ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

新聞記者のスキルを参考に文章力を磨く

 成城大学の非常勤講師の授業は、学生の履修科目の登録期間が終わり、本格的な文章指導に入りました。まもなく、第1回の課題の提出期限を迎えます。やはり、実際に書いてもらった文章を元にした実践的な指導が効果的です。その前のウオーミングアップとして、始まりの1、2回目の講義では、参考になりそうな新聞記者の文章スキルを紹介しました。以下は、その概要です。

 40年余り、通信社で新聞に関わる仕事をしてきて、自分で記事を書いてきましたし、デスクとして若い記者に記事の書き方を指導したり、さらには編集者としてデスクが上げてきた記事を最終的に点検したりしてきました。その経験を踏まえると、文章の書き方は大まかに言えば、「どう書くか」といういわば表現のテクニックと、「何を書くか」という内容、別の言葉で言えば、その文章のテーマとに分けることができると言えます。

 ▽出来栄えは3~5割アップ
 テクニックはいずれも、あまたある文章の指南本、いわゆる「文章読本」にはおおむね書いてあることばかりで、そう珍しいものではありません。ただし、これらを実践できるようになると、それだけで文章の出来栄えは間違いなく3~5割アップします。文章を書く経験を積み、適切な添削を受け、ほかの人が書いた文章にも接するうちに、必ず実践できるようになります。

  • 用語や表現の重複を避け、無駄がないように
  • 主語、述語のかかりはシンプルに=主語と述語を近づける
  • 1文を短くし、主語、述語をいくつも盛り込むのは避ける
  • エピソードは具体的に=「神は細部に宿る」God is in the details.
  • 形容詞、接続詞は思い切って省いてみる。なくても通じる例がほとんど=「そして」「それから」「だから」など
  • 受動態ではなく能動態の表現で=主体がはっきりして文意が明確になる
  • 使える漢字は使う。ただし漢字ばかりでは見た目が硬く、読む気を失わせかねない(「黒っぽい原稿」)
  • 読みやすく段落を分ける

 重複を避けることについては、新聞記者は徹底的に鍛えられます。新聞は紙幅に限りがあります。表現のムダを省けば、それだけ読者に伝える情報量は増えます。一見して、重複とは見えない表現でも、意味合いが重複している場合もあります。典型的なのは「どうやら~のようだ」「どうやら~らしい」の用法です。「ようだ」や「らしい」だけで推測の表現として成り立ちます。「どうやら隣の部屋でだれかが電話しているようだ」という一文であれば「隣の部屋でだれかが電話しているようだ」で十分です。
 最初は、だれかに指摘してもらわなければ気付きません。「そんな細かいところまで気にしなくてもいいのでは」と感じるかもしれません。しかし、その細かなことの積み重ねが、伝える情報の量、さらには記事の質にまで影響してくるのですから、新聞の記事は徹底的にスリムさを追求します。最初はデスクが徹底的に直しますが、慣れてくれば、いったん書き上げた記事を自分で読み直しながら、よりスリムで読みやすい表現に磨いていくことができるようになります。
 こうした新聞記者の表現のテクニックは、大学生の作文や論作文、小論文、レポートなどでもそのまま参考にできます。

 ▽「見出し」と「題名」

 上述の表現のテクニックは必ず身に付きます。文章を書く上で難しいのは、「何を書くか」というテーマの方です。パソコンで文章を打つ手がなかなか進まない、というときは、往々にしてこの「何を書くか」、言い換えれば「伝えたいことは何か」がうまく整理できていないときです。そういう時は、作文や論作文の「お題」と別に、自分が書こうとしている文章の「題名」を考えることが効果的です。自分が書きたいことを一言で表現してみる、一言が難しければ、短い文章でも構いません。しっくりする題名が浮かべば、それが文章のテーマです。
 この点でも、新聞記者のスキルは参考になります。

 新人記者には、新聞記事の書き方について「まず見出しを決める」ことを徹底的に指導します。新聞記事は伝統的に「逆三角形」と呼ぶスタイルです。その出来事について時系列を追って順に書いていくのではなく、5W1Hのニュースの大事なポイントから書いていきます。頭でっかちの文章になります。だから「逆三角形」です。
 ニュースは生ものです。新聞紙面に当初、50行や60行の記事の掲載を予定していても、途中で大きなニュースが飛び込んできたら、20行分しか掲載できない、ということも日常的に起こります。60行の記事を一から20行に書き直しているヒマはありません。そんなときは後ろから40行をバッサリ削ってしまいます。記事の頭に重要な要素が詰まっているので、書き出しの20行だけでも記事として成り立ちます。
 新聞の見出しはニュースのポイントです。記事が逆三角形できちんと書けていれば、最初の20行に見出しの要素は入っています。逆に言えば、逆三角形の記事をきちんと書くには、まず見出しを決める、次いで見出しの要素から記事を書き始めればいいわけです。
 デスクとして記者が上げてきた原稿を見ていて、どうにも見出しがしっくりこない時があります。たいていは、書いた記者がニュースのポイントを整理できていない場合です。「見出しが取れない原稿」と呼んでいました。そういうときは、いったん記者と原稿を挟んであれこれ話してみます。そのうちに、記者の頭の中も整理され、見出しもぴたりと決まる、ということになります。

 記者は経験を積むと、例えば記者会見ではメモを取りながら、頭の中で発言の重要度を判断し、記事の構成を考えるようになります。相手の話が終わる頃には、見出しと記事の書き出し(リード)がほぼ頭の中にできています。質疑応答で記事に必要な追加要素を確認して、取材終了と同時に、頭の中に出来上がっている見出しと記事本文をアウトプットします。

 作文や論作文の「題名」と、新聞記事の見出しは、伝えたいことのエッセンス、ポイントということでは共通しています。「題名」を考えることは、伝えたいことを明確にするために有効な方法です。
 作家の故井上ひさしさんは、作文を書く秘訣の一つとして「題名をつけるということで三分の一以上は書いた、ということになります」と話しています(「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」新潮文庫)。文章を書く際に、労力の3分の1は題名をつけることに充てること、それぐらい題名とは重要なのだ、ということだろうと受け止めています。

