お知らせ

 アラザル7の告知を含め近況はいつのまにか分裂していたこちらのNEWブログにあります。

http://yamemashita.blogspot.jp/

 過去にやった諸々の原稿のほか2008年の『「批評」とは何か? 批評家養成ギブス』以降のここ数年間の書くことや読み書きについて色々考えた結果などどこから出てきたのかわからないものまで含めてアーカイブされていく予定です。

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Review House 02

Review House 02

寿岳会2年分(及び田中羊一の新作について)

 あれから数ヵ月後、日本が大騒ぎになっている真っ最中の2011年3月17日に無事以下に登場する今井翔一に娘が生まれたので、強運の持ち主であるその子の誕生を祝うためにもまだ父としての自覚すら定まってなかった男から「子どもが出来た」と知らされたこの日のことを闇に葬ることはできなくなった。

 もうはるか前な気がするので忘れかけてきたけどこの会合が開かれたのは2010年12月28日のことである。その年末が明けて年始に原始の「自然の恐ろしい力」への畏怖と幼児期の寄る辺なさの感情とがパラレルになっていてそこで「神=父」として擬人化される集団神経症によって宗教や文化が生まれる……という説のフロイトの『幻想の未来/文化への不満』や、あの世紀の奇書、宇宙的意志に導かれて元原発技師が首都の核テロを企てるSFアクション……と狂気のビジョンが憑依する宗教的幻想詩篇の伝統……になおかつ「戦後草野球の黄金時代」な昭和の原風景が合体した大江健三郎ピンチランナー調書』を読んでいた時はまさかこんなことになるとはまったく予想もしなかった。


 今日はとあるマンガ好きの映画系カメラマンが主宰の寿岳会が一年置きに開催される日なので新宿へ。



 馬に投資した製作費で稼いで映画を撮る男こと田中羊一が競馬を語る。「四本足の畜生が目の前をパーッて走ってるのを見てるだけでお金が増えるんだよ?……でも「但し、減ることもあります」って一番最後の行にちっちゃく書いてある。」今時競馬エッセーが書ける映像作家は田中羊一だけ!
 明治維新の時にイギリス人が日本に「近代」を持ち込むために建てたのがホテルと競馬場だった、とはこの前古井由吉の『人生の色気』で読んだ。横浜市中区の高級住宅地の高台には今でもその発祥である根岸競馬場跡地がある。




 女子供の文化に怒りをぶつける小動物系映画監督田中羊一。相対性理論第6のメンバーこと奇才で粋人・Y倉氏からは十代から愛読しているという綾辻行人十角館の殺人』とかチェスタトンとか久生十蘭とかのどこが面白いのかを聞いた。







 某大手某社から脱サラして今から俳優になりてえんだ!という第二の人生を激白した今井翔一。第一子が生まれたお祝いに娘の名前を付けさせろ、とメールしたらあえなく却下された。


 ずっと書く書くと言っていて今の今まで引き延ばしていた、2010年のCO2inTOKYOで観た田中羊一監督の「CJシリーズ」3作目『CJシンプソンはきっとうまくやる』 は、もはや田中節といっていい偏執的にこだわり抜いたバロックな細部の芳香の妙味が、無駄に報われない洒脱さが頂点に達していて、三部作が完結するのにふさわしい完成度だと思った(しかも撮影技術も明らかにどんどん上手くなってるし)。
 けれども、徹底して実人生のポジティブな行動にコミットするような物語にはしないっていう、江藤淳が『作家は行動する』で小林秀雄に対して言う所の非行動で非意味で非生産的なポエジーに淫しているという批判のような、より正確にいえば後期古谷実の漫画とも通じる悶々としたガンジー的戦闘的無抵抗のモラトリアム思考でグルグル悩んだ結果としてそうなってしまうのだと思われるが、ちなみに不肖の私が映画祭のパンフに書いた監督・田中羊一についての文ではベンヤミンカフカ論を参照しているのだが、この「マイナー文学」ならぬ「マイナー映画」ともいえるジャンクな美学の「イメージの瓦礫」が原因で世の中=大人をなめくさってるって竹を割ったようなマテリアリズム派の(例の轍文を書いた)この映画が出品されたコンペの審査委員長でもある大友良英さんはおそらくカチンときたんだと思いますが、劇中音楽に関してもビヨヨヨーンっていう間の抜けたシンセの不協和音の使い方とかも、でもそこは田中羊一の作風の核心だからなあ……。上映後のゲストで喋ってた初期の冨永昌敬的な脱臼したモンタージュの実験(どこまでやったら映画と物語の底が抜けるのか)は、実際見てわかってもらえなかったらどうしようもない(持続と切断の強度の問題なので説明するのも野暮)という困難が一方であるのだろう。そのフェイクに少なからず「常識的な大人」へも訴えるリアルさを導入するには、第一作みたいに自作自演の主人公を再導入してみるのはいいんじゃなかろうか、と勝手な感想で思った。その『そっけないCJ』は完璧にデタラメな大嘘なのに、そこで苦しまぎれに監督本人が主演っていうのが奇跡のバランスだったんじゃないかと(その容貌を買われて?富永監督の短編に出演者として抜擢されたらしいのは大分後で知った)。何というか、やくしまるえつこのいない相対性理論になってしまうっていうか……。
 いずれにせよ、CJシリーズ後の羊一氏の映画が、次作でどんな境地に辿り着くのかまったく想像できず、楽しみである。

 そのCO2のパンフに書いた『監督・田中羊一氏について』はここにある。

http://yamemashita.blogspot.jp/2012/05/blog-post.html


 あとついでに、2011年末の寿岳会はこんな感じでした。






(完)。

原將人

今「新潮」に載っている佐々木さんの多次元批評連載「批評時空間 風景について」で中平卓馬と絡めて全3回に渡って論じられているので知ったのだが、映画作家・原將人が20代前半にしてカメラを抱えて「日本国の起源」と「映画の起源」に丸ごと遡ろうとしたという幻の大河自主ロードムービー「初国知所之天皇」(7時間以上ある8ミリ版が完成したのは1973年)が、34年の時を経てオリジナル全長版で再上映されるというのを記念して数年前に「20世紀ノスタルジア」を観た時のブログを読み返したり改まって過去と向き合ったりするほど距離感が開けた気がしないのでノーカットで発掘してみた。


原將人が脚本に携わった大島渚監督「東京戦争戦後秘話」(1970年)にはゴダール「中国女」と同じくらい青春映画(とはつまり、青春という祭り=運動の痛切な破綻を描いた映画ということだ)として影響を受けた。というかそれらに思いっきり感化・触発されて、これを書いている者が今よりもっと致命的に右も左もわかってないデジカメを持った若者だった時に登場人物がカメラを破壊したりする、学生まっただ中が終わってみれば安易な自己言及性がひたすら恥ずかしいセカイ系の赤面どころか激痛自主映画を撮らせてしまったというそういういわくつきの存在(自分にとって)です。

