蔵出し「対魔忍RPG 未来キャラ制作雑感」


祝、対魔忍RPG5周年。

以下の記事は、鬼神凜子が実装された2022年5月頃に書き始めたもので、細々と手を加えていたら公開するタイミングを逸してしまい、そのままお蔵入りになっていたものだ。
それから1年半ほどもたってしまったが、このまま埋もれされるのはもったいないので、5周年のこの機会に思い切って公開する。
多少情報が古くなっているのはお許し願いたい。

 

対魔忍RPG 未来キャラ制作雑感

大人ゆきかぜ から始まった対魔忍RPGの未来キャラも、未来アスカ 舞華姐さん氷神きらら魔神蛇子さままり首領鬼神凜子と続いている。
いつのまにか随分と増えたものだ。*1
本編ストーリーも現在時空と並行して、未来時空の話が進んでいる。
今回は私が担当した未来キャラのエロシーンについて一人一人語ってみようと思う。
大人ゆきかぜが実装されたのは2020年11月末。それから今日までに色々と状況も変っているので、それぞれの執筆時にどんなことを考えていたのかなど比較しつつ、改めて思い返してみたい。

 

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まずは大人ゆきかぜ  
未来キャラ一人目の彼女は、『雷神の対魔忍』において、死ぬ運命にあるふうま君を未来から救いにくるという劇的な登場の仕方をした。
それについてはこの記事で詳しく述べている。
エロシーンはその後日談、本編の後にあったかもしれない出来事になっている。
通常、エロシーンは本編から独立したIFになることが多いので、そういうのは結構珍しい。
私の担当キャラでは、『奪われた石切兼光』のために設定からエロシーンの内容まで決めた陽炎、それから本編の前日譚としてあってもおかしくないアンリード・ボニーくらいだ。
本編の後日談なので、大人ゆきかぜはもちろん、ふうま君も本編そのままの性格となっていて、その場のノリで腕を脱臼させるような鬼畜でも、電車で言葉巧みに痴漢プレイをするような破廉恥でもない。そして童貞である。


初めての未来イベントのヒロインとあって、大人ゆきかぜはそれ以降の連中とは大きく異なる点がある。
キャラ設定とかではなく、これを書いた時点でその先の未来話が続くかどうか私が分かっていなかったことだ。
『雷神の対魔忍』はそれ自体で話が終わっているので、もしかしたら続きがあるかもしれないが、なくても別に構わないつもりでいた。
従って、エロシーンは大人ゆきかぜの物語の締めのつもりで書いている。

まずは『雷神の対魔忍』のラストシーン、別れの場面のおさらいから始まる。
ここ実はプロットにはなく、エロシーンがイベントの続きというのをはっきり示すためにシナリオで追加した。
というのは建前で、ゆきかぜ役のひむろゆりさんにあのシーンをやって欲しい、その演技を聞きたいというのが一番の理由だったりする。
『対魔忍RPG』では色々と本編シナリオを書いたが、エロ以外はいつも声なしなので、メインクエストではいつも声ありの『アクション対魔忍』がちょっと羨ましかったのだ。
だからといって、イベントシナリオをそのままコピペするだけでは手抜きすぎるので、二人のセリフは同じにする一方、ふうま君のモノローグを少し変えてエモーショナルなものにしている。例えばこんな風に、

ゆきかぜ「終わったわ。これで」
 未来から来たゆきかぜの顔には言いようのない寂しさが浮かんでいた。
 アルサールを倒し、遺物を破壊して俺と鹿之助の命を救ってくれた。
 ゆきかぜはこの過去にやってきた目的をすべて果たしたのだ。
 だからもうこの時代にいる理由はない。
 いや、これ以上いてはいけない。
 愁いに満ちたその表情からは言葉にならないそんな想いが伝わってきた。

大嘘である。
そんなことリアルタイムでは全然伝わってなかったはずだ。
同じ場面、本編ではこうなっている。

ゆきかぜ「終わったわ。これで」
 ゆきかぜは感慨深げに言った。
 その顔には一抹の寂しさが浮かんでいる。

ほらね。なにが「愁いに満ちたその表情」だ。お調子者め。
これはふうま君が後で思い返しているからだ。
時間が経つと記憶が美しく脚色がされるのはよくある話だ。
実のところ、ふうま君に対する未来キャラたちの想いも、わりと同じことが言える気がするのだが、まあ悪いことじゃない。

そしてエロシーン本番だが、ゆきかぜのこの喘ぎにはこういう意図があった、この攻めはこういう狙いだったとかいちいち説明するのも興醒めなので、諸々の行為が終わってからのピロートーク、ゆきかぜのこのセリフに注目してもらいたい。

ゆきかぜ「ずっとずっと愛してる……ふうま……」

私が担当したゲームの『対魔忍ユキカゼ』シリーズ、『対魔忍アサギ決戦アリーナ』、『対魔忍RPG』を通して、ストレートに「愛してる」とゆきかぜに言わせたのは初めてだ。
冒頭で述べたように大人ゆきかぜの物語の締め、その最後のセリフとして、大人ゆきかぜからしてみれば、ふうま君とようやく結ばれた喜び、そして今度こそ本当にお別れという万感の想いを込めて「愛してる」と言っている。
別れ際、最後の最後にようやく「愛してる」。
またしても昔のネタで恐縮だが『BRIGADOON まりんとメラン』を思い出す。そういやあれも未来からの異邦人であった。
普段、「淫乱雌豚マンコイグゥ!」とかわけの分からんことを書き倒してる私だが、「愛してる」という言葉にはそれだけ注意を払っているわけだ。
これで「”愛してる”を知りたいのです」のヴァイオレット・エヴァーガーデンにいつ注目されても大丈夫だ。
と書いておいてなんだが、『対魔忍RPG』でゆきかぜの「愛してる」は初めてではない。
【雷撃のクリスマス】水城ゆきかぜを持っている人は知っているだろうが、フレーバーセリフでしっかり「コタツ愛してる」と言っている。しかもかなり可愛く。
ああもう、この小娘は。人がせっかく気を遣っているのに。
まあ、言ってしまったたものはしょうがない。
タツの次に愛してるということで、勘弁してもらいたい。

 


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未来キャラ二人目は、どういうわけかロリ化した未来アスカだ。
大人ゆきかぜが『雷神の対魔忍』の後日談になっているのと同じく、未来アスカも『風神の対魔忍』の後の話だ。
しかも、大人ゆきかぜとふうま君との初体験があったことになっている。なかなか思いきったエロ設定だ。
そんなわけで、未来アスカは身体が小さくなってしまったこと以上に、ゆきかぜに遅れをとったのを気にしている。
現代でもアスカは「ふうまのことを好きになる物好きなんて私くらいでしょ」と大いなる勘違いをしていたら、実は周回遅れだったというポジションなので、似合っていると言えば似合っている。

未来アスカのそのへんの心情、つまり年はとるわ、身体は小さくなるわ、あげく親友に遅れをとるわと、いつにもましてややこしい女心をエロシーンに反映させることになった。
大変ではあったが、普通に大人になったアスカがまた童貞のふうま君と初体験するよりは書いてて楽しい。
その場合は、死んでしまったふうま君への想いをやっと叶えられたという、大人ゆきかぜでやったことを、キャラを大人アスカに変えてやるだけだからだ。それはそれで書き甲斐はあるが、たいして難しくはない。

そんな未来アスカのエロシーンを書くにあたっては、彼女の面倒くさい部分を思い切って変えてみた。つまり恐ろしく素直な恋愛アピールだ。
現代のアスカはふうま君への好意をストレートに示さない。いや、示せないといった方が正確だ。
素直に好きと言うかわりに、「あんた私のこと好きでしょ?」的にやたらとアピールしてきて、「そういう態度をとるってことは、私があなたを好きってことなの。言わなくてもそれくらい分かるでしょ。鈍感」という言うわけだ。回りくどいな。
機動戦艦ナデシコ』でミスマル・ユリカが「アキトは私が好き」とやたらと連呼していたのを思い出す。もっともユリカの場合は「私がアキトを好き」というのはあまりにも当然のことすぎて、最終回まで言うのを忘れていた感じだったが。

そのあたりの面倒くさい性格はアスカも自覚しているようで、『闇との邂逅』でアンジェと一緒にふうま君の家に行った時には「もっと素直になれたら楽なのにな」とか思っている。思ってるなら素直になれ。
未来アスカはそういう性格が災いして、ふうま君に気持ちを伝えられないまま死に別れてしまう。『風神の対魔忍』のエピローグからすると、あっちの次元ではバレンタインのチョコすらちゃんと渡せなかったようだ。どれだけ後悔したか想像に難くない。

未来アスカはそんな経験を経て、過酷な世界を生き抜いている。
レジスタンスのリーダーとして、別の意味で感情を表に出してはいけない立場になり、弱みを見せるのは相棒のゆきかぜだけ。ついでに身体まで小さくなってしまった。
そしてふうま君のとの再会、夢にまで見た初エッチ。
しかし自分と気持ちを共有できていた親友、かつ恋敵のゆきかぜには遅れをとっている。もう回りくどいアピールなんかしてる場合ではない。

というわけで、未来アスカはセックス中に「愛してる」を連発することとなった。アスカが焦っていることも鑑み、かなり意識して使っている。
大人ゆきかぜが別れ際にたった一回、決め台詞で「愛してる」と言ったのとは対照的だ。
これを書いた時点で、未来話が続くことがもう分かっていたので、お別れのニュアンスを出す必要がなくなったこともある。
葵渚さんのスペシャル差分によって、ゆきかぜには絶対にできない、ふうま君の初パイズリをもらったことで、恋愛的に遅れをとった気持ちも少しは解消されたに違いない。
と未来アスカを書いた時には思ったのだが、氷神きららによって、またゆきかぜ共々えらい遅れをとることになった。
とはいえ、現代では『 From Your Valentine』において、三度目にしてようやくバレンタインで直接チョコを渡すことに成功した。
まあ、私個人としてはアスカに一番似合うのは愛人、それも昔付き合っていたがうまくいかなくて、何年か経って再会したら身体も含めてお互い相性がすごく良かったというポジション*2だと思うが、それはそれとしてまだまだ逆転のチャンスはある。頑張れアスカ。

 

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未来キャラ三人目は舞華姐さん こと、大人になった神村舞華だ。
彼女のユニットとしては、神村舞華 【爆炎のギャル】神村舞華 【バニー】神村舞華に続く四人目で、なんの因果か私が全て担当している。*3
一方、本編ではそれほど舞華を書いていない。
初登場の『期末テストと最強の対魔忍』はやってないし、『蜘蛛の貴婦人』はラストのちょい役、ちゃんと書いたのは『バニー対魔忍とカジノ・ラビリンス』くらいだ。
つまり本編中の舞華より、エロシーンの舞華の方がキャラを把握している。
というわけで、舞華姐さんのエロシーンは、これまでの三つのエロシーンのような出来事があった舞華というIFで書くことにした。
特に【バニー】神村舞華の設定、かつてヨミハラで奴隷娼婦になったというのは使える。
これを書いたのは、ちょうど『失われたもの』を書き終えたころで、未来ではヨミハラが消滅していたので、ゴロツキたちに恐れられていた彼女が実は伝説のヨミハラの奴隷娼婦だったという状況になるからだ。
第一、初めての奴隷娼婦で最初は嫌がっていたが次第に感じてきて云々というのは、【バニー】神村舞華がすでにそうなので、舞華の年齢だけ上にして同じことをやっても面白くない。
それよりは、かつて奴隷娼婦として肉体に刻み込まれた忌まわしい快楽の記憶が蘇ったとしたほうが、姐さんと呼ばれる年上キャラに相応しい。

エロシーンはそんな舞華姐さんの視点による導入のあと、昔の舞華を知っていたとある火遁対魔忍の視点に切り替わる。
あくまでも第三者の視点として必要なだけだったので、「強くて格好いい舞華姐さんに純粋に憧れていた元少年で、奴隷娼婦になっていたことは知らない」以外の設定は考えていない。むしろ余計な個性は消した。
一方、舞華を次々と犯す男達はお馴染みの名無しのモブだが、一人一人細かい設定を即興で考えている。
といっても連中の過去とかではなく、チンポが大きいか小さいか、早漏か遅漏か、どんな風に攻めるのが好きかといった、凌辱するにあたって必要な設定だ。
もう書き終わったので忘れてしまったが、そういうことを決めておかないと、何人もの男に次々と犯されるとか書きにくくてしょうがない。みんな似たような調子になってしまう。
同じ理由で、主人公がすごい威力の媚薬を使ってモブの女の子を次々と犯すようなエロゲによくあるシーンなどでは、出てくる女の子のセックス関連の設定をアドリブで決めている。
例えば、ゲームの『対魔忍ユキカゼ2』で、ゆきかぜと凜子が妙な学園に転入し、クラスメートに輪姦されたり、痴態を見られたりする場面のために、男女20人ほどの設定を即興で作った。当時の資料がこれだ。こいつらは日常シーンもあったので少し細かい。

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舞華姐さんに話を戻して、このエロシーンの特徴として、犯している男達もそれを見ているモブ対魔忍も、舞華の過去や心情を完全には把握できないということがあげられる。
例えば、奴隷娼婦となった舞華の口癖らしい「ごめん、堕ちちゃう許して」がふうま君に対しての言葉だと分かるのはユーザーだけだ。
あの世界でふうま君は死んでいるので、おそらく舞華はずっと操を守っていたであろうこと、仮に刹那的に誰かと付き合うことがあったとしても、ふうま君の代わりにはなり得なかったことが伺える。
そういう舞華が色恋とは最もほど遠いゴロツキたちに犯され、しかもかつてふうま君のために行った娼婦体験のため、身体は感じてしまうというシチュエーションだ。
そういう意味でオーソドックスな輪姦シーンでありつつ、アヘ台詞のなかに舞華の秘めたる心情を盛り込むことができて、書いていて楽しかった。

ただ、『氷神の対魔忍』で次元ケータイでふうま君と話した舞華が「大人の魅力をたっぷり教えてやる」とか言っていたので、実はあれは大人の女を演出しようとした舞華の強がりで、まだ処女だと正直に言えなかった舞華が年下になってしまったふうま君とビクビクしながら初エッチとかは書いてみたい気がする。
今までとの整合性? そんなことは知らん。


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未来キャラ四人目は満を持して登場したきらら先輩、氷神きららだ。
彼女も『氷神の対魔忍』の後日談で、かつ大人ゆきかぜ、未来アスカのエロシーンがあったものとして書いている。
それに加えて、この氷神きららは舞華姐さん同様、今までのエロシーン的な出来事を経ているというIFになっている。
そうなると大人ゆきかぜ、未来アスカとの整合性が問題になりそうだが、そういう世界線もあったということで、そこはあまり気にしないでいただきたい。
あくまでもエロシーンのためのIFであって、あの未来社会において、ふうま君ときらら先輩とが恋人だったことが確定したとかでは全くない。

この氷神きららが出るまで、きららのユニットは三つあった。
それぞれのエロシーンの内容は、
鬼崎きらら :酔った勢いで処女じゃないと強がってセックス。
【ハロウィンヴァンパイア】鬼崎きらら :媚薬で発情したふうま君の欲望を治めるためセックス。
【バニー先輩】鬼崎きらら :いつもリードされて悔しいので逆襲するためにセックス。
……とまあ、無印とバニーはもちろん、ハロウィンヴァンパイアも中身はわりとふうま君に意地を張ってしまうという流れになっていた。

一方、この氷神きららはそれとは違って、セックスのためにいきなり呼び出すという導入はさておき、きららがもう意地を張るのをやめて純粋な愛情をふうま君に求めるという展開だ。
だったら、また未来処女設定で書くよりも、今までの意地を張ってセックス勝負していた関係があった方がいいだろうと考えた。
「ふうま君を失った悲しみで引きこもっていたきらら先輩」という未来設定だけでなんとなく書くよりは、本編以上のもっと具体的な過去があった方がセリフが自然にでてくる。一つ前に実装されたバニー先輩を担当していたことも都合がよかった。

そんな氷神きららのエロシーンの特徴はやはり実質3シーンであること、しかも最初のH,妊娠中、出産後と、それぞれの間にかなり期間を置いていることだ。
当然、ふうま君ときららとの関係、セリフのやりとりの感じも少しずつ変えている。三つ目のバブバブはどうかと思うが。
そしてシーンの合間合間には、ゆきかぜとアスカのやりとりが入っている。
二人ともふうま君ときららとの関係を認めているような会話になっているが、そこに至るまでには相当な葛藤や嫉妬、さらには自分もふうま君をまた呼び出して妊活と色々あったはずだが、それを書き始めると氷神きららのエロシーンで二人が出しゃばりすぎるので、ここは狂言回しの役割に徹してもらった。

またこのエロシーンでは、ふうま君がきららの好きだったふうま君とは別人という点にも少しだけ踏み込んでいる。
最初のシーンで現代の自分とふうまとの関係を聞こうとしてやめたり、妊娠中のシーンでは、すでにそれを尋ねたあとで、現代では恋愛関係ではないと知っているといった描写がそれだ。
大人ゆきかぜや未来アスカではあえて言及を避けてきたのだが、個人的に未来キャラを書いていてずっと気になっていたところだ。
「死んだはずのふうまが生きていた。抱いて」という女性たちの気持ちは分かるし、求められて応じる現代のふうま君もまあいいのだが、死んでしまったふうま君からすれば別次元の自分に彼女たちを奪われていい面の皮である。
私としては、未来キャラたちの「ふうまが生きていた」と単純に喜んでいる段階から一歩進んで、「このふうまは私の好きになったふうまじゃない。でもこのふうまも好きになってしまった。これは死んだふうまへの裏切り?」的な葛藤、それにどうケリをつけるのか、つけないのかといったあたりも書きたいのだが、そこをあまりクドクドやってもエロシーンが変に重くなるし、対魔忍RPGのカラーとも違う気がするので悩みどころではある。

 

 

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未来キャラ五人目は、魔神蛇子さま だ。
蛇子のユニットとしては、相州蛇子 【ハロウィン】相州蛇子 【6月の花嫁】相州蛇子に続く四人目となる。
オープニングから登場している「ふうま君の幼馴染」というポジションでありながら、その属性があだとなったか、本編中ではふうま君とラブな展開にいまいちなり得ていない。
そんな蛇子の今までのエロシーンは、一人目は淫魔虫に発情させられてふうま君との治療和姦、二人目のハロウィンはふうま君との電車内での痴漢プレイからの家での和姦*4、三人目の黒花嫁は任務のため衆人環視でふうま君に疑似調教され、その流れでオッサンにも犯されてしまうという展開だった。
そして四人目、大人になった蛇子がどうなるのかと思っていたら、ダゴンに掴まって触手責めから触手排卵という、実に対魔忍らしいガチ調教であった。
蛇子も色んな意味で大人になったんだなという感じである。
私自身、久しぶりに触手チンポという言葉を楽しく使った。

