安藤忠雄『建築を語る』を読んでいたら、わたしの通っているスポーツジムのある建物が安藤忠雄作ということがわかりました。というか、存在感を感じさせるような建物ではなかったので、正直今でもぴんとこないのですが、本で書かれているような「狙い」からすると、それはそれで成功なのかも。が、存在感を感じない建物というのは、それこそそこら中にたくさんあるわけで…。とりあえず今度行ったらよくよく見てみよう。

はなちゃんのラジオを聞いて三角形の建物の日比谷図書館へ。館内をちらちらと見ながら、海と島の旅を読みながら、地下の食堂へ。ラジオで紹介されていた揚げパンはどこにもない。日によってちがうのかな。同じくラジオを聞いてやってきたのかとおぼしき女の子が白身魚のフライを食べている。会員になって次の本を借りる。
福助さん/荒俣宏筑摩書房
ボドニ物語/田中正明印刷学会出版部
家具の本/内田繁晶文社

今日はちょっと午後に仕事をして、涼しい風が吹いてきた頃に散歩へ。patagoniaでTシャツを買ったりする。ひげも生えてきていて調子がいいぞ。仕事とお金についていろいろと考える。生活に必要な最低限のお金さえあればよしとするなら、いろいろと自由が増えるのではないかと考えたりもする。いや、それ以前に現在の可能な自由というものをもっと活用すべきなのか。ともかう、その両方を見据えながら、志の高い本を作っていきたいと思うばかり。

いやー昨日まで名古屋へ行っていて今日からまた会社なんですが、なんだか5日間くらい休んでいたような感じで、なかなかもとに戻れません。最近は仕事を楽しむにはどうしたらいいんだろう?ということをよく考えますが、この仕事は不安な要素の多い仕事なので、不安を楽しむ、ことが秘訣なのではないかと。まあそれができれば最初から苦労はしないわけなんですが。音楽家のHerbertが、なぜインディペンデントでありつづけるのか、と聞かれて、「不安定な状態でいるのがスリリングだから」みたいなことを言っていたのを思い出します。

アー久しぶりの日記だ。先日買ったPaul Smithのシャツが小さかったので、取り替えにいく。結局在庫なく取り寄せてくれるとのこと。彼女が最近Fishmansをよく聞いている。知り合いのブログで懐かしのFishmansなんていう記述をみたりもするが、Fishmansに限らず、すごく好きだった物事に対して新しく語り合う勇気はない。ということはどういうことなんだろう?

クリント・イーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー」を見に行く。基本は泣ける映画なんだが、それ以上の何かがあるかといえばそうでもないような、一見ただの"映画"に見えたりもする。そこらへんが前作とは違っていて、しかもそこに何かがあるのかもしれないと勘ぐりたくなる、そしておそらく何かがあるのだろう、しかし何かってなんだ?そんな作品。

父親がきているので会社はお休み。そう、会社というのはお休みするものです。西洋美術館に「ラ・トゥール」展を見に行く。その後父の日のプレゼントを買いにPaul Smithへ。ひとやすみして沖縄料理を食べにいき母親と合流。彼女は假屋崎省吾の取材に行ってきたみたい。