東京近辺で見れるのは7月3日(日)キッドアイラックホールで15時から。…で今から行ってくるんだけど、今知ったよ数時間後じゃん!何でもっと早く言わなかったんだこの野郎ふざけんな!と思った人は7時間以上ある作品なので途中からでも間に合う…かどうかは個人の審美的倫理的判断に任せますが最後の1時間と上映後のトークが700円で観られるというコースもあるそうです。

http://hatsukuni.hibarimusic.com/
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/hara-mov/

2007年8月1日の日記

 金がなくて本が買えないのが悲しいのでついに書店員になってしまった。これで無事卒業製作が…。
 最近一番スリリングで感動した映画について書かれた文章は、ゴダールスピルバーグを衝突させた藤井仁子の『太陽の帝国』、あるいは<孤児>への変貌――スピルバーグの決別だ。
『しかし、ここで原爆の白い光を見たのが<孤児>だけに厳しく限定されていることからもわかるように、「90年代スピルバーグ」においてなにかを見てしまうということは――リーアム・ニーソンシンドラーが丘の上から見る赤い服の少女でも、『マイノリティ・リポート』の予知映像でもいいのですが――、たまたま傍で見てしまったなどということでは到底済まされない、非常に切迫した意義を有しているとしか考えられないところがあります。そこには、ある映像が――見る者の都合のいいようにはまったくできていない、他者(として)の映像です――それを見てしまった者に災厄と救済を同時にもたらすという、ある種のカトリシズムのようなものすら感じられます。このことが、スピルバーグ自身がユダヤ人であることと関係があるのかどうか、私にはよくわかりませんが、それよりもはるかに興味ぶかいのは、「イマージュは復活のときに到来するだろう」という聖パウロの言葉――嘘に決まっています――を何度も引用している『映画史』のゴダールとの関係です。「映画はオルフェウスにエウリディーケを死なせることなく振り向くことを許す」(堀潤之・橋本一径訳)――『映画史』に出てくる印象ぶかいフレーズですけれども、そのゴダールと同様に、スピルバーグにも、大量殺戮こそが「歴史の敗者」を救済する好機にもなるという真に20世紀的な逆説を真摯に受けとめながら、贖罪の最後の希望を映像に託そうとする傾向が否定しがたく認められるのです。おびただしい人間の生命を一瞬にして奪った原子爆弾の白い光が、同時に荒野の只中に見棄てられた女の昇天する魂でもあり、しかもその光景が<孤児>によってしかと見届けられる――なんだか話がだんだん神憑ってきてしまうのですが、そのようなゴダールと「90年代スピルバーグ」との神学的ともいうべき共通点を、しかし無根拠な信仰だとして笑いとばす気になれないのは、彼らのその「信仰」を支えているものが、たとえ大量殺戮の地獄を経験しても、世界はなお見られるに値するし、そうである以上、映画はなお撮られるに値するはずだという、現代に生きる作家としての反アドルノ的な倫理であるからです。』

 ぷりぷりが夏期スクーリングでムサビにずっといるので家に居候に来たのだが、おそらく自主映画というものに手を出してしまった者なら誰でも持っている痛いところを直撃するであろうし、何か恐ろしいものが写っているに違いないので、リサイクル・ショップでVHSを捕獲したものの今まで見る勇気がなくて放っておいた「20世紀ノスタルジア」のロケ地がぷりぷりの地元だということが発覚したので、ついに「見てしまう」ことにした。でも私は「やってしまった者」として「自主映画」を深く愛しているのだ。いつからか、いつか「日本自主映画史」を追跡してみたいという欲望を持っている。イメージ・フォーラムから「日本実験映像史」という本が出ていて河出書房から「アンダーグラウンド・フィルム・アーカイブス」が出ているが全然物足りない。私は「実験」でも「アンダーグラウンド」でもない普通の人が日々の俳句のようにそれぞれの思いをこめて頑張ったぴあフィルムフェスティバルにも入選しないような「ただの自主映画史」が見たいのだ。そのような意味でぴあフィルムフェスティバルの歴代の入選作(http://www.pia.co.jp/pff/award/1977.html)は興味深い。当時の映像表現の想像力の限界が露呈している、ともいえるこれらの忘れられた映画たちは、自主映画の伝統ともいえる観念的・アヴァンギャルド的なものや、あるいはSF、ホラー等の商業映画ジャンルのパロディ的なもの、近年急増するプライベートなドキュメンタリーなど、形態は多岐に渡るが、そこに埋もれて捨てさられた自主映画たちのエッセンスを発掘し、再び光を当てることは無意味な作業ではないと思う。「今や商業映画の外にしか可能性はない」と扇動した松本俊夫から大林宣彦から森田芳光から手塚眞から黒沢清から最近の山下敦弘とかに至る壮大な流れがあるはずだ。「追悼のざわめき」も観に行かなければならない。
 60年代の伝説の自主映画「おかしさで彩られた悲しみのバラード」で知られる原将人・監督の「20世紀ノスタルジア」は、広末涼子(は個人的にはこの頃より大人になってからの最近の方が好きなのだが)の初主演作で「20世紀に、ありがとう」というすごいコピーが付いてるし漫画家の西島大介が日記で岡崎京子の「うたかたの日々」みたいに漫画化したいと言っていたので気にはなっていたのだ。しかも1カット目からぷりぷりが住んでいる実家のマンションが写っていてその隣の清洲橋が主な舞台だったので大騒ぎだ。そういえば小学生の時に近所で広末が出てる映画の撮影を見に行ったのを思い出したそうで、ぷりぷりが写っていればよかったのに。
 高校生の少年少女が手持ちビデオカメラで地球の滅亡についての映画を作る話のファンタジー(?)映画に興味のある人はどうぞ。それで男の方が高校を出たら慶応SFCとかに通ってヒップホップをやってそうな窪塚洋介みたいな爽やかな男なので憎たらしいのだが、自分は宇宙人だと言い張る。途中からミュージカルになるので楽しいよ。しかもトラックが宇宙らしいエレクトロだよ。くそー。家で「勝手にしやがれ」を見るのか。宇宙人は音と光を食べるのか。夜の街をさまようのか。個人的にはラストシーンが海なのが信じられない。最後に海に行く自主映画だけは作らないぞ、と思って海から始まる映画を作ったことがあるからだ。でも貶しているわけでもネタにしているわけでもなくて、日本版・ヌーベルバーグの最後の輝きのようなものが確認できた。ぷりぷりも「こういうシチュエーション、いいよねー」と喜んでいたし。47歳でこれを撮ってしまう原将人はすごい。さすが十代で大島渚と映画を撮っていただけのことはある。たぶんフィリップ・ガレルの映画も日本人の若いタレントが演じればこんな感じだ。というのは言い過ぎか。

男「ビデオ見たよ。素敵な映画にしてくれてありがとう」
女「まだ終わってないよ。ラストシーン撮らなきゃ」
男「じゃあ、一緒に考えよっか」!!!