エロシーンは、ダゴンの罠にはまってしまうまでの任務の場面から始っている。
この導入わりと長い。
エロのことだけを考えれば、基地に潜入したら罠を仕掛けられたというだけで十分だ。
しかし、せっかく蛇子だけでなく、Bandit首領になったまりも出てくるのに、それだけではちょっともったいない。
というわけで、大人になって変った二人、大人になっても変っていない二人というのを意識して少し膨らませてある。羊羹見つけてはしゃいでる場面とかがそうだ。
ちょうど未来の蛇子とまりが登場するメインクエスト『 首領と魔神さま』をやる前だったので、大人になった二人のキャラを改めて把握し、続けて本編のシナリオを書くのにも役に立った。

ここでは、大人まりが昔も今も和菓子好きという設定を使っている。
和菓子はなんでも良かったのだが、倉庫に保管してあるということで、現実に5年間長期保存できる井村屋の「えいようかん」があったりするミニ羊羹となった。
ふうま君が携行食としてこれを愛用しているというのは、大人ゆきかぜのイベントで私が勝手に作った設定だが、思わぬ所でリンクできて楽しい。
そうそう、本編では書いてないが、現在のまりへのバレンタインへのお返しは、虎屋のあんペーストなんかが相応しいと思う。
いい和菓子というのはわりと高いが、あれはふうま君でも買える手頃なお値段で、パンに塗ったりアイスに添えたりと色々と楽しめる。

魔神蛇子のエロシーンに話を戻そう。
蛇子にとって初めての触手責め、しかも胸だのオマンコだのを改造されて、あげくに触手出産までするという、てんこ盛りのエグい内容なので、そこをしっかりねっとり書くのは言うまでもない。
その一方で、未来の話がある程度進んでいることを踏まえて、死んだふうま君にもう一度会えると思っていた蛇子の気持ちが無惨に散らされるという要素を入れることにした。
それでこそ凌辱が生きるというものだし、今回ふうま君がどこにも出てこないので、ちゃんと蛇子に思い出してもらわないと、大人になった蛇子らしさが出しにくい。

その結果、ふうまちゃんへの想いにしがみつくようにして快感に耐え、最初は心の中だけで呼びかけていたが、次第に口に出すようになり、一人称も「私」から「蛇子」に戻ってしまい、ついにはその気持ち自体が押し流されてしまうという、まあ言ってみればオーソドックスな堕ちシーンとなった。それでいいのだ。
個人的には、ついに触手の子供を出産し始めたが、オマンコに引っかかって出てこなくなってしまい、「早く出てきてママをちゃんとイカせて」と懇願し、出したら出したでもう知らないってあたりが、いい感じに狂っていて気に入っている。
そんなこんなで、わりと長めの導入、多めの差分、色んなことが次々と起こる展開ということで、今までの大人キャラ五人の中だけでなく、私が担当した対魔忍RPGの全キャラで一番長いエロシーン*5となった。幼馴染の面目躍如といったところか。


さて、どんじりに控えしは、凜子先輩が大人になった鬼神凜子だ。
対魔忍RPGでは通算8人目の凛子となる。
それだけ沢山のユニットになってる割には、この人あんまり本編に出てこない。
ゲーム『対魔忍ユキカゼ』では、ゆきかぜとツートップのヒロインを務め、新世代のエースコンビ、いつも好き勝手にやっているゆきかぜも凛子にだけは頭が上がらないというポジションだった。
しかし、対魔忍RPGでは二人を繋いでいた凜子の弟、達郎がいるんだがいないんだか分からないことになってしまい、お互いの接点が減ってしまったのが原因だ。
ゆきかぜは同学年として、ふうま君の友人のポジションを早々に確保したので、学年が違う凛子先輩の出番が減るという理屈だ。

ローンチ直後に私が担当したイベント『雷撃の対魔忍』では、まだゲームの関係性を維持していると考えていたので、ゆきかぜが空に向かって雷撃をぶっ放したのが凜子にバレて逃げ出したりしているのたが、今となってはあれはなんだったんだという感じではある。
まあ実際には、凜子とゆきかぜでコンビを組んでいたりもしているのだろうが、なにしろ二人とも強すぎるので、別にふうま君の力を借りることもなく、普通に敵を倒して任務達成してしまうのだろう。困ったもんだ。

そんな凜子といえば、対魔忍随一の剣客だったり、AV女優だったりする愉快な人であるが、前者は『奪われた石切兼光』や『五車決戦』とかでわりと書いているが、 後者すなわちエロシーンは対魔忍RPGで一つも書いていない。
しかも、未来で色々あって自暴自棄になってしまった大人の凜子だという。
その設定を見たら、もう性格からなにから完全に変わっていて、エロシーンも自暴自棄とあるので、凜子の定番であるAV女優メソッドが使えない。
ともかく、一つ目のエロシーンは何をされても無反応、男たちに淡々と性奉仕をこなしながら、心の声で鬱々しているというやり方で自暴自棄感を出してみた。

問題は二つ目だ。同じことをもう一度やっても面白くもなんともない。
これで竿役が知り合いとかだったら、凜子との関係性で展開に変化をつけられるのだが、またしても相手は十把一絡げのモブ竿だ。
さて、どうしようと色々考えて、凜子は自暴自棄になりつつも、無意識のうちに中出しされた精液が溢れないように膣を締め付けていて、

男に出されたものを人前で垂れ流す。
女としてそれは恥だ。
(だが、そんなことを感じる資格は今の私にはないっ!)

てな感じで、まだ恥を知る女であろうとしていた己を責め苛み、罪人である自分をもっと蔑めてやれといった流れで、一つ目とは違う自暴自棄感を出してみた。

この元ネタは富野由悠季の小説『リーンの翼*6で、クライマックス中のクライマックスにこんなくだりがある。

男が人前で口からものを吐き出す。
それは、恥だ。

エロシーンに変化をつけたいので、自暴自棄になって感情が死んでいる凜子になんでもいいから恥を感じてもらいたい。
どんな恥がいいかなと、あれこれ頭をひねっているうち、唐突にこの小説のフレーズが浮かんできて、それならマンコから精液が溢れるのが恥にしようと決めた。
シナリオを書いていて、わけのわからないところから、ふいにアイデアが湧き上がることはよくある。
これもそのパターンだが、とびっきり変な連想だと言える。


(以下、2023年9月末日記載)

お蔵入りになっていた記事はここまでだ。
今回、遅まきながら公開するにあたり、執筆時より後の出来事について少し注釈を付け加えた。
今、読み返すと、鬼神凜子に相当手こずっていたことが伺える。
よくあることだが、本編を書く前にエロシーンをやったので、姿も性格も変わってしまった凜子に何をしたらどんな反応をするのか確信が持てず、いちいち手探りで書いていた。

先日の5周年五車祭で、【雷撃斬鬼】ゆきかぜ&凜子としてやっと二人目の、そして凜子らしい凜子を書くことができて嬉しく思っている。
せっかくなので、2023年9月末時点における対魔忍RPGの担当エロシーンを数えてみたら、その【雷撃斬鬼】ゆきかぜ&凜子でちょうど107、108個目だった。
煩悩の数と同じ。嘘みたいだが本当だ。
あの二人は、2011年に私が初めて担当した対魔忍シリーズ『対魔忍ユキカゼ』以来のキャラなので、やはりそういう変な縁があるようだ。

*1:2023年9月末時点で、さらに眞田咲、鬼壱あずさ、石神井爽美、【RONIN】舞華姐さん、飴谷しいな、【強襲兵装】眞田咲、風神アスカ&雷神ゆきかぜ、【正月】魔神蛇子さま、【夜会ドレス】大人ゆきかぜ、【未来彷徨】ZERO紫、【ポストアポカリプス】ナーサラがいる

*2:という設定で後に書いたSSが、『恋人たち』TEN YEARS AFTER』

*3:その後、舞華姐さんの二人目 【RONIN】舞華姐さんも書いた

*4:これは私が担当した

*5:2023年9月時点では【雷撃斬鬼】ゆきかぜ&凜子が最長

*6:後に出た「完全版」ではなくオリジナルの方。完全版にはこの手の印象的なフレーズが削られていて残念

対魔忍RPG ショートストーリーまとめ

気が向いた時に作っている対魔忍RPGのショートストーリーもわりと数が増えてきたので、このページにまとめておく。
どれも作っていたときは公式設定と矛盾が出ないようにしていたつもりだが、本当にそうだったか分からないし、この先どうなるかはもっと分からない。
いずれにしろ非公式の小話なので、細かいことは気にせず楽しんでもらえれば嬉しい。
このページは新しい話を書いたら随時更新していく。

 

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初めて書いたお話。イベント「ファイアー&ペーパー」の後日談。
ふうま君とお家デートをしている舞よりも、二人の世話をやいている災禍の方が妙に可愛い。
個人的には、ふうま君に女の手解きをするのは災禍が一番合っていると思う。

 

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イベント「勇者の憂鬱」と「怒れる猫と水着のお姉様」の後日談。
リーナとこの大きな犬、後の話でも出てきてもうすっかり仲良しみたいだが、実は本編ではまだ会っていない。

 

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イベント「雷神の対魔忍」の後日談。
この話の後になる出来事、32章「闇との邂逅」でアスカと現在ゆきかぜとの模擬戦ともちょっとだけリンクしている。

 

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台詞だけの未来IFもの。
一人目との妊活は失敗し、二人目と子供ができて結婚したが、三人目と焼けぼっくいで浮気しているとかではない。

 

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イベント「ニートにメイド」の裏で起こっていた話。
ドロレスの初出は「対魔忍アサギ決戦アリーナ」で、書いたのはローンチ前なのに出てきたのはかなり遅かったので、
没になったかと思っていたキャラだ。ずいぶんと出世したものだ。

 

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この二人が食事をしていた三省堂書店神田本店はもうない。
ビル建て替えのためで現在は仮店舗で営業中。新店舗の完成は2025年だそうだ。
もし向こうの世界線でも閉店していたら、二人とも最終日に店を閉めるところが見たくて、また偶然会っているはずだ。

 

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決戦「フェンリル」をモチーフに作った話。
リーナが買ったチョコは大きなガラス瓶とかに入れて、「誰でもどうぞ」って感じでノマド本部に常備している。本編でブラック様がわりと甘党なことが判明したので、たまにもらって食べているに違いない。

 

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星乃深月と柳六穂がもしルームシェアしていたらという話だ。
このブログのSSで初めて濡れ場を書いてみた。
お互いの形の双頭ディルドーというのは、ふたなりを使わずにどうやったら女同士で「一つに繋がってる感」を出せるかと考えたネタだ。

 

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女の子だちがふうま君にチョコを渡すトーク集。
本編で蛇子がそのへんを追求する場面があり、せっかくなので実際のやりとりを考えてみた。わずかな会話とはいえ20人分となると大変だった。

 

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追加のアサギ先生。
さくらがふうま君への好意をチラリと口にしているが、若いのと同じくこっちも一歩引いてるのがよくない。

 

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朧忍軍の新キャラ、シキミの話。
設定が面白かったので、実装されてすぐに作ってみた。

 

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アスカがただデートをするだけの話。女の子視点でこういうのを書くのは楽しい。本編ではなかなかできないので尚更だ。

 

対魔忍RPGショートストーリー『アスカの初デート』


 アンドロイドアーム&レッグは日常用で人工皮膚の質感と感度が一番いい物を。もちろんメンテナンスしたばかりで動作は完璧。
 下着はそんなこと全然気にする必要はないけど、万が一ってこともなくはないと思うし、やっぱり一番のお気に入りのにしとこうかな。その方が気分が乗るし。
 ストッキングの色はブラウン。端っこをアンドロイドレッグの付け根にピタッと合わせるのが個人的なこだわりだ。
 上は胸元をちょっと強調したベージュのサマーセーターに、下はチェックのスカートで、セクシーかつトラッドな感じに合わせて、うん、すごくいい感じ。
 さてと、メイクはどうしようかな。
 久しぶりにプライベートで会うから、自分的には思いっきり張り切りたいけど、それで引かれちゃったら逆効果だし、少し抑えた方がいいかな。うん、誰が見ても魅力的に見えるくらいの"きれいめ"な感じにしとこう。
 まずはファンデーションで肌を整えて、アイシャドウは程よく盛りたいけど、派手すぎないように薄めのベージュ系でグラデーションをつける感じに。
 アイライナーで目元をくっきりさせて、目が合ったときドキッとするようにマスカラでまつ毛を丁寧にカールして盛り上げる。うんうん、いい感じ。
 チークは自然な血色感が欲しいわよね。さっとふんわりピンクを頬にのせる感じにして……これくらいかな?
 それから唇。もちろんいつもより注目して欲しいから、ルージュはちょっとだけ大胆に、それでいてぷるんと自然なツヤ唇になるくらいにして決める。
 よしできた。ばっちりコーラルメイク。
 アクセサリーはお気に入りのビーズのペンダントを今日の気分に合わせて組み合わせれば――ほらね、私史上一番……は言い過ぎか、でも余裕で五番目に入るくらいは素敵になった。こんなもんよね。
 今日は甲河アスカにとって大切な日。ふうま小太郎と初めてのデート。
 ちょっと前に東京キングダムのオークションの任務で一緒になって、その時に思い切って、それこそ清水の舞台から飛び降りるくらいのつもりで、ものすごく思い切って誘ってみたら、なんかあっさりOKされた。
 その任務ではふうまに迷惑かけちゃって、ちょっと落ち込んだりもしたけれど私は元気ですって感じでデートは約束通り行うことになった。迷惑かけたお詫びに全部アスカの奢りで。
 二人で何するか色々考えたけど、お互い対魔忍として切った張ったの殺伐とした日常を送ってるから、もっと落ち着いたデートの方がいいかなって、オーソドックスに映画を観に行くことにした。実は二人ともわりとインドア系だしね。
 デートの場所は新宿。これも定番すぎて笑っちゃうけど、ふうまの住んでる五車町はほんとにもう田舎なので、交通の便を考えたらあまり気をてらわない方がいい。
 待ち合わせは紀伊国屋書店にした。みらいおん像とかアルタ前とかに比べたら少し駅から離れてて、そこまで行くならもう映画館で待ち合わせたっていいけど、ふうまはどうせ寄るだろうし、本屋で待ち合わせの何がいいって店内では鬱陶しいナンパ男があまり寄ってこないこと。それすごく大事。
 アスカは約束の時間よりちょっと早めに本屋に着いて、六階の児童書のコーナーをぶらぶらしていた。特に何かを探しているわけでもなかったのだが、ふと手にした『せかいいちのねこ』という絵本の絵が妙にキモ可愛くて、どうしても気になって買ってしまった。
 そろそろ待ち合わせの時間。ふうまのスマホにメッセージを送ると、もう本屋に来てるとの返事が来た。
 アスカが一階に降りて行くと、ふうまがちょうど店から出てきた。
 紀伊国屋書店のロゴの入った袋を手に下げている。何か買ったらしい。ふうまが本屋に来て、そのまま帰るわけがない。
「よう」
 ふうまはアスカとの初めてのデートという緊張感などまるでないのか、いつもと同じ調子で手を挙げた。
「すぐ会えて良かった。なんか買ったの?」
「文庫本一冊だけな」
「なんて本?」
「分からん」
「分からんってなによ?」
 首を傾げるアスカにふうまは答えた。
「二階で面白いフェアをやってる。本のタイトルも作者も隠して、最初のフレーズを印刷したカバーが本にかかってるんだ。そのフレーズだけをヒントに買うんだ」
「あ、なんかそれ面白そう」
「だろ?」
「で、どんなの買ったの?」
「これだ」
 ふうまは得意げな顔をして、袋から謎の本を取り出した。その紙カバーにはやたら大きなフォントで『腹上死であった、と記載されている。』と印刷されていた。
「なんなのよそれは!?」
「だから『腹上死であった、と記載されている。』だよ」
「そんなのデートの前に買う? ほんとバカなんだから。そんなことより、今日の私を見てなにか言うことないわけ?」
 アスカは腰に手を当てて、デートのためにばっちり決めた自分を見せつけた。
「なんかキラキラしてるな。いつも対魔忍スーツだからそういう格好は新鮮だ。似合ってるぞ」
「当然」
 アスカはふふんと軽く笑ったが、内心は「やったあ!」と竜巻の一つも起こしたくなるほどハッピーな気分になった。
 それで改めてふうまを見ると、向こうもいつもよりは気を遣ったのか、赤のシャツに紺のチノパン、薄いブルーのジャケットの袖を捲っているというスタイルだ。
 特にパッとするコーデじゃないけど、アスカの隣にいても恥ずかしくはない格好だ。ふうまにしては上出来。
 大体、背が高いし、身体も鍛えられてるから、そんな服でもそこらにいる男たちよりはずっと目立つ。
 まあ、元の人相があまり良くない上に、いつも片目を閉じてるから、少しアウトローな雰囲気が漂っているけど、それは今に始まったことじゃない。
「そっちもわりと決まってるわよ」
「そりゃどうも」
 お世辞かなり多めで褒めてあげると、ふうまは満更でもなさそうな顔をした。
「でもその格好、どっかで見た気がするのよね……」
 なんだか全然違う記憶を刺激されてる気がして、ふうまを上から下までまじまじと見ていたアスカは、それが何か分かって吹き出した。
「シ、シティーハンター……」
「コスプレじゃないぞ。たまたまだ」
 ふうまも気づいていたらしく嫌そうに言う。
「そんなの分かってるわよ。いくらふうまでも初めてのデートでコスプレはしないでしょ。あはははははは」
 あまりに予想外で、しかも場所が新宿だけに、アスカはお腹を抱えて笑い出した。
 ふうまはやれやれという顔をしていたが、いきなり神谷明みたいな声で、
「XYZか。危険なイニシャルだな」
「ちょっとやめて」
「俺の武器はコルト・パイソン357マグナム。打ち抜けないのは美女のハートだけさ」
 などどジャケットをまくるとそこに隠してあるのは、
「ク、クナイって……ぷぷぷぷ」
 コルト・パイソンがあるわけないのだが、ツボに入ってしまって、もう笑いが止まらなくなる。
「槇村あああーー!」
「やめてってば、ほんとやめて、くくくくく」
「屁のつっぱりはいらんですよ」
「言葉の意味はよく分からんがって、それはキン肉マン!」
 笑いながら思い切り突っ込み、それでまた笑ってしまう。
「おお、さすが」
「当たり前でしょ。やめておねがい。なんか変なとこに来てる。ダメ。苦しい。息ができない……」
 そこでふうまが黙ってくれたので、アスカの笑いもようやく収まる。
「あーーおかしい。ほんとにもう勘弁してよね。いきなり笑い殺されるかと思ったわよ」
 どっかに100tハンマーでも落ちてないかと思いつつ口を尖らせる。
「そろそろ時間だ。行くぞ、香」
「誰が香よ。あのその微妙に似てる声やめて」
 アスカは颯爽と歩き出した獠、ではなくてふうまの腕を掴んだ。そしたらこの馬鹿は、
「チャンチャンチャン♪ チャン、チャンチャンチャンチャン♪」
 アニメのエンディング曲のイントロを口ずさみ始めた。
「ちょっとやめて……!」
 今、引いたばかりの笑いの波がまた膨れ上がり、アスカは頬のあたりをひくひくさせて、掴んだ腕に力を込めた。
 もちろん悪ノリ男がやめるはずもなく、アスカをぷるぷるさせたまま、イントロをしっかりやってから、あのベースのカッコいいメロディを始めたあたりで――ピタッと身体の動きを止めた。もちろんアスカもそうした。
 次の瞬間、今度は二人で吹き出す。
「なにいきなり止まってるのよ!」
「そっちこそなんで止まってるんだ!?」
「だってここは止まるでしょ? そういうもんでしょ?」
「止まって引きな」
「そうそうそうそう!」
 アスカは笑いながらふうまの大きな肩のあたりをバシバシ叩いた。周りが変な目で見ていたがもうダメだった。
 そうやってしばらく二人でバカ笑いしてから、歌舞伎町にある映画館、TOHOシネマズに向かったのだった。
「なんかこのまま終わりそうな感じだな」
「終わってどうするのよ。まだ始まったばかりでしょ」
「そうでしたそうでした」
 TOHOシネマズ名物のビルから顔を出すゴジラがようやく見えてきた。

