フランスでコントロールバンディングの報告書リリース

引き続いてフランスの話。欧州労働安全衛生機構(EU-OHSA)が1月25日、フランスの食品環境労働衛生安全庁(ANSES)の専門家がナノ材料向けのコントロールバンディングツール(Control Banding Tool)を開発したと発表した。ANSESの記事と報告書本体はここからリンクしている。報告書のタイトルは「ナノ材料のために特化したコントロールバンディングツールの開発」で、日付は2010年12月となっている。コントロールバンディングとは、MSDS程度の情報しかない場合に、それらの情報からリスク管理手法を選択するための簡易な意思決定ツールであり、主に中小企業向けである。リスク管理手法は、有害性バンドと曝露バンドの組み合わせで決まる。通常、それぞれ4〜5程度のバンドが設定される。


今回提案されたバンドを見てみると、有害性バンドはHB1(非常に低い)〜HB5(非常に高い)までの5段階、曝露バンドは曝露ポテンシャルとして表現され、EP1〜EP4の4段階(個体、液体、パウダー、エアロゾル)である。これらを組み合わせると20通りの組み合わせがあり、それぞれに対してCL1〜CL5までの5段階の対策レベルが用意されている。

  • CP1:自然あるいは機械的な一般的排気
  • CP2:局所排気
  • Cp3:囲い込み排気
  • CP4:封じ込め
  • CP5:封じ込めと専門家による審査

最も議論となるのが有害性バンドである。図5にはバンドを判断するためのフローチャートがあり、「製品はナノ材料を含んでいますか?」にYes、「そのナノ物質は関係当局によって既に分類されていますか?」にNoとなれば、続いて「それは生体残留性のファイバーですか?」という問いが来る。これにYesと答えると即座に有害性バンドの一番高いHB5に分類されることになる。


問題は「ファイバー」と「生体残留性」の定義であるが、本報告書にははっきりしたことは書かれていない。フローチャートのさらに下にある「物質の溶解時間が1時間未満かどうか」という問いは生体残留性に関係するかもしれない。ちなみに、2010年12月にマレーシア、クアラルンプールで開催されたISO TC229の総会での、WG3のPG8会合(まさにフランス人がリーダーでコントロールバンディングの規格を作ろうとしている)では、WHOのファイバーの定義である「5マイクロメートル以上」が提案されたそうだ。また、「生体残留性」という言葉について注7には、生体残留性の定性的な説明のあと、「定義は定性的であるが、労働衛生文献は、反する証拠がない限りすべての吸入性で生体残留性のあるファイバーはアスベストとみなして取り扱うべきであると示唆しているようなので、それ(=生体残留性)非常に重要である」と書かれている。要するに、何らかの追加的な(動物実験等の)有害性の調査が行われていなければ、アスベストと同等とみなす(デフォルトをアスベストとする)ということだ。

フランスで工業ナノ材料の強制的報告制度の提案

フランスのエコロジー・持続可能な発展・国土整備省から、1月5日に「市場に出るナノ粒子状態の物質の毎年の報告に関する法案(ドラフト)」のパブリックコンサルテーションが発表された(フランス語ページへのリンク)。パブコメ期間は2月7日まで。本文は非常に短い(フランス語のpdfファイル
ポイントは以下のとおり。

  • ナノの定義は、欧州委員会提案文書を参照(分布については個数濃度で1%等)
  • 年間10グラム以上の生産/輸入/流通している事業者が対象
  • 量と用途を届出
  • 毎年5月1日までに電子的に報告

ただし、免除規程があるようだ。法案には、届出の条件として以下のように書かれている。

  • ナノ粒子の状態である
  • 固定(bound)していない状態で混合物に含まれる
  • 通常の、あるいは、合理的に予見可能な使用方法でナノ粒子を放出する

逆に言うと、「固定(bound)している」あるいは「通常の予見可能な使用方法では放出されない」ことを示せば、この報告対象外となるということだと思われる。幻のナノラベリング規格や、幻のRoHS指令改正案にも同様な免除規程があった。何をもって「固定されている」とみなすのか、何をもって「放出されない」とするのか、についてはまだ国際規格は無い。この部分について先手を打っておくことがますます重要になるだろう。

