ご挨拶

最後にブログを書いてから、ほぼ1年がたちます。

4月11日。今年のその日は、母校の大学院で日中対照言語研究を教える第一日目になります。1年前は上海旧フランス租界の新緑の中を歩いていました。

昨年7月に本格帰国して以来、この授業の準備や、いくつかの研究発表などでバタバタしていました。帰国直前の6月は400%の忙しさで、7月は疲れでぼうっとしつつ、日本語ジェンダー学会で戦中の女子手紙本の研究発表をしました。佐々木瑞枝先生にお誘いいただき、先生の蓼科の別荘に伺ったことぐらいしか覚えてないほど疲れ切っていました。

7,8月と上海の教え子のところに置いてきた猫のみやおさんとの
別れにじわりじわりと悲しみがましながら、すごしていました。
8月の暑い日、立川の国語研の近くの居酒屋さんで日本の社会言語学の真田信治先生、友定賢治先生、中国の社会言語学者徐大明先生の交流の通訳をしました。

9月は台風がいくつか過ぎて、大阪に出かけたり、虎ノ門の中国文化センターでの講演を一つこなしました。

10月マカオ大学での発表を控えその準備と中旬、マカオ〜上海を回ってみやおに会ってきました。嬉しさと悲しさで胸がいっぱいになる上海の旅でした。

11月は、前から行きたかった日本語学会の参加のためと、帰国報告を金沢在住のN先生にするために、金沢へ。
再会と勉強、そして美しい秋と金沢の味覚に満足しました。18日にはまた大阪大学へ。拙書の内容についてお話しさせていただきました。発表が終わって、時間があったので大阪駅のシネマで映画を見て、そのあと夕闇迫る駅の上から父親が見たであろう、大阪の空を想像しました。

その一週間後は、立教大学で「上海の詩人と私」と題してお話しいたしました。これはもう少し専門的な論文形式でお話しすべきところ、簡単に済ませてしまい、反省。

12月も3つの研究会に参加、一つは県立広島大学まで出かけ、瀬戸内海が見たかったので、広島港の高層のホテルに泊まって美しい瀬戸内海を見下ろしました。私の学会参加は、実は日本に戻って、日本を再発見する旅でもありました。
13年ぶりの日本のクリスマスを体験しましたが、この頃家にこもっていることも多く、東京のイルミネーションをちょっと見損ねたようにも思います。また今年(2018)の年末にでも。

そういえば、7月は有名なドキュメンタリー監督余海波さん、8月はアメリカ在住の中国人作家張蕊さん、12月はやはりアメリカ在住の上海出身の葉周さんを華純さんと一緒に東京をご案内しました。それぞれ頭の良い、きちんとした方たちで、得るものがありました。あとお一方、マレーシア南方大学の図書館長でもあり、作家の許通元さんも半日田端の日本文学村などにご案内しました。

2018年犬年の㋀がやってきて、2週目に佐々木瑞枝先生たちと西伊豆の旅をしました。伊豆では川津桜も咲き始め、海に向かっていくサーファの姿に春の海を感じました。
東京では何度か大雪が降り、寒い1月でした。
1月は中国語教育関係の学会に一つ参加。初めて行った目白大学でした。

2月初旬に授業シラバスのまとめを提出、ちょっと気持ちが楽にもなり、文楽や能を楽しみました。
中旬に中国の魯迅協会から魯迅展のご挨拶などの翻訳依頼を受け仕事として翻訳をし、3月の開幕式に出席しました。
2月の学会は「やさしい日本語と多文化共生シンポジウム、3月は社会言語科学会とことばと政治学会に参加。

2月に引き続き、3月初め、魯迅と内山完造たちの友情を描いた井上ひさしのお芝居「シャンハイムーン」を大学時代の友人と見に行きました。2月3月はこういうものに触れる2か月でしたが、これから当分お預けですね。

日本に戻り、やりたかったこと、会いたかった人たちにも会いつつ、過ぎた9か月。
こう書いてみると、それなりにイベントに参加してきた日々。
準備は万端というより、自転車を走らせながら準備していく1年になりそうですが、教えることは学ぶこと。
新たな場所でまた会うべき人々と会い、いろんなものとも再会もある時間となりそうです。中国や台湾にも出かけることでしょう。そしてまた日本再発見の旅もちょっと。無理のない程度に。


いずれにせよ、武漢、上海と。
中国におけるmklaoshiの冒険は終わりました。


さて、これからは、日本の冒険の始まりです。

たまにはお知らせを出すことがあるかもしれませんが、
日記としては、書くことはないと思います。
私の中国の冒険にお付き合いくださりありがとうございました。

感謝。

mklaoshi




ps:中国語で書いた博士論文《汉语角色语言研究》(河崎深雪)が2017年6月北京の商務印書館から出版され、アメリスタンフォード大学東アジア図書館にも所蔵していただいています。
https://searchworks.stanford.edu/view/12152298?from=singlemessage&isappinstalled=0

