2010年のM&A動向から見た2011年以降の日本産業構造の変化

2010年のM&A動向分析から、2011年以降の日本産業構造の変化を占ってみる。
アジアを中心に海外企業の買収が加速する一方で、中国企業による日本企業買収も目立った2010年

2010年の日本企業が当事者となったM&Aは、円高の積極活用や財務体質改善による豊富なキャッシュ余力を活かして、成長市場を海外に求めるため、海外企業を買収するIN-OUT型M&Aが大きく伸びた。M&Aの総件数は前年比12.8%減の1707件(2006年のピーク(2775件)比38.5%の減)、金額ベースでも前年比18.0%減の6兆4842億円となったが、海外企業を買収するIN−OUT型のM&Aは増加し、件数で前年比24.1%の371件、金額ベースで前年比26.8%増となり、M&A金額全体の56.5%を占めるにいたった。
国別では米国が114件、中国(香港含む)が47件、英国20件、オーストラリア16件、台湾15件、韓国、インド、シンガポールが14件となり、アジア企業の買収が目立つ。
また、海外企業による日本企業の買収(OUT−IN型M&A)は、件数は143件で前年比3.6%増、金額ベースでは4345億円で前年比36.3%減となったが、国別では、中国企業による日本企業買収が37件と米国の35件を上回り初めてトップになったことが特徴的だ。
 日本企業同士の国内事業再編(IN‐IN型M&A)は1193件で前年比21.5%減となり、M&A総件数に占めるIN‐INの割合は69.9%と、前年比7.8ポイント減、金額ベースでも前年比45.1%と大幅減少しているが、内容は少子高齢化や景気低迷などにより国内市場が縮小に対応するための、食品や医薬品、学習塾、地銀など内需型業界の再編だ。

アジア市場の成長を具体的にどのように取り込むのかが試される1年に
2011年は、世界の物作り生産基地が中国・アジアにシフトし、少子高齢化が進む中で、国内事業の縮小再編は避けられず設備能力にダブつき感があるIT電機業界や石油化学業界での国内事業再編、事業ポートフォリオ最適化を目指す医療・医薬・ヘルスケア業界での再編、少子高齢化や景気低迷の影響を受ける調剤薬局やドラッグ業界、電機量販店業界、学習塾業界、地銀などの縮小再編が続くことになるだろう。
 一方で、2010年と同様に、内需型企業による海外戦略強化や資源獲得、商社と事業会社が連携した海外展開などの動きは更に活発化するだろう。例えば、手元資金の潤沢な優良大手IT電機企業による海外企業の買収や、医療・医薬・ヘルスケア分野での海外企業の買収、資源・権益確保を目指した海外事業の買収などが盛んに行われると予想される。
一方で、2010年と同様に、金額は小規模ながら中国企業が日本のブランド力や技術開発力を求めて日本企業を買収したり資本参加する動きも更に加速するに違いない。
2011年度はアジア市場の取り込みが重要なテーマになるとみられる。その中で、製造業の場合、世界の物作りの拠点が中国・アジアにシフトし、日本の地位が相対的に低下する中で、アジア向けのクロズボーダーM&Aを進める場合、縮小する国内市場の余剰生産設備のリストラや中核技術流出の防止と新興国のボリューゾーンとなっているローエンド市場獲得といった2つの課題を両立して企業は取り組む必要が出てくる。こうした点に、アジア市場を取り込みながら具体的な連結業績の改善と企業価値向上を図っていく難しさが出てくるものと思われる。
アジア市場の内需の成長を正面から取りこんでゆくためには、もはや日本発の高付加価値製品を新興国富裕層に売って行くとか新興国の低賃金労働を活用するための生産委託という水際戦では通用しなくなった。そこで、既に出ているいくつかの代表的な事例を見てみる。

アジアの内需を取り込みグローバル化を目指す提携戦略事例 
エアコン事業を行うダイキン工業は、2008年3月に、中核技術のインバーター技術の制御プログラムをブラックボックス化することを条件に中国エアコンメーカー・珠海格力電器に生産委託し、低価格・高機能のグローバル市場向けインバーターエアコンの共同開発によりその後大きく業績を伸ばした。同時に、オーバースペックだった日本の金型メーカーへの発注を4割に減らし6割を中国製金型に切り替えるリストラも行っている。
次に、4期連続の赤字に陥っていたレナウンは、2010年5月に中国の山東如意集団山東省)の発行済株式数の40%の資本を受け入れて財務内容を梃入れ2011年度黒字化、今後中国での店舗拡大を通じて新たな成長を目指している。
最後に、2010年12月27日付け日経新聞にて報道されたが、中小型液晶を手掛ける日立ディスプレイズは新工場建設に当たって、EMS最大手の台湾ホンハイ社に最終的に発行済株式の70%の1000億円を出資してもらい、日立は現状業績不振で市場変動リスクの大きい同事業を切り離して社会インフラ事業に経営資源を集中することを検討しているとのことだった。証券市場ではこの報道を好感して株価は上昇したが、中小型液晶の技術流出の問題がクリアされていない模様でその後正式リリースはない。中小型液晶の陳腐化リスクを考えれば将来的な日立グループ企業価値向上に繋がる合理性のある話と考えられる。
IT電機産業を中心に日本国内の余剰生産設備のリストラに当たっては国内事業者に買い手が現れない場合、その買い手候補にアジア、特に中国・台湾企業などが上がってくることも頻出するかもしれない。

2011年は日本企業がアジア企業に浸食され、また日本企業がアジア企業を侵食しながらアジア市場が融和に向かい、それを軸にグローバル化を加速させて行く1年になるような気がする。