RoHS指令改正案が最終合意、年内成立へ

RoHS指令改正に至る経緯

2010年6月2日に欧州議会の環境公衆衛生食品安全委員会(ENVI)で可決されて以来注目を集めていたRoHS指令改正案がとうとう決着がついたようだ。RoHS指令とは「電気電子機器における特定有害物質の使用制限に関する欧州議会及び理事会指令」で、2003年に成立した際には、鉛、水銀、カドミウム六価クロム、PBB、PBDEの6物質が禁止された(のちにそれぞれに最大濃度値が設定される)ことで注目を浴びた。この指令は2006年7月1日から施行された。今回の改正に至る経緯を振り返ってみよう。

RoHS指令の改正は、2008年12月に欧州委員会が最初の案を公表した。もともと第4条に列挙されていた6つの禁止物質は附属書IVに移り、これに加えて附属書IIIに「ヒトと環境に許容できないリスクが懸念される評価対象物質(優先物質)」として、ヘキサブロモシクロドデカン(HBCCD)、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)、フタル酸ジブチル(DBP)の4物質が挙げられた。これは将来の附属書IV物質候補という位置づけである。

これに対して、2010年6月2日に欧州議会の環境公衆衛生食品安全委員会(ENVI)で可決された改正案にはナノマテリアルが大きくフィーチャーされていた。ナノマテリアルの定義は「意図して製造された1つ以上の次元が100nmオーダー以下。ナノスケールとしての特性を持つならそれ以上の大きさの構造物、一次&二次凝集体も含む。」とされ、第5a条には次のようなラベリングや安全性評価に関する文言が並んだ。

1.電子電気機器(EEE)へのナノマテリアルの使用と、ライフサイクル全体におけるヒト健康と環境に対する安全性についてのすべての関連データを、欧州委員会に知らせるべき。
2.欧州委員会はそれらのデータをもとに安全性を評価し、議会と理事会に報告すべき。必要ならばその後のリスク管理についての法制化につなげる。
3.消費者曝露につながりうるナノマテリアルを含むEEEにラベルすべき。
4.欧州委員会ナノマテリアルの特定と検出のための標準を作成すべき。
5.欧州委員会はラベリング要求の適用のための詳細なルールを作成すべき。

また、附属書IIIの優先物質リストは欧州委員会案の4物質から37物質に拡大された。そして附属書IVには当初からの6物質に加えて、「銀ナノ粒子 (検出限界値)」および「長い多層カーボンナノチューブ(検出限界値)」が加えられた。その理由として次のように書かれていた。

銀ナノはすでにEEEにおいて、例えば携帯電話のコーティングなどに抗菌剤として使用されている。また、洗濯機から放出されている。そういった用途以外でも、銀ナノはヒト健康や環境を危険にさらしている。カーボンナノチューブもEEEにおいて使用されているかもしれない。しかし、それがアスベスト様の特性を持ちうることが示されている。英国の環境汚染についての王立委員会、英国の健康安全委員会(HSE)やドイツの環境庁といった権威ある機関がこれらのナノマテリアルについて懸念を表明し、それらの使用に反対する勧告さえしている。

「長い多層カーボンナノチューブ」の「長い」の定義は明示されていないが、2008年に出たPoland et al. 論文を根拠にしていることは明らかである。マウスの腹腔内に長さの異なるカーボンナノチューブアスベスト繊維などを投与し、1日後と7日後に解剖した結果、長い繊維にのみ炎症反応(多核白血球、タンパクの浸出)が見られた。この場合の「長い」はおよそ15μmとされ、この理由としてマクロファージの貪食能を超えるからであるという仮説が提唱されている。

RoHS指令改正案の最終合意

ENVIでの可決後、欧州委員会欧州議会欧州理事会三者が断続的に協議を続けてきた。論点は、1)オープンスコープ、2)禁止物質、3)優先評価物質、4)適用免除条件、等があるが、ここではナノマテリアルに関係する部分に焦点を当てる。8月か9月頃に議長国であるベルギーが妥協案を提示したことが伝えられた。そこではナノに関する条項がすべて削除されたらしいことが伝えられた。また、ベルギーは議長国である12月末までに改正案を成立させたいという思いが強く、きっと妥協するだろうという情報も入っていた。そして、その通り、11月8日(月)には、適用免除の基準を除くすべての部分で合意に到達し、さらに、11月12日(金)に第一読会合意に至った。その合意文章のテキスト(word文書)を本日入手した。公式ページによると、11月22日に欧州議会の全体会議にかけられ、12月半ばに成立の見込みである。