20世紀ノスタルジア デラックス版 [DVD]

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伝統と個人の才能

 twitterからはみ出してラウデフVSジブラの一件の続きをこっちに。

 ラウデフがアルバムリリースの前に突然発表した先行世代を挑発するDISソング「KILLIN EM」に対して、ジブラのアンサー曲が出ても何かタイムライン上に流れてきた年長世代の皆さんの感想の方に妙にしっくりくるというのが、この「いきがった若手を嗜める大人達の図」で収まってしまうと面白くないなーと思ったらそういう空気を読み取った上で見事にまたボードゲームを引っ繰り返してくれた。

RAU DEF-Trap Or Die


 最初の曲より倍以上あるボリュームからしても、実力を抑えた引っ掛けるための罠だった、ように見せかける「口悪いからこのjob選ぶ!」なMCマジック。というか何でジブラに仕掛けないといけなかったかは、こういう過去のインタビューで既に予告されていたようなもので、

http://ototoy.jp/feature/index.php/20100910/1?pre_check

『例えばディスられるJay-Zだって、ひとつのプロップス(尊敬、認識)になるわけですよ。なのに、日本でやると「てめぇ、なんなんだよ」っていう気まずい空気になるじゃないですか。「お前のプロップスにもなってんだから、ガッツリ返せよ! 」って言いたい。』
『そこをうまくやれば活性化すればできますよね。リスナーも巻き込んで、ビーフを計画的にやれば、アーティストもプロップスを得て一石二鳥だとおもうんですけどね。』

Zeebra / Die By The Beef http://www.youtube.com/watch?v=ralR0xBLbqc

 つまり双方織り込み済みの伝統芸だった、ここまでは。しかし、↑この吸血鬼のイメージに扮して『真夜中三時 丑三つ時』『ジキルとハイド スキルとプライド が引きずり出す俺のイーヴィルなサイド』『子供相手にBiggie & 2 Pac』、という風に自己演出する、芝居がかったヒップホップ史の物語(beefに生きる者はbeefに死す)に回収しようとするジブさんのアンサー動画をラウはあっさり拒否してさらに「深読みはいりません」「単純明快な殺し合いでいい」と「新しいルール」を設定し直そうとすることで、もしかしたらさっきのジブさんの返答までは両者に共有されていたのかもしれない予定調和も壊してきた、という、突然始まったバトルにしてはヒストリーが枝分かれするようなものになってきたのかな。

 とか言ってたら、さっき『@zeebrathedaddy この度は、ガキの遊びに付き合ってもらってありがとうごさいました!ならびに気にしてくれた皆様、これからも応援宜しくお願いします!』なるラウデフの宣言が出て『評論家気取りのネトヲタ』を振り回すのが目的だったかのごとくさらにもう一回ひっくり返って終わった。いくらごちゃごちゃ読み込もうとした所で本当に「瞬間的に今ゲームが楽しみたかっただけ」な伸び盛りの野生の反射神経に手玉に取られましたってことで、ちゃんちゃん。


 わたしはいちど言ったことを
繰り返しているときみは言う。もういちど言おう。
もういちど言おうか。そこに達するために、
きみのいるところに、きみのいぬところから達するために、
 きみは歓喜のない道を行かねばならぬ。
きみの知らぬものに到達するために
 きみは無知の道なる道を行かねばならぬ。
きみのもたぬものをもつために
 きみは無所有の道を行かねばならぬ。
きみでないものに達するために
 きみはきみの存在しない道を行かねばならぬ。
きみの知らぬものが、きみの知る唯一のもの。
きみのもつものが、きみのもたぬもの。
きみのいるところが、きみのいぬところ。
T・S・エリオット「四つの四重奏 イースト・コウカー」)


 詩集から広がって読んでみたエリオットの「文芸批評論」は、読者を言葉(=批評対象)に遭遇させる<出来事としての批評>を抉る含蓄の深すぎる実践的洞察が展開されている。

『規則を設けたり価値を決めたりする独断的批評家の仕事は完成していないものだ。そういう批評家の言葉は時間を節約するのだと言って正当な理由をもつことも時にあるだろう、だが本当に大事なことがらについては批評家があれこれ強制してはいけない、またよい悪いの判断を下してもいけない。批評家はただ対象を解明するだけでよい。正しい判断は読者が自分でするだろう。』(「完全な批評家」)

『事実に関する知識、言いかえれば、詩人の時代や詩人が生きた社会の状況やその時代に流行して詩人の作品に入っている思想やその時代にあった言語の状態などについての知識を持つことと、詩を理解することとを混同してはいけない。前に言ったように、こういう知識は詩を理解するに必要な用意であろう、その上、歴史としてそれだけの価値を持っているけれども、詩の鑑賞のためには入り口まで連れて行くだけで、そこからめいめいの入る道をみつけねばならない。この論文を通じてこれまでとってきた観点によると、そういう知識を得る本来の目的は、遠い過去へ自分を投入することができるとか、詩を読む時にその詩人と同じ時代の人が考えたり感じたりしたように――この経験もそれなりに価値はある――自分も考えたり感じたりできるとかのためではない。
 むしろ詩の直接経験、すなわち詩とじかに接触するためにわれわれ自身からこの時代の限界を取り去り、現在読んでいる詩人からその詩人の時代の限界を取り去るのが目的である。サッフォーの詩を読む場合にいちばん大事なことといえば、読者自身が二千五百年前のギリシャの島にいると想像することではない、大切なのはどの世紀どの国語に属していても詩を楽しむことのできるすべての人間にとって同様な経験、二千五百年をこえてひらめいてくるあの火花である。それだからいちばんありがた味を感じる批評家は、今までに見たことのない、もしくは偏見のため曇った目でしか見たことのなかったものを見させ、それと顔をつき合させ、その後はそれと自分とだけにしておいてくれるような批評家である。その後は自己の感受性と知識と、知恵をもとめる力にたよらねばならない。』(批評の限界、T・S・エリオット「文芸批評論」岩波文庫


 そして文学とは17〜18世紀までは「生活を飾る特殊な限られた装飾品」として「暇と教養とを十分持った人たちに上品な楽しみを与えること」=「言葉の読み書きの喜び」である芸術だったのに、例えばコールリッジのような詩人批評家の登場以降、文芸批評が哲学や心理学といった新しい学問分野と結び付いて「テキストを同時代の社会や現代人を写したものとして分析する」ようになったのはなぜか、も辿られている。そこで比較される同時代の文学者(通俗的教養主義ヒューマニスト)への手厳しく辛辣な評価の切れ味が鮮烈。

『たいていの批評家たちはまやかしの仕事、たとえばなれ合いになったり、もみ消したり、おだてたり、せきたてたり、ごまかしたり、気持ちのよい鎮静剤をつくったり、自分たちが他の連中とちがうただ一つのことは自分たちが育ちのよい人間で他の者の評判はあやしげだという顔をしたりすることにもっぱら心を使っている。』(批評の機能)