 2011年の課題 〜上海からのメッセージを踏まえて

明けましておめでとうございます。
三が日は、中日の2日に深川の富岡八幡宮に初詣に行ってきました。おみくじは小吉。
運勢は冬来たりなば春遠からじ、ようやく開運のきざし見え始めたり。方針、地盤を作れ。希望、七分まで叶う。まさに今の日本経済の新年の門出を象徴しているような御託宣。
病が癒えきらないような中での出発ですが、ここを訪れた方々の新年のご多幸をお祈り申し上げます。

さて、本題。昨年は色々多忙だったこともあり、このブログエントリーの更新はかなり少なくなってしまったが、その間に書いたエントリーを読み返してみると、如何に世の中も停滞していたかがよくわかる。2011年の課題と題してみたが、昨年1年間書いてきたエントリーが基本的にはそのまま当てはまる1年になりそうだ。
昨年書いたブログエントリーの主なタイトルだけ斜め読みすると、新産業育成とベンチャーキャピタル充実の必要性(2010年1月11日)、逆転のグローバル戦略〜ローエンドから攻め上がれ(2010年2月7日)、アジアの時代〜オープン型モノ作りが市場を制する(2010年4月4日)、脱ガラパゴス戦略と逆転のグローバル戦略(2010年6月13日)、日本でなぜiPadが作れなかったのか(2010年6月27日)、日本経済を第三の道へ向かわせるという力を感じるも着火の兆しなし(2010年8月17日)、グローバル維新〜尊王攘夷から勤皇開国へ(2010年12月30日)。自画自賛する訳ではないが、今、読み返しても現在にそのままあてはまる課題ばかりのように思える。

上海からのメッセージ
年始に、昨年末、上海に赴任した友人から新年の挨拶メールをもらった。
友人は、上海で遭遇した中国で起業した中高年の日本人と遭遇した印象をこう語っている。
(以下、引用)

これまでの蓄積した経験知見、技術力ある日本人が、その素晴らしい能力を如何なく発揮する働き方を取り戻せば、どうして世界に負けようかと思います。「日本の失われた20年」と言いますが、知らず知らず、或いは何となく気づいているが変えないだけで、自ら自分たちを縛っているのではと感じます。それを解き放てば再び未来を開く機会を手にできると彼らを見て感じます。そういう意味で、自らの働き方・支える生き方を常に見直していかなければと改めて強く感じた次第です。

(以上、引用)

「本の技術に自信を持ち、自らを縛っているわだかまりを解き放ち、自らの働き方・生き方を常に見直せ」というメセージは改めて我を振り返る言霊となった。だが、今の日本企業には「自信を持て」という気合だけでは立ち直れない崖っぷちまできていると思う。

企業活動に求められる具体的な開国策 〜日立ディスプレイズへのホンハイ社出資報道を考える
12月30日のエントリーで、「グローバル維新〜尊王攘夷から勤皇開国へ」を書いた。実は、具体的なアジアの成長性を取り込む事業再編のアクション例として、12月27日と28日の日経新聞で掲載された、中小型液晶パネルを生産する日立ディスプレイズ(日立DP社)の千葉県茂原工場の建設に対して、世界最大手のEMSのホンハイ社が最終的に株主シェア70%程度の1000億円の出資に応じ、同社の経営立て直しを図ろうというもの。
日立DP社は、これまで少量多品種の注文が多い国内の携帯電話メーカーが主要顧客だったこともあり、5年以上にわたり最終赤字が続いてきた。ホンハイ社はApple社のiPhoneiPadの大部分を受託生産しているため、ホンハイ社の経営傘下に入ることで日立DP社は一気にグローバル生産受託が可能になる。一方、日立グループは、市場変動リスクの多い中小型液晶パネル事業をグループ事業から切り離し、安定成長性の高い鉄道関連などの社会インフラ事業に経営資源を集中できる。
こうした報道に対して、これまでアジア・新興国への技術流出を恐れて、外国企業の出資規制を指導してきた経済産業省は、本件は企業が個々で話をしていることなので関知しないとしながらも、台湾メーカーによる経営権の譲渡については否定的な見解を示しているようだ。しかしながら、証券市場はこの一連の報道を評価しており、その後、日立の株価は上げている。
私は、資本市場の評価を得ながら企業価値をグローバルに向上させていこうとする本来の正しい企業成長モデルの原点に返るならば、こうした日立グループ選択と集中を通じてアジア・グローバル市場を取り込む戦略は正しいと思っている。

グローバル化維新〜1つの処方策
確かに、技術流出は避けたことに越したことはないが、近い将来、陳腐化が予想される技術や不安定な事業キャッシュフローが予想される事業かどうかの取捨選択が事前になされるのであれば、価値が高いうちに取捨選択を行い手放してしまうという戦略はビジネスセンスとしても理にかなっていると思う。
たまたま日立ディスプレイズの事例を取り上げたが、今年、企業活動に求められる行動は、こうした現在の技術が将来どのようなキャッシュフローを生むかを事前に予測してグローバル・ビジネスの可否の観点から、どのように取捨選択して前進するかではないかと思う。
これは決して、基礎技術開発や日本が得意とする擦り合わせ技術などを軽視する話ではない。こうした技術に自信を持つことは当然だとして、その技術を活かした成果がグローバルでどのようなビジネスまで展開できるかを見通して判断することが求められているように思う。
良い意味でのM&Aや提携戦略が重要になる1年かもしれない。

