ちょっと変わったタイトルのように思えますが、まさに内容を表しているタイトルです。
第2次安倍政権がなぜ長期にわたって支持されたのかという問題について、その理由を探った本になります。
本書の出発点となているのは、谷口将紀『現代日本の代表制民主政治』の2pで示されている次のグラフです。
グラフのちょうど真ん中の山が有権者の左右イデオロギーの分布、少し右にある山が衆議院議員の分布、そしてその頂点より右に引かれた縦の点線が安倍首相のイデオロギー的な位置であり、安倍首相が位置が有権者よりもかなり右にずれていることがわかります。また、衆議院議員の位置が右にずれているのも自民党議員が右傾化したことの影響が大きいです。
では、なぜ有権者のイデオロギー位置からずれた政権が支持されたのでしょうか?
『現代日本の代表制民主政治』では、自民党の政党としての信用度、「財政・金融」、「教育・子育て」、「年金・医療」など有権者が重視する分野について自民党のほうが上手くやると考えている有権者が多いことなどが指摘されていました。
本書の著者は谷口研究室の出身であり、この谷口研究室と朝日新聞による共同調査(東大・朝日調査)をベースにしながら、安倍政権が支持された別の理由を探ったものになります。
そして、その理由がタイトルにもある「賛同」、「許容」、「傍観」なのです。
ちなみに著者の名前は「よしなり」と読んでしまいますが、「たかあき」だそうです。
目次は以下の通り。
序 章 2010年代の自民党政治をめぐる謎
第Ⅰ部 政策位置の実態と認知
第1章 自民党議員の政策位置
第2章 有権者から見た自民党の位置
第Ⅱ部 自民党政治を支えた有権者
第3章 右派層からの賛同
第4章 自民党との乖離の許容
第5章 中道層の傍観
第Ⅲ部 巧妙化した自民党の人事
第6章 人事パターンの変容
第7章 政務三役に表れるバランス感覚
終 章 2010年代の政治から何を学ぶか
本書は有権者の中の次の3つの層に注目しています。
(1)自民党の主張に賛同する右派層
(2)自民党ほど右寄りではないが、政策距離とは別の理由から自民党の外交・安全保障政策を許容する層
(3)そもそも政治に参加せず、自民党の右傾化を傍観する中間層(19p)
ただ、その前に自民党は本当に右傾化していて、それは有権者に認識されていたのか? という問題をとり上げています。
第1章では東大・朝日調査が行われるようになった2003年より前の各政党のイデオロギー位置を選挙公報などのデータから推定し、各政党のイデオロギー位置の変化を追っています。
分析によれば、日本では小選挙区比例代表並立制が導入された以降に外交・安全保障分野での政党の分極化が起こっています(35p図1.2参照)。これはダウンズの中位投票者定理に反する現象ですが、日本は小選挙区だけでなく比例代表との並立制であり、政党のカラーを打ち出すことが重要だったことなどが原因だと考えられます。
第2章では、「自民党の右傾化に有権者が気づいていなかったのでは?」という可能性が検討されています。
分析の結果、2010年代の自民党の右傾化については有権者も認識できていたことが確認されました。また、自民党との政策距離を感じつつも、自民党の政権担当能力を評価し、外交において自民党に期待する有権者の割合が高いです(59p図2.14、60p図2.15参照)。ここからは自民党との距離を感じつつも一定の評価を与えている有権者の姿が浮かび上がります。
第3章からはいよいよ自民を支持した有権者についての分析です。
まず、日本では「外交は票にならない」と言われてきましたが、近年では外交・安全保障を重視し続ける有権者が一定数おり(66p図3.1参照)、必ずしも「票にならない」とは言えなくなっています。
外交や安全保障を重視する人は、政治的知識が高い傾向があります(76p図3.4参照)。また、右寄りな立場が明確な有権者ほど外交・安全保障を重視しています(78p図3.6参照)。
