ニューオーリンズで、奴隷制のモニュメントを巡った件。

先週、セックスワーカーコンファレンスに参加するためニューオーリンズに行ったのだけれど、まあ案の定コンファレンスに参加するだけで疲れてしまってちゃんとした観光をする気力もなく、ちょっとホテルの周辺を散歩してみた。で、そのときたまたま見かけて気になったのが、これ。

えらく高いポールの上から全てを見下すような像。調べてみると、南北戦争アメリカ合衆国に反旗を翻して戦った南軍の将軍、ロバート・リーの像だった。

この像について調べていて見つけたのが、Take 'Em Down New Orleansという団体のサイト。ニューオーリンズ(だけでないけど)には奴隷制や南軍に関連したモニュメントやそれらに由来した施設の名前がほかにも多数あるので、それらを変えていこうという趣旨の団体らしい。そしてこの団体のサイトには、こうしたモニュメントのマップも掲載されており、中でもロバート・リー将軍の像は、そうした運動を受けてニューオーリンズ市議会も昨年から撤去を進めようとしている4つの像のうちの1つだった。

そのマップを使って、近くにあるモニュメントをさらに見にいくことにした。まず行ったのは、ロバート・リーの像から少し北に行ったところにある、ラフィエット公園に置かれているモニュメント2体。

ラフィエット公園の入り口にあるのは、ボルティモアニューオーリンズで教育の普及に尽力したことで知られるジョン・マクドノーの像。黒人奴隷所有者でもあり、かれが所有していたプランテーションは南部でも有数の規模だったとされている。

公園の中心に置かれているのはヘンリー・クレイ上院議員の像。かれも奴隷所有者であり、奴隷州(奴隷制度が認められた州)と自由州(奴隷制度が認められていない州)のバランスを保つことで南部の奴隷保有者の利権を守ったことで南部の白人たちから支持を集めた。

ラフィエット公園から北上し、フレンチクォーターの中心を走るキャナルストリートの目立つ位置に以前は置かれていたのが、「自由のモニュメント」と呼ばれる碑。しかし1989年のキャナルストリートの再開発の際に目立たない場所に一時的に移設されたまま、いまもウェスティンホテルの裏の駐車場の横ひっそりと置かれている。

「自由のモニュメント」と呼ばれるこの石碑は、「自由の地の戦い」と呼ばれる1874年の動乱を記念して作られたもの。「自由」というけれど実際のところこれは、南北戦争が終わった後に連邦政府が派遣した新政府に反発した「白人連盟」という武装集団が、奴隷制の復活を目指して起こした武装蜂起を讃えるためのモニュメント。白人連盟には何千人もの南軍の元兵士が参加し、数で圧倒的に劣る新政府の警察官などを襲ったほか、3000人の黒人たちも虐殺した。

さすがに「白人連盟」を讃える内容のモニュメントは時代の変化とともに問題とされ、そのメッセージは何度も変更されてきた。けれどもそもそもが人種差別と暴力の象徴でしかない石碑のメッセージを変更するのにも限界があったのか、元の場所への再設置はできないまま、昨年ニューオーリンズ市議会が撤去を決めた。ところがこんどは撤去に反対する白人至上主義者らが裁判に訴えて、まだ揉めそうな気配。

さらにフレンチクォーターを北上すると見つかるのが、ビエンヴィル公園。ここには、フランス領ルイジアナの知事としてフランス政府に派遣され、この地にニューオーリンズ市を作りフランス領ルイジアナの首都にしたジャン・バプティースト・ラ・モイン・ドゥ・ビーアンヴィルの像がある。

頭の上に交通整理のコーンが置かれているのは、ただのお遊びなのか、植民地主義奴隷制に対する抗議なのかはわからないけれど、フランス領ルイジアナに黒人奴隷を導入したのはこの人物だとされている。また、先住民チカソー族との何度にもわたる戦争も指揮した。

