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ないものねだりのろくでなし

離婚

近々離婚することになった。

まず大体、不倫露呈から離婚を前提に別居していたのでそこまでビックリするようなことではないのだが、だがあと2年半は別居のままと喫茶店で話し合っていたのでこんな急遽前倒しをお願いされるのは予想外だった。あまりに予想外で、動揺した。

だが、実際オロオロしていたのは36時間くらいなもんで、実に48時間後には職場に、離婚するから転職!ここは辞めなくちゃいけないですと伝え、朝から衝撃と動揺を走らせたのだった。人の心は変わるので仕方ない。二年半このまま、が、もう早く!に変化することは充分あり得ることだ。

彼は急にLINEで伝えてきたので、それ相応に今時っぽいし、私は彼に対して今時っぽく冷たい人間だったのだと思う。やりとりの中で、彼の自身の理想の女性像や夫婦像を強く主張されたり、何度も嫌いとか信用できないとか恨みつらみを言われた。これから離婚しようとする人から理想像や、嫌いとか信用できないとか言われてもよく理解できなくて、私は嫌いじゃないけどね、と思わず言ってしまった。彼のことが嫌いでも好きでもない、というのは本音であり、それは私の中で、道ですれ違う他人やコンビニの店員さんや犬の散歩で会う人と夫とはそう変わらなくなっているということで、それもまた仕方ないと思うに至った。これがリアルなところである。

 

でも落ち着いてみたら、子どもを授けてくれた人だし、言葉にできない分かり合えた瞬間もあったし、苦楽をともにしてきてくれた彼に感謝の気持ちもある。嫌いじゃない、っていうのは他人であるということだけれども、それと同時に、理想を求めていないので心の中に大切に留めておける存在でもある。だから私にとって彼は彼以外の何者でもなくこれからもただ存在している。

 

しかし話し合わなくてはいけないこと、決めなくてはいけないこと、変えなくてはいけないことが山盛り!離婚はしんどく、体力も時間も頭脳もすり減ってしまう長期作業だが、明るい人生の始まりでもあるからやるしかない。

ほめられた話

人間、誰かにほめられるととても嬉しいものだが、自分の子どもがほめられるというのもまた嬉しいものである。

 

先般、子がクラスメイトに障害名を公表したいと言いだして、その話し合いをした。まずはその話からか。つまり、彼女はクラスメイトに自分が自閉スペクトラムであることを公表したくて三者面談の時に担任の先生に公表することをお願いしたいと言ってきたので理由を聞くと「みんなにわかってほしいから」という単純な答えであったため私のところで止めていたのだ。その時説明したのは、「あなたは発表してそれで満足かもしれないけど、クラスの子の中には、だからなに?だからって○○ちゃんにはこうしてあげなきゃいけないの?そんなの知らないよ。みんなと同じでしょって思う子もいるかもしれないし、そう思うことは悪いことでもない。それも正解だから。今は先生たち大人のみんなはわかってくれてて、配慮もしてくれてるからそれで充分なんじゃないかな?」なんてことだ。一応彼女はそれもそうだという顔をしていたのだが、それで結局私の今後の対応はどうしたもんかと悩んでいた。私は発達障害であることを理由にそれを振りかざして、自分の全部をわかってほしいというような自分だけの正義を押し通すような人間にはなってほしくないというのもあり、だけどもせっかく言ってくれた彼女の考えや意見も尊重し行動にうつしたほうがよいだろうし、ととても答えを簡単には出せず困っていた。

 

結局それをそのまま通級の先生に伝えて相談したところ、私のいないところで真意を聞いてくれたのだった。そこで、「彼女ほんとうにしっかりしてます。まずね、発達障害っていうことばや、自分が発達障害であることをどうして知ってるの?と聞いたら、本で読んだりおかあさんに聞いたりしてるって。それで、なぜみんなに知ってほしいの?きっと何か伝えたいことがあるんだよね?と聞いたら、まずひとつはみんなより得意なことが少ないって言いたいんですって。その点については、得意なことは量じゃなくて質なんだよ、多い少ないよりも質の方が社会に出るときには大切なんだよと説明しました。それで次にこれ私グッときて泣いちゃいそうになったんですけどね、みんなには遅いペースだけど、ちょっとだけ付き合ってほしい、って伝えたいって言うの。それはそうだよね、わかり合いたいよね、って。孤独はさみしいから。みんなとつながりたいって気持ちだと思う。すごいですね。しっかりよく考えてる」と教えてくださった。