 ▽文章修業に王道はない
 今年1月まで講師を務めていた東京近郊の大学での文章指導の授業では、2回目か3回目の課題から、お題とは別に内容にふさわしい題名をつけて提出してもらいました。何度か繰り返すうちに、ぴたっと決まった題名をつけられるようになった履修生がいました。文章の修業を続けていると、「あっ、書けるようになったかもしれない」と自分で感じる瞬間が訪れることがあります。そのブレイクスルーと呼んでもいい一瞬を経験できたのではないかと思います。
 文章力を身に付けるのに王道はありません。ひたすら書くこと。誰かに読んでもらい、意見を言ってもらうこと。そして次の文章を工夫しながら書いてみること。その繰り返しです。

 成城大の授業では3冊の本を推奨しました。
■「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」井上ひさし 新潮文庫
■「自家製 文章読本」井上ひさし 新潮文庫
 井上ひさしさんは放送作家として物書きのキャリアをスタートさせた方で、戯曲も数多く残しています。耳で聴く文章に秀でた方だったということもあってか、井上さんなりの文章術のポイントがとても分かりやすく書かれています。あまたある「文章読本」の中で、特にわたしが奨める2冊です。

■「伝わる・揺さぶる!文章を書く」山田ズーニー PHP新書
 伝わる文章を書くためには、書き始める前にどんな準備作業が効果的か、抽象論ではなく具体的に解説しています。井上ひさしさんの「題名をつけるということで三分の一以上は書いた」に通じることだと思うのですが、自分の中の根本思想を突き詰めるために、自分の思いをギリギリまで短く要約してみることを奨めています。その例として、大学生の息子と母親のやりとりを紹介しています。以下に引用します。

【息子】
俺は、べつに彼女をしばる気はないんだ。彼女は自由だし、やりたいことをやればいい。だから、彼女が留学するのは、ちっとも反対じゃない。
 ただ、ここで問題なのは、彼女の動機だよ。安易な留学ブームにのっかってるだけじゃねえか、だいたい、そんな、あいまいな気持ちで留学したって、逃げてるだけじゃ…
【母親】
 淋しいんだね、おまえ

 最初に読んだ時に、なるほどなあ、と感心しました。

事実を踏まえたフィクション 「沈まぬ太陽」~「国見正之」と故伊藤淳二氏

 元鐘紡(現クラシエ)社長や日本航空会長を務めた伊藤淳二(いとう・じゅんじ)さんの訃報に接しました。2年以上前の2021年12月、99歳で亡くなっていたとのことです。新聞各紙が4月16日夜、デジタルで報じました。これに先立つ同日正午、小学館のサイト「NEWSポストセブン」が記事をアップデートしていました。
※「『沈まぬ太陽』モデルの伊藤淳二JAL元会長・鐘紡元会長が逝去していた」
 https://www.news-postseven.com/archives/20240416_1956863.html?DETAIL

※日経新聞「伊藤淳二氏が死去、99歳 鐘紡社長や日航会長歴任」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE16B0X0W4A410C2000000/

 1985年8月に起きた日本航空のジャンボ機墜落事故後、同年12月に当時の中曽根政権の要請を受け、同社副会長に就任。事故の原因究明と再発防止に向けて経営改革を主導した。86年に会長に就いたが、労務政策での社内外の反発もあり87年に辞任した。山崎豊子さんの小説「沈まぬ太陽」に登場する航空会社会長のモデルとされている。

 故伊藤会長は山崎豊子さんの長編小説「沈まぬ太陽」の登場人物の一人で、大手航空会社「国民航空」がジャンボ機墜落事故を起こした後、経営の立て直しのために時の首相の意向で国民航空会長に送り込まれる「国見正之」のモデルとされます。
 いやも応もなくなり、国民航空会長職を引き受けざるを得なくなったとき、国見は靖国神社に行きます。その情景の印象が強く、このブログでも以前、紹介しました。
※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 20年前に初めて読んだ山崎豊子さんの長編小説「沈まぬ太陽」のあるシーンが長らく印象に残っています。国民航空がジャンボ機墜落事故を引き起こした後、絶対安全を至上命題として再建に乗り出すに当たり、繊維会社を徹底した労使協調で再建させた実績を持つ国見正之が、時の利根川泰司首相の意向で国民航空の会長職に就きます。二度固辞した国見が、利根川の代理人であり、シベリア抑留の経験を持つ元大本営参謀の龍崎一清から「お国のために」と要請され、ついに受諾を伝えた冬の日、向かった先が靖国神社でした。
 国見は学徒出陣した元軍人で、連隊勤務を経て陸軍予備士官学校へ進み、前線指揮官として養成されました。同期生の300人は前線に赴きますが、国見は教官要員として残りました。多くの友が戦死しました。戦後、国見は毎年大みそかに、必ず靖国神社を訪ねていました。
 「今年は少し早く来た―」。予備士官学校の寮で「死んだら靖国神社で会おう」と誓い合った友の姿を思い浮かべながら、国見は心の中で語りかけます。「貴君らと別れて、四十二年目の今日、私は遅ればせながら、二度目の召集を受けた」「五百二十名の死者を出した航空史上最大の惨事を起した国民航空の再建を引き受けることになった」「微力の私には至難なことだが、せめて生き残った者としての務めを果たす覚悟だ。貴君らのご加護をお願いする―。」

 山崎豊子さんは綿密な取材で知られる作家でした。「沈まぬ太陽」は小説、つまりフィクションの体裁を取りながら、その内容の根幹部分は事実を踏まえていると、わたしは認識しています。日経新聞がサイド記事で、故伊藤会長が晩年に寄稿した記事で、陸軍予備士官学校に入っていたことに触れ、毎年暮れ、靖国神社へ参拝していることを明かしていたことを紹介しています。国見が靖国神社で「貴君らのご加護をお願いする―」と亡き戦友に祈った、との挿話も実話だったのかもしれないと改めて感じます。
※日経新聞「伊藤淳二氏死去 鐘紡の多角化推進も日航再建半ばで退任」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD16C7S0W4A410C2000000/

 国民航空内では労組は一つではなく、互いに対立していました。国見は双方に労使の対話路線を呼びかけますが、結局うまくいかず、追われるように国民航空を去ります。故伊藤会長の実像がどうだったのかはともかくとして、日本航空社内の労使、あるいは労労間の対立は、わたしも航空界の労組の方々から教示いただいた経験があります