グローバル化維新 〜尊王攘夷から勤皇開国へ

失われた20年を改めて実感した2010年
またまた、久々のブログ執筆になる。経済の停滞トレンドから脱せないまま2010年が終わろうとしている。GDPで中国に追い越されて世界第3位に転落した2010年の日本経済の立ち位置を整理しておこうと思う。
内閣府が12月9日に公表した2010年7〜9月期のGDP改定値は実質年率で前期比4.5%の高い伸びとなったが、これは内需うちエコカー減税や家電エコポイント効果による突発的な個人消費の改善によるものだ。寧ろこうした消費振興策は需要の先食いした財政出動だったと言え来年以降の反動が懸念される。一方で個人消費の伸び率の長期的トレンドを見てみると1997年以降、鈍化し横ばいに近い状態が今日まで続いている。こうした構造的な変化は、生産年齢人口のピークアウトと被雇用者が受け取る現金給与総額のピークアウトのタイミングとも一致している。リーマンショック前の円安・輸出景気もこうした構造的な長期停滞傾向を変えることができなかった訳だ。人はこれを失われた20年と言う。こうした長期停滞の中で、韓国、台湾、中国など新興国経済の競争力の向上が際立ってきたのが2010年の現状だ。
こうしたマクロ経済トレンドを企業活動ベースでみると、製造業の海外生産比率は2001年以降大きく変わっていない。
世界全体で見れば、内需の縮小を上回る規模の需要がアジアを中心に生まれているにも拘わらず、これを取り込めないのは日本経済ではなく個々の企業のビジネスの問題と言える。
また、政府の産業政策においても、もはや国内立地での競争力を失い海外立地に適した産業分野の雇用を国内に留める戦略は、財政が乏しい中では不可能になってきている。

求められる新たなグローバル化維新
こうした行き詰まりに対しては、国籍が日本か海外を問わず、日本で活動したい人や付加価値を生み出せる人には積極的に日本で貢献してもらえるようなフラットな産業政策が必要になってきているのだろう。言いかえれば、国内産業全般をグローバルな競争に晒させて国際市場との垣根を下げ、ヒト・モノ・カネのみならず文化に至るまで様々な経済・社会資源を海外から自由に取り込め、一方で、日本からは優位性を失った旧来型の産業はどんどん海外移転できるような国際社会と双方向な交流の環境作りと、これらを通じて新しい付加価値を国内で創発できる環境作りが必要になっているのだと思う。

折しも、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加・不参加の議論が高まってきた。
まさに幕末にも勤皇開国か尊王攘夷かで国家が揺れた。日本は思い切って開国に踏み切った結果、その後の近代の産業革命と成長をもたらした。
しかしながら、日本の戦後の経済政策を振り返ってみると、ヒト、モノ、カネのうち工業製品の輸出とその原材料の輸入だけを自由化する部分開国政策を取ってきたと言える。完全な開国政策ではない。戦後65年経った現在、TPPの議論を前に、再度、中途半端な開国から完全開国へ移るべきかが問われている。

部分開国政策から完全開国政策へ
経営共創基盤の冨山和彦氏が指摘しているように、米国など加工貿易立国でない国との交易で勝負してきた時代はこれで補完関係が築けたが、アジア各国、韓国、中国のように日本と類似した加工貿易型の国々が完全開放モデルで戦ってきて現代では、部分競争にしか晒されていない日本は競争力を増そうとする上で不利になるだろう。
但し、完全開国に移行することにより、短期的には単に人件費が安いという理由で経営が維持できていた中小企業や関税障壁で守られていた農業などは従来のままでは潰れてゆく痛みを伴う。自社にしかできないことで世界に向けて商売できるオンリーワン企業のみが生き残っていける厳しい淘汰と選別のプロセスは避けて通れないだろう。21世紀の尊王攘夷から勤皇開国へは痛みも伴うが、これこそが今後日本が避けて通れない国際競争力の強化のプロセスなのだろうと思うのだが・・・・。

最近、日本経済を第三の道へ向かせようという力を感じるが着火の兆しなし

国家資本主義の足音
またまた久々のブログ更新になってしまった。8月16日付の日経新聞の1面で「官民ファンド創設へ。政府、インフラ投資促進」という記事が踊っていた。官主導で経済資源の最適配分を進めようとする国家資本主義の匂いが途上国ではない成熟国の日本でも強くするようになってきた。
思えば2008年9月のリーマン・ブラザーズの経営破綻で明らかになったサブプライム・ショックにより2001年頃から急速に膨張した米国金融資本主義主導のバブルが終焉した。それと同時に国家資本主義を推し進める中国が世界経済の牽引役として台頭し、世界経済政策の原理思想も大きく変わった。翻って日本では、2009年8月には自民党政権から民主党政権へ政権が交代し、2010年6月18日の新成長戦略では、1990年のバブルピーク以降、失われた20年後の成長戦略として公共事業中心でもなく(第一の道)、行き過ぎた市場原理主義でもない(第二の道)、現行経済社会の構造転換と新たな需要創出を政府主導で目指す第三の道へ歩むことが表明された。(6月18日発表の新成長戦略は昨年12月末に新政権が閣議決定していたスケルトンを具体化したもの)
しかしながら、第三の道とはどのようなガバナンスが効き、有効に機能するというのだろうか?
第一の道は、いわば計画経済という国家のガバナンスが働くことで実効性があるものとなる。
第二の道は、株主資本主義での市場原理によりガバナンスが働くことで実効性があるものとなる。
第三の道でのガバナンスは、国家でもなく市場でもない。一体何なんだろうか?


