写真展の中止が違法とされた事案(東京地判平成27年12月25日)

主文
1 被告株式会社Nは、原告に対し、110万円及びこれに対する平成24年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告株式会社Nに対するその余の請求並びに被告甲及び被告乙に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用と被告株式会社Nに生じた費用の各10分の1を同被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 1 被告らは、原告に対し、連帯して1398万1740円及びこれに対する平成24年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告株式会社Nは、原告に対し、同被告のホームページに別紙謝罪広告目録1記載の謝罪広告を同目録2記載の条件で掲載せよ。
第2 事案の概要
  本件は、写真家である原告が、〈1〉(ア)写真展示場「戊」を運営する被告株式会社N(以下「被告会社」という。)が、原告との間で、東京及び大阪の写真展示場で原告の写真展を開催することを内容とする契約を締結した後に、その開催中止を一方的に決定し、東京展については、裁判所による仮処分の発令後に写真展の開催自体には応じたものの、その開催に当たり必要な協力をせず、大阪展については写真展の開催に応じなかったことにつき、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負う、(イ)被告会社の代表取締役である被告甲(以下「被告甲」という。)及び担当取締役である被告乙(以下「被告乙」という。)が、被告会社の上記のような対応の方針決定に関与したことにつき、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うと主張して、被告らに対し、損害賠償金1398万1740円(慰謝料、仮処分関係費用、逸失利益、弁護士費用等)及びこれに対する平成24年9月5日(大阪展開催中止の最終通告日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求めるとともに、〈2〉民法723条に基づき、被告会社に対し、謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 前提事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)
 (1) 原告は、日本を拠点として活動している韓国生まれの写真家である。
 被告会社は、カメラの製造販売等を業とする会社であり、東京(丙、丁)及び大阪の3箇所に写真展示場「戊」を開設し、写真家に写真展の開催のために無償で使用させるなどの活動を行っている。平成24年5月ないし9月当時、被告会社の業務分掌上、戊の運営は、映像カンパニーのフォトカルチャー支援室戊事務局(以下、単に「戊事務局」という。)が担当していた。
 被告甲は、平成24年5月ないし9月当時、被告会社の代表取締役であった。
 被告乙は、平成24年5月ないし9月当時、被告会社の取締役兼常務執行役員であり、被告会社の映像カンパニーを統括するカンパニープレジデントの職にあった(甲194、195、197)。
(2) 被告会社が戊を写真展の会場として無償で使用させる目的は、質の良い写真作品の公開を通じて、写真文化の普及・向上を図り、カメラ及び関連機材の販売促進につなげることにあり、各戊は被告会社が扱うカメラ等の製品を展示するショールームに併設されている。このうち、丁・戊は、JR・丁駅近くの高層建物である己の28階のうち被告会社が賃借する部分にショールームを中心として構成された「庚・丁」の中にある。
  被告会社は、一般から戊での写真展開催の申込みを募り、戊選考委員会(映像カンパニーのカンパニープレジデントが委員長を務めるほかは、社外の写真家等5名で構成される。)において選考の上、その開催の諾否を決定している。戊での写真展の開催は、延べ数千回に及び、日本の代表的写真家の登竜門的役割を果たしてきたと評価されている(甲1〜3、甲1、14、144、146)。
  (3) 被告会社は、戊で写真展を開催するに当たっては、次のとおりの戊使用規定(以下「本件使用規定」という。)を了承することを求めている。戊での写真展の開催に当たり、被告会社は、展示場を無償で使用させるほか、案内ハガキの制作費の一部及び発送費(個人分を除く。)、会場内の挨拶文、略歴、キャプション等の展示物制作費、プレスリリースの発行、展示作業費等を負担するが、展示作品のプリント、パネル、運搬等の経費や、案内ハガキの制作費の一部等は、写真家の自己負担とされている(甲3、8、甲1、146)。
「1.会場使用料は無料です。
2.使用取り止めおよび変更は、使用日より3カ月前までにお申し出ください。万一3カ月以内に使用取り止めのお申し出があった場合は、戊運営上の損害金を補償していただく場合があります。
3.4.(略)
5.戊使用権の第三者への譲渡および転貸はできません。
6.一般入場者より入場料を徴収することは、お断りいたします。また、会場内において写真集などの物品を販売する場合は、事前に承諾を得てください。
7.使用に際し、戊の間仕切り、造作などは変更できません。また、戊に写真以外のものを搬入・展示する場合は事前に承諾を得てください。
 8.(略)
9.戊事務局が、申し込み書記載内容に反する展示であると判断した場合は、展示後といえども全展示物を撤去し、使用を中止していただきます。
10.展示作品に関しての協力会社名、商品名およびデータ等の会場内での表示は、原則としてお断りいたします。
 11〜13.(略)」
 (4) 原告は、平成23年12月28日付けで、「戊使用規定を了承し、下記の通り申し込みます。」とあらかじめ記載された所定の戊使用申込書に次のとおり記入して、応募作品と共に、戊事務局宛てに提出した(甲4。以下、この行為を「本件使用申込み」という。)。
写真展名:重重(Layer By layer)
写真展内容:中国に残された朝鮮人「日本軍慰安婦」の女性たち
応募作品:枚数・40枚 サイズ・A3 種類・モノクロ
(5) 被告会社は、平成24年1月24日付けで、原告に対し、「戊選考委員会 委員長乙」の名で「戊使用承諾の件」と題する書面を送付し、同月23日の戊選考委員会において審議の結果、本件使用申込みについて、「下記の通り承諾と決定いたしました」と通知した(甲7。以下、この行為を「本件使用承諾」といい、下記の写真展を「東京展」という。)。

  使用会場:丁・戊
  開催日時:平成24年6月26日〜同年7月9日(2週間)
 午前10時30分〜午後6時30分
(会期中無休/最終日は午後3時まで)
作品展示日:6月25日午後3時〜
作品搬出日:7月9日午後3時〜
(6) 原告は、戊事務局からの指示に従い、平成24年4月上旬頃に、東京展の会場掲示用のキャプション原稿(甲9)、パブリシティ用原稿(甲10)及び作者略歴原稿(甲11)と案内ハガキ原稿を提出した。これらの原稿では、写真展名が「重重−中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」に変更されていた。
被告会社は、平成24年5月9日頃に、東京展(変更後の写真展名による。以下同じ。)のスケジュールが掲載された「丙・丁・戊2012年6月度スケジュールのお知らせ」と題する書面(甲16、甲163。以下「リリース書面」という。)をマスコミ関係者に送付してプレスリリースを行い、同月11日頃、被告会社のホームページにも東京展のスケジュールを掲載した。また、被告会社は、平成24年5月上旬頃、東京展の案内ハガキの校正を終えて、同月中旬頃、原告の費用負担による増刷分を含む合計2500枚の案内ハガキ(甲17)を原告に届けた(甲7、8、15、甲74、146)。
  (7) 被告会社は、平成24年5月15日付けで、原告に対し、「戊選考委員会 委員長乙」の名で「アンコール写真展開催の件」と題する書面を送付し、同月14日の戊選考委員会において審議の結果、「重重−中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」のアンコール展を「下記の通り開催していただくよう決定いたしました。ご了承いただきますようお願い申し上げます。」と通知した(甲14。以下、この行為を「本件アンコール展開催通知」といい、下記の写真展を「大阪展」という。また、東京展と大阪展を併せて「本件写真展」という。)。
  記
  使用会場:大阪戊
  開催日時:平成24年9月13日〜同月19日(1週間)
  期間中毎日午前10時30分〜午後6時30分
  (会期中無休/最終日は午後3時まで)
  作品展示日:9月12日午後3時〜
  作品搬出日:9月19日午後3時〜
  (8) 平成24年5月19日の朝日新聞朝刊(辛版)に、「辛市在住の韓国人写真家壬さん(41)が、中国に戦後置き去りにされた朝鮮人の元従軍慰安婦を撮り続けている。この春、写真展などを企画する実行委員会を結成し、19日には辛市で講演会がある。」、「元慰安婦が重ねた苦悩に、問題の解決を願う思いを重ね、プロジェクト名は「重重」とした。」、「6月26日〜7月9日には、東京の丁・戊で写真展を開く。」などと紹介する記事(甲24。以下「本件記事」という。)が掲載されたところ、同月21日頃から、戊で本件写真展が開催されることに関し、被告会社への電話や電子メールで批判的な意見が寄せられたり、インターネット上の電子掲示板に批判的な書き込みがされたりした。
  (9) 被告会社は、平成24年5月22日午後、社内で検討した結果、本件写真展の開催を中止することを決定し(以下「本件中止決定」という。)、同日午後7時頃、戊事務局長である癸(以下「癸」という。)から原告の妻である壬2(以下「壬2」という。)を介して原告に対し、本件写真展の開催を「諸般の事情」により中止することとした旨を電話で伝えるとともに、同日、被告会社のホームページの戊写真展スケジュール中に掲載されていた東京展の開催予定を削除し、これに代えて「6/26(火)〜7/9(月)壬写真展は諸般の事情により中止することとなりました。関係各位の方々にご迷惑をおかけしたことを心からお詫び申し上げます。」と掲載した(甲19、23)。
  (10) 原告は、平成24年6月4日、東京地方裁判所に対し、原告を債権者、被告会社を債務者として、丁・戊を東京展のために仮に使用させることを求める仮処分命令の申立て(以下「本件仮処分命令申立て」という。)をし、同裁判所は、同月22日、その申立てを認容する決定(以下「本件仮処分命令」という。)をした。被告会社は、これを不服として保全異議の申立てをしたが、同裁判所は、同月29日、本件仮処分命令を認可する決定をした。被告会社は、これを不服として保全抗告をしたが、東京高等裁判所は、同年7月5日、その抗告を棄却する決定をした(甲28〜30)。
  被告会社は、上記のとおり本件仮処分命令に対し不服申立てをする一方、本件仮処分命令に従い、原告に丁・戊を東京展の会場として使用させた。東京展は、予定どおり平成24年6月26日から同年7月9日まで丁・戊において開催され、7千人前後(原告集計によれば7900人、被告会社集計によれば約6500人)が来場した。
  (11) 原告は、東京展が終了した後、被告会社に対し、大阪展の予定どおりの開催への協力を求めたが、被告会社は、これに応じず、最終的には平成24年9月5日に原告に送付した書面により、これに応じられない旨を伝えた。
  原告は、平成24年10月11日から同月16日まで、丙2市内のギャラリーを借りて、写真展(以下「代替展」という。)を開催した(甲31、32、甲35)。
 2 争点
 (1) 被告会社が債務不履行責任又は不法行為責任を負うか
 ア 被告会社と原告との間で契約が成立したか
 イ 被告会社が契約上の義務を履行したか
 ウ 被告会社が契約上の義務の履行を免れる理由(解除、錯誤、履行不能)があるか
 エ 本件中止決定等の違法性
 (2) 被告甲及び被告乙が会社法429条1項に基づく責任を負うか
 (3) 原告が被った損害の有無及び額
 (4) 謝罪広告請求の当否
 (5) 被告会社による相殺の抗弁の当否
第3 争点に関する当事者の主張
 1 被告会社が債務不履行責任又は不法行為責任を負うか
  (原告の主張)
 (1) 被告会社と原告との間で契約が成立したか
  ア 原告が平成23年12月28日付けで本件使用申込みをし、被告会社が平成24年1月24日付けで本件使用承諾をしたことにより、原告と被告会社との間で、丁・戊において原告の写真展を開催することを内容とする契約(以下「東京展開催契約」という。)が成立した。
 イ また、原告が本件使用申込みをし、被告会社が平成24年5月15日付けで本件アンコール展開催通知をしたことにより、原告と被告会社との間で、大阪戊において原告の写真展を開催することを内容とする契約(以下「大阪展開催契約」といい、東京展開催契約と併せて「本件契約」という。)が成立した。なお、原告は、被告会社からの本件アンコール展開催通知に対しても、同月22日に、壬2が代理して戊事務局の担当者に対し「大阪のリコール展、よろしくお願いします。」との電子メールを送信し、返答している。
  (2) 被告会社が契約上の義務を履行したか