 「沈まぬ太陽」の主人公は、会社の不興を買って、パキスタン、イラク、ケニアでの勤務を強いられた元労組委員長です。同書はわたしにとって、組織の中で志を曲げない生き方とその過酷さ、働く者の権利としての労働組合のありようなどを深く考える契機になった作品でした。今も時折、手に取って部分的に読み返したりしています。

※新潮社のサイトに、山崎豊子さん自身が「沈まぬ太陽」のことを語った音声データがあります。ユーチューブで聞くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=zKvpJJstYOs&t=69s

www.youtube.com

意見の違いを認めつつ、読み手に納得してもらえるスキル~4月から半期、文章指導の講座を担当

 この4月から半期、東京・成城大学文芸学部で非常勤講師を務めることになり、第1回の授業を先日行いました。講座名は「マスコミ特殊講義」。マスメディアの実務経験者による実習を含んだ実践的な内容です。わたしの場合は、新聞ジャーナリズムの実務経験者ということであり、実技としては文章指導がメインです。シラバスでは副題を「メディアで通用する文章力を身に付ける」としました。正確で分かりやすく、説得力や納得性が備わった文章を書くことができるスキルのことを想定しています。
 初回の授業では、以下のようなことを話しました。
 文章には読み手がいて、伝えたい内容がある。だから文章はコミュニケーション。伝え手と読み手の間に、社会で何が起きているか、社会がどうなっているか、共通の知識、理解があることがコミュニケーションには役立つ。だから日々、ニュースに触れることはとても大切だ。同時に、一つの出来事に対して、人によって肯定否定の受け止め方や、意見に違いがあるのも当然のこと。民主主義の社会では、異なった意見、多様なものの見方や考え方が担保されていることが重要。人は誰でも、それまで知らなかった事実や意見に触れると、それまでと考え方が変わることがあるからだ。社会が一色に染まるのは危うい。目指すのは、意見の違いを認めつつ、説得力があって読み手を納得させうる文章だ。「わたしの意見は違うが、あなたの言うことは分かる。なるほど、と思う」と相手に言ってもらえる文章を書くことができるスキルを身に付けよう-。

 成城大の授業では、時事問題をテーマにした論作文を課題にすることにしました。1月まで、東京近郊の大学で2年間担当してきた「文章作法」の授業と、目指すことに本質的な違いはありません。ただ、この2年間は作文の書き方から始まり、最後に何回か、論作文、小論文と進めてきました。作文は自身の固有の経験やエピソードを踏まえて、「自分」という人間をアピールするのに対し、小論文は、与えられたテーマについて論拠を示しながら論理的に書きます。作文は読み手の共感を得られればひとまず成功です。小論文は少し違っていて、必要なのは説得力と納得性です。論作文はその中間かもしれませんが、具体的なテーマが与えられるということでは、やはり説得力と納得性が必要です。
 社会と向き合う視点を養う一助として、授業では毎回、新聞紙面を元に、時々のニュースの読み解き方も解説していきます。教材に新聞紙面を使うのは、同じ出来事でも新聞によって取り上げ方が異なることが視覚的にも分かりやすいこと、その体験を通じて、多様な価値観が社会にあるとはどういうことかを体感できるからです。この点は、この2年間の実践で、わたしなりに自信を深めています。
 履修生には、日々の予習・復習の意味でも、毎日、マスメディアのニュースに接することを求めています。特に新聞各紙の社説、論説の読み比べを推奨していきたいと考えています。テーマによっては、各紙の論調が真二つに分かれていることを実感できます。それはそのまま、社会にある意見の幅を知ることです。世論調査の結果なども参照すれば、自分自身の意見や考え方が世の中でどの辺りにあるのか、多数派なのか少数派なのか、といったことも実感できます。ネット上の各紙のサイトで、社説や論説を無料で公開している新聞が全国紙、地方紙合わせて二十数紙あり、アクセスのしやすさという意味でも、学生たちにはなじんでほしいと思います。
 新聞を中心にマスメディアの組織ジャーナリズムの現状のあれこれも、丁寧に話してみたいと考えています。新聞社や通信社、放送局がどのように情報を集め、裏付けを取り、読者や視聴者に届けているかを知ることは、フェイクニュースや陰謀論に惑わされない、真偽を見極めるスキルを養うことに役立つと思うからです。組織ジャーナリズムの現状や課題をまとめることは、そのまま、わたし自身が組織ジャーナリズムの一員として過ごしてきた40年余を振り返ることにもなります。

 大学の非常勤講師は、今回が3校目です。これまでの経験では、わたし自身にもそれぞれに気付きや学びがありました。まさに「教えるは学ぶに通じる」です。今回も、新たな気付き、学びがあることを期待しています。

 

自民党に厳正な調査と処分は期待できたか~「検察の機能不全」を改めて振り返る

 自民党は4月4日の党紀委員会で、パーティー券裏金事件をめぐり39人の処分を決めました。安倍派の幹部議員2人が離党勧告、3人が資格停止、安倍派の14人と二階派の3人が役職停止、安倍派の17人が戒告です。一つの節目ではあるのですが、安倍派で派閥ぐるみの裏金作りが始まった経緯は不明のままです。岸田派も派閥の資金処理が刑事訴追の対象になったにもかかわらず、岸田文雄首相(党総裁)は不問となったこと、二階氏も不問となったこと、処分の対象者を、不記載の金額500万円で線引きしたことに何ら合理性も説得力もないことなど、処分の意義も内容自体も疑問ばかりです。
 東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)も5日付の朝刊で1面、総合面のほか、政治面や社会面にも関連記事を載せ、大きく報じています。そろって社説でも取り上げており、見出しを見るだけでも「『けじめ』にはほど遠い」(朝日)、「解明なき幕引き許されぬ」(毎日)、「これで党の再生につながるか」(読売)などと、批判のトーンでそろっています。
 自民党と、そのトップである岸田首相が批判を受けるのは当然としても、少し視野を広げて俯瞰してみて「なぜこんなことになっているのか」と考えてみた時に、改めて目を向けた方がいいように思うことがあります。「検察の機能不全」です。