 その中で、「伝統」主義者のはずのT・S・エリオットの言っていることが現役のヒップホップシーンにも応用可能なのではないかと思えるほどにすごく啓発的かつアクチュアルでびっくり。過去のアーカイブを前提として厳格にリスペクトとプロップスの再配分が決められる秩序、というか。
 何も無い空白地帯にうち捨てられたガラクタを寄せ集めて、そこに集った仲間と楽しむために人種や言語や文化がミックスされる新たな共有地(リズムやライム)を作り出す、というのがヒップホップの精神だとして、そこで路上で叩き上げられたインディペンデントな教養体系や価値基準は個性を越えた『共通の遺産』として確実に機能している。さらに蓄積が短い日本語ラップにおいても、たとえ一人一人の発する言葉が数年とか下手したら一晩とかしか表向きの歴史や記憶に残らないものだとしても、『先入見をもたないで詩人に近づくと、その作品のいちばんすぐれた部分ばかりでなくいちばん個性的な部分でさえも、死んだ詩人たちつまりその祖先たちがそれぞれ不朽の名声を力強く発揮している部分なのだとわかることがある。』というようにスタイルが前進していくのだと思う。

『批評の機能も本質からいえば、これまた秩序の問題だと思う。現在もそうであるが、その時私は文学つまり世界の文学とかヨーロッパの文学とかを一人一人が書いた作品の集まりと考えず、「有機的な全体」つまり一つ一つの文学作品や一人一人の芸術家の作品がそれと関連し、それと関連してはじめて意義を持つ体系だと考えていた。だから芸術家の外側には芸術家が忠実に従わなければならないものがある。別の言葉でいえば芸術家が独特の地位を得てそれを持ちつづけようとするならばどうしても自分の身をまかせて犠牲にしなければならない宗教的な義務がある。共通の遺産や共通の根拠があると、芸術家は意識するにしろ意識しないにしろ、たがいに結びつくものだが、ほんとうのところこの結合はたいてい無意識なのである。どの時代でも真実の芸術家のあいだには、無意識のうちに相通じたものがあると私は信じている。(……)もちろん二流の芸術家には共通の活動に身を捧げるようなことはできない。なぜならそういう芸術家の主な仕事は、いささかでも自分の特色となるものがあれば、それをことごとく主張することにあるからだ。他人に与えるものを豊富に持って自分の制作に没頭できるような人だけが他人に協力したり交換し合ったり貢献したりすることができるのだ。』(「批評の機能」)

『新しい芸術作品がつくり出されるとき起こることは、その前に出たあらゆる芸術作品にも同時に起こることである。』(伝統と個人の才能)

『当然のことだが、個性と情緒をもっている人たちだけが個性と情緒からのがれたいとはどういう意味かわかるのだ。』(伝統と個人の才能)

 これは「日本の家郷」のような本に一番わかりやすく主張が表れている、一つのネーションに不変に持続・生成する流れとして文芸を称揚する初期の福田和也に近いのだろうか。

 ついでに、批評というのは歴史感覚と同時に「事実の感覚」が要求されるというのは蒙が啓いた。ジャンルに対する専門的権威として現場主義的に状況論(誰もが潜在的に思っているがまだ言葉にはなっていない当たり前のこと)を解説してそれだけでやっていける書き手も一定数需要があるよね、ということだろう。

『こうしてみつけたうちでもっとも大切な条件――これで創作家の行う批評が特に大事なことを説明できるのだが、その条件は、批評家は事実に対して非常によく発達した感覚力を持っていなければならないということである。こういう才能はとるに足りないともいえないし、ありふれたものでもない。また皆からたやすくほめられるようなものでもない。事実を感覚する力は発達することがたいへんおそくて、これが申し分なく発達することはまさに文明の頂点に達するということになるだろう。』(批評の機能)

文芸批評論 (岩波文庫)

文芸批評論 (岩波文庫)

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\何もできてません/


 それにしても自分でもびっくりするほどの驚くべき何もできあがってなさだわ……2011年3月28日現在。(※あくまでもこの時点での話です。念のため)

 いよいよオウムの次は原子力か……っていう感じになってきた。福島の事故から芋づる式に表に出てきた既に担当者が2人も自殺していて、しかも震災以前から二進も三進もいかなくなっている福井県の「もんじゅ」の現状が怖すぎる。カルト組織を肥え太らせないと「平和」を維持できない社会だったのが大きな災害が起きる度に露出される、ということだと思う。
 大正の関東大震災も平成の阪神大震災も復興による共同体のリセット状態が過ぎた後からテロルや暴力が噴出した。2度あることは3度ない、と杞憂で済むようにしなければなりません、って先週のタマフル佐々木中さんが出て言ってたけど、人が死に始めてから気付くのでは遅いんだけどこれは手遅れとか言ってたら「ナウシカ」の世界がやってくるので今からでもいつでも冷静かつ慎重に対処しないとまずい、と今の今まで誰も考えなかったのが不条理すぎるのだが、震災のドサクサに紛れたらさらに悪化する一方なのは確実だろうしこれといって直接やることもないんだけど意識に留めておこうと思う。まともに報道されてないうえにさっきホームページも消えてたし。去年の事故以降更新を停止しているけど数日後には復活してた。最新の状況はtwitterもんじゅ君アカウント(非公式)http://twitter.com/#!/monjukunが詳しい。福島原発と並行して2011年5月24日からまた作業が始まるみたいなのだが、どうなることやらですね。
 「高速増殖炉は資源不足を解決する夢のクリーンエネルギー」という響きに例えば(佐々木中ナチスやオウムを分析するのにラカンから抽出した)国家や共同体の全滅に向かう「死の享楽」のような不吉な何かが潜んでいる、かもしれないのを何兆円とかの規模で国家予算が動く事業なのになぜ誰も指摘しないでここまで来てしまったのだろうか。そういや「もんじゅ」という名前も仏教からきてる。しかも新エネルギー事業という建て前だから下手すると新興宗教より動いている資金のケタが違うのがなあ……。

「戦後40年間実装してみた結果としては、実態が隠蔽される不透明な原発利権は第二のオウムです。原子力が絶対安全だとかいうのはオカルトです。」という今や誰の目にも覆い隠せなくなった命題を関係者全員の枕元に座って洗脳が解けるまで唱えていくべきなのか。ま、やっていることからして先祖代々の霊にも放射能汚染で苦しみながら死んでいった家畜や鳥や魚やその他すべての生きもの達の尊い霊にも日本全国で怒りに震える生霊にも夜な夜な苛まれているのは間違いないけど。

