出久根達郎『[大増補] 古本綺譚』を読む

 出久根達郎『[大増補] 古本綺譚』(平凡社ライブラリー)を読む。出久根がまだ作家ではなく古本屋の店主だった頃、経営する芳雅堂の古書目録『書宴』の埋草として書いていたものが評判を呼び、新泉社から『古本綺譚』として出版された。それを「大増補」したものが本書である。

 その後出久根は直木賞を受賞するが、なるほど出久根のエッセイは最初のものから面白い。非凡な書き手であることがよく分かる。集団就職で入った古書店で古典を読むように訓練されたとあるが、店先での勉強が実を結んで優れた文章を書いている。

 本書は短いエッセイがほとんどだが、1点だけ「狂聖・芦原将軍探索行」という小説のような作品が入っている。これが120ページもある。

 今まで出久根は3冊読んだだけだが、一体に短い作品に佳品が多く、長いものはその構成が弱くあまり評価することができない印象だ。もっとも出久根には多くの小説作品があるのだから、私が読んだ3点だけにその瑕疵があるのかもしれない。少ないデータで断定的なことを主張するのは慎まなければならない。

 

 

 

ギャラリーKINGYOの内山翔二郎展を見る

 東京千駄木のギャラリーKINGYOで内山翔二郎展「path of life」が開かれている(5月5日まで)。内山翔二郎は1984年神奈川県生まれ、2008年に日大芸術学部彫刻コースを卒業、2010年同大学大学院芸術研究科博士前期課程彫刻分野修了。2010年にギャラリイKで初個展、以来プラザギャラリーやギャラリーKINGYOなどで個展を繰り返してきた。


 内山は鉄で大きな昆虫を作っている。テーマとした昆虫を極めて正確に再現しているが写実彫刻ではない。武骨な造形でありながら昆虫の特徴はきちんと押さえている。おそらく昆虫学者が見ても違和感は持たないだろう。見事な造形だ。

 ギャラリーは東京メトロ千代田線根津駅1番出口から徒歩7分、今月一杯は根津神社つつじ祭りもやっている。千代田線千駄木駅からも徒歩7分とのこと。

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内山翔二郎展「path of life」

2024年4月23日(火)―5月5日(日)

12:00-19:00(最終日17:00まで)4/29休廊

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ギャラリーKINGYO

東京都文京区千駄木2-49-10

電話050-7573-7890

http://www.gallerykingyo.com/

 

 

 

ギャラリーSAOH & TOMOSの上田佳奈展を見る

 東京神宮前のギャラリーSAOH & TOMOSで上田佳奈展が開かれている(4月27日まで)。上田佳奈は兵庫県出身、ロンドン芸術大学でファッションデザイン、大阪芸術大学附属大阪美術専門学校で版画を学んだ。

 今回の個展では「イリュージョン」シリーズと「sky」シリーズを出品している。

 このスカイシリーズが面白い。サイアノタイプ(青写真)とシルクスクローンを組み合わせている。1枚の写真の一部をサイアノタイプで刷り、それ以外をシルクスクリーンで刷っている。

 

 イルージョンシリーズは、人物や風景といった画像を構成する要素の輪郭をぼかし、さらに抽象化したものをシルクスクリーンで印刷している。網点をかけてプリントするとぼやけた像がドットに変換され、イメージはさらに曖昧になる、と上田が解説している。

 それを鏡の表面にプリントしたりしているので、イルージョンはさらに深まっている。撮影するのが難しかったけれど。

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上田佳奈展「ロスト・コネクション」

2024年4月16日(火)―4月27日(土)

11:00-18:00(最終日17:00まで)日曜日休み

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ギャラリーSAOH & TOMOS

東京都渋谷区神宮前3-5-10

電話03-6384-5107

http://www.saohtomos.com

 

 