「あーー面白かった。やっぱりファーストは最高よね。しかも64Kデジタルリマスター版、画面すっごい綺麗だったね」
「音も良かったな。俺、スクリーンで見たの久しぶりだよ」
「私もすごい久しぶり。逆シャアとかどっかでやらないかな。そしたら絶対行くのに」
「あれ大画面で見たいな」
「ねーー」
 今、見てきた映画は『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』。今だに続いているシリーズの元祖となる作品だ。今度、64Kデジタルリマスター版が発売されるので、2週間の特別上映をやることになって、今日はその初日だ。
 手足のメンテナンスなどでシートに座ったまま何時間も動けないことが多いアスカは暇つぶしにアニメをよく見ている。
 スマホでふうまの着信音をサイボーグ009の主題歌にしてたりする。別に自分が003で、ふうまが009とかそういうことは思っていない。キャラ的にはふうまの方が003だし、アスカは004推しだ。
 それはさておき、「初めてのデートで映画はいいとして、ガンダムってどうなの?」とアスカもちょっと思ったが、どうせ一人でも行くのだし、試しに聞いてみたらOKだった。ふうまも行きたかったらしい。
 たまにアンジェを誘ってアニメを見に行くことはあるが、彼女は付き合いがいいだけで、特にアニメ好きってわけじゃないので、見た後であんまりディープな話はできない。その点、ふうまなら話し相手として申し分ない。ガンダムにして良かった。
 映画館のある三階から降りてきて、歌舞伎町の通りに出る。
 この辺は昔からガラが良くないとされているが、なにヨミハラとかに比べたら全然普通だ。今日は天気もすごく良くて、デートにはぴったりだった。
「とりあえず、どこかでお茶するだろ?」
「うん。どこに連れてってくれるの?」
 初デートの段取りの御手並み拝見という気持ちで腕を組むと、ふうまはもう片方の腕ですぐ上を指差す。
「どこって言うか、この上のカフェとかどうだ? ゴジラの顔の横にあるカフェ。行ったことあるか? 俺はない」
「私もない。あるのは知ってたけど。なんか特別なものあるの?」
ゴジラをモチーフにしたデザートとかアフタヌーンティーとかあるみたいだ。こんなの」
 ちゃんと下調べしてきたらしく、ふうまはスマホでその写真を見せてくれた。うん、悪くない。今の気分にも合っている。
「じゃ、そこにしよ」
 アスカたちは今、映画館から出てきたばかりの新宿東宝ビルをまた登って行った。
 ゴジラの顔の横にあるカフェ、ボンジュールは八階、ホテル『グレイスリー新宿』のロビーにあった。
「おお、ゴジラいるな」
「いるね。結構大きい」
「でかいな」
 運良く窓際が空いていたので、そこの席に案内してもらう。建物の中から見えるのはゴジラの後頭部くらいだが、テラスに出ればもっと前まで回って、開いた口の中とかもちゃんと見えるらしい。後で行こう。それと一時間に一回、時報がわりに吠える。
 ゴジラのチョコがついたケーキとアイスのセットとかも気になったが、やっぱりここは、
「二人ともアフタヌーンティーでいい?」
「こんなに食べられるか? 結構量あるぞ」
「余裕余裕。アフタヌーンティーって時間かけてゆっくり楽しむものだし」
「ならいいが、女子はこういうの好きだよな」
「大好き」
 と言うわけで、二人ともアフタヌーンティーを頼む。飲み物はおかわり自由で色々変えられるので、アスカはまずダージリンにする。ふうまはアメリカンにしていた。
 今日のリバイバル上映で売っていた初公開当時のプログラム復刻版を見ながら、二人でまたガンダム話をしていると、アフタヌーンティーセットが運ばれてきた。
 定番の三段ラックで、一番上がスコーンとかマドレーヌの焼き菓子、真ん中がゼリーとか季節のデザート、一番下がサンドイッチとかの軽食、アスカの好きなフルーツサンドもある。
「わあ、すごい」
 見た目の華やかさに声が出た。
「おお、豪華だなあ」
 などと言いつつ、ふうまはいきなり手を伸ばそうとする。
「待って待って。せっかくだから写真撮らせてよ」
「そうだな。俺も撮っとくか」
 二人揃ってスマホでカシャカシャやりながら、アスカはこっそり「写真を撮ってるふうま」の写真も撮った。ま、記念にね。
「じゃあ食べよっか。どれからにしようかな」
 ちょっと迷ったけど、やっぱりフルーツサンドから口をつける。うん、果物と生クリームのバランスが良くてすごく美味しい。ふうまは小さめのハンバーガーを最初に選んでいた。普通に食事って感じね。
 とか思ってると、「グアアアアアアアアア!!」ってゴジラが外で吠え始めた。ちょうと三時だ。
「わ、びっくりした」
「ここで聞くと結構、声大きいんだな」
「だね」
 店にいた他の人たちもなんとなくゴジラに顔を向ける。そりゃ見るわよね。気にしてないのは店員くらいだ。
「しかし、アフタヌーンティーって気分ではなくなってきたな。テーマ曲鳴ってるし」
「まあね」
 確かにゴジラが街を破壊するときとかの曲が流れてるし、目や口がビカビカ光ったりしている。いきなり雰囲気を台無しにされて、さすが大怪獣ゴジラだと二人して笑った。
 それからまたアニメの話や、最近のお互いの任務の話や、映画の前に買った本の話なんかを、アフタヌーンティーを楽しみながらあれやこれやお喋りする。
 これで二人きりで会うのも初めてとかだったら、アスカはともかく、ふうまは緊張してろくに話せなかったかもしれないけど、デートしたことがないだけで、もっと緊迫した、文字通り命がけの時間を何度も一緒に過ごしてるから、互いにリラックスして話せるのが嬉しい。
 ふうまにとってそういう子がアスカ一人じゃない――というより結構いるのがちょっと気になるけど、とりあえず考えないことにする。今は独り占めしてるんだしね。
 そんなこんなで、デート気分を満喫していたアスカだったが、ふとそばいた別のカップルが「あーん」と仲良くケーキを食べさせあってるのを見てしまった。そういえばあれやってない。
「あ……」
「どうした?」
「ううん、この残ってるマカロン、私食べちゃっていい?」
「いいよ」
「ありがと」
 マカロンを口に入れながら考える。
 二人で同じ物を頼んだんだからあーんなんてあり得ない。失敗した。違う物を頼んでシェアすればよかった。
 今、見なかったら気づかなかったかもしれないが、気付いてしまったので、どうしてもやりたくなった。だって初めてのデートだし。
「すいません、このイチゴのアイスクリームひとつお願いします」
「まだ食べるのか?」
「まだって言うかほら、いっぱい食べたから、最後に冷たいアイスでお腹を整えようかなって。ふうまはいる?」
 アイスはイチゴの他にもある。
「いる」と言ったら違うのを頼んでもらう。
「俺はいいよ」
 なら、まずふうまに「一口あげる」って感じで、アスカからあーんしてあげて、その流れでふうまからもやってもらう。それは自然だ。うん、そうしよう。
 追加のイチゴのアイスはすぐに届いた。もちろん普通に美味しい。
「ふうま、一口あげる」
「別にいいよ」
「いいから。はい、あーん」
 強引にスプーンを差し出すと、ふうまは素直に食べた。ここまでは予定通り。さあ来い。
 しかし鈍感男は気づかない。なんで? 普通「じゃあ俺も」とか言うでしょ? 言わない??
「どうした?」
「別に……」
 ふうまは怪訝そうにしていたが、アスカの不満そうな顔を見て、今日は奇跡的に勘が働いたらしく、
「俺もやろうか?」
「やろうかってなにを?」
「だからそのあーんってやつ」
「別にそんなことしてくれなくてもいいけど、やりたいって言うならやらせてあげる。デートだし」
 内心で「やったー」と万歳しつつ、それをあからさまに出すのは恥ずかしかったので、アスカはいかにも素っ気なくスプーンを渡した。
 そんな照れ隠しも珍しく伝わっていたみたいで、ふうまはちょっと笑って、でも余計なことは何も言わずに、ちゃんとあーんしてくれたのだった。
「この後どうする?  予定とかなかったら、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「いいよ。なんか目当てでもあるのか?」
「うん。ちょっとこれを見ようかなって」
 アスカは今日はペンダントにしているビーズに触れた。

「ビーズって言うからハンドメイドの店かなんかだと思ってたけど違うんだな」
「まあね」
 アスカが連れて行ったのは高島屋にあるトロールビーズ
 デンマークのブランドで、天然石やガラスを使ったビーズ、それにゴールドやシルバーのチャームなんかを組み合わせて、自分の好みのジュエリーを作ることができる。
 アイテムは高いのから安いのまで豊富で、組み合わせは千差万別。まず絶対に他人とは被らないから、自分だけのオリジナルジュエリーを楽しめるし、もし同じアイテムを使ったとしても、ビーズなんかは見た目や仕上がりが最初から違ってるから、同じジュエリーには絶対ならない。そこが素敵。
「なるほど。同じビーズとかでもネックレスにしたりブレスレットにしたり形を変えて楽しめるわけだな」
「そうそうそう。値段もそんなに大したことないから、好きで色々集めてるのよ。で、今日はこれ、ペンダント」
 アスカはふうまの方に体を向けて、今日の組み合わせを見てもらった。
 シルバーのチェーンに、上からピンク、ブルーのガラスビーズを並べて、パワーフラワーのシルバービーズを挟んで、最後はホワイトパールのラウンドドロップスでシンプルにまとめてみた。
 その組み合わせの理由はちゃんとあって、ガラスビーズの色はアスカとふうまの対魔忍スーツのカラーから、シルバービーズは戦いを通じて育んだ二人の関係のイメージ、そしてホワイトパールはアスカのピュアな気持ち―――なんだけど、そうやって言葉にすると顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
「ふうん」
 ふうまはごく自然にそのペンダントを覗き込む。つまりはアスカの胸元だ。もちろん秘められた意味には気づいてない。なのですかさず言ってやった。
「なーにじっと見てるのよ、エッチ」
「自分で見せといてそれ言うか」
  ふうまは心外そうに、だが笑いながら目を逸らした。
「あはは、ごめん」
 アスカは首をすくめて謝った。
  それからショーケースに並んだビーズを色々と見ていく。
 ちょっと気になるのがあったら、店員さんに出してもらって、今日付けてきたアイテムと合わせたらどうなるか試してみる。
 パッと見て「あ、いいな」と思っても、試してみたらいまいちとか珍しくない。そこが難しいし、楽しい。
 ふうまはアスカの横にくっついて、ビーズを一緒に覗き込んだりしているが、なんとなく手持ち無沙汰な顔をしている。そりゃそうよね。さすがに守備範囲外だろうし。
 でも、せっかく二人で来たんだし、初めてのデートなんだから、ちょっと手伝ってもらうことにした。
「ねえねえ、これとこれとこれのどれか一つ買おうと思うんだけど、どれがいいかな?」
「どれがってビーズの良し悪しなんて俺は全然分からないぞ」
 予想した通りの答えが返ってくる。アスカは笑いながら
「そんなの分かってるわよ。私的にはどれも同じくらいいいなって感じなの。だから最後はふうまに決めてもらおうかなって。せっかく二人で来たんだし。ね、お願い」
「いきなりそんなこと言われてもな……」
 ふうまは困ったような顔をしつつも、アスカが並べた三つの候補を見下ろした。 
 ホワイトムーンストーンのラウンドビーズに、ハートに音符マークを組み合わせたラブソングってシルバービーズ、それからグリーン、ターコイズ、イエローの花柄が中に咲いてるフェアリーテールってガラスビーズ。
「う~~~~~~~~~ん」
 ふうまは腕組みして眉間にものすごい皺を寄せている。任務の時だってこんなに悩まないって顔。
「そんな唸らなくてもいいって。どれも気に入ってるって言ったでしょ? 思い切ってパッと選んじゃってよ」
 アスカにとってはふうまに決めてもらうことに意味がある。だって初めてのデートの記念なんだから。
 ふうまはひとしきり唸ってから、「ダメだ、お手上げだ」という顔になって、
「俺が三つともプレゼントするってのはどうだ? まだバレンタインのお返しを決めてなかったからな。これを贈るってことで。サプライズプレゼントにはならないけどな」
「それものすごいサプライズなんだけど、え? いいの? ほんとに? 無理してない? ここに連れてきたけど私、ふうまに買って欲しいとかそんなつもり全然ないからね」
 あんまり予想外すぎて、嬉しいと思うより戸惑ってしまう。
「三つとも気に入ってるんだろ? さっき同じ物は二つとないって言ってたじゃないか。ここで逃したら二度と手に入らないってことだ。じゃあどれか一つとかじゃなくて全部いこう。今日は映画もお茶も奢ってもらってるし、流石にちょっと悪い気がしてたしな」
「それはこないだのお詫びだし、これ三つ買ったら普通に今日私が出した額をオーバーしてるんだけど。大丈夫? 後で私のせいで本もゲームも買えなくなったとか言わない?」
「言わないって。アスカがいらないなら俺が自分でつけようかな。うん、そうしよう。すいません、男がつけてもおかしくないブレスレットとかありませんか?」
 などといきなり店員さんに尋ね出す。
「ちょっと、なんでそうなるのよ」
 もちろんそれは遠慮しているアスカの背中を押すための下手なお芝居だ。そんな風に気を遣わせないようにしてれるふうまの気持ちがうれしくてうれしくて、アスカはなんか色々蕩けそうになりながら答えた。
「……うん、じゃあ、これ全部プレゼントしてもらうね。ありがとう。ほんとにありがとう。すっごいうれしい」
 ふうまとデートをする時は絶対にこれを使うことにしよう。アスカはそう誓った。
 そしてもちろん、プレゼントしてもらったばかりのそれを、さっきまでしていたペンダントのビーズと入れ替えて、幸せいっぱいでお店を後にしたのだった。

 夕方の新宿を腕を組んで歩く。
 新しい一番のお気に入りが胸元に揺れている。今のアスカの想いみたいにキラキラ輝いてる。
 ついつい頬が緩んでしまう。いつもならこんな気持ちのはっきりした顔を見られたら恥ずかしいって思うのに、今日は違う。
 私、ふうまのおかげでこんなにうれしいの、もっともっと見てって言いたくなっちゃう。流石にそこまで口には出さないけど。
「ふうま、これからどうしよっか? さっきあんなに食べたし、夕ご飯はだいぶ後でもいいわよね。もう一本くらい映画見る?」
「それもいいな。なんか見たいのあったか?」
「見たいのっていうか、新宿武蔵野館あたりで全然知らないのを当てずっぽうで見るとかどう?」
「それは冒険だな。つまんなくても知らないぞ」
「そん時はそん時。後で愚痴でも言い合いましょ。じゃあそうしよっか。今、何やってるのかな」
 とスマホを取り出したところで、今一番聞きたくない相手からの着信音が鳴り出した。
「えーー! うそーー!」
「マダムからか?」
「そう。今日は絶対かけないでって言ったのに。ちょっとごめん。はい、もしもし! アスカだけど!」
「あら、ものすごい不機嫌な声。ひょっとして上手くいかなかった?」
「すごく上手くいってるからこんな声出してるの! なんの用!?」
 と尋ねるまでもない。こんな時にかかってくる電話だ。緊急出動の連絡に決まってる。
 案の定、DSOの部隊がピンチに陥ってるから助けて欲しいという話だった。全力で断りたかったけど、それができたら苦労はない。マダムに思いっきり文句を言ってから電話を切った。
「出動か?」
「ふうまごめん! ほんっとごめん!」
「どこだ?」
「東京キングダム。アイランドタワーヘリポートに迎えをよこすって」
「仕方ない、行くぞ」
 ふうまはそう言って、アイランドタワーに向かって走り出した。追いかけながら尋ねる。
「え? 一緒に来てくれるの?」
「またデートの途中だからな。ちょっと場所が変更になっただけだ。だろ?」
 ふうまはさらりと言った。今は二人でいることが大事って感じの素敵な顔で。
「うんっ!」
 アスカは頷いた。もちろんとびっきりの笑顔で。
 そしたらふうまが例のエンディング曲を口ずさみ始めた。
「またそれ?」
「今の気分にはあってるだろ? 束の間の平穏は終わり、戦いはこれからだ的な」
「的なっていうか、実際そうなんだけど、なんかその言い方すると打ち切りみたいね」
「まったくだ」
 ふうまは笑って今度は止まらずに歌い始めた。
 仕方ないのでアスカも一緒に歌う。
 “GET WILD”じゃなくて、“GET LOVE”の方が良かったんだけどなとちょっぴり思いながら、アスカはふうまと二人で夜の新宿を駆け抜けていった。