実はうすうす感づいていて、友達が欲しいと言ったり、話の中にまぜてほしかったなんて言い出したり。他者に興味のない彼女からそんな言葉が出るとは、なにか変化が起きてるなという感じではあった。

 

それからその日、そのまま授業参観がありお友だちのお母さんとバッタリ会ったので、実はあなたのポストカードを見て絵を勝手に模写してるのよ〜ごめんね〜!なんて軽く近況を伝えると「うわ!それは一番上達する方法なんだよ!その実践すごいね!いきなりリアルな人物を描くのはハードルが高いの。たとえば、鎖骨や肩を描くにしても、実は手をあげると人って鎖骨や肩も上にあがるんだけどね。そんなの描けないの。でも一度イラストレーターが落とし込んで書いた人体は、手をあげてる場合肩があがってる。そういうところが自然と身についちゃう。」なんてパパッと教えてくださって、ははーー!と語彙を失い、プロの目線は本当に違うとびっくりしたのであった。

 

理科の参観について

それでそれとはまた別で、体育と理科の参観があったのですよ。それで本人は理科の実験の時は誰かに助けてもらうことが多くてそれママに見られるの恥ずかしいからあんまり見ないでね。と言うので、そんなことも通級の私の先生に伝えると、お〜助けてもらえてるんだ!それはどんな感じなのか見てきてみてください!と盛り上がり、私もワクワクして臨んだ。

だけどそんなふうに一日中いろんなことがあって、ひさびさに話す人なんかもいてとても充実していたのに、大事な理科の参観の途中で、あれ?なんか蛍光灯がまぶしいな?あれ?耳が聞こえなくなってきた?ん?これは…うん…吐きそう…って私がギブに。リュックで熱がこもって熱中症になってしまいました。帰ってきた本人に聞くと、今回の理科は一人で頑張れたー!とのこと。おお!すごい!けど、あ〜…そうでしたか!なかなか親の思うようにスムーズにはいきません!

診断

やっと、四月から動いて診断がついたー。自閉スペクトラムと、それによる社会不安障害

もう私的には診断つこうがなんだろうがどうでもよかったけど、診断つくと本人は安心したようだ。説明したら、つらいの当たり前だったんだなーと言っていた。

さらに、自閉スペクトラムの中でも珍しくわりと他人に興味があるようだという話と、感覚プロファイルの結果を見ると感覚回避も感覚探求も両方かなりあるのでものすごい過敏なタイプでかなり疲れやすくて不安定なはず、学校はこのまま休み休みで大丈夫と言われた。薬はエビリファイを勧められたが、子犬を飼い出して犬を連れてると緘黙が治っている旨伝えると、とても良いですね!とカルテにしっかり書いてくれて、5月まで様子を見るということでOKをもらい、ただ新学期が心配だから顔見せてねと言ってもらい私も安心して本日の診察は終了。

はーここまで長かった。とは言え来月は特総の面談も入っているし、また長期休みが入るので少し不安定になるかな。でも最近はちょっと学校楽しい、てとこに親も救われる。担任の先生のお陰が本当に大きい。

四年生は普通級+通級でのんびりとやっていこーう!

カウンセリングなど

子の気の合う友達で一人、登校拒否気味の子がいるのだが最近朝の下駄箱でよく会う。クラスへ子を送り少し話そうと待ってたら「今日一週間ぶりの登校なんだぁ〜1番に◯◯ちゃんに会えてよかったぁ」と言ってくれて「うちも嬉しいよ〜」なんて答えたのだが。

そのあと、いつも明るいそのママさんが「ずっと田舎に帰りたいって言ってて…学校行くのやめていいよって言っちゃおうかなって思ってるの」と言うので、たまにお休みしてお出かけしてるのも知ってたので「ウンウン、それもいいね!」と言って校門で別れたのだった…それを帰ってきた子に伝えたら。「あのさ〜そういうこと簡単に言わないほうがいいよ」とたしなめられてしまったのだ。た、たしかに…と思い、じゃあママが学校なんて行かなくていいよって言ったらどうする?て聞いてみた。すると、「それはいいかな。行きたいから。体育がなければ楽しい時もあるし」と。それがコドモゴコロってなわけか。しかし9月ごろからの態度と明らかに変わってきたな。これはとことん付き合ってきた努力の賜物か!!

