成瀬は天下を取りに行く

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本屋大賞受賞の連作。

冒頭、主人公が奇妙に元気すぎてついていけないのではないかと危惧したが、聴き進むにつれ、心配したようなから元気なものでなく主人公たちと過ごすのが微笑ましくも楽しい時間となった。

勉強もスポーツもできて風変わりな成瀬、全く嫌味がない。他者にどう思われるかというちまちました視点がほぼなく爽快。なんだか時代劇的なテイスト。妙なこと思いつくな、って感じだけど信念をもってやっててしかもわざとらしい達成感もなく爽やかである。しかも京都の隣町大津の物語。

連作の中で登場人物同士がふわっと繋がったりして気持ちがいい。

女子同士の漫才挑戦なんかも犬童一心監督の映画「二人が喋ってる。」みたいにほの甘酸っぱくて良い。

女帝 小池百合子

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著者の石井妙子さんは「おそめ」*1や「原節子の真実」*2満映と私」*3など今まで映画界に近い世界のあまり知られていない事柄を丹念に調べ上げる仕事をしてきた人。この本で現都知事などという生々しくもチャレンジングなテーマを素材に選ばれたことにまずびっくり。いつも納得の著作ゆえ、なぜこのテーマ?と驚きつつ後回しになっていたがオーディブルで聴けることがわかり聴取。

一にも二にも小池百合子知事がエジプト時代同居していた女性のたくさんの裏付けのある勇気ある告発がベースになっている。単行本が発行された時はちょうど都知事選の頃でこの本に詳細に出てくるカイロ大学卒業疑惑が多少報道されるも結局本人からのなんだかはっきりしない証拠の提示だけでうやむやになった。文庫化にあたって、その時のマスコミや小池氏側のリアクションも加筆されているが、全編多くのマスコミの長いものに巻かれろという姿勢がよくわかり、自分の友人のTV記者もよく危惧している権力への追及より損得勘定が優先されてしまうマスメディアの体質を肌でリアルに感じた。文庫化に当たっては単行本の時は仮名だった告発者の名前が実名になりさらにリスクを賭けた著作になっている。

石井さんの書くものはとにかく読ませる力、面白みがあり、素材も素材なので興味深くどんどん聴ける。また読み手のリアルな表現で、何につけ横文字の名前をつけたがり派手にぶち上げることは得意だけど政策はぶれまくり彼女を信頼し応援していた人々を失望させる小池氏の姿が活写され聴きながら何度も「また出た」と思わず何度もつぶやいてしまった。

 

石井さんの仕事については購読しているブログ「2ペンスの希望」で「満映と私」が絶版を経て改題、角川新書から再刊された「満映秘史  栄華、崩壊、中国映画草創」について取り上げられている。映画界で仕事をしておられる神戸山さんも石井さんのまとめたあの本のことをこういう風にとらえられている、と嬉しかったのでリンク。

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殺陣師段平

 

森繁が段平を演じる「人生とんぼ返り」(1955)は観たことがあった。

これはそのオリジナル。監督は同じくマキノ。脚本が黒澤明。1950年。

段平はこちらでは月形龍之介。ちょっとコミカルなシーンもありこういうのもされるんだなあと。あぐらみたいな座り方とかとってもキマっている。森繁に比べてとてもスキッとしているように思われる。

あと終盤に出てくる医師のエンタツが面白くて。黒澤明が脚本を書くような映画にも出ておられるんだなあ。戦前の邦画、真面目な人情噺や深刻な話で浮いてるようなギャグシーンが平気で入るようなことままあるように見受けられるがこちらもここだけ際立ってこれでいいのかと思うような面白さ。文楽でも真剣な作品で三枚目の詰人形のおふざけで客の緊張をほぐすようなシーンがよく設けてあるけれどこれもそういう感じかな。リメイク作「人生とんぼ返り」を見返すと、同じように医師が出てくるもののそう突出させずナチュラルな演出になっていた。(「人生とんぼ返り」では医師を澤村國太郎が演じている。これはこれでおさえたほんわかした気配が良かった。)