RoHS指令改正案の最終合意案の中身

附属書IVの禁止物質は6物質のままであり、「銀ナノ粒子」および「長い多層カーボンナノチューブ」は削除された。ナノマテリアルについての安全性データ提供やラベリングについての文言も削除された。また、附属書IIIの優先物質もゼロになった。しかし、欧州委員会が2008年12月に附属書IIIに挙げた4物質は、前文(7)に列挙され、それらから生じるヒト健康や環境へのリスクは「優先的に考慮されるべき」と書かれている(ので、附属書IIIと事実上同じ効果があるのかもしれない)ナノマテリアルについて言及されている箇所は2つで、明示的にナノと書かれているのはそのうちの1つ。それは前文(12)で唯一「ナノ」という言葉が出てくる箇所である。ここではナノマテリアルの定義が「非常に小さいサイズあるいは内部構造や表面構造を持つすべての物質」であることが分かる。

科学的証拠が利用可能になり次第、予防原則を考慮して、非常に小さいサイズあるいは内部構造や表面構造を持つすべての物質(ナノマテリアル)を含む、他の有害物質の制限と、少なくとも同じレベルの消費者保護を保証するより環境にやさしい代替物へのそれらの代替が検討されるべきである。

そしてもう1つの箇所が、本文の第6a条「附属書IVの制限物質の見直しと改正」の部分。まず、改正RoHS指令が施行されて3年以内に欧州委員会は、附属書IVの制限物質リストの徹底的な評価に基づいた見直しと改正を検討しなければならないと書かれている。またそれ以降も定期的に欧州委員会自らのイニシャティブで、また、メンバー国からの提案によって、見直しを実施すべきとされている。見直しと改正は、欧州の他の法規制、特にREACH規制(附属書XIVとXVII)と整合的であるべきとの指摘もある。それ以降の文章を引用する。ここには、前文(7)にあったような「(ナノマテリアル)」というカッコ書きはなく、「非常に小さい(very small)」という言葉のみである。

附属書IVを見直し改正するために、欧州委員会は、非常に小さいサイズあるいは内部構造または表面構造を持つ物質や類似物質のグループを含む、ある物質が下記に該当するかどうかを特に考慮すべきである。
a) 廃棄電気電子機器(EEE)の再利用や廃棄EEEからの材料のリサイクルの準備を含む、EEEの廃棄物管理業務の間に負の影響が起きる可能性があるかどうか。
b) 現行の業務条件のもとで、廃棄EEEからの材料の再利用、リサイクリングや他の処理を準備する際に、物質の、環境中への制御されないあるいは拡散する放出を引き起こす可能性がある、あるいは、有害な残留物、あるいは変化・分解産物を生ずる可能性があるかどうか。
c) 廃棄EEEの収集や処理プロセスに従事する労働者への受け入れられない曝露につながる可能性があるかどうか。
d) 負の影響がより少ない代替物質や代替技術に取って代わる可能性があるかどうか。

また第2項には、制限物質リストを見直したり改正したりする提案を行う際に最低限必要な情報が列挙されている。提案側に(社会経済評価まで含めた)説明責任を課していることが分かる。

  • 正確で明確な提案の文言
  • 制限のための参照された科学的な証拠
  • EEEにおける物質あるいは類似物質グループの使用についての情報
  • 特に廃棄EEE管理業務の間の有害な影響と曝露についての情報
  • 可能性のある代替物や他の選択肢、それらの利用可能性、信頼性についての情報
  • 最も適切な対策としてEU全域での制限を検討することの正当性
  • 社会経済的評価

最後に、全体の印象としては、REACH規制との関係に言及した箇所がとても多いこと、また、予防原則(precautionary principle)という言葉が多く出てくることなどが挙げられる。ナノに関する条項はことごとく削除されたが、次の改正で復活する余地は十分にあると考えた方がよいだろう。

ナノラベリング規格の投票案(その1)

