くらひとんの東京湾景

これは去年の今頃の話だけど、

原チャリで川崎埠頭に行ってきたことがある。


そのドライブの事が妙に頭に残っていて離れないので

ここにちょっと書いておきます。長いのでスルーしてもらっていいです。


さて、

何でわざわざそんなところに行ったのかといえば、

海を見るためだった。

平日の午後で、授業もなく(あったかもしれないけど覚えてない)、

家でごろごろしていたら、ふと

川崎の海をまだ見てないということに気づいたのである。

これは行くしかない。


で、出発する時に抱いていたイメージでは

川崎駅からちょっと東に行けば、そこには海が広がっている…

という感じだったのだけれど、

ご存知の通り、川崎駅の東(京急沿線ですね)には

幾千という数の工場・倉庫が茫漠と広がっている。

京浜工業地帯、といえば思い出してもらえるでしょうか?

だから案に相違して、

行けども行けども工場と倉庫しかない。なかなか海に辿りつかない。


いくらくらひとんが工場マニアでも、ここまで多いとさすがに飽きる…

というか、今は海が見たいのだ。

「川崎は『東海道』線だろう?何でこんな海まで遠いんだよ、コラ」

などと心の中でぶつぶつ呟きながら、ひたすら東をめざした。


この工場地帯は

さすがに日本経済の大腿筋と呼ばれる地域だけあって

(そんな事言ってるのはくらひとんだけだが)、

ひたすら道が

まっすぐである。

思わず改行してしまうくらい

まっすぐである。

言うまでもなくこれは物資を可能な限り円滑に運搬するためで、

はるか彼方まで、「まっすぐですよおおおぉぉ」という感じに道が続いている。


そしてそのどこまでも直線な道を、

資材や製品を運ぶ4トン・トラックやトレーラーが

信じがたいスピードでびゅんびゅん走り回っている。

たぶん想像してもらえると思うけれど、これはかなり怖い。

運転手さんも

「何がナンでも時間に間に合わせまっせぇ!!」

という死に物狂いの顔で運転しているし、

そんな所を総重量100キロ未満の「くらひとん+ホンダ・トゥデイ」で走るのは、

はっきり言ってカジキマグロの群の中に小アジが一匹いるようなものだ

(えーと、つまり危ないってことですね)。

映画「スペース・ボールズ」に出てくる宇宙戦艦みたいに長いトラックが

体の10センチくらい右を轟音と共に走り抜けたりする。

ウーファー・システムを取りつけて、

演歌をガンガン流しながら走るデコトラもいる。

とてもじゃないが「休日のドライブ」という雰囲気ではなかった。


そんな恐ろしい工業地帯をひた走っていると、

「〜(よく読めなかった)・こちら←」

という看板が目に入った。

地図を見た感じだとそろそろ海が見えてもおかしくないポイントまで来ているし、

何しろ怖いから、とりあえず曲がっとこうと思って

左折した。


するとそこはどうも貿易関連のターミナルの入り口であったらしく、

おじさんが何人かわらわらと出てきて

「ここは関係者以外入っちゃダメだよ!」と怒られてしまった。

「すいません」と謝って出て行こうとしたら、

おじさんは僕の風体をじっと見た後で

「おにーさん、浮島釣り公園はあっちだよ」

と指差して教えてくれた。


どうも僕の格好(アディダスのジャージにジーンズ)と雰囲気を見て、

こいつはヒマで釣りか何かしに来たんだろうと思ったらしい。

うーん、確かにそう見えるだろうとは思うんだけれども、

しかし釣り人と間違えられてしまうと、何というか

「俺もここまで来たか」という感じである。


とにもかくにも、おかげさまで

海を見る事はできましたけどね。浮島釣り公園で。


ちなみに「浮島釣り公園」は

近くの工場の休み時間を利用したおっさん達がポツポツいる程度で、

まあ想像どおりというか何というか、完全にうらぶれている。

軽食を売っていたとおぼしき屋台の残骸なんかが転がっている。

見た感じでは魚もぜんぜん釣れていない。


でもまあ、目の前には一応海が広がっているし、

工場に囲まれたコンクリートの岸壁から太平洋を見るのは

けっこう面白い。

このうらぶれた風景のずっと向こうにサン・フランシスコとかがあって

金髪のにーちゃんやねーちゃんがワイワイやってるのかと思うと(偏見ですね)、

わりと感慨深いものがある。


ところでここで釣れた魚は持ち帰って食べるのかな?と思って

おっさんの一人に話を聞いたところ、

「ん?こんなとこで釣った魚なんか食えるわけねーだろ。病気になっちゃうよ。

 釣れてもだいたいすぐ海に捨てちゃうよね。釣れないけどね」

という事だった。

少なくとも魚たちにとっては、もちろん工業用廃水の問題を別にすれば、

川崎の海はけっこう住みよいところみたいだ。


釣り公園の海をへだてた向かい側には羽田空港があって、

5分に一回くらいのペースで飛行機が飛んできたり飛び立ったりする。

だからジャンボ・ジェットの音が物凄くうるさいのだが、

おっさんも魚もそんなことは大して気にせずに

黙々と釣りをしている(あるいは黙々と釣られている)。

そして海はどこまでも穏やかである。

不思議な光景だった。

ジャンボ・ジェットの音さえなければ、それはただの平和な釣りの風景である。

しかしそこに耳を聾するようなジェット機の音が鳴り響いていることによって、

そんな平凡な風景が何か異常な、預言的な事態であるかのように見えてくるのだ。


くらひとんは、そんな「浮島釣り公園」の風景を

ぼんやりと何か飲みながら2時間ほど眺めた後、

また例のホラー・ムーヴィー的殺人道路をくぐり抜けて

帰りました。

あの辺には本当に映画みたいに不思議な光景がそこら中に転がっているので、

もし良かったら、皆さんもヒマな平日の午後などに行ってみて下さい。

トラックにぶつからないように気をつけつつ。