【制作後記】
イベント「特異点の夜会」でついにアスカがデートの約束を取り付けたので、今回はそのデートの話を書いてみた。
本編でやるとしたら、デート中になにかトラブルが起こって云々という展開になると思われるので、非公式のこちらでは最後にちょっと邪魔が入ったが、アスカがひたすらデートを楽しむだけになっている。そういうのがやりたかったのだ。
そして『舞とふうまと本屋の街』の時と同じく、作中に書かれている店とかは全て実在している―――といきたかったのだが、新宿高島屋トロールビーズはすでになくなったようだ。知らなかった。
アスカも本編に比べてラブ度が高すぎるような気がするが、勢いで書いたIF話なのであまり気にせず楽しんでもらいたい。

 

 

 

 

対魔忍RPGショートストーリー『夢は悪のくのいちですよぉ!』


「さあて、今日もパトロールに出発しますよぉ。ヨミハラの平和を守り、朧さまのための新たな人材を発掘する。それがこの私の使命なんですから!」
 シキミは碧い瞳を爛々と輝かせ、意気込みも高らかに歩き出した。
 まだ幼さの残る顔立ちではあるが、頭には髑髏の紋章の付いた帽子を被り、裏地が赤の黒マントを付けた颯爽とした姿だ。
 黒と赤を基調にしたスーツは襟と両腕が軍服チックである以外、ボディは豊満な乳房や健康的な下腹部をアピールする編み目、白い太股を存分に見せつけるハイレグカットを経て、膝上から下は光沢のあるラバーソックスブーツでまとめられている。極めつけは染み一つ無い純白の手袋に握られた棘付きの電撃鞭だ。
 ここが東京の地下300メートルにある犯罪都市ヨミハラであることを思えば、彼女を闇の娼館の女調教師と考えてもおかしくはない。
 事実、左右にロールして垂らした金髪を小気味よく揺らし、肩で風を切って歩くシキミの姿に、何か性癖を刺激されでもしたのか、いきなり地べたに跪いて女王様になって欲しいと懇願する男(たまに女)もいる。
 そんな時、シキミは内心では閉口しつつも、仲間からはお人よしと呼ばれる性格を発揮して、「お断りです。お前みたいなド変態はこれでも食らいやがれです」と断りの鞭を男には容赦なく、女には少し手加減して振るってやる。無論、女王様になってやったりはしない。
 そんな彼女はSMの女王でもなければ、露出癖のある軍服フェチでもなく、ヨミハラを事実上支配しているノマド、その大幹部の一人である朧忍軍のれっきとした一員だった。
 今でこそ朧の部下として、偵察任務や新人教育を受け持ち、趣味でパトロールと人材発掘を行っている彼女であるが、そうなるまでには紆余曲折があった。

 シキミはヨミハラの孤児だ。しかもその最下層であるスラム地区に捨てられていた。両親のどちらがどんな事情で彼女を捨てたのかすら定かではないが、親にもらったものはその幼い命と、首に掛けられたプレートに書かれていたシキミという名前だけだった。
 それはスラムでは珍しくもない話だ。そういった赤ん坊の多くは野生の魔獣にすぐに食い殺されるか、邪悪な魔術師に見つかって実験材料にされるか、物心つく前から娼館に放り込まれて生え抜きの娼婦にされるのが関の山だ。
 彼女がそうならずにすんだのは、その頃から持っていた高圧電流を放出する力と、スラムで孤児院を営むという、おそらくヨミハラで最も奇特な鬼、ビルヴァに拾われるという幸運の持ち主だったからだ。
 シキミはビルヴァの孤児院で同じように幸運な孤児たちと成長していった。ごく普通のスラムの住人としてだ。
 つまりはスリ、盗み、かっぱらい、喧嘩は当たり前で、力の無い奴、頭の悪い奴は死んで当然といった日常である。
 ビルヴァの教えにより殺しだけはしなかったが、それも命は大切だからなどという理由ではなく、そこまですると色々と厄介なことになるからだ。
 一度、シキミとその仲間が盗みの最中に、とあるギャング組織の手下を誤って殺してしまい、孤児院を巻き込んだ問題になりかけたことがあった。
 いつも優しいビルヴァがそれはそれは恐い顔になってシキミたちを叱りつけ、全員のお尻を真っ赤になるほど叩いてから、自分が話を付けてくると武器も持たずにそのギャングの本部に出かけていった。
 ヨミハラでもたちの悪い娼館を経営しているギャングだ。自分たちを助けるために先生がそこで身体を売らされるのではないかと心配してこっそり後を付けていったシキミはビルヴァが組織を一つ壊滅させるのを見ることになった。
 最初は穏やかに話し合い、というよりギャングたちが一方的にビルヴァを脅していたが、そこのボスが「許して欲しかったら子供たちを差し出せ」と言った後の先生の豹変ぶり、ギャングが泣こうが喚こうが容赦せずに滅殺していくあの凄まじい姿を思い出すと今でも背筋に震えが来て、叩かれたお尻の痛みが蘇ってくる。
 ビルヴァが裏社会で“血まみれの戦鬼”と呼ばれていたことを知ったのはその後だが、先生には絶対に逆らわないようにしようと固く心に誓ったものだ。
 そんなシキミも年頃に成長し、孤児院を出てヨミハラの住人として独り立ちするときがやってきた。
「先生、私はヨミハラで一番のストリートギャングになってみせますよぉ」
「ほどほどにね。これは私からの餞別よ」
「これは電撃鞭ですね。―――おお、伸縮自在ですごく使いやすいじゃないですか。さすがビルヴァ先生ですねぇ!」
「あなたにはこういう武器の方が向いている思って」
「すぐに殺さずにジワジワと痛めつけるこんな武器が私には向いていると? もしかして先生が考える私の天職は拷問吏ですか? それはこの街には需要が多そうですねぇ」
「そうじゃなくて、あなたは根が優しいから」
 それがビルヴァの言葉だった。
 自分がそうだとはシキミは思っていなかったが、その電撃鞭は使い心地が良いので今でも愛用している。せっかくなので拷問のやり方も覚えた。

 それからしばらくの間、シキミはヨミハラでは珍しくもない孤児出身のストリートギャングとして生活していた。
 彼女の仕事の仕方はシンプルだ。
 狙い目はヨミハラに来て間もない連中だ。名うての犯罪都市で一旗揚げようと、魔界や地上からやって来たばかりの類いがいい。この街はそういう手頃な獲物には事欠かない。
 ノマドの中核を担う大幹部、最強の魔界騎士イングリッドの長年の努力により、ヨミハラでも大通りだけは驚くほどの治安が保たれている。少なくとも街を歩いていて、いきなり死ぬようなことは滅多にない。ともすればそこが最悪の犯罪都市であることを忘れそうになる。
 新参者はそれで勘違いする。ヨミハラなどこの程度だと調子に乗って大通りを外れ、すぐ横の裏通りに気軽に足を踏み入れる。ルール無用の真の暗黒街に自分からのこのこやってくるのだ。
 そんな愚か者がシキミのターゲットだ。
 大抵は背後から近づいて、いきなり電撃鞭で滅多打ちにする。無論、死なない程度に手加減してた。おのぼりさんの全身が痺れ、口もろくに利けなくなったところで言う。
「ヨミハラにようこそ。私の電遁は強烈ですよぉ? 大型の魔獣だって、一撃で仕留められるんですからね……ま、可哀想なんで仕留めませんけどぉ。命が惜しかったらとっとと有り金を出した方が良いですよぉ。そしたらお前みたいな迂闊な奴でも死なないですむ大通りに送り返してやりますから。イヤならいいですよぉ。このあたりは腹を空かせたナイトドッグがよく現れますから、ヨミハラに来た記念に生きながら自分の肉と魂を食われる苦痛を味わってくださいねぇ」
 これで金を出さない相手はまずいない。ヨミハラのルールを教えてやる授業料のようなものだ。
 そして金を払った相手はとどめの一撃で気絶させてから、約束通りちゃんと大通りに返してやっていた。
 目が覚めるまでに大抵は他の誰かに身ぐるみ全て剥がされてしまうが、スラムのストリートギャングとしては稀な優しさと言えた。
 ごく稀に授業料を払おうとしない客もいる。そういう輩は馬鹿で可哀想だと思いつつも、シキミはそのままそこに放り出していく。その後どうなったかは気にしない。
 ただし契約不成立なので金も奪わない。そこはストリートギャングとしてのシキミの矜持であったが、それもスラムでは珍しい性格といえた。

 そんな毎日を過ごし、お人好しの電撃使いとしてストリートギャングたちの間で知られるようになった頃、シキミは致命的なミスを犯してしまう。手を出してはいけない相手を襲ってしまったのだ。  
 スラムを一人で歩いていたその男は良いカモに見えた。体格も普通だし、たいした魔力も感じない。武器らしい武器も持っていない。しかもこの辺りの地理に慣れていないと分かる足取りだ。
 あとは金をたんまり持っているかどうかですねぇ。まあそれは襲ってから確かめるとしましょう。
 運の悪いことに、シキミはその日まで数日続けて得物がなかった。地下都市ヨミハラの天井から降る雨が一週間も続いて、人通りがめっきり減っていたのだ。
 長雨が止んで久しぶりの仕事日。浮かれていたシキミはストリートギャングとしての勘が鈍っていた。
 いつものようにスラムの暗闇に紛れて背後から忍び寄り、全く無防備に見えたその背中に電撃鞭を振り下ろす。
 だがその瞬間、男の姿が消えた。
 「あれっ?」っと思ったときには、そいつはシキミのすぐ横にいた。どうやって移動したのかも分からない。男が突き出した掌の先に人の頭ほどの火の玉が出現する。
 こいつ魔術師ですかぁ!?
 シキミは驚きつつとっさに身体を捻る。だが間に合わない。
 真っ赤な炎の塊が彼女の右半身を焼き、電撃鞭を手から弾き飛ばした。
 熱いというよりもざっくり斬られたような痛みにシキミは倒れ伏した。これまでにも炎の魔法を食らったことはあったがこんな衝撃は初めてだった。ただの一撃で身体に力が入らない。
「女か。対魔忍の私に気づかれずに攻撃を仕掛けてくるとは見事。さすがヨミハラと言っておこう」
「た……対魔忍……!?」
 まだ会ったことはなかったが、そういう輩がヨミハラに出没するとは聞いていた。人間のくせに魔力を持ち、忍法とかいうおかしな技を使って、魔族を狩るといういけ好かない連中のことだ。
「と……とんだドジを……踏んじまったです……対魔忍……なんぞに……この私が……」
 焼けた喉をぜえぜえと震わせながら、急速に霞んでいく目で男を睨み付ける。
 その冷たい瞳を見た瞬間に理解した。こいつは自分を見逃す気は無いと。
「悪く思うな」
 ふざけんなっ! 思うに決まってますぅ!!
 だがそれはもう言葉にならず、男の焼き殺されるのを待つばかりだったその時。
 ごとっ―――。
 奇妙な音がして男の首がシキミの眼前に転がった。
「ふん、対魔忍風情が。この私のシマに踏み込んで生きて出られると思ったのかい?」
 女の声だ。
 しかもどこか聞き覚えがある。
 だ、誰ですか?
 シキミは今にも消え去りそうな意識を振り絞ってその顔を見ようとしたが、それより早く血の付いた鉤爪が伸びてきて、刃の背で顎をグイと持ち上げられた。
「ふん、ビルヴァの所にいたガキかい」
「あくの……くのいち……さん……」
 そう呟いて、シキミは意識を失った。

 ノマドの大幹部、朧。
 嗤う邪悪、凄惨なる女王蜂といった異名を持つヨミハラ最凶のくのいちとシキミが出会ったのは、彼女がまだ孤児院で暮らしていた頃だった。
 当時はその正体など知らず、正月やハロウインやクリスマスなどにふらりと孤児院にやって来てはプレゼントをくれる、顔はちょっと恐いが優しいお姉さんだと思っていた。
 お姉さんはいつも干支の動物やハロウィンの魔女、サンタクロースなどの扮装をしていて、普段何をしているのかまるで分からなかったが、コスプレ衣装を通しても伝わってくる雰囲気が筋金入りの闇の住人であることを教えてくれた。
「お姉さんは何をしているの? 殺し屋?」
「私は悪のくのいちをしてるのさ」
 まだ幼かったシキミの問いにお姉さんは笑いながら答えてくれた。
 “くのいち”という言葉は知らなかったが、ビルヴァ先生が女の忍者―――諜報活動、破壊活動、謀略、暗殺などを行う裏社会のスペシャリストのことだと教えてくれた。
 事実、お姉さんはヨミハラ随一のくのいちであり、ノマドの大幹部、朧としてスラムを支配するとともに、実はシキミたちが暮らしている孤児院も彼女の援助と保護で成り立っているのだと知った。
 すごいお姉さんだ!
 なのに少しも偉そうな顔をせず、自分のことを“悪のくのいち”と言う。
 幼いシキミはガツンと心動かされた。その斜に構えたような態度が格好いいと思ってしまった。彼女の中にこうなりたいという憧れが生まれたのだ。
 幼いシキミが朧を“悪のくのいちさん”と呼ぶようになったのはそれからだった。
 だが孤児院を出てからというもの、シキミが悪のくのいちさんに会うことはなくなっていた。
 相手はノマドの大幹部、そのアジトであるショーパブの場所は知っていたが、十把一絡げのストリートギャングでしかないシキミがおいそれと近づけはしなかった。
 ただ幼い頃に胸に抱いた憧れの存在として、ストリートギャング仲間の間でその名前が出たときに、いつかあの人の下で働きたいと思い出すだけになっていた。
 仕事でドジを踏んだシキミが目覚めたのは懐かしい孤児院のベッドだった。
 悪のくのいちさんが死にかけていたシキミをここに連れてきてくれたのは明らかだった。
 ビルヴァ先生はシキミを叱ったりはしなかったが、「治るまでここでおとなしくしていなさい」と死んだ方がましだったと思えるほどの不味い魔法薬を毎日飲ませてくれた。
 そして三ヶ月後、すっかり傷が癒えたシキミは迷わず悪のくのいちさんのショーパブに向かった。
 助けてもらったお礼と、部下にしてくださいと頼むつもりだった。ビルヴァ先生は「難しいと思うけれど」と言いつつもシキミに紹介状を持たせてくれた。

「とっとと帰りな」
 悪のくのいちさんはにべもなく言った。即答だった。考える素振りすらなかった。
 シキミは二の句が継げなくなったが、きっとわざと冷たい態度をとることで彼女の本気を見ているのだと思い、お腹にぐっと力を入れてもう一度心から訴えてみた。
「私は悪のくのいちさんに小さいころからずっと憧れてたんです。そりゃ今まではチンケなストリートギャングをやってましたが、あのクソッタレの対魔忍から命を助けてもらったお礼をしないわけにはいきません。ぜひ悪のくのいちさんの部下となって―――」
 悪のくのいちさんはシキミが全部言い終わる前に面倒くさげに手を振った。
「うるさいね。チンケなストリートギャングだって分かってるなら、おとなしくそれを続けてりゃいいんだよ。あとその“悪のくのいちさん”ってのはやめな。殺すよ」
「えっ!? そんなに悪のくのいちさんっぽい恰好なのにですか!?」
「ああん!?」
 どうも本気で嫌がっているらしい。孤児院では見たことのない恐い顔で凄まれ、シキミは首をすくめた。
 だけど、今日の悪のくのいちさんの恰好は、胸元からおへその下くらいまでV字に肌を露出させているし、超ハイレグで足の付け根の辺りから太股まで丸見えにしているし、腰回りを始めとして至るところを網タイツにしているから隠している所よりも見えている所の方が多い。
 さっきチラッと確認したが、背中もガバッと開いていて、お尻なんか食い込みが細すぎて一瞬丸出しかと驚いたほどだ。
 つまり今までに見たどんなコスプレ衣装よりも悪のくのいちっぽい。これが本来の姿なんだとドキドキして、ついじっと見つめてしまう。
「なんだいその目は?」
「あくの……じゃなった、初めて見た朧様のくのいち衣装はすごく格好いいです。これぞ悪のくのいちって感じです」
 シキミの熱のこもった視線と言葉に、悪のくのいちさんはウンザリしたような顔になって、
「やかましいねえ。ったく、ビルヴァもなんでこんなのをよこしたんだか。うちに向いてないのは一番分かってるだろうに」
 それは聞き捨てならない言葉だ。シキミは思わす問い返す。
「私が朧様のところに向いてないですと!?」
「ああ、全く向いてないね。どうしてもノマドに入りたきゃイングリッドのとこにでも行きな。あんたみたいのにはお似合いだよ」
 悪のくのいちさんにシッシッと手を払われ、シキミはカーッとなってさらに食い下がった。
「だったら私をテストしてください! こう見えても電撃鞭の扱いには自信があります! 朧様の部下として必ずやっていけます! お願いします!」
「へえ、じゃあその実力を見せてもらおうじゃないか」
 悪のくのいちさんは軽い嘲りを込めて言った。