もともと欧州標準化機関(CEN)のTC352で開発されてきた「工業ナノ物体および工業ナノ物体含有製品のラベリングに関する手引き」という規格案のISO投票が開始された(2011年1月14日締切)。ISOではTC229のWG4(材料規格)で扱われ、技術仕様書(TS)という位置づけである。投票の対象となる規格案は以前のVersionとほとんど同じなのだけど、いくつか異なる点があったのでその点も含めてメモ。なお、ドラフト段階なので内容の取扱に注意してください。

0.イントロダクション

この手引きが必要となる背景について次のように書かれている。まず、「知る権利」「情報を与えられたうえでの選択」「サプライチェーンのコミュニケーション」「健康や環境への影響の監視」と言った言葉が並ぶ。そして、ナノテクノロジーを利用することは、「製造業者、小売り業者、消費者に、新たなベネフィット、潜在的なリスク、そして責任を同時に課して」おり、「このような新規な条件に対処するためにはラベリングと仕様が重要なツールとなる」と書かれている。製品仕様については、規制要件や保険契約などのビジネス要件に適合するために、ナノスケール特性を持つ材料を「選択あるいは回避」することを可能にする。消費者製品へのラベリングについては、「情報を与えられたうえでの選択(インフォームド・チョイス)」を可能にすると書かれいてる。
次に本手引きの目的については、以下の4点が挙げられている。ここには消費者は明示的に出てこない。

a)工業ナノ物体(MNO)とMNOを含む製品(PCMNO)をラベルするための標準化されたアプローチを支援する。
b)製造業者とサプライヤーを含む、MNOやPCMNOを使用するサプライチェーン全体を通したすべての事業者が、選択・購入・流通・取扱・処分において情報を与えられたうえでの意思決定(informed decisions)の目的のためMNOの含有を正確に特定することが可能となることを保証する。
c)ラベリングにおける接頭語「ナノ」の使用を標準化する。
d)ラベリングにおける他の特定の用語の使用についての手引を提供する。

1.スコープ

  • MNOだけでなく、MNOを含む「製品(procust)」、「調剤(preparations)」、「混合物(mixtures)」が挙げられている。これはREACH規制を意識した用語だろう。ただ、そうなると、PCMNOは「製品」だけを含むのか、調剤や混合物も含むのかはっきりしない。
  • MNOとPCMNOだけでなく、「ナノスケール現象を示す製品」も挙げられている。
  • 「科学的なデータが限られていたり利用可能でなかったりするような知識や特性を暗してはならない」とあるが、これはリスク側面でなく、ベネフィット面(性能表示)についての記述だろうか?

3.用語と定義

「ラベル」は製品や包装に付けられたものであり、「ラベリング」は情報そのものだと書かれているが、ちょっと分かりにくい。

4.ラベリングの対象

適用対象として4項目あがっている。第3項には「それら自体が製品(article)ではない」という文言が新たに入った。"article"ではない"product"はすなわち"mixture"(中間製品など)ということだろう。となると、第2項は"article"を指しているのだろう。第4項は"significant level"の解釈が難しそうだ。

a)工業ナノ物体(MNO)
b)MNOを含む製品(PCMNO)。ただし、ナノ物体が結合されていて合理的かつ予見可能な使用または廃棄条件のもとでは放出されない場合を除く。
c)合理的かつ予見可能な使用または廃棄条件のもとでMNOが放出されると考えられる、複雑なシステム(例;自動車、携帯電話、ゲーム機)の構成要素でありそれら自体が成型品(article)ではないPCMNO。
d)その中で相当な量のナノ物体が偶発的に生成され、合理的な根拠に基づき、放出されることと思われるMNOとPCMNO。

ラベリングしたくない場合には、「合理的かつ予見可能な使用または廃棄条件のもとでは放出されない」ことをどのようにして証明するかが1つのポイントとなるだろう。

5.「ナノ」という接頭語の使用

製品ラベリングに使用する場合として次の2つが挙げられている。

a)製品がMNOを含んでいる(アグロメレートとアグリゲートを含む)。
b)製品がナノスケール現象を示す。

後者には注として「ナノスケール現象を示す製品については、その効果がどのようにして達成されるかを含む説明があれば、読む人にとって有益になりえる」とある。また、「アグロメレートとアグリゲートを含む」という文言から逆に、MNOは一次粒子を指しているのだろうと推測される。