最後に見学に行ったのは、ルイジアナ州最高裁正面に設置されたエドワード・ダグラス・ホワイト連邦上院議員・連邦最高裁長官の像。

ホワイトは元南軍兵士であり、新政府に対する武装蜂起を起こした白人連盟のメンバーでもあった。1896年のPlessy v. Ferguson判決では、人種隔離政策を合憲とする判決に賛成票を投じている。

行ったのは別の日だけれども、ルイジアナ最高裁の近くには、フレンチクォーターの名所として知られるジャクソン公園及びアンドリュー・ジャクソン大統領の像もある。

ジャクソン大統領は、現在20ドル紙幣に肖像が描かれていることからもわかるように「偉大な大統領」の一人とされていたけれども、民兵団の指導者として先住民の虐殺を繰り返すことで出世し大統領にまで上り詰め、さらに先住民の強制移住によって多数の犠牲者を出したことや、100人を超える黒人奴隷を酷使していたことなどが問題とされ、20ドル紙幣からも肖像が外されようとしている。Take 'Em Down New Orleansでも、ジャクソン大統領像を「人種差別的な像」の代表とみなしているようだ。

ニューオーリンズにはほかにも、南軍大統領ジェファーソン・デービスの像ほか、南北戦争奴隷制に関連したモニュメントが多数置かれている。しかしここ近年の黒人差別に反対する運動の盛り上がりを受け、前述の通りニューオーリンズ市議会はいくつかのモニュメントの撤去を進めている。その中には、わたしが訪れた「自由のモニュメント」およびロバート・リー将軍像や、ジェファーソン・デービス南軍大統領像が含まれている。しかし白人至上主義者らの抵抗により、現在抗争中だ。

とまー、ちょっと特殊なツアーをしてしまったので記録に残しておいてみた。もしかしたらこれを読んだ人がニューオーリンズに行った時には、いくつかは撤去されているかもしれないしね。