こないだの初カウンセリングでルールがよくわからないやつの体育には出たくないってことは自分で伝えられたみたいだし、もっともらしい理由や嘘をつくのではなく嫌なことは嫌だと言える人に育ってくれているようだ。なにせ緘黙児なので発話できるかさえ心配だったのに、絵しりとりをやってカウンセラーさんは絵が下手で顔と体のバランスがおかしくなるから爆笑したとか、子犬を飼い始めたことを言ったとか、すげー懐いてるやん…とビックリ。

こんな風に停滞しては一気にドカンと頼もしくなる我が子のメタモルフォーゼが面白いのだった。。

犬のこと

ついに、わが家にやってきてくれる犬が決まった。とは言え、いいのか?ほんとうに?たいせつなひとつの命だぞ?と何百回何千回と永遠に自問自答しているが…でも間違いなく、子が悲しい気持ちの時にそっと寄り添ってくれたり、初めて会う人と話せたり、他者の気持ちを考えられるようになったり、いろいろな感情や勇気などを与えてくれると思う。

子は早速、迎え入れるにあたっての絵本を創作していて驚いた。「○○に出会えてじんせいしあわせ!♡」というタイトルだったから 母ちゃんはしつけとお金の面なんとかがんばろう。。

登校ペースとかカミングアウトとかカウンセリングとか犬とかキャンプとか

またまた日が開いてしまった、、いつもまとめて書くことになってしまうのどうにかしたいのだが!

まず子の登校しぶりは今も変わらぬペースで続行中。でも、今日は行くから明日は休む、とか、明日は3時間目から行く、とか自分で前もって予定を組めたり、私の仕事の都合も考慮して予定立てたりしてくれるようになってきたので、お互い負担が少なくなったように感じる。そして前もってお休みを伝えられることは、近所の子に連絡帳を頼まずに済むのと、先生から先に家ですべき学習を教えてもらえるのでそれをやり遂げる自信にもつながって、それもとても良い。朝からお腹くだしながらも学校行こうと頑張る姿を見て、今はやはり子を信じて、子なりの登校ペースを見守ろうと思う。

ウィスク4の結果は、私一人で聞きに行ってきた。思っていた通り、知覚推理と処理速度が低く、言語は一見高いように見えたが、言葉の知識はあるが未経験のことや知らないものについては言語能力も低いとのことだった。また想像力が弱く、そしていろんな事柄を統合する力も弱いとのこと。これらの能力は今後努力したからといって伸びるものではないと断言され、高学年になるにつれてむしろしんどくなるかもしれないから中学生以降の環境も考えておくように、と30分足らずの時間でバーッと言われて、ハァーッと言葉を失いつつ、でもましっかり麻婆豆腐定食をたいらげて帰宅した。しかもその日たまたま小学校のお友達にハロウィンパーティーに誘ってもらっていて、とても楽しそうに4人みんなで計画したり仲良くはしゃいでいる姿を見てかなりホッとしたので本当にありがたかった。しかも風船が割れても全然平気だったので、これには全員がびっくり。指摘された本人もウケていた。友達って大事だね、、本当に。ちなみにこの日、そのお友達3人にイヤーマフをしてる本当の理由を言ったそうで、みんな「そうなんだーそんな感じかなーって思ってたよー」って反応だったとか。自分で信頼できる人を見つけてそしてカミングアウトしたという現実に、やっぱりこの人全然しっかりしてるじゃないかとさえ思ったのだった。

それから11月に入ってSCさんにウィスク4の結果を見てもらいながら話を聞いてもらってきた。正直、病院の臨床心理士さんよりも実際の現場を見ているからかかなりわかりやすく具体的にアドバイスをもらえて心がだいぶ軽くなった。たとえば、処理速度の面では確かにだいぶしんどい思いをしてると思うけど、これからもっと板書の増える高学年や中学生になったら耳で聞くことだけに集中してもらって黒板は写真で撮るという方法もある、などなど。病院ではフリースクールの検討まで勧められたので対応のギャップにびっくり。あと子が行く予定の中学校での面談だったのでこんなところなのね~と見学できて面白かった。そしてこれから月1~2回で子のカウンセリングを授業内でしてもらえることとなった。

家での出来事としては、相変わらず私の実家が連れて行ってくれる週末のドッグランでは私からパーッと離れて平気で見知らぬおじさんお姉さんらと話したり犬を抱っこさせてもらったりしている。犬がいるだけでなぜ話せるんだろうか謎は謎だけど話せるんだから理由なんて探らなくていっかー。場面緘黙児の謎は奥深いのである。うちでも犬を飼おうと犬を探し中なのであった。。。