7.購入のための情報

購入時に消費者が見えるような場所(包装を開けなくても見えるところ)に表示すべきとして次の3パターンが挙げられている。

a)工業ナノ物体(MNO)の容器
b)MNOを含有する製品(あるいはその包装)
c)ナノスケール現象を利用した製品(あるいはその包装)

9.購入後の情報

可能な場合には製品自体に永久に貼付されるラベルに、無理なら消費者が当該製品を保管する際に使う包装に貼付することを求めている。その内容が2点挙げられているが、以前のVersionと比較して、1点目に「製品を国内に導入したサプライヤー」という文言が追加され、2点目からは原料仕入れ先まで遡るトレーサビリティに関する文言が抜けた。このあたりは欧州規格から国際規格になったことに対応したのだろうか。

a)生産者の名前、住所、連絡先、あるいは製品を国内に導入したサプライヤー。ウェブサイトやEメールアドレスを含む。
b)品名、モデル/バージョン、(適切なら)生産バッチ、シリアル番号や製造日、品質検査チェックといった識別データ。

10.ラベリングの形態

ネガティブラベリング(「本製品は工業ナノ物体を含んでいません」など)について言及されている。この場合、「不公正商慣行に関する指令」に適合するなど、正確で検証可能であることが求められている。

11.ラベリングの文言

正確に引用する。最低限の情報と追加オプションからなる。このあとにいくつか例示されている。また、11.2にはその他の情報としてさらに追加で8点「適切ならば考慮すべき」として挙げられている。CA番号というのは、CAS番号のことだと思われる。

化学物質のナノスケール形態が利用されるなら、最低限の記述は、物質名の前後の「ナノスケール」あるいは「ナノ」からなるべきである。
これに加えて、ラベル文言は以下の文言を追加してもよい。
a)CA番号
b)サイズ幅
c)比表面積
d)アスペクト比
e)量

米国EPAがTSCAのもとでCNTについて発行したSNUR最終ルール(その2)

今度はSNUR(最終ルール)の内容を検討する。※印は追加情報や感想である。2009年11月6日の提案ルールに対していくつかのコメントが寄せられ、13のコメントとそれらへの回答が第V節に書かれている。また、CNTのヒト健康影響と環境影響についての要約が第V節の最後に付いている。これらを加味して今回の最終ルールとなった。


補足情報の第I節は、誰がこのルールの適用を受けるのかについて解説している。「もしあなたが最終ルールに含まれている化学物質のいずれかを製造、輸入、加工、使用するならば影響を受ける可能性がある」と書かれており、この化学物質とは、PMN P-08-177(※Thomas Swan社の多層CNT)とPMN P-08-328(※Thomas Swan社の単層CNT)であることが明記されている。


第II節では背景が説明されている。A「EPAはどのようなアクションをとっているのか?」、B「どのような権限に基づいてそのようなアクションをとっているのか?」、C「一般的条項の適用可能性」からなる。Aでは、コメントを受けてどのような修正が行われたかについて簡単にまとめられている(詳しくは第V節で述べられている)。重要な点として、SNURの適用免除条件が挙げられている。

  • 完全に反応(硬化)し終わったもの
  • 完全に反応(硬化)し終わったポリマーマトリクスに埋め込まれたもの
  • 永久に個体のポリマー型に埋め込まれたもので、機械加工を除きこれ以上加工されないもの

Bには、いったんSNURが発効すると、TSCAの第5(a)(1)(B)により、その用途で当該化学物質を、同意指令およびSNURで定められた量を超えて製造・輸入・加工する場合はその90日前までにEPAに「重要新規用途通知(SNUN)」を提出しなければならないことが書かれている(その際に同意指令で推奨された90日間吸入曝露試験を実施していなければ、EPAは規制措置を発動する可能性が高くなる)。


第III節はルールの根拠と目的が、第IV節には重要新規用途の決定根拠が書かれている。2つの化学物質を重要新規用途であると判定するために考慮した情報は、TSCA sec.5(a)(2)に書かれている一般的な4項目に加えて、「当該化学物質の有害性、ヒト曝露、環境への放出についての関連する情報」と書かれている。


第V節は提案ルールに寄せられたコメントとそれらへの回答である。コメントは13点挙げられているがその中からいくつかメモした。

SNURは当該化学物質をきちんと特定していない(コメント1)

