ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

意見の違いを認めつつ、読み手に納得してもらえるスキル~4月から半期、文章指導の講座を担当

 この4月から半期、東京・成城大学文芸学部で非常勤講師を務めることになり、第1回の授業を先日行いました。講座名は「マスコミ特殊講義」。マスメディアの実務経験者による実習を含んだ実践的な内容です。わたしの場合は、新聞ジャーナリズムの実務経験者ということであり、実技としては文章指導がメインです。シラバスでは副題を「メディアで通用する文章力を身に付ける」としました。正確で分かりやすく、説得力や納得性が備わった文章を書くことができるスキルのことを想定しています。
 初回の授業では、以下のようなことを話しました。
 文章には読み手がいて、伝えたい内容がある。だから文章はコミュニケーション。伝え手と読み手の間に、社会で何が起きているか、社会がどうなっているか、共通の知識、理解があることがコミュニケーションには役立つ。だから日々、ニュースに触れることはとても大切だ。同時に、一つの出来事に対して、人によって肯定否定の受け止め方や、意見に違いがあるのも当然のこと。民主主義の社会では、異なった意見、多様なものの見方や考え方が担保されていることが重要。人は誰でも、それまで知らなかった事実や意見に触れると、それまでと考え方が変わることがあるからだ。社会が一色に染まるのは危うい。目指すのは、意見の違いを認めつつ、説得力があって読み手を納得させうる文章だ。「わたしの意見は違うが、あなたの言うことは分かる。なるほど、と思う」と相手に言ってもらえる文章を書くことができるスキルを身に付けよう-。

 成城大の授業では、時事問題をテーマにした論作文を課題にすることにしました。1月まで、東京近郊の大学で2年間担当してきた「文章作法」の授業と、目指すことに本質的な違いはありません。ただ、この2年間は作文の書き方から始まり、最後に何回か、論作文、小論文と進めてきました。作文は自身の固有の経験やエピソードを踏まえて、「自分」という人間をアピールするのに対し、小論文は、与えられたテーマについて論拠を示しながら論理的に書きます。作文は読み手の共感を得られればひとまず成功です。小論文は少し違っていて、必要なのは説得力と納得性です。論作文はその中間かもしれませんが、具体的なテーマが与えられるということでは、やはり説得力と納得性が必要です。
 社会と向き合う視点を養う一助として、授業では毎回、新聞紙面を元に、時々のニュースの読み解き方も解説していきます。教材に新聞紙面を使うのは、同じ出来事でも新聞によって取り上げ方が異なることが視覚的にも分かりやすいこと、その体験を通じて、多様な価値観が社会にあるとはどういうことかを体感できるからです。この点は、この2年間の実践で、わたしなりに自信を深めています。
 履修生には、日々の予習・復習の意味でも、毎日、マスメディアのニュースに接することを求めています。特に新聞各紙の社説、論説の読み比べを推奨していきたいと考えています。テーマによっては、各紙の論調が真二つに分かれていることを実感できます。それはそのまま、社会にある意見の幅を知ることです。世論調査の結果なども参照すれば、自分自身の意見や考え方が世の中でどの辺りにあるのか、多数派なのか少数派なのか、といったことも実感できます。ネット上の各紙のサイトで、社説や論説を無料で公開している新聞が全国紙、地方紙合わせて二十数紙あり、アクセスのしやすさという意味でも、学生たちにはなじんでほしいと思います。
 新聞を中心にマスメディアの組織ジャーナリズムの現状のあれこれも、丁寧に話してみたいと考えています。新聞社や通信社、放送局がどのように情報を集め、裏付けを取り、読者や視聴者に届けているかを知ることは、フェイクニュースや陰謀論に惑わされない、真偽を見極めるスキルを養うことに役立つと思うからです。組織ジャーナリズムの現状や課題をまとめることは、そのまま、わたし自身が組織ジャーナリズムの一員として過ごしてきた40年余を振り返ることにもなります。

 大学の非常勤講師は、今回が3校目です。これまでの経験では、わたし自身にもそれぞれに気付きや学びがありました。まさに「教えるは学ぶに通じる」です。今回も、新たな気付き、学びがあることを期待しています。

 

自民党に厳正な調査と処分は期待できたか~「検察の機能不全」を改めて振り返る

 自民党は4月4日の党紀委員会で、パーティー券裏金事件をめぐり39人の処分を決めました。安倍派の幹部議員2人が離党勧告、3人が資格停止、安倍派の14人と二階派の3人が役職停止、安倍派の17人が戒告です。一つの節目ではあるのですが、安倍派で派閥ぐるみの裏金作りが始まった経緯は不明のままです。岸田派も派閥の資金処理が刑事訴追の対象になったにもかかわらず、岸田文雄首相(党総裁)は不問となったこと、二階氏も不問となったこと、処分の対象者を、不記載の金額500万円で線引きしたことに何ら合理性も説得力もないことなど、処分の意義も内容自体も疑問ばかりです。
 東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)も5日付の朝刊で1面、総合面のほか、政治面や社会面にも関連記事を載せ、大きく報じています。そろって社説でも取り上げており、見出しを見るだけでも「『けじめ』にはほど遠い」(朝日)、「解明なき幕引き許されぬ」(毎日)、「これで党の再生につながるか」(読売)などと、批判のトーンでそろっています。
 自民党と、そのトップである岸田首相が批判を受けるのは当然としても、少し視野を広げて俯瞰してみて「なぜこんなことになっているのか」と考えてみた時に、改めて目を向けた方がいいように思うことがあります。「検察の機能不全」です。