「今さらやめられない」問題の呪縛と、原子力が「鉄腕アトム」の時代には夢の技術だったけどとっくに非効率的な冷戦時代の遺物になっているのもわかりやすい↓

http://www.miyadai.com/index.php?itemid=942

 90年代に社会学者の大澤真幸氏がオウム真理教についていくつかの本(『戦後の思想空間』とか『虚構の時代の果て』とか)で分析していたのですが、この世のすべては物質的に無意味で死ぬ時はみんな死ぬ、という仏教のある部分を新興宗教に取り入れると、自分が死ぬ時は皆で一緒に死ぬ、と変換されて無差別テロ組織に変貌するんだそうです。ちなみにこれは(法華経信者が多かった)戦時中のファシズムの特攻隊でもそうだったみたいです。もんじゅの中の人がもしそこまで行ってたら、と想像するとこれほど恐ろしいことはないですよね。とはいえ原子力産業は別に悪の独裁者に乗っ取られて支配されているわけはなく、それぞれの生活がある地元の住民やその管理に携わる職員の人々も含めて不安な状況に置かれているだろうしその現場を実際に見聞きしたわけでもない想像力を欠いた粗雑な断罪は駄弁に留めておいた方がいい。

 うはは〜放射能〜が〜降って〜来るう〜〜とか脳内の無意識の声をわざわざ口に出しても一利なしだし仕方が無いので、「何はともあれ、わたしたちの畑を耕さねばなりません」(18世紀のマグニチュード9を越えたリスボン大震災後に書かれたヴォルテールカンディード」の一節)と黙々と目の前の課題を片付けるために過ごしていたらなんかこの緊急時に何を無益な、みたいに押し寄せてくる不可解な重圧に負けないために、とりあえずフェルナンド・ペソアの詩を二つ選曲します。


わたしは何ひとつしたことがない そうなのだ
これからもしないだろう だが 何もしないこと
それこそわたしの学んだこと
すべてをする 何もしない それは同じこと
わたしとは なれなかったものの亡霊にすぎない

ひとは見捨てられて生きている
真理も 懐疑も 導師もない
人生はよい 酒はさらによい
愛はよい 眠ることはさらによい
フェルナンド・ペソア『(わたしは何ひとつ……)』


ああ何という悦び
義務を果たさないことは
読むべき本があり
何もしないことは
読書はめんどうだ
学問など無
太陽は輝きつづける
文学などなくとも
河は善くも悪くも流れる
原本など存在しない
風はといえば
ごく自然に朝から吹き
ゆったりとし 急ぐこともない……

本など インクのついた紙にすぎない
学問など 不確実なもの
無と皆無のあいだを確実にしようとする

濃い霧のなかで セバスチャン王を
待つほうがどれほどよいか
王が来ようが来まいが
 
詩 善行 舞踏 どれも偉大なものだ……
しかし 世界にはもっとよいものがある
子ども 草花 音楽 月光 太陽 ときに
成長の代わりに 乾燥をもたらすのは残念だけれど

ああ しかし さらによいものがある
それはイエス・キリスト
経済のことなど 何も知らなかったし
本棚をもっていなかったことは確実だ……
フェルナンド・ペソア『自由』

サイファーと「荒地」と「東京ブロンクス」

明日開催されるサイファーfor福島の全地球を人類詩人化計画で埋め尽くす勢いの多言語対応がすごい。エスペラント語まである……http://d.hatena.ne.jp/CAMPCYPHER/

@yasutakajugaku たかやすがくじゅ @yamemashitaaがリツイート
大友良英さんが福島でフェスをやると聞いた時、期待する一方で、震災前から文化なんてないしみったれた鬱な街なのに、地元の人達が付いてこれるであろうか、浮いたイベントになるのではないかと強い懸念があったのだが、

@yasutakajugaku たかやすがくじゅ @yamemashitaaがリツイート
昨日のサイファーでのトークで大友さんが「文化なんてなにもできない」「だらしなくやりたい」「福島が嫌いだった」とおっしゃていて合点がいった。地元の士気の不安はあるが、あくまでこれは大友さん個人のやり方なのだ。そこが信頼できた。共闘などはなく各々個人の闘いの時なのだ今は。

@yasutakajugaku たかやすがくじゅ @yamemashitaaがリツイート
福島のフェスにスタッフとして参加しようが色々考えたが昨日のトークを聞いてそれはやめにした。僕には僕なりのケリのつけ方があるはずだと思った。

@yasutakajugaku たかやすがくじゅ @yamemashitaaがリツイート
今後作られる福島に関するドキュメンタリー映画で3月11日から始まるものは眉に唾つけて見なきゃならない。嘘っぱちである可能性が高い。何か始まっていたのだとしたらそれは大分昔からだ。

そう、「共闘なんていうのは言葉が古い!どうせ文化は普段から役に立っていないんだから事を起こすんだったらいつも通りグダグダな感じで行きましょう」って言っていたのがよかった。

和合亮一氏は以前六本木詩人会で見たことあった筈なのに一層陽気でサービス精神旺盛な人だったので驚いた。街中の公園だったので、瓦礫の中を歩く情景とか余震でこの辺の犬が吠えるんだ!といった詩が周りで近所の子供が遊んでたり鳥の声とかと耳に混ざってきて何ともヒア&ゼアの多層的な朗読に聴けた

あと大友良英氏が普段詩を書いたこともなかったのに思わず最近詩的になってしまう、と正直に述べていて(ブログに書いてしまった、とはこれのことでしょうか?http://p.tl/eyNd)、

福島出身ではなくても「放射能が海に溶けている真っ最中」という圧倒的なイメージは詩人にとってどう扱うかがハードルが上がっている気がするのだが、橘上を筆頭に普段通りの芸風の人もいれば歴史的な引用にまで広げたりとかそれぞれ立ち向かっていたように思う、というだらだらサイファーを見た印象。

それについてはやっぱり現代詩手帖東日本大震災特集にも載っている和合さんの「詩の礫」が、全身でそれに衝突して行って、疲弊と一緒に忍びよる甘美な感傷的な気分を振り払うように、「現場」をグルグル彷徨しているドキュメンタリー的な即物感すらあって迫力がある。

(以上4月30日の@yamemashitaaのtwitterより抜粋)


さあ、全然まとまらなかったのでしばらく寝かせておいた結果今なおまったくまとまってないブログが始まるよ。



しがみついているこの根はなにか。この石のがらくたから、いったい
どんな根がのびるのか。人間の子よ、
君には云うことも、推測することもできないのだ。君はただ
くだけた影像のひとやましか知らないからだ、そこに、太陽ははげしく照り、
枯木はかげを落さず、コウロギはなぐさめを与えない。
そして、乾いた石は水のひびきをたてず、ただ赤い岩のしたに蔭があるばかり。
(この赤い岩のかげに来たまえ、)
そしたら、君のうしろで大股にあるく朝の君の影とも、
君をむかえて立ちあがる夕方の君の影とも、
そのどちらとも違ったあるものを、君にしめそう。
ひとにぎりの灰のもつ恐怖を君にしめそう。
   さわやかに風はふく
   ふるさとの方へ
   わがアイルランドのおとめよ
   いまいずこにありや。
「一年まえ、あなたは初めてわたしにヒヤシンスを下さいました。
それで、わたしはヒヤシンス娘とうわさされました。」
だが、わたしたちがヒヤシンス畑から、おそく帰ってきたとき、
あなたの腕はいっぱいで、髪はぬれ、わたしは口もきけず、
眼はくらみ、生死もわかたず、
光の中心、静寂をみつめて、
何もわからなかった。
海はあれ、物かげもなし。
T・S・エリオット「荒地」Ⅰ.死者をほうむる)