新成長戦略の概要
2020年度までに名目3%、実質2%を上回る成長を目指し、特に景気回復の継続が予想されるフェーズ1においては実質成長率を3%に近づけ、デフレを終わらせるとしている。また成長目標分野として、産業分野別では、次の4戦略が挙げられている。
1)グリーンイノベーションによる環境・エネルギー大国戦略、
2)ライフ・イノベーションによる健康大国戦略、
3)アジアの成長を取り込むためのアジア経済戦略、
4)観光立国・地域活性化戦略の4戦略
また、これらの成長を支えるプラットフォームとして、次の3戦略が挙げられている。
5)科学・技術・情報通信立国戦略、
6)雇用・人材戦略、
7)成長マネーの供給やアジアでのメイン・マーケット・プレーヤーとしての地位の確立などを目指す金融戦略の推進

日本をアジア拠点化し、対日投資を促進するために法人実効税率を主要国並みに引き下げるというのは、新成長戦略の中で最も評価できる施策ポイントと言えるだろう。

ただ、足許、新成長戦略を動かすエンジンが着火する気配は感じられない。2010年4-6月の実質GDPは前年比+0.4%増、名目GDPでは▲3.7%減と成長が鈍化している。
経済が低迷し着火しない大きな原因は、そもそも日本・大企業のアントレプレナーシップが低下し、イノベーション力が低下していることが大きいように思う。そもそも民間企業がリスク・テイクすることによるイノベーションなくして新市場の開拓や新規需要の創造はあり得ない。新成長戦略にも産業ターゲットは述べられていても企業論とその競争政策は述べられていない。
これまで、私がこのブログで書いてきた「起業家精神」に基づくイノベーション・スピリットが感じられないのだ。マスコミ報道されるのは人員削減などコスト削減で損益分岐点が低下し利益体質になったといった現状維持か後ろ向きなものばかり。これらはアントレプレナーシップに根差しているといえるだろうか?
6月の新成長戦略は、「政府は最適な経営資源配分がコントロールでき、民間よりも賢いお金の使い方ができる」という、経済資源の最適配分機能を政府主導にした点が問題だ。お上頼みで誰が市場を作るというのだろうか?その意味では、公共事業中心の第一の道に後戻ししかねない危うさが隠されていると言える。
そもそも日本はサブプイム・ショックで米国のような極端な金融資本主義の波には中途半端にしか乗れず、金融資本主義の最適資源配分機能の本質を十分理解しないまま、「ハゲ鷹ファンド」と揶揄するように、幕末の攘夷論のような感情論で官主導のシナリオ形成がなされている。こうした反動主義的な視点に立った議論に実効性の危うさが隠されていると思う。
正に、経済成長を実効ならしめるためのガバナンス論が不在なのだ。

そうは言うものの、6月18日の新成長戦略と共に経済産業省が発表した「産業構造ビジョン2010」は、失われた20年間で構造疲労を続けてきた日本産業構造の変革すべき方向性のヒントを示した点は注目しておく必要があろう。新成長戦略に書かれている成長目標ターゲット産業の羅列よりは何を変えるべきか具体的だ。
そこで、以下、「産業構造ビジョン2010」のポイントを書き出しておこう。但し、ビジョンの実現には個々の民間企業による身を削るような創意工夫と事業の見直し努力が不可欠なことは言うまでもない。お上頼みの他力本願では絵にかいた餅。国家資本主義的な産業政策は、発展途上段階から浮上する際には幼稚産業保護などで有効に作用するだろうが、日本のような成熟国家では寧ろ過去の成功体験を捨てるなど個々の企業の痛みを伴うことで初めて効果が出ると考えられる。

産業構造ビジョン2010の概要
以下の4つ提言からなっている。
まず第一に、これまでの自動車産業依存の産業構造から、2020年に向けて戦略5分野で稼ぐ産業構造に転換する必要があるとのこと。即ち、2007年までの7年間の生産額の伸び48兆円のうち自動車関連が全体の約4割だったが、2020年に向けて、次の戦略5分野で2007年から2020年までの生産全体額の伸び310兆円に対して約5割を稼ぐ産業構造に転換するという。
1)原子力、水、鉄道等のインフラ・システム関連輸出、
2)スマートグリッド、次世代自動車等の環境・エネルギー課題解決産業、
3)医療・介護・健康・子育てサービス産業、
4)ファッション、コンテンツ、食、観光等の文化産業、
5)ロボット、宇宙等の先端分野産業

第二に、グローバル市場で技術でも事業でも勝つための企業のビジネスモデルの転換が必要。
第三に、グローバル化が国内空洞化につながるという考え方を捨て、グローバル化への適用こそが国内で雇用を生み出す源泉になるとの発想の転換が必要だという。
第四に、政府の役割の転換が挙げられており、戦略分野への政策資源の適切な配分、企業の新たなビジネスモデルの選択を円滑化する役割、ビジネスインフラの整備主体として国家間の競争に対峙していく役割、官民連携の役割の強化が必要だとしている。

特に、第一番目の戦略5分野の産業強化の指針については、それぞれ注力すべきサブセクターがブレークダウンしてあり、細部にわたって現状分析と、グローバル化や新しいビジネスモデルの構築、事業再編などアクションプランが事細かに記載されている。企業の経営計画策定指針といったような内容だ。

さて、日本産業の現状を振り返ってみると、既に韓国のサムスンが民生用電気産業で日系電機メーカーを圧倒し、デジタル機器の分野では台湾・中国系のEMSを中心にグローバル水平分業体制に移行してしまっており、日系メーカーは取り付く島もなくなりそうになっている。もはや日系メーカーからiPhoneiPadのような新しいビジネスモデルの製品は出なくなってしまった。こうした現状を振り返って、「産業構造ビジョン2010」を読み取ると、もはやコモディティ化して競争力がなくなった事業は辞めて、日本が得意とする戦略5分野に絞って生き残りをかけましょう・・・・というメッセージとして捉えられる。

ここまで書いてみて、さて、こうしたビジョンの実現のためにどのような市場メカニズムが推進役として働き、国債の増発で政府債務残高が急速に悪化する中でどのようにファイナンスされるのかかといった本来の資本主義経済的なメカニズム予想はまったく加味されていないように見える。
日本をアジア拠点化し、対日投資を促進するために法人実効税率を主要国並みに引き下げるとすれば、税収減に対して、消費税引き上げの議論も避けて通れない。
ガバナンスが国家でもなく市場でもないという第三の道を選ぼうと言う中で、ビジョンを実効せしめるための金融経済政策がすっぽり抜けているといっても過言でない。