■捜査を尽くしたのか
 このブログで繰り返し書いてきましたが、検察があらゆる手立てで捜査を尽くしたと言えるのか、はなはだ疑問です。政治資金規正法の不備を理由にして、キックバックを受けた資金を収支報告書に記載しなかったことに対して、会計責任者だけしか立件しない、との結論ありきだったのではないか、と感じます。
 虚偽記載の立件にしても、先例を理由に不記載の金額を3000万円で線引きしたことも妥当でしょうか。今回の事件は派閥ぐるみ、つまりは組織的な前代未聞の悪質さです。そうであるなら、先例にとらわれず、虚偽記載があった議員についてはすべて訴追する、という判断もあり得たはずです。刑罰を与える必要があるかどうか、裁判所が判断を示せばいいことです。そうすることで民主主義社会の三権分立も機能を果たすことにもなります。
 裏金は実態として議員の個人所得ではなかったのか、という点も、検察の捜査の段階で、国税当局と連携して解明を進めることも可能だったはずです。そんな捜査の例はいくらでもあります。
 自民党が厳正な調査も処分もできないことは、批判を受けても仕方がないことですが、では、本当にきちんとした厳正な調査と処分が自民党に期待できたのか。最初から期待できなかった、こうなってしまうことは十分に予想されたからこそ、世論も検察の捜査に期待していたはずです。検察が捜査終結を表明した後の世論調査で、派閥幹部の政治家を立件しなかった検察の判断を疑問とする回答が8割前後に上ったことからも、そうした民意がうかがえます。
 自民党が厳正な調査も処分もできないのに、政治資金規正法の改正が果たして可能でしょうか。派閥幹部の立件回避の理由を法の不備に求めた検察自身が、その不備がそのまま放置されるのに、結果的にとはいえ、加担するようなことになってしまえば、皮肉としか言いようがありません。この裏金事件で問われるべきは自民党の腐敗、堕落だけではなく、「検察の機能不全」もその対象に加えていいのではないかと思えてなりません。安倍晋三政権が検察を言うがままの支配下に置こうとしたと批判された、検事長の定年延長問題があったのは、わずか5年前のことです。その安倍政権の足下で、組織的な裏金作りは続いていました。万が一にも、政治に忖度する検察であってはならないはずです。

■組織ジャーナリズムの課題
 検察の捜査が終わると、マスメディアの報道は、自民党と岸田首相(党総裁)の動向を追うことにシフトしました。伝統的な組織ジャーナリズムの縦割り取材で言えば、社会部が担当する事件報道から、政治部の政治・政局報道へと局面が変わって、今日に至っています。この政治・政局報道の中であっても、検察の捜査は妥当だったかどうかの観点は必要なのではないか、と感じています。
 言い方を変えれば、政治報道は政治部だけのことではない、政治家に対する捜査を捜査当局に対して心理的距離を取りながらどう報じるか、といったことを含めて、政治報道をどう構築するかということを、今日的な課題として意識した方がいいのではないか、と考えています。「政治とカネ」で言えば、企業献金という問題もあります。企業の経済活動のウオッチからアプローチする政治報道もあるはずだと思います。

※裏金事件の検察捜査についての過去記事はカテゴリー「2023~24自民党の裏金意見」に、検事長定年延長問題についての過去記事は、カテゴリー「2020検事長定年延長」にまとめています 

2023~24自民党の裏金事件 カテゴリーの記事一覧 - ニュース・ワーカー2

2020検事長定年延長 カテゴリーの記事一覧 - ニュース・ワーカー2

 以下に、東京発行各紙が自民党の処分を4月5日付朝刊でどのように報じたか、1面、総合面、社会面の主要な見出しを記録しておきます。社説は各紙のサイトでそれぞれ全文を読むことができます。

▽朝日新聞
・1面準トップ・本記「自民裏金 39人処分/世耕氏離党 近く塩谷氏も」
視点「内向き体質 解散し審判受けよ」(与党担当キャップ)
・2面・時時刻刻「自民 コップの中の処分劇/無責任体質 幹部から若手まで」
・社会面トップ「処分『市民感覚とズレ』」

▽毎日新聞
・1面トップ「自民 裏金事件39人処分/塩谷・世耕氏 離党勧告/下村・西村・高木氏 党員資格停止 首相は対象外」
・3面・クローズアップ「総裁選へ権力闘争/首相『厳格』アピール」
・社会面トップ「説明責任 果たさぬまま」

▽読売新聞
・1面トップ「自民不記載 39人処分/塩谷・世耕氏 離党勧告 世耕氏は離党/首相『規正法改正に全力』」
・3面・スキャナー「執行部内の対立露呈/武田・松野氏扱いで火花」
・社会面トップ「有権者 厳しい批判/『説明なし 処分当然』」

▽日経新聞
・1面「自民39人 処分決定/党紀委 世耕氏、勧告受け離党」
・3面「自民処分 幕引きは遠く/政権運営 強まる逆風」

▽産経新聞
・1面トップ「自民 不記載39人処分決定/世耕氏の離党届受理/下村、西村氏は党員資格停止/首相『最終的に国民判断』」
・2面「不満噴出 首相に逆風/『独裁的』『処分受けないのか』」
・社会面トップ「処分議員地元 戸惑い/『不信払拭できていない』」

▽東京新聞
・1面準トップ「基準曖昧 自民39人処分/塩谷・世耕氏 離党勧告 首相・二階氏 不問」
・2面・核心「処分ありき 渦巻く不満/首相、真相究明置き去り」
・社会面トップ「『処分軽い』『真相引責を』/地元有権者ら 怒りと失望」

【社説】
・朝日新聞「自民党の処分 『けじめ』にはほど遠い」
  https://www.asahi.com/articles/DA3S15904866.html

 失墜した政治への信頼回復どころか、逆に不信に拍車をかけるのではないか。実態解明を置き去りに、内輪の「基準」で結論を出しても、岸田首相がめざした「政治的なけじめ」にはなりえない。

・毎日新聞「自民の裏金議員処分 解明なき幕引き許されぬ」/筋が通らない首相不問/安倍派幹部の喚問必要
 https://mainichi.jp/articles/20240405/ddm/005/070/044000c