 シキミはショーパブのホールに連れて行かれた。さっきは裏口からビルヴァ先生の招待状を見せて、悪のくのいちさんのいる事務所に案内してもらったので、ちゃんと店の中を見るのはこれが初めてだ。
 もう今日の営業は終わっていたが、目がくらむほど煌びやかな店内はシキミのホームグラウンドであるスラムとは大違いだった。
 悪のくのいちさんの店に相応しく、とても綺麗だが皆どこか凄みのあるホステスがきびきびと後片付けや掃除をしている。
 悪のくのいちさんがやって来たのに気づくと、「朧様、お疲れさまです!!」ときりっとした声が返ってくる。いかにも鉄の規律の軍団といった感じで、シキミはますますここに入りたくなった。
「ローゼンはどこだい? ローゼン!? インティライミ、ローゼンはどこにいったんだい?」
「ローゼンったらまた!」
 インティライミと呼ばれた子、大きなとんがり帽子に大きな杖を持った魔女―――というより魔法少女と言った方が相応しい子が奥のソファに駆け寄っていく。
「ローゼン、起きて」
「んあ? なあに?」
「朧様がお呼びよ! 起きなさいってば!」
 インティライミはソファで寝ていたらしい子に杖を振り下ろした。
「あいた。もう。インティはすぐに叩くんだからあ。気持ちよく寝てたのに」
「後片付けもしないで寝とる場合か!」
「ふあああ~~、分かってるよぉ」
 ローゼンという子がのっそりと起き上がった。うさぎの獣人らしく頭から長い耳がぴょこんと出ている。一応バニーガールのような恰好をしているが、そばにいる魔法少女と同じくらいこの店の雰囲気に合っていない気がする。
 悪のくのいちさんは後片付けもせずに寝ていたローゼンを咎め立てすることなく言った。
「ローゼン、ちょっとこいつの相手をしてやりな。うちに入りたいから実力を見て欲しいんだとさ」
「入軍希望? 私がテストするんですか?」
「ああ、軽く捻っていいよ」
「分かりました。ふぁあ~~~~っ」
 ローゼンは大あくびをしながら、冬眠から目覚めたばかりのような動きでのそのそとステージに上がっていく。
「朧様、入軍テストなら別の誰かでしたほうがよろしいのでは? ローゼンでは実力を見るもなにもならないと思いますが……」
「いいんだよ」
 インティライミの控えめな言葉を悪のくのいちさんはピシャリと遮った。
 どういう意味だろうかと少し気にはなったが、シキミは電撃鞭を握りしめながら自分もステージに上がる。
「ふあ、いつでもどうぞ」
 ローゼンはまだ眠そうに目を擦っている。
 緩みきっている。隙があるとか無いとか以前の問題だ。どこを打っても当たりそうだ。
 攻撃していいんだろうかと思いつつ、シキミは電撃鞭を振りかぶり、当たってもまだ大丈夫そうなふっくらした太腿のあたりを狙って―――次の瞬間、視界がぷつりと途切れた。真っ暗な世界で意識が遠くなっていく。
「ふん、話にならないね」
 悪のくのいちさんの声が遠くに聞こえ、なにがなんだか分からないままシキミは気絶していた。

 その翌日――。
「なるほどー。ローゼンさんは朧忍軍で1番の暗殺者なんですね。それなら私が一瞬でのされたのも納得ですよぉ」
「昨日は起きたばっかりで力加減ができなくてごめんね。まさか白目剥いてぶっ倒れて失禁するとは思わなかったけど」
「私のオシッコの後始末までさせてまことに申し訳ありませんでした」
「インティにものすごい怒られちゃったよ。朧様の知り合いなのにやりすぎだって」
「とんでもない。ローゼンさんのような強い方を私のテストの相手に選ばれたということは、それだけ悪のくのいちさんの期待が私にかかっているということですよぉ。私の部下になりたければこの試練を乗り越えてこい! そう受け取りました!」
「あはは、それはどうかなあ」
 閉店間際のショーパブの一角でシキミとローゼンが仲良く喋っているのを、事務所から出てきた朧が見つけた。
「ああん?」
 意味が分からないという顔を10秒ほどしてから、バーカウンターで魔法のカクテルを作っていたインティライミに尋ねる。
「なんだあれは?」
「シキミさんとローゼンです」
「見れば分かる。なんでまたあいつを店に入れた? もう来ても追い返せて言ったはずだよ」
「それがその……お客様としていらしたのでうちとしては入れないわけには、前金でちゃんとお金も頂きましたし」
 ちょっと笑っているような顔で答えるインティライミに朧は逆に顔をしかめる。
「なんなんだあいつは!?」
「朧様に憧れて入軍を希望しているのだと思いますが」
「そんなことは分かってる。あいつがうちに向いてないのは昨日のテストでお前も分かったろ?」
「ええまあ……ローゼンが寝ぼけてたのでちょっと手加減しようとしてましたし、本気で打っても当たらなかったと思いますが、ストリートギャングにしては甘い感じですね」
「そうさ。まったくなにを考えて―――」
 その言葉が途中で止まった。
 シキミがこちらを見たのだ。その顔がパッと輝く。孤児院にいた時と少しも変わらぬ鬱陶しいくらい真っ直ぐな憧れの瞳だ。
 嗤う邪悪の異名を持つ彼女にしては稀なことだが、朧は自分でも気づかないうちに逃げたそうな顔をしていた。
「朧様! お疲れさまです! 入軍希望者シキミ、またやってきました! ではローゼンさん、お願いします。今日は本気で行きますよぉ!」
「オッケー」
 唖然としている朧の前で、また勝手に入軍テストが始まっていた。
 シキミは自分で言ったとおり本気で鞭を振るい、今日は5秒ほどでやられていた。
 それからというものシキミがショーパブを訪れてはローゼンに挑み、玉砕していくのが毎日の恒例となっていた。
 最初はちゃんと客として来ていたが、そのうち金が保たなくなったらしく、「お代は私のこの身体で返しますよぉ」などと言って、皿洗いやら掃除やらの下働きまで始めていた。
 それを知った朧は開いた口が塞がらなかったが、二日目の挑戦をなんとなく認めてしまったのがまずかったのか、すでに止めるきっかけを失っていた。
「今日こそローゼンさんから一本取りますよぉ。さあ勝負! 勝負です!」
「もう勘弁してよー」
 そう言いつつも、ローゼンは決して手を抜くことはなく、シキミは飽きもせずに彼女に挑み、毎回毎回景気よくやられていた。
 それでも次第にローゼンの動きに慣れてきたのか、孤児院でビルヴァの手ほどきでも受けているのか、最初は10秒も保たなかった戦いが30秒、1分、2分とそこそこ続くようになっていた。
 しかも最初は閉店後にこっそり行っていたテストが客の間で知られるようになり、今では店のショーとして公開され、ギャンブルまで始まっている。どちらが勝つかではなく、今日はシキミがどれだけ保つかという博打で店の結構な売り上げになっていた。
 こうなると、ただ正式に朧忍軍に入っていないだけのサブメンバーのような存在だ。もちろん軍団の面々にもその為人を知られ、もうすっかり打ち解けていた。
「朧様、そろそろシキミさんの入軍を認めてあげたらいかがですか?」
 インティライミは苦虫を噛みつぶしたような顔でシキミとローゼンとのバトルショーを見ている朧に言った。
「シキミさん、この短期間でローゼンとあれだけ戦えるようになるなんてかなり優秀ですよ」
「分かってるよ。でもねえ……」
「彼女のあの性格は多分変わらないでしょうが、組織を活性化させるには周りと違った個性も必要だと私は思います。例えばイングリッド様のところのリーナさんみたいに」
「嫌な例えを出すね……」
 インティライミの出してくれたカクテルを不味そうに飲みながら朧は呟いた。
「ローゼンさん、行きますよ! 新必殺ライトニングスネーク!! とりゃあーー!!」
「うわっと、あぶなっ!!」
「ちいっ、おしいっ!!」
 今日は今までで一番長く戦いが続いている。
 このままテストを繰り返していけば、いずれはローゼンから一本取れるくらいにはなるだろう。朧を除けば軍団で最強の暗殺者であるローゼンから。あの甘い性格のまま。
「そろそろ潮時かね」
「朧様に憧れてるのは私や他のみんなと同じです。みんなシキミさんのこと応援してますよ。あそこで全く手を抜かないローゼンも」
「ふふ、あんまり意地を張ってると、あんたたち全員に恨まれることになりそうだねえ」
 朧が苦笑しながら自分の負けを認めようとしたとき、部下の一人が店の外から飛び込んできた。
「朧様! C地区が謎のサイボーグ部隊に襲われています!!」
「ちっ!」
 朧は舌打ちして、ホールの部下たちに鋭く命令する。
「お遊びは終わりだ! 馬鹿どもをぶち殺しに行くよ!!」
 シキミとローゼンのテストにワイワイ盛り上がっていた朧忍軍がさっと緊張した。
「シキミ、ごめん。この続きはまた帰ってから!」
「……あ、はい。ローゼンさん、ご武運をお祈りします」
 ステージを駆け下りていくローゼンにシキミが寂しそうな顔をしている。どれだけ朧忍軍に打ち解けたとは言え、まだその一員でないシキミにはこの出撃についていく資格がない。
 さあ、どうするよ?
 朧はその心根に挑みかかるような気持ちでシキミを見据えた。
 目と目が合う。
 シキミは一瞬だけ、朧から目を逸らしかけたが、ギリギリで踏みとどまって、ただの憧れではなく、強い決意をその目に浮かべて言った。
「朧様! 私もつれて行って下さい! 必ずお役に立ってみせます!」
 朧の口元に笑みが浮かぶ。
「ならついてきな! これが最後のテストだ。実戦で実力を見せてもらうよ!」
「はいっ!」

 結局、その実戦テストでシキミは実力を認められ、朧忍軍の一員となった。
 朧が予想したとおり、その甘い性格は今でもあまり変わっておらず、まず暗殺には不向きで、捕虜に対する拷問でも日和ることがある。しかも人よしで騙されやすく、おだてにも弱いというおまけがついている。
 それでも憧れの朧の下で、若干あさっての方向を向いてはいるが、今も精進を続けているシキミなのだった。
「朧様のような立派な悪のくのいちになれるように今日も頑張りますよぉ!」


【制作後記】
 つい先日実装された朧軍団の一人、シキミのお話だ。
 プロフィールに書かれていた設定がやたらと面白かったので、朧の部下になるまでの物語を勢いで作ってみた。もちろん非公式である。
 私はこの子のエロシーンは担当しておらず、カヲルとアスタロトの過去イベント『炎鎖の交』にも出て来ないので、ユニットのプロフィール、フレーバーセリフ、エロシーンだけを頼りに、勝手に色々膨らませて書いている。
 いずれ公式に過去が明かされて、全くの出鱈目だったと判明するかもしれないが、よくあることなので、軽い気持ちで読んでもらいたい。

対魔忍RPG ショートトーク 『彼女たちのバレンタイン』おまけ

●井河アサギ
「……はあ、これどうしようかしら。そもそもなんでこんなもの買っちゃったのかしら」
「失礼しまーす。紫先生と一緒に新しい訓練の計画を―――うわっ、お姉ちゃん!? いま何隠したの? まさかまさかバレンタインのチョコ!?」
「!!」
「アサギ様!! 誰ですか!? 誰にそのチョコを渡すつもりなのですか!!」
「バレンタインもう終わってるけどね。ということは、お姉ちゃん誰かにチョコ渡そうとして、勇気が出なくて渡せなかったんだ。く~~~そんな恋に恋する乙女みたいな可愛いことをお姉ちゃんが!」
「そんな……アサギ様が、アサギ様ともあろうお方がそんな……」
「ち、違うのよこれは―――ええと、ちょっとした貰い物で……あっ!」
「はい、影遁の術~~! やっぱりバレンタインのチョコでした。それもすごい高級そうな奴。お姉ちゃんの嘘つき。さてさてアサギ先生はこれを誰に渡すつもりだったのかなあ?」
「アサギ様、仰ってください。誰なのですかその男は!! まさか生徒なのですか!? アサギ様あっ!!」
「ちょ、ちょっと紫、落ち着いて……」
「落ち着いてなどいられません!」
「どうどうムッちゃん。顔も声もヤバいことになってるから」
「だがさくら、お前は気にならないのか! アサギ様がここの生徒に、年下の男に恋い焦がれるなどそんなことが、そんなことがっ……うぐううっ!」
「そんな全力で歯を食いしばって不死覚醒を発動させるほどのことじゃないって。教師と生徒だろうがそういう気持ちになっちゃうことはあるだろうし、私なんか男子に、女子もだけど、ラブ的な視線をしょっちゅう送られてるよ」
「それはお前が甘く見られているからだ。大体それで誰かにチョコを渡したことはあるのか?」
「なはは、それはないけど。そこはやっぱり私は先生だって意識があるし、もし渡すとしたら学校の外でかなあ」
「お前にしてはまともな意見だ」
「ありがと。なのにムッちゃん、あのお姉ちゃんが学校で誰かにチョコを渡そうとしてたんだよ。五車学園始まって以来の大事件だよ」
「ぐむううう~~~~~」
「そんな二人で勝手に盛り上がらないで。別に学校で渡そうと思って持ってきたわけじゃないわ。なんとなく買ってしまったけれど、やっぱりまずいかしらって思ってるうちに鞄にいれてたのよ」
「まあ、そんなとこだろうね。で、誰?」
「誰なのですか、アサギ様!」
「………………」
「お姉ちゃんだんまりだ。あんまり隠すと私も本気だって思っちゃうよ。多分、ふうま君でしょ?」
「なっ? どうして?」
「ん~~~~なんとなく、ふうま君、お姉ちゃんが独立遊撃隊の隊長になんか抜擢したせいで、明らかに本人の力量以上に頑張ってるし、ご褒美にこっそりチョコくらいあげてもいいかなって」
「そう思う?」
「うん思うよ。あと前にムッちゃんが大ショックを受けたテーマパーク結婚式事件のパートナーだったし、にひひ」
「そうだ……あの時もアサギ様の相手はふうま小太郎だった。やはりそうなのか、あの時から、いやもっと以前から二人はそんな関係に……ううううう」
さくらやめて。紫がまた三日は立ち直れなくなるでしょ。違うのよ紫。あの時もそうだし、このチョコもそんな深い意味はないのよ」
「バレンタインで盛り上がってるからなんとなく買っちゃったんだよね。あるある。そういうこと」
「そうなの。ホントにそれだけよ。それだけ」
「はい、信じます。アサギ様……私はアサギ様を信じます……ううう」
「そんな泣くほど……」
「そのチョコどうするの? もうバレンタイン終わっちゃったけど?」
「どうするって今さら渡せないでしょ? 逆に不自然よ」
「高いチョコがもったいないよ。ふうま君、この前ヨミハラで、お姉ちゃんのクローンとなんかやってたみたいだから、その報告を聞くついでにお茶菓子として出したら?」
「生徒からの報告を聞くのにお茶菓子?」
「そこはそれ、誰かからの貰い物とか言ってさ。『一日遅れたけどバレンタインで』って言いたきゃ言ってもいいけど」
「言わないわよ。言うわけないでしょ。……そうね。そうしようかしら」
「オッケー、ムッちゃん、そんなとこで打ちひしがれてないでほら行くよ」
「さくら、それでいいのか? それで本当にいいのか?」
「いいんじゃない? ふうま君って年上好きみたいだし、わりとお姉ちゃんとお似合いだと思うんだけどね。私とだってそうだけど、お姉ちゃんほど脈はないかもなあ」
「ちょっとさくら……」
「そんなこと言うな!」
「はいはい。じゃ、アサギ先生、失礼しましたーー」
「なんだかさくらに乗せられてる気がするけど、まあいいわ。ずっと持っててもしょうがないし。―――こちら校長室。校内放送でふうま小太郎をここに呼び出してくれ」

【制作後記】
非公式トークのおまけです。バレンタインから一日過ぎて、そういえばもう一人いたなあと思い出して勢いで書いてみました。

対魔忍RPG ショートトーク 『彼女たちのバレンタイン』


●井河さくら(若)
「ふああ~~~。ふうま君、おはよ~~~」
「おはよう、今日は早いな」
「なんか変な時間に目が覚めてゲームしてたら朝になっちゃった。はいこれ」
「なんだ?」
「チョコだよチョコ。今日なんの日か忘れてない? ザ・恋する乙女が切ない想いを伝える日~~♪ なんちて」
「……ああ、バレンタインか。くれるの初めてだな。どういう心境の変化だ」
「むっふっふ♪ 実はふうま君への気持ちがじゃじゃーん! 突然ライクからラブに変わった――とかじゃないんだ。にひひ♪」
「じゃあなんなんだよ?」
「んーーーなんとなく。そういえば今まであげてなかったなーってふと思っただけ。コンビニで買ってきただけで、全然手作りとかじゃないし、ふうまくん今年はまた沢山もらえるだろうけど、これもそれに加えといてって、まあそんな感じ」
「加えるもなにも今年はこれが初めてだ。ありがとうな」
「どういたしまして。ふぁあ~~、やっぱりもうちょっと寝よかな。んじゃ、おやすみー」


●出雲鶴
「ご主人様、おはようござ――ぬあっ!? その手に持っているのはもしやバレンタインのチョコ? こんな朝早くからそのような真似をするとは一体何者!?」
「そこでさくらからもらった。今年はなんかくれる気になったらしい」
「さくらさんが!? そうですか……さくらさんが……」
「どうした?」
「いえ……ご主人様の専属メイドとして、最初にバレンタインのチョコをお渡しすることができず申し訳ございません。どうぞこちらをお受け取り下さいませ。私からの溢れる気持ちにございます」
「おお、二つもか」
「こちらはトリュフチョコです。生クリームを使っておりますのでお早めにお召し上がりください。こちらはご主人様のお好きなオランジェットです。小分けにして真空パックしていますのでこのままでも一ヶ月、冷凍して頂ければもっと長く保つと思います。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」
「ありがとう。そういえばライブラリーにも渡したりするのか?」
「ち、父上にですか? 用意はしております。亡き母には及びませんが、父上はボンボンショコラが好きとのことですので……」
「喜んでくれると良いな」
「はい、私もそう願っております」


●相州蛇子
「おはよう。ふうまちゃん。今年は学校がある日のバレンタインで良かったね。また結構もらえるかもって期待してるんじゃない?」
「まあ、ちょっとだけな」
「やっぱり。もらえるといいね。蛇子はそういうのとは関係なく今年もちゃ~んとふうまちゃんにあげるけどね。はい、ハッピーバレンタイン♪」
「ありがとう。毎年感謝してる。蛇子様々だな」
「どういたしまして。今年のはちゃんとタコ墨入りだよ」
「お、おう……そうか」
「もーー、そんな顔しなくても大丈夫だよ。前にふうまちゃんから美味しい墨入りクッキーお返しにもらったでしょ? だから蛇子もタコ墨を入れても、ううんタコ墨を入れたからこそ美味しくなるように工夫を凝らしてみたんだ。期待してて」
「タコ墨を入れないって方向性はないのか? 前にそういうのもくれただろう?」
「だってそれだとただ美味しいだけで、食べた瞬間にこれ蛇子のだって分かんないでしょ? やっぱりそれはつまんないなあって。今回は美味しいから大丈夫だよ。タコ墨だけじゃなく蛇子の気持ちもい~~っぱいこもってるし」
「分かった。本気で味に期待するぞ」
「うんっ、あとで感想聞かせてね」