1400兆円の個人金融資産が成長のためのM&Aや事業再編資金に回るメカニズムが必要
私は、2010年1月2日付のエントリー「2010年の日本経済と民主党政権の新成長戦略を考える」でも書いたが、1400兆円の個人金融資産がこうした新しい産業ビジョン実現のための成長投資に向いてゆくための金融市場メカニズムを機能させることが重要だと思う。
現在、日本は財政悪化でソブリンリスクが高まりつつあり、本来金利が上がってもおかしくない状況にも拘わらず、10年国債の市場利回りは1%を割る異常な低水準になっている。何故か。日本国債の95%が国内の銀行や個人を中心に引き受けられている構造の中で、足許、銀行は資金の貸出需要が減少しているため、仕方なく集まった預金で安全資産の国債を買増し、その結果、国債金利が低下しているという悪循環が背景にある。
また個人資産の多くも安全資産と思われている国債にシフトしており、企業の成長資金に繋がる株式市場には向かっておらず日経平均株価も9000円台で低迷している始末だ。

要は、1400兆円の個人金融資産がこうした新しい産業ビジョン実現のための成長投資に向いてゆくためには、個々の企業の事業転換と新しいイノベーションや新市場の開拓で成長していくという確信を投資家に持たせないと資金が回らない訳だ。投資家が成長を確信できるようになれば、企業からの税収も増加し、財政のプライマリーバランスも改善に向かうはずで全てが巡回転するようになるだろう。
1400兆円の個人金融資産については、銀行預金や国債への投資ではなく株式・債券市場への投資を通じて日本企業の国内成長投資は基より今後の成長市場であるアジア・新興国へのM&A資金に向かい、海外からの配当などの投資収益収入となって帰ってくるような仕組みづくりが必要になっているのだと思う。

iPadの衝撃よりも日本でなぜiPadが作れなかったかの衝撃?

5月28日に日本でもiPadが発売された。2008年7月11日にiPhoneが発売されてから2年弱。iPadの登場は、iPhoneの顧客資産を引き継いだタブレットPCベースで、新たなグローバルICTビジネスルールを更に変革させる第2段ロケットが発射された瞬間だったと私はみている。
今年年初の1月4日のエントリー「2010年のICTトレンド」で、2010年に起こる今後10年後に向けての技術トレンドとして挙げた6つの中に電子書籍端末などタブレットPCを挙げたが、まさにこれが具体化した。米国フォレスターリサーチによれば、2010年に登場したタブレットPC(シェア6%)は、2012年にはネットブックPCを抜き(タブレットPCシェア18%)、2013年にはデスクトップPCを抜いて(シェア21%)、2015年にはタブレットPCはノートブックPC(シェア42%)に次ぐシェア23%まで成長するという。但し、中身は従来のPCとは全く異なる。
思えば2008年のiPhone発売が、私がこのブログを書き始めた切っ掛けだった。その際、2020年のICT業界を展望した時に、もはやそこには通信・放送・OS・システムソリューション開発・コンテンツといった20世紀縦割り型のビジネス境界線は存在しないだろうと見ていたが、iPadはまさにそれを象徴したサービス端末だ。
一方で、ソニーからiPadが生まれなくなったことに象徴されるように、日本の製造業を含めたICT産業のガラパゴス化と国際競争力の低下が進む一方で、リーマンショック後の世界経済復活の牽引役として中国を中心とするアジア新興国企業の台頭が目覚ましい。
こうした環境変化の中で日本のICT企業もオフショア的な開発拠点化から新興国内需の成長を取り込む地場拠点作りへの発想転換が求められており、日本製造業のアジア拠点化を軸としたグローバル化の動きが活発化している。楽天ユニクロの社内公用語が英語化されたのもこうした環境変化への企業対応の一端を示している。

さて、話を戻そう。iPadの衝撃の詳細については、6月3日に刊行された林信行氏著の「iPadショック」などに譲るとして、今回のエントリーでは、なぜ、日本でiPadが生まれなかったかについて整理しておこう。

IPADショック

IPADショック

なぜ、日本からiPadが生まれないのか?
パソコンなどの情報機器を売る日本の電機メーカーの多くは、電球、冷蔵庫、エアコン、テレビを売り、果ては発電機器、電車まで造る。このコングロマリット体制の下で本当に消費者の心をつかむ製品を作りたいのならば、製造責任者にAppleスティーブ・ジョブスと同等のオールマイティに近い権限を与えないと実現できないだろうが、日本企業の多くはその度胸がない。
また、ICカードシステム、指紋認証、電子決済システムなど世界に誇れる基礎技術が存在するにも関わらず総体としてユーザーに満足感を与えるレベルの要素技術にまで昇華されていないことも問題だ。その背後には、徹底したユーザーエクスペリエンスを追及するデザイナーと技術者が一体となった製品開発の思想が欠落している問題が潜んでいる。
これらの問題に共通する点として、技術的に高機能で良いものが開発できれば売れるはずだ、という過度の技術崇拝主義や、旧来のビジネスの枠からはみ出すものはやらせないという日本の旧弊がはびこっていることが挙げられよう。
具体的によく引き合いに出される議論が、なぜ日本のソニーからiPodiPadが生まれなかったかという話だ。