 疑惑の解明を置き去りにしたまま幕引きすることは許されない。内向きの論理と中途半端な処分で国民の不信を払拭(ふっしょく)できると考えているのだとすれば、見当違いも甚だしい。

・読売新聞「自民処分決定 これで党の再生につながるか」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240404-OYT1T50238/

 政治とカネの問題について、一定のけじめをつけた形だが、処分の基準が曖昧なために自民党内には不満がくすぶっている。党再生の道のりは平たんではない。

・日経新聞「党の処分で裏金問題の幕引きは許されず」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK037YO0T00C24A4000000/

 自民党が4日、派閥の政治資金問題で関係議員39人の処分を決めた。本来であれば政治的、道義的な責任を明確にする節目のはずだが、巨額の資金還流や不記載の実態解明はほとんど進んでいない。今回の処分で疑惑を幕引きするような対応は決して許されない。

・産経新聞「自民党の処分 これでけじめになるのか」
https://www.sankei.com/article/20240405-QEWWGH5IVJODVOXDSXBU3Q3IIY/

・東京新聞「自民の裏金事件 首相は自らを処断せよ」
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/319415

 自民党の党紀委員会は派閥の裏金事件に関わった議員ら39人の処分を決めた。党総裁の岸田文雄首相=写真=は不問に付し、離党勧告は2人にとどめた。組織のトップが責任を免れる甘い処分だ。首相は自ら身を処すべきである。

プロのプロたるゆえん~新人記者の皆さんへ伝えたいこと

 新年度を迎えました。今年も新聞社・通信社各社に新しい顔ぶれが加わりました。どんなに社会環境が変わっても、これまで新聞が培ってきた組織ジャーナリズムは、社会にとってなお不可欠です。現役の時間を終えたわたしにとって、若い皆さんは将来への希望です。期待しています。
 わたしは通信社で働き41年になります。記者、デスク、出稿部や整理部門の管理職として報道の現場に長く身を置き、その後は知財管理や人材育成・研修などの担当として組織運営にもかかわってきました。40代半ばまでに労働組合の専従役員も2回務め、計3年間休職し、自分の仕事を少し距離を置いたところから見つめる時間も得ました。それらの経験をもとに昨年4月、このブログで「新人記者の皆さんへ」と題した文章を計5本書きました。これからの組織ジャーナリズムを担う皆さんに、そのキャリアの始まりに当たって伝えたいことです。わたし自身が、先輩たちから受け継いできたことも多々含まれています。1年後の今、読み返しても、思いは変わっていません。
 記者の仕事は日本国憲法に由来する「表現の自由」や「報道の自由」、そして何よりも「社会の信頼」が不可欠であること、社会の人たちが何を考え、何を望んでいるか、民意を知ること、市民を信頼し、その期待に応えること、「わが国」といった大きな主語を使ったり、大きな主語で考えたりすることは控えたほうがいいこと、日本国憲法が社会の隅々まで無縁ではないことを知ること、歴史の記録として後世の評価に耐えうる記事を目指すこと、「新聞」を支えているすべての人たちに敬意を払うこと―。
 社会の情報流通やメディアを取り巻く環境がどれほど変わろうと、「組織ジャーナリズムの記者」という仕事の基本は変わるはずはありません。SNSの普及によって「だれもが情報発信」「だれでもジャーナリスト」と言われて久しいですが、そうであるからこそ、アマチュアとは異なるプロフェッショナルの記者のプロたるゆえんを常に考えていてほしいと思います。

 昨年は、新人研修が一区切りしたタイミングで、これらの文章を順次アップしました。今年は、これから研修というタイミングになりますが、ぜひ読んでみてください。

 以下から順次、アクセスできます。

news-worker.hatenablog.com

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信を失った岸田政権が戦闘機の輸出解禁を進める危うさ~民意は依然、賛否拮抗

 TBS系列のJNNが3月30~31日に実施した世論調査の結果が報じられています。日本が英伊と共同開発する次期戦闘機の第三国への輸出を解禁するとの政府方針に対しては、賛成42%、反対40%でした。このブログの以前の記事で書いた通り、3月15日に与党の自民、公明両党が合意して以降の世論調査では、肯定的評価と否定的評価は拮抗しています。JNN調査でも同様の結果です。ただ、賛否がはっきりしない層も18%と、無視できないボリュームに達している点には留意したいと思います。今後、輸出解禁をめぐる社会的議論が深まれば、意見が変わる人が増える可能性があると、わたしは考えています。

安倍派幹部4人への処分「“除名”や“離党勧告”など厳しい処分必要」61% JNN世論調査 | TBS NEWS DIG

 もう一つ、岸田文雄内閣に対する支持の低さにも留意が必要だと思います。JNN調査では内閣支持率は前月から0.1ポイント減の22.8%。6カ月連続の下落でした。3月の先行各社の調査でも、内閣支持率は軒並み20%台前半から半ばの低い水準で、上向く兆しはありません。自民党の派閥パーティー券裏金事件が最大の要因と感じます。政権、与党、そして政治への不信が高まったままです。
 問題だと思うのは、信を失っている政権が、戦闘機の輸出解禁のような国論が割れている事項を、国会での審議を通さずに強引に決めてしまうことの危うさです。武器の輸出拡大それ自体、さらには極端な軍拡路線も、岸田政権の下で進んでいることにやはり危うさを感じます。仮に武器の輸出拡大を支持するとしても、信を失っている政権が一方的な手法で進めていいのかどうかは、まったく別の問題です。

※参考過去記事

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戦闘機の輸出解禁、賛否両論にとどまらない全国紙の論調~憲法の制約を独自の地歩につなぐ道を選択肢に