 ア 本件契約に基づく債務の内容には、単に原告が写真を提供し、被告会社が会場を提供すること(以下「会場貸与義務」という。)のみならず、これに付随する信義則上の義務として、芸術的価値の高い写真展の実現のために相互に必要な協力を行うこと(以下「協力実施義務」という。)が含まれており、被告会社は、写真展の広報や会場内の環境維持を含め、通常の写真展において質の高い写真展を実現するために通常認められている行為について、原告からの要請があればこれに応ずるべき義務を負っていた。
 イ ところが、被告会社は、合理的な理由なく一方的に本件中止決定をし、原告が抗議しても、本件写真展を開催する意思のないことを言明し続け、原告が東京展の開催のために本件仮処分命令申立てをすることを余儀なくした。
 その上、被告会社は、本件仮処分命令が発せられた後も、仮処分で命じられた限度で施設使用を認めるのみで、それ以上の協力は行わないとの姿勢を貫き、東京展の開催期間中、過剰な警備体制を敷いて写真を鑑賞するための良好な環境を破壊し、原告の写真が掲載されたパンフレット等の頒布・販売を禁止し、原告が会場内で報道関係者からの取材を受けることを禁止し、ホームページ上や会場外の掲示による広報活動を実施しないなど、本件写真展の開催への協力を拒絶し続けた。
 このような被告会社の一連の対応は、東京展開催契約に基づく協力実施義務の不履行に当たる。
 ウ また、被告会社は、大阪展については、会場貸与自体を拒否し続け、大阪展開催契約に基づく義務を一切履行しなかった。
  (3) 被告会社が契約上の義務の履行を免れる理由(解除、錯誤、履行不能)があるか
  被告会社が本件契約上の義務の履行を免れる理由はない。
 本件中止決定がされた時点で、写真展の中止を必要とするような具体的危険を予見させる事情は何ら存在せず、実際にも、本件写真展は一部の特異な妨害者による妨害行動があったものの無事に開催されている。
 また、原告は、当初から、写真展名欄に「重重(Layer By layer)」、写真展内容欄に「中国に残された朝鮮人「日本軍慰安婦」の女性たち」と明記して本件使用申込みをし、被告会社はこれを認識した上で本件使用承諾及び本件アンコール展開催通知をしている。
 「重重プロジェクト」は、本件写真展を成功させ、一人でも多くの人に原告の写真を見てもらうための活動であって、原告が本件写真展を他の活動の手段として利用しようとした事実はない。
  (4) 本件中止決定等の違法性
 被告会社は、いったんは写真としての価値を認めて開催を決定した本件写真展について、わずかな抗議活動を契機としてこれに過剰に反応した上、これに起因して原告の政治活動の一環と根拠なく決めつけ、忌避、嫌悪して、本件中止決定をし、本件仮処分命令により被告会社のそのような判断が否定された後も自らの過ちを認めず、東京展については、会場使用を認めたのみで、開催に協力せず、大阪展については開催を拒絶し続けた。このような被告会社の行為は、原告の写真家としての社会的評価を低下させ、原告の人格権を侵害するとともに、表現の伝達と交流の場を理由なく奪い、差別的取扱いをして、憲法的価値を侵害するものであり、また、文化施設の運営における行為規範にも反するものであって、重大な違法性を有する。
 なお、被告会社は、本件中止決定をした理由は安全確保の必要性にあったなどと主張するが、本件中止決定がされた時点において本件写真展を開催した場合に危険が生ずる客観的根拠は皆無であったし、被告会社自身も仮処分段階ではそのような主張を一切していなかったことに照らし、被告会社がそのような理由で本件中止決定をしたものではないことは明らかであって、本件中止決定には何ら合理的な根拠がない。
  以上によれば、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応は、本件契約の債務不履行に当たるとともに、原告に対する不法行為に当たる。
  (被告らの主張)
 (1) 被告会社と原告との間で契約が成立したか
  ア 被告会社は、一定期間内に応募された作品の中から優等者を選定し、優等者に対し、主たる報酬として、丁又は丙の展示スペースを無償で提供し、従たる報酬として、〈1〉案内ハガキ制作費の一部負担、〈2〉額の貸出し、〈3〉会場内の挨拶文、略歴、キャプション等の展示物製作費の負担、〈4〉案内状の発送費(個人分を除く。)の負担、〈5〉プレスリリースの発行、〈6〉展示作業費の負担を提供する旨の優等懸賞広告をし、これに応募した原告に対し、選定の結果、報酬として、丁・戊における展示スペースの提供と上記〈1〉ないし〈6〉の提供を決定したものであって、被告会社と原告との間で契約は成立していない。
 イ アンコール展の開催は、優等懸賞広告の報酬に含まれていない。
 被告会社は、原告に対し、優等懸賞広告とは別に、大阪で写真展を開催する意思があるか意向打診をしたが、これに対し、原告側から、費用負担につき問合せがあったのみで回答はない段階で、被告会社が本件中止決定を伝えて意向打診を撤回しているから、大阪展については何らの合意も成立していない。
  (2) 被告会社が契約上の義務を履行したか
 ア 契約の成立が認められるとしても、それは丁・戊の展示スペースを無償提供することを主たる債務とするもので、従たる債務の内容は上記(1)ア〈1〉ないし〈6〉の負担にとどまり、原告主張の協力実施義務は契約上の債務の内容に含まれない。
 イ 被告会社は、本件仮処分命令に従い、予定どおりの期間に丁・戊の展示スペースを原告に無償で提供した上、上記(1)ア〈1〉ないし〈6〉の負担をしたから、上記契約上の義務を履行した。
 会場の警備、パンフレット等の頒布・販売の許可、会場内での取材の許可、会場外の案内掲示等は、いずれも被告会社が有する会場の管理権限の行使に関わり、被告会社の裁量に属する事項であって、被告会社が原告に対しこれらを行うべき義務はない。
 (3) 被告会社が契約上の義務の履行を免れる理由(解除、錯誤、履行不能)があるか
 ア 解除
 (ア) 申込条件違反
 被告会社は、「写真文化の向上を目的とする写真展であること」を戊での写真展開催を許諾する条件としているところ、これに合致するためには、〈1〉写真作品として優れていること、〈2〉安全、平穏な鑑賞環境が保全されることの2条件をいずれも満たすことを要する。
 ところが、原告の応募は、本件写真展を「重重プロジェクト」という一定の目的を持って行われる募金活動、物品販売、支援者募集、写真展等から成る一連の有機的な活動の一環として組み込み、その活動の目的達成の手段とすることを企図したものであり、本件写真展を開催すれば、これに抗議する者らの行動により原告、原告関係者、来場者、被告会社従業員らが危険にさらされたり、賛否両派の意見表明活動が行われて会場が騒然となることが予測されたから、上記〈2〉の条件に反する。
 (イ) 安全性に関する告知義務違反
 戊写真展への応募者は、信義則に基づく真実義務として、被告会社が会場管理権限者として出展掲示の諾否を判断するために重要な事実を、所定の戊使用申込書の写真展内容欄に自主的に記載して告知すべき義務を負う。
 原告の応募は、「重重プロジェクト」活動の一環として企図されたものであり、そうである以上、重大な危険混乱が予測されたから、原告はそのことを被告会社に対し告知する義務を負っていたにもかかわらず、原告は、本件使用申込みに当たり、写真展内容欄に「中国に残された朝鮮人「日本軍慰安婦」の女性たち」と記載したのみで、本件写真展が「重重プロジェクト」の一環であることを何も記載せず、上記の義務を履行しなかった。
 (ウ) 本件使用規定違反
 原告は、〈1〉本件使用申込みに当たり、使用者氏名欄に記載された原告に加えて、「重重プロジェクト」の活動主体である「重重−X「慰安婦」写真展実行委員会」にも出展掲示活動を行わせようとしていた点、本件写真展が「重重プロジェクト」活動の一環であることを写真展内容欄に記載していなかった点で、本件使用規定9条に違反し、〈2〉東京展開催に必要な資金を募るとして、募金活動を行った点で、入場料の徴収を禁止する本件使用規定6条に実質的に違反し、〈3〉本件写真展の開催を「重重プロジェクト」のホームページで告知して、その活動の宣伝、広報、募金活動に利用した点で、協力会社名等の会場内での表示を禁止する本件使用規定10条に実質的に違反した。
 (エ) 被告会社は、上記の各違反を理由として、平成24年5月22日、本件契約を解除した。
 イ 錯誤
 被告会社は、本件使用承諾及び本件アンコール展開催通知をした際、原告が他の何らかの活動の一環として出展掲示を行う意図を有していると認識していなかった。本件写真展が「重重プロジェクト」活動の一環として行われるのであれば、安全性、中立性に重大な問題が生じ、戊写真展の趣旨に合致しないことになるから、被告会社は、原告の上記意図を認識していれば、本件使用許諾及び本件アンコール展開催通知をすることはなく、そのことは戊の使用申込みについての被告会社の説明に明示されていた。
 したがって、被告会社の原告に対する本件契約締結の意思表示は、錯誤により無効である。
 ウ 履行不能
 原告主張の会場貸与義務は、〈1〉平成24年5月19日に本件写真展に関する新聞報道がされた後、被告会社に多数の抗議が寄せられ、本件写真展を開催すれば原告、原告関係者、来場者、被告会社従業員ら(以下、併せて「原告その他の関係者」という。)の生命身体に危険が及ぶ可能性が生じ、安全性の確保が困難となったこと、〈2〉そのような状況の下で本件写真展を開催すると、原告は無償で作品を出展掲示できる一方、被告会社は多額の警備費用の支出を要する上、不買運動が行われて業績に多大な損失が生ずることが予測され、履行に要する費用が過大であること、〈3〉本件写真展が原告の「重重プロジェクト」活動の手段として利用される状況が明らかとなったことにより、社会通念上履行不能となって消滅した。これに伴い、付随的義務である協力実施義務も消滅した。
 (4) 本件中止決定等の違法性
 被告会社が本件中止決定をした実質的理由は、〈1〉平成24年5月22日の時点で、自分達の主張に反対する者に対しては罵声を浴びせかけて直接に暴力を振るう団体による抗議活動が伝えられており、本件写真展を開催すれば、このような抗議活動を行う者が会場に押しかけ、暴行、傷害等の事件を起こす客観的な危険性が存在していたことから、原告その他の関係者の安全性の確保を最優先に考えたこと、〈2〉原告が「重重プロジェクト」のパンフレットに自らの主張を記載した上で「丁・戊での写真展開催に必要」としてカンパを募ったことにより、世の中で意見が分かれている事柄について、被告会社が一方の意見を推進するための活動を支援していると社会的に受け止められる可能性が生じており、中立性を確保する必要があったこと、〈3〉被告会社の事業とは全く関連性のない原告の活動の手段として本件写真展が利用されることを回避する必要があったことにあり、本件中止決定には正当な理由があるから、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応に違法性はない。
2 被告甲及び被告乙が会社法429条1項に基づく責任を負うか
 (原告の主張)
 (1) 被告乙は、被告会社の取締役の中でも、戊の運営を担当する映像カンパニーの全体を見渡すべきカンパニープレジデントの立場にあり、本件写真展の開催、運営に関する権限を有し、自ら主導して本件中止決定をした者であるが、被告会社に対する最初の抗議メール及び抗議電話があった後、正確な情報の収集と分析をせず、具体的危険性を冷静に見極めようとしないまま、インターネット上で閲覧した内容を過大に評価して、わずか1日で拙速に本件写真展の中止を決定した上、本件仮処分命令において本件中止決定には理由がないとの司法判断が下された後もこれを維持し、東京展の開催により安全性の危惧がないことが実証された後も方針を変えなかったものであり、担当取締役としての職務を行うについて悪意又は重大な過失があったというべきである。
 (2) 被告甲は、被告会社の代表取締役であり、被告会社の業務執行における最高責任者として本件中止決定を承認した者であるが、被告乙が正確な情報の収集と分析をせずに拙速な判断をしており、再検討を命ずるべきことは明らかであったのに、漫然と本件中止決定を承認し、その後も報告を受けながら方針を変えなかったものであり、代表取締役としての職務を行うについて悪意又は重大な過失があったというべきである。
 (被告甲及び被告乙の主張)
 被告甲及び被告乙は、安全性の確保、中立性の確保、手段性の回避という正当な理由に基づいて、適正に本件中止決定をしたものであって、その経営判断は取締役としての善管注意義務に合致しているから、会社法429条1項に基づく責任を負わない。
3 原告が被った損害の有無及び額
 (原告の主張)
  原告は、被告会社の債務不履行又は不法行為により、次のとおり、合計1398万1740円の損害を被った。
 (1) パンフレット等の販売禁止による損害 85万9580円
 原告は、東京展の開催初日から10日間、被告会社が会場でのパンフレット、写真集等の販売を禁止したために、その売上げを得られなかった。販売を一部認められた4日間の販売実績に照らすと、上記の販売禁止期間中に得られたはずの売上げは83万8300円を下らない。
 また、原告は、上記の販売禁止期間中、来場客からパンフレット等の予約を受け付けて後日発送することで対応し、その送料として2万1280円の支出を要した。
 (2) 大阪での代替展の開催費用 39万1850円