CNTsの命名法がまだ確立されていないので、PMN提出者には「形状の特徴(specific structural characteristics)」を示してもらうことで代替してもらったが、その詳細はCBIとなっている。「EPAは、TSCAのもとで新規化学物質として提出されたすべてのCNTについて、TSCAインベントリにそれらの化学物質を載せるための標準的命名法を作成するために、それぞれの形状の特徴を利用している」とのことである。その「形状の特徴」は、「分子的同一性(MI)の決定と命名のための材料のキャラクタリゼーション」という文書にまとめられている。

他の製造業者が作ったPMN物質にもSNURが適用されることを意図しているのかどうかEPAは明確にすべき(コメント2)

当該SNURは特定のCNT(ここでは、PMN P-08-177とPMN P-08-328の2つのみ)にのみ適用される。「EPAは、TSCAのもとでの新規化学物質を報告するという目的のためには、異なる製造業者や異なるプロセスによって製造されたCNTは異なる化学物質であると考えられるだろう(may be)と認識している」と書かれている。

下流のユーザーがCNTを加工した場合に新規物質となる場合があるのか(コメント3)

新規の化学結合などが形成される場合は新規化学物質となるが、物理的状態や物理的特性の変化だけならTSCAのもとで新規物質とみなされることはないと回答している。これは新規性を判断するのにサイズなどは考慮しないというEPAの立場の再確認といえるだろう。

同意指令にあった免除規定がSNUR(提案ルール)にはなかったがどうなったのか?(コメント5)

同意指令にあったすべての免除規定はSNURに含まれるべきと回答しており、提案ルールには抜けていた、先に挙げた3点の免除規定が最終ルールには明記されている。

EPAは「水域への予測可能な、あるいは意図的な放出」の意味を明確にすべき(コメント9)

ろ過装置を経たとしても「予測可能な、あるいは意図的な放出」とみなされるが、分子1つも逃さないという意味ではないとされている。「予測可能な、あるいは意図的な放出」という文言はこれまで数百のPMNのSNURに含まれてきたとのことであるので、どういう運用がされてきたか経験的に分かるはずである。そして「特定のCNTについての毒性、曝露、運命についての情報が利用可能になれば、これらのSNURにおいて、水域への受け入れ可能な放出レベルを確立するという代替案をEPAは喜んで検討する」とされている(※この文言は予防原則的な言い回しであり、毒性試験の結果から自主的な排水基準値を提案する余地があると解釈してよいのかもしれない)。

EPAは、SNURを発行する前に、「不合理なリスクが存在するかもしれないこと」の証拠を示すべきだ(コメント12)

SNURを発行するための要件(sec. 5(a)(2))には、「不合理なリスクが存在するかもしれないこと」を示すことは含まれていない。しかし、PMNレビューの結果として発行される同意指令([ttp://www.epa.gov/opptintr/newchems/pubs/possible.htm:title=sec.5(e)])には、「リスクに基づく同意指令」と「曝露に基づく同意指令」があり、前者の場合は「不合理なリスクが存在するかもしれない」ことをEPAが示す必要がある。そのために用意されているのが、「カーボンナノチューブのヒト健康および環境影響のEPAの現在の評価の要約」という文書である。

最近の同意指令は、この2つの化学物質の同意指令には含まれていない最新のハザード情報が含まれているので、それらをSNUR(最終ルール)にも参照すべき(コメント13)

その通り。最新のハザード情報は、第V節の最後の2パラグラフにまとめられている。


CNTは、EPAが経験的に設定した56のカテゴリーのうちの「呼吸可能な不溶性の粒子(Respirable, Poorly Soluble Particulates)」カテゴリーに属すると判定されており、このジャンルの「一般的な試験戦略」として、「肺組織の病理組織学(炎症と細胞増殖)とBALFの様々なパラメータ(マーカー酵素活動、総タンパク、総細胞数、細胞分化、細胞生存性)に特に注意を払った、ラットの90日間吸入毒性試験と、試験終了後60日間の観察期間」を実施することが記されており、同意指令での要求の根拠はここにあったことが分かる。また、90日間吸入曝露試験において発がん可能性が示唆されたら、ラットでの2年間の吸入曝露試験が必要になるとも書かれている。「CNTのヒト健康影響の要約」では、上記の同カテゴリーの物質や他のCNTも含めた有害性試験情報から、「肺毒性、繊維症、発がん性、変異原性、免疫毒性についての懸念がある」と判断され、また、肺への沈着によって循環器系への毒性を引き起こすかもしれないことも指摘されている。また、「CNTの環境影響の要約」は省略。以下の節も省略。