 日本が英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機について、岸田文雄政権は3月26日、第三国への輸出を解禁することを閣議決定しました。全国紙5紙のうち、朝日新聞と毎日新聞は翌27日付で関連の社説を掲載しました。「国民的議論なき原則の空洞化」(朝日)、「平和国家の姿が問われる」の見出しに明らかなように、両紙とも批判的です。読売新聞、日経新聞、産経新聞は社説では取り上げていません。東京本社発行の紙面を見ても、朝日新聞は本記1面トップ、総合面に時時刻刻などの関連記事を大きく展開していますが、他の4紙は、本記はいずれも2面ないし3面です。読売新聞、産経新聞は関連記事を総合面に掲載していますが、毎日新聞、日経新聞は、関連記事はなく本記のみです。総じて朝日新聞の報道の手厚さが目立ちます。ただし、社説に関しては、時間軸を少し長く取ってみると、少し異なった情景が見えます。
 朝日新聞がこの戦闘機の輸出解禁を社説で取り上げたのは27日付が初めてでした。毎日、読売、日経、産経の4紙は、自民、公明の与党両党が合意(3月15日)したタイミングで、社説で取り上げていました。このときも毎日新聞は批判的でしたが、読売、日経、産経の各紙は政府方針を支持する論調。肯定、否定のいずれにしても、武器の輸出をめぐる国家の方針が大きく転換することについては、各紙とも認識は共通していました。そういう中で、朝日新聞だけは、いわば“沈黙”していました。政府方針への懸念を報じ、論説記事(社説)で批判を展開するのなら、閣議決定の前でもタイミングはあったのではないかと感じます。

【写真】英伊と共同開発する次期戦闘機のイメージ図=出典:防衛省HP

■「支持」にも質的な差異
 各紙の社説は、見出しを並べてみるだけで主張の違いが分かると思います。注目すべきだと思うのは、読売、日経、産経の3紙は輸出解禁を支持していながら、その内容は一様ではないことです。日経新聞と産経、読売両紙の論調には質的な違いがあり、5紙の論調は「批判」「支持」だけでなく、もう一つ「解禁拡大論」とも呼ぶべき類型も含めて、3通りに分かれていると言っていいように思います。
【批判】
▽朝日新聞
3月27日付「戦闘機の輸出解禁 国民的議論なき原則の空洞化」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15896812.html
▽毎日新聞
3月27日付「戦闘機輸出の閣議決定 平和国家の姿が問われる」
 https://mainichi.jp/articles/20240327/ddm/005/070/124000c
3月16日付「戦闘機輸出の自公合意 なし崩しで突き進むのか」
 https://mainichi.jp/articles/20240316/ddm/005/070/127000c
【支持】
▽日経新聞
3月16日付「次期戦闘機の輸出を国際協調と抑止力の強化に」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK14C1N0U4A310C2000000/
【解禁拡大】
▽読売新聞
3月16日付「次期戦闘機輸出 安保協力を深める大事な一歩」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240316-OYT1T50000/
▽産経新聞
3月17日付「防衛装備品の輸出 『次期戦闘機』だけなのか」
 https://www.sankei.com/article/20240317-YNSM75ACONJYBKUIP3TR5LTTNI/

 日経新聞は、「この先も与党協議を経て新たな輸出案件を追加できるが、なし崩しで進めてはならない」として、戦闘機やミサイルなど高い殺傷能力を持つものは、国会の関与も話し合っていくべきだとしています。
 これに対し産経新聞は「本来は、次期戦闘機に限らず一般的な原則として輸出解禁に踏み切るべきだった」「現に戦闘をしていない国に限るのも疑問だ」として、全面解禁を主張。武器輸出に対する批判を「偽善的平和主義の謬論(びゅうろん)」とまで表現しています。読売新聞も「与党協議が難航すれば共同開発に遅れが生じ、友好国との関係に悪影響が出かねない」として、公明党が与党協議というハードルを設けたことに疑問を呈しています。国会での審議の必要性には触れてもいません。
 このブログの一つ前の記事で触れたように、戦闘機の輸出解禁に対して、メディア各社の世論調査では賛否が拮抗しています。世論は真っ二つと言っていい状況です。メリットもリスクも含めて、戦闘機を第三国に輸出することがどんな意味を持つのかが、一般にはよく知られていないことが要因に挙げられるように感じます。

news-worker.hatenablog.com 全国紙各紙の論調を見るだけでも、単に賛否両論なのではなく、政府方針を上回る解禁拡大論を含めて、多様な違いがあります。社論として批判的であるにせよ、支持するにせよ、マスメディアが多角的、多面的に報道を継続する必要があります。それによって民意が変化する可能性があります。閣議決定で終わりとしていい問題ではありません。

【写真】英伊と共同開発する次期戦闘機のイメージ図=出典:防衛省HP

■「面倒な国」であることを生かす選択肢
 強力な殺傷能力を持つ戦闘機の輸出は、日本国憲法の平和主義の理念に反するものとわたしは受け止めています。憲法9条が放棄を規定しているのは戦争だけではありません。紛争の解決のために、武力によって威嚇することや、武力を使用することも禁じています。今回、輸出可能になる15カ国の中には、近隣国と国境線をめぐって争いがある国も含まれています。仮に日本が戦闘機を輸出した場合、当事国は抑止力の強化、つまりは攻撃的ではなく防御的な軍備の拡充だと主張するかもしれません。しかし、相手国には「武力による威嚇」に映るのではないか。少し考えただけでも、こんな風に疑問がわいてきます。
 完成品の輸出を拡大しなければ開発コストをまかなえず、ひいては友好国から「面倒な国だ」とみなされて、共同開発の実を上げられなくなる、との主張も目にします。それはその通りだろうと思います。戦争だけでなく、武力による威嚇や武力行使を放棄し、そのために戦力も不保持とする憲法を持つ、ということは、言い方によっては憲法の制約が厳しい「面倒な国」であるということです。
 しかし、その「面倒な国」であることをうまく生かして、国際社会に独自の地歩を持ち、世界の平和に貢献していく道もあるはずです。そうした選択肢も日本社会で共有できるよう、多角的、多面的で持続する報道が必要だと感じています。

広く論議されていない戦闘機の輸出解禁~世論調査で民意は賛否が拮抗 ※追記:岸田政権が閣議決定

 日本が英国、イタリアと共同開発する戦闘機について、自民党と公明党が3月15日、第三国への輸出を解禁することに合意しました。この戦闘機の輸出方針をどう受け止めているか、16日以降に実施された3件の世論調査が質問をしています。結果はいずれも賛否二分。民意は真っ二つと言っていい状況です。