 原告は、一方的に本件中止決定がされたことにより、丙2市内の別の会場で代替展を開催することを余儀なくされ、ギャラリー使用料12万6000円、チラシ制作・印刷費3万6750円の支出を要したほか、代替展が開催された時期には本来の展示用写真パネルを東京の海外特派員記者クラブで使用することが先に決まっていたため、新たに写真パネル一式を制作せざるを得なくなり、写真パネル制作費22万9100円の支出を要した。
  (3) 逸失利益 33万円
  原告は、本件中止決定がされてから本件仮処分命令を得て東京展開催に至るまでの間、仮処分に関する手続への対応等に忙殺されたことにより、同期間に予定されていた次のとおりの業務をキャンセルせざるを得ず、これらの業務により得られたはずの収入33万円を得られなかった。
  ア 平成24年6月初旬の写真修正の仕事 5万円
  イ 平成24年6月中旬の食品撮影の仕事 6万円
  ウ 平成24年6月中旬の商品撮影の仕事 10万円
  エ 平成24年6月30日のブライダル撮影の仕事 12万円
  (4) 仮処分関係費用 113万0310円
  原告は、東京展の開催のために本件仮処分命令申立てをすることを余儀なくされた上、被告会社による保全異議及び保全抗告に対応することを要したことにより、印紙代2000円、郵券代1450円、打合せのための辛・東京間往復交通費9万1760円、宿泊費1万5100円、電話料金2万円、弁護士費用100万円の支出を要した。
  (5) 慰謝料・無形損害 1000万円
  原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、本件仮処分命令申立てをして写真展を開催するという異例の対応をとらざるを得なくなり、辛・東京間の往復を余儀なくされるとともに、予定どおり写真展が開催されないかもしれないという焦燥感に苛まれた上、写真家としての社会的評価を低下させられ、人格権を侵害された。
 被告会社による一連の対応が憲法的価値を侵害する重大な違法性を有するものであることや、裁判手続においても被告らが本件中止決定の理由についての主張を大きく変遷させるなど不当な対応を続けてきたことを考慮すると、原告が被った精神的苦痛及び無形の損害の金銭的評価として相当な額は、1000万円を下らない。
 (6) 本件訴訟の弁護士費用 127万円
 原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、弁護士に依頼して本件訴訟を提起することを余儀なくされた。その弁護士費用として相当な額は、127万円を下らない。
 (被告らの主張)
 争う。
4 謝罪広告請求の当否
 (原告の主張)
 写真界で極めて大きな影響力を有する巨大企業である被告会社から、「諸般の事情」としか理由を説明されずに、写真展の開催を直前に一方的に中止されたことによって、原告の写真家としての社会的評価は著しく低下させられており、原告の社会的評価を回復させるためには、事後的賠償のみでは足りず、謝罪広告が必要不可欠である。
  (被告会社の主張)
  争う。
 5 被告会社による相殺の抗弁の当否
  (被告会社の主張)
  被告会社は、東京展の安全確保のために、戊写真展において通常は実施していない警備員による警備を実施し、警備費用410万6025円を支出した。これは、被告会社が、展示スペースの提供義務を履行するために生じた費用であるから、弁済の費用(民法485条)に当たる。そして、その支出が必要となったのは、原告のコメントを掲載した新聞報道がされたことを契機として、本件写真展への批判が突如として巻き起こり、抗議が殺到したことによるから、原告がその行為によって弁済の費用を増加させた場合に当たり、上記警備費用は原告が負担すべきである。
  被告会社は、平成27年4月10日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、上記警備費用の求償債権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
  (原告の主張)
 (1) 被告会社による相殺の抗弁は、故意又は重過失により時機に後れて提出された防御方法であって、それにより訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきである。
  (2) 被告会社が支出した警備費用は、写真展の開催のために通常付随するものではなく、弁済の費用には当たらないし、原告の意向とは関わりなしに被告会社の一方的な判断により支出されたものであって、原告が当該費用を増加させた事実もないから、被告会社は原告に対しその支払を請求する権利を有しない。
第4 争点に対する判断
 1 前提事実に加えて、証拠(甲50、51、甲146、147、161、証人壬2、証人丁2、証人戊2、原告本人、被告乙本人のほか、後掲のもの。ただし、各枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。
  (1) 原告は、伝統舞踊、障害者、日本軍元従軍慰安婦、巫女等をテーマにドキュメンタリー写真を撮り続けてきた韓国人写真家であり、丙・戊で(省略)事件をテーマにした韓国人写真家の写真展が開催されているのを見て感銘を受けたことを契機として、平成23年12月に本件使用申込みをしたところ、平成24年1月に被告会社から本件使用承諾を受け、その後は、戊事務局の担当者との間で、会場掲示物、案内ハガキ等の原稿のやり取りをするなど、開催に向けた準備を平穏に進めていた。
  その過程で、原告は、当初提出した使用申込書(甲4)では「重重(Layer By layer)」としていた写真展名を、平成24年4月に提出した会場掲示用のキャプション原稿等(甲9〜11)では「重重−中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」と変更したが、戊事務局の担当者は、使用申込書の写真展内容欄に書かれていたことを写真展名にしたのだと受け止めて、特に問題とせず、同年5月9日頃に発送したリリース書面(甲163)や、同月11日頃にホームページに掲載した戊写真展スケジュールには、上記変更後の写真展名を記載した。被告乙も、リリース書面に目を通し、原告の写真に付された上記変更後の写真展名も見たが、これを特に問題視していなかった。
 (2) 原告は、本件使用承諾を受けた後、東京展の開催に向け、展示作品のプリント、パネル制作等を進める中で、その制作費等の写真展開催に必要な資金や、搬入、会場運営等の支援スタッフを募る必要を感じ、平成24年3月ないし4月頃から、原告を代表とする「重重プロジェクト」の名で写真展開催のための資金サポート及び支援スタッフを募集することとし、「重重プロジェクト」のホームページや原告が独自に作成した東京展の案内ハガキに「現在6月26日の丁・戊での写真展開催に必要な1,283,000円を募っています!!」と記載して、「壬日本軍「慰安婦」写真展実行委員会」名義口座への送金を呼びかけた(甲6、18、甲2の2)。
 (3) 平成24年5月14日に開催された戊選考委員会で、戊事務局の担当者が同年9月ないし10月の大阪戊の写真展スケジュールに空きがある旨説明したところ、選考委員らが原告の出展を相当とする意見を述べたので、被告会社は、同月15日、原告に対し、本件アンコール展開催通知(甲14)をした。
 原告は、それまで、大阪での写真展開催は念頭に置いてなかったが、この通知を受けて是非やりたいと考え、平成24年5月22日午前9時39分頃に、妻である壬2を通じて、戊事務局の担当者に対し電子メールを送信し、「大阪のリコール展(注:アンコール展の誤記)、よろしくお願いします。」と返答した(甲8)。
 (4) 平成24年5月19日(土)に本件記事が新聞に掲載されたところ、同月21日(月)午後以降、被告会社及び株式会社Nイメージングジャパン(庚の運営に当たる子会社。以下、併せて「被告会社等」という。)に対し、戊で本件写真展が開催されることに関し、多数の電話、電子メール等が寄せられたほか、インターネット上で電子掲示板「己2」等に多数の書き込みがされた。同日の電話や電子メールには、このような写真展をなぜ被告会社が支援するのかと抗議するもの、不買運動を予告するもの、開催の中止を求めるものなどがあった。また、同日の上記電子掲示板への書き込みには、不買運動を呼びかけるもの、抗議を呼びかけるもの、原告が戊での写真展開催に必要として募金を呼びかけていることを疑問視するもののほか、「意図的に日本企業にやらせてるなもう暗殺で対抗するしかないんじゃないかこんなんwスパイ同士の戦いなんだろw」、「開催すればそこに撮影者来るだろうし直接文句いいにいけばいいんじゃね?」などというものがあった(甲22〜28、46〜49、75〜80、87〜90、122、123、130、133〜136)。
  (5) 戊事務局が置かれたフォトカルチャー支援室の室長代理であった丁2(以下「丁2」という。)は、平成24年5月21日午後3時51分頃、被告会社の広報担当者からの報告で、同日午後に被告会社に寄せられた電子メール(このような写真展をなぜ被告会社が支援するのかと抗議するもの)の存在を知り、同日午後4時51分頃、被告乙に対し、当該電子メールの内容を添付して状況報告をし、「写真展の主義主張についてNが賛同しているわけではなく、あくまでも写真表現の質を審査して会場を提供している。」と広報担当者を通じて回答する方向で検討しているが、今後エスカレーションする可能性を感じている旨伝えた。これに対し、社外に出ていた被告乙は、同日午後7時35分頃、「本件トップを含めて情報の共有が必要です。広報とも再度相談方お願い致します。」と返信した(甲25、26)。
 (6) 翌日の平成24年5月22日に出社した被告乙は、同日午前9時頃から午前10時頃まで、映像カンパニーのマーケティング本部長等から、社内の複数部署に外部から寄せられた電話及び電子メールや、インターネット上の電子掲示板への書き込みの内容の報告を受け、自らもパソコンの画面で電子メールや書き込みの内容を閲読して、「これは大ごとになる。」と感じ、本件写真展の開催は厳しいかもしれないと考え、映像カンパニーとしての対応を決めるため、同日午後1時から会議を行うことを決め、関係者に参集するよう指示するとともに、被告会社の経営トップ3人(会長、社長、副社長)に報告して情報共有をするため、午後2時からのアポイントをとった。
 その後、被告乙は、自ら更にパソコンで記事の検索等をし、「辛2会」の構成員がロート製薬株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し反日的な韓国人女優をCMに起用したことが問題であるとして本社に押しかけて抗議行動をしたことにつき強要罪の疑いで逮捕された旨の報道記事(甲158)及び同団体が平成24年5月12日に訴外会社の本社前で行った抗議行動の動画(甲159はその静止画)を見て、実際に旗を振ったり、怒号を上げたりして抗議が行われている様子に衝撃を受けた。
 被告乙は、同日午後1時からの会議で、自ら検索した上記の動画を示したりしながら参集者と協議した。同会議では、大阪展についても既に本件アンコール展開催通知をしていることの報告や、この段階で写真展開催を中止するのは原告に失礼ではないかなどという意見もあり、また、本件使用規定には解約の根拠となる規定はないことが席上で確認されたものの、被告乙は、「暗殺」等に言及する電子掲示板への書き込みの内容や、上記の動画にみられた訴外会社に対する抗議行動の例を重視し、映像カンパニーの責任者として本件写真展の開催中止を決断した。被告乙は、同日午後2時から、社長である被告甲並びに被告会社の会長及び副社長と面談して、被告甲らに対し、上記のとおり本件写真展の開催中止を決めた旨を報告したところ、被告甲らは、やむを得ないなどと述べて、その方針を了承した。
 その後、被告乙は、弁護士を訪ねて、以後の対応について助言を求め、被告会社は、その助言に従い、同日午後7時頃の癸からの電話及び同月24日付けの書面(甲20)で、原告に対し、理由につき「諸般の事情」とのみ説明して本件中止決定を告げた(甲19、甲124)。
 (7) 原告が平成24年6月4日に本件仮処分命令申立てをしたところ、被告会社は、原告が本件写真展を自らの政治活動の一環として位置付け、これを政治活動の場にしようとしているから、応募条件に反しており、解約事由があるなどと主張して争ったが、東京地方裁判所は、同月22日、被告会社の主張を排斥して、本件仮処分命令(甲28)をした。
 これを受けて、被告会社は、仮処分で命じられた東京展の開催に向け、厳重な会場警備体制を整えることとし、金属探知機の設置、従業員、警備員及び弁護士の常駐等の手配をするとともに、所轄警察署に協力要請を行い、原告側にもこのような警備体制をとることにつき協力を求めて、東京展の開催に臨んだ。併せて、被告会社は、原告に対し、双方の代理人弁護士を通じて、大阪展の開催は断念してもらえないかと告げたが、原告側は、開催希望を維持し、東京展が終わってから考えたいと返答した(甲39、99〜104、106〜114、184〜187)。
 (8) 東京展の初日である平成24年6月26日には、「辛2会」、「辛3会」等による街宣活動が己の入口付近で行われた後、街宣活動を行っていた団体の構成員らが写真展会場に入ってきて、原告の支援者らとの間で言い合いとなったり、同団体の代表者が原告に面談を求めようとしたりした。翌日以降も、会場周辺での街宣活動や、写真展開催に反対する立場と思われる者の来場があり、会場が一時騒然となることはあったが、同月30日に、原告に謝罪を要求する来場者に対して他の来場者が「出て行け」と体を押したことがあったほかには、同年7月9日までの開催期間中、暴力行為に及ぶ者はなかった。