《汉语角色语言研究》(河崎深雪)でお調べいただければ
Amazonでお買い求めいただけます。

それでは、また。

アストリアホテル

mklasohi2017-04-11

先週は、清明節の休みを利用して三泊四日ほど帰国しました。深夜便に初めて乗り、授業と授業の間の帰国だったのでつかれました。

実は、日本から戻ったらこちらの住まいのwifi が使えなくなっていました。どうやってもダメなのでニャンコが遊んでいて線が切れたのだろうかと思いながら、契約書類や、ネットでさがしても電話番号がないので、まずは上海に戻った翌日、授業の前に近くの中国電信に行きました。すると店がなくなっている。忽然と。
仕方なく昨日になってやっと別の店に。いろいろあって結局、去年、今年の9月2日までの一年分払ってあるのに、半年分と登録され、切られていたことが発覚。お店からの領収書、銀行カードの支払い控えも取っておいて良かった。


前の担当の人が間違えたのか、横領したか。控えを見せるとハイハイわかってます、少々お待ちをと言って説明してくれない。その間隣のスタッフと上海語で、いかにも聞かせたくないことは方言での内緒話。上海語はそのくらい難しい。
待たされたあげく、

この件は明日上司に報告してから、昼までには、wifi が戻るようにします。

明日は仕事で家にいません、万一戻らなかったら?と聞くと、
その時は、もう一度来てください。
(えー、なにぃー)
日本だったら、こんな場合お客さんに謝りますよ、ちゃんと払っているのにどうしてなんどもあっちへ行ったりこっちへ行ったりしなくちゃならないんですか…!

はい、はいすみませんでした。こちらの電話番号にかけてください。Tao…

陶淵明の陶Tao ですね?

そんなことまでこの人知ってる!って、顔を見合わせている。

払った控えもあるのにどうして、そちらの上司への報告を待たなきゃならないんですか?

はい、すみません。今日は日曜なので上司がいないので。明日開通したらお電話しますから…

むっとしつつも、しょうがない。近くの安い八百屋に寄って帰るかなと、寄ってみると
予想の三分の一より安くて٩(^‿^)۶気持ちが紛れました。
しかも、野菜を提げて目を道路の向こう側に向けると、
何だかニューヨークのアストリアホテルみたい(泊まってないけど、笑)。
その前のホテルに泊まったことなど思い出してニューヨークにワープ。

Wifiは次の日戻りましたが、電話はありませんでした。
ま、使えるようになったからいいとしますか。

命綱2

今朝、やっと新しいエアコンの取り付けが済み、お部屋が暖かくなりました。

今度は、いかにもエアコン取り付け業ですという人たちで少し安心してみていることができました。もちろん外の作業は同じく危険です。でも太い命綱が胸・肩・腰と回っていてその反対側をを家の中にいる人が腰に回して装着しています。(私が引っ張っておかなくても大丈夫、ほっ。)

その綱のことなんと呼ぶんですかと聞くと「保険帯」と答えてくれました。
私のことを上海人でしょうというところから、いろいろとお話。

いいえ日本人です。
へー、日本人もテレビの中の日本人と違うね。
まぁあれは70年以上前の戦時下の日本人ですから。
そうだよね。戦争の時だから互いに殺しあう。うーん、でも今の日本人でも、お客さんみたいに優しくなくて、感じの悪い日本人にあったことありますよ。

ー会った人がその国の印象として残る。

予定より30分早く、朝8時半にきたので、お化粧はもちろんしてないし、頭もボサボサ。そのぶん笑顔で。

中小企業の社員構成は大体、中国では地縁でなっていることがほどんどだから聞いてみると果たして、部屋側の中年のおじさんに対して寒風にさらされ危険な足場で取り付け作業をしているのは、同じ江蘇省煙城市出身の若い人。慣れているとはいえ、怖いだろう。本当に頭が下がる。

取り付けが終わって点検。若い人は、作業で出た大小の屑をちゃんと捨てて行ってくれた。おじさんは、無事終了したことを大家さんに電話で連絡。後片付けもちゃんとしたから、いい評価をつけといてくださいよと念を押している。

なんでもネットショップで買う時代になって、電化製品もそうだけれど、必ず商品自体の評価と配達や、作業があれば作業の評価までその商品に対して書き込むことができる。私自身物を買うときにはそれを参考にしている。だから、評価は購買の命綱。