●水城ゆきかぜ
「はい、バレンタインのチョコ。お返しよろしくね。今年も期待してるから」
「いきなりお返しの催促からか。まあ頑張ってみるよ。ありがとう。しかし箱がデカいな。それに重いぞ。これケーキか?」
「ブラウニー。ちょっと作ってみたんだ。二種類入ってるから。チョコだけのオーソドックスな方はまあ普通のブラウニーで、ドライフルーツ入りのは自信作。ずっしり濃厚甘々って感じだから、濃いコーヒーとかと一緒に食べるといいかも。すぐに食べきれないようなら冷凍して。一ヶ月くらいもつから」
「分かった。しかしゆきかぜもケーキなんか作るんだな」
「なにその私はケーキなんか作りそうにないのにこれはおかしいぞってすごいイラッとする顔は?」
「悪く取り過ぎだ。前にお菓子作りはチマチマ計量しないといけないから面倒とか言ってたろ?」
「言ったっけ? そうだけど最近クリアがお菓子作り始めてて、それで私が横でなんにもできないってイヤじゃない? だからちょっとね」
「お姉さんとしては辛いところだな」
「そうなのよねー。クリアはカラスとチョコクッキー作ってた。後で別に渡すって。ちゃんともらってあげてね」


●マヤ・コーデリア
「あの……フーマ、私もバレンタインのチョコというのを用意してみました。私の世界にはそういう風習はないのですが、寮でみんながすごく盛り上がってましたし、フーマはきっと私からのチョコを期待してると言われたので……そうでしたか?」
「まあ期待というか、マヤ様からもらえたら嬉しいなとは思ってました。もらえるんですか。ありがとうございます」
「よかった。郷に入れば郷に従えと言いますものね。チョコに気持ちを託すというのはとても素敵ですし。……あ、でも勘違いしないでください。これを渡したからと言ってあなたが好きだとかそういうわけではありませんから。いえ、あなたが嫌いというわけではなく、好きか嫌いかで言ったら……それはその好きですが、男女の恋愛的な意味ではなく、つまりなんというか、いつも私に色々尽くしてくれているあなたへの感謝、そう感謝の気持ちを込めてのチョコです。そこは勘違いしないように。いいですね」
「もちろん分かってます」
「よろしい。こっちでいつの間にかあなたと恋仲になってたりしたら、姫姉さまになんて言われるかわかりませんもの」
「え? そういう心配をするってことは可能性はあるってことですか?」
「か、可能性の問題ではありません。主と従者とはある意味、恋人以上、夫婦以上に親密な関係になるのですから、私たちもお互いに節度を守りましょうとそういうことです。あなたいつも一言多いです。もう。黙って受け取りなさい」


●篠原まり
「……ふ、ふうま君、ちょっといいかな?」
「おっ、まりか? もしかしてバレンタインのチョコか?」
「うわっ、すごい勢いで来た。……う、うん。また私たち三人も用意してみたんだ。よかったら受け取ってくれるかな?」
「もちろんありがたく受け取るが、私たち三人って?」
「ふぇっ? あっ、舞ちゃんも卯奈ちゃんもいない!? なんで!? あーーーあんなとこに隠れてる! なんでえ??」
「やっぱり一人ずつ渡そうってことなんじゃないのか? どちらかといえば俺もそっちの方が嬉しいしな」
「え? そう? 一人ずつの方がいい?」
「なんかバレンタインって感じがするだろ。今にも告白しそうな感じで」
「ふぇええ? ここ告白? わ、私、今ここでふうま君に告白とか無理無理無理。いきなりそんなことできないよ~~」
「いや、告白しろとかではなくてだな。そういう雰囲気があっていいなという話だ」
「あ、ふいんきふいんきね。そうだね。そういうのはいいよね。じゃ、じゃあ……はい、ふうま君! 私からのえとえと……き、気持ちですっ!」
「ありがとう」
「私も受け取ってくれてありがと! それじゃねっ! も~~~~、舞ちゃん、卯奈ちゃん、いきなりいなくなるなんてひどいよーーーー!!」


●七瀬舞 & 望月卯奈
「ふうまさん、お待たせしました。私からのほんの気持ちです」
「ふうま君、私からもこれ気持ち。いつも色々ありがとねっ!」
「二人ともありがとう。なんかまりが向こうで怒ってるがいいのか?」
「いいんです。そんなことより、まりちゃん先輩、ふうまさんにチョコを渡すときになにか言いましたか?」
「うんうん、それ私も聞きたい。まりちゃんふうま君になんて言ったの? なんてなんて?」
「いや、普通に私からの気持ちって」
「あちゃ~~~~~」
「まりちゃん先輩、相変わらずですね」
「でもでも、まりちゃんにしてはすごく頑張ってた。それ伝わってきた。その『私からの気持ち』にきっとすごい気持ちがこもってたと思うな。だよね、ふうま君?」
「う、うん? そうなのか?」
「こっちもだ~~~」
「こういう人ですから」
「しょうがないか。……あ、そうだ、ふうま君、私があげたチョコ餅、あんまり日持ちしないんだって。できれば今日中に食べて。ごめんね」
「分かった。チョコ餅とは卯奈らしいな」
「でしょ? すっごく美味しいよ」
「私のはカカオ100%のダークチョコレートです。買ってきたものですから日持ちします」
「そりゃまた苦そうだな」
「と思うでしょうが、これは甘くてなめらかです。きっと気にいると思います」
「舞ちゃん、本屋に行く回数も減らして、色んなお店でチョコ探してたもんね」
「そ、それはせっかくあげるのですから美味しい方がいいですし。では、失礼します。お返しはまた京千代紙でお願いします」
「舞ちゃん、お返しのリクエストするんだ。すごいね。じゃあ私はお餅を使ったお菓子がいいな。ふうま君、よろしくねっ!」


●神村舞華
「よう、ふうま。ここにいたのか。なんか色んな奴からチョコもらってるみてえじゃねえか。お前もなかなかやるな。俺も持ってきたぜ。お前には筆頭の件やらなにやらですげえ世話になったからな。今年はちょいと気合入れたぜ」
「気合って自分の炎で料理するとかしたのか?」
「しねえよそんなこと。普通に東京の銀座に行ってチョコの専門店で買ってきたんだよ」
「そういう話か。銀座のチョコの専門店とか高かったんじゃないのか。悪いな」
「いいってことよ。俺も一度行ってみたかったからよ。ものすげえゴージャスな店で俺としたことがちょっと中に入るのに躊躇っちまったよ」
「そんなにか。舞華もそういう店にはやっぱり可愛い格好で行くのか?」
「うるせえな。俺だって場所柄くらいは考えるよ。……ちっ、可愛いとか余計なことを。鉄志の兄貴に言われたこと思い出しちまったじゃねえか」
「鉄志さんがどうかしたのか?」
「いいからちょっと黙ってろ。今から渡すからよ。すーーはーーすーーはーーー、『ふうま君、これ私の気持ち、受け取って♪』」
「熱でもあるのか?」
「ねえよ! バレンタインのチョコ渡すときくらい普通の女の子みてえにしたらどうだって言われたんだよ。こんなの全然俺らしくねえよ。いいからもらっとけ!」


●磯咲伊紀
「ふ、ふうま君っっ!! ちょっといいかしら?」
「磯咲か。なんだ? もしかして今年もバレンタインのチョコか?」
「え、ええ、そうなの。またふうま君にもらってもらおうかと思って。私もみんなみたいにバレンタインの気分を味わってみたいし、でも別にそんなに好きじゃない人に渡して勘違いされたらイヤだし……あ、違うの。ふうま君のことが別にそんなに好きじゃないとかじゃ全然なくて、ふうま君はそういう私の気持ちを汲んで普通に受け取ってくれるから、つい甘えちゃって。ごめんなさいね。私の勝手にいつも付き合ってもらって」
「いやいや、チョコをくれるだけで嬉しいよ。いつも立派なのをありがとう」
「う、ううん、私ちょっと加減が分からないところがあるから、いつも張り切り過ぎちゃって、今回もこんなになってしまったわ。大げさすぎたらごめんなさい。はい、ふうま君、受け取ってください」
「ありがとう。お返しはちゃんとするから」
「い、いいのよ。私が勝手にあげてるだけなんだから。そんなに気を遣わないで。でもありがとう。ふうま君。それじゃ」
(今年もちゃんと渡せたわ。言葉は普通だったけど、表情と仕草で私の溢れる想いを精一杯込めることができたわ。彼に群がる有象無象のメスブタたちとは絶対に違うはずよ。そうに決まってるわ)


●速水心寧
(わあ、磯咲さんもふうま君にチョコあげるんだ。いつも渡してたみたい。すごいなあ。全然気づかなかった。ふうま君の前ではあんな顔するんだ磯咲さん。私も頑張らなきゃ。去年は家のそばまで行ったのに勇気がでなくて帰っちゃったし。今年はみんな渡してるから逆に目立たなくていいよね)
「ふうま君、いつもありがとう。これ私の気落ちです。受けとってください。――うん、いけるいける」
「……あ、あの……ふ、ふうま君? ちょっといいですか?」
「おお、心寧か、どうした?」
「え……あのその……きょ、今日はバレンタインだから……私も……ふうま君にあげようかなって……」
「え? くれるのか?」
「は、はい……イヤじゃなければですけど。受けとってもらえますか?」
「イヤなんてとんでもない。もちろん受け取るよ」
「ああよかった。じゃあこれ。ふうま君。いつもありがとう。私の気持ちです。受け取ってください」
「うん。ありがとう」
「ど、どういたしまして。そ、それじゃあ、ふうま君。またね」
(やった。私ちゃんと渡せた。ふうま君も受け取ってくれた。すごく意外そうな顔してたけど、全然そういう対象じゃないのかな私? ううん、そこは気にしない気にしない。これが最初の一歩なんだから。磯咲さんを見習ってもっと頑張らなきゃ)


●鬼崎きらら & 死々村孤路
「なんか知らないけど、アイツ次から次へとチョコもらってるわね。意外とモテるんじゃないの。拍子抜けしちゃった。これどうしようかな」
「(きらら、こんなとこで何してるの?)」
「うわっ!? 幽霊みたいにいきなり背後に現れないでよ。べ、別になにもしてないわよ」
「(今さっと隠したのはふうま君にあげるチョコ?)」
「なんだっていいでしょ。っていうかなんであげる相手がふうまなのよ?」
「(他にいるの? それは知らなかった。意外。誰?)」
「他にって、そりゃいないけど、これはふうまにあげようかなって持ってきたけど……コロこそこんなとこに何しに来たのよ?」
「(私? ふうま君にチョコをあげにきた)」
「えっ? あげるの?」
「(何度かあげてる。ふうま君すごく喜んでくれるし、私も普通にあげたいから)」
「そうなんだ。まさか本命? 違うわよね? 義理でしょ?」
「(ふふ、本命だったらどうする?)」
「べ、別にどうもしやしないけど、すごいビックリするわよ。コロがふうまになんて想像もしてないし」
「(そうなんだ。じゃあもっと驚かせようかな。実はね、私とふうま君、かなり前から付き合ってるの。みんなには内緒だけど)」
「うそ……」
「(くすくす、冗談。だったら面白いかもって今思っただけ。驚いた?)」
「ちょっとあんたねえ!!」
「あれ? きらら先輩にコロ先輩!?」
「ふうまっ!?」
「(あーあ、見つかっちゃった。そのチョコどうするの?)
「渡すわよ。これで持って帰ったら馬鹿みたいでしょ。ふうま、はいこれ、バレンタインのチョコ!」
「え? ありがとうごさいます。きらら先輩からチョコもらえるなんて嬉しいです」
「言っとくけど義理よ。あとクリスマスの時とか色々話聞いてくれたからそのお礼!」
「(クリスマスの時の話ってなに?)」
「な、なんだっていいでしょ!」
「コロ先輩、すいません。それは俺ときらら先輩の秘密なんです」
「ちょ、ちょっと。そんな秘密とか言わなくていいって」
「(ふふ、そうなんだ。二人だけの秘密。すごくいいと思う。じゃあ私からもこれ。きららほどインパクトはないけど)」
「そんなことありません。ありがとうございます。コロ先輩」
「(それと放課後、図書室に行ってあげてね)」
「ああ、わかりました」
「なんで図書室?」
「(それは私とふうま君ともう一人の秘密)」


●天宮紫水
「お館くん、待ってたよ」
「これはチョコを期待してもいいのかな?」
「もちろん。今日わざわざ呼び出しておいて違う用事だったら、お館くんガッカリでしょ?」
「そりゃなあ」
「じゃあこれ。ハッピー・バレンタイン♪ 手作りとかじゃなくてゴメンね。これもコロに買ってきてって頼んだものだし。でもどんなチョコにするかは自分で選んだよ」
「ありがとう。前もって言ってくれれば実体化するのを手伝ったのに」
「んーーーー。でもそしたらお館くん、私がどこになにしに行くか気になるでしょ? 一緒に買いに行くのも変だし。前は偶然そうなったけど」
「そうだったな」
「でも、お館くんちょっと変わったね」
「なにが?」
「今日のこの姿。バレンタインなのにエッチな格好じゃない。今日はお館くんにどんな格好させられるかドキドキしてたのに」
「あのな。今までだってああいう格好にさせたかったわけじゃない。たまたまフッと頭に浮かんだだけだ」
「うふふ、そういうことにしておいてあげる。いつかお館くんの力を借りずに実体化できるようになったら、お館くんの溢れるエッチな妄想――じゃなかった、たまたまフッと頭に浮かぶのに頼らずに、私が自分でそういう格好してあげる」


●覚醒リリム
「おーやびーん、学校お疲れさまーー。どうだった? チョコいっぱいもらえた?」
「まあ、結構もらえたよ」
「やるじゃん。最近のおやびんモテモテだね。ではいよいよ、おやびんガチラブ勢第一位のリリムちゃんがおやびんのために準備したとっておきのチョコを――」
「『私を食べて』とかいうのはいらんぞ」
「えーーーーー? そっちの方がよかった? しまったーー。私、普通にチョコ持って来ちゃったよ。ごめんねおやびん、今すぐ裸リボンになって、おやびんに食べられるからね。脱ぎ脱ぎ~~」
「しなくていいと言ってるんだ。やめんか」
「あっ、そうだった。ざーんねん。じゃこれ。私が普通に手作りしたチョコ。おやびん、受け取って」
「ありがとう。へえ、手作りか」
「みんながやってたみたいに、売ってたチョコ溶かして固めただけだけどね。でもでも聞いて聞いておやびん。私ね、それやってるとき、すっごいドキドキしちゃった。みんながバレンタインで盛り上がるのなんか分かった。もしかしたら淫魔でこんな気持ちを味わったのは私が最初かもしんない」
「そりゃまあ、淫魔は簡単に相手を誘惑できるからなあ」
「そうなのそうなの。だからおやびんありがとね。私をこんな気持ちにさせてくれて。てへへっ」


●クリア・ローベル & カラス
「ふうま、はーぴーばれんたいん。はい、わたしたちのチョコ、今年もあげる」
「……♪ ……♪」
「ありがとう。今年は二人でチョコクッキー作ったそうだな。ゆきかぜに聞いたぞ。頑張ったな」
「頑張った。ね、カラスちゃん?」
「……! ……!」
「最近、お菓子作りを始めたんだって?」
「うん。ゆきかぜが今年はふうまにブラウニーつくるって。だからわたしとカラスちゃんも」
「ん? 先にお菓子作り始めたのはゆきかぜなのか?」
「そう、なんで?」
「いや、それならそれでいいんだ」
「……? ……?」
「ふうま、今ここでたべてみて」
「いいのか?」
「うん」
「じゃあ遠慮なく。綺麗にラッピングされてるな。これも大変だったろう。いただきます。……うん、美味い。すごく上手にできてるぞ」
「いっぱい練習した。何回もつくった」
「………! ……!」」
「二人ともありがとうな。……ん? 中になんか入ってる」
「それ、ふぉーちゅんくっきー。カラスちゃんのアイデア
「おお、すごいなカラス」
「……♪ ……♪」
「なんのマーク? ハートが大あたり。星がちょっとあたり。○がふつう。×がハズレ」
「ハズレはいらなくないか?」
「ゆきかぜがそういうのはハズレも入れないとダメだって」
「全くあいつは。こういうのに限って……ほら、ハズレだ」
「いきなりそれ。びっくり」
「~~~~」
「なあ?」
「じゃあ、これで埋め合わせ。カラスちゃんと一緒に……ほっぺにちゅ♪」
「……♪」


●甲河アスカ
「ふうま、遅いじゃない。なにやってたのよ」
「なにって学校行ってたんだが。今日うちに来るなんて言ってたか?」
「言ってないけど、今日はバレンタインデーよ。私、去年は直にチョコ持ってきてあげたんだから、言わなくたって今年も私が来るかなとか思わない?」
「また無茶なことを。頼むから前もって教えてくれよ。ちゃんと待ってるから。いつかの義理チョコの時といい、なんでいつも言葉足らずなんだ」
「うるさいわね。私も昨日までずっと潜入任務だったし、今朝急に『あ、今日バレンタインだ』って思い出したんだもの」
「あのなあ」
「もういいって。せっかくのオフなのにこんなとこまで来てずっと待ってて悔しかったから、ちょっと文句言ってみただけ。はい、バレンタインの義理チョコ」
「ありがとう。この紙袋は前にもくれたすごい美味くてすごい高いチョコだな。フランス製とかいう」
「あ、覚えてた? そう、私の一番好きな店。せっかくあげるんだもの。たとえ義理でも一番いいものを食べてもらいたいじゃない?」
「そうか、ありがたく頂くよ」
「って言いつつ、お返しになにあげたらいいかプレッシャーがすごいって顔してる。別にそんな頑張らなくてもいいって。ふうまの懐事情はよーく分かってるし。それに去年くれた箱にリスの絵が描いてるクッキー。あれ可愛くてすごくよかった。今も小物入れに使ってる。ああいう気の利いたのがいいな。また私のために色々考えてね。期待してるからっ」


●ドロレス
「わ、私、ドロレス。ふうま、バ、バレンタインのチョコ、ちゃ、ちゃんと届いた?」
「ああ、届いたよ。ありがとう。今ちょうど電話入れようとしてたところだ」
「そ、そうなんだ。今ちょうど? ぐ、偶然通じ合う二人のハートみたいな? ウェヒヒ♪ ほ、ほんとはね、そっちに直接持っていこうと思ったんだけど、さすがにそれはヤバげな気がしたし、ド、ドローンで運ぶことも考えたんだけど、なんか五車町に入る前に撃墜されそうだったし、普通に宅配で。と、届いてよかった」
「ああ、さすがにドローンは撃墜されてたな」
「やっぱり? あ、あのね、私、人間界で暮らすようになってわりと長いけど、バ、バレンタインのチョコって、は、初めてあげた。ノマドの他の子たちはい、いつも盛り上がってたけど、私そんな相手いなかったし、バ、バレンタインって非モテお断りの凶悪イベントじゃん。だ、だから今回、チョコあげれてすごく嬉しい。ふうまが私の初めての人。ウェヒヒ♪」
「そりゃ光栄だな。ホワイトデーのお返しはちゃんとするよ」
「うえっ!? お、お返し? くれるの!? 私に? マジで? す、すごい嬉しい! またこっち来るの?」
「できれば直に渡したいが、俺がノマドに行くのは無理だよなあ。かといって家に行くのも」
「お、お姉ちゃんに見つかったらヤバすぎ。じゃ、じゃあ待ち合わせしてど、どっかで二人で会わない? ね? ね? 約束しよっ!」