また、外交・防衛を重視する有権者は政党本位の投票をする傾向があり(79p図3.7参照)、その投票先は自民党になりやすいです(80p図3.8参照)。
ただし、いくら右寄りであっても自民党とは距離があるという有権者もいます。その動きを分析したのが第4章です。
ここで著者がポイントとしてあげるのが対外的な脅威認知です。もともとそれほど右寄りのポジションをとっていない有権者も対外的な脅威認知が高まると右派政権を許容しようとするのではないかというのです。
ただし、対外的な脅威の認知が左右のイデオロギーと同義であれば(対外的な脅威を感じるのが右派といった関係)、この仮説は成り立ちません。そこで本書では中国を教員と感じている人の中にも必ずしも自衛隊の強化などに賛成しない人がいることを確認したうえで分析を行っています。
著者が行ったコンジョイント実験(さまざまな想定を示して反応を見る実験)によると、「軍事費のバランスが中国優位に拡大する」、「中国軍機の接近回数が増加する」などの条件を示すと日本政府への評価が低下し、「対中貿易収支が好転」、「中国人観光客の増加」、「日中首脳会談の開催」などの条件を示すと日本政府への評価が上がります(93p図4.2参照)。
ところが、詳しく分析すると「中国人観光客の増加」や「日中首脳会談の開催」の条件があっても日本政府への評価が上がらない集団もいます。また、このグループでは「中国軍機の接近回数の増加」の条件のとき、日本政府への評価がその他のグループよりも下がりにくいです(94p図4.3参照)。
そして、このグループは日本の防衛力強化に賛同する傾向があります(95p図4.4参照)。
このように対外的な脅威の認知は有権者に一定の影響を与えていると考えられます。
2012年の衆院選における東大・朝日調査を分析すると、対外的脅威を認知している人ほど安倍首相への感情が有意に好転し、右派の許容(左派の拒絶)をもたらしていることがわかります。また、外交・安全保障を重視する人においては自民党への感情温度も上がっています(98p図4.6参照)。
こうした傾向は著者が行った2020年の調査でも見られ、左派への拒絶は弱まっているものの、対外的脅威の認知が自民党や菅義偉首相への感情温度の上昇につながっています。
2012年の調査においても、2020年の調査においても有権者は自民党との距離を感じているのですが、そのずれを対外的脅威の認知が補っている様子がうかがえます。
従来の説明では、外交・安全保障における政策距離を経済政策が埋めていたという説明が多かったですが、対外的脅威を認知する中で自民党の右寄りの政策を「許容」したという解釈もできるのです。
第5章は「中道層の傍観」というタイトルが付けられています。
欧米の研究では、イデオロギー的に極端な有権者ほどあらゆる形態の政治参加に積極的な傾向が見られますが、日本では必ずしもそうではなかったといいます。ただし、デモなどの投票外行動に参加する傾向があるとも言われます。
本章では2010年代にこうした傾向に変化があったのかを検証しています。
2010年代に平和安全法制をめぐって大規模なデモなどが起こりましたが、国民全体から見た参加人数は少人数にとどまります。
また、本書が指摘するように、有権者は主要政党の分極化を認識していたため、中道層は投票から遠ざかった可能性もあります。
実際、2009年と2013年を比較すると主に中道層で政治不信の傾向が高まっており(109p図5.1参照)、自分の一票に対する価値の認識も低下して言います(110p図5.2参照)。政治的関心についても右寄りと左寄りの有権者では2009年と2013年を比較して上昇していますが、中道層ではそうした上昇が見られません(111p図5.4参照)。
投票以外の行動についても、「市民運動や住民運動への参加」「デモへの参加」などは左寄りの人を中心に政治的にはっきりとした人が、同じく「オンライン活動」も政治的にはっきりとした人がする確率が高くなっています。
2010年代は中道層の政治参加が低調で、自民党政治をいわば「傍観」していたとも言えるのです。