 被告会社は、平成24年7月6日、それまで承諾を与えていなかった写真集の販売について、「会場の混乱が予想されたことから販売をお控えいただいておりましたが、現在、X氏をサポートするスタッフの方々が会場に多く常駐されていますので、販売していただいても支障がないと判断いたしました。」と伝えて、同日以降の販売を承諾した(甲33、37〜39、43、107、143、181〜183)。
 (9) 原告は、平成24年7月9日に東京展が終了した後、被告会社に対し、改めて大阪展が予定どおり行われるよう協力を求めたが、被告会社は、同年9月5日、同年5月24日付け書面等で連絡したとおりで応じられないとの回答をした。
 原告は、その後に丙2市内で写真展を開催できる会場を探し、平成24年10月11日から同月16日まで、同市内のギャラリーで代替展を開催した(甲31、32、甲35)
 2 争点1(被告会社の責任)について
  (1) 契約の成否について
 ア 前提事実によれば、原告が、平成23年12月28日頃に、本件使用規定を了承して申込みをする旨記載された戊使用申込書(甲4)に必要事項を記入して本件使用申込みをしたのに対し、被告会社が、平成24年1月24日頃に、使用会場を丁・戊、開催日を同年6月26日から同年7月9日までと指定して、本件使用承諾(甲7)をしたことによって、原告と被告会社との間で、本件使用規定の定めるところに従い、被告会社は、原告に対し、上記の期間中、丁・戊を写真展の会場として無償で使用させる債務を負担する一方、原告も、被告会社に対し、使用日から3か月前に取止め又は変更の申出をしない限り、上記の期間中、丁・戊で申込内容に沿った写真作品を出展する債務を負担することを内容とする契約(東京展開催契約)が成立したものと認められる。
 イ また、上記使用申込書(甲4)には、応募作品の返却方法として直接引取りを希望する場合に、その引取場所を戊事務局、丙、丁、大阪の各戊のいずれとするかを選択する欄が設けられているのみで、使用会場を選択する欄は特に設けられておらず、原告が本件使用申込みに当たり、希望する使用会場を東京(丙、丁)の戊に限定した事実は認められないから、前提事実によれば、原告が、上記のとおり本件使用申込みをしたのに対し、被告会社が、平成24年5月15日頃に、使用会場を大阪戊、開催日を同年9月13日から同月19日までと指定して、本件アンコール展開催通知(甲14)をしたことによって、原告と被告会社との間で、本件使用規定の定めるところに従い、被告会社は、原告に対し、上記の期間中、大阪戊を写真展の会場として無償で使用させる債務を負担する一方、原告も、被告会社に対し、使用日から3か月前に取止め又は変更の申出をしない限り、上記の期間中、大阪戊で申込内容に沿った写真作品を出展する債務を負担することを内容とする契約(大阪展開催契約)が成立したものと認められる。
 なお、前記認定のとおり、原告は、平成24年5月15日頃に本件アンコール展開催通知を受けた後、同月22日午前に、妻である壬2を通じて、戊事務局の担当者に対し、「大阪のリコール展(注:アンコール展の誤記)、よろしくお願いします。」などと記載した電子メールを送信して、大阪展開催の意思があることを明示しており、同日午後に被告会社から本件中止決定を伝えられる前に、本件アンコール展開催通知に対し、これを了承する旨の返答をしているから、本件使用申込みに大阪展開催の申込みは含まれないと解したとしても、本件アンコール展開催通知による被告会社の申込みに対し、原告が上記の電子メールを送信して承諾の意思表示をした時点で(被告会社の担当者が閲読可能となった時点で、閲読前であっても、被告会社において了知可能な状態に置かれたと認められる。)、大阪展開催契約が成立したと認められるのであって、結論を異にしない。
 (2) 債務の履行の有無について
 ア 本件契約は、上記のとおり、原告が使用申込書記載の内容に沿う写真作品を出展し、被告会社が戊をその写真展の会場として無償で使用させることを主たる債務の内容とするものである。
 東京展開催契約については、被告会社は、本件中止決定をして、いったんは上記債務の履行を拒んだものの、本件仮処分命令に従い、予定どおり平成24年6月26日から同年7月9日まで丁・戊を東京展の会場として使用させているから、被告会社に上記債務の不履行はない。
 一方、大阪展開催契約については、被告会社は、本件中止決定を維持し、大阪戊を原告の写真展の会場として使用させることに応じていないから、被告会社は上記債務を履行していないことが明らかである。
 イ 原告は、被告会社が、東京展の開催期間中、過剰な警備体制を敷いて写真を鑑賞するための良好な環境を破壊し、原告の写真が掲載されたパンフレット等の頒布・販売を禁止し、原告が会場内で報道関係者からの取材を受けることを禁止し、ホームページ上や会場外の掲示による広報活動を実施しなかったことが、本件契約上の付随的義務に違反すると主張する。
 しかし、本件使用規定には、会場内において写真集等の物品を販売する場合や、戊に写真以外のものの搬入又は展示をする場合には、事前に被告会社の承諾を得ることを要する旨の定めがあるほか、展示作品に関する協力会社名、商品名等を会場内で表示することを原則として禁ずる旨の定めがある。これらの定めは、戊を写真展の会場として無償で提供するに当たり、会場を専ら写真鑑賞の場として使用することを求めるものであると解され、特に不合理であるとはいえない。また、丁・戊が設けられた「庚・丁」は、被告会社が高層建物の一区画を所有者から賃借して使用しているものであって、写真展開催に当たり、会場内外の警備体制や案内掲示をどのようにするかは、被告会社において施設管理上の制約や必要性に鑑みて判断すべき事柄であるといえる。そうすると、被告会社が、東京展の開催期間中、本件使用規定において被告会社の別途の承諾を要するものとされているパンフレット等の頒布・販売を禁じたことはもとより、原告からみて過剰と評価される警備体制を敷いたこと、原告が会場内で報道関係者からの取材を受けることを禁止したこと、会場外の掲示による広報活動を実施しなかったことのいずれについても、東京展開催契約上の債務の不履行に当たるということはできない。そのほか、被告会社がそのホームページ上で写真展につきどのような記事を掲載するかについても、東京展開催契約において何らかの制約が課されているものではなく、その掲載内容に関し、被告会社に東京展開催契約上の債務に不履行があるということはできない。
 (3) 不法行為責任について
 ア 上記のとおり、被告会社は、東京展については、最終的に会場を無償で使用させる債務を履行したものの、東京展の開催が約1か月前に迫った時期になって、原告と何ら協議することなく、一方的に本件中止決定をし、本件仮処分命令が発せられたところ、これに従って東京展の開催には応じたものの、保全異議申立て及び保全抗告をして争った末、被告会社の主張が排斥されて本件仮処分命令が確定した後も、本件中止決定は正当であるとの主張を維持して、大阪展については、結局、会場を使用させる債務を履行しなかったものである。
 本件契約は、原告にとって、良質な表現活動の場の無償提供を得られるという利益がある一方、被告会社にとっても、自社のショールームに併設された展示場で継続的に良質な写真作品の展示を行うことにより、企業評価が高まるとともに、カメラ及び関連機材の販売促進につながるという利益が得られることを期して締結されたものであり、原告の側でも、写真展の開催に向けて、写真パネルの制作その他の準備を自己の負担において進めていたことに加え、本件契約は、原告が表現物を提供し、被告会社が表現活動の場を提供することを主たる債務の内容とするものであって、被告会社がその一方的な判断により会場を使用させる義務を履行しないと、原告は表現活動の機会を失わされることになることも考慮すると、上記のとおりの被告会社の一連の対応は、そのような対応をとったことにつき正当な理由があると認められる場合でない限り、契約の当事者として、契約の目的の実現に向けて互いに協力し、その目的に沿った行動をとるべき信義則上の義務に反し、不法行為が成立するというべきである。
 イ 被告会社は、原告との間で本件写真展の開催に係る契約が成立しているとしても、契約解除により終了したか、錯誤により無効であるか、又は履行不能であることにより、契約上の義務を履行すべき責任を負わないと主張し、また、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応には正当な理由があるので違法性はないと主張するが、これらの主張は、いずれも、〈1〉本件写真展を開催すれば、原告その他の関係者の生命身体に危害が加えられることや、不買運動により被告会社が多大な損失を被ることが予測される状況であったこと、又は、〈2〉本件写真展が「重重プロジェクト」という他の目的を持った活動に組み込まれ、その活動の手段として本件写真展が利用されていたことを実質的理由とするものである。
 しかし、前記認定事実によれば、本件記事が新聞で報道された直後に、戊での本件写真展の開催を非難する電話、電子メール、電子掲示板への書き込み等が集中的に出現し、電子掲示板への書き込みの中には「暗殺」等の不穏当な表現も散見された事実が認められるものの、インターネット上で匿名のユーザーによって断片的に書き込まれたこの種の書き込みの存在から、直ちにその言葉どおりの行動が現実に行われる危険性が高まっていたと認めることはできない。被告会社において本件中止決定がされる際には、「辛2会」の訴外会社に対する抗議行動の例が重視されているが、この事例についても、同団体の構成員が訴外会社に対し執拗に回答を要求したことにつき強要罪の疑いで逮捕されたとの報道がされているにとどまり、関係者の生命身体に危害が及ぶような状況があったとはうかがわれない。前記認定のとおりの事実経緯に照らすと、本件写真展を開催すれば、開催に反対する立場の者らによって抗議行動が展開され、会場内外で言い合い等のトラブルが発生することは十分に予測されたものの、本件全証拠によっても、本件写真展を開催すれば原告その他の関係者の生命身体に危害が加えられる現実の危険が生じていたとは認められない。不買運動のおそれについても、一連の電話、電子メール、電子掲示板への書き込み等において、これに言及するものがあったというにとどまり、実際に不買運動が高まり被告会社が多大な損失を被る現実の危険が生じていたとは認められない。このような場合、被告会社としては、まずは契約の相手方である原告と誠実に協議した上、互いに協力し、警察当局にも支援を要請するなどして混乱の防止に必要な措置をとり、契約の目的の実現に向けた努力を尽くすべきであり、そのような努力を尽くしてもなお重大な危険を回避することができない場合にのみ、一方的な履行拒絶もやむを得ないとされるのであって、被告会社が原告と何ら協議することなく一方的に本件写真展の開催を拒否したことを正当とすることはできない。
 また、前記認定事実によれば、原告が本件写真展の開催予定時期までに「重重プロジェクト」の名で行っていたことは、本件写真展の開催に必要な資金と支援スタッフの募集にとどまり、本件写真展が写真展示とは異なる目的の活動に組み込まれ、又は、その活動の手段として本件写真展が利用されていたとは認められず、この点についても被告会社が本件写真展の開催を拒否したことを正当とする根拠とはならない。
その他本件全証拠によっても、被告らが本件契約の解除事由、錯誤無効又は履行不能を基礎付けるものとして主張する事実を認めることはできず、被告会社が本件契約上の義務の履行を免れる理由はなく、また、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応に正当な理由があるということはできない。

 したがって、被告会社は、原告に対し、不法行為に基づき、上記のとおりの被告会社の一連の対応によって原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。なお、被告会社は、大阪展開催契約の債務不履行についても損害賠償責任を負うが、その損害として認められる範囲は、上記の不法行為による損害として認められる範囲を超えない。
3 争点2(取締役の責任)について
 被告乙は、被告会社の映像カンパニーの責任者として本件中止決定を主導した者であり、被告甲は、被告会社の代表取締役としてこれを了承した者であるところ、以上説示したところによれば、その判断は、客観的にみれば、本来重視すべきでない事情を重視し、考慮すべき事情を十分に考慮せずに行われた誤った判断であったといわざるを得ないが、被告乙及び被告甲がそのような判断をしたことにつき何ら根拠となる事情がなかったというわけではなく、突発的に生じた問題に対し困難な判断を迫られた中で利益衡量を誤ったにとどまる上、本件中止決定後の対応については、弁護士に法的観点からの助言を求めた上で方針を決し、本件仮処分命令が発せられた後には、これに不服申立てをしながらも、仮処分で命じられた事項については遵守に努めていることに照らすと、被告乙及び被告甲にその職務を行うについて悪意又は重過失があったということはできない。
 したがって、被告乙及び被告甲は、会社法429条1項に基づく責任を負わない。
4 争点3(損害)について