●心願寺紅
(小太郎、どうして何も連絡してこないんだ? チョコが届いてないのか? 受け取り完了のメールは来たのに。私にはありがとうを言う必要もないということか? いや、小太郎はそんな男ではない。また任務とかアルバイトだろうか? いつも頑張ってるからな。でもそうするといつ返事がくるか分からないな。いっそ私から小太郎に電話して……ダメだ。『チョコを受け取ったか?』なんてことはとても聞けない)
「紅様、今日はバレンタインデーですね」
「それがどうした?」
「さっきからソワソワしてらっしゃいますが、若様からのお返事をお待ちですか?」
「別に待ってはいない」
「嘘を仰ってはいけませんわ。『ちゃんとチョコを受け取ったんだろうか? なんで何も言ってこないんだろうか?』 さっきからお気持ちがダダ漏れですわ」
「紅様! ついに若様にチョコをお渡しになったんですね! それは一歩前進ですね!」
「一歩どころか十歩も二十歩も前進よ。できれば直接お渡しになって欲しかったけど。メッセージはお付けになったんですか?」
「メッセージ?」
「若様への溢れる想いを刻んだメッセージですわ。例えばそうですね。『瀬を早み岩にせかるる滝川の……』」
「それは崇徳院の歌じゃないか!」
「あやめ様、どういう意味です?」
「『瀬が早くて岩に遮られる滝川のように』といった意味よ」
「よく分かりません」
「その後に若様がこう続けるの。『われても末にあはむとぞ思ふ』 今は二人別れているけれどきっとまた会おう。再会を誓う恋人の歌ね」
「うわあ! ロマンチックですね!! 紅様! そんな素敵なメッセージを!」
「付けるわけがない。普通にハッピーバレンタインだ」
「あらあら」
「なんだ残念です」
「なにを二人で勝手に盛り上がってるんだ」
プルルルル♪
「っ!? わ、私だ。チョコは? そうか。受け取ってくれたか。うん。よかった。いや、礼には及ばないぞ。ただの気持ちだ。え? いま話? も、もちろんOKだ。久しぶりに少し話そう。今日はバレンタインだからなっ」

 

 

【制作後記】

対魔忍RPGの物語開始時点ではバレンタインに縁などなかったふうま君だが、サザエさん時空で何回もそれを経験した結果、今では結構な数のチョコレートをもらえるようになっている。
昨2022年、私が担当したバレンタインイベント『From Your Valentine』では、“たまたま”学校が休みの日だったので、その前年のバレンタインイベント『チョコとキラー』ほどチョコをもらえなくて残念ということになっている。
しかし、実はたまたまでもなんでもなく、メインストーリーが過去のバレンタインに甲河の里で起こった出来事なので、その生き残りのアスカから直にチョコをもらったのをきっかけにして回想シーンに移りたかったというシナリオ上の理由である。ふうま君には悪いことをした。
さて、現在実施中のイベント『サイボーグ探偵とバレンタイン』もヨミハラでの事件ということもあって、ふうま君が五車の女の子たちからチョコを受け取るような場面はない。
2年連続でこれでは可哀想なので、せっかくだから一人一人書いてみることにした。きりのいいところで20人。例によって非公式である。
ご覧になったとおり、セリフだけの応酬で二言三言喋っているだけだが、それが20人ともなるとそこそこの量になった。それぞれの反応の違いを楽しんでもらえれば嬉しい。

対魔忍RPGショートストーリー『深月と六穂の“いつもの”』

「あっ、おかえりなさい」
 星乃深月がバスルームから出ると、ちょうど玄関の扉が開いて柳六穂が帰ってきたところだった。
「ただいま」
 対魔忍スーツの六穂は手に提げていたビニール袋をバスタオル一枚の深月に差し出した。
「はいお土産」
「なに?」
「魔界で取れる桃だって。桃好きだろ」
「わっ、嬉しいな。ありがとう。じゃ冷やしとくね。後で食べよ。任務は?」
「終わった」
 深月の問いに六穂はいつも通りぶっきらぼうに答える。
「お疲れ様。すぐご飯の準備するね。お風呂入ってきなよ」
「うん、今日なに?」
「素麺でいい? アサギ先生から凄くいいのもらっちゃった。あとは豚の冷しゃぶとかかな」
「なら、前にやったあったかい汁で食べる奴がいい。あれ好き」
「豚とか茄子とか入れた奴?」
「それ」
「オッケー」
 深月は頷き、裸足でぺたぺたとリビングに行き、お土産の桃を冷蔵庫にしまってから、服を着るために自室に向かった。
 深月にお土産を渡して手ぶらになった六穂は入れ替わるようにバスルームに入っていった。

 二人がこの2LDKのマンションでルームシェアするようになってから半年ほどが経つ。
 五車学園ではクラスメートだった深月と六穂だが、その頃から今のように親しかったわけではない。むしろ互いの接点は少なかった。
 まず深月は生まれつきの対魔忍ではない。外部でスカウトされて五車町にやってきた。
 それが真面目さと日々の努力、人当たりの良さで、卒業年次にはクラス委員長を務めるほどになった優等生だ。
 一方、六穂は五車の名門毒使いの出身だ。
 幼少時より恐るべき才能の持ち主として知られていたが、血液が毒化しているという、同じ対魔忍からも忌避されがちな体質と、なにより本人が他人と接しようとしない、リア充死ね的な性格であったため、クラスでも孤立していることが多かった。
 深月はそんな六穂とも友達になろうとしていたが、彼女のそういう前向きさは六穂には煩わしかったようであり、戦闘訓練でペアを組んでもうまくはいかなかった。
 そんな二人の関係が変わったのは卒業後、とある任務でチームを組んでからのことだ、
 一人前の対魔忍として再会した深月と六穂は学生時代のぎこちなさが嘘のように馬が合い、見事任務を成功させた。
 その時に同行した恩師、上原燐の勧めもあって、二人はその後もコンビを組むことが多くなり、風と毒という忍法の相性の良さ、なにより互いに信じ合わなければ生きていけない実戦を通して、プライベートでも親密になっていった。
 ルームシェアしないかと誘ったのは深月の方からだ。
 学生の頃は五車学園の学生寮に、卒業後は独身寮に住んでいた深月がずっと実家暮らしだった六穂に声をかけたのである。
 いきなりの誘いに六穂は驚いていたが、「深月とならいいかな」と意外にもすんなり受け入れてくれた。
 無論、実際に一緒に暮らすようになってからは、食べ物の好みから始まって、生活の上での様々なこだわり、絶対に譲れない部分など、大小数えきれないほどの衝突があり、何度かは新しい友情が崩壊しかねないほどの大喧嘩になったのだが、最近ようやくお互いのペースが分かってきたところだった。

「さてと」
 Tシャツにショートパンツというラフな格好になった深月はエプロンをつけて台所に立った。
 まずは六穂がリクエストした素麺のあったかい漬け汁作りだ。
 たっぷりの生姜を微塵切りにして、胡麻油で炒めて、冷しゃぶにするつもりだった豚肉を加える。焼き色がついたら、茄子、しめじ、玉ねぎ、それから冷蔵庫に残っていた大根、人参、牛蒡なんかも適当に放り込む。だいたい火が通ったら、ザーッと水を入れて、お湯が沸いたら麺つゆで味付けする。そこで軽く味見。
「うん、美味しい」
 具沢山のあったかい漬け汁これで完成。
 深月は冷蔵庫を覗き込む。
「これ豆腐もう使っちゃわないとな」
 少し考えて、好物の納豆に刻んだキムチを混ぜて、二人分に分けた冷奴の上に載せた。二品目終わり。
「もう一品くらい欲しいよね」
「なんかやることある?」
 お風呂から上がってきた六穂が声をかけてきた。
 上下のラフなスウェット。もうノーブラなのは深月と同じだ。化粧もすっかり落としてすっぴんで、ロングヘアも洗いざらしをふわっと整えただけ。
 こうすると普段の毒使いらしい印象が薄れて、優しい雰囲気になる。
 うちでしか見ることのできないそんな六穂の姿を深月は気に入っている。
 ちなみに深月はうちとそとであまり印象が違わない。と自分では思っている。六穂はそんなことないと言うけれど。
「もう汁できてる」
 六穂はリクエストした漬け汁を見つけて、さっそく味見している。しかもいきなり肉だ。
「つまみ食いしないの。あとなんか欲しいものある? 冷蔵庫にヒジキの煮物とかトマトのマリネとかまだ残ってるけど」
 休みの日に作り置きしていた常備菜だ。二つともタッパーに入っている。
「あるなら食べる。あとピーマンとしらすの炒めたのとか欲しいな。ボクやるよ」
「じゃお願い。私、素麺茹でるね。二束でいい?」
「いいよ。なにそれ。すごい高そう」
 桐箱に入っている素麺を見て六穂が驚いている。いつもスーパーで買っているのとは大違いだ。
揖保乃糸の最高級品だって。私も楽しみ」
「ピーマン全部使っていい?」
「いいよ」
 六穂はピーマンをザクザク刻んでいる。そしてヘタも種もワタもおかまいなしに炒め始めた。わりと大雑把だ。
 その横で深月は鍋にたっぷり沸かしたお湯に素麺を放り込んで軽くほぐし、すぐに火を止めた。
「ぐつぐつ茹でないの?」
 菜箸でフライパンの中身を弄りながら不思議そうな顔をする六穂に深月は言った。
「うん。これで蓋して五分置いとくだけ。それでいいんだって。粘りがでるから絶対にゆがかない。こないだいつもの素麺で試してみたけど、つるんとして美味しかったよ」
「暑くなくていいね」
「そこすごく大事」
 深月は頷いて、素麺を冷やすための氷水の準備を始める。
 そうこうするうちに、六穂はピーマンにしらすを加えてまた炒め、酒と醤油でジューッと適当に味付けして料理を終えた。それをお皿に移しながら、
「他のも出しとく」
「ありがとう」
 深月は五分たって茹で上がった素麺を冷水に入れ、優しくしっかりぬめりをとる。それが美味しさの秘訣。
 終わったら素麺を二人分のお皿に食べやすいように指でくるっくるっと一口ごとに盛り分けて、はい出来上がり。
「おまたせ」
「こっちも出来た」
 リビングのテーブルには、大きめのお椀にたっぷり入れた具沢山のあったかい漬け汁、納豆キムチ冷奴、ピーマンとしらすのきんぴら、それと常備菜のヒジキの煮物とトマトのマリネが置かれている。飲み物は冷たい麦茶。では、いただきます。
「この素麺すっごい」
 いつもの素麺との違いに深月は目を丸くする。見た目からして別物だ。宝石みたいにキラキラしている。それに麺が細い。喉越しが最高でちゅるるんとあっという間に吸い込まれていく。
「美味しいね。スルスル入る」
 六穂もとても気持ちの良い音を立てて素麺を啜っている。
 キリリと冷えた素麺に熱々の漬け汁。冷たいのと熱いのが一緒につるんと口に入ってくる感じがなんとも言えない。大きめに切った豚肉とその脂をよく吸った茄子や他の野菜の味もひとしおだ。
「アサギ先生からの貰い物だっけ?」
「うんそう」
「学校の方はどうなの?」
 自分で炒めたピーマンを箸で摘みながら六穂が聞いた。
 深月は今、母校の五車学園で臨時講師として風遁の術の講義をしていた。
「んーー、なんとか上手くやれてるかなあってとこ。アサギ先生にはこのままちゃんと教師にならないかって言われたけどね」
「ふうん」
 風遁の術は元々、攻撃にも防御にも使い勝手がいい忍法だし、元優等生だけあって深月の術は基本に忠実で、かつその高い分析能力により実戦に即した応用力もある。生徒たちのいい手本になるだろう。
 と思っても、それを上手く口に出せないのが六穂だ。代わりにボソッと言った。
「やれば。深月向いてるよ、先生」
「ありがと」
 六穂らしい素っ気なさに深月は笑って、
「でも、もうちょっと二人で現場に出てたい気分かな。せっかく仲良くなったんだし」
「それならそれでいいけど」
 深月のストレートな言葉に六穂は照れ臭そうな顔をして、またつるつる素麺を啜り始めた。普段よりペースが速いのでもう自分の分がなくなりそうだ。
「もう一束茹でる?」
「食べる」
「私ももう一つくらいいけるかな」
 深月は席を立った。
 ところで、素麺というのはどれくらい食べたか分かりにくい食べ物だ。さっぱりしているからいくらでも入りそうな気がする。
 しかし調子に乗って食べていると、ある瞬間にドカンとくる。「ちょっとお腹が膨れてきたかな」という気がしたときにはもう遅い。感覚的にはそこでいきなり満腹感が襲ってくる。腹八分目とは素麺のためにあるような言葉だ。
「うう、ダメ。もう入らない。死にそう」
「食べ過ぎた」
「消化促進の毒とか薬とか作れない?」
「ないよそんなの。吐くのとかならともかく」
「今、吐くとか言うの止めて。私、危ないから」
「苦しい」
 三十分後、勢いでもう一束いって、他のおかずも全部平らげた二人は、仲良くリビングのソファでひっくり返っていた。

 時刻は夜の十二時。
 深月は自室にこもって今度の講義の準備をしていた。
 部屋は六畳間。テーブル、ベッド、タンス、ドレッサーなどはどれもシックでモノトーンなものを揃えている。
 小物や雑貨も綺麗に整頓されていて、落ち着いた雰囲気が深月の性格をよく表していた。
 一方、六穂はガーリーなインテリアを好んでいて、白とピンクを基調にした部屋に実家から運んできたアンティークを並べている。
 フリルのついたクッションやぬいぐるみもお姫様感に溢れているが、ふとキャビネットを覗くと物騒な毒薬がずらりと並んでいる。毒使いの六穂ならではだ。
「ふう」
 深月はノートパソコンのキーボードを打つ手を止めて一息ついた。もう少しでできそうだが、その前になにかちょっとお腹に入れたいところだ。さっきあんなに食べたのに。
 こんなことしてたら太っちゃうなあと思いつつ立ち上がると、ノックの音がした。
「深月、まだ起きてる?」
「うん、なに?」
「桃切ってきたけど食べる?」
「食べる食べる」
 はかったようなタイミングに嬉しくなって扉を開けると、六穂が桃の入った皿を両手に持っていた。ぷうんと甘い香りが深月の鼻をくすぐる。
「ボクも一緒にいい? 仕事の邪魔ならよすけど」
「平気。一息入れようと思ってたとこ」
「よかった」
 ローテーブルに向かい合って腰を下ろす。他に誰もいないので二人とも胡座だ。切ったばかりの桃がつやつやと光っている。
「いただきます」
 フォークを手に取ってパクリと口に含むと、とろけるような果肉とみずみずしい果汁がいっぱいに広がってくる。
 深月の口元が思わず緩み、唇から汁がぴゅっと出そうになって慌てて手で押さえた。
「うわあ、すごく美味しいねこれ」
「魔界って変な食べ物も多いけど、美味しいものは美味しいよね」
「うんうん」
 当たり前のことを二人で頷き合う。
「仕事忙しいの?」
「ちょっとね。今、地下演習場の模擬戦のプランを作ってたとこ。知らない敵とか多くて」
 深月はテーブルのノートパソコンを持ってきて六穂に見せた。
「ほんとだ。 ボクも全然知らないや」
 感染者にレイダーにハンター。どれも初めて見る敵だ。しかも生徒が戦うには厳しいだろうと思うほどの高スペックだ。 
 こんな敵を設定するやつは誰だろうと、データ作成者の名前を見てみると、
「やっぱりふうまだ」
「あはは。私もやっぱりって思った。ふうま君どこでこういう情報を仕入れてくるんだろうね」
「あいつの人脈の広さはちょっと異常だよ」
「おかしな戦闘経験とかもね。ほら神様とか」
「訳がわからないよ」
 桃を食べながら、お互い任務でわりと付き合いのある変わった後輩のことでひとしきり盛り上がる。
「じゃ、ボク先に寝るね。あんまりこん詰めないほうがいいよ。おやすみ」
「ありがとう。おやすみなさい」
 六穂は空になったお皿を持って部屋を出ていった。台所でそれを洗う音と、それから洗面台で歯を磨く音がして、すぐに静かになった。
 深月の仕事が終わったのはそれから一時間ほど後だ。もうリビングも暗くなっていた。
 音を立てないように歯磨きして、パジャマに着替えてベットに潜り込む。
 後はもう寝るだけ。
 けれど眼は冴えていた。気持ちもそわそわしている。
 今夜も予感があったのだ。きっと六穂が来るだろうと。
 果たして十分もしないうちに、ひたひたという足音がして、扉の前に立った六穂が躊躇いがちに声をかけてきた。
「あのさ、深月……」
「なあに?」
 こんな夜中に何の用か分かっていてわざと尋ねる。
 六穂の答えにはちょっと間があった。
「いつもの、して欲しい」
 深月は薄く笑った。
「おいで、六穂」
 自分でもびっくりするくらい艶っぽい声が出た。
 扉がゆっくりと開く。
 頬を上気させた六穂がそこに立っていた。