第6章と第7章では自民党政権の人事が分析されています。
第6章は党内の部会での人事を見ています。安倍政権が右寄りの議員を優遇するような人事を行っていたならば、自民党議員は自らの政策位置を右に寄せるかもしれません。本章ではそうした可能性が検討されています。
まず、外交部会、国防部会の人事が分析されています。この両部会で役職を得た議員の政策的な立ち位置を見ると、第2次小泉内閣〜野党だった谷垣総裁時代の人事に比べ、第2次安倍政権以降の人事では議員の政策位置が右に寄っています(130p図6.2参照)。
ちなみに2014年の衆院選以後で外交部会、国防部会の両方で役職を得たのは、大野敬太郎、小田原潔、長尾敬、武藤貴也、簗和生、少し時期がずれますが松本洋平も両部会で部会長代理を務めています。
大野敬太郎を除くと、いずれも選挙地盤がそれほど強そうでない議員で、本書では触れられていませんが、このあたりの個別の人事も興味深いですね。
一方、公共事業などに関与しやすい農林・経済産業、国土交通の「御三家」と呼ばれる3つの部会を見てみると、特にイデオロギー位置の変化はありません(132p図6.4参照)。
なお、第2次安倍政権では選挙に強い議員がこれらの部会の役職を得る確率が高くなっており、選挙の「報酬」として機能している可能性もあります。
この部会での状況は国会の委員会への割り当てでも確認でき、外務/安全保障委員会へは右寄りな議員が割り当てられることが多い一方(137p図6.7参照)、「御三家」(農林水産、経済産業、国土交通)の割り当てに関しては政策位置は関係していません(138p図6.8参照)。
第7章では政務三役(大臣・副大臣・政務官)の人事が分析されています。
第2次安倍政権は自民党と公明党の連立政権です。2013年5月に早稲田大学現代日本社会システムが行った調査では、尖閣諸島や竹島の問題で政府は回答者自身よりも政府は「強硬ではない」と見ています(143p図7.1参照)。右寄りの自民党の政権でありながら、政府は比較的中道よりだと認識されているのです。
実際の人事を見ると、第2次小泉内閣から麻生内閣にかけては大臣が左寄りなら副大臣は右寄りといった具合にバランスがとれています。第2次安倍内閣では全体的に右寄りになりますが、第3次以降は自民党の平均とほぼ変わりません(146p図7.3参照)。
外務・防衛の政務三役を見ても、自民党全体に比べて特に右寄りになっているわけではないですし、特に右寄りの議員が抜擢されたということはないようです(147p図7.4参照)。
農林水産、経済産業、国土交通に関しては小選挙区で勝利した議員が選ばれやすい傾向があり(149p図7.7参照)、ここでも一種の「報酬」になっていた可能性があります。
なお、本章では民主党政権や民主党についても分析されていますが、民主党政権の政務三役には所属議員よりも右寄りな議員が多いです(150p図7.8参照)。
また、外務/安全保障委員会への参加議員を見ると、2014年頃までは右寄りの議員が参加する傾向がありますが、その後はそうした傾向が小さくなっています(151p図7.10参照)。この点から、外交や安全保障を重視する有権者は、より強く民主党が「左傾化」した印象を持った可能性があります。
このように本書は第2次安倍政権が長期化した理由をデータの面から探っています。
タイトルにもある「賛同」「許容」「傍観」について分析した第3章〜第5章は説得力のある分析になっていると思いますし(第5章のグラフがややわかりにくいですが)、第6章、第7章の分析は今後発展させていけそうなものです(選挙地盤の弱い議員や利益誘導が効かなそうな都市部の自民党議員に着目して分析をしていけば、なにか特徴がでてきそうな気がする)。
岸田首相になって自民党の「右寄り」なイメージはやや修正されたかもしれませんが、ウクライナ戦争などをきっかけに対外的脅威はむしろ強まったとも言えます。
そうした中で、本書で行われた分析は今後の日本の政治を見ていく上でも有益なものだと思います。