのかご展」が気になっており、ちょうど就職活動で麻布十番へ行くことがあったのでその足で行ってきました :-)
本当にこんなところにお店があるのかしらんと、NAVITIME片手に不安片手に南麻布をウロウロしていたら、あった!

イーハトーブ」とは、宮沢賢治が岩手の長い冬のこと指してそう呼んだそうです。

わたしがいたおよそ40分の間、スタッフの方含め誰一人見ませんでした。なぞ・・・

展示されていた桜。美しかったですが、この展示の後どこに行くんだろうと思いました。

「ちょっと一服、お茶とお菓子をどうぞ。」と添えて、あたたかいお茶のポットと、かごには湯のみとfogリネンクロスの下には小さな林檎が3つ。林檎をかじる勇気はでなかったけど、お茶は沁みました ;-)

イーハトーブのかご展」、よかったです。
かごはどれも美しかったけど、わたしの持ち物にはできないなという感想を抱きました。ひとつひとつ手づくりのかごには、その土地に生活する人でなければ分からない理由(デザイン)がたくさんあります。その理由(デザイン)が鑑賞する対象として、ひとつの美しさとして伝わってきたのだと思います。
いきいきとした知恵が宿るもの、歴然とした理由をもつものは、やっぱり美しいと思いました。

HUG Kyoto 20080314 おひらき

次回「HUG Kyoto Summer meeting」で :-)

HUG Kyoto 20080314、おひらきです。
想像してた1.4倍くらい楽しい会だったと思います。もっとお話したかった方がたくさんいらっしゃいましたが、id:gintacatさんによれば次は「HUG Kyoto Summer meeting」ということなので、楽しみにしたいですね(って夏には京都にいないかもしれないのに..orz)。
18:50

このセッティングになるまでさまざまな試行錯誤がありました。笑
19:40

参加者40名+飛び込みの方なども加わり、わりと盛況なかんじ
22:20

はてな賞発表+はてなからのプレゼント。id:chira_rhythm55さん、はるばる参加してよかったね◎他に選ばれた4人もみんな学生だったのも印象的でした。

「?」。わたしなりの仮装だったけどさりげなさすぎて誰も気付かないよ。
1:25

二次会のアイリッシュパブにて。id:jkondoさんがこの時間までいてくださることは珍しいらしい(とid:malaさんのついっとで見た)。
となりに座ってお話していると、id:jkondoさんの側だけ、なんかあったけかったです。何なんでしょう。
というのはまた改めて認めるとして、ひとまずご報告。
あ、id:gintacatさん、ひとまずグループをパブリックにしましょうね ;-)
http://hugkyoto.g.hatena.ne.jp/

「ウェブコミュニケーションデザイン」

あなたがなりたいっていう”ウェブコミュニケーションデザインのプロフェッショナル”というやつの、あなたの「ウェブコミュニケーションデザイン」についての見解を教えてください。
先日、こんな問いかけをある人からいただきました。確かに、これは言葉にできなくてはならないことだなと思い、考え、言葉を組み立ててみました v.080311。

「ウェブ」

ワールド・ワイド・ウェブ上の

コミュニケーションデザイン

人と人の間にあるできごと・ものごとにおける問題を解決するための調整と、その手段・方法を人が知覚できるカタチにあらわす営み
のこと。
”ワールド・ワイド・ウェブ上の”という部分は、

  1. ”人と人の間にあるできごと・ものごと”はウェブ上でのことかリアル世界でのことか
  2. ”その手段・方法を人が知覚できるカタチにあらわす”のはウェブ上においてかリアル世界においてか

という点が定まらないことには定義もできないよねって感じもあるのですが、そこは、自信満々でグレーのままにしておきたい(笑)ところです。

ウェブがなきゃだめ。でもウェブだけでもだめ。
そして、ウェブにはこんなにも「まだない」がある。
ああこれこそ、
「あることと ないことが まぶしいように ぴったりだ。」だ。