お知らせ

 「グローランサ1613火の季の物語」は
  gooブログに引っ越しました。
 タイトルも「ルーンクエスト1613火の季の物語」と
 変更。ふつつかながら作者もMAYUMIXXと名前を
 変えて再出発です。どうぞよろしく。
 アドレスはこちら。http://blog.goo.ne.jp/harakirimayumixx/

第4章 続き


 雨雲はようやく晴れはじめ、月の光が地上にさしこんだ。
 「クスコさん!クスコさん!大丈夫ですか?!」
 マーカインに肩をつかまれ、クスコははっと我にかえった。ずぶ濡れの髪から
 しずくがきらりと光ってこぼれ落ちた。
 「あ、ああ…。」
 「よかった、私もう怖ろしくて見ていられませんでしたよ。傷は?毒は?」
 せわしなく自分の体に手をかざし安全を確かめる博士を
 クスコはぼんやりと眺めていた。
 ケインが近づいてきてクスコに低い、だがはっきりとした声で問うた。
 「クスコ、あのルナーの男と知り合いなのか?」
 「う…。」
 「お前はあの男をファーレンと呼んだな、なにやら妙な仮面を被っていたが。
 なぜ分かった?やつもお前の名前を知っていた。どういう関係なんだ。」
 
 クスコは答えなかった。下唇をきゅっとかみしめ、地面に視線を落としたまま
 沈黙してしまった。
 気まずい雰囲気を察したマーカインが割って入った。
 「ともかく、移動しませんか、ブルーの死体のそばにいるなんて気持ち悪いし
 危険です。行きましょう、ね。」
 「うむ。」ケインは倒れているナディスの上にかがみこみ頬に軽く平手うちを
 いれた。「おい、起きろ!混沌の狩人!夢から覚めろ!」

 「ハッ!」正気にかえったナディスはあたりをきょろきょろ見回した。
 そしてブルーの惨殺死体を見ると飛び上がって叫んだ。「ウッホー!」
 「俺すげえ!一仕事したな!ウラララララララララララララーー!」
 「もう一匹はクスコさんが仕留めたんですよ、危ない所でした。」
 「やるじゃねえかクスコ!伊達に聖堂戦士じゃないってか?ええ?」
 「うるさい!!」
 

 大喜びでクスコの回りを跳ね回るナディスは思わぬ一喝にとまどった。
 「何だってんだよてめえ、何怒ってるんだ?」
 子供のようにむくれ顔のナディスをかえり見もせずクスコは歩き出した。
 「行きましょう。」
 残された3人は顔を見合わせ、黙ってあとを追った。


 「ああ、見苦しいわねえ。あんなモノを私たちと同類にするなんて!
 人間どもの愚かしさときたら!」
 柏の木の枝の陰、きいきい声でささやく小男がいた。
 その顔は奇妙な色に化粧され、ぶくぶくと太った体が落ちないように
 短い腕で樹の幹にしがみついていた。その肩の上には白ねずみが
 ちょこんととまっている。
 「ふん、好きなように言わせておけ。所詮人間どもには我らの恐ろしさが
 理解できぬのだ。短い寿命をながらえるのにあくせくしながら塵となる
 だけの連中よ。ふっふ。」
 樹の枝に膝をひっかけ、逆さまにぶら下がっている男がいた。その頬は
 高くはり骨太な顎は厳つくとがっていた。ふうーっと息をはくと酷薄な
 笑みをうかべ、口元に牙を光らせた。
 「ガーベラ。」くるりと一回転し枝の上に座りなおすと、男は無言の
 命令を下した。ガーベラはそっとその白い腕を差し出した。
 ダリオは柔らかな女の腕に牙を立て、肉を食いちぎった。
 すぐ目の下のブルーの存在に混沌の血が共鳴しあい、ダリオの体内で
 どくどくと沸きかえり熱い血肉への欲望を煽り立てたのだった。
 
 
 

(第4章 続き)


