『美と殺戮のすべて』は写真家ナン・ゴールディンのキャリアと、彼女がオピオイド危機に立ち向かう姿を追ったドキュメンタリー。ナン・ゴールディンのお姉さんが自殺で亡くなっていて、それが映画の主題とも大きく関わってくることを踏まえて作中でスーサイドの「Cheree」をフィーチャーしているってのは、直球だけれども分かりやすくていい(というか「スーサイド(自殺)」ってよく考えたら凄いバンド名だよな)。他にもクラウス・ノミやヴェルヴェット・アンダーグラウンドの楽曲をフィーチャーしていたりと、ニューヨークの裏通りと同地のアート界隈を感じさせる選曲だった。
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思い出の曲を聴くとタイムスリップしてしまう女性を描いたSF恋愛映画『グレイテスト・ヒッツ』は、さすがに感傷的すぎる気がしないでもない。ニック・ホーンビィが『ソングブック』で書いていたように、特定の思い出と音楽が強固に結びついてしまうのは、人生の様々な場面で繰り返し聴いてきた思い入れのある曲には起こりえないと自分も思っているので。そういう結びつきを美しいとかロマンチックと思ってしまうのは大して音楽が好きでもない人間の感性だ。とはいえ、そんなに予算があったとも思えないのにロキシー・ミュージックをバンドごと映画に召喚してしまったのはマジで凄い。監督のネッド・ベンソンは一体どんなコネを持ってやがるんだ…。
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ワクサハッチーの新作『Tigers Blood』はもうほとんどルシンダ・ウィリアムスの領域に達しているかのようなアルバムで素晴らしかったが、マギー・ロジャースの新作『Don't Forget Me』はそれをさらに超える素晴らしさ。ケイシー・マスグレイヴスを手掛けたイアン・フィッチュクがプロデューサーとして全面的に参加したことで、かなりアメリカーナ寄りのサウンドになっていて、それがマギー・ロジャースの資質と上手くマッチしたと思う (大学生時代に授業でファレル・ウィリアムスに認められた動画/経歴が注目されがちだが、本人としてはあくまでも「イースタン・ショア・オブ・メリーランド出身のバンジョー奏者」という自己認識だったとのこと)。「So Sick Of Dreaming」は名曲!
そういえばイアン・フィッチュクはシグリッドの『The Hype EP』(2023年屈指の名作!)でも非常にいい仕事をしていたのだった。
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今年リリース予定のトーキング・ヘッズのトリビュート・アルバム『Everyone’s Getting Involved: A Tribute to Talking Heads』でリンダ・リンダズが何をカヴァーしているのか問題ですが、私の見解としては「Found A Job」ではないかと。なぜなら、「Found A Job」におけるコード・チェンジの少ない平坦なヴァースからメロディアスなコーラスに突入していくという楽曲構成がリンダ・リンダズの「Oh!」に近いものを感じるからです。先日の来日時に私がおこなったインタビューで彼女達が「それこそトーキング・ヘッズがカバーした『Oh!』なんてあったら聴いてみたい」と発言していたのも、実は伏線だったのではないかと。正解していたら誰か酒の1杯でも奢ってください。