 かつて日本は、平和憲法の精神に鑑み、武器は輸出しないことが国是でした。安倍晋三政権が2014年、それまでの「武器輸出三原則」を撤廃し、「防衛装備移転三原則」を定めて原則を「輸出可能」に転換。他国と武器を共同開発することも可能にしました。さらに昨年12月には、岸田文雄政権の軍拡路線の一環として、殺傷能力の高い武器でも、ライセンス生産した完成品はライセンス元の国には輸出できるようになりました。今回の自公の合意は、その延長線上にあり、輸出先が広がります。しかも強力な殺傷能力を持つ戦闘機です。
 武器を禁輸としていたかつての「平和国家」のありようが大きく変容しているのですが、それでも賛否が拮抗している、言い方を変えれば、民意の大勢は否定的どころか、4割以上が肯定的にとらえていることに、正直なところ驚きがあります。近年、台湾情勢に絡んだ中国の軍事的脅威が強調されたり、北朝鮮がミサイル発射を繰り返したりといったことに加えて、ロシアのウクライナ侵攻が続いていることが、日本社会で軍事力増強による安全保障を支持する雰囲気の醸成につながっているように感じます。
 一方で、これだけ賛否が拮抗していることには、別の要因もあるように感じます。あくまでも可能性の問題なのですが、この戦闘機の輸出解禁をめぐって、メリットだけでなくどのようなリスクがあるのかや、なぜかつては禁輸が国是だったのか、敗戦にまでさかのぼる歴史的な経緯が社会で十分には共有されていないのではないか、ということです。今回の輸出解禁は自民党と公明党の協議で事実上決まり、公式の手続きも閣議決定によることになります。国会での審議はありません。そのこと自体、「それでいいのか」と思うのですが、主権者の目が十分に届かないところで、なし崩し的に決められてしまっているように感じます。
 そうだとすると、「よくは分からないが日本の安全につながるならいいのではないか」と考えたり、逆に、「よく分からないから慎重にした方がいい」と考える人もいて、結果的に賛否が拮抗している可能性もあると感じます。
 思い起こすのは安倍晋三元首相の国葬です。マスメディア各社は世論調査で是非を繰り返し問いました。その回答状況の変遷は、このブログの記事にまとめています。

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 当初は肯定的評価が否定的評価を上回っていました。まもなく賛否は拮抗。その後、国葬に対する疑義や反対論が報道され、周知されるようになって、否定的評価が肯定的評価を上回っていきました。国葬実施後もその傾向は変わりませんでした。
 現在、国会では自民党の派閥パーティー券の裏金事件が最大の焦点になっていることもあって、戦闘機の輸出解禁、あるいは武器輸出の拡大をめぐるリスクなどの論点は、マスメディアの報道でも十分に報じられているとは言い難い状況だと感じます。国会の論戦の対象になることが期待できないのであれば、マスメディアが独自に多角的に検証し、メリットもリスクも含めて多様な論点を継続的に報じていくことが必要なはずですし、今からでも可能なはずです。そうした報道が社会に届けば、世論調査の結果も今後、変わっていく可能性があると思います。

 日本国憲法9条の第1項は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定しています。禁じているのは戦争だけではなく、「武力による威嚇」「武力の行使」もです。「抑止力」の強化は、相手の立場では「威嚇」とも映ります。強力な殺傷能力を持つ戦闘機の輸出は、場合によっては日本がこの「威嚇」に与することにならないか。このまま「アリの一穴」で武器輸出がどんどん広がる果てに、日本製の兵器が他国の人たちの命を奪う事態が現出することを危惧します。武器輸出と憲法をめぐり、そうした論点に対する突っ込んだ論議は現在、国会では見られません。今後の報道と、民意の動向を注視しています。

 

【追記】2024年3月26日10時20分

 岸田政権は3月26日午前、戦闘機輸出の解禁を閣議決定しました。国会での審議はありません。

www.47news.jp

パワハラで懲戒処分の空将はなぜ匿名発表なのか

 航空自衛隊は3月21日、部下に対するパワーハラスメントがあったとして、空将を停職4日の懲戒処分にしたことを公表しました。部下に長時間の指導を繰り返して精神的苦痛を与えた、とのことです。自衛隊では、元陸上自衛官の五ノ井里奈さんが部隊内での性被害を訴えたのを機に、セクハラやパワハラ事例が相次いで表面化しています。佐官クラスの幹部が加害者になっている事例もある中で、最高位である「将」の階級にある自衛官のパワハラはひときわ目を引き、上意下達の軍事組織の病理の根深さ、深刻さを感じさせます。空将は全国に四つある航空方面隊の司令などの要職を務め、本来なら、ハラスメントの根絶をそれぞれの組織内で徹底させなければならない立場です。どの組織の誰かも含めて、社会で共有すべき情報だと思うのですが、報道ではこの空将の氏名の表記は一様ではありません。
 航空自衛隊の総司令部とも言うべき、航空幕僚監部を日常的に直接取材していると思われる東京所在の新聞社とNHK、通信社2社の記事を、各社のWebサイトの記事でチェックした結果を、以下にまとめました。実名4社、匿名3社に二分されました。

 各社の記事を見ると、航空自衛隊の発表自体が匿名で、役職も明らかにしていないようです。記事でも匿名とした3社のうち、NHKは性別にも触れていません。一方で、朝日新聞、産経新聞が触れていない役職の「補給本部の本部長」は明らかにしています。
 実名にした4社はいずれも、発表ではない独自取材に基づいて氏名と役職を報じています。読売新聞と共同通信は、年齢も記載しています。匿名とした3社が、この空将の氏名や役職を知らなかったとは思えません。NHKは役職を報じているので、氏名も分かっていたはずです。あえて、発表通りに匿名としたのでしょう。実名とした4社も、それぞれ自社の責任でこれも「あえて」実名表記としたのだと思います。
 では、なぜ航空自衛隊は進んで氏名や役職を公表しないのか。産経新聞と共同通信は記事の中でその理由も報じています。空自は「個人が特定される恐れがあるため」と説明しているとのことです。
 自衛隊も国の機関であり、懲戒処分やその公表にも手続きが規定されています。検索すると、2005年の防衛省事務次官の通達にヒットしました。07年、17年に一部改正になっており、以下のような内容です(長いので一部は省略します)。

懲戒処分の防衛大臣への報告及び公表実施の要領について
(通達)
 標記について、下記のとおり定め、平成17年8月15日から実施(以下「実施日」という。)することとされたので、遺漏のないよう措置されたい。
 なお、同年4月1日から実施日の前日までの間における懲戒処分の公表については、別途、人事教育局長から通知させることとされたので念のため申し添える。