そもそも日本の携帯電話端末開発について言えば、日本では携帯通信キャリアが指示した仕様通りに作れば端末を買い取ってもらえるので、例え開発の現場から独創的なアイデアが出たとしても認められにくいため、日本の端末メーカーがAppleにはなりえないと言われている。ソニーとて日本では、一端末メーカーとして日本の携帯通信キャリアの指示通りに開発しなくてはならない立場にあった。
それでは、iPodよりも先にPCに接続して楽曲配信サービスを受けるメモリースティックウォークマンを発売していたソニーがなぜAppleに抜かれたのか?
大きな原因の1つは、グループ内に音楽事業会社「ソニーミュージック・エンターテインメント」を抱えているため、著作権保護を重視し、ユーザーの利便性を犠牲にしてしまったことが言われている。例えばウォークマンではソニー独自の音声圧縮形式ATRAC3が採用されユーザー間で世界的に普及していたMP3に対応していなかったことなどはその一例だ。
2004年11月にソニーiPodを追撃するため、AppleiTunesミュージックストアへの対抗軸として楽曲管理ソフト「コネクトプレーヤー」を開発し、音楽事業会社と垂直統合する戦略を打ち出したものの、1年余りで失敗した。それは事業推進元になったコネクトカンパニーが旧ウォークマンの開発部隊のエンジニア確保に手間取ったことが大きいと言われている。だが、その背景にあったのは、軽量化、電池の大容量化、防水加工といったハード重視の開発さえすればAppleには対抗できるという旧来型モノつくりの発想から抜け出ていなかったことが大きいと言われている。
ソニーと言えども、技術的に高機能で良いものが開発できれば売れるはずだ、という過度の技術崇拝主義や、旧来のビジネスの枠からはみ出すものはやらせないという日本の旧弊がはびこっていたのだ。
ソニーの創業者の盛田昭夫は、プロダクト・プランニング(商品企画)、テクノロジー(技術)、マーケティングのどれが欠けても駄目だが、とくにプロダクト・プランニングは大事にしていたという。プロダクト・プランニングの中には、従来にない新しい使い方を世の中に提案して新市場を作るという意気込みが、ソニー創業者の盛田の中にはあった。それはAppleのジョブスとも共通する。
日本の製造業を含めたICT産業のガラパゴス化と国際競争力の低下の背景には、ソニー創業のような本来の企業家精神が剥落したことが大きいのだろう。

ソーシャルネットワーク時代の事業創造
近年の日本企業では、なかなか新規事業が新しいイノベーションを起こして世界的なセンセーショナルな市場をつくるようなことが起きていない。
新規事業創造の鍵は、大企業、研究所、ベンチャーといった枠を超えて活動できる人材が活躍できるようにすることが重要だという。CGM(Consumer Generated Media)やCGD(Consumer Generated Device)の一層の躍進が叫ばれるソーシャルネットワーク時代にあって、商品サービス開発に求められるのは、消費者とともにイノベーションを紡ぐトッププロデューサーであり、就社して滅私奉公する人ではない。
ソーシャルネットワーク時代は異業種の発想、強い個性を持つ異能のつながりが新たな起業や新規事業を起こす時代になっている。だからこそ、幕末に全国の志士の間を縦横無尽に渡り歩き、新しい時代を作ろうとした坂本竜馬が今の時代に再びもてはやされたりするのであろう。
そして、現在のICTの下ではこうした個人のネットワーク展開は、誰でも簡単にグローバル展開が可能になっており、かつて大変な思いをして人脈を作ったり海外に出向いたりした時の苦労の障壁は大幅に低下している。
日本は人材の流動化の阻害が言われて久しい。人材の非流動化がベンチャー起業や新規事業創出を阻害していることについては、2010年2月12日のエントリー「ベンチャー起業家精神、ベンチャー支援に思うこと」でも色々述べた。
ソニーの創業者の盛田昭夫が言った、商品企画、技術、マーケティングの三位一体の取り組みは当然として、個人を軸足としたグローバルネットワーク展開がこれからの新規事業や起業の重要な要素になろうとしている。

脱ガラパゴス戦略と逆転のグローバル戦略

色々忙しくて、久しぶりのブログのアップになってしまった。5月28日にiPadが発売され、生活者目線から見たクラウド的サービスでは、紙の書籍、レンタルビデオアクトビラ(NHKオンデマンド)などが不要になる予感を高めるものになった。こうしたパラダイムシフトの動きの中で日系エレクトロニクス・メーカーの存在感は益々遠くなったような気がする。
日本企業のガラパゴス化が言われて久しい。このブログでも何度も様々な文献の紹介をしながら問題提起と処方箋の方向性について述べてきた。2009年5月4日付のエントリーでも紹介した2008年9月に野村証券産業戦略調査室の宮崎氏著の「ガラパゴス化する日本の製造業」では、デジタル化・グローバル化が進む世界市場で勝ち抜く日本企業のビジネス戦略は、韓国、台湾企業と直接勝負を避ける以下のような分野への進出が重要だと指摘していた。
1.擦り合わせ技術が活かせる分野
2.機械的な機構部品が必要な分野
3.環境問題などで厳しい制約条件がある分野
4.製造ノウハウが外部流出しにくい分野
5.命にかかわり、事故が絶対に許されない分野
6.顧客から製造コストがみえないようにすること
7.最先端の技術力を発揮できる成長市場がある分野
今、エレクトロニクス企業で進んだデジタル化、世界標準化の動きが自動車産業にも及んでおり、日系メーカーが強みとしていた擦り合わせ技術を要する工程もどんどん減少しようとしている。
ただ、「ガラパゴス化する日本の製造業」で分析・指摘された点は、正鵠を射ているものの、日本企業が具体的にどのような取組施策については、検討課題の指摘に留まっていた感が残っていた。
その処方箋として書かれたのが「脱ガラパゴス戦略
〜台頭する新興国市場の攻略法」とのことである。

脱ガラパゴス戦略

脱ガラパゴス戦略

この本は、10年後の2020年の主要新興国ボリュームゾーンの所得成長予測を行い、日本が今後どのような地域にどのような対応をすべきかを産業調査論的な視点から提言している。これに対して企業の経営戦略の視点から方策をしめしているのが、アクセンチュアの西村裕二氏が書いた「逆転のグローバル戦略 〜ローエンドから攻めあがれ」だ(2010年2月7日付エントリー参照)
以下、「脱ガラパゴス戦略」の概要を紹介した後、「逆転のグローバル戦略」と対比して両者の議論を補完してみたい。