僕は岸に腰をおろし
釣りをしていた、あの乾いた平野に背中をむけて
せめて自分の国土だけでも秩序を整えてみようか。
ロンドン橋は落ちてゆく落ちてゆく
それから彼は浄火のなかに姿を消した
いつ、わたしはツバメのようになれるのでしょう――おおツバメよツバメよ
くづれはてた塔にいるアキターニア公だ
これらの断片で僕は自分の廃墟をささえてきた
それなら、そういうことにしましょう。ヒーロニモーはまた気がちがった。
ダッター、ダーヤヅワアム、ダーミヤター。
シャーンティー シャーンティー シャーンティ
(「荒地」Ⅴ.雷神の言葉)


 サイファーがないと詩集を開かなくなっているほど余裕がないのが最近まずいのだが、waste landってそういうことだったのか、というか80年代Bボーイの聖典「東京ブロンクス」(1986年)の歌詞が冷戦末期に核戦争で街が滅亡したイメージなので、まさに冷戦時代の遺物に慄かされている事態が進行中の今聴くと感極まるものがある。あと毎度のことですがサイファー司令官の佐藤雄一氏の多大な労力に感謝と敬意を。その『現代詩手帳』5月号の東日本大震災特集にインタビュー「サイファーが目指すこと」も載っていました。


Last night show...  
俺はラッパー JAPPA RAPPA MOUSE
起きたら外は暗いまま 寝過ごしたと思ってドアを開けたら東京はなかった
東京ブロンクス でかいDANCE HALL これじゃどこまで行ってもDISCOTIC
崩れたビルから ひしゃげた鉄骨 壊れ果てたブティック
 
何日寝たのかわからない 壁にスプレー 誰かが残した"NO FUTURE IS MY FUTURE"
こんなディスコはまるで知らない 屋根も柱もブースもない
ミラーボールもレーザービームもレジもクロークもない
ラジオもない 電話もない あっても受話器は誰も取らない
ALL FREE ALL NIGHT 得意のステップ 膝まで埋まる 溶けたガラスとプラスティック
ディスプレイは最高 DEADTECH ボロボロのPUNK FASHION
いつも言ってた通りさ 踊って死ねたら きっともっと楽しいPASSION

(……)

誰か聴いてくれ 人に逢いたい どんなOUTな奴でもいい
生きてりゃいい 聴くだけでいい 動かなくたっていい
落ちこぼれるのには慣れてはいるけど死ぬときゃ一緒がいい
だけどやめたりしない 世界最強の ONLY ONE NIP HOP BOOGIE GOGO RAP!!

人に逢いたい 誰でもいい どんな奴でもいい
生きてりゃいい そばにいればいいから 誰かここに来てくれ
人と同じことはやらないけど死ぬときゃ一緒がいい
声が出なくなる時 それが最期の ONLY ONE MAN NIP HOP LAST NIGHT
東京ブロンクス
いとうせいこう&タイニーパンクス「東京ブロンクス」)


 これに続いた返歌としてはもちろん(『ECDの東京っていい街だなぁ』(1993年)があげられる。
 『荒地』(1922年)は多分大江健三郎の『水死』の元ネタの一つ、というか世紀の奇書、宇宙的意志に導かれて元原発技師が首都の核テロを企てるSFアクション……と狂気のビジョンが憑依する宗教的幻想詩篇の伝統……になおかつ「戦後草野球の黄金時代」が合体した『ピンチランナー調書』をこの前読んだばかりだったので、フロイトでよく言われる抑圧されたものの回帰じゃないけど真に不気味なことに、「風の谷のナウシカ」とか「AKIRA」とか冷戦時代の想像力が全く過去の(責任を持って安全に廃棄処理が完了した)ものになっていなかったということだよね。オウムも。


 簡単な伝記上だと、第一次大戦後のヨーロッパ社会の世俗化(空虚な都市、と「荒地」の一節にある)に絶望して英国国教会に入信してモダニズムから転回したというエリオットの後期の作品は、敬虔な宗教詩のはずなのにここでモチーフになって希求されている「眼に見えない光」の不吉というか異様な感じがぬぐえないのはなぜだろうか。


がらんとしたところに
おれたちは新しい煉瓦で建てよう
人手も機械も
新しい煉瓦の粘土も
新しい漆喰の石灰もある
煉瓦のくずれたところは
新しい石で建てよう
梁のくちたところは
新しい木材で建てよう
言葉が語られないところは
新しい言葉でたてよう
みんないっしょにやる仕事
みんなのための教会と
ひとりびとりのやる仕事
めいめいには自分のつとめ
(……)

とりこわすもの、うち建てるもの、建てなおすものはたくさんあります、
仕事をおくらせないように、時と人手をむだにしないようになさい。
粘土を坑からほりだし、石をきりだしましょう、
炉の火を消してはなりません。
(……)

地上の生活のリズムのなかで、私たちは光に疲れています。一日が終るとき、遊びが終るとき、私たちはうれしいのです。うっとりした喜びは、あまりにも大きな苦痛なのです。
私たちは疲れやすい子供です。夜ふかしをして、花火があがっても、眠りこんでしまう子供です。働くにも遊ぶにも一日は長すぎます。
気晴らしにも緊張にも疲れはてて、私たちは眠り、眠るのがうれしいのです。
血液や、昼や夜や季節のリズムに支配されて。

私たちはロウソクを消し、光を消して、またともさねばなりません。
炎を永遠にしずめて、また永遠にもやさねばなりません。
だから、私たちのささやかな光、影でまだらな光のために、私たちはあなたに感謝をささげます。
私たちの眼の光や指のはしで、ものを建てたり、見つけたり、形づくるように、私たちをしむけて下さったあなたに、私たちは感謝をささげます。
そして、あの眼に見えない光のために祭壇を作り上げたとき、私たちはその上に、私たちの肉眼に見えるささやかな光をかかげることができるのです。
暗黒が私たちに、光を思いださせてくれるのはあなたのおかげです。
おお、眼に見えない光よ、あなたの偉大な栄光のために、私たちはあなたに感謝をささげます。
T・S・エリオット「『岩』の合唱」)


 バロウズとエリオットはミズーリ州セントルイス生まれでハーバード大卒という育ちが同じなんだね。そしてハーバードではエリオットと文化人類学に関心があったというバロウズは「カットアップ」の原型としてダダの他にエリオットの「荒地」を挙げている、ってウィキペディアにすら書いてある。ミシェル・レリスとか戦前のフランスでは民俗学文化人類学が若者にとって一種のカウンターカルチャーだったそうだけど、バロウズもそのムーブメントの一員だったということか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97