■捜査を尽くしたのか
 このブログで繰り返し書いてきましたが、検察があらゆる手立てで捜査を尽くしたと言えるのか、はなはだ疑問です。政治資金規正法の不備を理由にして、キックバックを受けた資金を収支報告書に記載しなかったことに対して、会計責任者だけしか立件しない、との結論ありきだったのではないか、と感じます。
 虚偽記載の立件にしても、先例を理由に不記載の金額を3000万円で線引きしたことも妥当でしょうか。今回の事件は派閥ぐるみ、つまりは組織的な前代未聞の悪質さです。そうであるなら、先例にとらわれず、虚偽記載があった議員についてはすべて訴追する、という判断もあり得たはずです。刑罰を与える必要があるかどうか、裁判所が判断を示せばいいことです。そうすることで民主主義社会の三権分立も機能を果たすことにもなります。
 裏金は実態として議員の個人所得ではなかったのか、という点も、検察の捜査の段階で、国税当局と連携して解明を進めることも可能だったはずです。そんな捜査の例はいくらでもあります。
 自民党が厳正な調査も処分もできないことは、批判を受けても仕方がないことですが、では、本当にきちんとした厳正な調査と処分が自民党に期待できたのか。最初から期待できなかった、こうなってしまうことは十分に予想されたからこそ、世論も検察の捜査に期待していたはずです。検察が捜査終結を表明した後の世論調査で、派閥幹部の政治家を立件しなかった検察の判断を疑問とする回答が8割前後に上ったことからも、そうした民意がうかがえます。
 自民党が厳正な調査も処分もできないのに、政治資金規正法の改正が果たして可能でしょうか。派閥幹部の立件回避の理由を法の不備に求めた検察自身が、その不備がそのまま放置されるのに、結果的にとはいえ、加担するようなことになってしまえば、皮肉としか言いようがありません。この裏金事件で問われるべきは自民党の腐敗、堕落だけではなく、「検察の機能不全」もその対象に加えていいのではないかと思えてなりません。安倍晋三政権が検察を言うがままの支配下に置こうとしたと批判された、検事長の定年延長問題があったのは、わずか5年前のことです。その安倍政権の足下で、組織的な裏金作りは続いていました。万が一にも、政治に忖度する検察であってはならないはずです。

■組織ジャーナリズムの課題
 検察の捜査が終わると、マスメディアの報道は、自民党と岸田首相(党総裁)の動向を追うことにシフトしました。伝統的な組織ジャーナリズムの縦割り取材で言えば、社会部が担当する事件報道から、政治部の政治・政局報道へと局面が変わって、今日に至っています。この政治・政局報道の中であっても、検察の捜査は妥当だったかどうかの観点は必要なのではないか、と感じています。
 言い方を変えれば、政治報道は政治部だけのことではない、政治家に対する捜査を捜査当局に対して心理的距離を取りながらどう報じるか、といったことを含めて、政治報道をどう構築するかということを、今日的な課題として意識した方がいいのではないか、と考えています。「政治とカネ」で言えば、企業献金という問題もあります。企業の経済活動のウオッチからアプローチする政治報道もあるはずだと思います。

※裏金事件の検察捜査についての過去記事はカテゴリー「2023~24自民党の裏金意見」に、検事長定年延長問題についての過去記事は、カテゴリー「2020検事長定年延長」にまとめています 

2023~24自民党の裏金事件 カテゴリーの記事一覧 - ニュース・ワーカー2

2020検事長定年延長 カテゴリーの記事一覧 - ニュース・ワーカー2

 以下に、東京発行各紙が自民党の処分を4月5日付朝刊でどのように報じたか、1面、総合面、社会面の主要な見出しを記録しておきます。社説は各紙のサイトでそれぞれ全文を読むことができます。

▽朝日新聞
・1面準トップ・本記「自民裏金 39人処分/世耕氏離党 近く塩谷氏も」
視点「内向き体質 解散し審判受けよ」(与党担当キャップ)
・2面・時時刻刻「自民 コップの中の処分劇/無責任体質 幹部から若手まで」
・社会面トップ「処分『市民感覚とズレ』」

▽毎日新聞
・1面トップ「自民 裏金事件39人処分/塩谷・世耕氏 離党勧告/下村・西村・高木氏 党員資格停止 首相は対象外」
・3面・クローズアップ「総裁選へ権力闘争/首相『厳格』アピール」
・社会面トップ「説明責任 果たさぬまま」

▽読売新聞
・1面トップ「自民不記載 39人処分/塩谷・世耕氏 離党勧告 世耕氏は離党/首相『規正法改正に全力』」
・3面・スキャナー「執行部内の対立露呈/武田・松野氏扱いで火花」
・社会面トップ「有権者 厳しい批判/『説明なし 処分当然』」

▽日経新聞
・1面「自民39人 処分決定/党紀委 世耕氏、勧告受け離党」
・3面「自民処分 幕引きは遠く/政権運営 強まる逆風」

▽産経新聞
・1面トップ「自民 不記載39人処分決定/世耕氏の離党届受理/下村、西村氏は党員資格停止/首相『最終的に国民判断』」
・2面「不満噴出 首相に逆風/『独裁的』『処分受けないのか』」
・社会面トップ「処分議員地元 戸惑い/『不信払拭できていない』」

▽東京新聞
・1面準トップ「基準曖昧 自民39人処分/塩谷・世耕氏 離党勧告 首相・二階氏 不問」
・2面・核心「処分ありき 渦巻く不満/首相、真相究明置き去り」
・社会面トップ「『処分軽い』『真相引責を』/地元有権者ら 怒りと失望」

【社説】
・朝日新聞「自民党の処分 『けじめ』にはほど遠い」
  https://www.asahi.com/articles/DA3S15904866.html

 失墜した政治への信頼回復どころか、逆に不信に拍車をかけるのではないか。実態解明を置き去りに、内輪の「基準」で結論を出しても、岸田首相がめざした「政治的なけじめ」にはなりえない。

・毎日新聞「自民の裏金議員処分 解明なき幕引き許されぬ」/筋が通らない首相不問/安倍派幹部の喚問必要
 https://mainichi.jp/articles/20240405/ddm/005/070/044000c