米国EPAがTSCAのもとでCNTについて発行したSNUR最終ルール(その1)

米国EPAは9月17日付の官報において、2種類のカーボンナノチューブ(CNT)のSNUR(重要新規利用ルール)の最終ルールを公布した。対象は、PMN P-08-177(多層CNT)とPMN P-08-328(単層CNT)と書かれているが、これは英国のThomas Swan社の単層CNTと多層CNT(商標名"Elicvarb")である。SNURの内容の分析に入る前にこれまでの流れを追ってみよう。


商業目的で年間10トン以上の新規化学物質を米国において製造または輸入する企業は、製造または輸入の開始の90日以内にEPAに製造前届出(PMN)を提出する必要がある。EPAのウェブサイトから見ることができる。多層CNTは2008年1月14日に提出され、単層CNTは2008年3月25日に提出されている。PMNを受け取ったEPAは簡易なリスク評価を実施したうえで、一定以上のリスク(unreasonable risk)を課すおそれがあると判断されれば、EPAからはTSCA sec.5(e)に基づき、同意指令が出される。この同意指令はPMN申請者に対して出されるが、通常は当該化学物質を取り扱う全事業者に適用できるようにSNUR(重要新規用途ルール)という規制になる。ところが、CNTの場合、EPAが現在、PMNの申請1件ごとに「1つの化学物質」として扱っているために、同意指令とSNURの対象はともに特定のCNTなので両者の違いが不明確となる。ここが最もややこしい点だ。以下に、両者の流れを時系列に整理してみる。


2008年1月14日、多層CNTのPMNをEPAに提出

2008年3月25日、単層CNTのPMNをEPAに提出

2008年9月頃、EPAが同意指令を発行

2009年6月24日、SNURの直接最終ルールを発表

2009年8月21日、最終ルールの撤回(発効予定日は8月24日だった)

2009年11月6日、SNURの提案ルールを発表

2010年9月17日、SNURの最終ルールを発表(10月18日に発効予定)。


SNURは通常の規制制定手続きに沿って進められる。通常は、提案ルール(proposed rule)を発表し、パブコメとOMBの審査を経て、最終ルール(final rule)となる。直接最終ルール(direct final rule)とは提案ルールを経ないでいきなり最終ルールとするものであるが、その代わりに1か月以内に反論(あるいはその提出意図)があると撤回しなければならない。実際に当該2物質に対してあったため、一度撤回し、11月に改めて提案ルールからスタートしたというわけである。

炭素のためのナノ安全コンソーシアム(NCC)の戦略が少しずつ明らかに。

4月に、炭素のためのナノ安全コンソーシアム(NanoSafety Consortium for Carbon:NCC)設立の件を書いたが、この半年、着々と目標に向かって進んでいるようだ。 コンソーシアムの当面の課題は、TSCAにおける製造前届出(PMN)に対して米国環境保護庁(EPA)が出した同意指令(Consent Order)において命じられた「ラットへの90日間吸入曝露試験」を何件(or どれくらい本気で)やらなければならないのか、だ。彼らによると、90日間吸入曝露試験は1件あたり、35〜50万ドル(3〜4千万円)かかるという。これを何回やらされるのかが多様なナノ材料の市場化においては重要となる。この問題は言い換えると、何をもって「同一のナノ材料」と見なすかという問題である。PMNについても、同じ名称で複数件提出している企業もあれば、1つだけ提出している企業もある。メーカーのウェブサイトでは、ナノ材料はグレードや形状によって複数種類掲載されている場合が多い。そのような場合に、全種類に「ラットへの90日間吸入曝露試験」を実施しなくてはならなくなれば商売にならない。


