うしお画廊の井上敬一展を見る

 東京銀座のうしお画廊で井上敬一展が開かれている(4月20日まで)。井上敬一は1947年、福岡県田川市生まれ。1980年に福岡教育大学美術研究科を修了している。井上は銀座のみゆき画廊で個展をしていたが、みゆき画廊が閉じてからはうしお画廊で個展を開いている。


 今回すべて人物像だが、これがとても良い。中に2点階段が描かれている作品があるが、これは同じような階段を書いていた井上と同郷で昨年亡くなった野見山暁治へのオマージュだろうか。そういえば、野見山暁治が2000年頃にみゆき画廊で発表した水彩画がやはり変な顔の女性像だった。

 変な顔ばかり描いているが、いつも気持ちの良い優れた展覧会だ。

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井上敬一展

2024年4月15日(月)―4月20日(土)

11:30-19:30(最終日17:00まで)

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うしお画廊

東京都中央区銀座7-11-6 GINZAISONOビル3F

電話03-3571-1771

http://www.ushiogaro.com/

 

ギャラリーなつかの瀧田亜子展を見る

 東京京橋のギャラリーなつかで瀧田亜子展が開かれている(4月20日まで)。瀧田亜子は東京生まれ、青山学院女子短期大学芸術学科を中退した後、中国ウルムチの新彊大学や杭州市の中国美術学院で書を学んでいる。帰国後早見芸術学院で日本画を学んだ。2003年ギャラリーオカベで初個展、その後主としてなびす画廊で個展を続け、なびす画廊閉廊後はギャラリーなつかや藍画廊、ギャラリー古今などで個展を開いている。

上の作品の部分

上の作品の部分


 ここ2、3年、瀧田の作品が面白くなってきた。三角形など単純な形の繰返しを主要な造形としていたのが、激しく流れるような動きが画面を占めている。それでいながら瀧田の作品で大きな違和感はない。興味深い傾向を示していると思われる。

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2024年4月15日(月)―4月20日(土)

11:00-18:30(土曜日は17:00まで)

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ギャラリーなつか

東京都中央区京橋3-4-2 フォーチュンビル1F

電話03-6265-1889

http://gnatsuka.com/

 

『出久根達郎の古本屋小説集』を読む

 『出久根達郎の古本屋小説集』(ちくま文庫)を読む。古本屋店主にして直木賞作家になった出久根の古本屋に関する小説を集めたもの。出久根は中学卒業後集団就職で東京月島の古本屋に就職し、29歳のとき独立して高円寺で古本屋を開業する。

 昔(9年前)出久根達郎『万骨伝』(ちくま文庫)を読んで面白かった、とこのブログに書いている。(こんなことがすぐ分かるのもブログのお蔭だ)。

 出久根は長く古本屋の店主をしていて古書肆業界には詳しい。古本に関する様々なエピソードがそれだけで面白かったし、出久根の語るちょっと変な人たちの生活が興味深かった。

 「セドリ」という短篇がある。わずか3ページばかりだが、セドリで稼いだ話が載っている。セドリとはある古本屋に安値で並んでいた本を背だけを見て買い、それを別の古本屋に売って利ザヤを稼ぐ商売のこと。これで思い出した。東京都現代美術館へ行く途中に小さな古本屋がある。美術館の帰りについ立ち寄ると必ず何冊か買ってしまう。店の規模の割りに魅力的な本が多いのだ。何故でしょうと別の古本屋に訊いたことがあった。あそこは組合に入っていなくて、セドリで本を集めているからとのことだった。普通の古本屋は組合の市場で梱包された古本の包みを一山いくらで買って来るからと。

 出久根の小説は人情の機微を描いて美しい。つい涙ぐんでしまったものもあった。ただ、長いものになるといささか構成に難がある印象が否めなかった。短篇に優れたものがあるように思う。

 

 

 

 

阿部朋美・伊藤和行『ギフテッドの光と影』を読む

 阿部朋美・伊藤和行『ギフテッドの光と影』(朝日新聞出版)を読む。副題が「知能が高すぎて生きづらい人たち」というもの。著者たちは朝日新聞の記者で、本書は朝日新聞デジタルに連載したもの。

 ギフテッドについては以前、角谷詩織『ギフテッドの子どもたち』(集英社新書)を読んでいる。私の友人にもIQ140の優秀な技術者や、親戚の女性でIQ170の天才がいるからギフテッドについても多少のことは知っているつもりだ。