 背中の激痛にひるんだブルーは、耳障りな悲鳴をあげのけぞった。
 瞬間クスコはブルーの下腹部に蹴りをいれ、地面に蹴倒した。そして
 心臓めがけて槍を突き立てた。雨にぬれた地面にブルーの血が広がった。
 「この野郎!」ざくざくと何度もブルーの腹を槍で刺し貫くと、クスコは
 ふらふらと後ずさり木の下にがっくりとへたりこんだ。「はあっ…」
 
 顔のネバネバをなんとかふき取ったケインの目前に、駆け寄ってくる
 二人のルナー兵が見えた。
 「仕留めたか?!」
 「おい、人がいるぞ、やられちまったかな?」
 そんな言葉はナディスの耳には入ってはいなかった。ナディスは
 かたつむりの頭を斧でこま切れにし、息絶えたブルーの背中の殻を
 叩き割るのに狂喜していた。
 「おい博士、ナディスをおとなしくさせろ!このままではまずい。」
 ケインに言われるまでもなく、マーカインは『消沈』を放っていたが
 効き目はなかった。「申し訳ありません、だめみたいです。」
 業をにやしたケインはナディスのもとに駆け寄ると剣のつかで
 うなじを一撃した。急所をうたれたナディスはがっくりと膝をつき、
 失神した。痙攣した笑顔を留めたままケインに後ろ髪をつかまれ
 ずるずると柏の木の元へ引きずられていった。

 木の下に集まった4人のもとへルナーの歩兵が歩み寄ってきた。
 「おまえら、大丈夫か?食われてねえか?」
 「おい、こいつら旅人にしちゃずいぶんと重装備じゃねえか。
  ひょっとしたらサーターの残党かも知れん。…オンナまでいやがる、
  てめえら何者だ?」
 クスコはルナー兵に腕をねじ上げられ無理やり立たされた。
 「痛いいたい、ちょっとなにすんのよ!」
 「隊長ー!怪しい人物を発見しました!ひょっとしてコイツがカリル?」
 

 「カリル・スターブロウは赤っ毛だ。お前たち人相書を見てないのか。」
 馬のひづめの音とともに、張りのある声が聞こえた。クスコはその声に
 聞き覚えがあった。
 雨に濡れた銀色の髪を垂らし、馬上にルナーの印の付いた鎧をまとい
 奇妙な仮面をつけてはいるが、半分見えるその顔はクスコが心の奥に
 隠していた思い出を激しく揺り動かした。
 「ファーレン!?」

 「クスコ!」ファーレンも不意をつかれ一瞬動揺したが、そのさまを
 見せまいと努力した。
 「隊長、この女をご存知なんですか?」「引っ立てたほうがいいのでは」
 部下たちの声を無視しファーレンはクスコを見つめた。クスコは自分の
 思い出の中の彼が目の前にいるのが信じられなかった。あまりにも
 変わってしまい、またあまりにも同じ声の響きだったからだ。
 「ブルーはどうした?」ファーレンは部下に問うた。
 「はっ、2頭とも死んでおります。私の放った矢が無駄にならずに
 嬉しいであります!」
 「そうか…その連中はほっておけ。野営地を襲ったブルーの討伐は
 すんだのだからな。食われた部下も喜ぶだろう。行くぞ!!」
 銀月のファーレンは馬の向きを変えた。そしてクスコのほうを
 振り返ると静かに言った。
 「クスコ、俺を追ったりするなよ。この先は危険だ。これは忠告だ!」
 そうして馬に鞭をくれると部下と共に走りさっていった。
 ようやく止みつつある雨のしずくを受けたまま、クスコは呆然として
 立ち尽くし彼らが去っていくのを見つめていた。
 
 
 
 

(第4章 続き)