大家さんが連絡してきたので、とても勇気のいる仕事、いいねを押してあげてくださいと頼んだ。

工事の人たちが帰っていこうとするので、丁寧にお礼を言って、おじさんに聞いたら、若い人は親戚の子なのだそうだ。中国の地縁血縁は本当に強いと思う。

預かった親戚の子なら、しっかりと綱を握ってくれるでしょう…。

一件落着。これで、家でもちゃんとお仕事できる、よね。

命綱

mklasohi2017-02-19

今回の帰国には初めて中国で携帯wifi をレンタルしあちこち携帯し便利でした。先ほどデポジット返却通知を受け取り、一つの旅が終わった感じ。一日7元1ヶ月3500円ぐらい。,デポジットが8000円ぐらい。
自宅は、東京にあってこちらは仮の住まいなのですが、明日からまた新学期、お仕事でこちらに力が入る。

上海に戻るなり、エアコンが効かなくて寒い。20年ぐらいの小さくて旧式のエアコンですから、入居時から換えてほしいと言いつつ、いよいよリモコンにも反応もしないし、もう限界、

大家さんに連絡すると、
修理の人をよこすからとか、なんと「もうすぐ夏だから我慢して。内装にはお金はかけられない」とむちゃくちゃ。もうすぐ夏って無理が、あるでしょう。
帰って来たぞ中国。大和撫子が、それなら家賃払わないというそぶりを見せて応戦。

結局、言い勝って
新しいのに換えてくれることになったのはいいのですが、早速取り外しに来てくれたおじさんふたりが、あまりに無防備な状態で足場も不確かな14階の壁に取り付けられた室外機を窓から、ぽっとでて取り外そうとするので、ひやひやの極致。
腰に巻いた細い紐だけが命綱、すぐ解けそう、そして小さい植木を置くような窓の外に立って作業。ネジでも下に落ちたら怖いし、何よりおじさん危ないようと、エアコンが効かないと言ったことを後悔しそうなくらいのどきどき感。

それでも先ほど、部屋の中にばらばらと錆びた金属などを落として、古い本体と室外機を持って帰って行きました。が、私のどきどきはまだ続いている、
こういう危険なことって農民工のおじさんがやるんですよね。作業服も、ヘルメットもない。ポパイにでてくる水曜日に返すからハンバーガ代貸してというおじさんみたいな格好で。

交渉ごとも疲れますが、この危険雑技はもっと疲れました。
新しいエアコンの取り付けに来たら、大和撫子が命綱持ってようかなー。
だって、途中から部屋の内側に垂らしただけで、中にいるおじさん命綱ほたらかしだったのですから。あ、ぁこの雑な感じ。

mklasohi2017-02-13

*利庵
昨日は、自然教育園で散歩し、そのあと庭園美術館、そして晩御飯は近くの白金台「利庵」というお蕎麦やさんで楽しみました。

出汁のきいただし巻き卵、蕗の薹の天ぷらやさくさくと軽みの白魚の天ぷら。春の息吹と日本の春の海の波の音が聞こえてくるような早春の夜。

それからシメはおかめそば。もちもちしたお蕎麦と濃いお出汁の味の良さ。

ふだんお蕎麦屋さんに行っても、お蕎麦中心でおわりますが、日本の酒呑みのおつまみにお酒、お蕎麦で締めるという世界の良さを垣間見ました。周りもみなさんつーの方ばかりのようでした。
下戸の私には、なじみの薄い世界ですが、飲めないなりにも、ちょこんと席の片隅に座って眺める日本の蕎麦屋の夜。

艶かしいほどに美味しいお蕎麦でしたね。

鶏年吉祥

昨日は春節、たくさんのメッセージを中国からもらいました。
15日に東京にもどり、次の週末は大阪大学、翌日は愛知大学のシンポジウムとまわり、日曜日は長良川温泉に泊まりました。
冬枯れの川を眺めながら、温泉に浸かり一学期の疲れを癒しました。
次の日は、織田信長に会いに岐阜城に。日本の天晴れなまでの青空と美濃平野の眺めを楽しみました。

昨日は国立国語研究所でのセミナー参加。友人に会ったり、さまざまなイベント、それから一本まとめるべき論文をまとめたら、もうこのお休みはいっぱいいっぱい。

思えば、中国に渡ったのは、12年まえの鶏年でした。あの華やぐような興奮した気持ちは薄れたけれど
今朝もらった学生からのメール、

僕は先生の学生になったことが楽しいと思います。授業のとき、本気に教えていますで、本当に感謝しています。よく微笑みをもらいますで、とても親切です。だから、授業を楽しんでいます。


はげまされます。
今年も、仕事、研究などの活動に本気に取り組みたいですね。
年ですから力まずに。