 本書は新聞に連載しただけあって、ギフテッドについて幅広く取材している。小学生でとびぬけた知能を示す者、戦時中に行われていた日本のエリート教育、各国の事情。そしてギフテッドとされた者たちの苦労が紹介される。

 しかし、読み終わって不満が大きかった。内容が通り一遍で、事例を紹介してそれ以上の踏み込みが足りない印象だ。この辺りは新聞記者という特性なのかもしれない。新聞連載ということで、短期間で取材しまとめて記事にしなければならなかったのだろう。

 ギフテッドの人たちが大人になって苦しんでいることとか、才能を生かす道が与えられなくて逆に半端な仕事にしか就けないでいる事例とか、英才教育が成功した事例とか、取材すべきことはまだまだあるはずだ。

 こういった事例はアメリカのサイエンスライターが取り上げてくれたら面白いものになるのじゃないだろうか。

 

 

 

資生堂ギャラリーの野村在展を見る

 東京銀座の資生堂ギャラリーで野村在展「君の存在は消えない、だから大丈夫」が開かれている(4月14日まで)。これは「shiseido art egg」の一つで、資生堂が新進アーティストを応援する公募プログラム。毎年3人が選ばれて資生堂ギャラリーで個展をし、中から一人が「shiseido art egg賞」を与えられる。今回が17回目になり、野村在が二人目となる。

 野村は1979年兵庫県生まれ、2009年ロンドン大学ゴールドスミス校MFA取得、2013年武蔵野美術大学造形研究博士後期課程修了。

 

 ギャラリーのホームページより、

創作活動を開始するモチベーションとなったのは、彼が10代で経験したふたつの「死」だ。そのひとつは、身体に障害のある家族の一人を失ったことだった。

「彼女の死をずっと受け入れることができず、自分自身が死に近づきたいと願うような危うい状態が続いていた時、実家が絵画教室をやっていた影響もあり、手を動かしてものを造ることや本を読むこと、音楽を聴くことが唯一の救いになりました。何より美術という表現があった環境に感謝しています」

本展では、彼女の遺品から発見されたという、誰にも届かず、誰にも読まれなかった手紙や日記を点字に翻訳し、ガラスの箱の内壁に施した作品『ギフト』を展示する。逆文字になるように装着された点字の言葉は解読不可能だが、強烈な光が当たった瞬間だけ正文字の影が壁に浮かび上がる。

「ギフト」

「ギフト」

 

本展では写真技法を用いた作品が2点展示されるが、そのひとつが、100年間以上の間に撮影されてきたビンテージポートレート写真を燃焼し、その光を抽出した作品『バイオフォトンはかくも輝く』だ。1903年から2023年の間に世界各地で撮影されたポートレート写真(作家の家族/祖先も含む)を収集し、それらを暗室で燃やした炎を⻑時間露光により撮影した作品である。バイオフォトンとは、生命を意味するバイオと光を意味するフォトンを組み合わされた生物学上の言葉で、蛍のように人体から生物発光される微量な光のことだと言う。

「バイオフォトン

「バイオフォトン

 

野村はこうした(阪神淡路大震災)震災の体験を経て、写真を水に印刷する写真装置を使って、亡くなった人のポートレートを水の膜に浮かび上がらせる作品『ファントーム Fantôme』を開発してきた。

「ファントーム」

 

『Untitled(君の存在は消えない、だから大丈夫)』は、旧式のコンピューターの記録メディアである穿孔テープに、人間のDNAデータを打刻し続ける作品だ。天井から吊るされた打刻機がDNAデータを受け取り、展覧会期間中、自動で打刻し続ける。

人間の全DNAデータを約3GBとすると、二進法を用いてすべてのDNAデータを打刻するには、およそ地球1/3周もの穿孔(せんこう)テープ、時間にして約100年ほどかかる計算だそうだ。作家が没した後も打刻は続けられるよう指示書が準備されるという。

「Untitled(君の存在は消えない、だから大丈夫)」



 ここ何年か、資生堂eggに選ばれた作家たちの表現が、いわゆる美術の範疇からずれてきている印象がある。そのことが良いか悪いかまだ私には分からない。

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野村在展「君の存在は消えない、だから大丈夫」

2024年3月12日(火)―4月14日(日)

11:00-19:00(日曜・祝日18:00まで)月曜休廊

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資生堂ギャラリー

東京都中央区銀座8-8-3 東京資生堂銀座ビル地下1期

電話03-3572-3901

https://gallery.shiseido.com/jp/