 疑惑の解明を置き去りにしたまま幕引きすることは許されない。内向きの論理と中途半端な処分で国民の不信を払拭(ふっしょく)できると考えているのだとすれば、見当違いも甚だしい。

・読売新聞「自民処分決定 これで党の再生につながるか」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240404-OYT1T50238/

 政治とカネの問題について、一定のけじめをつけた形だが、処分の基準が曖昧なために自民党内には不満がくすぶっている。党再生の道のりは平たんではない。

・日経新聞「党の処分で裏金問題の幕引きは許されず」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK037YO0T00C24A4000000/

 自民党が4日、派閥の政治資金問題で関係議員39人の処分を決めた。本来であれば政治的、道義的な責任を明確にする節目のはずだが、巨額の資金還流や不記載の実態解明はほとんど進んでいない。今回の処分で疑惑を幕引きするような対応は決して許されない。

・産経新聞「自民党の処分 これでけじめになるのか」
https://www.sankei.com/article/20240405-QEWWGH5IVJODVOXDSXBU3Q3IIY/

・東京新聞「自民の裏金事件 首相は自らを処断せよ」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/319415

 自民党の党紀委員会は派閥の裏金事件に関わった議員ら39人の処分を決めた。党総裁の岸田文雄首相=写真=は不問に付し、離党勧告は2人にとどめた。組織のトップが責任を免れる甘い処分だ。首相は自ら身を処すべきである。

プロのプロたるゆえん~新人記者の皆さんへ伝えたいこと

 新年度を迎えました。今年も新聞社・通信社各社に新しい顔ぶれが加わりました。どんなに社会環境が変わっても、これまで新聞が培ってきた組織ジャーナリズムは、社会にとってなお不可欠です。現役の時間を終えたわたしにとって、若い皆さんは将来への希望です。期待しています。
 わたしは通信社で働き41年になります。記者、デスク、出稿部や整理部門の管理職として報道の現場に長く身を置き、その後は知財管理や人材育成・研修などの担当として組織運営にもかかわってきました。40代半ばまでに労働組合の専従役員も2回務め、計3年間休職し、自分の仕事を少し距離を置いたところから見つめる時間も得ました。それらの経験をもとに昨年4月、このブログで「新人記者の皆さんへ」と題した文章を計5本書きました。これからの組織ジャーナリズムを担う皆さんに、そのキャリアの始まりに当たって伝えたいことです。わたし自身が、先輩たちから受け継いできたことも多々含まれています。1年後の今、読み返しても、思いは変わっていません。
 記者の仕事は日本国憲法に由来する「表現の自由」や「報道の自由」、そして何よりも「社会の信頼」が不可欠であること、社会の人たちが何を考え、何を望んでいるか、民意を知ること、市民を信頼し、その期待に応えること、「わが国」といった大きな主語を使ったり、大きな主語で考えたりすることは控えたほうがいいこと、日本国憲法が社会の隅々まで無縁ではないことを知ること、歴史の記録として後世の評価に耐えうる記事を目指すこと、「新聞」を支えているすべての人たちに敬意を払うこと―。
 社会の情報流通やメディアを取り巻く環境がどれほど変わろうと、「組織ジャーナリズムの記者」という仕事の基本は変わるはずはありません。SNSの普及によって「だれもが情報発信」「だれでもジャーナリスト」と言われて久しいですが、そうであるからこそ、アマチュアとは異なるプロフェッショナルの記者のプロたるゆえんを常に考えていてほしいと思います。

 昨年は、新人研修が一区切りしたタイミングで、これらの文章を順次アップしました。今年は、これから研修というタイミングになりますが、ぜひ読んでみてください。

 以下から順次、アクセスできます。

news-worker.hatenablog.com

news-worker.hatenablog.com

news-worker.hatenablog.com

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信を失った岸田政権が戦闘機の輸出解禁を進める危うさ~民意は依然、賛否拮抗

 TBS系列のJNNが3月30~31日に実施した世論調査の結果が報じられています。日本が英伊と共同開発する次期戦闘機の第三国への輸出を解禁するとの政府方針に対しては、賛成42%、反対40%でした。このブログの以前の記事で書いた通り、3月15日に与党の自民、公明両党が合意して以降の世論調査では、肯定的評価と否定的評価は拮抗しています。JNN調査でも同様の結果です。ただ、賛否がはっきりしない層も18%と、無視できないボリュームに達している点には留意したいと思います。今後、輸出解禁をめぐる社会的議論が深まれば、意見が変わる人が増える可能性があると、わたしは考えています。

安倍派幹部4人への処分「“除名”や“離党勧告”など厳しい処分必要」61% JNN世論調査 | TBS NEWS DIG

 もう一つ、岸田文雄内閣に対する支持の低さにも留意が必要だと思います。JNN調査では内閣支持率は前月から0.1ポイント減の22.8%。6カ月連続の下落でした。3月の先行各社の調査でも、内閣支持率は軒並み20%台前半から半ばの低い水準で、上向く兆しはありません。自民党の派閥パーティー券裏金事件が最大の要因と感じます。政権、与党、そして政治への不信が高まったままです。
 問題だと思うのは、信を失っている政権が、戦闘機の輸出解禁のような国論が割れている事項を、国会での審議を通さずに強引に決めてしまうことの危うさです。武器の輸出拡大それ自体、さらには極端な軍拡路線も、岸田政権の下で進んでいることにやはり危うさを感じます。仮に武器の輸出拡大を支持するとしても、信を失っている政権が一方的な手法で進めていいのかどうかは、まったく別の問題です。

※参考過去記事

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戦闘機の輸出解禁、賛否両論にとどまらない全国紙の論調~憲法の制約を独自の地歩につなぐ道を選択肢に