 「カットアップ」という代名詞だけ有名なわりにあまり中身は読まれている気がしない(実際通読するには慣れようがなくて辛い)『裸のランチ』(1959年)は、薬物中毒者の特殊な隠語が飛び交う地下世界のコミュニティの妄想幻覚混じりの思い出を実体験として描いた、ものをタイプライターとハサミと糊でコラージュして轟々文字がうごめくノイズ小説にしてもっとわけがわからなくしたブラックコメディー。何ページかに一回切り刻まれてフラッシュバックする記憶のモンタージュが詩的に冴える場面があり、大竹伸朗中原昌也といった作家がいかにバロウズの創作手法に直接間接的に影響を負っているかが確認できる。
 ジャンキーの時間感覚特有の、目が覚めているあいだはひたすら持続するワンパターンな快楽のためだけに意識がある時系列が溶解して昼も夜もない渾然とした「なう」の断片が延々とつぶやかれ言葉の塊となる。たぶんネット時代の今だとネトゲ廃人とかが見てる悪夢を体験記にするとこうなるのか?

『 空に向って、ごみの山の中を歩けば…… 散らばるガソリンの火……煙は糞のように黒く固く、風のない空中に浮かび……真昼の熱の白いフィルムを汚す……D.Lは私の横を歩く……私の歯のない歯ぐきと髪のない頭に対する投影……ゆるやかな冷たい火に消耗される腐りかけた燐光を放つ骨の上のよごれた肉…… 彼はガソリンの空きかんを持ち運び、ガソリンの臭気は彼をおおい包む…… 錆びた鉄くずの山までくると、原住民の一団に出会う……腐肉を食う魚に似た平べったい二次元的な顔……
「やつらにガソリンをぶっかけて、火をつけろ……」

   白い閃光……ずたずたに切られた昆虫の悲鳴……
 死人から逆もどりして目を覚ますと、口の中に金属の味がした。』(ウィリアム・バロウズ裸のランチ」)

『作家が書くことができるものは、ただ一つ、書く瞬間に自分の感覚の前にあるものだけだ…… 私は記録する器械だ…… 私は「ストーリー」や「プロット」や「連続性」などを押しつけようとは思わない…… 水中測音装置を使って、精神作用のある分野の直接記録をとる私の機能は限定されたものかもしれない…… 私は芸人ではないのだ……
 人びとはそれを「悪魔にとりつかれる」と言っているが…… ときとして、ある実在物が人間の肉体に飛びこむことがある――身体は黄褐色のゼリーのように震える――(……)作家連中は甘ずっぱい死のにおいのことをよく論じているが、ジャンキーならだれでも知っている――死には何もにおいはない……とはいうものの息をつまらせ血の流れを止める一種のにおいはある……死の無色無臭のにおい……肉体のピンク色の渦巻と黒い血のフィルターを通して死のにおいを吸いこみ、かぐことは誰にもできない……死のにおいはまぎれもなく一種のにおいで、完全な無臭だ……すべての有機的生命は嗅覚を持っているから、無臭はまっさきに鼻を襲う……嗅覚の停止は目には暗黒のように、耳には沈黙のように、平衡と位置の感覚には無重力のように感じられる……麻薬の禁断時には、つねにこのにおいをかぎ、みずからそれを発散して他の人びとにかがせる…… 麻薬切れのジャンキーはその死のにおいでアパートじゅうを人間の住めないものにしてしまう…… しかし、風通しをよくすれば、ふたたびその場所は人間の吸いこめる普通のにおいがするようになる…… また死のにおいは、アヘン中毒者がとつぜんシャクトリムシのようにはねまわり始めて、ものすごい山火事のように暴れるときにも、かぐことができる…… 治療法はつねに、よーい、どん、だ!』(「裸のランチ」)


 エリオットと鮎川信夫(「裸のランチ」や「ジャンキー」の翻訳者でもある「荒地派」の詩人)とバロウズの三角形については専門家に任せておこう……。


 最近良かったラッパー、マッチョイズムから見たオタクっぽくならない、つまりストリートで舐められない強い芯が通っていて繊細かつスマートに思索するラップ、が凝ったジャズサンプル使いのトラックに乗るHaiiro de Rossi『SAME SAME BUT DIFFERENT』と肉体的本格派のタフさとユーモアが際立っているTAKUMA THE GREATについてはまた別に書きます。
 また地元推しになってしまうのだが……。京浜急行線黄金町は黒沢明の「天国と地獄」の地獄の方のロケ地でおなじみ。

 上手く観測できそうもないけど、2000年代に降神イルリメやアンチコンのフォロワーが大量に生まれ陳腐化した結果、若手MCのある種の発声フォーマットになった、まるで文字量を競っている(だけ)かのような、情報技術に侵食されて主体性が脱臼されたふりをして逆に想像的=幼児退行的なセンチメンタルな感情が強化される、つまりデジタル時代の無限に拡散するデータとしての「私」性にアイロニーとして叙情性を託すゼロ年代セカイ系キンキン声スタイル、を乗り越えて新たに足元から現実の輪郭を描くラッパーが表れているのだと思う。いやでも00年代っぽい人の中だとDOTAMAの必死さは好きです。


 とある事件に遭遇したせいで、「悪そうなギャングスタラッパーと実際友達になれるのか問題」というのを否応なしに考えさせられたのだが、悪そうな人の生き方は無条件には、単に自堕落に道を外れて威張っているだけだったらリスペクトできないし面白くもないのであって、個人的な性向にせよ階層的な育ちにせよ様々な偶発的な条件で悪そうな人がそういう風に非合法にしか生きられなくなったとして、その抱えている人生の宿命を作品として一歩距離を置いて創意工夫して昇華しようとする所に美しさがある。要は友達がやってたとしても部屋の中で隠れて楽しむならいいけど(信用があればそれだけで絶交には至らないけど)自己管理できなくて他人を巻き込んだり迷惑をかけるのは最低だっていうことだ。
 そして観客の方も表現の本質とはズレた紋切り型の反社会的イメージをことさら安直に賛美するだけだったら、そこには実話ゴシップ誌的な、結果として弱者同士を食い者にさせる閉じた共犯的搾取構造が出来あがっているのではないか。 佐々木中フーコーの本に出てくる、下層階級の犯罪者予備軍を生かさず殺さず統治権力が利用するシステムです。
 それを当事者として批評する視点がストレートにじゃなくても(別に畏まって社会派みたいなことを言わなくても)色んな角度や距離感であるかどうかというのが重要なのではないかと思われます。
 しかしややこしいのが、愚直な開き直りと紙一重に「天然にネタにする」というコメディー的なやり方が成熟しているのが黒人音楽の豊かさかな、とも。
 結論としては「適度な距離感が大事」ということに至りました。そしてその上からでも下からでもないネタにできる位のぎりぎり対等な距離というのは、やはりピラミッド型に下から下からに搾取を生み出す依存し合って高を括った同類ではなく、異質な他人としての信頼関係から生まれるのではないでしょうか。
 いずれにせよ、もうそういう態度かでかいだけの輩はうんざりだと貧しい偏見が忍び寄るほどに、一時期ヒップホップが嫌いになりかけるという所まで陥ったのですが、立ち直ったかも。過去のアラザルでもベタベタとコミュニティにもたれかかっているだけの合唱隊みたいなラップは好きじゃないとは書いていたのですが、そこには言葉が意図的なコントロールを逸脱していく運動がない気がする、みたいな理由で、即ちそこで足りなかったのは距離感だったんですよ。まあ、駄目な人を嫌いになったからといって短絡的な錯覚だったのだ。
 しかし現在に到るまでずっと洋邦問わずラップ市場ではライフストーリーの共感型の受容(KREVAとか十代のファッションリーダー的な?)も過半数に大きいのではないかと思うので、これはやや特殊な受容かもしれない。