それから、二人きりでデイキャンプデビューをした!初めての調理はカップラーメンだったけどそれでも湯気を見て喜び、スチールのお皿にうつして食べておおはしゃぎして、だるまさんが転んだを何度もやって大笑いしていた。座布団もブランケットも持って行ったけど読書していたらだんだん寒くなってきてしまったのでおやつはそこそこに撤収。「キャンプとは失敗から何かを学ぶことだ」と言っていたら本当に思ってたよりずっと寒くて、11月はフルクローズのテントじゃないとキツイとか、今度はブランケット2枚必要とか、カップラーメン用の余ったお湯は捨てないで取っておけばお皿をサッと洗えるとか、色々失敗したけど勉強になったねーと言い合った。ゆるゆるデイキャンプは少しずつアイテムも集めながら定期的に続けていきたい。

自分自身のこと(発達グレー)

今回は私自身のことを書きます。

夫の変化や子どもの発達を見守る中で、ふと自分のことを棚に上げてないか?と考えたのがきっかけで、色々気付いたことがある。

 

まず18くらいの時に父から きみは目の情報を信じすぎてるから偏らずもっとたくさんの映画を見なさい と言われたことを思い出す。私はその年のわりにはわりと多くの映画を観ていたほうだと思うが、たしかに好きなものしか観ていなかった。父にはまずベルリン・天使の詩を観ろと言われ、すぐに観た。結局そのあと観たパリ、テキサスのほうが心にズギュンとキて、片隅に追いやられてしまっているが、主人公の天使はいろんな人の声が聞こえてしまうという私とは真逆の人物でありそれが新鮮であったことはよく覚えている。

というわけで私は、親から見て視覚過敏傾向であったことは間違いないようだ。

 

その後夫と同棲するようになってスーパーで食材を買うことが増えた。その時、たとえばおにぎりのたらこを確実に取ったのに家に着くと梅がレジ袋から出てきたり、牛乳を取ったのに家に帰るとヨーグルトジュースにすり替わっていたりと奇妙な体験をしょっちゅうしていた。いやこれは奇妙な体験ではなく、無論私が間違えて買っていただけのことである。それだけでなく、買いたかったものをすっかり忘れて帰ってしまうことさえ本当によくあった。しかし持ち前のポジティブシンキングと私が間違えても決して責めない夫のおおらかさで、まいっか〜で毎回終了してたのである。

そしてさらに驚くべきことに、妊娠後に私が仕事を辞めてから金銭的にやべ〜ぞと自分で思い買い物リストを書いて持っていくようになってから失敗がすっかり減っていった。また産んだ子の安全を守る習慣がついたおかげか、手に取ったものが間違えてないか何度もよく見るようにもなった。その結果、私は自分の視覚過敏に気づかないまま、精神を病むこともなく、何も困らず生活してこれたのである。。

 

思えば、私は小学5年の頃から目がひどく悪かったが大学四年になるまでずっと眼鏡をかけなかった。それは人の顔や表情が見えすぎるのが非常に辛かったからなのだが、私が天邪鬼で変わり者なだけだと思っていたけども、入ってきすぎる視覚情報を本能で遮っていただけなんじゃないかなと過去の自分を理解できた。

また子供が幼稚園の時に自動車学校に通っていた際、君は右左折の時に目視をやりすぎるね〜そんなに見なくてもいいんだよ〜 としょっちゅう言われていた。だけどそれは逆に、間違えのないようにしっかり見よう、と、見なければならない、というケースにおいては、他人よりもよりたくさん見ないと私の場合は失敗するからだ。私は気付かず自分の得意不得意の不得意な部分を、人生の経験からカバーしようとしている。

今年から新しく仕事をしているが、教えてもらったことはまずその場でメモ帳に書き、家に帰ってから清書するかパソコンに打つことで、やっと覚えられる。周りは真面目だねとか几帳面だねと言うけれど、そうじゃなくて、それくらい当たり前にやらないと、人並みに覚えられない。

 

でもそれが、つらいとかえらいとかずるいとかじゃなくて、社会ってそんなもんだと思う。きっと他の人は私よりも不得意なところがあるだろう。たぶん私が他の人より得意なところもある。これから成長していく子どもらを私はそうやってまるく捉えて、助けたり時には助けられて、教えて教えられて、いっしょに生きていきたいなーと思う。