 日本が英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機について、岸田文雄政権は3月26日、第三国への輸出を解禁することを閣議決定しました。全国紙5紙のうち、朝日新聞と毎日新聞は翌27日付で関連の社説を掲載しました。「国民的議論なき原則の空洞化」(朝日)、「平和国家の姿が問われる」の見出しに明らかなように、両紙とも批判的です。読売新聞、日経新聞、産経新聞は社説では取り上げていません。東京本社発行の紙面を見ても、朝日新聞は本記1面トップ、総合面に時時刻刻などの関連記事を大きく展開していますが、他の4紙は、本記はいずれも2面ないし3面です。読売新聞、産経新聞は関連記事を総合面に掲載していますが、毎日新聞、日経新聞は、関連記事はなく本記のみです。総じて朝日新聞の報道の手厚さが目立ちます。ただし、社説に関しては、時間軸を少し長く取ってみると、少し異なった情景が見えます。
 朝日新聞がこの戦闘機の輸出解禁を社説で取り上げたのは27日付が初めてでした。毎日、読売、日経、産経の4紙は、自民、公明の与党両党が合意(3月15日)したタイミングで、社説で取り上げていました。このときも毎日新聞は批判的でしたが、読売、日経、産経の各紙は政府方針を支持する論調。肯定、否定のいずれにしても、武器の輸出をめぐる国家の方針が大きく転換することについては、各紙とも認識は共通していました。そういう中で、朝日新聞だけは、いわば“沈黙”していました。政府方針への懸念を報じ、論説記事(社説)で批判を展開するのなら、閣議決定の前でもタイミングはあったのではないかと感じます。

【写真】英伊と共同開発する次期戦闘機のイメージ図=出典:防衛省HP

■「支持」にも質的な差異
 各紙の社説は、見出しを並べてみるだけで主張の違いが分かると思います。注目すべきだと思うのは、読売、日経、産経の3紙は輸出解禁を支持していながら、その内容は一様ではないことです。日経新聞と産経、読売両紙の論調には質的な違いがあり、5紙の論調は「批判」「支持」だけでなく、もう一つ「解禁拡大論」とも呼ぶべき類型も含めて、3通りに分かれていると言っていいように思います。
【批判】
▽朝日新聞
3月27日付「戦闘機の輸出解禁 国民的議論なき原則の空洞化」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15896812.html
▽毎日新聞
3月27日付「戦闘機輸出の閣議決定 平和国家の姿が問われる」
 https://mainichi.jp/articles/20240327/ddm/005/070/124000c
3月16日付「戦闘機輸出の自公合意 なし崩しで突き進むのか」
 https://mainichi.jp/articles/20240316/ddm/005/070/127000c
【支持】
▽日経新聞
3月16日付「次期戦闘機の輸出を国際協調と抑止力の強化に」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK14C1N0U4A310C2000000/
【解禁拡大】
▽読売新聞
3月16日付「次期戦闘機輸出 安保協力を深める大事な一歩」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240316-OYT1T50000/
▽産経新聞
3月17日付「防衛装備品の輸出 『次期戦闘機』だけなのか」
 https://www.sankei.com/article/20240317-YNSM75ACONJYBKUIP3TR5LTTNI/

 日経新聞は、「この先も与党協議を経て新たな輸出案件を追加できるが、なし崩しで進めてはならない」として、戦闘機やミサイルなど高い殺傷能力を持つものは、国会の関与も話し合っていくべきだとしています。
 これに対し産経新聞は「本来は、次期戦闘機に限らず一般的な原則として輸出解禁に踏み切るべきだった」「現に戦闘をしていない国に限るのも疑問だ」として、全面解禁を主張。武器輸出に対する批判を「偽善的平和主義の謬論(びゅうろん)」とまで表現しています。読売新聞も「与党協議が難航すれば共同開発に遅れが生じ、友好国との関係に悪影響が出かねない」として、公明党が与党協議というハードルを設けたことに疑問を呈しています。国会での審議の必要性には触れてもいません。
 このブログの一つ前の記事で触れたように、戦闘機の輸出解禁に対して、メディア各社の世論調査では賛否が拮抗しています。世論は真っ二つと言っていい状況です。メリットもリスクも含めて、戦闘機を第三国に輸出することがどんな意味を持つのかが、一般にはよく知られていないことが要因に挙げられるように感じます。

news-worker.hatenablog.com 全国紙各紙の論調を見るだけでも、単に賛否両論なのではなく、政府方針を上回る解禁拡大論を含めて、多様な違いがあります。社論として批判的であるにせよ、支持するにせよ、マスメディアが多角的、多面的に報道を継続する必要があります。それによって民意が変化する可能性があります。閣議決定で終わりとしていい問題ではありません。

【写真】英伊と共同開発する次期戦闘機のイメージ図=出典:防衛省HP

■「面倒な国」であることを生かす選択肢
 強力な殺傷能力を持つ戦闘機の輸出は、日本国憲法の平和主義の理念に反するものとわたしは受け止めています。憲法9条が放棄を規定しているのは戦争だけではありません。紛争の解決のために、武力によって威嚇することや、武力を使用することも禁じています。今回、輸出可能になる15カ国の中には、近隣国と国境線をめぐって争いがある国も含まれています。仮に日本が戦闘機を輸出した場合、当事国は抑止力の強化、つまりは攻撃的ではなく防御的な軍備の拡充だと主張するかもしれません。しかし、相手国には「武力による威嚇」に映るのではないか。少し考えただけでも、こんな風に疑問がわいてきます。
 完成品の輸出を拡大しなければ開発コストをまかなえず、ひいては友好国から「面倒な国だ」とみなされて、共同開発の実を上げられなくなる、との主張も目にします。それはその通りだろうと思います。戦争だけでなく、武力による威嚇や武力行使を放棄し、そのために戦力も不保持とする憲法を持つ、ということは、言い方によっては憲法の制約が厳しい「面倒な国」であるということです。
 しかし、その「面倒な国」であることをうまく生かして、国際社会に独自の地歩を持ち、世界の平和に貢献していく道もあるはずです。そうした選択肢も日本社会で共有できるよう、多角的、多面的で持続する報道が必要だと感じています。