『率直に言って、わたしはやくざは嫌いである。しかし、個々人で見ると、どうしてあの人たちはあんなに魅力があるのだろう。得体がわからぬままにその魅力に取り付かれて、取材を重ねた。そのほとんどはシナリオに採り入れたが、実像そのままではない。モデルにした人物たちは、いずれも<社会の屑>と呼ばれ、ひとたび葬られたら二度と掘り起こされない人々である。出来たら、なんらかの形で、名を残してあげたいという気持があった。』(笠原和夫「破滅の美学」)


 それでその後、磯部涼氏がD.Oのレビューでラッパーと「法の外」について問題提起している文章を見つけて興味深かった。個人的にはさっきも触れたけどあるラッパーについての「悪い=かっこいい」という等式は、観客やリスナーやメディアが自ずと支持を決めるものだろうけど、そこで最も人を惹き付ける評価の軸が何かといえば、「悪い=という否定性のレッテルを張られた人生を(文学的にせよ経済的にせよ)何らかの形で肯定へと逆転しようとしている、明確な成功/失敗は別として、だって「勝ち」が単に同情票を呼んだセルアウトだったりするので=ゆえにかっこいい」というように悪さのイメージを書き換えていく、具体的にそのそれぞれ単独に事情が違った現実の条件を写し出す視点をリリックの中に少なからず、一枚フィルターとして差し挟んでいるかどうかで成立しているのだと思っている。そしてイメージとしての「悪い」をそのまま「=かっこいい」(悪くなければかっこ悪い)という単純な等号で持て囃すのは容易に凡庸なイメージとして利用されるだけで、それがまたイメージとして一般社会に誤解されて「悪い=排除」へと反転してしまうのではないか。あとさらにそのイメージに対するそれぞれの距離として「幻想に裏切られる(「悪い業界人に騙される話」が定番なように)」という内省でリアルを演出するのもこっち系のラップでは重要なモチーフだろう。
 その必然的に屈曲した異質な人生(思考・経験…)を抱え込むことになってからの、「悪い→かっこいい」に変換するフィルターである所の言葉の作用がうまく機能していないとやっぱり芸が無いっていうことじゃん。でも「何も考えていないように見えても佇まいだけでかっこいい」という反則的な人も多々いるので(サウス系とかビズマーキーみたいな芸風か。そういう人は素の状態が元々フィクションに近い、というそれはそれで苦難の道を歩んでいるのだろう)、成功への正解は一つではない、これまた繰り返しになるけど。ついでに『100点より0点の方がスリル満点』(アルファベッツ)という一行を思い出したので引用しておこう。
 「不良」という否定的な札を何らかの意味でポジティブなものへと裏返すためには言葉の上での操作(誰にも真似できないイルなスキル)が必要、だとは実はラッパーが繰り返し言い続けていることだった。とはいえ、もちろん常識的には90年代以降日本にヒップホップが根付くために芸能界に記号として流通する虚実皮膜のフェイクを含めた「悪そうなイメージ」が重要だったことは言うまでもないし、例えばここで論じられているD.Oとダウンタウン中川家のコラボレーションは「ハイプなイメージ」をさらに奪い返さなければできなかっただろうのでいずれにせよ頭の使い様なのだろう。

 一緒に逮捕された若麒麟とD.Oはこの前たまたま連れて行かれたアントニオ猪木のイベントのゲストで仲良く出てきて一部では大人気だったので受け皿はあるんじゃないですかね。
 ちなみに全然関係ないけど80年代に中森明夫命名して宮崎勤事件があって以降の「キモい」という被差別的な否定性を、ゼロ年代のオタクは市場を勝ち取ってひっくり返すことに成功した、ゆえに東浩紀は勝利した、とは佐々木(敦)さんの説。差別や貧困と戦う歴史を背景に持つが、9.11〜オバマ以降では有色人種としてのアイデンティティが以前とは変わってきたアメリカの黒人と平成不況が深刻化して以降の日本のラッパーがグローバルにフラット化して並列するようになった時代、ネット上の「SWAG」ってそういうことか?そしてその「キモい」が転倒されてAKBが全国区に受け入れられたこの世の春を今最も謳歌しているのはアイドルオタクかもしれませんね。「アフロ・ディズニー」のオタク=黒人説に新たな註釈が生まれた。余談の余談にきりがなくなってきのでここで終わり。

『しかし、思い出して欲しい。本来、ヒップホップとはアウトロー、つまり、法の外に弾き出されてしまった人たち(out-law)のためのコミュニティではなかったかと。この国は、近年、ますます、法に抵触したものを徹底して叩き、追放し、謝罪させては憂さをはらすような、村八分的性格を強めている。なかでも、ドラッグは踏み絵として使われている節がある。ちなみに、そこで言う"法"とは、法律に準ずる世間の"法"だが、法律と世間の"法"は真っ向からぶつかることだってあって良いはずなのだ。それにも関わらず、市民が警察化しているこの狂った時代は一体、何なのか。D.Oは前作収録曲"Rhyme Answer"で言っていた。「逆に聞きたい事があるんだが 世の中か? 俺か? 狂ってるのは」。そこで、"狂っている"とレッテルを貼付けれた彼は、"I'm Back"で再び問う。「皆俺に大丈夫か?って訊くが/皆は逆に大丈夫か?」』

http://www.dommune.com/ele-king/review/album/001646/

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団地めぐり

 趣味ではない。純然たる労働である。

 この世に、というかたった一つの市内だけの範囲にこんなバリエーション豊富に団地が沢山あるとは思わなかった。

 住宅地の中のエアポケットみたいな、時間が止まった野生の老人ホームみたいになってる……。いよいよ高齢化社会の日本やばいな。というようなもっともらしい報告は詳しく内実を調査したわけではないのでやめておきます。
















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