 二人の“いつもの”。
 それが始まったのはルームシェアして一月ほど経ったある夜のことだ。
 その日、六穂は一人で任務を行ってきた。
 毒使いの彼女にしばしば与えられる類の任務だ。けれど一緒に暮らすようになってからは初めてのはずだった。
 いつもは烏の行水の六穂がいつまで経ってもお風呂から出てこない。
 もしかしたら中でのぼせているのではないかと深月は心配して、バスルームの外から声をかけ、返事がないので扉を開けた。
 一緒に暮らし始めた当初は、二人ともお風呂の時は鍵をかけていだが、バスルームの中と外でなにかとやりとりすることもあり、すぐに面倒くさくなってやめていたのだ。
「な、なに?」
 六穂は驚いて深月を見た。声をかけたのも気づかなかったようだ。
 シャワーの勢いは最大。びっくりするほど肌が赤くなっている。何度も何度もスポンジを擦りつけて洗っていたようだ。
「どうしたの?」
「別に。大丈夫だよ」
 六穂は深月から目を逸らしながら言った。
「大丈夫って、こんなに赤くなってるじゃない」
 深月は自分が濡れるのもかまわずシャワーを止める。
「任務で何かあったの?」
「いつもと同じだよ」
 六穂は言った。ひどくぶっきらぼうな口調だった。
「ボクは身体を洗ってただけ。なんともないから早く出ていってよ」
 六穂は自分の身体を深月から隠すように手で覆った。震えていた。
「イヤなことされたの?」
「別に」
 六穂は俯いたまま。深月と目を合わせようとしない。
「六穂」
 深月は六穂の顔を下から覗き込んだ。
「……っ」
「ちゃんと私を見て」
 また目を逸らそうとする彼女の顔を両手で押さえて、無理矢理に目を合わせた。その瞳は不安げに揺れていた。
「どこ?」
「えっ?」
「どこがイヤなの?」
「ど、どこって……?」
「教えて。私が綺麗にしてあげる」
 自分でも思ってもみなかったような言葉が深月の口から出た。
 その勢いに押されるように、六穂は声を震わせて、右手で左肩のあたりを指差した。
「こことか……」
 深月は躊躇うことなく、そこに口づけした。
「ふあっ……み、深月!?」
 六穂の濡れた身体がひくんと震え、驚きと切なさが入り混じった吐息が漏れた。
「それから?」
「こ、ここも……」
 今度は左肩、でも少し胸に近い場所。深月はそこにもキスする。
「んんっ……」
「おっぱいも? 綺麗にして欲しい?」
 震える肌に舌を這わせながら上目遣いに尋ねる。
「う、うん……して」
「了解」
 深月は頷いて、左の乳房、右の乳房、もちろん二つの乳首も優しく優しく舐め回してあげる。敏感な乳房はすぐに張り詰め、赤い乳首がツンと尖っていった。
「あっ……ああっ……ふああンっ……ンンッ……ああっ」
 深月の愛撫がおっぱいからおへそ、さらにその下へと降りていくにつれ、六穂の身体がガクガクと震え始めた。
「うぅ……んっ、深月ぃ……」
 六穂はもう一人で立っていられない。切なそうに身体を前に折り曲げて、舌を小刻みに動かしながら腰を落としていく深月にしがみつく。
「も、もう……いいよっ……ボクっ、大丈夫……だからぁっ……」
 今日のターゲットに一番汚された場所、そして深月が一番綺麗にしてあげたい場所に唇が触れようとした寸前、六穂は今にも泣きそうな声で言った。
「ダメ。私がそうしたいの」
 深月は両手の親指でそこをゆっくり広げて、赤く開いた秘唇にそっとキスした。
「あっ、ああっ、ああぁーーーーーっ!!」
 深月が初めて聞く六穂の声がバスルームに響き渡った。

 それが二人の“はじめて”。
 もう今は“いつもの”。
 深月と六穂の秘密の、だけどあたりまえの行為。
「んっ……ああっ……くぅん……あっ……あっ……あああっ……」
 ベッドに仰向けに横たわった六穂の身体が切なそうに震える。
 深月は六穂の両足を広げ、そこに顔を埋めて、濡れそぼった花芯を舌で丁寧に舐め回していた。
 六穂の味と匂いをいっぱいに感じる。その素敵な感覚。
 もちろん二人とも全裸だ。お互いを隔てるものは何もない。全てを晒している。
 六穂が深月の部屋を訪ねてから、もう小一時間ほどが過ぎていた。
 その間ずっと深月は指で、舌で、言葉で、そして風を使って六穂の身体中を愛撫し続けている。 
 元来、色の薄い六穂の肌はどこもかしこも火照り、ナメクジが張ったような深月の唾液の跡でテラテラと光っていた。
 これで何回目の”いつもの”になるだろうか。
 もう最初の時のように、深月はどこを綺麗にして欲しいかなどとは聞かない。六穂も言わない。
 六穂はただ深月に全てを委ね、深月も自分の思うままに、ありったけの愛おしさを込めて六穂の心と体を慰めていく。
 深月自身の秘所には触れさえしていなかったが、もう洪水のように濡れそぼっている。
「あっくぅ……ああん、深月ぃ……そこ……そこぉ……」
「ここ、気持ちいいの?」
 深月は舌を尖らせ、唾液をたっぷりと乗せて、真ん丸に膨れた六穂の可愛いクリトリスを小刻みに跳ね上げた。
 ぴちゃぴちゃとことさら卑猥な音を鳴らしてあげると、六穂はヒクンヒクンと踊るように肢体をくねらせる。
「気持ち……イイ……ああ、イイよぉ……深月ぃ……」
「六穂、可愛い」
 任務での性経験は深月とは比較にならない六穂が今はただ甘えた声で彼女に身を任せている。それがたまらなく嬉しい。
 ぷっくりと膨れた秘唇はおねだりをするように左右に広がり、深月が舐めても舐めてもその奥からこんこんと蜜汁が湧き出てくる。
「あっンッ、ンンッ……深月ぃ……いつもの……して、してぇ……」
 やがて六穂の身体がぷるぷると小刻みに震え始めた。
 深月には分かる。いつものアレでイキたがっている。それを百も承知で焦らすように聞いた。
「いつもの? え? どうして欲しいの、六穂?」
「ああンッ……イジワルぅ……風でっ……ふああっ……風でイカせて……お願い……あっああっ、深月ぃ……おねがぁい!」
 六穂は目に涙すら浮かべながら深月に懇願してくる。
 きっとまだ自分しか知らない六穂のそんな愛らしい姿に、深月はそれだけで自分もイキそうになってしまう。
「いつものね。いいよ」
 深月は唇を細めてフーーッと息を吐き出した。もちろんただの息ではない。風遁の吐息だ。
 それは指よりも繊細に、舌よりも優しく六穂の膣口に当たって、膣道をゆっくりゆっくり押し広げていく。
「ひああっ、あああっ、ああああああああ!!」
 六穂の腰がククッと浮き上がり、喘ぎ声も一気に高まっていく。
 深月が放つとびきり柔らかい淫風で、六穂の膣はまるで見えない肉棒を挿入されたように広がっていく。
 奥に向かってネチャネチャと艶かしくうねる膣壁も、そこから蜜汁をじゅわっと溢れさせる肉皺の一つ一つも、一番奥でクパクパと物欲しげに息づく子宮口も、忍法で風を送る深月には手に取るように分かる。
「ふ~~~っ、ふ~~~~っ」
 深月は膣道をぱっくりと拡げたまま、一番敏感な子宮口をシュルシュルと撫で回してあげた。六穂が一番好きな風。一番イキたくなる風。
「ひあああっ! ああっ、ひゃあああっ! 深月ぃっ、ああダメぇ! ボクもうイクっ、イクぅ、イクぅううううううう!!!」
 六穂の甲高い絶頂の声が上がった。
 端から端までいっぱいに広がった膣襞からじゅわああっとアクメの蜜汁が溢れ出したが、それも風で膣口から出ることができずに中でグルグルと切なそうに渦を巻いている。
「あああーーーっ、ああーーーっ……くはあ……はあっ……ふはあっ……」
「うふふ」
 六穂のアクメの波がほどよく引くのを見計らって深月が淫風を止めると、ぱっくりと開いていた膣道がキュウッと一気に閉じた。それまで膣内で渦を巻いていた愛液が水鉄砲のように勢いよく溢れ出す。
「ああ……」
 深月はうっとりと目と閉じ、六穂のアクメ汁がビチャビチャと顔に当たるのを楽しんだ。
「こんなにいっぱい……素敵」
 そう呟いて目を開けると、今イッたばかりの六穂がとろんとした瞳で深月を見上げていた。
「はぁ、はぁ……深月ぃ……」
 乳首を硬くさせたままの乳房がまだ嵐の途中といった感じで大きく波打っている。足もだらしなく開いていて、その真ん中で秘唇が今もはしたなくヒクついていた。
 深月はまたそこに口づけしながら秘めやかな声で囁いた。
「まだ……してほしいよね?」
「うん……もっと、して……」
 六穂は甘えた声でねだってくる。こうやって二人でいるとき六穂は別人のように素直だ。
「じゃあ私も六穂に“いつもの”して欲しいな。ねえ、ちょうだい」
 深月は左右の手を使って割れ目をさらに拡げ、愛液がトロトロと流れ出てくる肉裾に舌をれろりとスプーンのように広げて置いた。
「ダメ……だよ……あれは……もう危ないから……」
 六穂は悩ましい顔つきになってイヤイヤをするように身をよじった。
「平気。私、六穂を信じてるから。それとももうして欲しくないの? 気持いいことやめていいの?」
 深月は舌をチロチロとくねらせながら意地悪く尋ねる。もちろん六穂は十秒と耐えられない。
「んぅっ……くぅ、いつも……そうだ、深月は……ボク、知らない……からぁ……ンンッ!」
 六穂はこれ以上ないくらい切なそうに眉をひそめた。
 その途端、深月の舌で感じる愛液の味と匂いがふっと変わった。
 身体が蕩けてしまいそうな、心が遠くなりそうな、とても蠱惑的で危険なこの感じ。
 六穂が深月の体質に合わせて、彼女のためだけに体内で調合してくれたとっておきの媚薬。
 ちょっと六穂が間違えれば深月を廃人にしかねない強力な薬。それが二人の想いの証。
「ああぁ、すごい……今日もすごい……六穂……感じる……感じるぅ……」
 深月の心臓が早鐘のように鳴り出し、全身に火が付いたように火照り始める。
 六穂を愛撫している間に蕩けていたオマンコからは堰を切ったかのように蜜汁が溢れ出す。
 もう六穂を優しく愛撫し続けるなんてできない。できるわけない。二人でもっともっと気持ちよくなりたい。いつものあのやり方で。
「六穂、あれ使うね、いつものあれ使うね」
 深月は手を伸ばして、今夜もちゃんと用意していた双頭ディルドーを強く握りしめた。
「うん使って。ボク、深月とまた一つになりたい、早く、早くぅ」
 六穂も指で自分の膣口をクパアッと拡げて挿入をせがむ。目眩しそうなほど可愛らしい。
「ま、待って……今……ンンッッ、私がぁ……入れる……からぁぁ……あっ、ああっ、ああああんんっっ!!」
 深月は膝立ちになって、双頭ディルドーの片方を埋め込んでいく。
 これもただのディルドーではない。
 予め二人の膣の形を型取りして作った張り型を二つあわせた特別製だ。
 当然、二つに張り出した棒はお互いに自分でも見ることができない膣の形そのもの。
 勃起したペニスを模した普通のディルドーと違って、二人とも羞恥でいたたまれなくなるような生々しい形をしている。
 今、深月が中に入れたのは自分のオマンコと同じ形をした方だ。
 濡れそぼった膣がぐちゅうとはしたない音を立てて張り型を咥え込むと、膣口から子宮口までの緩やかなカーブ、所々で少しずつ違っている膣内の太さ、そして複雑に走っている膣襞の一つ一つにまで、その形がピッタリと収まった。
「んあっ……ああ……っ」
 もう動かそうとしても容易に動かせない。
 異物を嵌め込んだというより、本来そこにあるべき物が戻ってきたような妖しい快感が背筋をゾワゾワと駆け上がる。
「深月ぃ、ボクもボクも、早くぅ入れさせてよぉ!」
 この快感を知っている六穂が今にも泣き出しそうな切ない目で訴えてくる。
「うん、早く来て、六穂」
 深月はお尻を落として、両手を後ろにつき、足を広げて膝を立てた。
 いわゆる貝合わせのためのポーズだ。けれど深月の股間からは六穂の膣とそっくり同じ形をしたディルドーがそびえたっている。深月から溢れ出た蜜汁でそれはヌラヌラとより一層卑猥に輝いていた。
  六穂は腰を浮かせて、自分の形の張り型を躊躇うことなく膣内に埋め込んでいく。
「んくぅっ……ひあっ、ああっ……くはっ……ああああっ!」
 どうしようもなく切なくて、それでいて満たされているような表情。
 きっとさっきの深月と同じ、そしてまだ彼女しか知らない六穂の顔。
 どこまでいっても異物感があって、それ故に感じてしまう男性器とは全く違う、文字通り自分自身の形で完璧に膣内が埋め尽くされいく快感。
 しかもそれは端と端で互いに繋がりあって、二人のオマンコが完全に一つになったような感じになる。もう深月は気が遠くなりそうだった。
 ディルドーを挿入した六穂は深月と同じように両手を後ろに突き、足を広げて貝合わせの姿勢をとった。一つに繋がったオマンコを挟んで、そっくり同じポーズでお互いの淫らな顔を見つめ合う。まるで鏡映しのように。
「ああ……六穂のオマンコすごい……いつもよりビクビクしてる……」
「深月だって……今日のオマンコはイヤらしすぎだよ……こんなに強くうねってる」
 はしたなく震えるオマンコの微細なうねりも、愛液をしとどに溢れさせる膣襞の艶かしい脈動も、子宮が降りてきて口を開いていく浅ましい動きも、二人を繋いだディルドーによって全て伝わってしまう。
 相手がどれだけ感じているのか分かる。自分がどれだけイヤらしくなっているのか知られてしまう。
 恥ずかしくて頭がどうにかなりそうなのに、それが嬉しい。
 もっと相手を知りたい。もっと自分を知ってほしい。
「深月……いつもの……」
「うん、いつもの……六穂……」
 二人は身体を起こして手と手を取り合い、指をギュッと絡ませて交互にオマンコに力を入れ始めた。
 深月から六穂へ、六穂から深月へ、女の子同士でシーソー遊びをするように膣内のディルドーをぎゅるっ、ぎゅるっと引っ張り合う。
「ひぁっ……あぁっ、やあん……深月がボクを引っ張ってるっ……オマンコ、外に抜けちゃうっ」
「あん、ダメぇ、六穂っ、そんなにっ、ああッ、強く引っ張らないでぇ!」
 繋がった二人のオマンコの中をディルドーが何度も行ったり来たりする。ピッタリとくっつけあった膣口から二人分の愛液がグチュグチュと混ざり合って溢れ出した。
「あんああぁあんっ! 深月ぃ、すごい、すごいよぉ!」
「六穂もぁ、ひあァ、やああン、すごいすごいすごい!」
 深月と六穂の喘ぎはどんどん大きくなっていく。
 オマンコの抜き差しも加速度的に激しくなる。もう二人とも止められない。止めたくない。
 だからいつものように、深月と六穂はお互いにすがりつくようにして抱き合う。
「ひああっ! あんあぁっ! 深月ぃっ、ボクイキそうっ! またすごくイキそう!」
「六穂わたしもっ、ああん! もうイキそうっ! イキそうっ! 一緒にいこうねっ! いつもみたいに一緒にっ、一緒ににいっ!」
 深月と六穂、絡み合う喘ぎが、抱き合った身体が、繋がったオマンコがやがて一つになって高らかに弾けた。
 二人とも同じように頭が真っ白になっていく。心と身体が溶けて混ざり合ってしまったかのように、心地よい余韻が二人を包み込んだ。
 けれど、二人の“いつもの”はまだ終わらない。
 今度はディルドーの向きを入れ換えて、相手のオマンコの形をありったけ感じながら、自分のオマンコの形で相手を慰めるのだ。
 そうやって繰り返し繰り返し、秘めやかな時を重ねていく。
 それが深月と六穂の“いつもの”。
 二人の日常。


(了)


【制作後記】
 もし深月と六穂がルームシェアしていたらという話だ。もちろん非公式のものである。
 今までこのサイトで公開してきた話は対魔忍RPGで実装されたイベントやユニットにちなんだ内容だったが、今回初めて単にこういう話を書きたくて書いてみた。
 無論、本編と全く無関係というわけではない。二人の仲がそれくらい良くなっているだろうという本編中の描写を踏まえてのものだ。
 本編における二人の絡みは『蜘蛛の貴婦人』まで遡る。
 ここでの二人の関係はかつてのクラスメートだ。戦闘訓練でペアを組んだこともあるが、今ひとつ上手くいかなかったという過去があった。
 二人が会うのは卒業以来で、深月は「柳さん」と呼び、六穂は学生時代と同じ「委員長」といった具合で、特に仲がいいわけではない元同級生といった描写をしている。
 これらの設定はシナリオ制作段階で考えたものだ。
 個々のキャラ設定では二人とも単に卒業生というだけだったので、話が作りやすいように同級生で昔からの知り合いということにしてみた。
 ちょうどこの少し前に、六穂がメインとなる初登場イベント『毒も過ぎれば薬となる』があり、そこで六穂がふうま君に心を開くという展開があった。
 ならば、六穂がその出来事を経て、今度はふうま君以外の人との関係がどうなるか描きたかったこともあり、クラスメートだが大して仲が良いわけではない深月の登場となった。
 このイベントで、深月は学生時代と同じようにフレンドリーに接しているが、もし『毒も過ぎれば薬となる』の経験がなかったら、六穂は「委員長はあいかわらず鬱陶しいな」で終わっていたはずだ。
 その後、本編中で二人が共に戦う機会はずっと後の『五車決戦』までないのだが、『バニー対魔忍とカジノ・ラビリンス』で二人がコンビで上手くやってることを言及したり、深月が六穂の人となりを他人に説明するのに普通に呼び捨てにしていたり、『幻影不知火』で二人一緒に五車町に戻ってきたり、『電遁乙女と酔いどれ剣士』で六穂のことならもう深月に聞いた方が手っ取り早いと周りに思われていたりと、二人がどんどん親密になっているかのような描写を、個々のイベントの本筋とは関係なく入れている。
 そういった積み重ねをしてきた上での、もうルームシェアくらいしてもおかしくないだろうという本作だ。
 二人で料理したり食事したりお喋りしたりといった、単なる日常描写をここまで細かく書くことは、普段のシナリオではなかなかできないので楽しい。
 そして今回は、その後の夜の日常も書くことにした。
 対魔忍RPGでエロシーンは山ほどやってきたが、調教とかではない女の子同士の行為はまだ書いてなかったので、せっかくだからこの二人でやりたかったのだ。
 二人とも手を後ろについての貝合わせのポーズから、身体を起こして両手を繋いで、最後は抱き合って絶頂という体位変化は、これが秘密の行為であるがゆえに、深月と六穂で形作られる淫花がその快感の高まりで開いていくのではなく、逆に閉じていくというのをイメージしている。