広く論議されていない戦闘機の輸出解禁~世論調査で民意は賛否が拮抗 ※追記:岸田政権が閣議決定

 日本が英国、イタリアと共同開発する戦闘機について、自民党と公明党が3月15日、第三国への輸出を解禁することに合意しました。この戦闘機の輸出方針をどう受け止めているか、16日以降に実施された3件の世論調査が質問をしています。結果はいずれも賛否二分。民意は真っ二つと言っていい状況です。

 かつて日本は、平和憲法の精神に鑑み、武器は輸出しないことが国是でした。安倍晋三政権が2014年、それまでの「武器輸出三原則」を撤廃し、「防衛装備移転三原則」を定めて原則を「輸出可能」に転換。他国と武器を共同開発することも可能にしました。さらに昨年12月には、岸田文雄政権の軍拡路線の一環として、殺傷能力の高い武器でも、ライセンス生産した完成品はライセンス元の国には輸出できるようになりました。今回の自公の合意は、その延長線上にあり、輸出先が広がります。しかも強力な殺傷能力を持つ戦闘機です。
 武器を禁輸としていたかつての「平和国家」のありようが大きく変容しているのですが、それでも賛否が拮抗している、言い方を変えれば、民意の大勢は否定的どころか、4割以上が肯定的にとらえていることに、正直なところ驚きがあります。近年、台湾情勢に絡んだ中国の軍事的脅威が強調されたり、北朝鮮がミサイル発射を繰り返したりといったことに加えて、ロシアのウクライナ侵攻が続いていることが、日本社会で軍事力増強による安全保障を支持する雰囲気の醸成につながっているように感じます。
 一方で、これだけ賛否が拮抗していることには、別の要因もあるように感じます。あくまでも可能性の問題なのですが、この戦闘機の輸出解禁をめぐって、メリットだけでなくどのようなリスクがあるのかや、なぜかつては禁輸が国是だったのか、敗戦にまでさかのぼる歴史的な経緯が社会で十分には共有されていないのではないか、ということです。今回の輸出解禁は自民党と公明党の協議で事実上決まり、公式の手続きも閣議決定によることになります。国会での審議はありません。そのこと自体、「それでいいのか」と思うのですが、主権者の目が十分に届かないところで、なし崩し的に決められてしまっているように感じます。
 そうだとすると、「よくは分からないが日本の安全につながるならいいのではないか」と考えたり、逆に、「よく分からないから慎重にした方がいい」と考える人もいて、結果的に賛否が拮抗している可能性もあると感じます。
 思い起こすのは安倍晋三元首相の国葬です。マスメディア各社は世論調査で是非を繰り返し問いました。その回答状況の変遷は、このブログの記事にまとめています。

news-worker.hatenablog.com

 当初は肯定的評価が否定的評価を上回っていました。まもなく賛否は拮抗。その後、国葬に対する疑義や反対論が報道され、周知されるようになって、否定的評価が肯定的評価を上回っていきました。国葬実施後もその傾向は変わりませんでした。
 現在、国会では自民党の派閥パーティー券の裏金事件が最大の焦点になっていることもあって、戦闘機の輸出解禁、あるいは武器輸出の拡大をめぐるリスクなどの論点は、マスメディアの報道でも十分に報じられているとは言い難い状況だと感じます。国会の論戦の対象になることが期待できないのであれば、マスメディアが独自に多角的に検証し、メリットもリスクも含めて多様な論点を継続的に報じていくことが必要なはずですし、今からでも可能なはずです。そうした報道が社会に届けば、世論調査の結果も今後、変わっていく可能性があると思います。

 日本国憲法9条の第1項は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定しています。禁じているのは戦争だけではなく、「武力による威嚇」「武力の行使」もです。「抑止力」の強化は、相手の立場では「威嚇」とも映ります。強力な殺傷能力を持つ戦闘機の輸出は、場合によっては日本がこの「威嚇」に与することにならないか。このまま「アリの一穴」で武器輸出がどんどん広がる果てに、日本製の兵器が他国の人たちの命を奪う事態が現出することを危惧します。武器輸出と憲法をめぐり、そうした論点に対する突っ込んだ論議は現在、国会では見られません。今後の報道と、民意の動向を注視しています。

 

【追記】2024年3月26日10時20分

 岸田政権は3月26日午前、戦闘機輸出の解禁を閣議決定しました。国会での審議はありません。

www.47news.jp

パワハラで懲戒処分の空将はなぜ匿名発表なのか

 航空自衛隊は3月21日、部下に対するパワーハラスメントがあったとして、空将を停職4日の懲戒処分にしたことを公表しました。部下に長時間の指導を繰り返して精神的苦痛を与えた、とのことです。自衛隊では、元陸上自衛官の五ノ井里奈さんが部隊内での性被害を訴えたのを機に、セクハラやパワハラ事例が相次いで表面化しています。佐官クラスの幹部が加害者になっている事例もある中で、最高位である「将」の階級にある自衛官のパワハラはひときわ目を引き、上意下達の軍事組織の病理の根深さ、深刻さを感じさせます。空将は全国に四つある航空方面隊の司令などの要職を務め、本来なら、ハラスメントの根絶をそれぞれの組織内で徹底させなければならない立場です。どの組織の誰かも含めて、社会で共有すべき情報だと思うのですが、報道ではこの空将の氏名の表記は一様ではありません。
 航空自衛隊の総司令部とも言うべき、航空幕僚監部を日常的に直接取材していると思われる東京所在の新聞社とNHK、通信社2社の記事を、各社のWebサイトの記事でチェックした結果を、以下にまとめました。実名4社、匿名3社に二分されました。