存在感を増す中国と日本の立ち位置・・・日本が対処すべき課題
2010年は世界第2位のGDPの座にあった日が中国に抜かれると言われている1年だが、物価水準の違いを考慮した購買力平価ベース(≒物量ベース)のGDPでは、2005年で日本が3兆4670億ドルに対して、中国は7兆7260億ドル(米国は11兆850億ドル)と、既に中国が日本の2.2倍程度上回っているというデータがある(日本経済研究センター「超長期予測〜老いるアジア」)。これが2020年になると、日本が4兆2410億ドルに対して、中国は17兆3340億ドル(米国16兆7460億ドル)と4倍超の格差に拡大し、中国は米国と質実ともに並ぶという。まさに米中2強時代に日本は如何に対処するかが問われている訳だ。
ただ、10年後、中国が世界の覇権国になっているかというと、経済力ではそこそこの地位を築いても、中国文化・社会力が世界標準にはならないだろうし、軍事力でも覇権国の地位は求めていない状況が続くだろうとのことだ。
こうした状況下にある10年後に向けて日本が考えるべきことは、(1)中国に代表される新興国の成長を積極的に取り込むこと、(2)ハイブリッドカー、電気自動車、燃料電池車などの環境対応車や、原子力、LED照明など環境ビジネスを積極的に伸ばすこと、(3)地方都市のコンパクトシティ化や医療・介護報酬の引き上げによる内需拡大、(4)GDP規模に代わる新たな目標をつくることだという。
4番目のGDPに代わる目標例として、例えば自動車、家電、精密・事務機、建設機械、工作機械・ロボット産業など日本が優位に立てそうな分野では世界トップ5など、産業毎、あるいはアジアでトップなど地域毎の目標指標などがあるのではないかと言う。

それでは、どのように新興国の成長を取り込むか?
新興国の成長を取り込むためには、国内での成功体験を捨ててゼロベースで現地の市場ニーズを読み取り、顧客に合ったものづくりやサービスづくりが必要なことは言うまでもない。新興国開拓で成功している韓国企業の成功要因は以下の3点が挙げられるという。
(1)ハイエンドからローエンドまで全面展開していること
(2)現地に根差した大規模な広告宣伝、
(3)ローカル向け商品開発の徹底
ただ、野村総合研究所の調査によれば、韓国企業も真のブランド力の浸透にまでは至っておらず、日本企業が得意とする自動車や家電などの耐久消費財への関心が高まる世帯年間収入が1万ドルを超える消費ターゲット層を如何に取り込むかが重要だという。
因みに、現在の新興国ボリュームゾーンの世帯年間収入は、中国=2006年 約3000ドル、これが2020年に約1万1000ドル。インド=2006年 約2000ドル、これが2020年に約4000ドル。ブラジル=2006年 約5000ドル、これが2020年に約2万ドルに増加すると予想されている。マーケティングを進めるうえで重要になるのがボリュームゾーンの所得が大きくなるスピード「富化速度」で、これを加味すると、中国、ブラジル、インドネシアが将来の有望市場だという。
こうしたマーケティングターゲットを定めた上で、日本企業が取るべき戦略は、トヨタウェイに見られるような、(1)「日本製品に対するあこがれ」を植え付ける戦略、(2)完全なローカル化戦略ではなく、ちょっとしたローカル習慣取り込み工夫戦略、(3)マネジメントレベルの現地化戦略が大事だという。

産業別にみる脱ガラパゴス戦略
(1)携帯電話
ボリュームゾーン新興国で、どこまでブランド価値を毀損せずに品質・価格を下げられるかに挑戦すること。そのために部品の共通化のための企業のネットワーク化や現地企業との協力関係の構築が不可欠になるという。
(2)自動車
高すぎて売れない「プリウス」の教訓や電気自動車の普及で将来的に開発と生産が切り離され、水平分業化の可能性が否定できないなかで、安全性や快適性も重要な選択基準であることを訴える「ブランド力」の維持向上に加えて、技術の標準化を進めるための仲間づくりが益々重要になるという。
(3)農業
農産加工製品の品質の高さ、農業生産性の高さを裏打ちさせている農耕機具の技術力の高さ、品種改良技術力など日本の農業技術の優位性は高い。これをグローバルベースで収益化するためには、(1)現地を豊かにするための開発、(2)日本の食糧確保のために海外生産と輸入、(3)日本農産製品の輸出など、グローバル化の目を明確にしてビジネス化することが重要になるという。
(4)環境・エネルギー
地産地消型の環境・エネルギー事業については、シャープのイタリアの電力会社エネル社との共同投資を伴った共同事業展開の例のように、投資と仲間づくりを通じて地産地消を進め、特許技術戦略に嵌り過ぎないことが大事だという。

構造改革の必要性
ガラパゴスを実行するためには、それを邪魔している以下のような意識改革が必要だという。
(1)日本文化を卑下せず、むしろこれを武器にして海外展開を図る
(2)目先に見える市場ではなく、「富化速度」を先読みした10年先を見越したまだ競争のない未開拓市場である「ブルーオーシャン」を目指すべき
(3)国民生活の質を向上させてゆくための「あこがれのストーリー」を売り込む
(4)技術と文化の両輪で日本を売り込む
(5)日本文化をグローバルに語れる教育の構造改革が必要
(6)若者を中心とした国内引きこもり傾向と緩さの打破
(7)創業の原点に立ち返ったリーダーシップ