あと、写真が全体的に暗くてごめん。わたしの滞在中、ずっと曇り(ときどき雷雨)だった…

あるフェミ団体における、ある種のコミュニケーション不全の話。

ツイッターでだらだらと書いた話を、まとめておく。
わたしが創設に関わった、あるフェミ団体の内紛みたいなものについて。代表者はいるけどあんまり権限とかがあるわけじゃなくて、まとめ役みたいな、よくあるゆるいフェミなグループ。
前任の代表者が、まあ前から結構高圧的なことがあって不満が高まっていたんだけど、人間関係につかれたのかしばらく団体を離れていて、そして戻ってきた。で、戻ってきた途端に、後任の共同代表者二人に対して、いつまでもメンターみたいなつもりで団体のあり方を押し付けたり、ここはこうでなくちゃいけない、みたいに変なところに固執したりして、問題発生。
新代表の人たちは、自分たちが軽視されていると感じるし、もう代表でもないのになんなんだと、嫌気がさして来なくなるメンバーも。で、ついに新代表の一人が、あなたのせいで辞めていく人がいる、と言ったら、彼女は猛烈に怒り出した。親切にいろいろ教えてあげようとしただけなのに、なんでこんな仕打ちを受けるんだ、失礼じゃないか、と。で、わたしに電話してきた。
わたしは、新代表の人たちがどう感じているのか、辞めていった人がなんて言っているのか、あなたの思っていることとは違うかもしれないけど、そう感じている人がいるのは事実だよ、みたいに説明したけど、納得できない、自分の助言が不要ならはっきりそう言ってくれればいいのに、と彼女は言う。でも、彼女の態度があまりに高圧的で、正面から言いにくい。それに実際、ほかの人たちは彼女が話している間それなりに迷惑そうな顔はしていたはずなのに。
ここまでで電話30分くらい経過。ここまできたらと、地雷を踏む覚悟で、あなたは新代表の人たちがあなたに対して失礼だというけど、あなたはほかの団体でもほかの人たちといろいろ問題を経験しているよね、と、彼女が過去に関わった団体をいくつか挙げた。その人は、ほかの団体でもいろいろ問題を起こして、追い出されたり、団体を閉鎖に追い込んだりしている。
過去にほかの団体で起きた問題一つ一つについて彼女の話を聞けば、それぞれ彼女が攻撃され追い出されたという印象を受ける。でも全部総合すると、彼女の側にも問題があるんじゃない?と。この時点でもう決裂は覚悟。予想どおり「全部わたしが悪いって言うの?」と怒りモード突入か、と思われた時、誰が正しいとか悪いとかじゃなくて、あなたはコミュニケーションで問題をよく抱えているよね、悪意がない言動で不快感を与え、周りの人が不満を感じていてもそれに気づかなかったりするよね、と言ったら、突然泣き出した。てか泣かせちゃった。
もう収拾がつかないかな、と思った時、意外なことを彼女が言い出す。彼女はここ半年ほどパートナーから「アスペルガー症候群じゃないの?」と言われ、ネットで調べたら描写がことごとく当てはまることに驚いたり、医者に相談したらアスペルガーの疑いが強いからと専門医を紹介されたり、自分はコミュニケーションが不得意なんじゃないかと気づきかけてきているところだったらしい。泣きながら「だから不満があるならはっきりそう言ってって言ったのに!なんでいままで誰もはっきり言ってくれなかったの?」という彼女。そこではじめて彼女の置かれた困難がよく分かった。
彼女は悪い人じゃないし、他の人のことをリスペクトしていないわけじゃない。ほんとうに、自分の言動がどう受け取られているのか、どうリアクションされているのか、わからないんだ、と思った。ほかのメンバーたちが、彼女を傷つけることを恐れ、あるいは喧嘩になることを恐れ、オブラートに包んで彼女に伝えてきた不満は、彼女にまったく伝わっていなかった。まるで、お互い異なる言語で話していながら、どちらもそのことを意識せずに、齟齬ばかりが生まれていた感じ。
「なんではっきり言ってくれないの」と言われても、彼女に伝えるためにどれだけはっきり言わなければいけないか、わたしたちも分かっていなかった。非定型の人が典型の人とコミュニケーションを取りづらい以上に、定型の人は非定型の人とコミュニケーションを取る方法を知らない。仕方ないよ、アスペルガーの人は定型の人と折り合いをつけて生きなくちゃいけないけど、定型の人はそんな努力をしなくても生きていけるから、他のメンバーたちだって、どれだけはっきりと言わなくちゃあなたに伝わらないのかわからないんだよ、と言ったら、笑った。
さいわい、彼女は自分自身のことをもっと良く知ろうといろいろ読んでいるようだし、医者にも相談している。わたしが知っている自助グループも紹介した。新代表の二人にこの話をしてもいい?と聞いたら、了承してくれた。日曜日に次のミーティングがあるので、その前に新代表と話す予定。
正直な話、ちょっと前までは、彼女のせいで他のメンバーが離れていくくらいなら、彼女が自分から出て行くように仕向けるしかないかもと思っていた。彼女の逆鱗にどう触れればいいかも分かっている。地雷を踏む覚悟で、というのは、最悪そっちの方向に向かっても仕方がない、と思ってのこと。でも、彼女がコミュニケーションの苦手さに自分で向き合っているなら、支えることができる。そう思った。面倒なタスク抱え込んじゃった気もするけど。

寛容を装った不寛容の一例

しばらく前にツイッターに載せた写真だけど、残しておいたほうがいいような気がしたので、今さらだけどアップしてみる。

この写真に写っているのは、ポートランド市役所南側の歩道に設置された標識。通行の妨げになる行為をやめるよう呼びかける文句とともに、ベビーカーを押す人や、車椅子や杖を使っている人などさまざまな歩行者のシルエットが提示されている。みんなが通行しやすいように配慮しましょう、と呼びかけているように見える。