 各社の記事を見ると、航空自衛隊の発表自体が匿名で、役職も明らかにしていないようです。記事でも匿名とした3社のうち、NHKは性別にも触れていません。一方で、朝日新聞、産経新聞が触れていない役職の「補給本部の本部長」は明らかにしています。
 実名にした4社はいずれも、発表ではない独自取材に基づいて氏名と役職を報じています。読売新聞と共同通信は、年齢も記載しています。匿名とした3社が、この空将の氏名や役職を知らなかったとは思えません。NHKは役職を報じているので、氏名も分かっていたはずです。あえて、発表通りに匿名としたのでしょう。実名とした4社も、それぞれ自社の責任でこれも「あえて」実名表記としたのだと思います。
 では、なぜ航空自衛隊は進んで氏名や役職を公表しないのか。産経新聞と共同通信は記事の中でその理由も報じています。空自は「個人が特定される恐れがあるため」と説明しているとのことです。
 自衛隊も国の機関であり、懲戒処分やその公表にも手続きが規定されています。検索すると、2005年の防衛省事務次官の通達にヒットしました。07年、17年に一部改正になっており、以下のような内容です(長いので一部は省略します)。

懲戒処分の防衛大臣への報告及び公表実施の要領について
(通達)
 標記について、下記のとおり定め、平成17年8月15日から実施(以下「実施日」という。)することとされたので、遺漏のないよう措置されたい。
 なお、同年4月1日から実施日の前日までの間における懲戒処分の公表については、別途、人事教育局長から通知させることとされたので念のため申し添える。

1 趣旨
 自衛隊員の懲戒処分の公表が適正に行われるよう公表の基準を定めるほか、全ての懲戒処分に係る防衛大臣への事前の報告要領について定めるものである。
 なお、個別の事案に関し、当該事案に係る行為の内容、被処分者の職責等を勘案して公表対象、公表内容等について別途の取扱いをすべき場合には適切な公表の措置を講ずるものとする。
2 公表の対象とする懲戒処分の種類
 次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
 (1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為(私的行為以外の行為をいう。)に係る懲戒処分
 (2) 職務に関連しない行為(私的行為をいう。)に係る懲戒処分のうち、免職、降任又は停職である懲戒処分
3 公表内容
 被処分者の所属等、事案の概要、処分年月日及び処分量定に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。ただし、警察その他の公的機関により、被処分者の氏名が公表されている場合には、氏名も含めて公表するものとする。
4 公表時期
 懲戒処分を行った後、速やかに公表するものとする。
5 公表方法等
 公表実施担当官(防衛省の広報活動に関する訓令(昭和35年防衛庁訓令第36号)第3条に規定する実施担当官をいう。)は、懲戒処分を行った懲戒権者等と調整の上、別紙様式第1により報道機関への資料の提供その他適宜の方法をもって公表を行うものとする。
6 公表の例外
 懲戒権者等が、被害者又はその関係者のプライバシー等の権利利益を侵害するおそれがある場合等の理由により第2項及び第3項による公表が適当でないと認める場合には、公表内容の全部又は一部を公表しないことができる。
7 事前報告 (略)
8 委任規定 (略)

 「職務遂行上の行為」は処分の軽重を問わず公表する、その方法は「報道機関への資料の提供その他適宜の方法」とする一方で、「個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする」と明記されています。
 国家公務員の人事制度を所管する人事院が2003年に策定した懲戒処分の公表の指針にも同様のことが盛り込まれており、防衛省の通達もこの指針に準じていると思われます。

※懲戒処分の公表指針について
(平成15年11月10日総参―786)
(人事院事務総長発)
https://www.jinji.go.jp/seisaku/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1203000_H15sousan786.html

1 公表対象
  次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
  (1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分
  (2) 職務に関連しない行為に係る懲戒処分のうち、免職又は停職である懲戒処分
 
2 公表内容
 事案の概要、処分量定及び処分年月日並びに所属、役職段階等の被処分者の属性に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。

3~5 (略)

 パワハラの空将に話を戻すと、航空自衛隊が空将を匿名で、役職名も伏せて発表したことは、防衛省内の通達に沿った手続きであり、そうした発表の形式は特異でも異例でもなく他の省庁と変わらない、ということのようです。
 しかし、事例の重大さ、深刻さに鑑みれば、この匿名での公表が妥当なのかとも感じます。防衛省の通達も人事院の指針も、文面は「個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表する」となっていて「基本として」の一語が入っています。通達の「6」では、例外規定として公表しないこともありうることを定めていることを考えても、この「基本として」は、事例によっては個人が識別される内容を公表することもありうることを想定している、とは考えられないのか。
 陸上自衛隊の五ノ井里奈さんの事例に代表されるように、自衛隊という軍事組織にはハラスメントがはびこっています。空将という最上位の階級の自衛官の中にまで加害者がいたことは、その病理の深刻さを示しています。ハラスメントの根絶と組織の体質の抜本的な改善が急務であり、そのためには、まずは何が起きたのか、その事実関係がありのままに社会で共有されることが必要ではないのか、と感じます。
 それでも、この「基本として」にそういう意味合いはない、個人が特定される発表は一切、行ってはならない、ということであれば、そうした手続きの規定や運用が適切なのか、という論点も出てきます。これらの規定や運用が適切かどうかは、最終的には主権者の判断に委ねるべきものではないのかと思います。その判断の材料として、マスメディアは、懲戒処分の発表の手続きの詳細をも報じていいのではないかと思います。

沖縄のオスプレイ飛行再開、全国メディアに報道を要請~日本本土の主権者に当事者性

 米軍オスプレイの飛行再開をめぐる重要なニュースがありました。以前の記事と合わせてお読みください。重要なことだと思い、別記事にしました。
 沖縄県の玉城デニー知事は、米軍普天間飛行場の米海兵隊所属のオスプレイが飛行を再開した翌15日の定例会見で、「全国メディアには、この沖縄の状況をしっかり伝えていただきたい」と述べました。沖縄タイムスの記事の一部を引用します。

※沖縄タイムス「玉城デニー知事、全国メディアに『報道を強くお願いしたい』 米軍オスプレイの飛行再開 『皆さんの熱い思いが絶対に必要だ』」=2024年3月16日
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1326029