 (1) 前記認定事実によれば、原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、急遽、本件仮処分命令申立てをすることを余儀なくされ、被告会社による保全異議申立て及び保全抗告への対応も含め、保全処分の手続を遂行するために、弁護士費用のほか、印紙代、郵券代その他の実費の支出を要したものと認められる。
 これにより原告が被った損害は、事案に鑑み、50万円の限度で被告会社の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
 (2) 原告主張のその他の経済的損害については、その支出を裏付ける客観的な証拠がなく、直ちに認めることができないが、前記認定事実によれば、原告は、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応により、他の業務に優先して保全処分の手続への対応をとることを余儀なくされたほか、大阪での代替展の開催のために本来無用の労力を割くことを強いられ、また、これらの一連の対応の中で、本件写真展の開催を実現することが危ぶまれたことにより多大な心痛を被ったことが認められる。
 これにより原告が被った無形の損害及び精神的苦痛の金銭的評価は、事案に鑑み、50万円とするのを相当と認める。
 (3) これらに加えて、原告は、その訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任しており、これによって支出を要した弁護士費用は、10万円の限度で被告会社の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
 (4) 以上によれば、被告会社は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、110万円の支払義務を負う。
5 争点4(謝罪広告)について
 前記認定事実に照らし、被告会社による本件中止決定及びその後の一連の対応は、必ずしも原告の社会的評価を低下させるものであったとはいえないし、原告の社会的評価の低下につながるところがあったとしても、上記のとおり、被告会社による本件中止決定が正当な理由のないものであったことを認め、被告に対し無形の損害の填補を含む損害賠償を命ずることによって損害の回復が図られるので、これに加えて、謝罪広告の掲載を命ずることが適当であるとはいえない。
 6 争点5(相殺)について
 (1) 被告会社は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うのであり、不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺は許されない(民法509条)。
 この点を措くとしても、被告会社が東京展の開催に当たり支出した警備費用は、被告会社が自らの施設管理上の判断により負担したものであって、本件契約上の債務の弁済の費用に当たるとはいえないし、原告がその行為によって増加させた費用であるともいえない。
 したがって、被告会社による相殺の抗弁は理由がない。
 (2) 原告は、上記抗弁について、時機に後れて提出された攻撃防御方法であるとしてその却下を求めるが、上記のとおり、訴訟の完結を遅延させることなく判断が可能であるので、却下しない。
第5 結論
 以上によれば、原告の請求は、被告会社に対し、不法行為に基づき、損害賠償金110万円及びこれに対する不法行為後である平成24年9月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告会社に対するその余の請求並びに被告甲及び被告乙に対する請求はいずれも理由がない。
民事第6部
 (裁判長裁判官 谷口園恵 裁判官 田邉実 裁判官 岩下弘毅)

東京地判平成27年3月31日(マクロス事件)

主文

 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
 
 
事実及び理由

第1 請求
 被告は,原告に対し,273万7954円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告に対して,印刷を発注したステッカーの印刷結果について,色味が赤黒くて濃すぎであったことが債務不履行であるとして,債務不履行に基づく損害賠償273万7954円(ステッカーの印刷やり直しに要した費用)及びこれに対する訴状送達日の翌日(平成25年1月19日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
第3 前提となる事実(次の事実は,各事実の末尾に記載があるものは,同証拠等により認められ,その他はいずれも当事者間に争いがない。)
 1 原告の被告に対するステッカーの印刷の発注
  (1) 原告は,平成24年4月5日ころ(以下,平成24年については,年の記載を省略する。),被告に対し,代金38万4000円で,別紙のステッカー(甲23,乙2。以下「本件ステッカー」という。)について,次の数量の印刷を発注し(以下「本件発注」という。),被告はこれを受注した(以下「本件印刷契約」という。)。(争いがない)
 165mm×200mm両面カラー印刷 900枚
 165mm×200mm表面カラー印刷,裏面グレー1C 670枚
  (2) 被告は,原告から本件ステッカーの見本のデータ(甲23,乙2。以下「本件見本データ」という。)を渡され,2回の簡易色校正を経て,本件ステッカーを下請である有限会社光和印刷(以下「光和印刷」という。)に印刷させた(以下「本件印刷」という。)。原告は,2回目の簡易色校正の際,「中部国際空港セントレア特設会場」の文字(以下「会場文字」という。)について,「オレンジを少し強く」あるいは「オレンジを少し濃く」するよう指示をした(以下「本件指示」という。)。(争いがない。ただし,本件指示の内容は「強く」か「濃く」で争いがある。)
  (3) 被告は,4月24日ないし同月26日,原告に対し,本件ステッカーの印刷成果物(甲1の1・2,乙1。以下「本件納品ステッカー」という。)を納品した。(納品日は争いがあるが,その余は争いがない)
  (4) 被告は,5月9日,原告に宛てて,概ね次の内容の「不良ステッカーのお詫びと御報告」と題する書面(甲3。以下「甲3書面」という。)を交付した。なお,ウは,手書きで,被告の「会長」であるC(以下「C」という。)名義で付記されている。(争いがない)
   ア 光和印刷の説明によると,透明度の弱いUVインクを使用したことにより,インクが厚く乗りすぎたため,濃くでてしまい,普通のインクを使い,表面にかけるラミネートをUVラミネートにすれば良かったと申しております。
   イ 工場出荷段階で確認しましたが,色合いが濃いとは思いつつ,納期のこともあり,送らせていただきました。代替品を早急に納品すべく信頼できる印刷業者を当たりましたが見つからず,御社にその後を託してしまい,心からお詫び申し上げます。
   ウ 今後の対応について,御社からの請求に対して,早急に御支払をさせていただきます。
  (5) 原告は,5月31日,被告に対し,マクロスステッカー緊急政策・加工対応一式及び諸経費(納品時交通費を含む)として,304万5000円を請求した。(争いがない)
 2 本件ステッカーの目的・用途
  (1) 6月1日から同月3日まで,中部国際空港セントレア特設会場において,マクロス30周年プロジェクト「マクロス超時空展覧会」が開催された。株式会社ビックウエストによって製作されたアニメ「超時空要塞マクロス」(以下「マクロス」という。)のテレビ放送スタート(昭和57年)から30周年を記念する大型イベントが,東京,名古屋,大阪で開催され,上記展覧会は名古屋で開催するための宣伝プロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)であった。(甲21の1ないし3,28)
  (2) 本件ステッカーは,JR東海近畿日本鉄道などの電車を広告媒体として,その窓やドアに貼付されることになっており,原告は,株式会社ビックウエストフロンティア(以下「ビックウエストフロンティア」という。)から,本件ステッカーの印刷を受注し,本件見本データを受領した。(甲20,23ないし25,証人D・35ページ)
 3 印刷に関する用語,印刷の技術内容について
  (1) 本紙校正と簡易色校正(乙33ないし35,39)
   ア 本紙校正とは,最終的な印刷媒体と同じ素材に,最終的に印刷するのと同じインク,同じ印刷方法で印刷した見本を用いた校正であり,微妙な色味の確認も可能であるが,時間も費用もかかる。
   イ 簡易色校正とは,最終的な印刷媒体と同じ素材を用いた印刷は行わず,パソコン上の画面のみで,あるいはダイレクト・デジタル・カラー・プルーフィング用の印刷機,出力紙,インクを使用して行う校正であり,印刷に使用するインクや用紙が,実際に印刷する場合とは異なるので,色合いが若干変わってしまうことは避けられないが,費用が安く時間もかからない。
  (2) 4原色(甲37,乙27,30)
 印刷で使用される色は,4原色とされるシアン(青),マゼンダ(赤),イエロー(黄),ブラック(黒)の4つである。
  (3) インクジェット印刷とオフセット印刷(甲31の2,32の2,乙27ないし30,40,41,49)
   ア インクジェット印刷は,パソコンからオンデマンド印刷機に直接データを送信し,デジタルデータをそのまま印刷する方法である。オフセット印刷のように,刷版等を作成する必要がないので,印刷時間は短縮することができるが,大量の複製ができないため,割高になる。
   イ オフセット印刷のフルカラー印刷物は,シアン,マゼンダ,イエロー,ブラックの4色のインキのそれぞれの版が重なり合って,無数の小さな網点(ドット。肉眼ではドットであることは識別できない。)が印刷され,フルカラーが再現される。


第4 争点及び争点に関する当事者の主張
(中略)

第5 当裁判所の判断
 1 証拠(各事実の末尾に記載),前記第3の前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 本件発注から本件納品ステッカーの納品まで
   ア 原告は,ビックウエストフロンティアから本件ステッカーの印刷及び電車内広告を請け負った。広告代金は,ステッカーを貼付する予定の各鉄道会社によりあらかじめ標準料金が定められており,印刷代金は,原告が,印刷業者の見積を取って決めることとなった。(証人D・34ないし37ページ)
   イ 原告は,3月21日ないし同月22日及び4月2日(後日枚数が変更になったため再度見積を依頼した。),被告に対し,本件ステッカーの仕様を伝えて見積を依頼したところ,次のとおりの見積結果であったため,ビックウエストフロンティアとの間での代金を決めて,本件発注をした。原告は,その際,本紙校正は不要であり,簡易色校正のみでよいとしていた。印刷方法は,原告からの指示は特になかったが,被告は,1570枚という枚数からして常識的にオフセット印刷での見積を出し,当然,原告も従前の取引からオフセット印刷となることは理解しているだろうと考えて,オフセット印刷前提で受注した。(甲25,乙3,32の2・3,39,証人D・2,37ページ,証人C・5,6,32,33ページ)
 (ア) JR東海ドアステッカー165×200両面印刷
 670枚 16万9000円
 (イ) 近鉄ドアステッカー165×200両面印刷
 900枚 21万5000円
 (ウ) 合計38万4000円(税抜),簡易色校正2回目は5000円増
   ウ 原告は,4月5日,本件見本データを被告に送付し(入校),原告は,同月6日,1回目の簡易色校正(無料・データ上の修正)による校正紙を受け取り,ビックウエストフロンティアに持参したところ,一番下の赤帯部分の赤の色が少し薄いと指摘されたため,修正の指示を被告に伝え,2回目の簡易色校正(費用5000円・データ上の修正)をすることになった。原告は,4月10日,被告から2回目の簡易色校正による校正紙を受け取り,ビックウエストフロンティアに持参すると,赤帯の濃さは修正されたが,会場文字だけオレンジを少し強く,あるいは濃くしてもらいたいという指示があり,これを被告に伝え(本件指示),原告としては,3回目の簡易色校正は不要として,同月16日,校了した。原告が,3回目の簡易色校正をしなかったのは,本来はするべきであるが,納品日に間に合わないおそれがあるので省略してよいと考えたためであった。(甲24,25,49,乙3,39,証人D・4,5,39ないし42,46,47ページ,証人C・24,25,34ないし36ページ)
   エ 被告は,上記の2回の簡易色校正にあたり,本件見本データを光和印刷に送信し,光和印刷は取引先業者(以下「校正屋」という。)に送信し,簡易色校正の都度,簡易校正紙を作成してもらい,色校正紙は,校正屋から光和印刷,被告を通じて原告に渡された。被告は,各簡易色校正の際,原告から修正の指示を受けると,これを光和印刷に伝え,光和印刷は校正屋に連絡して,校正屋は本件見本データを修正して,色校正紙を作成した。(甲45,乙39,証人C・24,34ないし36,43ページ)