しかし実際のところ、この標識が意図するのは、ホームレスの排除だ。標識に小さく記載された「CITY CODE 14A.50.030」というのは市条例の条項を指しているが、これは路上で座り込んだり寝転んだり、あるいは理由なく同じ場所でたむろする行為を違法行為として取り締まる内容。この条例には、「店の前の行列に並んで待っている時」「病気や障害でやむを得ない時」「パレードを見学している時」「政治的なデモに参加している時」など多数の例外がもうけられており、事実上ホームレスの人だけを取り締まりの対象としている。

寛容を装った不寛容って嫌だなーという例。

cf. 太陽光発電するゴミ箱

# しかし、1年以上更新してこなかったこのブログに新しい記事を載せても、誰が見るんだろーかという疑問も。

『社会運動の戸惑い』正誤表で使った、気づいて欲しいHTML+CSSハック

 まずはこちらをご覧ください。
 http://www.webfemi.net/?page_id=1154#corrections
 本家ブログでも紹介している山口智美・斉藤正美・荻上チキ著『社会運動の戸惑い』の正誤表なんだけれども、この p.xvii-xviii の部分に注目。

 ごく自然に見えるけれども、このように表示させるのは、実は結構難しい。というのも、普通にこのような表の中にURL(サイトのアドレス)を入れようとすると、すぐ以下のようになってしまうから。

 半角英数字では、単語と単語のあいだに空白があるのが普通であり、一行におさまらないような文を表示するときはその空白で改行されるようになっている。しかしこの例のように長いアドレスの場合は、改行を入れるための空白がどこにもないので、ブラウザは改行なしで無理やり表示しようとする結果、デザインが崩壊してしまう。
 でも、わたしが作った『社会運動の戸惑い』正誤表では、長いURLを適切な場所で改行することによって、デザインが崩壊しないようになっている。スタイルシートのCSS3において、改行ルールを指定するtext-wrapプロパティというのが規定されているので、将来的にはこうした表示は簡単にできるようになるはずなのだけれど、現時点ではメジャーなブラウザは一切このプロパティに対応していない。
 ではどのようにこのデザインを実現したか。ページのソースは、以下のようになっている。

<td>第五回検討会配付【資料2】「論点1ヌエックの創設の経緯と成果について(検討メモ)」 <span class="wraphack"> h t t p : / / w w w . m e x t . g o . j p / b _ m e n u / s h i n g i / c h o u s a / s h o u g a i / 0 2 6 / s h i r y o / a t t a c h / 1 3 2 3 2 8 6 . h t m </span></td>
<td>第五回検討会配付【資料2】「論点2日本の男女共同参画の現状と課題について(検討メモ)」 <span class="wraphack"> h t t p : / / w w w . m e x t . g o . j p / b _ m e n u / s h i n g i / c h o u s a / s h o u g a i / 0 2 6 / s h i r y o / a t t a c h / 1 3 2 3 2 9 1 . h t m </span></td>

 一見してわかるとおり、URLの部分は一文字ごとに空白を挟んでおり、その全体にwraphackというスタイルがかかっている。wraphackのスタイルは、次のように定義されている。

.wraphack {
word-spacing: -0.4em;
}

 CSSが分かる人には既に分かったと思うけれど、word-spacingは単語と単語のあいだの間隔を指定するプロパティ。これをマイナスの数値にすることによって、単語のあいだの間隔を詰めている。URLの部分は一文字ごとに空白になっているということは、一文字ごとに単語として処理されるわけだけれど、文字ごとの間隔を詰めてぴったりくっつけることで、空白が目に見えない(長いURLが適切に改行されている)ように工夫した。
 とはいえ、URLの部分をコピー&ペーストしてみれば、一文字ごとに目に見えない空白が挟まれていることが分かるはず。はやくtext-wrapプロパティが実装されればいいのに。


# なお、この記事を書いたあとで、本サイトの正誤表のURLをリンクにしました。いまソースを見ると上記のHTMLとは違いますが、URLの表示方法は同じです。

「ただの女装っ子で妥協しちゃダメ」は違うと思う。てか「ただの」「妥協」ってなによそれ。

わたしは日本では年末に紅白歌合戦なんてものがあることすら覚えていなかったわけだけど、NHKによるレディ・ガガの曲の字幕翻訳がツイッターで議論になっているのを見かけた。で、なにかおかしいなあと思いつつ放送を見ていないわたしには分からない話だと思って放置していたのだけれど、id:saebouさんがブログでこんなことを書いているのをみかけて、とても驚いた。