 共同通信が「日本国民全体の問題でもある」と問題提起した上で知事に見解を問うと、玉城知事は「全国メディアには、この沖縄の状況をしっかり伝えていただきたい」と要求。「県民の怒り、思いを全国で共有するためには、みなさんの熱い思いと協力が絶対に必要だ」と語気を強めた。

 このブログで何度も触れてきた通り、沖縄の基地の過剰な集中は、沖縄の住民が選択したことではなく、選挙を通じて合法的に成立している日本政府が強要していることです。だから、基地の過剰な集中は、日本本土に住む主権者はみな等しく当事者性を免れません。沖縄に基地が過剰に集中していることによるメリットがあるとして、それを享受しているのも日本本土の側です。
 加えて、オスプレイの墜落原因や再発防止策の詳細を明らかにしないままの飛行再開は、今後、日本中のどこで重大事故を引き起こしても不思議ではないという意味で、沖縄だけではなく日本全体にとっても、日本政府が住民の安全を第一には考えていないことを露呈しています。沖縄で何が起きているかを日本本土の住民が知ることには、極めて大きな意味があります。主権者として選挙権を行使する上で、知っておくべきことだと思います。
 ちなみに、普天間のオスプレイの飛行再開を、全国紙3紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞)は翌15日付の東京本社発行の朝刊紙面でどのように報じたか、記事の扱いや見出しなどの概要を以下に残しておきます。

新幹線 敦賀延伸の「歓喜」と「関西~北陸」から「東京~北陸」へのシフト感

 北陸新幹線の金沢~敦賀の延伸区間が3月16日、開業しました。新幹線網に福井県が加わりました。この日はたまたま、所要でJR横浜駅に行く機会がありました。そこかしこで「北陸新幹線」と「福井」をアピール。「新幹線で福井へ行こう!」のモードでした。首都圏での話題性、ニュース性はやはり「東京から福井へ直結」のようです。同じように、福井では「東京直結」が話題なのかな、と思いました。インターネットで目にした地元紙、福井新聞のWeb号外は、一番列車「かがやき502号」が敦賀駅を出発する写真に「敦賀 歓喜の発車」の大きな見出しが添えられていました。
https://www.fukuishimbun.co.jp/common/dld/pdf/a4240def65c4c0ad1110eecb105d5f66.pdf

 待望の新幹線が開業した喜びは、実感としてとてもよく分かります。わたしが駆け出し記者生活を送った青森市に東北新幹線のレールが届いたのは、隣県・岩手の盛岡開業から28年も後のことでした。大宮~盛岡の暫定開業は、わたしが青森に赴任した前年の1982年。青森へ向かうには、盛岡で新幹線「やまびこ」から在来線の特急「はつかり」に乗り換えなければなりませんでした。87年3月に青森を離れるまでに、新幹線は東京駅には乗り入れましたが、盛岡以北の開業は見通しが立たないままでした。この間、北のターミナルとして盛岡はにぎわいを増していきました。在勤中に何度も盛岡駅で乗り換えながら、わたし自身、「新幹線が早く伸びればいいのに」と思っていました。「盛岡以北」は青森では悲願でした。
 新青森駅までの延伸開業は2010年12月4日。東北新幹線の基本計画策定から実に38年が過ぎていました。この日、地元紙の東奥日報はネット上に新青森駅の動画を配信。東京発の一番列車が到着したシーンを自宅のパソコンで見て、感無量でした。北陸新幹線の整備計画決定は1973年11月のこと。福井新聞の「歓喜」の見出しは、決して大げさではないと感じます。
 ※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 ただ、北陸新幹線には、東北新幹線とは少し異なる事情もあるようです。
 整備計画は東京~大阪であり、敦賀延伸で全体計画の約8割が完成しましたが、敦賀~大阪の開業の見通しは立っていません。もともと北陸は関西と関係の深い地域です。新聞界でも、福井県は全国紙3社(朝日、毎日、読売)ではいずれも大阪本社の管内、石川県や富山県も朝日新聞社や毎日新聞社ではやはり大阪本社の管内です。鉄道も大阪から北陸へ直通の特急が走っていました。かつての「雷鳥」、現在の「サンダーバード」は、関西ではなじみの愛称です。新幹線の敦賀延伸で、「サンダーバード」は敦賀止まりとなり、大阪から「直通」の利便がなくなりました。東京から見れば「福井直結」、福井では「東京直結」でも、関西からは気持ちの上で「北陸が遠のいた」と感じる方も少なくないのではないかと思います。
 東海道新幹線や山陽新幹線、東北新幹線は、在来線の東海道本線、山陽本線、東北本線と路線図の上でもイメージの上でもおおむね重なっています。在来線の北陸本線はもともと滋賀県の米原から新潟県の直江津まで。関西から北陸へと向かう鉄路でした。「北陸新幹線」は現状では、東京から北陸へ向かう路線です。この在来線と新幹線の“不一致”は、ほかの新幹線とは異なる点かもしれません。言ってみれば、「北陸」の名を冠した基幹鉄路が「関西~北陸」から「東京~北陸」にシフトしたような感があります。単に「鉄道趣味」的な意味しかないのか、それとも今後、人の流れ、モノの流れ、金の流れに変化を起こし、地域にも影響を及ぼしていくのか、わたしにはよく分かりません。いずれにしても、新幹線が地域の振興に役立てばいいなと思います。

【写真3枚=いずれも横浜駅、3月16日撮影】

【写真:品川駅、3月17日撮影】

オスプレイ飛行再開、防衛相発言のグロテスクさ~「日米同盟の犠牲拒否する」(琉球新報)、「住民無視の暴走行為だ」(沖縄タイムス)