 しのつく雨を透かして見た先には、2匹の忌まわしい獣が見えた。
 山羊のような頭をもたげ、毛むくじゃらな体をしたそれは
 死んだ魚のようなまなこを半分飛び出させている。
 もう一匹はなんだか分からない頭がひとつ半ついている。よく見ると
 かたつむりのようなのめのめした肌をしていて、目玉を伸び縮みさせている。
 2匹とも人間がそこにいるとは考えていなかったようで、少し離れたところで
 立ち止まり背中を丸めて冒険者たちと対峙するかたちになった。
 「出やがったな!ブルーのくそ野郎どもがあ!」ナディスはそう叫ぶと
 天に向かって右手を伸ばし呼ばわった。
 「ストーム・ブルよ!俺に力を!混沌の奴らをブッ殺すうう!『熱狂』を!」
 「止めて下さい!」マーカインの願いも虚しく、『熱狂』の魔力に憑依された
 ナディスは猛然とカタツムリ頭のブルーに向かって襲いかかった。
 「どうやらやるしかなさそうだ、博士は隠れて!クスコ、ぬかるなよ!」
 山羊頭のブルーに剣をかまえたケインが叫んだ。クスコはケインの背後から
 槍を構えて身をひくくした。「余計なお世話よ!」
 じりじりと間合いを詰める二人に向かって、山羊頭はいきなりゲロを
 吐きかけた。ケインはそれを顔面にもろに受けてしまった。
 「うわっ!」黄色いゲロはケインの視界をふさぎ彼の手にねばついて取れない。
 ブルーはたじろいだ彼の剣先をひとっ跳びで跳び越え、クスコに襲いかかる。
 たまらない悪臭に思わず腰がひけてしまったクスコはブルーの爪を槍で受ける
 のが精一杯だった。そのまま柏の木の幹までずいずいと押し込まれ、ブルーと
 面と向かう格好になってしまった。必死で顔をそむけるクスコの目に、雌の
 臭いに刺激されたブルーの体の部分がむくむくとたちまち醜く盛り上がり、
 そそり立つのが見えた。
 「いやああああああ!」
 
 絶叫するクスコの頭の上をなにかがひゅっとかすめた。
 木の幹に矢が突き立った。
 続けて2本、クスコに迫るブルーの背中に矢が深々と刺さった。
 その矢羽は赤い色をしていた。
 

(第4章 続き)


 天にこもった熱気が、逆巻く大風に耐え切れずひとつぶのしずくをこぼした。
 そのしずくがみずからの分身を生み、やがて空の青から舞い落ちるとき、
 地上にうごめくものたちは物影をもとめ、しばしの間身を縮める。
 ここ、街道わきに生い立つ柏の木々の枝かげにもせわしげに駆け込む
 旅人たちの姿があった。
 
 「ついてないね、こんなところで足止めなんて。」とクスコがぼやいた。
 「今日はやけに蒸し暑い日でしたが、もう降ってくるとは…オーランス
 気まぐれには困ったものです。」マーカインは木陰から手をさしのべ
 雨粒を手のひらに受けていた。「すごい大粒ですよ、痛いくらいだ。」
 「悪いけど、あたし先に行かせてもらうわ。もうちょっとで街道も
 分かれ道になるし、こんな雨くらい平気よ。短い間だったけど
 お世話になりま」
 別れの挨拶を述べるクスコの顔を、白い光がかっと照らした。同時に
 轟音がとどろき、クスコの声はかき消え、一同の背骨をびりびりと
 振るわせた。
 「うっはー、こりゃ豪気だ!ひゃっほう!」ナディスは小躍りして落雷を
 喜んだ。「もっと鳴れ鳴れ!」
 「こんな雷の中を槍をかついで歩くのか?感心しないな」ケインに諭されて
 しぶしぶクスコも樹の下に座りこんだ。「んもう、くそったれ。」
 

 雨は降り続け、黒雲は分厚く頭上に覆いかぶさり、稲妻と雷鳴は
 遠ざかるかと思えばまた激しく鳴り響き地面をふるわせた。
 「止まないな。いやな雨だ。」ケインがつぶやいた。
 「おしりが冷たい。」クスコがため息をついたそのとき、ナディスががばっと
 起き上がり斧をつかんだ。そしてわめいた。「来るぞ!!」
 「な、何ですいきなり?」マーカインは水けを絞っていた帽子を思わず
 取り落としてしまった。
 「オレが来るって言ったら決まってるだろ!混沌のヤツらだ!」
 稲妻のせいではなく、全身を総毛立たせて斧の刃を雨に光らせている
 ナディスのただならぬ様子に、ケインとクスコも武器を手に取った。
雷鳴のなか、ひづめの音とおぞましい啼き声がたしかに聞こえた。
 