ギャルリー東京ユマニテbisの木村太陽展を見る

 東京京橋のギャルリー東京ユマニテbisで木村太陽展が開かれている(4月27日まで)。木村太陽は1970年神奈川県生まれ、1995年に創形美術学校研究科を卒業している。以前はギャラリー山口で個展を繰り返し、「2000年以降はドイツ、ニューヨークを拠点にヨーロッパ、アメリカなど国内外で活躍。現在は神奈川を拠点に活動をして」いると、ギャラリーのホームページにある。

 また、同じくホームページには、次のように書かれている。

今回の新作展では、立体作品4点によるインスタレーションを地下会場にて展示いたします。カメラ・オブスキュラの仕組みを用いた家型のオブジェをのぞき込む訪問者は、その先に映る景色から木村が見る世界を垣間見るのかもしれません。ユーモラスでありながら不気味さも併せ持つ木村の作品をお見逃しなく、是非ご高覧ください。


 昔見た木村太陽のビデオでも、カレーで顔を洗っているのがあった。口いっぱいに音の出るイヤホンを含んで電話をかけている映像もあった。いつも何を見せてくれるのか見当もつかなくて見逃せないユニークな作家の一人だ。

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木村太陽展「Visitors」

2024年4月22日(月)―4月27日(土)

10:30-18:30

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ギャルリー東京ユマニテbis

東京都中央区京橋3-5-3 京栄ビル B1F

電話03-3562-1305

https://g-tokyohumanite.com

イザベラ・バード『日本奥地紀行』を読む

 イザベラ・バード『日本奥地紀行』(平凡社ライブラリー)を読む。イザベラ・バードは1931年イギリス生まれ、明治11年、48歳のとき来日して6月から9月にかけて日本人従者をたった1人連れて東京から北海道へ旅行している。その詳細な記録。道路事情は最悪で、人力車や馬、徒歩、ときには川を泳いで渡っている。

 従者は18歳の青年で従者兼通訳として終始イザベラ・バードを補佐した。旅行の行程は東京~粕壁~日光~会津盆地~新潟~小国~置賜盆地~山形~新庄~横手~秋田~青森~津軽海峡~函館~室蘭~白老・平取(アイヌ部落)~内浦湾~函館~(船)~横浜。

 明治11年という早い時期に女一人で半未開とも言い得るような地を旅行したなんて、ほとんど英雄譚と言っても良いくらいだ。当時の貧しい農民生活が実際に体験した外国人の眼で描写される。

 横浜に上陸して最初に受けた印象は、浮浪者が一人もいないこと、街頭には、小柄で、醜くしなびて、がにまたで、猫背で、胸は凹み、貧相だが優しそうな顔をした連中がいたが、いずれも自分の仕事を持っていたというもの。

 日本の治安について、「私は奥地や北海道(エゾ)を1200マイルにわたって旅をしたが、まったく安全で、しかも心配もなかった。世界中で日本ほど、婦人が危険にも不作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている」とバードは書いている。

 旅館はみすぼらしく、プライバシーがなく、蚤が大量にいて悩まされる。障子は穴だらけで、どの穴にも人間の眼がある(つまり覗かれている)。また外国人を見るために多くの群衆が集まってくる。人垣ができ、屋根の上にも野次馬が群がる。

 宿の奥さんに年を聞くと、50歳くらいに見えたのに22歳だった。老け込むのが早い。

 バードはアイヌに強い興味を持っていて、その生活を調査している。アイヌに関するバードの記録が詳しいので、『ゴールデンカムイ』の参考文献にもなっているという。アイヌの女について、バードは書く。「彼女(酋長の母)の表情は厳しく近寄りがたいが、たしかに彼女はきれいである。ヨーロッパ的な美しさであって、アジア的な美しさではない」。

 アイヌに関する記載は100ページ以上に及ぶ。これは本書のおよそ2割を占める。バードのアイヌに対する印象は極めて好意的だ。

 さて、明治11年という極論すれば半未開の日本奥地を、従者一人を連れて女一人で北海道まで旅行したイザベラ・バードというイギリス人はほとんど英雄と言って良いのではないか。優れた紀行文学である。