   オ 色校正が完了(校了)すると,これを元に,光和印刷の取引先業者が刷版を作成し,光和印刷は,同刷版をもとにオフセット印刷を行った。光和印刷は,本件指示に対しては,原告は3回目の簡易色校正はしないとのことだったので,校正屋から交付された色校正紙を参考に,インクの濃度を調整した。本件指示の「少し」の程度は,抽象的な言葉のみのもので,具体的なサンプルを示すなどの方法により色味を表すものではなかったため,どの程度濃くなるかについては,出来上がってみないと不明というところもあった。会場文字のオレンジを少し強くあるいは濃くするためには,マゼンダの割合を多くする必要があり,会場文字以外の部分もマゼンダが濃くなるので,バランス上,シアン,イエロー,ブラックも濃くする必要があり,試し刷りの結果,本件納品ステッカーが印刷された。被告は,簡易色校正でデータを修正するのではなく,データはそのままで,インク調整により,色の濃さを調整する場合は,修正した部分以外も含め,全体として濃くなることは理解していたが,被告からすれば,原告は,簡易色校正のみで終わらせ,本紙校正を希望せず,印刷成果物は,出来上がってみないと,どの程度の濃さになるか不明で,色の修正程度については具体的に説明できるものでもなかったし,原告との取引において過去にも同様の方法による修正をしたことはあり,原告以外の他の客の場合も,簡易色校正だけの場合は,最終的な印刷物の色味が校正紙と異なることはあっても,すべて理解の上で納得を得られていたので,原告の場合も同様の理解と納得の上で本件指示をしたものであると考えて,そのまま光和印刷に本件指示を伝えただけにとどまった。(甲45,乙39,証人C・25ないし27,31,32,34ないし37,43ページ)
   カ 被告は,4月24日ないし同月26日,本件納品ステッカーを納品した。(日を除いて争いがなく,日は上記のいずれかであるが,証拠上不明)
   キ 原告は,本件納品ステッカーについて,発注元であるビックウエストフロンティアに確認することもなく,独断で「不良ステッカー」であると判断した。「不良ステッカー」であるとする根拠は,簡易色校正紙又は入校データと比較して,全体的に赤黒い,文字(テキスト部分ほとんど全部)がつぶれて太く濃くなっているとしている。(証人D・21,22,42ないし44,45ないし47ページ)
   ク 他方,被告は,本件納品ステッカーは,若干,赤味が濃かった,色合いが多少濃い仕上がりになっているとは思うが,簡易色校正のみで,本紙校正をしていないので,この程度の濃さは許容範囲であると考えていた。(乙39,証人C・3,17,18,41,42ページ)
   ケ 原告は,被告に対して,色が濃いとして,本件ステッカーの印刷のやり直しを指示し,被告は,原告が希望するならやり直したいと考えたが,光和印刷その他に問い合わせた結果,中1日での納品は難しいと断った。原告は,インクジェット印刷をするよう指示したわけではなく,オフセット印刷にこだわっていたわけでもなかったが,被告は,本件発注がオフセット印刷であったため,オフセット印刷をする前提で難しいと断ったのであり,インクジェット印刷であれば,中1日の納品も可能だった。(乙39,証人C・18ないし21,30,37ないし40ページ)
   コ 本件納品ステッカーの文字部分は,本件において書証として提出された本件プロジェクト関連の印刷物(甲2,11,12,21の1・2,22,41の1,42の1・2,43,44の1・2,65,66,乙5)や本件見本データ(甲23,乙2)と比較すると,若干色味が濃いめであるとはいえるものの,文字の形が明確にくっきり印刷されており,字がつぶれていて読めないとか,見苦しいというものではない。(甲1の1・2,2,11,12,21の1・2,22,23,41の1,42の1・2,43,44の1・2,65,66,乙2,5)
  (2) 本件納品ステッカーの納品後の経過
   ア 原告は,マスターワークスなどを通じて,共立アドスタジオなどに本件ステッカーを印刷させ,4月26日及び同月27日,株式会社ジェイアール東海エージェンシー(以下「JR東海エージェンシー」という。)及び株式会社アド近鉄(以下「アド近鉄」という。)に対し,共立アドスタジオから納品されたステッカー(以下「共立アドステッカー」という。)を納品した。原告は,納期のみ指定し,見積は取らないで金額はいくらでもよいとし,印刷方法は指定しなかったところ,共立アドスタジオは,インクジェット印刷により印刷した。色校正については,ビックウエストフロンティアの確認もとることなく,原告独自の判断によった。(甲4,6の1,7,8,14,15の1・2,証人D・27ないし30,54ないし56ページ)
   イ 共立アドスタジオは,4月30日,フクフクサービスに対し,「4/27マクロスステッカー」として188万9000円を含む406万6650円を請求し,その内訳は次のとおりである。(甲8)
 (ア) W200*H165塩ビ再剥離片面角R 670枚 46万9000円
 (イ) 緊急加工対応費・深夜作業費 20万円
 (ウ) W200*H165遮光ユポ両面角R 910枚 91万円
 (エ) 緊急加工対応費・深夜作業費 20万円
 (オ) 色調整費3件 6万円
 (カ) 諸経費1式 5万円
   ウ 原告は,共立アドステッカーは,1枚1枚の色は問題がないものの,全体として見れば,若干の濃淡があると考えて,共立アドステッカー900枚をいったん電車に貼付したうえで,4月26日,清水産業に対し,本件ステッカー900枚を発注し,5月2日,清水産業から納品されたステッカー(甲2。以下「清水産業ステッカー」という。)を,同月3日,アド近鉄に納品し,株式会社近宣(以下「近宣」という。)は,共立アドステッカーと清水産業ステッカーの差替作業を行った。清水産業ステッカーは,オフセット印刷により印刷されたものである。清水産業ステッカーの印刷代金は20万3175円,近宣のドアステッカー差替作業費は8万9250円であった。(甲2のステッカーがオフセット印刷により印刷されたことは争いがなく,その余は甲2,4,6の1,17ないし19,60ないし64,証人D・47,48ページ)
   エ 被告は,5月9日,原告から求められて甲3書面を差し入れ,原告に言われて甲3書面に「不良ステッカー」と記載したが,被告として「不良ステッカー」であると考えていたわけではなかった。Cは,原告からやり直しを求められたので,原告の希望に沿うべく代替品を納入すると甲3書面に記載したが,原告は,被告に対して,やり直し費用として,どの程度の金額を請求するかについて説明せず,Cとしては,被告の見積額のせいぜい2割増し程度と考えていた。甲3書面の光和印刷の説明部分は,被告が光和印刷から聞いた内容をそのまま書き込んだものだった。(甲3書面の差入は争いがなく,その余は証人C・12,13,17,18,27,28,40,42ページ)
   オ 被告が5月15日に原告に対して送付した乙3書面には,「※簡易色校正はパソコンにて紙に出力する為色が多少忠実ではありません。(了承済み)本紙校正は色が忠実ですが日にちと費用がかかります。」という記載と,「色合いが濃いと知りつつ納期の問題で宅急便にて送ってしまいました」という記載がある。(乙3)
   カ フクフクサービスは,5月23日,マスターワークスに対し,マクロスステッカー緊急加工対応他として,218万1795円を請求し,マスターワークスは,同日,原告に対し,マクロスステッカー緊急加工対応他として228万6795円を請求した。マスターワークスは,本店所在地,代表者を原告と同じくする会社で,事務所内はパーテーションの区切りもなく,従業員7人のうちの2人は原告と兼務である。原告の従業員は10名である。マスターワークスは,イベント製作,原告は広告代理店としてイベントを販売する業務を行っており,印刷業務に関与していない。(甲6の1,7,16,27,証人D・23ないし27ページ)
   キ 原告は,5月31日,ビックウエストフロンティアから,本件ステッカーの印刷費41万3000円を含む印刷代及び広告代297万1920円の支払を受け,被告に対し,マクロスステッカー緊急制作・加工対応一式・諸経費(納品時交通費を含む)として,304万5000円を請求した。(原告の被告に対する請求は争いがなく,その余は甲20)
  (3) インクジェット印刷・オフセット印刷について
   ア 原告は,本件訴訟提起後である,平成26年3月ころ,公和印刷に対し,本件ステッカーの簡易色校正(甲41の1)を作成させた。(甲41の1ないし3,証人D・4ページ)
   イ 公和印刷の本件ステッカー印刷のインクジェット印刷による見積は次のとおりである。(甲47)
 (ア) 近鉄ドアステッカー150×200mmユポWCF195 4/4C(表裏同版)表面PP加工 裏面再剥離原反合紙 抜き加工 本紙校正費用含む 900枚 54万円
 (イ) JR東海ドアステッカー150×200mmユポWCF195 4C(デザイン/1C(鉄道会社指定色)裏面再剥離反合紙後 抜き加工 本紙校正費用含む 660枚 37万9500円
 (ウ) 合計91万9500円
   ウ デコラティブシステム株式会社は,平成26年3月25日,原告に対し,電車ドアステッカー(デコラ製作)1570枚で197万8200円との見積をした。「デコラ製作」の意味・具体的な印刷方法は不明である。(甲46)
   エ 被告は,平成26年1月31日,本件ステッカーをインクジェット印刷により印刷する場合の見積を作成した。その内訳は,次のとおりである。(乙31,39)
 (ア) 近鉄ドアステッカー165×200 両面印刷900枚 40万5000円
 (イ) JR東海ドアステッカー165×200両面ステッカー670枚 30万1500円
 (ウ) 合計70万6500円(税別)
   オ 電車内ドアステッカーの仕様
 (ア) アド近鉄は,ドアステッカーの仕様について,次のとおりとしている。(甲34)
 H165mm×W200mmフィルムシート両面印刷,再剥離タイプ
 (イ) JR東海エージェンシーは,ドアステッカー制作・仕様について,次のとおりとしている。(甲35)
  a ユポWCF#195もしくは同様の素材をご使用ください。
  b 表面にはオフセット印刷を施し,裏面には単色シルク印刷を施してください。
  c 表面はポリエステルフィルムでラミネート加工(両面)を施し,後糊加工(再剥離タイプ・剥がしたときに糊が残らないもの)を施してください。
  d 角丸仕上げしてください。
  e ステッカーが台紙からはがしやすいよう耳付きで作成してください。
   カ 原告・被告間の平成23年1月24日から同年12月21日までの取引において,見積段階で,印刷方法をインクジェット印刷ないしオフセット印刷と明示しているものと,していないものがあった。他方,原告は,発注にあたり,インクジェット印刷,オフセット印刷の印刷方法の指定はしないとしている。(甲59,乙38の1ないし18,証人C・4,5ページ)
   キ 共立アドスタジオによれば,本件ステッカーは,テキスト部分とイラスト部分の2つのデータから構成されているので,オフセット印刷ではなく,パソコンからオンデマンド印刷機に直接データを送信し,デジタルデータをそのまま印刷するインクジェットオンデマンド印刷をした場合は,テキスト部分のみの色を変更することが可能である。オフセット印刷の場合は上記の事項は該当しない。(甲29の1・2,30の1・2,乙39)
   ク 印刷物の色は,紙面上でのインキの盛り量を調整することで校正刷りの色に合わせ込むことができるが,印刷機は,幅方向での色のコントロールは多少できるものの,印刷物の天地方向での色のコントロールは自在にできないため,オペレータは,インキ出し量を調整し,完全ではないが,そこそこ色が合っている状態で妥協するのが現状であり,それでも,オペレータの高いスキルと数回にわたる色調整作業が必要となり,色調整は困難である。オフセット印刷機のオペレータは,数値では決まらない色の感覚を機械装置の操作により,インキ供給量を調整して色合わせを行う。(甲10,57,58)
   ケ ユポ紙は,主原料をポリプロピレン樹脂とするフィルム法合成紙であり,オフセット印刷をする場合は,インキを吸収せず,広がったインキにより網点が太るので,校正紙は本紙(ユポ)で本機校正をすることが推奨されている。(乙36ないし37の3,39,証人C・6ページ)
   コ 印刷速度は,オフセット印刷の方が,インクジェット印刷より10倍以上早い。(乙40ないし44,47,証人C・3,4ページ)
  (4) マクロス及び本件ステッカーについて
   ア 本件プロジェクトの東京会場展示会(池袋サンシャインシティ展示ホールA)は,4月28日から5月6日まで開催された。本件プロジェクトの大阪会場展示会(ひらかたパークイベントホール)は12月22日から平成25年1月14日まで開催された。(甲12,21の1・2,22,28)
   イ 本件ステッカーのイラスト部分には,次のとおり,3人の女性ないし少女及び背景が描かれている(以下,左側の人物を「人物1」,中央の人物を「人物2」,右側の人物を「人物3」という。)。(甲1の1・2,2,11,23,41の1,44の1・2,65,66,乙1,2)
 (ア) 人物1は,髪の毛は緑色,服は赤色ないしオレンジ色であり,人物2は,髪の毛は青色ないし紺色,服は白であり,人物3は,髪の毛は肌と同じ色,服は茶色ないし焦げ茶色ないしえんじ色又は赤紫色であり,3人とも白いブーツを履いて,片手にマイクを握っている。
 (イ) 人物2は人物1,人物3より高い位置にいる。人物3の下には巨大な鯛焼きがある。人物2の両肩あたりの背景には,左右それぞれ1台ずつ合計2台の可変戦闘機がある。人物2の上と,人物1,人物3の下には淡い青,ピンク,オレンジ色の複数の音符と青色ないし緑色の五線譜があり,赤いリボンがハート型に交わっている。