他方で、TSCAの監督官庁であるEPAの方でも、現状ではPMNが提出されたナノ材料1つ1つに対して順番に同意指令を出しているのが現状で、何をもって同一材料とみなすかについて確固としたポリシーを持っているわけではない。ただし、9月17日に連邦官報(FR)に掲載されたSNURの最終ルールにおいて、「異なる製造業者や異なるプロセスで製造されるCNTは、TSCAのもとでの新規物質報告の目的にとっては、異なる化学物質であると考えられるだろう(may be)とEPAは認識している。この決定はケースバイケースで行うつもりである」と書かれている。


このコンソーシアムが設立された理由はまさにそこにあり、EPAが何らかの決定をしてしまう前に、先手を打ってTSCAのもとでのナノ材料の有害性試験制度を提案してしまおうというものである。NCCのウェブサイトで公開されている「鍵となる文書」ページに掲載されている文書からその戦略を除き見ることができる。


2010年3月26日、EPAのOPPTのJim Alwood氏に、NCC立ち上げをお知らせするとともに、TSCAの第4節あるいは第8節のものとで公布される試験ルールについての「相互に合意可能な制度」を目指して、直接話し合いの場を持ちたいという意思を伝えた。これに対して、2010年5月5日、Alwood氏は、歓迎するとしながらも、会合のセッティングは避け、NCCに具体的な提案を求めた。2010年6月11日、NCC側は、メンバー企業の製造または輸入する製品のリストをAlwood氏に提出した。MWCNTが7種類、DWCNTが2種類、SWCNTが6種類。それぞれについて、直径、アスペクト比、長さの情報が付けられている。さらにその他の製品が6種類。


その後、NCCの管理委員会は、NCCの諮問委員会と外部連携者に対して、NCCがこの秋にEPAに提案する多段階試験制度案を検討してもらうように依頼することを議決した。

多段階試験制度の原案は以下のとおり。

  1. 第1段階:OECD and/or ISOの基準に基づく材料のキャラクタリゼーションを実施。
  2. 第2段階:NIOSHのガイドラインや文書に基づき、彼らと共同で作業環境の評価を実施。
  3. 第3段階:製造プロセスでの潜在的なEHSリスクやハザードを考慮した、焦点を絞ったライフサイクル分析の実施。
  4. 第4段階:工場からナノスケールの炭素材料があらかじめ定めたレベルを超えて水域に放出されていないことを確認するためのモニタリングプログラムの作成と実施。
  5. 第5段階:OECD修正版 and/or EPA OPPT試験ガイドラインに基づく、MWCNT(DWを含む)、SWCNT、フラーレングラフェン、カーボンナノファイバーの精製された代表的サンプルの90日間吸入曝露試験のための科学的手法の探求。
  6. 第6段階:すべての得られたデータと情報のEPAへの提供。最終試験結果の公表と普及(メンバーの知財の適切な保護とともに)

要するに、各ナノ材料の代表サンプル1つにつき1回だけ吸入曝露試験をやればよいという提案である。つまり、例えば、MWCNTは誰が作っても1つのMWCNTとしてTSCAで管理するという提案である。この案を、諮問委員会と外部連携者がレビューし、修正したものをEPAに提案する。8月時点では9月中に提案する予定となっていたがその後どうなったかのだろうか。そろそろプレスリリースがあるかもしれない。

ちなみに、4月時点では諮問委員会(8名)しかなかったものが、現在は、諮問委員会(6名)と外部連携者(5名)に分けられている。何らかの理由で、行政機関の研究機関に属する研究者を諮問委員会から外して外部連携者というジャンルを作ったようだ。EPAに対抗する組織に、行政機関の研究者が直接関与するのはまずいというような判断があったのかもしれない。

諮問委員会メンバーリスト

Steffi Friedrichs氏(NIA、業界団体)
Bettye Maddux氏(University of Oregon、毒性学)
Jeffrey Morse氏(University of Massachusetts Amherst、工学)
Günter Oberdörster氏(University of Rochester、吸入毒性学)
Kent Pinkerton氏(University of California, Davis、吸入毒性学)
Mark Tuominen氏(University of Massachusetts Amherst、化学工学)

外部連携者リスト

Vince Castranova氏(NIOSH、労働衛生・有害性評価)
Chuck Geraci氏(NIOSH、労働衛生・曝露評価)
Laurie Locascio氏(NIST、生化学)
Jeffrey A. Fagan氏(NIST、化学)
Jeffery A. Steeven氏(US Army Corps of Engineers、薬物毒性学)