月形版では市川右太衛門がすっきりした澤田正二郎ぶり。

吾輩は猫である(市川崑 75)

すごく市川崑風味が前面に出ている。原作はもっとのんびりしたイメージだったけど、画面にコントラストつけたり、得意の仄暗い日本家屋の廊下を映してみたり。現作を読んだとき何故か好きだった衒学的な迷亭を演じていたのは伊丹十三。洒落者で和服の着こなしがとてもかっこいい。みんな一見同じような和服なのに。

ちょうど市川崑版の「細雪」の美意識についてまとめた「細雪のきもの」を読んでその美意識を再認識していたのだが、

 

伊丹十三もデザイナーとしての仕事もされていた方でそんな個性がここに光っているように思った。いかにも漱石を思わす主人公のところに集う人々のよもやま話が他愛もなく続く中、主人公が拝金主義者として軽蔑し妙な具合にこじれている金田という家の話。これは奥方を岡田茉莉子が演じていて彼女が出てくると場面が引き締まる。ここの部分は原作より良い印象。現作を読んだのがあまりに若年期でそこの面白みが体感できる人生経験が不足していたのかもしれないが。

大いなる驀進

 

東京から長崎までの長距離列車特急さくらに乗り合わせる人々の風景を「オリエント急行殺人事件」風に描写していくもの。

鉄道マン三國連太郎の生涯を大河的に描いた関川秀雄監督の前作「大いなる旅路」*1に比べるとグランドホテル形式で軽いタッチで話は進むが新婚旅行や代議士の見送りなどあの時代らしさが溢れていて楽しめる。

前作に続き三國連太郎が鉄道マンとして出てくるが、ボーイという車掌の下で働く立場の中村嘉葎雄を温かく見守る上司役で脇に。前作を少し思い出すけど全く同じ人物の設定ではないように思われた。

花沢徳衛がにやりとさせられるようなエピソードを演じ小粋な味。

ラスト長崎駅に到着する直前の車窓風景、長崎在住だった母方の祖父母のもとに年に一回さくらで帰省していた自分には胸にぐっとくる。懐かしい映像が残っていて嬉しい。

ゆとりですがなにか インタナショナル

ゆとりですがなにか インターナショナル

宮藤官九郎のテレビドラマのスピンオフ作品。

いかにもテレビのスピンオフって感じの軽いタッチ。だけど変わってきている日本の状況が背景に描かれポイントに。宮藤官九郎ってその時代を描く脚本家だなと実感。

前作でも女性と関係を持ちたいのにからまわりだった小学校教諭役の松坂桃李。今回も。あの男前が!いや彼だからこそ笑ってられる。宮藤官九郎は一見コンプレックスを背負った人物をうまく輝かせるのがうまい。

安藤サクラが子育て母のつらさをからっと。二人の幼児を育てる娘の日常をみている自分にはリアルに感じる。

どぎつい会話の向こうに温かいものが流れるクドカン脚本。水田伸生演出は「舞子Haaaan!!!」なんかでも感じたがテンポや作品全体が軽い。クドカン作品は演出によってはもっと暗部に踏み込み、最後その落ちてるところからの高いカタルシスまで持っていける要素があると思うのだがあくまで口当たり良く仕上げるイメージ。名作という部類の作品ではないと思うが楽しい時間を過ごせる。

私がやりました

私がやりました [Blu-ray]

 

フランソワ・オゾンの作品を観るのは久しぶり。しょうもないとか、オゾンも落ちたみたいな声もみかけたが私はオゾンの円熟がすごく嬉しく愉しめる作品だった。円熟と書いたけど初期のエッジが効きすぎて後味の悪い作品を思い起こしての話であり、「8人の女たち」はもうこの風味だったなと思い返す。描かれているお話の流れはそんなんでいいんかい?というようなくだらないものだけど大真面目に贅沢に描くことによって世の中にまかり通っている馬鹿馬鹿しさや微笑ましさをうまく表現。「8人の女たち」同様映画史へのリスペクトも盛り込まれ。何かとても上質な素材で作った凝った味のお菓子のような風合いの作品になっていた。