 (ウ) 背景は,濃い青色と淡い水色ないし緑色のまだらないしグラデーションで,白ないし黄色の小さな点が複数ちらばっていて星のように見えることから,宇宙空間であると考えられる。
   ウ マクロスの登場人物と本件ステッカーの人物
 (ア) 人物1は,マクロスの登場人物の1人であるランカ・リーであり,身長は小さく,ボディラインも幼さが残り,髪型はショートヘアが好きで,ゼントラーディ人とのクォーターで歌手を目指すという設定であり,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラスト(乙15,16,18,19,21,22,23)によると,髪の毛は緑色で肩に届かない長さ,目は明るい茶色といった特徴があるが,画像やイラストによって,髪の毛の色,肌の色,目の色といったものには濃淡がある。(乙15,16,18,19,21,22,23,25)
 (イ) 人物2は,マクロスの登場人物の1人であるリン・ミンメイであり,横浜出身で,中国人の父と日本人の母の間に生まれた子で,中華料理店の娘だったが,芸能界入りして人気アイドルとなるという設定であり,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラスト(乙7ないし14)によると,髪の毛が紺色で,肌の色は普通の肌色,目は緑色,髪の毛は長いといった特徴があるが,画像やイラストによって,髪の毛の色,肌の色,目の色といったものには濃淡がある。(乙7ないし14,24)
 (ウ) 人物3は,マクロスの登場人物の1人であるシェリル・ノームであり,ストロベリーブロンドの髪をした美人で,銀河の妖精と呼ばれる人気トップシンガーで,身長は高く,ボディラインもセクシー,祖母は東南アジア・マヤン島の風の巫女の家系という以外の出生は不明という設定で,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラスト(乙15,17ないし20)によると,髪の毛は肌と同じ色で長くカールがあり,目は青色といった特徴があるが,画像やイラストによって,髪の毛の色,肌の色,目の色といったものには濃淡がある。(乙15,17ないし20,26)

   エ 本件納品ステッカーと一般的な画像・イラストとの色味の比較
 上記の証拠として提出されたマクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラストにおける人物1,人物2,人物3と,本件納品ステッカーにおける人物1,人物2,人物3の色合ないし色味を比較すると,本件納品ステッカーは,肌の色が,他の画像ないしイラストより,赤味を帯びているが,濃さないし暗さという意味では,本件納品ステッカーが必ずしも一番濃いというわけではない。
   オ 本件プロジェクト関連の印刷物
 本件において,書証として提出され,色の比較が可能な本件プロジェクト関連の印刷物は次のとおりである。
 (ア) 本件納品ステッカー(甲1の1・2,乙1。ただし,甲1の1・2は原本そのものが提出され,乙1は,提出されている書証自体は原本のカラーコピーである。)
 (イ) 共立アドスタジオ作成の色校正紙(甲11。ただし,提出されている書証自体は原本のカラーコピーである。)
 (ウ) 清水産業オフセット印刷により印刷したステッカー(甲2。ただし,提出されている書証自体は原本のカラーコピーである。)
 (エ) 公和印刷が本件訴訟のため作成した校正紙(甲41の1。ただし,原本そのものが書証として提出されている。)
 (オ) 共立アドスタジオが本件訴訟のために再印刷したステッカー(甲65,66。ただし,原本そのものが書証として提出されている。)
 (カ) 本件プロジェクトの名古屋会場ポスター,ステッカー,中吊広告(甲42の2,43,44の1・2。ただし,提出されている書証自体は,原本を写真撮影して印刷したものである。)
 (キ) 本件プロジェクトの大阪会場のポスター・看板(甲12,22。ただし,甲12は,提出されている書証自体はポスターの原本をカラーコピーしたもの,甲22は,提出されている書証自体はインターネット上に写真が掲載されていたものをカラー印刷したものである。)
 (ク) 本件プロジェクトの東京会場の看板及びポスター(甲21の1・2,乙5。ただし,提出されている書証自体はインターネット上に写真が掲載されていたものをカラー印刷したものである。)
   カ 本件納品ステッカーを含む本件プロジェクト関連の印刷物の色味の特徴
 (ア) 本件納品ステッカー(甲1の1・2,乙1)
 全体として,色合いが濃く,赤味の強い感じを受け,全体として暗っぽいが,その分,背景も含めて深みがあり,平面的というよりは,立体感,奥行きがあるように見える。人物1の肌の色は,赤味が強く濃いめで日焼けして赤黒くなったような色であるが,人物の肌の色としてあり得ない色ではない。人物2の肌の色は濃いめの肌色,人物3の肌の色は濃いめのピンク色である。個々の人物の顔色,表情のイメージまで消されたわけではなく,生き生きした感じは残っている。人物3は,少し憂いを含んだ表情に見える。背景の青色部分は,深みのある青色と淡い色のエメラルドグリーンのまだらな感じが,宇宙観ある神秘的な感じを醸し出しており,宇宙を舞台にしているリアル感がある。
 (イ) 共立アドスタジオの色校正紙(甲11)
 全体として色合いが薄めであるため,人物を縁取る黒い線が際立って見えて,アニメーションあるいは漫画の絵らしいイメージを強くしているが,色味のバランスはとれている。人物1の肌の色は,健康的な肌色,人物2と人物3の肌の色は,薄い肌色,人物1の髪は鮮やかな緑色,人物1の服は落ち着いたオレンジ色,人物3の服も落ち着いた焦げ茶色である。背景は,淡い青色のグラデーションのように見えて,奥行き感があるというよりは,ぼやかした感じに見える。
 (ウ) 清水産業オフセット印刷のステッカー(甲2)
 全体として,色合いは濃くも薄くもない。人物1の髪は普通の緑色,人物3の服は少し赤味がかかった茶色である。人物1,人物2,人物3の肌の色は,いずれも肌色だが,人物1の肌の色は若干赤っぽい。背景は濃い青と薄い青のまだらな感じで,宇宙観は強くない。人物3は憂いを含んだ表情である。
 (エ) 公和印刷の校正紙(甲41の1)
 全体として淡い色合いだが,赤色が目立つ色味であり,人物1と人物3の服がかなり赤っぽい色であることが目立ち,特に,人物1の服は深紅,人物3の服は赤っぽいえんじ色ないし赤紫である。人物1,人物2,人物3の肌の色は,3人ともあまり違いがない薄い肌色である。背景は,淡い青色と薄い紺色のグラデーションで,宇宙観は強くない。
 (オ) 共立アドスタジオの再印刷ステッカー(甲65,66)
 全体として濃くも薄くもない色合いであるが,全体としての色バランスは赤味が強い。そのため,人物1と人物3の服の色がかなり赤っぽい色で,特に,人物1の服はかなり鮮やかな深紅,人物3の服は赤っぽいえんじ色ないし赤紫である。人物の肌の色は,人物3は少しピンクに近い薄い肌色,人物2と人物3は薄い肌色である。人物3の髪は色が落ちたようなくすんだ緑色である。人物3は憂いを含んだ表情をしている。背景は,少し黄色ないし緑がかった淡い青色と薄い紺色のまだらな状態で,全体として薄いため,背景の可変戦闘機は立体感があり目立つ印象を受ける。人物2の足下のハート型に交差している赤いリボンが,赤味が強いため,目立っている。また,人物1,人物3の足下のピンク色,オレンジ色,水色の音符も目立っている。人物3の足下の鯛焼きもかなり赤っぽいピンク色である。
 (カ) 名古屋会場ポスター(甲42の2)・ステッカー(甲44の2)・中吊広告(甲43)
 全体として濃くも薄くもない色合いだが,どちらかというと青色の色味が強い。人物1の服は赤に近い朱色,人物3の服は赤っぽい焦げ茶色である。なお,駅の構内の柱に貼付されたポスター,電車の窓に貼付されたステッカー,電車内の中吊広告のため,適度な照明のもとじっくり眺める感じではなく,色の濃淡はさほど気にならない。
 (キ) 大阪会場ポスター(甲12)・看板(甲22)
 ポスターは落ち着いた色味だが,人物1の髪は鮮やかな緑色で,人物1の服は朱色に近いオレンジ色,人物3の服は茶色である。看板は,全体として,赤味が強く,濃いめで,特に,人物1の肌の色は赤色っぽいピンク色に近い肌色(入浴するなどして肌の色が赤くなったときのような色),人物1の服は赤に近い朱色,人物3の髪の毛はまだらな赤毛ないし濃いピンク色,人物3の服は赤紫色,帽子は赤色となっている。
 (ク) 東京会場看板(甲21の1,乙5)・ポスター(甲21の2)
 東京会場看板,ポスターは,全体としての色のバランスは,黄色味が強く,よく言えば明るい感じ,悪く言えば落ち着きのない浮き足だった印象を受ける色味である。そのため,人物1の髪の毛は黄緑色,人物全員の肌の色は,黄色人種のような黄色に近い肌色である。人物1の服は赤に近いオレンジ色,人物3の服は赤に近いえんじ色,血液のような色である。

   キ 本件納品ステッカーと本件プロジェクト関連の印刷物との色味の比較
 (ア) 本件納品ステッカーと上記カの本件プロジェクト関連の印刷物の全体としての色が濃い順から薄い順に並べるとすれば,次の順になる(?が2つあるのは同じ程度の濃さという意味である。)。
 ?本件納品ステッカー(甲1の1・2,乙1)
 →?大阪会場看板(甲22)
 →?大阪会場ポスター(甲12)
 →?東京会場看板・ポスター(甲21の1・2,乙5)
 →?名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告(甲42の2,43,44の2)
 ?清水産業ステッカー(甲2)
 →?共立アドステッカー(甲65,66)
 →?共立アドスタジオ色校正紙(甲11)
 →?公和印刷の校正紙(甲41の1)
 (イ) ?本件納品ステッカーと?大阪会場看板では,本件納品ステッカーの方が色味は濃いが,本件納品ステッカーは全体として濃いのに対し,大阪会場看板は,本件納品ステッカーより色味が濃くないため,人物1の肌の赤っぽさが目立つ印象を受ける。また,?本件納品ステッカーと?清水産業ステッカーとでは,本件納品ステッカーの方が全体として濃いが,本件納品ステッカーよりも,清水産業ステッカー,共立アドスタジオ色校正紙,公和印刷の校正紙のほうが,青味が強いように見える。なお,清水産業ステッカー,共立アドスタジオ色校正紙,公和印刷の校正紙は,東京会場看板・ポスター,大阪会場看板,共立アドステッカーより比較的青味が強く見える。
 (ウ) ?大阪会場看板と?大阪会場ポスターでは,大阪会場看板の方が濃く,赤味が強く,大阪会場ポスターの方が色味が薄い分,人物の周りの黒いラインその他の黒い色がくっきりしている。
 (エ) ?大阪会場ポスターと?東京会場看板・ポスターでは,大阪会場ボスターの方が濃いが,東京会場看板・ポスターは,前記のとおり,黄色の色味が明らかに強く,色の濃さの割には明るい印象を受ける一方で,落ち着きのないような軽い印象も受け,大阪会場ポスターの方が落ち着いた印象を受ける。
 (オ) ?東京会場看板・ポスターと?名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告とでは,東京会場看板・ポスターの方がどちらかというと濃いが,前記のとおり,東京会場看板・ポスターは黄色の色味が強く,比較すると,名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告は青味が強い印象を受ける。
 (カ) ?名古屋会場ポスター・ステッカー・中吊広告と?清水産業ステッカーは,比較すると,ほぼ同じ濃さ・色合いである。
 (キ) ?清水産業ステッカーと?共立アドステッカーを比較すると,共立アドステッカーの方が全体として色合いが薄く,若干赤味が強いため,人物1の服や人物3の服など赤っぽい色は鮮やかだが,人物1の髪のように,緑の色はくすんだ抹茶色になっている。
 (ク) ?共立アドステッカーと?共立アドスタジオ色校正紙とでは,共立アドスタジオ色校正紙のほうが薄く,前記のとおり,共立アドステッカーの方が赤味が濃く,会場文字は濃いオレンジだが,底部の赤帯部分は赤くなって網掛模様が不明瞭となり,イラスト部分は若干赤味が強い。
 (ケ) ?共立アドスタジオ色校正紙と?公和印刷の校正紙とでは,全体として,共立アドスタジオ色校正紙の方が明らかに濃く,赤味が押さえられて,人物1の服がオレンジに近い色に,人物3の服の色が赤紫やえんじ色ではなく茶色に近い色になっているのに対し,公和印刷の色校正紙の方が,比較的赤味が強い。前記のとおり,以上の資料は,原本のものもあれば,原本をカラーコピーしたり,写真を印刷したり,カラーコピーしたものも含まれているため,微妙な差異まで正しく反映されているとは言い難いが,色の濃さにも様々なものがあり,色のバランスにも,黄色味が濃いものや,赤味が濃いものや,黒色が濃いものなど,差異があり,必ずしも完全に一致はしていない。そして,原告が関与したものは,本件訴訟に際して作成したものも含め,基本的には,全体として色合いが,他の会場のポスターや看板よりも薄く,かつ比較的赤味が強いということができる。
   ク 本件納品ステッカー,本件プロジェクト関連印刷物,一般的な画像・イラストの色味の比較