動画が消されているので全部の字幕を検証することはできないのだが、途中一番ひどいなと思ったのが"Don't be a drag, just be a queen"を「ぼやいてないでいっそ女王になろう」と訳したところである。英語の映画やテレビドラマを普段から見て英語を勉強している人にはすぐわかると思うのだが、これはdrag queen(女装する男性エンターテイナー、日本語で表記するとドラァグクイーン。男装する女性エンターテイナーはdrag king、ドラァグクイーンのような女装をする女性エンターテイナーはfaux queenとかいう。そもそも男/女をどう区別するかという話はまあここではおいておく)にひっかけたシャレた歌詞で、非常に訳しにくいのだが「ただの女装っ子で妥協しちゃダメ、なるならステキな女王様に」というようなニュアンスであろうと思う。ところがこの訳者はおそらく"drag"に「異性装」の意味があることを知らない。どうも訳者はこれがdrag queenという単語の一部であることがわからなかったようで、苦し紛れの「ぼやいてないで」という翻訳はたぶん「だらだら引っ張る」とか「うんざりする」というようなほうのdragのもうひとつの意味からきている(なんかちゃんと勉強しない学生のテスト答案を採点する先生みたいな思考回路だが)。
http://d.hatena.ne.jp/saebou/20120102/p1

「don't be a drag, just be a queen」というのがドラァグクィーンにかけた言葉遊びだというのはその通り。でも、だからといって前半を「ただの女装っ子で妥協しちゃダメ」と解釈してしまうのは、意味としてもニュアンスとしてもまったく違う。違いすぎて最初よく分からなかったくらい全然違う。「don't be a drag」というのは、つまらない奴になるな、つまらないことを言う(する)な、程度の表現。たとえば、みんなで週末どこに遊びに行こう、みたいな話をしているときに、一人だけあそこは混んでいる、あそこは楽しくない、みたいに欠点ばかりあげてみんなの気分を盛り下げている人がいたら、その人に「don't be a drag」と言ったりする。なのにこれを「ただの女装っ子で妥協しちゃダメ」と解釈するのは、saebouさんが「女装っ子」のことを「つまらない奴」だと思っているのでないとすれば、ちょっと理解できない。「ぼやいてないでいっそ女王になろう」というNHKによる訳のほうが、言葉遊びの面白みには欠けているものの、訳としては正しい。
saebouさんは、NHKの訳は「『だらだら引っ張る』とか『うんざりする』というようなほうのdragのもうひとつの意味からきている」のではないか、と推測しているけれども、それはdragの動詞としての意味。ガガの歌詞では冠詞の「a」が付いていることから分かる通り明らかに名詞なので、辞書で名詞としての「drag」を調べてみると、以下のような説明がある。

drag (noun)
2. [ in sing. ] informal a boring or tiresome person or thing: working nine to five can be a drag.