1 趣旨
 自衛隊員の懲戒処分の公表が適正に行われるよう公表の基準を定めるほか、全ての懲戒処分に係る防衛大臣への事前の報告要領について定めるものである。
 なお、個別の事案に関し、当該事案に係る行為の内容、被処分者の職責等を勘案して公表対象、公表内容等について別途の取扱いをすべき場合には適切な公表の措置を講ずるものとする。
2 公表の対象とする懲戒処分の種類
 次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
 (1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為(私的行為以外の行為をいう。)に係る懲戒処分
 (2) 職務に関連しない行為(私的行為をいう。)に係る懲戒処分のうち、免職、降任又は停職である懲戒処分
3 公表内容
 被処分者の所属等、事案の概要、処分年月日及び処分量定に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。ただし、警察その他の公的機関により、被処分者の氏名が公表されている場合には、氏名も含めて公表するものとする。
4 公表時期
 懲戒処分を行った後、速やかに公表するものとする。
5 公表方法等
 公表実施担当官(防衛省の広報活動に関する訓令(昭和35年防衛庁訓令第36号)第3条に規定する実施担当官をいう。)は、懲戒処分を行った懲戒権者等と調整の上、別紙様式第1により報道機関への資料の提供その他適宜の方法をもって公表を行うものとする。
6 公表の例外
 懲戒権者等が、被害者又はその関係者のプライバシー等の権利利益を侵害するおそれがある場合等の理由により第2項及び第3項による公表が適当でないと認める場合には、公表内容の全部又は一部を公表しないことができる。
7 事前報告 (略)
8 委任規定 (略)

 「職務遂行上の行為」は処分の軽重を問わず公表する、その方法は「報道機関への資料の提供その他適宜の方法」とする一方で、「個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする」と明記されています。
 国家公務員の人事制度を所管する人事院が2003年に策定した懲戒処分の公表の指針にも同様のことが盛り込まれており、防衛省の通達もこの指針に準じていると思われます。

※懲戒処分の公表指針について
(平成15年11月10日総参―786)
(人事院事務総長発)
https://www.jinji.go.jp/seisaku/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1203000_H15sousan786.html

1 公表対象
  次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
  (1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分
  (2) 職務に関連しない行為に係る懲戒処分のうち、免職又は停職である懲戒処分
 
2 公表内容
 事案の概要、処分量定及び処分年月日並びに所属、役職段階等の被処分者の属性に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。

3~5 (略)

 パワハラの空将に話を戻すと、航空自衛隊が空将を匿名で、役職名も伏せて発表したことは、防衛省内の通達に沿った手続きであり、そうした発表の形式は特異でも異例でもなく他の省庁と変わらない、ということのようです。
 しかし、事例の重大さ、深刻さに鑑みれば、この匿名での公表が妥当なのかとも感じます。防衛省の通達も人事院の指針も、文面は「個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表する」となっていて「基本として」の一語が入っています。通達の「6」では、例外規定として公表しないこともありうることを定めていることを考えても、この「基本として」は、事例によっては個人が識別される内容を公表することもありうることを想定している、とは考えられないのか。
 陸上自衛隊の五ノ井里奈さんの事例に代表されるように、自衛隊という軍事組織にはハラスメントがはびこっています。空将という最上位の階級の自衛官の中にまで加害者がいたことは、その病理の深刻さを示しています。ハラスメントの根絶と組織の体質の抜本的な改善が急務であり、そのためには、まずは何が起きたのか、その事実関係がありのままに社会で共有されることが必要ではないのか、と感じます。
 それでも、この「基本として」にそういう意味合いはない、個人が特定される発表は一切、行ってはならない、ということであれば、そうした手続きの規定や運用が適切なのか、という論点も出てきます。これらの規定や運用が適切かどうかは、最終的には主権者の判断に委ねるべきものではないのかと思います。その判断の材料として、マスメディアは、懲戒処分の発表の手続きの詳細をも報じていいのではないかと思います。

沖縄のオスプレイ飛行再開、全国メディアに報道を要請~日本本土の主権者に当事者性

 米軍オスプレイの飛行再開をめぐる重要なニュースがありました。以前の記事と合わせてお読みください。重要なことだと思い、別記事にしました。
 沖縄県の玉城デニー知事は、米軍普天間飛行場の米海兵隊所属のオスプレイが飛行を再開した翌15日の定例会見で、「全国メディアには、この沖縄の状況をしっかり伝えていただきたい」と述べました。沖縄タイムスの記事の一部を引用します。

※沖縄タイムス「玉城デニー知事、全国メディアに『報道を強くお願いしたい』 米軍オスプレイの飛行再開 『皆さんの熱い思いが絶対に必要だ』」=2024年3月16日
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1326029

 共同通信が「日本国民全体の問題でもある」と問題提起した上で知事に見解を問うと、玉城知事は「全国メディアには、この沖縄の状況をしっかり伝えていただきたい」と要求。「県民の怒り、思いを全国で共有するためには、みなさんの熱い思いと協力が絶対に必要だ」と語気を強めた。

 このブログで何度も触れてきた通り、沖縄の基地の過剰な集中は、沖縄の住民が選択したことではなく、選挙を通じて合法的に成立している日本政府が強要していることです。だから、基地の過剰な集中は、日本本土に住む主権者はみな等しく当事者性を免れません。沖縄に基地が過剰に集中していることによるメリットがあるとして、それを享受しているのも日本本土の側です。
 加えて、オスプレイの墜落原因や再発防止策の詳細を明らかにしないままの飛行再開は、今後、日本中のどこで重大事故を引き起こしても不思議ではないという意味で、沖縄だけではなく日本全体にとっても、日本政府が住民の安全を第一には考えていないことを露呈しています。沖縄で何が起きているかを日本本土の住民が知ることには、極めて大きな意味があります。主権者として選挙権を行使する上で、知っておくべきことだと思います。
 ちなみに、普天間のオスプレイの飛行再開を、全国紙3紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞)は翌15日付の東京本社発行の朝刊紙面でどのように報じたか、記事の扱いや見出しなどの概要を以下に残しておきます。