 本件納品ステッカーも,本件プロジェクト関連印刷物も,全体として,人物1が,明るくあどけない表情で,元気よく活発な感じのイメージ,人物2は人物1よりは落ち着いていておとなしいイメージ,人物3は若干憂いを含んだ,微笑んでいるとはいえない謎めいた表情であるというイメージは保たれており,背景が宇宙であることも,濃淡の差や色味の黄色・青色の出方の濃淡によって,深みや奥行きのある宇宙観が強いものから,単なる漫画の背景という明るいイメージのものまであり,その中で,可変戦闘機がシャープなイメージを出して,3人の人物を浮き立たしているという印象は,色の濃淡や,色合いのバランスが異なっても,共通感は失われておらず,これらのイメージは,マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラストとは矛盾せず,むしろ合致する。

 2 本件印刷契約の債務不履行の有無(争点1)について
  (1) 前記認定事実によれば,?オフセット印刷の場合,特定部分の色の濃さや色味を修正するためには,データの修正が必要であり,少なくともデータ修正の確認のための簡易色校正の必要があること,?データを修正することなく,特定部分の色の濃さや色味を修正するには,インクの量等を調整する方法もあるが,4原色のうちの1つの色を濃くすると,他の3原色のうちの3色とのバランスの関係があるため,全体として色合いを濃くせざるを得ず,かつ,特定部分のみの修正をすることもできず,また,オペレータも高い技術を求められ,実際に印刷してみないと,どの程度濃くなり,どのような色味になったかは確認できないこと,?入校されたデータに限りなく忠実に色味や濃さを再現したい,精度を追求するというのであれば,データ上での修正を普通の紙に印刷する簡易色校正ではなく,本番で使用する用紙,印刷機,インクを使用した本紙校正をすべきであること,?用紙としてユポ紙を使用する場合は,ユポ紙は水分を吸収せず,オフセット印刷は影響を受けやすいので本紙校正をすることが推奨されていること,?本件においては,原告は,本紙校正はしないこととし,簡易色校正のみ実施したこと,?原告は,1回目の簡易色校正で,発注元であるビックウエストフロンティアに確認したところ,本件ステッカーの下部の赤帯を濃くする修正を指示され,同指示を被告に伝え,被告は下請先の光和印刷に伝え,光和印刷は校正屋に伝えて,本件見本データの修正がされたと考えられること,?原告は,2回目の簡易色校正で,発注元であるビックウエストフロンティアに確認したところ,本件ステッカーの会場文字のオレンジを少し強く,あるいは濃くする修正を指示され(本件指示),本件指示を被告に伝え,被告は下請先の光和印刷に伝えたこと,?原告は,上記?の修正について,3回目の簡易色校正は納期が近いので省略すると自ら判断し,校了としたこと,?そのため,光和印刷は,インク量の調整により,本件ステッカーの色味の調整をすることを余儀なくされ,何度も試し刷りをした結果,本件納品ステッカーが印刷されたこと,?原告は,本件指示において,「少し」濃く,あるいは強くという修正の程度について,簡易色校正をして,修正結果を確認しなかったが,その一方で,色見本を示すなどして,具体的に修正の程度も示さず,抽象的な言葉だけで指示したこと,?原告は,本件納品ステッカーについて,発注元のビックウエストフロンティアに確認することもなく,独断で「不合格」と判断し,印刷方法を指定することなく,被告に対して,「中1日」で印刷のやり直しを指示したが,オフセット印刷を念頭に置いていた被告は,難しいと断ったこと,?本件ステッカーの最終的な納品先は,JR東海エージェンシーとアド近鉄であったところ,JR東海エージェンシーは,ドアステッカーの印刷方法として,オフセット印刷を指定していたこと,?原告は,独自の判断で,マスターワークス,フクフクサービスを通じて,共立アドスタジオその他の会社に本件ステッカーの印刷をインクジェット印刷により印刷させて,その色味についても,発注元のビックウエストフロンティアに確認することなく,独自の判断で色味調整をさせて「合格品」としたこと,?もっとも,共立アドステッカーについても,900枚全部の色が完全に一致していなかったため,独自の判断で,清水産業に再印刷させ,共立アドステッカーをいったん電車内に貼付した後,後日,清水産業ステッカーに差し替えたこと,?本件納品ステッカーの文字部分は,本件において書証として提出された本件プロジェクト関連の印刷物及び本件見本データと比較すると,若干色味は濃いめであるが,文字の形は明確に印刷され,字がつぶれていて見苦しいとか読めないといった状態ではないこと,?本件納品ステッカーのイラスト部分は,本件プロジェクト関連の印刷物と比較すると,色味は濃いめで,赤味が強めであるということはできるが,本件プロジェクト関連の印刷物も,青味が強いもの,赤味が強いもの,黄色味が強いものと,色味も濃淡も様々であって,許容範囲であると考えられること,?マクロスのホームページその他世間に流通している画像ないしイラストも色味や濃淡は様々であるが,本件納品ステッカーのイラスト部分は,マクロスの登場人物である人物1,人物2,人物3の基本的なイメージと比べて,色味の点では一致しており,流通する画像やイラストと比べても,濃淡や色味の違いは許容範囲であると考えられることが認められる。
 以上を前提とすれば,本件納品ステッカーは,本件プロジェクト関連の印刷物と比較しても,世間に流通しているマクロス関連の画像やイラストと比較しても,イメージの同一性はあって,許容範囲であると考えられるにもかかわらず,原告は,発注元のビックウエストフロンティアに確認あるいは相談することもなく,独断で「不合格」であると決めつけ,最終的な納品先の一つであるJR東海エージェンシーの指示であるオフセット印刷とは異なるインクジェット印刷の方法で印刷した共立アドステッカーを納品したのであり,後日,共立アドステッカーも清水産業ステッカーに差し替えていることからすれば,発注元のビックウエストフロンティアの意向を重視するのではなく,自己の独断,極論すれば単なる自己満足によって,印刷の成果物を評価し,しかも,極めて高い精度でどこまでも本件見本データに忠実な印刷の濃さ・色味を目指すのであれば,本紙校正を行うか,少なくとも,本件指示の後に,簡易色校正を行い,本件指示による修正をデータ上で行って,高い技術を要して困難とされ,失敗のリスクのある印刷段階でのインクの色調整に頼ることなく,確実に本件指示による修正が印刷に反映されるようにし,かつ,簡易色校正により,本件指示の結果を確認することが可能であったにもかかわらず,また,3回目の簡易色校正をするには,費用も5000円が追加になるだけで,コストが高かったという事情もなかったにもかかわらず,独自の判断で簡易色校正を行わなかったという事情があることからすれば,加えて,本件印刷契約の代金が40万円にも満たない金額であり,本件ステッカーは,1か月程度の限定された短期間に,電車内のドアに貼付されている広告にすぎず,きちんとした照明が確保された状態で,美術品としてじっくり鑑賞するようなものでもないことからすれば,本件納品ステッカーの納品をもって,本件印刷契約に基づく商品の納品は履行されたというべきであって,債務不履行があったと認めることはできない。
  (2) この点,原告は,本件ステッカーのデザインは,本件プロジェクトのメインデザインであり,色合いが赤黒くて濃くて,色校正紙とも著しく乖離し,マクロスのヒロインのイメージ等や,東京,大阪,名古屋で統一されるべきイメージを著しく毀損ないし破壊すると主張するが,前記のとおり,本件納品ステッカーは,本件プロジェクト関連の他の印刷物と比較しても,マクロスのホームページを始めとする世間に流通しているマクロス関連の画像やイラストを前提としても,赤色味,青色味,黄色味といった色味のバランス,全体的な色の濃淡は様々であって,本件納品ステッカーは,色が濃いめで,赤色味が強めということはできても,本件プロジェクト関連の印刷物,世間に流通しているマクロス関連の画像やイラストとまったく異なるイメージや印象を抱かせるほどの色味のバランスや全体的な色の濃さの違いはなく,イメージを著しく破壊ないし毀損するとまでいうことはできない。
 原告は,本件納品ステッカーは,本件プロジェクトを企画したビックウエストフロンティアが絶対に許さないものであったと主張するが,原告自身,本件納品ステッカーをビックウエストフロンティアに確認してもらっておらず,それどころか,やり直しである共立アドステッカーも,納品後,清水産業ステッカーと差し替えたり,最終的納品先であるJR東海エージェンシーがオフセット印刷を指示しているにもかかわらず,インクジェット印刷による共立アドステッカーを納品したりしたのであるから,すべて原告の独断,極論すれば自己満足により行ったものと言わざるを得ず,このような原告の独自の価値観や判断をもって,ビックウエストフロンティアの認識と同視することはできない。むしろ,納期が迫っており(前記認定のとおり,後日枚数が変更になり,再度見積をしたという経緯があり,本件発注が遅れて,もともと納期までの期間が短かったことがうかがわれる。),印刷方法の変更(オフセット印刷ではなくインクジェット印刷)もやむなしというのであれば,色味を重視してやり直しを選択するのか,印刷方法について,最終的な納品先の指示を重視して,許容範囲であるとするのか,後日差替という方法をとるのか,といった判断について,発注元であるビックウエストフロンティアに相談すべきであったと考えられるところではある。
 原告は,被告が,乙3書面で,色味が濃いと知りつつ,納期の問題で納品したと認めている,甲3書面でも,やり直しあるいは損害賠償をすることを認めていると主張する。しかしながら,前記認定のとおり,被告は,発注者である原告からクレームがあったため,これに対応すべく,原告に言われたとおりに,甲3書面を記載したのであり,そもそも本件納品ステッカーが「不合格」で債務不履行であると認めたものではなく,若干赤味は強いし,濃いが,許容範囲であると考えていたと認められる上に,賠償金が常識的な範囲,すなわち本件発注の対価である38万4000円の2割増し程度であったら支払うつもりで記載したが,その10倍近い金額(本件訴訟前の請求額)を請求されたので,支払を拒絶したことが認められ,被告は,乙3書面や甲3書面で,債務不履行の事実や,法的責任まで認めたものではなく,単に,クレーム対応したものにすぎないから,本件納品ステッカーの納品が債務不履行とはいえないことについて,何らの影響を及ぼすものでもない。
 原告は,本件指示に基づいて,会場文字の色味修正をすることは,印刷業界における基本的な技術であり,会場文字とイラスト部分の画像データは独立しているので,イラスト部分まで赤黒くなることはなく,本件納品ステッカーが全体的に赤黒くなったのは,被告(下請であった光和印刷)の色調整の技術不足による,光和印刷も,甲3書面で印刷ミスであることを認めていると主張する。しかし,前記認定のとおり,簡易色校正を行う前提でデータ自体を修正するのであれば,画像データの独立の有無に関係なく,特定の部分のみの色味の強さや濃さの修正は可能であるが,データの修正をすることなく,インクの量のみで色味の強さや濃さを調整する場合は,全体として色が濃くなることは避けられないのであって,本件では,原告が,自らの選択で3回目の簡易色校正を行うことなく,インク調整で色味の修正を指示した以上,全体として濃くなることは承諾していたと言わざるを得ない。甲3書面の光和印刷の説明は,被告が,光和印刷から聞いたことをそのまま記載したにすぎず,説明が正しいかどうかは不明であるし,謝罪しているかのような記載は,前記認定のとおり,被告は,原告に言われて書いたものにすぎないから,法的責任あるいは過失を認めたものということはできない。
 原告は,3回目の簡易色校正をしなかったことについて,被告から,データ修正の要否を確認されなかったからとか,そもそもオフセット印刷かインクジェット印刷かも意識していなかったとか,従前はインク調整で問題なかったので気にしなかったと主張するようであるが,原告は,印刷物を扱う広告業者として,当然の知識として,オフセット印刷,インクジェット印刷の違い,納品先はどちらの印刷を希望しているか,色味のバランスや濃さの修正方法・精度・費用の関係を知っていてしかるべきであって,これを前提として,クライアントのニーズに最も適合する方法を選ぶべき立場にあるのであって,本件発注を受けた被告の方から,インク調整のリスクを説明した上で3回目の簡易色校正をするよう推奨しなければならない義務があったとまでいうことはできず,むしろ,原告が,代金38万4000円程度の印刷物で,電車内広告として1か月程度の短期間電車内のドアに貼付されるステッカーで,3回目の簡易色校正は不要としたことを前提とすれば,これを受けた被告としては,原告の求める精度・印刷物の本件見本データに忠実な程度は,そこまで厳密で高いものではないと考えたとしても当然というべきであり,これをもって被告の落ち度ということはできない。
 また,原告は,被告が,アドビリーダーなどの修正ソフトを用いて本件見本データを修正すべきだったと主張するが,被告がデータ修正をすることができたと認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記認定事実によれば,本件見本データの修正は,被告の下請先の光和印刷の取引先である校正屋が行っていたと認められるので,この点に関する原告の主張は理由がない。
 3 よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないので棄却することとして,主文のとおり,判決する。
 (裁判官 村上誠子)

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