例文の「working nine to five can be a drag」は、「午前九時から午後五時まで働くのって、ちょーしんどい」みたいな感じ。インフォーマルな表現とされていて、確かに硬い出版物ではみかけないけど、会話やネットや軽い雑誌などではよくある普通の言葉。
以上をふまえて「don't be a drag, just be a queen」というのをみると、前半はごく普通の表現で「つまらない奴になるな」って意味。後半はその「drag」にかけて、女王/ドラァグクィーンみたいに自分に自信を持って堂々としようよ(@chicomasakさん風には「ファビュラスにいきましょ」)、と呼びかけていて、そこが言葉遊びになっている。言葉遊びであるという点ではsaebouさんが正しいけれども、前半を無理に複雑に解釈しすぎ。てかそもそも、「ただの女装っ子」の「ただの」って、「妥協」って、それどーゆー意味なんだろうか。
ちょっと検索してみたところ、英語圏でも歌詞のこの部分の解釈に悩んだ人は皆無ではないようで、Yahoo! Answersで意味を聞いている人はいる。でもすぐにわたしが上で説明した通りのごく普通の回答が出て、とくに議論にもならずに終了している。「don't be a drag」という表現を知らない人にとっては混乱するかもしれないけれど、これは全然難解でもなんでもない、ごくありふれた表現を使ってちょっと言葉遊びを入れただけの歌詞。
これだけ解説したのは「ただの女装っ子で妥協しちゃダメ」という明らかに間違った解釈が多くの人にそのまま受け入れられかねないのが嫌だったからだけど、わたしはこの曲のメッセージ自体はあんまり好きじゃない。それは、ゲイやその他の社会的マイノリティの人たちの自己肯定を困難にしている社会的状況を放置したまま自己肯定を呼びかけるのは、単なるネオリベ自己責任論であり、犠牲者非難につながると思うから。わたしは最近、性暴力やドメスティックバイオレンスのサバイバー支援におけるポジティヴ志向や自己肯定感の称揚を批判する「ネガティヴ・サバイバーシップ」というのを提唱しているから、こういう無責任かつ強迫的な自己肯定感の強要はとても気になる。
ガガの歌詞やその他の同種のポップミュージックについては、フェミニストポップカルチャー雑誌Bitchの最新号に掲載された「Raise Your Glass If U R A Firework Who Was Born This Way」(タイトルはPink「Raise Your Glass」、Ke$ha「We R Who We R」、Katy Perry「Firework」、Lady Gaga「Born This Way」から)という記事で詳しく論じられているので、英語が読める方は是非。って思ったけど、そもそも英語が読める人はわたしのこの記事なんて当たり前すぎて最後まで読んでいないという気もw

性暴力における被害者非難(犠牲者非難)の寓話

たぶん何十年も前からあるシナリオ。もっと長いものも含めて、いくつかバリエーションをみかけたことがあるけれど、たまたま手元にあったものを翻訳。

警察官 スミスさん。あなたは一六番街で銃を付きつけられ財布を奪われたというんですね。
スミス その通りです。
警察官 犯人に抵抗しましたか?
スミス いいえ。
警察官 どうしてですか?
スミス 犯人が銃を持っていたからです。
警察官 つまり、あなたは自分の意思で抵抗せずに犯人の言いなりになったわけですね。
スミス そうですが。
警察官 あなたは叫んで助けを求めましたか?
スミス いいえ、犯人が怖かったので。
警察官 なるほど。あなたは過去にも強盗の被害にあったことはありますか?
スミス いいえ。
警察官 でも貧しい人にお金を恵んであげたことはあると。
スミス はい、ありますが。
警察官 それは、自分の意思であげたんですよね。
スミス 何が言いたいんですか?
警察官 こう考えてみましょう。あなたは過去に他人にお金を渡したことがあると。
    そればかりか、かなり気前のいい人だと評判ですよ。
    自分で強盗されるように犯人を仕向けたとは思いませんか?
スミス ちょっと待ってくださいよ、もしお金を恵みたかったのであれば…
警察官 いや、答えなくていいですよ。で、この事件は何時頃に起きましたか?
スミス たしか午後十一時ころだったと思います。
警察官 そんな時間にあなたは何をやっていたんですか?
スミス ただ家に向かって歩いていただけですが。
警察官 ただ歩いていたって?それがどれだけ危険なことだか、分かるでしょう?
    強盗に会うかもしれないとは思わなかったんですか?
スミス とくに考えていませんでした。
警察官 そのときのあなたの服装は?
スミス ええと、スーツを着ていました。
警察官 お金のかかったスーツですか?
スミス えっ?確かにそうですが。
警察官 つまりまとめると、あなたは強盗に目をつけられてもおかしくない服装で、
    夜の道を歩いていたと。そういうことですね?
    襲ってくれと言っていたようなものだと思いませんか?

まあ、さすがにこれは解説いらないだろうとw