 

 
 

 

 
 
 

第4章


 宿屋の朝はあわただしい。
 いそいで宿賃を払って旅立つもの、朝食のスープの味に文句をつけるもの、
 井戸ばたは顔をこするだけの者から全身水浴びする者で混み合っている。
 そんな中、男たちの視線に晒されながらクスコは髪を洗っていた。無遠慮な
 視線にはなれっこなクスコだが、今日は何かいつもと違う、そんなことを
 考えていると、一人の男が遠慮がちに口をひらいた。
 「あ、あんた、ひょっとして野蛮人と旅してるって女かい?」
 「…ナディスのこと?まあ、一緒といえばそうね。」
 とたんに彼女は男たちにわっと取り囲まれた。
 「やっぱりそうか!もう聞いたかい、あの事は?」
 「すごかったからなあ、勇敢だよな!」「ある意味ではなぁ。」
 男たちは昨夜の騒ぎの顛末を口々に熱っぽく語りはじめた。
 

 「ナディスさん、もう朝ですよ。朝食も始まってますよ!…変ですねえ。
 具合でも悪いんですか?」
 マーカインはベッドにうつぶせになったまま起きようとしない男に声をかけた。
 「何か悪いものでも食らったのだろう。」
 ケインは静かに旅装をととのえながらつぶやいた。「今日はどこまで行くんだ、
 急ぐのか?博士。」
 「うーん、私は石版のことがどうしても気になるのでパヴィスへ行こうと
 思っているのですが、ナディスさんがこの様子では…」
 「ほっといてくれ。」ナディスはうめいた。「もうちょっと、寝ていたい…」
 「ほっといてあげましょ、きっとお尻が痛いのよね?戦士様は。」
 クスコが濡れ髪をこすりながら部屋にはいってきた。「もう村じゅう、あんたの
 話題でもちきりよ。下の食堂へいけば解るわ。ごはん食べに行きましょう。」
 クスコは博士と剣士を部屋から押し出し、後ろ手にドアを閉めた。ナディスは
 声にならない声でつぶやいた。「この俺様、一生の不覚だぜ…」
 

 朝の一騒ぎが収まると宿屋は落ち着きをとりもどす。おかみの指図にしたがい
 少年がほうきを手に部屋べやをまわり、井戸端で少女が洗いものに精をだす、
 そんな光景を3人は眺めていた。
 「パヴィスに行くのか…俺はどうするかな。」ケインがつぶやいた。
 「一緒に行きませんか、寺院で礼拝をしましょうよ。私はとにかくこの
 石版のことを報告せねばなりません。新たな知識を得たものの義務ですし!」
 「私は日の天蓋寺院に戻るわ。途中でお別れね。」
 「しかし、コイツが起きないと始まらぬ。」ケインはナディスのほうに
 いかつい顎を向けた。「いつまでそうやってる気だ。どうせもう
 知れ渡っていることだ。開き直れ。」
 「置いてっちゃえば?」

 「てめえら、勝手なことばっかぬかしやがって!」
 ナディスは突然がばっと起き上がった。
 「ああ行くよ!行きゃいいんだろが!この俺様にゃ怖いものなしでぃ!」
 そう言いながら少ない荷物をかき回し始めた。3人のため息、微笑、
 ニヤニヤ笑いが部屋に漂った。
 

 朝というには遅すぎ、昼と呼ぶには早い時刻に4人は宿を出た。
 が、村を出る前に麗しのユーレーリアンたちとばったり出会うはめに
 なってしまった。彼女たちは村の共同洗濯場に汗まみれのシーツや
 ガウンを洗いに行くところだった。
 「あっ、昨日のひとよ!」「きゃ〜」「きゃ〜」「きゃ〜」
 「もう行くんですか?」「お達者で。」
 「ご武運をお祈りいたします!」「クワワ〜。」
 華やかな声援とたおやかな腕(と、羽根)をいっぱいに
 振り続ける乙女らに見送られて、4人はガーハウンド村を出た。