 鹿児島県屋久島沖で昨年11月29日、米空軍横田基地(東京)所属の輸送機CV22オスプレイが墜落し、乗員8人が死亡しました。その後も沖縄の米海兵隊普天間飛行場所属のMV22オスプレイはしばらくの間、飛び続けていました。米軍が海兵隊、海軍の所属機も含めてオスプレイ全機の飛行を停止することを発表したのは12月6日。日本で報じられたのは12月7日です。屋久島沖の墜落から1週間余りもたってからのことでした。この間、日本政府は米側に飛行停止を明確に求めなかったことは、このブログでも書きとめた通りです。

news-worker.hatenablog.com

 そのオスプレイについて米軍は3月8日、飛行停止を解除することを発表。日本政府も容認しました。沖縄県の玉城デニー知事は13日、沖縄県庁で会見を開き、事故原因の詳細などが明らかにされない中での飛行再開に対して「事故原因の具体的な説明はなかった。到底納得できず、これを認めることはできない」(琉球新報)と強く批判したと報じられています。普天間飛行場では14日、MV22が飛行を再開しました。

ryukyushimpo.jp

【写真出典】琉球新報の動画より

 飛行再開に際して、屋久島沖の墜落の原因の詳細も、再発防止対策の詳しい内容も明らかにされていません。この点に関して、木原稔防衛相は9日に行った記者会見で「特定の部品の不具合が事故原因だと、これまでにないレベルで詳細に報告を受けた。私自身も合理的であると納得している」(共同通信)と述べたと報じられています。詳しく説明できない理由は「米側の調査には訴訟や懲戒処分への対応も含まれるため、報告書が公開されるまでは米国内法上の制限により、詳細について明らかにできないと説明を受けた」(同)とのことです。説明できないのは米国側の事情だが、日本政府はそれを良しとする、というわけです。
 「これまでにないレベルで詳細に報告を受けた」「私自身も合理的であると納得している」とは異様な発言です。要は「特別な情報をもらっている自分が『納得している』と言っているのだから信じろ」というわけです。主権者である国民を見下していなければ出てこない物言いだと感じました。住民の生命、財産を守る責任を負っている立場の閣僚としては、異様と言うよりも「グロテスクな発言」と言ってもいいかもしれません。
 昨年11月の墜落翌日、木原防衛相は国会で「米国側に対し、国内に配備されたオスプレイについて、捜索・救助活動を除き、安全が確認されてから飛行を行うよう要請するとともに、事故の状況について早期の情報提供を求めている」(朝日新聞)と述べていました。「飛行停止」を米軍に明確に求めたわけではありませんでした。岸田文雄政権には、住民の安全よりも米軍への配慮、忖度を優先する姿勢が一貫している、と感じざるを得ません。
 基地を抱える自治体が納得せず、いくら飛行再開に反対しても、意に介することなくオスプレイは飛んでいます。およそ民間航空では考えられないことです。「軍事」の現実です。

 飛行再開に対して、沖縄の地元紙の琉球新報、沖縄タイムスはこの間、それぞれ3回ずつ、社説で反対を表明しています。特に再開翌日の15日付では見出しも「日米同盟の犠牲拒否する」(琉球新報)、「住民無視の暴走行為だ」(沖縄タイムス)と最大限に厳しいトーンです。
 ※琉球新報の社説はリンク先で全文が読めます

■琉球新報
・3月10日付「オスプレイ飛行再開へ 米の意向優先許されない」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2885924.html
・3月14日付「オスプレイ運用再開 政府は飛行断念を求めよ」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2896086.html
・3月15日付「米軍の無謀訓練強行 日米同盟の犠牲拒否する」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-2899549.html

■沖縄タイムス
・3月15日付「オスプレイ飛行再開 住民無視の暴走行為だ」
・3月13日付「オスプレイ再開へ説明 見切り発進許されない」
・3月9日付「オスプレイ再開へ 安易な決定に反対する」

 オスプレイは日本全国の空を飛びます。日本全国、どこで重大事故を起こしても不思議はありません。そのためか、日本本土の新聞でも特に地方紙で、飛行再開を批判する内容の社説が目につきました。以下に、全国紙、地方紙でネット上の各紙のサイトで確認できた社説の見出しを書きとめておきます。

■全国紙
▽朝日新聞3月15日付「オスプレイ再開 説明尽くさぬ強行だ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15887335.html
▽毎日新聞3月13日付「オスプレイ停止解除 市民の安全が置き去りだ」
 https://mainichi.jp/articles/20240313/ddm/005/070/103000c

■地方紙
【3月9日付】
▽佐賀新聞「オスプレイ飛行再開 不安拭えず、拙速過ぎる」※共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1206501

【3月10日付】
▽信濃毎日新聞「米軍オスプレイ 主権なき日本があらわに」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024031000061
▽山陰中央新報「オスプレイ飛行再開 不安拭えず拙速過ぎる」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/541150

【3月12日付】
▽東奥日報「住民の不安拭えず拙速だ/オスプレイ飛行再開決定」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1739989
▽新潟日報「オスプレイ再開へ 住民の安全軽んじている」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/372948
▽福井新聞「オスプレイ飛行再開 国民の不安は払拭されぬ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1993510
▽高知新聞「【オスプレイ再開】安全への懸念が拭えない」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/727875
▽熊本日日新聞「オスプレイ 飛行再開の決定は拙速だ」

【3月13日付】
▽北海道新聞「オスプレイ再開 究明なき飛行許されぬ」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/986644/
▽秋田魁新報「オスプレイ飛行再開 事故原因見えず拙速だ」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20240313AK0009/

【3月14日付】
▽京都新聞「オスプレイ再開 もう、日本を飛ぶのか」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1218686
▽愛媛新聞「オスプレイ飛行再開へ 説明なき見切り発車 容認できぬ」

【3月15日付】
▽中国新聞「オスプレイ飛行再開 原因説明なき運用許されぬ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/438008
▽徳島新聞「オスプレイ 事故再発への不安拭えぬ」

【3月16日付】
▽宮崎日日新聞「オスプレイ飛行再開 不安解消されず拙速過ぎる」
 https://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_76560.html
▽南日本新聞「[オスプレイ]度外視された地元意向」