「脱ガラパゴス戦略」と「逆転のグローバル戦略」を合わせ読みしてみて
さて、以上が「脱ガラパゴス戦略」の概要である。一方で、「逆転のグローバル戦略」ではグローバル経営を成功させる秘訣は、「市場創造力」「M&A力」「ものづくり力」「グローバルオペレーション力」「経営管理力」の5点を挙げ、個別事業経営者にとっての経営戦略施策を説明している。
市場創造力とは「市場参入から市場創造へ発想を変えること」であり、新興国市場で市場を創造するためには、他社とは差別化された事業や製品に絞った展開、現地でのベストなビジネスパートナーの確保、経営トップの強いコミットメントが重要だと説く。
また、M&A力とは、これまで日本企業が本業意識や自前意識にこだわる余り、一部の企業を除いてM&Aを戦略的に活用しようとする発想が不足していたことに対して、足し算から掛け算のM&Aへ発想を変えることだと説く。
ものづくり力とは、ローカルニーズを吸い上げつつグローバルでハイパフォーマンスを得るものづくりだと説き、高付加価値品を作ることから安くていいものを作ることの重要性が強調されていた。また、抜本的なコストダウンのためには、「製品プラットフォーム化」「部品の共通化」「サプライヤの集約化」「研究・開発投資を設計・デザインなど川下へのシフト化」の必要性が指摘されていた。
私はものづくり力について、こうした指摘に加えてソフトウェア力の強化の必要性を追加したい。日本がデジタル家電の時代に負けたのは、水平分業型のグローバル市場で、日本的な擦り合わせが通用しなかったからではなく、ソフトウェア軽視と外注依存から脱却できず、国内中心の既往の重層的な下請け構造から脱却できなかったため、米国企業を中心としたグローバル人材獲得戦略とソフトウェアを中心としたプラットフォーム化戦略に負けたのだと思っている。
この辺りの評論については、楠正憲氏のブログ「雑種路線で行こう」の2010年5月11日付けエントリー「日本のソフトは擦り合わせで米国に負けた」が詳しいので、詳細はこちらをご参照。

「脱ガラパゴス戦略」で述べられている産業調査論的な視点と比べて根底に流れている論調はほぼ同じと思われるが、クロスして読み返すと、ターゲットとすべき地域、産業、具体的な企業戦略が織り混ぜられ、より立体感が増す。
最後の結論は、「脱ガラパゴス戦略」で述べられている構造改革の必要性こそが、「逆転のグローバル戦略」の最後で述べられている「価値観を変える」に相当するのだろう。そして「逆転のグローバル戦略」で述べられている「できない理由を排除する」ことが、これらを総括する最終処方箋ではないかと思った。

アジアの時代 〜オープン型モノ作りが市場を制する

3月29日付日経ビジネスで「社外秘をなくせ〜オープン型モノ作りが世界を制する」と題した特集があった。その中でエアコン事業を行うダイキン工業が、中核技術を一定条件付きで中国エアコンメーカー・珠海格力電器(広東省)に供与して中国市場のシェア拡大したという象徴的な事例の紹介に目が引かれた。中核技術のオープン化でグロ−バル市場需要を獲得する新しいアジア市場との取り組みとして注目したい。

1.ダイキン工業の踏み込んだ提携内容と成果
日本メーカーは、これまで圧倒的な強みを持つ中核技術の海外(特に中国)への流出を最も恐れ、中国メーカーとの提携もほとんどが成熟分野を中心とする単純な生産委託での技術提携だった。
これに対して、ダイキン工業は、2008年3月、中国の珠海格力電器(格力)に対して、空調や室温をきめ細かく制御する先端中核技術であるインバーター技術を、目的外使用の禁止と制御プログラムの中身の非開示(ブラックボックス化)を前提に供与した。その上で、

  1. 日本市場向けインバーターエアコンの生産委託(年55万台)
  2. グローバル市場向けインバーターエアコンの共同開発
  3. 基幹部品の合弁生産(中国広東省
  4. 原材料の共同購買
  5. 金型の共同開発(中国広東省

という包括提携を締結。高機能の低価格インバーターエアコンの日本・海外販売でグロ−バル市場シェア拡大に成功した。

2.ソフトウェア部分のブラックボックス化とAPIの公開が鍵
インバーター技術は約30年前に日本で開発された門外不出の虎の子技術。一方で、中国・格力の年間生産能力は2000万台で日本市場の約3倍の規模であり、中国の潜在需要は圧倒的に強く、日本国内での高コスト生産でのインバ−ターエアコンを輸出していたのでは中国市場需要に応えられないばかりか日本市場での価格競争にも勝つことはできなかった訳だ。そこで、ダイキン工業は、インバーター技術の本当のコアの制御プログラムだけブラックボックス化してAPIだけ中国側に公開することで、中国側の安価な生産能力を手に入れたわけだ。
モノ作りの世界でも、制御プログラムというソフトウェア部分のブラックボックス化とAPI(Application Interface)のオープン化を進めつつ、労働集約的な生産機能は海外にアウトソースすることでグローバルな売上シェアを上げることが効果的な利益成長戦略の鍵になっていくと言えよう。

3.オーバースペックの排除も重要
一方で、格力が作る金型は日本金型メーカーの半額で納期も半分。日本の金型メーカーは高額装置で高精度の金型を生産するが、中国メーカーは低価格品に見合った安価な金型を生産するという。ダイキン工業は6割を中国・格力、4割を日本メーカーから調達することによりコスト構造は大幅に改善したという。要は、日本の金型メーカーの金型はオーバースペックだったというのだ。オーバースペックを如何に排除するかという点も、日本メーカーがアジア市場のシェアを奪ってゆく上で大きな鍵になるのだろう。

こうして、オープン化はモノ作りの世界でもソフトウェアの優位性とその技術運用の在り方(プログラムのブラックボックス化とAPIの公開など)がクロ−ズアップされてくると同時に、日本独自仕様によるオーバースペックが排除されてゆく。こうした課題を克服しつつ今後の成長が期待されるアジア市場でのボリュムゾーンを獲得してゆくことが、今後の日本メーカーの利益成長の方程式になって行きそうな気がする。